長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

在りし日の名曲アルバム  鬼束ちひろ『インソムニア』

2014年10月02日 23時36分22秒 | すきなひとたち
鬼束ちひろ『インソムニア』(2001年3月9日リリース 東芝EMI )

 『インソムニア』は、鬼束ちひろ(当時20歳)の1stオリジナルアルバム。タイトルは英語で不眠症( Insomnia )の意味だが、本人は「響きが良いから。」との理由で意味を考慮することはなく、デビュー当初から考えていてつけたという。
 オリコンウィークリーチャート初登場1位を記録、発売から1ヶ月で約150万枚のセールスとなるミリオンセラーを記録し、鬼束ちひろ最大のヒット作となった。ヒットシングル曲の『月光』、『眩暈』をはじめ、自身が初めて作った楽曲だという『 call 』や、フランス映画『 WASABI 』(リュック=ベッソン監督)で挿入歌として使用された『螺旋』などが収録されている。ちなみに『螺旋』とアルバム収録曲の『イノセンス』、『 BACK DOOR アルバムバージョン』は、全てアルバムのリリース後にタイアップが決定した。このアルバムは「第16回ゴールドディスク大賞ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。
 このアルバムと初のプロモーションビデオ集『 ME AND MY DEVIL 』(2001年4月リリース)の連動特典で、シングル『眩暈 / edge 』のリリース時まで配布されていたフリーペーパー『 Pretty Witch 』を製本化した公式ファンブック『 Pretty Witch Complete Books 』が抽選で当たるというキャンペーンが行われた。

収録曲
全作詞・全作曲 …… 鬼束 ちひろ
プロデュース  …… 羽毛田 丈史(『 Cage 』のみ編曲は土屋望と羽毛田丈史の共同)

1、『月光』(2ndシングル 5分0秒)
 シングルバージョンとほぼ同じだが、歌唱後のアウトロ部分(9秒間の無音)がカットされている。

2、『イノセンス』(5分17秒)
・Applied Material 社 CMソング
 初めて一人称に「僕」、二人称に「君」を使用した楽曲。当時のライブでもよく披露されていた。また、アルバムリリース後には Applied Material 社の CMソングとして CBC(カナダの公共放送局)や CNBC(アメリカのニュース専門放送局)を中心に世界でオンエアされ、「あの楽曲を歌う歌手は誰なのか」という問い合わせが国際的に殺到したという。

3、『 BACK DOOR アルバムバージョン』(5分5秒)
・人物ドキュメント番組『夢伝説 世界の主役たち』( NHK総合 2001年4月~02年3月放送)エンディングテーマ
 ロックを基調としていたシングルバージョンに対し、ピアノとチェロのみで歌唱されるバージョンになっている。

4、『 edge 』(4thシングル)

5、『 We can go 』(4分47秒)
 カントリーロック調の楽曲で、自身が1999年の春に上京して初めて作った作品であるという。プロモーションビデオはノーカットで撮影されている。

6、『 call 』(5分16秒)
 鬼束ちひろの原点であるという楽曲。17歳の時に文化祭の劇で、周囲からいじめられて最後に死ぬエイズ患者の役をやったことから死について触発され、初めて作詞作曲した。もともとは英語詞の楽曲でオーディションでも英語詞で披露したが、アルバム収録にあたって日本語詞に書き直したという。

7、『シャイン アルバムバージョン』(4分54秒)
 『 BACK DOOR アルバムバージョン』と同様に、ピアノのみをバックに歌唱している。このアルバムバージョンと同じ構成でプロモーションビデオ『シャイン unplugged 』(『 ME AND MY DEVIL 』収録)も制作されているが、歌唱や編曲の細部のアレンジがアルバムバージョンとは異なっている。

8、『 Cage 』(3rdシングル)

9、『螺旋』(4分2秒)
・映画『 WASABI 』挿入歌
 この楽曲はもともと『 My Fragile Life 』というタイトルで、シングル『 Cage 』が2ndシングルとしてリリースされる際のカップリング曲として制作されていたが、リリースがお蔵入りとなってしまったため、この初期バージョンは聴くことができない。今回のアルバム収録のために新たに録音し直した際に、本人曰く「塔の螺旋状の階段を上り、塔のてっぺんから飛び降りる映像が浮かんだ。」とのことから、タイトルが『螺旋』に変更された。

10、『眩暈』(4thシングル)

11、『月光 アルバムバージョン』(5分8秒)
 1曲目のアレンジを変えたアルバムバージョン。このアルバムが『月光』で始まり『月光』で終わるという本人・制作者側の意図が込められている。プロモーションビデオ(『 ME AND MY DEVIL 』収録)は、東京・八王子ホテルニューグランド内のウェディングチャペルで撮影された。


 はい。というわけでありまして、2000年2月のプロ歌手デビューからほぼ1年、4作のシングルを収録して満を持してリリースされた1stアルバムということで、ポップス歌手の発表ペースてしてはまさしく教科書みたいな順調さ&勤勉さで世に出た『インソムニア』なのでありました。
 収録されているラインナップを見てみても、11曲中7曲がすでに発表されている楽曲で、このアルバムが本邦初公開となる曲が4曲ということで、オリジナルフルアルバムならではのお得感にもしっかりと配慮がゆきわたっている、磐石な1枚となっていますね。

 ただここで見逃せないのは、既発表になっている7曲のうち、シングルバージョンと同じ編曲のものが4曲で、それ以外の3曲(『 BACK DOOR 』、『シャイン』、『月光』)がまったく違う印象のものに変わっているという点なんですよね。
 特に、記念すべきデビューシングルであるはずの『シャイン』の2曲が、当初のバックバンドの後押しの強いにぎやかなバージョンを完全に捨て去って、いかにも羽毛田丈史プロデュースな鬼束さんの声とピアノ、ストリングスだけの少数精鋭編成にしたのは象徴的で、このアルバム全体のカラーと、その後数年間の鬼束ワールドの方向性を力強く宣言する決断だったと思います。

 それがいいのかどうかは別にしても、このアルバムを2曲の『月光』でラッピングしているという構造からして、確信的にこのアルバムを単なる「デビューから1年間のまとめ」でなく、いわば『大長編 鬼束ちひろ』ともいうべき、約54分間のひとつの作品に仕上げていると解釈してよろしいでしょう。『ちひろの恐竜』みたいな!
 そういう意味で、この『インソムニア』は歌手・鬼束ちひろのデビューアルバムとしては最良の判断だったのではないのでしょうか。たぶん、シングルバージョンだけを集めたごくごくまっとうなアルバムになっていたら、かなり悪い方向で『月光』以降の良さが目立ってしまい、玉石混交で雑多な印象を強めてしまっていたと思います。
 つまり、アルバムを制作する2001年の時点でいったん過去作品をアップデートしなければならなくなってしまうほど、鬼束さんの1年間における成長のほどは急速なものだったということなんですね。さすがは20歳、のび~るのび~る!

 今回バージョンの改まった『 BACK DOOR 』と『シャイン』をかつてのシングルバージョンと聴き比べてみれば明らかなのですが、『インソムニア』当時の羽毛田プロデュースは鬼束さんの「高音ののび」を特に重視しているというか、そのために彼女にとっての「天井」をとっぱらうための、いろんな前準備を整えている縁の下の力持ちっぷりが実に甲斐甲斐しいですね。デビュー時の2曲は聴きざわり自体は演奏もにぎやかで華やかなのですが、いかんせん鬼束さんの声に演奏と同調しないかたくなさがあり、そのために最後まで「やけにドスのきいた低音だなぁ……」という印象しか残らないのですが、自分の叫びたいことを自由に叫ぶことができる、そのために叫びが叫びである必要がなくなり、叫びは自然に「祈り」になっていくという、歌詞の流れともまた違った「鬼束さんの声」にまつわる物語が展開する背景が周到に配置されている静謐な羽毛田ワールドは、いい意味でも悪い意味でも鬼束さんの声を世界に知らしめていく最大の貢献者になったと思います。

 当時の鬼束さんの魅力を最大限に発揮させる演出をほどこした羽毛田さんは、果たして彼女の才能を自由に開花させたのか、それともあくまでも個人の理想のアーティスト像の中に限定させてしまったのか……孫悟空を自らのたなごころの中に閉じ込めたお釈迦様とは、果たして何者なのか?という問題を考えるようなふか~い話なのですが、いずれにせよ、鬼束さんと羽毛田さんの出逢いが多くの人々の感動を生んだことは間違いないわけで、そのひとつの結晶となった『インソムニア』の完成度の高さは、非常にすばらしいものがあると思います。
 でも、最初のアルバムがとてつもなくいいって……キッツいよねぇ~!!

 このアルバムを聴いていきますと、全体的にゆったりしたテンポの曲がほぼメインなのですが、それだけにアルバム初収録の『 We can go 』と4thシングルの『 Cage 』のアップテンポが実に絶妙な配置で加えられていることがよくわかります。この2曲だって決してにぎやかな曲ではないのですが、最初から聴いていてそろそろ、重苦しくもある世界に疲れてきたかな~といったタイミングで、肩の力の抜けた『 We can go 』であるとか、思いのたけをぶちまけている感じの『 Cage 』が入ってくると、こっちも気がラクになるってもんなんですよね。いたれりつくせりのお気づかい!
 余談ですが、そこまで重要な「息抜き」という役割を担っているのにもかかわらず、『 We can go 』のプロモーションビデオは異常に緊張感……というか、「ワンカット撮影なんて思いついた奴、だれ!?」といった主演・鬼束さんのガチガチ感のみなぎる特異な作品になっています。いや、別に鬼束さん自身はそんなに大変な演技をしているわけでもないように見受けられるんですが、あの明るい楽曲を完全に無表情な鉄面皮で口パクしている鬼束さんと、彼女にからんでいるようでまったくからんでいない外界の人々という不思議な隔絶感が、曲調と完全に乖離しているんですよね。他の曲だったら良かったのかもしれないですけど、なんでよりにもよって『 We can go 』でその演出になっちったの!?

 そしてこの『インソムニア』は、2001年の鬼束さんの充実した歌唱力が堪能できるアルバムであると同時に、唄われる作品が過去の、歌手になるまでの鬼束さんの半生があゆんできた苦悩と、そこからの飛翔、その瞬間までにかなりこだわったものに限定されているため、ひとつの作品としてのカラーが見事に統一されたものになっています。
 もちろん、それはとりもなおさず「また『あなた』との話!?」とか、「『この腐敗した世界』とか『盲目の日々』とか……窮屈きわまりなし!!」という狭さにもつながりかねないしつこさであるわけなのですが、そこを、そういった煩雑な日常のもろもろから完全に離脱した高みの美しさをたたえている『月光』で包んでいるという時点で、この『インソムニア』の完璧さは約束されているのです。

 でも、このアルバムに収録された作品の中でいちばん古いというふれこみの『 call 』の持っている、「諦めから生まれる魂の平穏」という境地は、ものすごいですよね……作詞は新しいとしても、曲は17歳のときに作ったんですって。う~ん天才。

 デビュー1年にして、こういったとてつもない作品をスポンッと産み落としてしまった鬼束さんであるわけなのですが、名峰『月光』を越え、彼女は果たしてどういった新たな境地を切り拓いていくのでありましょうか。
 意気揚々? 前途多難? 待ち受ける21世紀はいかなるものにや~、あらん!

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 在りし日の名曲アルバム  ... | トップ | さぁ、あと何日の、30代? ... »

コメントを投稿

すきなひとたち」カテゴリの最新記事