長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

超ニッチ企画!! 『刑事コロンボ』幻の未映像化事件簿をよむ ~だいぶ遅れた読書感想文その1~

2024年09月10日 20時52分02秒 | ミステリーまわり
『刑事コロンボ』オリジナル小説作品の事件簿!! 各事件をくわしく解析
 ※TVドラマシリーズ『刑事コロンボ』の概要は、こちら

 と、いうわけでありまして、『刑事コロンボ』のお話でございます。

 今まで我が『長岡京エイリアン』では、さんざんっぱらミステリー作品が大好きということを言ってきたのですが、たぶん『刑事コロンボ』について触れたことはあまりなかったのではないでしょうか。
 確かに、私は「『刑事コロンボ』全話観ました!」という程のファンでもありませんので完全なる門外漢なのですが、いちおう1980年代の日本に生まれた人間である以上、コロンボ警部といえばだいたいああいう感じの「能ある鷹は爪を隠す」系の名探偵キャラだな、ということは存じ上げておりました。ただ、私がもっぱらリアルタイムで視聴できたのは『金曜ロードショー』枠内での『新・刑事コロンボ』だったんですよね。もう、石田太郎さん以外に声をアテてた人なんていたの?みたいな感じで。

 思い起こせば、私がビデオで録画してコロンボ警部の事件簿を追っていたのは、第49話『迷子の兵隊』から第58話『影なき殺人者』までの2、3年ほどでした(日本での吹き替え放送は1993~95年)。

 当時はブラウン管の世界(死語)でも明智小五郎や金田一耕助がまだ定期的に活躍していた時代で、マンガの世界でも金田一少年やコナン君が名を挙げていた時期でした。アニメ化はもうちょっと後のはず。いちいち挙げませんが、ミステリー小説界もそりゃもう大にぎわいでしたよね~。
 そんなミステリージャンルの中でも、「のっけから犯人がわかっちゃってる」という倒叙ものミステリーの代名詞的存在だった『刑事コロンボ』は、ひときわ異彩を放つ存在だったわけです。
 ただ、たぶん『刑事コロンボ』が大好きな方が上の視聴歴をご覧になったら「あぁ……そうね。」とご納得なされるかも知れないのですが、私はもうとにかく第58話『影なき殺人者』のメイントリックが衝撃的すぎて、そのショックのあまり、以降の視聴をぱったりやめてしまったのでした。
 いや、ひどくないですか、あれ!? 金田一少年でも却下するでしょ、あんなの! 実現可能か不可能かとかいう以前に、地球最高の知能を持つと自認する霊長類として50年前後生きてきたプライドを持つはずの人間が、果たして自分の人生を賭けた一大トリックにあんな手段を選択するのかって話なんですよ。それを真剣に実行してる犯人の絵づらがバカすぎる! 私が法廷であの経緯を全世界に言いふらされたら、情けなさすぎてその場で憤死しちゃうよ!!

 まぁ、こんな衝撃体験もありましたし、ちょうどそのころ日本で同じ倒叙ものの『古畑任三郎』シリーズの放送も始まったので(1994年4月~)、『刑事コロンボ』とはかなり疎遠な時期が長らく続いていたのでした。

 そして時は流れて2020年代。NHK BSプレミアム(当時)で2021年から再放送していた『刑事コロンボ』を、小池朝雄さんの旧シリーズからやっと視聴することができたのですが、これがあーた、んまぁ~面白い面白い!! さすがに全話残さずチェックとまではいかなかったのですが、これが伝説の真価なのかと楽しませていただいておりました。当時は『シャーロック・ホームズの冒険』も『名探偵ポワロ』も楽しめたわけで、もう BSプレミアムはまさしくプレミアムなチャンネルとなっておりました。『ウルトラセブン』の4K 版もやってましたよね? もう最高。
 さらに、ちょうどそのころ私が書店をほっつき歩いていましたら、『別冊宝島 刑事コロンボ完全捜査記録』(編集・町田暁雄)というものすごいガイドブックを見つけてしまいまして、伝統シリーズの悠久の歴史と重層的な魅力、そして何よりも、このシリーズを愛する日本人ファンの熱量の高さに瞠目してしまったのでした。さすがは1960年代から続いた長期シリーズ、ファンも全話を調査し尽くす執念と、ダメエピソードも差別せず愛する度量の広さのレベルが違うゼ!!

 まぁとにもかくにも、2020年代になってやっと『刑事コロンボ』シリーズの醍醐味を知るという、あまりにも遅すぎる出逢いではあったのですが、このシリーズの素晴らしさ、世界ミステリー史上に残る偉大なる足跡を、少しでもこの『長岡京エイリアン』で紹介させていただきたいと思いはしたのですが、1時間以上あるエピソードが70本近くありますし、だいたい、映像化された各エピソードの魅力を語っているブログ記事や解説動画なんてすでに山ほどありますので、今さら最近ポッと出で好きになった私がどうこう口をはさめる状況でもないのよね……
 ちなみに、映像化されたコロンボ警部の事件簿で私が好きなエピソード1位は、第8話『死の方程式』(第1シーズン)です。2位は第15話『溶ける糸』(第2シーズン)で、3位は第51話『だまされたコロンボ』(第9シーズン)でしょうか。ロディ=マクドウォールいいよな~。

 ですので我が『長岡京エイリアン』では、この広大なるネット宇宙の隅っこに這いつくばるゼニゴケのような超零細ブログのこの身にふさわしく、長い『刑事コロンボ』の歴史の中で「映像化されなかった」事件簿だけをさらってみようという、一体どこの誰が喜ぶのか見当もつかないひねくれ企画にいたしました。う~ん、これぞ個人ブログ!!

 そこで注目したのが、日本では主に二見書房文庫から1980~2000年代に発刊されていたノヴェライズ版『刑事コロンボ』シリーズのうち映像化されなかったエピソード、すなはちアメリカ本国で発刊された「オリジナル小説」の翻訳か、もしくは TVシリーズで映像化するために作成されたものの、諸事情により没になってしまった「シナリオ or シノプシス(シナリオ化の前段階であらすじと要点をまとめたもの)」を日本で小説化した作品、このいずれかとなります。

 なつかしいな~、二見書房文庫版! 私ももちろん、1990年代に買って読んでました。
 読んだ中には、買った当初は「未映像化事件!」というふれこみだったのに、発刊された後になって第54話『華麗なる罠』として映像化された『カリブ海殺人事件』なんていう作品もありました。第8シーズン以降の『新・刑事コロンボ』時代のシナリオ不足問題は深刻だったようですからね……

 今回、私が読むことができた未映像化小説は全部で「8エピソード」あったのですが、これはあくまでも日本で小説の形になった作品の数でありまして、これ以外にも邦訳されていないオリジナル小説(例:『 COLUMBO and the SAMURAI SWORD』)や、小説の形になっていない没シナリオ or シノプシス(例:『 Murder in B Flat』や『 Hear No Evil』)はもっと存在しているのですが、今回は割愛させていただきます。『コロンボ警部とサムライ・ソード』て……真田広之さんがブチ切れそうなかほりが……
 あと、これらの他に『刑事コロンボ』シリーズの原作者の一人であるウィリアム=リンクが著した短編集『刑事コロンボ13の事件簿 黒衣のリハーサル』(2012年 論創社)などもあるのですが、今回はあくまでも映像化された正統エピソード群と同等のボリュームを持った長編作品のみを扱わせていただきます。あと、これは完全な私見なのですが、やっぱり映像化にあたってコロンボ警部の血肉そのものとなっていた名優ピーター=フォークの没年2011年をもって、コロンボ警部の事件簿にも区切りをつけるべきな気もするんですよね。そうじゃないと、ルパン三世みたいにきりがなくなっちゃうでしょ……私に言わせれば、1995年3月19日以降に世間を騒がせているルパン三世は、全員一人残らず偽物ですよ、あんなもん。

 ごたくはここまでにしておきまして、早速、この精鋭たる「未映像化8つの事件簿」の各話を読んだ感想をつらつら述べてまいりたいと思います。
 ちなみに8エピソードの順番につきましては、「原型となったシノプシス or シナリオ or 小説が古い順」となっております。ですので、最終的に日本で小説化した段階で、もっと新しい時代設定に改変されているエピソードもあるのですが、あくまで原型が生まれた早さを優先しておりますので、ご了承くださいませませ!


1、『殺人依頼』( Match Play for Murder) 小鷹信光 1999年6月2日刊
 ≪犯人の職業≫    …… 不動産会社の社長(ゴルフの元アマ・チャンピオン)、金融会社社員
 ≪被害者の職業≫   …… 金融会社社員夫人
 ≪犯行トリックの種類≫…… 動機を隠蔽し完璧なアリバイを作るための交換殺人
・没シノプシスの『 Trade for Murder』を元にした小鷹信光によるオリジナル小説。
・「刑事コロンボ生誕30周年記念長編オリジナル作」として、二見書房から単行本の体裁で刊行された。
・原典シノプシスの作成時期は不明だが、別小説作品『サーカス殺人事件』(作者は同じく小鷹信光)にて、コロンボが部下のウィルソン刑事に対して「おまえさんが配属されてきた前の年にゴルフがらみのちょいとした事件があって、あたしゃ、ベルエア・カントリークラブまでなんども足を運んだよ。」と語っている。この事件が本作のことを指しているとするのならば、ウィルソン刑事が殺人課に配属されたのは映像版第11話『悪の温室』(1972年10月放送 第2シーズン)のことなので、本作は1971年に発生した事件ということになる。ただし、映像版に登場したウィルソン刑事の名前は「フレデリック」で、『サーカス殺人事件』に登場したウィルソン刑事の名前は「ケイシー」である。
・作中で、登場人物がレクサスの自家用車を運転している描写がある。レクサスの販売開始は1989年であるため、本作は1971年を舞台としていない作品であると解釈できる。また、登場人物が携帯電話を使用している描写もある。
・さらに本作には、映像版で第28話『祝砲の挽歌』(1974年10月放送)から数エピソードにわたり登場したコロンボの部下のクレイマー刑事が登場する(ただし名前が「ジョージ」でなく「ジョン」)のだが、本作の時点でロサンゼルス市警殺人課からシカゴ市警に転勤した上でロサンゼルス市警鑑識課に転属している。このことからも、本作が1971年を舞台にしていないことは明らかである。
・映像版に登場したキャラクターとしてはクレイマー刑事の他に、ジョージ=フォーサイス検死官、「バーニーの店」のバーニー(バートではない)、コロンボの飼い犬「ドッグ」が登場する。
・本作オリジナルのコロンボの部下として、太鼓腹で大柄なルイス部長刑事が登場する。ちなみにルイス刑事は、本作のクライマックスでも重要な役割を担う「ある特技」を持っている。
・内容に類似性はないが、プロゴルファーが重要な役として登場する TVドラマ第6シーズン用の没シナリオ『 Murder in B Flat』(1976年10月執筆 作ロバート=F=メッツラー)がある。

あらすじ
 ゴルフの元チャンピオンが仕掛けた殺人トリック! 王者の誇りを賭けた死のマッチプレイ……
 絞殺された人妻の喉元にくっきりとついた5本の指の跡。犯人とおぼしき夫を追うコロンボ警部を惑わす、完璧なアリバイと動機なき殺人。「魔法のクラブ」はどこへ消えたのか? ゴルフ狂の大物フィクサーとの禁じられた賭けに端を発した殺人契約。全ては、あの「忌まわしきショット」から始まった……


 1本目から時系列がごちゃごちゃになってしまい申し訳ないのですが、別作品で「1971年の事件」と語られておきながら、どこからどう見ても1990年代後半の時代設定になっている作品です。まぁ、『サーカス殺人事件』でコロンボ警部がふれた「ゴルフ関係の事件」が本作だとは限らないとも解釈できるのですが。
 ここまで語ってきた経緯からもわかるように、日本における「海外映像作品のノヴェライズ」文化の先駆けとなったと申しても過言ではない二見書房の『刑事コロンボ』シリーズにおいて、訳者という立場は単なる翻訳者に留まらず、かなりのパーセンテージで作品を「超訳」している自由度の高いポジションであるようで、特に本作の訳者である小鷹信光さんは、かの松田優作の『探偵物語』の原案者&ノヴェライズ作家であることからもわかるように、作家性の高い方だったと思われます。でも、『探偵物語』の魅力って、ぶっちゃけ話の本筋から俳優陣がどれだけ脱線するのかってところにあるような気もするので、原作って言われましても……実際に小鷹さんの小説版『探偵物語』シリーズを幻冬舎文庫で読んだ時も、「これが工藤ちゃん……?」感が否めませんでした。
 なので、本作の時代設定と、後年に発刊された『サーカス殺人事件』での言及が矛盾しているのも、小鷹さんなりのファンサービスなんだろうなとは思うのですが、正直、言い出しっぺは小鷹さんなんだから、そのくらいはちゃんと筋を通してくれよという気はします。

 話を作品の内容に戻しますが、さすがは「刑事コロンボ生誕30周年記念作品」といいますか、テーマが「交換殺人」ということで犯人も被害者も2人ずついることになりますので、通常のエピソードの2倍の複雑な人間関係でお話が進んでいくぶん、けっこう読み応えのある作品となっております。小鷹さんが本作執筆のためにロサンゼルスで現地取材をしたと語るあとがきからもわかるように、ロス市内の様々な名所を行ったり来たりする展開も、情景の書き分けがはっきりしていて非常にわかりやすいです。

 ただ、この事件における「交換殺人」は、一人の犯人がもう一人をかなりの強引さ(酔った勢い!)で犯罪計画に引き込んで決行しているため、やる気も真剣度もかなり低いパートナーをフォローするために生じる手間やポカがぼろぼろ出てきてしまい、とてもじゃないですがあのコロンボ警部の追撃を逃れる余裕などできるわけもない自己崩壊を招いてしまうのでした。なんか、勝手に自滅してますけど……
 だって、交換殺人って、互いに殺したい相手が死ぬ時間にアリバイを作ることができることと、殺された人間と殺した人間との間に接点がないというところが、捜査をかく乱するという視点からすると大きな利点なんじゃないですか。
 でも本作の場合、主人公的な役割の犯人のほうが頑張って事前準備&事後処理し過ぎちゃうので、発生する2件のどっちの背景にもちらほら見え隠れしちゃうのよね! 意味ないじゃ~ん!! じゃあ勝手にあんた一人でやってくれよぉ!!
 せっかくの交換殺人ネタが……これじゃあ、どだいコロンボ警部の相手になれるわけがありませんよね。まず、泥酔してる人間を犯罪計画に引っ張り込むっていう初動からして、世の中をナメてますよね。うまくいくわけねぇだろ……

 あと、小説としての本作のウィークポイントとして言えるのは、主人公の犯人と、犯人が命を狙っている被害者の、どっちもが同情しづらいクズ人間であるというところでしょうか。殺されようが逮捕されようが、どっちがどうなっても爽快感がないんだよなぁ!
 相手の弱みを見つけてほじくり返し恐喝の道具にするという被害者の最低さは、あの『金田一少年の事件簿』の被害者たちの「殺されても当然」パターンに通じるものがあるのですが、本作の場合は犯人のほうも割とホイホイ不倫する上にその不倫相手を自分の都合で躊躇なくぶっ殺すし、さらにそれを利用して不倫相手の夫に「不倫したお前の嫁さんを殺してやったんだから、お前も誰か殺せよな!」と詰め寄るという、閻魔大王も思わず世をはかなむ自己中クズっぷりなので、もうホント、「勝手にしやがれ」って感じです。主人公の犯人にいいように操られた挙句に結局死んじゃったもう一人の犯人が哀れすぎる……

 さらに言うと、犯人を恐喝していた被害者の末路に関しても、詳しくは言えないのですがモヤっとした感じの終わり方なので、あくまでも遵法者であるコロンボ警部では裁けない「悪」もあるという部分が露呈してしまい、本来、名探偵というヒーローであるはずのコロンボ警部の魅力もかなり減じてしまう、ほろ苦い読後感になってしまいます。
 ただ、この爽快感の無さというか、ビターな味わいが図らずも『刑事コロンボ』のオリジンであるレヴィンソン&リンクの小説『愛しい死体』が「犯罪小説」だったという事実を呼び覚ますものがありますし、小鷹さんがハードボイルド作家だったという、その属性をありありと見せるものになっている気がします。

 結論から言いますと、読みごたえはあるんだけど『刑事コロンボ』である必要はないかなって感じ?

 なんかこの感じ、特撮ファンの私としては映画『ゴジラ FINAL WARS』(2004年)を彷彿とさせるものがあるんだよなぁ……あれも「ゴジラ生誕50周年」の記念作品だったんですよ。なのに、あれほどゴジラっぽくない映画もないんですよね。監督の北村龍平の濃度99%、ゴジラ1% の映画でしたよね。
 ……ん? キタムラリュウヘイ……?


2、『人形の密室』( A Christmas Killing)アルフレッド=ローレンス 訳・小鷹信光 2001年3月25日刊
 ≪犯人の職業≫    …… 服飾デザイナー
 ≪被害者の職業≫   …… 同僚(服飾デザイナー)
 ≪犯行トリックの種類≫…… 密室殺人工作
・アメリカ本国で1972年(第1・2シーズンの放送時期)に出版されたオリジナル小説の翻訳。
・1975年12月に二見書房新書サラブレッド・ブックスで翻訳出版された『死のクリスマス』( Crime in Christmas)の改題・改訳版で、内容も初訳版の1.5倍に拡大されている。
・本作が初訳された時期は、日本では NHK総合で第3・4シーズンが吹き替え放送されており、改訳された時期は WOWWOWで新作が吹き替え放送されていた。
・本作の殺人事件の捜査主任として、本作オリジナルのキャラクター・ロサンゼルス市警殺人課のベンジャミン=ワトキンス巡査部長が登場する。ワトキンス刑事は「警察学校を卒業して2年経っていない」という設定なので23~4歳の若手刑事なのだが、事件発生時にコロンボがカリフォルニア州南部のサンタカタリナ島に夜釣りに出かけていたため主任となった。
・映像版に登場したキャラクターとしては、ジョージ=フォーサイス検死官が登場する。しかし彼が映像版に登場するのは第54話『華麗なる罠』(1990年4月放送)からなので(名前は最初の2話分では「ジョンソン」だったが3回目の登場から「ジョージ」に)、1972年に出版された本作への登場の方が早い。

あらすじ
 ロサンゼルスのダウンタウンにある七階建ての老舗デパート「ブロートン」で、クリスマスシーズンを控えた閉店後の夜に若い女性デザイナーが殺害された。被害者は頭部を凶器で殴打されマネキン人形の間に倒れていた。捜査に当たったコロンボ警部の部下ワトキンス刑事は、犯人にとって逃げ道の無い状況から密室殺人の可能性を推測するが、コロンボは遺体の握っていた奇妙な遺留品に目をとめた。クリスマスのショーウィンドウを飾る人形の謎を追って、コロンボは被害者の住んでいた雪のシカゴに急行する。


 没シノプシスの小説化作品だった『殺人依頼』と違って、こちらはオリジナル小説の邦訳作品となっております。
 訳者は『殺人依頼』と同じ小鷹さんなのですが、本作は小鷹さんによって2回翻訳されているようです。でも、いくら翻訳の習熟度が違っているといっても、同じ原作を翻訳しておいて文量に1.5倍の違いがでるなんてこと、あんのかね……私が読んだ2001年改訳版(二見文庫版)に出てくるフォーサイス検死官も、1990年の映像版初登場よりも後に改訳したバージョンから小鷹さんが登場させた独自サービスのような気がします。そりゃ、映像版シリーズを知っている読者にしたらうれしい登板なのかもしれませんが、それは果たして「翻訳」なのか……?

 犯罪自体よりも犯人の心理描写や行動に物語の重点が置かれていた『殺人依頼』と違って、本作は純粋にコロンボ警部の地道な捜査によるトリック解明に焦点を当てた、よりミステリー寄りのエピソードとなっています。確かにこちらの方が『刑事コロンボ』シリーズっぽいですね。
 ただ、タイトルにでかでかと「密室」とぶち上げている割には、事件発生時からコロンボ警部が密室殺人の可能性を「信じない」ところから捜査を始めていますし、密室でないとするのならば、密室のように仕立て上げる工作ができるのは誰?というポイントから考えてみると、ほぼ選択の余地なしで疑惑の焦点が本作の犯人だけに絞られてしまうので、『殺人依頼』の交換殺人と同様に、本作の密室殺人もまた、そのテーマをちゃんと実現しているとはとてもじゃないけど言い難いアラ目立ちまくりの事件となっております。ま、そこらへんが実にリアルといえばリアルなのですが……
 だいたい、被害者が殺された部屋とか階じゃなくて、七階建てのデパートビル全体をひっくるめて「密室」とするという方便も、かなり無理がありますよね。ろくに防犯カメラもないし、監視してる人間も一階の固定された場所に詰めてる守衛さん一人なんだもんなぁ。

 そして、密室と並んでタイトルで強調されている「人形」に関しても、物語のキーワードとしては犯人の生い立ちを語る上でかなり重要な要素となっていて味わい深いものではあるのですが、そりゃ、そんな大事なものを犯行現場で見失ったままトンズラしちゃったら、コロンボ警部が見逃さないわけがないんだよなぁといった感じで、事件解決の難易度を劇的に下げている手がかりとしてしか機能していないのが残念でなりません。

 結局、本作の犯人も、コロンボ警部の同情を買いこそすれ、決してコロンボ警部を苦しめるような難事件を出来せしめる印象的な犯罪者にはなり得ていないのでした。所詮はゆるゲーであったか……
 ただ、本作の犯人は最終的な証拠となり得る「凶器」を隠滅することには成功していたので、状況証拠は山ほどあっても、なんとしても「私はやってない!」といい抜ければ逃げ道はあった気はするのですが、そこは百戦錬磨なコロンボ警部のこと、完全にルール違反なミスリード芝居をうって犯人の心を折るという、かなり黒よりのグレーな戦法で自白をもぎ取るのでした。これ、映像化のエピソードでもけっこう多用されるコロンボ警部のかなり強引な最終手段なのですが、その悪魔のような狡知に長けた采配こそが、ふだんはあんなに人畜無害な風貌のコロンボ警部が、ほんとにちらっとだけ「裏の顔」を垣間見せるという魅力の源泉なんですよね。きったねぇ!! でも、そこがいい……

 この『人形の密室』は、物語の構成自体はしっかり映像版の文法にのっとっており、おそらく映像化しても一応『刑事コロンボ』らしくなるかと思うのですが、やはり大看板で「密室」という割にはトリックとして甘々な部分もあり、最終的なコロンボ警部のチェックメイトもさほどのサプライズ感がないので、もし映像化してもかなり地味で目立たないエピソードになってしまうような気がします。これもまた、映像化されないだけの理由はあるかな、という感じでしょうか。

 ただ一点、この作品で長じているのは、やはり主人公である犯人と被害者との因縁の関係の生々しいディティールだと思います。
 主人公と被害者とは幼なじみの同業者なのですが、子どもの頃から華やかな娘だった被害者に主人公はコンプレックスを持っており、彼氏を被害者に盗られるという典型的な遺恨もありました。その上に、主人公が何とかキャリアを築き上げてきた老舗デパートのデザイン部に、シカゴの大手デパートから都落ちした被害者が転職してきて……という、主人公の首を真綿でじわじわと締めてゆくような犯行までの経緯は、ちょっと辻村深月先生の作品にでも出てきそうなエグみのある関係のような気がします。
 しかも、被害者の死後に、彼女が主人公たちに送るつもりだったクリスマスプレゼントが見つかるというくだりも非常にインパクトが強いのですが、それを見つけた主人公が同僚たちに「さっさと開けちゃって、次に気持ちを切り替えよう!」と言い放ってしまう決定的な「変貌」もちゃんと描いているあたり、さすがはハードボイルド小説家・小鷹信光の真骨頂といった感じですよね。やりおるわい!!

 『刑事コロンボ』の映像化されたエピソードの中で「傑作」と讃えられるものの魅力が那辺にあるのかと考えてみますと、犯行トリックの秀逸さは実のところ4割ほどで、やはり犯人を演じるゲスト俳優さんの演技力が6割のような気がするのです。そこはドラマですからね~。
 そう考えてみるとこの『人形の密室』も、たとえば『古畑任三郎』の中で橋本愛さんあたりが犯人を演じていれば、かなり視聴者の心に残る名作になっていたかも知れません。ちょっと、中森明菜さんにイメージがかぶるでしょうか。


 ……という感じに、刑事コロンボ「幻の未映像化事件簿」8つのうちの、まずは2つについてくっちゃべってみました。
 いやまぁ~、この2作に関しましては、正統的なエピソードとして映像化しないだけの理由はあるといいますか、TVドラマ化を想定していない冒険や登場人物の深めの掘り下げがあったと見ました。ていうか、『刑事コロンボ』じゃなくて小鷹信光さんの独立した小説としてやってくんないかな!? 面白いからさ!

 こういったあんばいで、残り6エピソードも次回以降、取り扱っていきたいと思いま~っす。
 さぁ、果たして映像化されても遜色ないような名エピソード、あのコロンボ警部を苦しめるような脅威のトリックは出てくるのでありましょーか!?
 
 いやぁあああ! 『刑事コロンボ』って、ホンッッッットに! いいもんですねェエエ!!
 それじゃあまた、ご一緒にたのしみましょ~。ぼんちゃ~ん♡
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