くらげのごとく…

好きなことを考えてふわふわ漂ってるような
時間が心地良かったりする。
たとえ時間の無駄遣いだったとしても…。

清原くん

2006年10月29日 | 日常あれこれ
TVを観ていたら、球界の番長としてすっかりおっさんになってしまった清原くんが出ていた。清原くん、結構、好きなんだなあ。朴訥で純なところが…。

病気でお休みをしていた先輩の家にお見舞いに行った時に、テレビで日本シリーズをやっていた。巨人対西武。9回表。ここを抑えれば、西武が優勝という場面で一塁を守っていた清原くんが突然、泣き始めた。一緒にいた友達は「何、泣いてんの、清原」「情けないよ~」って大爆笑だったけど、私は結構、キュンときてしまった。友達と一緒に笑いながらも実はもらい泣きしそうだった。

この日の涙はドラフトの日の涙からつながっている。18歳の胸の内に芽生えた、巨人に対する複雑な想い。悔しさをバネに清原くんは西武の顔になる。強い西武、強いパリーグ、若獅子の時代到来だ。渡辺久信、工藤公康、秋山幸二…、ほぼ自分と同世代の彼らはかっこよかった。ミーハーな私は、すっかり西武ライオンズファンになってしまいナイターを観ながら応援したものだ。ナンバーという雑誌も買いあさった。

時はながれ、彼らも年をとり、引退したり、監督になったりと第一線を退いていった。スポーツ界の流れは速い。どんどん若い選手が出てきて、世代交代していく。40歳にもなると引退という二文字がついてまわる。引退という花道を飾れるならまだいい。戦力外通知を受けていつの間にか消えてしまった人もいる。

清原くんには新人王から始まり、たやすく三冠王を手にしてしまいそうな勢いがあったけど、そうは上手くことが運ばなかった。間もなく40歳を迎える彼は今だに無冠である。かたやイチローのようにアメリカで成功していくものもあれば、新庄のようにかっこよく引退するやつもいる。そんな中で、ぼろぼろになりながらも野球人生を歩み続ける清原くんに、「おまえ、そんなんじゃなかったやろ、かっこわるいやん」って言えないような凄みを感じる。あんたはあんたらしく、ボロボロでいいんだってね。世の中、そんなかっこいいやつばっかじゃない。雨降り続きの中、歯軋りしながらこのままで終わらせないってもがき続けるやつがいていいのだと。

TVを観ていて思った。この人本当に純なんだ。野球しか知らない野球バカなんだって。王さん、長嶋さん、そして仰木さんと次々に大物監督から手を差し伸べられるのは、彼の人間的魅力ゆえなのだろう。清原を放っておけんと。盛り下がっていく日本野球界にとって清原は古き良き時代を継承している最後のスターなのかもしれない。

デスノート現象

2006年10月29日 | 藤原竜也
金曜ロードショーからガンガン始まっているデスノート後編の宣伝。昨日は香港プレミア。いいなあ、香港、行きたかったなあ。香港ぐらいならって思ったんだけど、ファンクラブから来たツアー料金が高かった。76000円だって!香港で76000円出すんだったら、ハワイに行きたいよ。いつも格安旅行をしている私にはどうしても踏み切れなかった。でも、現地は大盛り上がりだった模様。ニュース番組で「この目で確かめてみたい」って言っていた竜也くん、しかと確かめられましたね。感動をかみしめているような写真を発見!良かったね。

しかし、すっかり竜也くんは月モードになっちゃった。あのオレステスは何処へ…。余韻に浸る間もないな。不評だった髭面が懐かしかったりして。オレステス頃から太ったという噂が多かったけど、やっぱり顔がちょっとふっくらしたかな。髪型でカバーしているって感じ。もともと丸いもんね。幸せ太り?番宣でも好きな女性のタイプについていろいろつっこまれている。お年頃だね。スキャンダルも芸の肥やしにしてますますの飛躍をおばさんは祈ってるよ~。

全ては茶碗から始まった…

2006年10月28日 | 保育園
月曜日、子どもは疲れていることが多い。お出かけしたり、お家でめいっぱい遊んでくるからかなあ。だから比較的、静かな活動を設定する。この日は椅子に座ってじっくり粘土遊び。2歳児も手先がだいぶ使えるようになり粘土が楽しめるようになってきた。ふと、見ると、粘土をちぎりながら男の子がうとうとと舟を漕いでいる…。あらあら、お疲れね、ご飯を食べて早く寝かさなくっちゃ。

ところが、給食が出てくるとすっかり覚醒してもりもり食べているよ。腹が減っては戦は出来ぬだね。いつもの習慣で「ごちさまでした」と言って、食器を片付けるために立ち上がって歩いてきたが、あれ?なんか目がうつろ、やっぱり眠そうだ、危なっかしいなあ、お腹がいっぱいになって再び、夢と現実の狭間にいってしまったみたいだ。「気をつけて」と言おうと思った瞬間、手元から茶碗がすべりおちて見事に割れた…。

あ~あ、危ない、危ない、掃除機で破片を吸い取り、「お茶碗は割れちゃうからしっかり持とうね」って言ってみたものの、茶碗が割れた現実も把握していないようにすっかり浮の空だ。今日は、片付けてあげればよかったね、ごめん、ごめん。
案の定、布団に入るなり爆睡した彼だった。

先生たちと「なんか今日は厄日だね、気をつけようね」と話していたら、今度はその先生の一人が帰り際、階段から足を踏み外して足を捻挫した。

水曜日、子どもが鉄棒から落ちて怪我をした。

木曜日、子どもがハチに刺された~。
帰り、JR線が事故で止まって駅がすごいことになっていた。

そして金曜日、今度は私鉄が事故でダイヤがばらばら~

見事に続く復讐の連鎖ならぬアクシデントの連鎖。それとも疫病神の仕業かしら。涼しくなって、風邪を引いたり体調を崩している子も多い。季節の変わり目は何かが忍び込んでくる。魔が刺す瞬間って本当にあるのだ。裏を返せば、神様が気を引き締めなさいって教えてくれているのかもしれないけど。

この悪い空気、来週は変わりますように。

名古屋だ~

2006年10月25日 | 日常あれこれ
昔々、中学の時だったか木曽路へ文学散歩に連れて行ってもらったことがある。その際バスで名古屋を通ったが、すごく大きな都市だなあという印象を持った覚えがある。横浜よりも大きいんじゃないかって。

初めて降りた名古屋駅。やっぱり広い。太閤通口から桜通口まで遠いこと。なんとなく新宿みたいだ。さらに地下鉄東山線乗り場ははずれにある。秋葉原から北千住への乗り換えを思い出す。都会ってどこも作りが似ているのね。

高島屋のおしゃれなレストランにでも行ってみようかと思ったけど上まで上がって迷子になると困るので、駅通路にあるきしめん屋さんで腹ごしらえ。名古屋コーチン付きでおいしかった。時間があったのでキオスクでういろうを買って高島屋をうろうろ。元町のスタージュエリーなんかも入っていてお店は関東と変わりない。ただ、すれ違う女性のファッションがお嬢様風。シャネルが目に付く。なんてったって、嫁入り物語りの名古屋だもんね。みなさん、お金持ちそうだ。

さてさて、早めに地下鉄に乗って会場の名古屋厚生年金会館に向かう。開場まで結婚式場のロビーで待つが、どこかでお見かけしたお顔がちらほら。皆さん、同じように追っかけてきていらっしゃるのね~。

ホールはなんか古い感じ。ロミジュリの時もそうだったけど、なんで大楽は都心からちょっと外れた設備が悪いホールでやるのかしら~。こういう演劇に対応できるコクーンのようなホールってまだまだ少ないのかな。2時間30分、休憩なしの観劇のためにトイレを待つ長蛇の列に並んで準備OK!今日は、絶対、一場面一場面、集中してみるんだって心に誓ったんだもん。竜也グッズの長蛇の列には気力がなくて並べなかった。カレンダーはアマゾンでいいやっ。

大盛り上がりのカテコが終了したのが9時10分。電車に乗り遅れたら大変!とりあえず、名古屋まで急いだ。おりしも帰宅ラッシュの時間で仕事帰りの人が疲れて電車に乗っていた。

新幹線も平日だからって侮れない。出張のビジネスマンで満員なのだ。私は仕事柄出張経験がないけど、こうやって、毎日、日本各地へ出かけている人がたくさんいるのね。乗車券、購入しておいて良かった。帰りは新横浜まで爆睡したっ。

これでまた一つ、地方のホールを制覇したぞ。今度はどこへ行かれるかな。新潟とか富山とかも行ってみたいなあ。そのためには…、がんばってお仕事だ…

OPEΣRHΣ

2006年10月25日 | 藤原竜也
ついに名古屋大楽。午後、半休を取って日帰り決行
いやあ、できちゃうもんです。のぞみの最終で無事に家へ帰りついた。天保の時や、近代の埼玉、ライフの千住から帰った時とさして変わらない時間に。新幹線は速いなあ。それだけ乗車代も高いけどね。

3週間ぶりのオレステス。オープニングから中嶋さんの声がかすれてた。過酷な舞台環境に限界まで追い詰められていたのね。なんか、涙が出てきた役者さんたちの熱演に対してなのか、この舞台そのものに対してなのか自分でもよくわからなかったけど、この一瞬一瞬を大切にしようとする気持ちがびんびん伝わってきたのだ…。しょっぱなからぐいぐいオレステスの世界に惹きこまれる。想いが重なり一つになっていく感じがした。

竜也くん、鋼太郎さん、嵯川さんは東京公演の頃からすでに完成していた気がしたけど、そこからさらなるバリエーションでお芝居を膨らませる。役柄を理解し、その役を生きようとしているからこそできるわざだ。力量のある役者同士のぶつかり合いは圧巻で舞台の醍醐味を見せてもらった。

一番変わっていたのはクールだったピュラディスだ。ものすご~く、熱かった。北村氏のブログによるとお父上からのダメ出しを受けたそうだが、彼をここまで変えさせたものはなんだったのだろう。竜也くんに負けてるなって感じたこともあったけど、今日は互角でオレステスへの愛情が全開だった。蜷川組出演がこれからもありそうな予感がした。

最後のビラも大楽大サービスなのか、束になってドサドサ降ってきた あれはひらひら~だから、考えさせられる余韻があった気もするんだけど、なんか今日はすさまじくて、周りがどよめいていた。

カテコには蜷川さんが登場してびっくり 忙しいのに名古屋まで駆けつけたんだ…。中嶋さんは感極まって、蜷川さんに抱きついていたけど、竜也くんは今までとは違って落ち着いている。なんか大人の男になったなあって感じだ。でも、蜷川さんとはしっかり手をつなぎ続けいる。この二人、オレステスとピュラディス以上に熱い師弟関係だ。難しいお芝居だったけど、蜷川さんの要求に応えてここまでの作品に出来るのは竜也くんだからこそなのかもしれない。蜷川さんの満面の笑顔が印象的だった。

最後の最後に、コロスの長老、市川夏江さんから「もっとごあいさつしなさい」みたいなカテコのダメ出しをもらって笑顔で照れる竜也くんがかわいかった~ ちなみに市川さんは蜷川さんと同い年らしい。若手の中で異彩を放つ白髪の老婆の存在感。70歳を過ぎても現役で舞台に立ち続けているってすごい。それも雨に濡れて声を張り上げるこんなにも厳しい役で。これこそいぶし銀の魅力といえる。こんな人が身近にいたら若いもんはまだまだって感じだろう。

公演が終わって、たぶん、竜也くんの手元に残ったのはボロボロの台本だけかもしれないけど、オレステスは『俳優藤原竜也』にとって大きな財産になることだろう。

空中ブランコ

2006年10月22日 | 日常あれこれ
読書家の保護者に「先生、空中ブランコ、面白いっすよ~」と奨められて読んでみたら、ホントに面白かった。

人間不信のサーカス団員、尖端恐怖症のやくざ、ノーコン病のプロ野球選手。困り果てた末に訪ねた病院には、トンデモ精神科医・伊良部がいた。

この伊良部という医者がちゃらんぽらんで無茶苦茶で笑える。なんか外見もアノ物議をかもし出した野球選手に似ている模様。町医者のボンボンで地下の一室をもらって精神科を開業しているが医者としてのモラルなんぞ何にもないようなキャラなのだ。治療はビタミン注射を打つだけで、どんどん患者をドツボへと追い込んでいく。 だけど、ある日、患者は気づく。無理をしないで自分に正直にならなきゃいけないってことに。虚勢を張って生きていると疲れる。病んでいるのは今の世の中自体なのだ。

勧善懲悪でない不思議なヒーロー伊良部を通して、作者がさらりと投げかける現代社会への風刺。一億総精神病時代なのだ…。

病は気から…?!

2006年10月22日 | 日常あれこれ
母の放射線治療も約3分の1が終了した。週5日、5週間かけて計25回照射する。母の話によると放射線って一生のうちで25回しか照射できないそうだ。だから、どんな人も25回なんだって。

ものの本に因ると、放射線にもいろいろ副作用があって、皮膚炎を起こしたり肺炎になってしまう人もいるらしい。母も年だから、きっと寝込むんじゃないかって心配していたが今のところ至って元気なのだ。「はあ、だるい」とか言っているけど、毎日ちゃかちゃか出かけていく。治療は30分もかからないで終わるので、帰りは病院の前にある生協で買い物をしてくる。そして午後はお昼寝タイム。考えてみると案外、規則正しいし、外へ出て医者や患者さんとコミュニケーションを取ってくるのもいいみたい。野菜を提供してくれる近所の農家の人にも「奥さん、元気ね」と言われて喜んでいる。人間にはメリハリのある生活が大事なのかも。

明日から、治療も後半戦。皮膚炎は確実に出てくるだろうけど、このままの調子が維持できますように。

保育士という人種

2006年10月21日 | 日常あれこれ
キャラクターと甘味が好き。

買い物をしていても絵本売り場、おもちゃ売り場が気になる。ぬいぐるみやお人形をみながら「○○ちゃんみたい~」って子どもの顔を連想する。

デパートの装飾を見ると、こういうの使えるかなってチェックする。

ダイソーでパーティーグッズやら折り紙やらを買い込む。

年にそぐわないエプロンをつける。(ただし、職場でのみ)

注)エプロン、雑貨類は必要経費で落とせない。あくまでも自腹…。

次元が低いと言われればそれまでだが…
日々、子どものことクラス運営についてのことが頭の隅っこにある。母性豊かな女の集団だから感情に流されるとややこしい。人情で持っていたような職場に最近、組織力なるものが要求されてきた。もっとシビアにビジネスライクにって。デスクワークは割り切れる。だけど、子どもとの関係は割り切れない。人間関係の基盤を築く時期にある子ども達の前で「切る」だの「切られる」といった情報が飛び交うのはいかがなものか。もちろん、デメリットばかりじゃない。会社組織に比べたら保育現場はまだ甘い。質の向上も大事だ。でも度が過ぎると、子どもが見えなくなりそうで恐い。

大事なことは、当たり前のことを当たり前に考えられることだと思う。

漂う電球

2006年10月21日 | 観劇
いつも通る駅でふと目にしたポスター…。「おや?ケラさんの演出じゃん?」それが近くの市民シアターに来る。チケ代も安い。ということで、職場の同僚たちを誘って観にいった。

稼ぎがない夫に浮気されている妻。
家庭を捨てて愛人と駆け落ちしたいと願う夫。
どもりで引きこもりで手品オタクの長男。
長男とは反対に成績の悪い次男。

夫に裏切られている妻はその愛情を長男に向ける。長男を過大評価し、自分が昔果たせなかったショービジネスへの夢を託して、エージェントに売り込もうとする。ところがやってきたエージェントも年老いた母を抱えて夢に破れていた。

息子を溺愛する女とマザコンの中年男の間に芽生える束の間のロマンス。「あなたと、もう少し早く出会っていたら…」それが何とも切ないのだ。

凡庸な人間だって、若い頃は夢を持っていた。夢に賭けることなく地道な人生を選んだ果ては、厳しい現実に疲れ果てることだった。あの時、夢を捨てていなかったらってふと思う瞬間、夢の中へ逃避する。でも目覚めると何も変わらない現実がある。

夢にすがってでも苦しい現実を生きていこうとする。生きていかなきゃいけないんだから。

なんか「ライフ・イン・ザ・シアター」「ヴァージニア・ウルフなんか恐くない」と同じ空気が感じられる作品だなと思ったら、なるほど、脚本は有名なウディ・アレン氏、アメリカの作家さんだった。シェイクスピアやギリシャ悲劇の様に観ていて肩はこらないけど、心の中に何かがちくちくと刺さる。誰しも変えようのない現実をかかえて生きている。そんな中、束の間だけど小さな喜びを見出せる時もあるし、思いなおせる機会がある。だから、がんばれるんだって。今の自分に問いかけられているものもたくさんあった気がした。

ケラさんの演出は繊細だし、ノスタルジックな音楽がまた切なさに拍車をかける。日常をさらっと演じている役者さんたちも良かった。特に妻役の広岡由里子さんが出色で、疲れた中年女の悲哀がびんびん伝わってきた。大竹しのぶさんとはタイプが違うけど説得力のあるお芝居をされる素敵な女優さんだなって思った。

市村さんが「舞台のなかに埋もれているたくさんの宝物を探そう」って言っていたのをふと思い出した。演じる側にとっても、観る側にとっても舞台って“宝探し”をするところなのかもしれない。
 

病人の心理

2006年10月15日 | 日常あれこれ
生まれてこのかた心霊現象には縁がない。夢も見ない。だけど、母はよく夢を見る。闘病中だからちょっと情緒不安定、そんな心理状態も影響しているのだろう。

手術前後は父親が出てきたらしい。やっぱりお迎えに来たのかと思ったら何も言わずに笑っていたって。昨年亡くなったお兄ちゃんも出てきて名前を呼ばれたって。

無事に手術が終わって傷も癒えたので、先週から放射線治療が始まった。説明を聞いて来た筈なのに放射線と言う言葉が覚えられなくて、「今日は、放射能の日だわ」って言う。おいおい、放射能浴びたら問題だよ、放射線だって。ま、似たようなもんだけど。

あと5年生きられればいいなんて言っていたわりには、すこぶるいい子に医者の言うこと遵守している。乳房にかかれたしるしを消しちゃいけないからお風呂には絶対つからないし、野菜のビタミンをたくさん食べなきゃって、近くの農家から山のように野菜を買い込んでくる。でも、2,3日やったら、やっぱりだるくなってきて、調子が悪い日もある。そうしたら今度は、「昨日、夢で姉ちゃんが出てきた。早く、こっちへおいでって言ってた」だって。姉ちゃんとは、同じ乳癌で逝った叔母のことである。よくよく聞いてみたら叔母に何かを言われたけどなんて言っていたかわからなかった。ただ、こっちへおいでって言ったような気がしたらしい。強気になったり弱気になったり、病人の心理状態はめまぐるしい。

放射線治療は11月半ばまで続く。彼女の夢にはあと誰が現れるのか。本当にあの世から訪ねてくるのか、それとも本人の思い込みなのか。不安だろうけどなんとかがんばって乗り越えて欲しい。

平穏なお正月が迎えられますように…。