長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

在りし日の名曲アルバム  鬼束ちひろ『 everyhome 』

2015年07月28日 22時51分16秒 | すきなひとたち
鬼束ちひろ『 everyhome 』(2007年5月30日リリース UNIVERSAL SIGMA )

時間 15分1秒

 『 everyhome(エヴリホーム)』は、鬼束ちひろ(当時26歳)の12thシングル。
 前作シングル『育つ雑草』(2004年10月リリース)から、実に2年7ヶ月におよんだ活動休止期間からの復帰シングル。。本作から、音楽プロデューサーに小林武史(当時47歳)を迎えている。また、この作品からは鬼束の個人事務所である NAPOLEON RECORDS(2007年4月1日設立)と、マネジメントを一部請け負う烏龍舎との共同マネジメントで作品をリリースすることとなる。
 かねてから小林の音楽性や創作スタイルに共感し、特に彼のプロデュースした YEN TOWN BAND(1996年~)の音楽性に強く惹かれていた鬼束が小林に会うことを切望し、2005年の夏に初対面を果たす。2006年春にスタジオに入り小林とデモセッションをして、タイトル曲である『 everyhome 』が生み出された。小林は、鬼束の楽曲のクオリティの高さとアーティスト性を高く評価して彼女のサポートを決めたと語るが、当時まだ楽曲のストックが少なかったため、鬼束は2006年いっぱいを楽曲制作にあてたという。本格的なレコーディングがスタートしたのは翌2007年2月であり、翌3月17日に開催された小林主催のライブフェスティバル『 AP BANG! 東京環境会議 vol.1』出演の直前までレコーディングが行われたという。
 楽曲は全て、鬼束のボーカルと小林のピアノ(『秘密』はキーボード)が同時録音されている。また小林は、鬼束のアーティストとしての個性を重視した上で、あくまでアレンジャーとしての作業を中心として行い、詞曲はほとんど修正していないという。
 歌唱と伴奏を同時収録した作品であるため、本作にはインストゥルメンタルが収録されていないが、本作以降、鬼束のシングル作品にはインストゥルメンタルは収録されなくなる。
 オリコンウィークリーチャート最高9位を記録した。

 鬼束の作詞法は、『 everyhome 』を契機に変化が生じたという。それまでは感情をぶちまけるように歌詞を書くという手法が主であったが、本作以降は、「自分が他の歌手だったらこういう書き方をする。」というように自分を客観的に見て歌詞を書いたり、映画の映像から受けた印象をモチーフとして歌詞を書くようにもなってきていると語っており、例えば『 everyhome 』は『フォレスト・ガンプ』(1994年)、『 Sweet Rosemary 』(4thアルバム『 LAS VEGAS 』収録曲)は『ギルバート・グレイプ』(1993年)、『 bad trip 』(『 LAS VEGAS 』収録曲)は『スパン』(2002年)からインスピレーションを受けているという。


収録曲
作詞・作曲  …… 鬼束 ちひろ
プロデュース …… 小林 武史
1、『 everyhome 』
 ピアノのみというシンプルな伴奏で制作されたバラード。2007年3月17日に開催された小林主催のライブフェスティバル『 AP BANG! 東京環境会議 vol.1』で初披露された。2007年5月のインタビューによれば、鬼束曰く、「風が大きなテーマになっている」、「映画『フォレスト・ガンプ』を観ていたら曲が出来た」。また鬼束は、通常ならば数時間で楽曲を書き上げるが、この曲は「3日かかった」と、それまでにはない長時間を要したことを語っている。

2、『 MAGICAL WORLD 』
 ピアノとチェロのみの伴奏で制作されたバラード。『 everyhome 』と同様に、『 AP BANG! 東京環境会議 vol.1』にて初披露された。鬼束曰く、「小林武史のイメージをもってして曲を作った」、「寂しい部分も持っている人なのではないかと想像して書いた」。

3、『秘密』
 本作のリリースまで未発表となっていた新曲。バンドサウンドで制作された。


 ……ということでありまして、我が超零細ブログ『長岡京エイリアン』の中でもひときわ屈指の「問はず語り企画」といえる、この鬼束さんの音楽作品を時系列順にたどりブツブツつぶやくくわだても、いよいよここまでやって来ました。
 とは言いましても、単純に時間だけで見ますと、鬼束さんのプロデビューは2000年の19歳のときですから、今回の『 everyhome』のリリースされた2007年までは、たかだか10年もかかっていません。鬼束さんも27歳だし、まだまだ若いですよね。

 でも、こと鬼束さんに関しては、この「羽毛田丈史プロデュース時代」が終わり、新たな「小林武史プロデュース時代」が始まるというタイミングは、かなり大きな転換点であり、鬼束さんのキャリアの「中期」の起点となっていると思うのです。
 いや~、前作の11thシングル『育つ雑草』(2004年)の爆発(暴発?)から3年でございます。まさにアニメ版『風の谷のナウシカ』のドロドロ巨神兵のごとき存在となってしまった(この例え使うの何回目だろ……)『育つ雑草』は残念ながら鬼束さんの新時代の幕開けを飾るものとはならず、小林武史さんという名プロデューサーとの出逢いによって、本当の第2期が始まった、という感じでしょうか。
 鬼束さんとほぼ同い年のわたくしも、この待ちわびた12thシングルがリリースされたと知った時は、期待半分、こわさ半分で近所の CDショップへ自転車たちこぎで馳せ参じたものでした。なつかしい……

 とはいうものの、正直言って当時このシングルをワクワクしながら聴いた私の第一印象は、「こんな感じか……? まぁ、思ってたよりも変わってなくてうれしいけど……」という、なんだか肩透かしのような、妙に手ごたえのなさを感じるものだったのです。
 その理由は、まず歌詞の内容などを抜きにしてこのシングルに収録されている3曲をざっと聴いてみると、ピアノやチェロによる静かな伴奏という演奏形式が、かつての羽毛田時代を想起せずにはいられないスタイルですし、3曲目の『秘密』のバンドサウンドも珍しいといえば珍しいのですが、前作『育つ雑草』ほどのインパクトがあるのかと言えば、そうでもない気がしたからなのでした。
 小林プロデュースによる新時代が始まったというよりは、鬼束さん案外そんなに変わってないな、という第一印象だったのですね。

 実際に、上の記事にもあるように、プロデュースした小林さんは楽曲の制作には積極的には関わらずに裏方に徹していたということですので、本作は鬼束さんの意向がだいぶ大きく反映された作品になっているようで、そうなるとやっぱり、それまでのキャリアのほぼ全てを占めている羽毛田時代の文法を踏襲するのは当然、ということなのでしょうか。

 ただ、確かに2年半の沈黙を破った活動再開第1弾としては、少々静かすぎる印象もある本作なのですが、まだまだ20代ではあるものの、プロの歌手としての鬼束ちひろさんの健在ぶりと、さらなる成長をしっかり感じさせるものになっていることは、聴けば聴くほどわかるようになっています。
 私が聴いた印象として、このシングルから鬼束さんは、唄っている作品との間にある一定の「距離を置くこと」を意識するようになっている気がします。
 それは、本作から鬼束さんが、作品づくりのモチーフを自分自身の経験に基づかずに、鬼束さんが観た映画の登場人物や他人に仮託するようになったという、楽曲作成のスタイル変更にも関係があるのかも知れません。
 『月光』しかり『 infection』しかり、かつての鬼束さんは、なにかと「憑依的」な鬼気迫る唄い方がトレードマークになっていたところがあったかと思うのですが、27歳になって再スタートをきった新しい鬼束さんは、本作ではあくまでも歌に込めた想いをストレートに、最も聴きやすい形で人々に伝える「プロ」になることを目指しているような気がするんですね。
 言い方を変えれば「醒めている」ということになってしまうのですが、前作とはうって変わってかなり冷静な、自分の喉を世界にたった一つしかない楽器として誰よりも上手に使いこなす歌唱。これをプロと言わずしてなんと言うでしょうか。

 本作はセンセーショナルな驚きこそありませんが、『 everyhome』のサビ「goin' on……」の絶唱といい、『 MAGICAL WORLD』のサビ「涙だけが 雨のように なぜ溢れるの」の切ない響きといい、鬼束さんの過去以上の成熟をはっきり宣言するものになっていると思います。早く次の作品を出して~!といった渇望感も気持ちいいくらいですね。
 あと、『秘密』のミョ~に唄いやすいリズム感も、思えば今までの鬼束さんの作品群には無いポップさがあるような気がします。なんか、昭和の歌謡曲みたいに異様に平易な曲調なんですよね。「♪ひみっつなっど なぁにもぉなァ~いィ~」って、三味線もった芸者さんが唄っててもおかしくないような時代不明、国籍不明な陽気さがあるんですよね……民謡!? ここにきて民謡テイストを開拓!?

 なるほど、ということは、今後の鬼束さんの作品は、必ずしも主人公が同一人物(鬼束さん本人)ではないという感じになるのか。
 う~ん、でも結局、映画を観て登場人物の精神的履歴を想像するのも鬼束さんですし、小林武史さんを元にしたって言ったって、そんな松本清張ばりに詳細にインタビュー取材を行ったってわけでもないでしょうし……まぁ、歌詞世界にそんなに違いはないような気もします。

 タイトルにもなっている「 everyhome」というのは鬼束さんによる造語なのだそうで、「どこでも家」みたいな意味なのだとか。要するに、一つ所にとどまらない放浪のひとの歌、ということなのか。
 私の大好きなことわざに、「人間(じんかん)至る所に青山(せいざん)あり」というものがありまして、この意味は、「この世はどこにだって骨を埋める場所くらいはあるんだから、故郷だ家だとこだわらずにどんどん外に出ていこう!」みたいなものです。ポジティブね~。
 「 home」と「お墓」はまさしく真逆のものなのですが、だいたい言いたいことは同じなのがおもしろいですね。そう考えると、聴きざわりは確かにおとなしめなのですが、この『 everyhome』が他でもなく鬼束さん復活を高らかに世に告げる第1曲目に選ばれているのは、ちゃんとした理由があるんですな。これぞ、新生鬼束さんの長い長い旅立ちのはじまり!

 私個人としましては、3曲の中でいちばん好きなのは『秘密』なのですが、愛する人と一緒にいることがなんでそんなに「暴かれる」とか「降伏」とか「覚悟」などと、緊張感ありありでしゃっちょこばった物言いになるのか、まったく不思議でしょうがないところが実に鬼束さんらしくて素晴らしいと思います。前の2曲は確かにいいのですが、静かだし内容もすぐにはわかりづらいしで、少々とっつきにくいところがあるので、このシングルは確かに、無理やりでも『秘密』を入れておいてよかったような気がします。ちょっと滑稽なくらいに、人を愛することに七転八倒している姿がチャーミングなんですよね。
 あ~、めんどくさい鬼束さんは健在なんだな、まだ私達の近くにいてくれているんだな、という安心感が湧くんですよね、『秘密』って。秘密にするほどのことなんて、なんにもないのにねぇ。でも、そういうふうに周囲の人々にとってはとことんどうでもいいことにプライドを懸けているのが、人間なのよねぇ。

 さてさて、歌手としてはまごうことなき円熟の域に入りつつある、小林プロデュース体制による鬼束さん第2期のはじまり。他人との距離感の取り方や、世の中を生きていくことへの苦悩、矛盾を吐露する不完全さをうたい上げる鬼束さんは、これからどういった道行きをたどっていくのでありましょうか!?
 次なる作品が待ち遠しいですね! また2年半後なんてのは、なしよ~!?


 ……余談なんですが、小林武史さんって、いちおう私と同郷の有名人ということになるんだそうです。でも、小林さんの生まれ育った山形県新庄市って、私の住んでいる地域からは車で2時間くらいかかる距離のあるほぼ別文化の世界なんで、同郷っていう感覚はまるでありません。だだっ広い田舎あるあるですよね! 新庄市といえば、冨樫義博さんもご出身ですか。ピンとこねぇ~!

 九州人の鬼束さんと東北人の小林さんとの一種異様な二人三脚から、まったく目が離せませんな!!
コメント
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