長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

在りし日の名曲アルバム  鬼束ちひろ『 Sugar High 』

2015年03月06日 23時19分20秒 | すきなひとたち
鬼束ちひろ『 Sugar High 』(2002年12月11日リリース 東芝EMI )

時間 41分32秒+10分24秒(ボーナス8cmCD)

 『 Sugar High 』(シュガー・ハイ)は、鬼束ちひろ(当時22歳)の3rdアルバム。
 前作アルバム『 This Armor 』からわずか9ヶ月という短いスパンでリリースされた。この間、新作シングルはリリースされていなかったため、収録曲の全てが新曲で構成されている。なお、2004年3月17日に発売予定だった4thアルバムが発売中止になり、『シングルBOX 』に差し替えてリリースされたため、東芝EMI 在籍中のオリジナルアルバムはこの作品が最後になった。
 本人は「低温感が続くアルバム」と語っており、前作『 This Armor 』のようなバラエティの豊かさは影を潜め、ほとんどの楽曲がバラードで占められている。
 初回限定生産盤のみ、CD-EXTRA仕様でオリジナルスクリーンセーバーが収録されているほか、楽曲『 Castle・imitation 』を収録したボーナス8cmCD が付属している。
 オリコンウィークリーチャートで最高2位を記録した。

収録曲
全作詞・作曲 …… 鬼束 ちひろ
プロデュース …… 羽毛田 丈史

1、『 NOT YOUR GOD 』
 彼女が18歳の時に作曲した楽曲であり、歌詞が英語のままであったり曲の構成を変えなかったりと、当時作られた雰囲気をそのまま再現しているという。楽曲の世界観を本人は「鬼束版白雪姫」と表現し、「怖そう、でも世界は広がる。」とコメントしている。

2、『声』

3、『 Rebel Luck 』
 後に、10thシングル『私とワルツを』(2003年11月リリース)のカップリング曲としてシングルカットされている。

4、『 Tiger in my Love 』
 2ndシングル『月光』(2000年8月)のリリース後から3rdシングル『 Cage 』(2000年11月)のリリース直前の時期に制作され、録音も済んでいたがお蔵入りになり、本作で初めて音源化された。初のライブツアー「 CHIHIRO ONITSUKA LIVE TOUR 2001」(2001年4月)でも新曲として披露されていたが、当時はギターサウンドを前面に押し出したスローテンポなロックナンバーにアレンジされていた。

5、『 Castle・imitation アルバムバージョン』
 初回限定生産盤のボーナス8cmCD 収録曲のアルバムバージョン。テーマは本人によると、「時計の秒針の音。古い時計、だが針はしっかり動いているイメージ」。ライブDVD『 CHIHIRO ONITSUKA ULTIMATE CRASH '02 LIVE AT BUDOKAN 』(2003年5月リリース)のエンドロールでもこの曲が使用されている。ストリングスを基調としている。

6、『漂流の羽根』
 ボーカルにピアノとチェロという、比較的シンプルな構成の楽曲。この構成は自身にとって『 BACK DOOR アルバムバージョン』(2001年3月)に続いての試みであり、リアレンジではない新曲としては初の構成であったが、のちに『 MAGICAL WORLD 』(2007年5月)や『 NOW 』(2007年9月)などで、この構成は多用されるようになる。

7、『砂の盾』
 鬼束は、「『 Rebel Luck 』と同じ位置にいながら対極にある曲。」と語っており、アルバムの曲順が、6曲目の『 Castle・imitation 』を中心にシンメトリーな世界観を表していることを示唆している。

8、『 King of Solitude 』
 初のクリスマスソングであるが、本人は意図して作曲したわけではなく、「クリスマス間近の夜10時頃のニューヨークの街を、親が子どもと手を繋いで帰っていく」シーンをイメージしたら偶然出来上がってしまったという。プロモーションビデオはクレイアニメーションを使用し、鬼束作品の中でも異色なものに仕上がっている。

9、『 BORDERLINE 』
 ピアノを中心に使用し、羽毛田丈史の提案したアルバムのコンセプトである「クラシックな雰囲気」にこだわり抜いた楽曲に仕上がっている。鬼束は「マニアックメジャーな感じ」と語っている。後奏のアグレッシブなストリングスと自身のフェイクが「口喧嘩っぽい」、「狂気な感じ」ともコメントしている。

初回限定生産盤ボーナス8cmCD『 Castle・imitation 』
 長らく、この初回限定生産盤のボーナス8cmCD のみでしか聴けなかったが、2ndベストアルバム『 SINGLES 2000-2003』に収録されたことで、改めてオリジナルバージョンの存在が広く知れ渡ることとなった。このオリジナルバージョンはバンドサウンドを基調にしている。


 3rdアルバムではあるんですが、デビューから3年も経っていないこのタイミングで、「オール新曲、先行シングルいっさいなし」という、この強気な姿勢よ! 商業的にこの選択をしたのが誰かはわかりませんが、とにかくこの攻め方が、実に九州女子っぽい!! あっぱれ流石は隠れキリシタン魔界転生ガール。
 ただ、だったら1st『インソムニア』のように名曲『 Castle・imitation』もオリジナルとストリングスの両バージョンを通常盤に組み入ればよかったのに、そこは初回限定盤商法でセールス気にしちゃうのよねぇ。シングルなしアルバムは、それだけ博打だったということなのでしょうか。
 でも、結果としてはオリコンチャート最高2位なんですもんね。商業的にも、当時の鬼束さんは十二分に日本歌謡界のメインストリームにいる状態にあったのですなぁ。まぁ、現在にいたる「もろもろ」が始まるのは、この後ということなんですな。

 およそ9ヶ月の沈黙を破ってリリースされたオリジナルアルバムということで、コンセプト感満載であることが容易に予想できるこの『 Sugar High』なのですが、ご本人も語っておられる通り、全体的に温度が統一されている点はうなずけます。ただし、『 NOT YOUR GOD』と『 Tiger in my Love』は、過去にすでに制作されていた作品であるとのことですので、全曲が当時売れっ子最前線にあった鬼束さんの最新作というわけでもないようです。

 それでは早速、それぞれの歌詞世界をのぞいてみましょう。
 「待ち、耐える」1st、「ついに歩き始める」2nd に続く3rd なわけですが、さぁ今回はどんなテーマになっているのでしょうか?
 私が思いまするに、それはすなはち、「受肉化した『あなた』との対話が始まる」ってことなのではなかろうかと!

 受肉化、っていうと大仰な言い方になってしまうのですが、要するに歌詞の中での「あなた」が、「わたし」にとってかなりリアリティがあり、距離が近いものになっているということでして、「わたし」の呼びかけが直接届く存在になっているらしいことがうかがえるんですね。


「こんな道が何処に続くのかさえ 分からずにいるけど
 立ち止まりあなたを失う方が 悲しいだけ」(『声』)
「わたしを土足で荒らしても 余白など無くても
 全てはこの肌に 触れる事さえ出来ない
 あなたには決して見えたりしないでしょう? Tiger in my Love」(『 Tiger in my Love』)
「わたしの焦りを吸い上げるヴィーナス
 あなたが似合うと言った この抗いのドレスを裂く程の 答えと正義のナーヴァス
 それでも あなたの脳はケースの中に?」(『 Castle・imitation』)
「あなたは目を伏せて言葉を探る 小さな槍で
 わたしも目を伏せては距離を躍らす
 その必要の無い街で 2人は何をすり抜けたのだろう?」(『漂流の羽根』)
「もっと側へ 今は最高の魔法で 積もる雪も翼に変え
 あなたの肩を温めよう 眠れるまで」(『 King of Solitude』)
「さぁ 神の指を舐めるの
 あなたには低温な重さしか見えない
 それなら秘密など共有出来ない」(『 BORDERLINE』)


 とまぁ、こんな感じで「問いかけ」、「衝突」、「すれ違い」、そしてついに『 King of Solitude』においては「母性」さえ感じさせるまでにいたった、様々なアプローチでの「あなた」との対話。それはやっぱり、デビュー後の幾多の経験をへて、具体的に数多くの人々のリアルな反響を一身に受けたことからくる変化なのでしょうか。ものすんごい濃密な2年間だったんだろうなぁ。
 歌詞だけ読むと『声』なんて、やっぱり受け身なんじゃんかと思ってしまうのですが、曲調が完全に、その姿勢を自分で良しとしているんですよね。それで心の平安を得ているのですから、要するに、「わたし」の中での「あなた」の比重が、明らかに「わたし」の生命をおびやかさないレベルにまで下がっているんだよな。それはつまり、それだけ「わたし」が「わたし」を大切にするようになってきているってことなんですよね。それが、強くなる、大人になっていくってことなんだろうねぇ。

 ですから、このアルバム『 Sugar High』は、ジャケット写真こそ、一部のファンが大興奮しそうな超一級の「さげすみのまなざし」をかましている鬼束さんのモノクロフォトに、「ええっ!? 路線変更!?」とビビってしまいかねない「一見さんお断り」感はあるのですが、中身はいたって健全まっとうな、鬼束さんの生真面目なあゆみの続きとなっているのです。確かに低温ではあるのかもしれないけど、決して何かに疲れたり、ましてや病んだりしているものではないと。

 でもまぁ、しょっぱなの1曲目から「 I'm not your God~♪」(『 NOT YOUR GOD』)なんて言われちゃうと、「えっ、あなた GOD'S CHILD じゃなかったの!?」とビックラこいてしまいかけるのですが、「神」と「神の子」は別だもんねぇ。当時、鬼束さんに教祖めいたものを求める輩も多かったのかなぁ。ほんとにジャンヌダルクだったんだなぁ鬼束さん。言うことはハッキリ言ってかないとねぇ。

 こんな感じで、アルバム全体の雰囲気としては前作以上に「動き出した、変わり始めた」感が明瞭になってきた今作なのですが、その一方で配分こそ少なくなってはいるものの、いったんその場所に立ち止まって「陽の決意」と「陰のあきらめ」を噛みしめる、鬼束さん伝統の内省的な曲が1つずつあるのも、いかにも彼女らしいですね! その精神の「ぶれ」があることこそが、芸術家にして人間・鬼束ちひろの「ぶれのなさ」なのであるという、この矛盾! ステキ!!


「幾ら階段を踏み外しても 幾ら違っても言える
 こんな足でも 歩けないはずはない」(『 Rebel Luck』)

「手に入れた抵抗は 崩れゆく砂の楯
 偽りの栄冠を かばうのは砂の楯
 護れるはずもない このままじゃ」(『砂の楯』)


 ポジティブとネガティブがきれいに並んでおります。満面の笑顔で朝日を迎えたかと思えば、落日に肩を落とし涙ぐむ……これが人間なんだなぁ。
 一般的な知名度でいうと、『月光』収録の『インソムニア』と『 infection』収録の『 This Armor』に比べてちと分が悪いかもしれないこの『 Sugar High』ですが、その理由はあくまでアルバムに先立つシングルリリースがなかったという確信的戦略からだけなのでありまして、ラインナップのレベルは明らかに上がっていますね! むしろ、前2作のような楽曲ごとの出来のムラがなくなっているからこそ、目立つものがなくなっているだけなのでしょう。だから、『 Sugar High』を代表する1曲なんか、選べないと! 個人的には、のちの名曲『私とワルツを』のプロトタイプともいえそうな『漂流の羽根』がいちばん好きなんですが、聴いていて素直にジーンとくるのはやっぱり『 Castle・imitation』のアルバムバージョンですよね。現在の鬼束さんが好きな方にとっては、『 BORDERLINE』の激情っぷりがしっくりくるだろうし。

 こんなわけで、さらなる進化がありありと楽しめる本作なのですが、なにげに最も顕著な変貌は、「重苦しい鉄製武器」から「軽やかでスピーディな動的表現」への描写の転換でしょうか。まさしく、キャタピラーからバタフライへのメタモルフォーゼ!!
 前作までやたらに「鎖」だの「剣」だの「鎧」だのと、重たそうだったり武器っぽかったりする単語がちりばめられていたのですが、この『 Sugar High』ではそこらへんの描写がすっかり鳴りを潜め、出てきても「鋼のような皮膚」(『 Tiger in my Love』)とか「小さな槍」(『漂流の羽根』)くらい。『砂の楯』にいたってはついに楯が崩れゆくわけ!
 それに代わって頻出してくるのが、空気のように軽かったり、スピード感を持って動き続けていたりする「動的」で「軽々とした」表現なんですよね。
 「虹へと変わってこの橋も渡って行ける」(『声』)、「途切れない軌道」(『 Rebel Luck』)、「焼け野原には選択のカードが散らばる」(『 Castle・imitation』)、「積もる雪も翼に変え」(『 King of Solitude』)、「歯車が音を立てる時」(『 BORDERLINE』)などなど。
 こういう変化を見ると、鬼束ちひろという鋼鉄製のジェットエンジンつき飛行機が、この3rdアルバムをもってついに「ふわっ。」と離陸を遂げたということが如実にわかります。まぁ、そのジェット飛行機が平和な旅客機なのか音速戦闘機なのかは、飛んでからでないとわからないわけなのですが……怖すぎ!!

 このオール新曲アルバム『 Sugar High』をもって次なるフェイズへと変容し、その上この後、いったいどういう一手をうつというのか。常人にはまるで予測もつかない飛行体制に入った鬼束さん。ホント、どうなるのかしら!?

 ……えっ、「当機はまもなく乱気流に入ります。」……?

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