長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

在りし日の名曲アルバム  鬼束ちひろ『 the ultimate collection 』

2015年07月15日 23時39分20秒 | すきなひとたち
鬼束ちひろ『 the ultimate collection 』(2004年12月1日リリース 東芝EMI )

時間 77分13秒

 『 the ultimate collection 』(ジ・アルティメット・コレクション)は、鬼束ちひろ(当時24歳)の1stベストアルバム。
 全曲のプロモーションビデオを収録した DVD『 the complete clips 』との同時発売となった。ジャケットやブックレット内の写真は、同年3月にリリース予定だったが発売中止となったオリジナルアルバムのために撮影されていたものを使用している。
 すでに2004年6月に所属を離れていた東芝EMI からリリースされた初のベストアルバムである。選曲は音楽プロデュースを手掛けた羽毛田丈史によるもので、鬼束本人は本作にいっさい関与していない。そのため、鬼束の公式サイトのディスコグラフィーにも本作は記載されておらず、非公式扱いとなっている。本作への再収録に当たって、世界的なエンジニアであるテッド=ジェンセンによる、全曲24ビットデジタルリマスタリングが施されている。
 オリコンウィークリーチャートで最高3位を記録した。

収録曲
全作詞・作曲 …… 鬼束 ちひろ
プロデュース …… 羽毛田 丈史(『シャイン アルバムバージョン』と『 BACK DOOR アルバムバージョン』のプロデュースは土屋望と羽毛田丈史の共同)

1、『流星群』(6thシングル 2002年2月リリース)
2、『声』(3rdアルバム『 Sugar High 』収録曲 2002年12月リリース)
3、『眩暈』(4thシングル 2001年2月リリース)
4、『月光』(2ndシングル 2000年8月リリース)
5、『 infection 』(5thシングル 2001年9月リリース)
6、『 We can go 』(1stアルバム『インソムニア』収録曲 2001年3月リリース)
7、『 Fly to me 』(6thシングルカップリング曲 2002年2月リリース)
8、『シャイン アルバムバージョン』(1stアルバム『インソムニア』収録曲 2001年3月リリース)
9、『 BACK DOOR アルバムバージョン』(1stアルバム『インソムニア』収録曲 2001年3月リリース)
10、『 King of Solitude 』(3rdアルバム『 Sugar High 』収録曲 2002年12月リリース)
11、『 CROW 』(2ndアルバム『 This Armor 』収録曲 2002年3月リリース)
12、『茨の海』(2ndアルバム『 This Armor 』収録曲 2002年3月リリース)
13、『私とワルツを』(10thシングル 2003年10月リリース)
14、『 call 』(1stアルバム『インソムニア』収録曲 2001年3月リリース)
15、『 Sign 』(7thシングル 2003年5月リリース)


 はい、でました~。鬼束さんのデビューから5年目にしてついにリリースされた、1st にして「本人非公認」という、いわくつきのベストアルバムでございます。なんという、因縁に満ちた出生……
 でも、さすがは天にひとつの声と世界を持ち続ける鬼束さんといいますか、内容については全く文句のつけようのない聴きごたえ十分のベストアルバムとなっており、たった2ヶ月前に『育つ雑草』という新機軸を鬼束さんが打ち出していたにも関わらず、それ以前の「羽毛田プロデュース時代」のみに限定した本作でさえ、当時のヒットチャート3位という反響を得ていたのでした。やはり当時の世間では、いや、それから10年以上の歳月が経った2010年代の今でも、鬼束さんといえば2000年代前半の羽毛田時代というイメージが定着しているのでしょうか。

 本作の収録楽曲の内訳は、1st アルバム『インソムニア』から6曲、2nd アルバム『 This Armor 』から4曲、3rd アルバム『 Sugar High 』から2曲ということで、『 Fly to me 』『私とワルツを』『 Sign 』の3曲は、本作にてアルバム初収録ということになります。ですので、デビューからの羽毛田プロデュース時代の全容をまんべんなくフォローしていることは間違いないのですが、全曲がすでにアルバムかシングルいずれかの形で音盤化されている楽曲ということなので、全作品をすでに買ってるよというファンの方にとっては、目新しいのはジャケットとライナーノートに使用されている、黒い袖なしワンピースをまとった鬼束さんの写真3点だけということになります。
 う~ん……入門盤としてはこれ以上ないくらいの選曲とボリュームなのですが、できればボーナストラックみたいな初音盤化の作品が欲しかったような。でも、すでに鬼束さんご本人が音楽会社を移籍してしまっている以上、新曲を録音するわけにもいかず、そもそもそんな作曲環境がちゃんとあるんだったら、『 Sign 』とか『私とワルツを』といった超名曲を収録したフルアルバムがリリースされないとか、本作が本人非公認になるとかいう事態にもならなかったわけなのでありまして。覆水盆に返らず……

 さて、いちおうこの、我が『長岡京エイリアン』におけるとはずがたり企画「在りし日の名曲アルバム」シリーズは、いちおう鬼束さんの楽曲を聴いて雑感をくっちゃべるという記事なのですが、このベストアルバムに収録されている楽曲は、曲がりなりにもすでに過去記事で触れているものばかりですので、ちょっと違う視点にしてお茶をにごしましょうかね。

 すでに鬼束さんご本人が去っている状態でのベストアルバム作成ということで、じゃあ一体誰がこのアルバムの収録曲を選んだのかと考えれば、それはもちろんプロデュースを手掛けた羽毛田丈史さんだと思います。ちょっと、どういった理由で羽毛田さんがこのラインナップにしたのかを、しろうとなりに考えてみたいと思います。

 まず、アルバム収録の順番から観てみますと、各曲のリリース時期に関しては「02年→02年→01年→00年→01年……」となっているので、単純に時系列順に並べたわけではないようです。
 ならば世間的にヒットした人気作を特にチョイスしたのかといいますと、当然『月光』や『 infection』、『流星群』といった必聴の名曲は押さえているわけですが、その一方で『声』や『茨の海』といったアルバム収録のみの楽曲や、そもそもアルバムにさえ収録されていなかったシングルカップリング曲『 Fly to me 』といった、当時としては比較的知名度の低かった楽曲も拾われているのです。
 ベストアルバムにそこらへんの楽曲も収録されているということは、さてはシングルのタイトル曲をそろえるだけでは頭数がそろわなかったか? と勘ぐってしまうのですが、本作にはシングルタイトル曲だった『 Cage』(3rd 2000年)、『 edge』(4th 2001年 両A 面曲)、『 LITTLE BEAT RIFLE』(5th 2001年 両A 面曲)、『 Beautiful Fighter』(8th 2003年)、『いい日旅立ち・西へ』(9th 2003年)といった有名どころが収録されていないので、そんなわけでもなさそうなんですね。
 さて、だとするのならば、本作の選曲にはどういった意図、法則性があるのでしょうか。

 ではここで、完全に独自の勝手な解釈になってしまうのですが、それぞれの楽曲の性質を考えてみることにしましょう。

 すでに何回も触れてきたのですが、鬼束さんの作品世界の中で重要なのは、「あたし」と「あなた」の占有配分だと思います。
 すなはち、外部に全く左右されない「あたし」の心象風景を唄う「告白曲」か、あたしに大きな影響を与える「あなた」が登場することで確実にあたしが変わっていく「対話曲」か。この違いと、そのいずれかを「ポジティブ」に唄っているのか「ネガティブ」に唄っているのか。その4要素でもって、今回のベストアルバムに収録された楽曲のならびを観てみることにいたしましょう。どうなるかな!?

1、『流星群』  …… 対話・ポジティブ
2、『声』    …… 対話・ポジティブ
3、『眩暈』   …… 対話・ポジティブ
4、『月光』   …… 告白・ネガティブ
5、『 infection 』 …… 告白・ネガティブ
6、『 We can go 』…… 告白・ポジティブ
7、『 Fly to me 』…… 対話・ポジティブ
8、『シャイン アルバムバージョン』 …… 告白・ネガティブ
9、『 BACK DOOR アルバムバージョン』…… 告白・ポジティブ
10、『 King of Solitude 』…… 対話・ポジティブ
11、『 CROW 』 …… 対話・ポジティブ
12、『茨の海』  …… 対話・ネガティブ
13、『私とワルツを』…… 対話・ネガティブ
14、『 call 』   …… 対話・ポジティブ
15、『 Sign 』   …… 対話・ポジティブ

 こんな感じになりますか。でも、鬼束さんの世界がこんな「黒か白か」みたいにざっくりした基準4コだけでかっちり分けられるはずもなく、『 Fly to me 』や『 call 』がほんとにポジティブな曲かというとそうでもない気もするし、「告白曲」だとしても、語っている相手として「あなた」がちゃんといる場合もあります。ただ、告白曲における「あたし」と「あなた」の距離は相当遠く、まるで死んだ人か神様のように一方的に呼びかけることしかできない存在になっているようなせつなさはありますね。

 以上の結果を観てみますと、このベストアルバムの中で選者は、鬼束さんのまさしく鬼気迫る声の本領が発揮されるはずの『月光』や『 infection』に代表されるネガティブ曲が、かなり手厚くポジティブ曲で包まれていることがわかります。まず、選曲の中で最も新しい『私とワルツを』でなく、当時の時点での鬼束さん史上最ポジティブ曲である『 Sign』がオーラスになっていることから観ても、このアルバムを明るい印象のものにしたいという意図は明らかなのではないでしょうか。間違っても『 Beautiful Fighter』や『 Tiger in my Love』のようなひねくれたテンションの曲は入れないという、優等生ばかりをそろえた感じはありますよね。不良は帰ってよし!

 優等生というのならば、曲的に非常に耳ざわりがいいというか、なんとなく意味が分かるような気がする、平易な難易度の曲が選ばれているという点でも、本作は入門編と呼ぶにふさわしいと思います。つまり、『ダイニングチキン』や『嵐ヶ丘』、『 Castle・imitation』、『漂流の羽根』みたいな難解な曲は入らないと……そこらへん大好きなんだけどなぁ! でも、こんな中でもちゃんとベストアルバムに入った『 Fly to me』は、なかなかのもんですね。あれもけっこう難解なのですが、それだけ羽毛田さんがこの曲を評価していたということなのでしょうか。

 ただ、そういう選曲になっている以上、鬼束さんにそれほど深く入り込んでいない人が聴くと、「なんかおんなじ曲ばっかだな。」みたいな印象を与えてしまうという弊害も無視はできないのではないでしょうか。トンガリ具合がいいネガティブ曲がありつつも、大半は当たり障りなく聴く人に元気を与える曲なんですもんね。『 Rebel Luck』なんかもとってもいい曲だと思うのですが、それが本作に収録されていないのは、同じ内容の楽曲がもう入ってるから、ということなのでしょう。


 この1st ベストアルバムは、何度も言うように「すでに鬼束さんがいない」状況の中で作られた回顧作品集ということになります。なので、鬼束さんのこれからを予兆させるという未来性はなく、羽毛田時代が理想としていた、そして当時の世間が喜んで受け入れた「こうあってほしかった鬼束ちひろ像」をできるかぎり再現させようとした、悪く言えば後ろ向きな内容になっていると思います。それだけに、まるで高速道路のサービスエリアや、ホームセンターの隅っこのワゴンで売られている山口百恵さんとかテレサ・テンさんのベストアルバムみたいな無難な内容になっているという、デビューから5年くらいしか経っていない歌い手さんとは思えない枯れた作品になってるんだな、と再確認しました。

 そりゃね、今からまた頑張っていこうとする「生きている」鬼束さんが認めるわけがありませんよね。まるで勝手に遺影を売られるような気持になったのではないかと思うのですが……どうだったんでしょうかね。

 アルバム自体はほんとにいいと思うのですが。ま、生まれた事情が幸福なものではなかったということでしょうか。哀しいのう!!

 ところが、不幸はふたたび。
 こんな1st ベストアルバムがリリースされて舌の根も乾かない内に、またもや生きている鬼束さんの意思とは全く違う場所から、次作は生まれ来るのでありました。

 え! 1st から1年も経たないうちに2nd ベスト!? また!?
コメント
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