≪過去記事の『帝都物語』第1・2、3・4、5・11巻も、よければどうぞ~。≫
『帝都物語12 大東亜篇』(1989年7月)&『帝都物語6 不死鳥篇』(1986年7月)
『12 大東亜篇』は角川書店角川文庫、『6 不死鳥篇』は角川書店カドカワノベルズから書き下ろし刊行された。
『帝都物語』の『11 戦争篇』と『12 大東亜篇』は、『10 復活篇』(1987年7月刊行)をもって物語がいったん完結した後に、時系列を遡って外伝的作品として発表された。
あらすじ
昭和二十(1945)年8月15日。第二次世界大戦の敗北は、日本国民に大きな衝撃をもたらした。帝都東京は瓦礫の都市と化し、復興困難な状況に陥っていた。しかも、帝都を守護していた英霊の銅像の封印が解け、数多くの怨霊や地霊たちが跋扈し始める。
そのさなか、不老不死の肉体を得た魔人・加藤保憲が、中国大陸から日本へと再び舞い戻って来た。いまだ覚醒せぬ平将門の怨霊を呼び覚ますために……
おもな登場人物
≪大東亜篇≫
黒田 茂丸
二宮尊徳を祖と仰ぐ結社「報徳社」の一員。「尊徳仕法」という経済論を提唱し、地相占術を心得、龍脈を探る力を持つ「風水師」。かつて昭和初期に、加藤保憲の手から帝都東京を護るために目方恵子と共に闘ったが敗れた。以後、北海道へ渡り15年間を過ごしていた。満州帝国の首都・新京へは、満州国建設局の要請により、地下都市開発に伴う地霊の祟りを祓うために招聘されたが、満州へ渡って行方知れずの恵子を捜す目的も持っている。年齢はすでに60歳近い。
出島 弘子(いずしま ひろこ)
1915年1月生まれの30歳。満州映画協会所属の女優。理事長の甘粕正彦に、新京の地下に出没する怪異を題材にした映画への主演を命じられる。若い頃の目方恵子と面影が似ている。
甘粕 正彦(あまかす まさひこ 1891~1945年)
元・憲兵大尉。関東大震災の際に無政府主義者の大杉栄を暗殺した、世にいう「甘粕事件」の首謀者。満洲国警察庁長官であり、新京で映画会社「満洲映画協会」の理事長も務めている。東条英機の子飼いの部下であり、加藤保憲とも浅からぬ関係のある、新京の闇の帝王。
加藤 保憲(かとう やすのり)
明治時代初頭から昭和七十三(1998)年にかけて、帝都東京の滅亡を画策して暗躍する魔人。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、いかなる時代においても老いの感じられない20~30歳代の外見をしている。眼光は鋭く、身長180cm 前後という身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。さまざまな形態の鬼神「式神」を使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。中国語や朝鮮語にも通じる。
平将門の怨霊との闘いに敗れ、目方恵子を伴って中国大陸の満州帝国へ渡ったが、秘術により不老不死の仙人・屍解仙となり、再度帝都の崩壊をたくらむ。
目方 恵子(めかた けいこ)
福島県にある、平将門を祀る相馬俤神社の宮司の娘。15年前に帝都東京の大地霊である平将門に仕える巫女として加藤保憲に闘いを挑んだが敗れ、加藤によって満州国へと連れ去られた。1894年か95年生まれ。
※作中で恵子は終始、結婚後の「辰宮」姓を名乗っているのですが、すでに未亡人となっているし結婚生活も短かったので、本企画では旧姓の「目方」で通させていただきます。
陶 光継
新京の小路で薬屋を営みながら、甘粕正彦のために不老長寿の秘薬や絶倫になれる媚薬などを調合する「練丹道」の老道士。出島弘子に頼まれ、死者を蘇生させる秘薬を調合する。
岡 大路
満州国建設局局長。新京の地下街建設現場に出現する怪異を排除するために、かつて帝都東京で地下鉄工事現場に出現した加藤保憲の式神に対処した「学天則作戦」の生き証人である黒田茂丸を招聘する。
内田 勝男
満州鉄道の調査部員。黒田茂丸と共に新京駅の地下を調査し、怪異の存在を明らかにする。
石堂 淑彦
満州国建設局の土木科員。岡局長の指示により、新京にやって来た黒田茂丸に地下の怪異の概要を説明する。
森繁 久彌(1913~2009年)
放送員として満州国の各地を探訪している。黒田茂丸の依頼により、目方恵子の捜索に協力する。
愛新覚羅 溥儀(あいしんかくら ふぎ 1906~67年)
中国・清帝国第十二代すなわち最後の皇帝。清帝国の滅亡後に天津に移住したが、満州事変の際に大日本帝国陸軍に擁立され満州帝国初代皇帝となる。しかし陸軍関東軍の監視下で疲弊する中でオカルティズムに傾倒し、中国人商人に身を変えた加藤保憲の誘惑に屈するようになる。
山中少佐
大日本帝国陸軍関東軍の作戦司令。部下の小沢中尉らと共に、加藤保憲率いる八路軍の討伐にあたる。下の名前は「ショウイチ」(字は不明)。
小沢中尉
大日本帝国陸軍歩兵中尉。山中少佐の部下だが、加藤保憲率いる八路軍の脅威に恐れをなしている。
占術店の老人
新京で、易術や占術の専門用具や指南書を売る店の老主人。満州帝国皇帝・溥儀にも呪薬を納入している満州第一の秘薬店と豪語し、加藤保憲から買い入れたという伝説の霊薬「華光」を黒田茂丸にさずける。
朱 文順
満州映画協会の新人監督。理事長の甘粕から期待をかけられ、新京の地下に出没する怪異を題材とした新作映画の監督に抜擢される。
張 香芳
新京の小路にある袋物屋の娘。6歳だがすでに喫煙している。両親と4歳の妹・蘭と暮らすが、コオロギ賭博にのめり込む母親に代わり店番をしている。店に来た出島弘子と親しくなるが、食中毒にかかり家が貧窮して治療費が無いために死亡する。
≪不死鳥篇≫
辰宮 雪子(たつみや ゆきこ)
辰宮由佳里の娘。母から強い霊能力を受け継ぎ、そのために加藤に狙われる。
二・二六事件に深く関わったが、終戦後は中央区日本橋浜町の料亭で、年老いた母・由佳理をかかえ芸者として生きる。1915年8月生まれ。
辰宮 由佳理(たつみや ゆかり)
辰宮洋一郎の妹。1888年か89年生まれ。平将門の依代となる程に強力な霊能力者であり、強度のヒステリー症状ないしは霊能体質を有するために奇怪な事件に巻き込まれたが、身体の衰弱が激しく、病と共に太平洋戦争の終戦を迎えた。
鳴滝 純一(なるたき じゅんいち)
東京帝国大学理学士。洋一郎の旧友。1881年か82年生まれ。魔人・加藤の帝都東京破壊を阻止するために寺田寅彦、幸田露伴らと共に活躍した。太平洋戦争の終戦後に大学時代の旧友の誘いで鹿児島県の坊津に移住するが、不穏な動きと加藤の再来を察知する。
大川 周明(おおかわ しゅうめい 1886~1957年)
超国家主義を掲げる思想家。イスラム教の『コーラン』を指導書に、北一輝や井上日召と並び宗教的熱狂に突き動かされながら武力革命を画策し続けた、霊的ファシスト。太平洋戦争の戦犯となり巣鴨拘置所に収監された後も、大東亜共栄圏の夢は捨てきれていない。
角川 源義(かどかわ げんよし 1917~75年)
角川書店初代社長。国学院で折口信夫に学んだ新進の国文学徒であったが、敗戦直後の荒廃に際し、日本文化を守り抜く決意をもって28歳で角川書店を創業する。学者、俳人としても名を成した。
平岡 公威(1925~70年)
後の小説家・三島由紀夫。大蔵省官吏。亡くなった辰宮洋一郎の恩給を届けるために辰宮家と関わり、雪子と出逢う。
ジョゼフ=ニーダム(李 約瑟 1900~95年)
イギリス大使館顧問。ケンブリッジ大学生化学教授。中国大陸に伝わる不老不死の秘薬調合術「練丹道」と仙術の研究者。
平 将門(たいらのまさかど 903~40年)
平安時代の関東地方最大の英雄。京の中央集権主義に刃向かい関東を独立国家化したため討伐されたが、その没後もなお千年間、大手町の首塚の下で関東と帝都東京を鎮護し続ける大怨霊。『帝都物語』シリーズ全体の根幹をなす最重要人物。
田丸教授
精神医学者。精神障害の症状を見せる大川周明を担当する上野医師の依頼を受けて、大川の症状の真偽を確かめようとする。
上野医師
巣鴨拘置所に収監されている A級戦犯の担当医。独房で錯乱する大川周明の精神障害のような症状の真偽の判断を田丸教授に依頼し、大川が持っていた謎の紙切れを教授に見せる。
長辻 修平
東京都職員。須田町万世橋の広瀬中佐銅像の消失事件と、GHQ からの東京都内の偉人銅像の打ち壊し指令に疑念を抱く。
おもな魔術解説
屍解(しかい)
中国大陸に伝わる神仙道の奥義とされる秘術。不老不死の神仙(仙人)となるために深山にこもり、体内に不死の器官を芽吹かせ、星の精気で養う。やがて古い肉体を抜け出して不死者として現世に蘇り、自由に空を飛べるようになる。この状態を屍解といい、屍解を果たした神仙を「屍解仙」という。
西洋錬金術
エジプト文明やメソポタミア文明を発祥とする西洋錬金術は、本質的には冶金術(金属精製と加工術)であり、人間を不老不死にする秘薬の研究とは無関係だった。しかし12世紀以降、西洋と中国大陸との交流により、神仙道の思想や練丹道の技術が西洋へ渡り、ルネサンス期以降の新しい西洋錬金術を生んだ。有名な錬金術師のロジャー=ベーコン(1214~94年)やパラケルスス(1493~1541年)は、中国由来の魔術を学んでいる。
富士垢離(ふじごり)
江戸時代に流行した、富士山に登山し、身を清めて願いを成就させる習俗。
導引術(どういんじゅつ)
中国大陸に伝わる魔術的体操。肉体の筋肉や表皮を動かしてエネルギーを充足させ、病気や老いを克服する。
胎息(たいそく)
導引術と同じく、中国大陸に伝わる魔術的健康増強術。胎児と同じポーズを取って胎児の呼吸法を行う。
印(いん)
仏教の密教系の技であり、指を様々な形に組み合わせ、その形によって仏にかける祈願の内容や呪文の種類を示す。例えば知能学才を高める「求聞持法(ぐもんじほう)」を修する時は、親指と人差し指とで半円を作り左右の手を合わせるなど、形が全て決まっている。
摩利支天(まりしてん)
仏教の護国の神。あらゆる災いを祓い、危険を遠ざける。天女の姿をしているとされるが、武士や軍人の守護神である。
結界
魔術的な儀礼を施し、神聖な区域と定められた場所。聖人が位置する座、魔除けを置いた空間、社寺の敷地から王宮まで、その規模はさまざまである。魔物の侵入を妨げる霊的バリアとなる。
鎌鼬(かまいたち)
日本に古くから伝わる怪現象。山から吹き下ろす強い寒風に当たり、身体の一部が突然鋭く切り裂かれる。後に人に悪さをする妖怪の姿に結びつけられた。本作では加藤保憲の強力な攻撃技として使用される。
……というわけで、いよいよ始まりました。加藤保憲が「本当の魔人」と化して日本に帰ってきた、『帝都物語』怒涛の後半戦の開幕であります!
といいましても、ことメディア化という点で見ますと、実は今回の『大東亜篇』以降は、物語のマンガ・アニメや映画化という二次作品が全く無い状況ですので、知名度という点では、やっぱり嶋田久作さんの名演のインパクトが絶大なこれまでの前半部分からは、だいぶ溝を開けられていると言わざるを得ません。いや、原作小説に忠実かどうかはさておいても、実写映画2本にコミカライズにアニメ OVA化と、これまでが恵まれすぎていたんですよね。
ただ、そうだとしましても、だったら今回の『大東亜篇』以降は別に読まなくてもいいとか、お話としてつまらなくなっているとか、そういうことは全然ないんだなぁ、これが! むしろここからが、メディア化がトンとないのも無理ねぇなとうなずかざるを得ない、とてつもない強烈な展開の猛ラッシュなのであります。さぁ、お遊びはここまでだ!!
上の概要にもある通り、1995年の角川文庫新装合本版以降は一緒に併録されている『大東亜篇』と『不死鳥篇』ではあるのですが、実際には発表時期にして丸3年の開きがあります。前回の『ウォーズ篇』と同様に、今回の『大東亜篇』もまた『帝都物語』の本編10巻が完結した後に執筆された番外編的エピソードですので、具体的な時系列としては、『不死鳥篇』も含めた小説『帝都物語』本編が1985~87年に発表されていったん完結した後、1988年1月に実相寺昭雄監督による実写映画版『帝都物語』と番外編小説『ウォーズ篇』が同時に世に出て、89年7月に『大東亜篇』が出版されて9月に映画『帝都大戦』が公開されたという順番になっております。商売上手な当時の角川書店のことですから、おそらく『大東亜篇』も映画公開に併せて売り出したかったのでしょうが、映画の公開が2ヶ月も遅れているというところに、監督が土壇場で交代しちゃった『帝都大戦』の苦労のほどがしのばれますね……その当時、私の親戚の家のリビングに置いてあった、テッカテカに黒光りした嶋田さんのご尊顔がプリントされたエッソ石油(現エネオス)の『帝都大戦』コラボのティッシュ箱が子供心に怖くてしょうがなくてよ~う! 遊びに行くたんびに見ないようにしてました。
まぁこんな流れになっておりますので、『大東亜篇』はまだまだ『帝都物語』ブームも冷めやらぬ時期の最後に発表された作品ということになります。あっそうか、『大東亜篇』だけ、「平成に発表された」『帝都物語』本編ってことになるんですね。まぁ、当時の世間の気分は、まだまだ昭和でしたでしょうけど。
こういった時系列をなんとなく頭に入れて再読してみますと、ていうかそれを知らずに読んだとしても、実は今回の『大東亜篇』と『不死鳥篇』との間には、なんだか無視できない「質感の違い」があるように感じられました。
具体的に言いますと、なんつうか、「作品のアブラ成分」がだいぶ違うような気がするんですよね。『大東亜篇』はわりとあっさり系なのに、『不死鳥篇』はコッテリギトギト系! あさりだし塩ラーメンと二郎ラーメンニンニクアブラカラメマシマシくらい違う!!
これはまぁ、当然といえば当然なのですが、『大東亜篇』でいいますと、これはいよいよ加藤が日本に本格的に再上陸する直前の状況を語っている内容ですし、実質的に『大東亜篇』の中での悪役は甘粕正彦が担っており、加藤はどちらかというとパートナーの目方恵子を守るヒーローのような立場になっています。そして、高温多湿な日本とはまるで違う荒涼とした中国・満州帝国の首都・新京で終始話が進むので、『大東亜篇』とタイトルこそ大きく出てはいるものの、人工的でどこか空虚な雰囲気のただよう滅亡寸前の街を舞台とした、大いなる後半戦の前の間奏曲といったこぢんまりとしたスケールの挿話となっているのです。作中の主人公として再登板した黒田茂丸も、まぁ加藤の敵ではありませんよね。
それに引き換え『不死鳥篇』の方はと言いますと、これはもう加藤も屍解仙術でがっつり人間を辞めますし(不死鳥と言うほどカッコよくはないけど)、20年ちかく苦楽を共にしてきた目方恵子とも決別して、本気で帝都壊滅に乗り出す復活宣言を高らかにブチ上げるプロローグとなっています。いきなり加藤が SF映画『遊星からの物体X 』(1982年)ばりのメタモルフォーゼ(つゆだく)を見せる開幕から、怪奇小説の世界的古典『ドラキュラ』そっくりの流れで日本の鹿児島県に上陸する前半、そしてついに、若い人間のぷりっぷりの肝臓をつまみ食いして完全復活した挙句、霊的違法改造をほどこしたスーパー漁船を駆って終戦直後の帝都にたどり着き、先に東京に来ていた恵子や因縁の辰宮雪子と再会する展開は、脳汁でまくりのジェットコースター的スピード感にあふれています。ラストの加藤と恵子のクリスマスダンス対決(字づらがすごい)などは、今までのメディア化された小説版のどのシーンよりも見栄えのする、すばらしい幕切れになっていたかと思います。なんでこれを映画にしないかなぁ!? まぁ、大川周明の独房シーンがとんでもないので、これを映像化したら『帝都大戦』と同じかそれ以上のトラウマ映画になることは間違いないので、ためらわれるのも仕方ありませんが。
特に、巣鴨プリズンの大川の独房における加藤 with 十二神将 VS 平将門の眷属軍団の幻術バトルは圧巻の一言で、思い返せば、加藤が将門の霊威と互角に渡り合えたのはこの一戦が初めてになるので、とても重要な分水嶺となる名勝負となるわけです。ここで登場する脂したたる醜怪な大男の怪物「父」は、果たして将門に近い眷属なのか、はたまた将門自身の分身なのかは判然としないのですが、少なくとも加藤の十二神将を『北斗の拳』のハート様的な攻撃吸収戦法で殲滅させるほどの驚異的なパワーを持ちつつも、加藤の初披露した強力技かまいたちに撤退を余儀なくされるというシーソーゲーム。ここはほんと、手に汗握るサイキックバトル小説の面目躍如たる名場面ですね!
ちなみに、ここでもけなげに加藤のために粉骨砕身働く十二神将のみなさんは、主人の約20年ぶりの帝都入りに狂喜乱舞して大復活するわけなのですが、クライマックスのダンスホールでは、ガラス窓に顔をべったり押しつけて加藤と恵子の愛憎ハーフ & ハーフダンスを見守るというお茶目な面も見せてくれます。せっかくだから、十二神将だけじゃなくて個別名もつけてあげたらいいのにねぇ。
ここでちょっと脱線してしまうのですが、『不死鳥篇』というタイトルの由来になっていると思われる、本エピソード最大のトピック「加藤の屍解仙化」なのですが、屍解仙自体は「不老不死になれる」だの「自由に空を飛べる」だのと、かなり天下無敵なチート能力を得られるかのような解説がなされているのですが、実際に作中での様子を観察してみますと、加藤は単に「肉体を新しくした」だけだし、ましてや空を飛んでるなどという描写はどこにもありません。もちろん、『不死鳥篇』の加藤は肉体をリニューアルしたばっかりですので、脱皮したてのセミのように100% 全力を発揮できていないだけなのかも知れませんが。
具体的に作中で描かれた情報を整理してみますと、加藤は1945年8月17日に中国大陸の香港で古い肉体を捨てて白くてキモい怪物フォームとなり、上海から出港した密輸漁船に自分を入れた棺のような木箱を運ばせる形で、12月23日に鹿児島県坊津に上陸するのです。
え……ちょっと待ってください、8月中旬に脱皮して、12月下旬の時点でまだ自力で動くこともしゃべることもできない状態って、体力の回復があまりにも遅くありませんか? 人間の赤ちゃんだとしたら無理もないペースではありますが、過酷な野生の世界だったら生きてけませんよ!?
ただ、鹿児島に上陸した加藤は、そこで1週間のうちに4人もの犠牲者の肝臓を食べて、その間で急激に20歳代の若い姿の加藤にまで成長しきっていたのでした。ここはここで、逆にペースが速すぎるわ!
つまりこれ、屍解仙化した加藤の新生に必要なのは、時間よりも、人間の肝臓から摂取する栄養分なのではないでしょうか。おそらく、加藤は日本に上陸するまで、あえて栄養を摂らずに自分の回復を停止させていたのかも知れません。なんでだろ……中国人を襲うことは控えて、にっくき日本人の肝臓を喰らうまで我慢してたのかな? 確かに、加藤ならそのくらいの選り好みはするかも知れませんね。
いずれにしても、加藤の屍解仙は「空を自由に飛べる不老不死の仙人」というイメージからはほど遠い、「人間の肝臓を最低4コは食べないと元の姿に戻れない若返り術」といったたぐいの、そ~と~に手間ひまのかかる回復呪文程度の役割でしかないような疑惑も持ちあがるのです。う~ん、言い伝えほどスゴくない!
古い加藤の肉体が真っ二つに割れて白い怪物が出てくるというビジュアルショックは効果抜群なんですけどね……もしかしたら加藤が習得した屍解仙術って、『帰ってきたウルトラマン』の変態怪獣キングマイマイの「キング」くらいの見かけ倒しかもしんねぇぞコレ!
そういったハードなシーンの他にも『不死鳥篇』は、ここまで身体をボロボロにさせながらもシリーズ皆勤賞だった辰宮由佳理の退場を、かなりロマンチックな幻想シーンで描いています。今までさんざん、兄の洋一郎ともどもひどい目に遭いまくりで、ろくにヒロインらしいおいしい見せ場ももらえない可哀そうな由佳理さんではあったのですが、最後の最後でやっと、美しい晴れ舞台をもらえたようで本当に良かったです。
でもまぁ、加藤が意味ありげに恵子に残していった謎の骨笛を、何の躊躇もなく口にしてピーピー吹こうとする由佳理さんの危機管理能力のなさもたいがいですよね……そんなん絶対ヤバいアイテムに決まってんじゃん! 近くに置くな!! 目方神社にでも持ってけ!!
それはともかく、この『不死鳥篇』をもって、『帝都物語』に最初から登場している初期メンバーは、いよいよ加藤と鳴滝純一(と将門サマ)だけになったわけで、『魔王篇』における洋一郎の退場とともに、この『不死鳥篇』はかなり重要なターニングポイントとなるエピソードであることは間違いありません。加藤の野望を阻む主人公パーティも、中心人物は恵子と雪子に絞られてきましたね!
いや~やっぱりこう見てみますと、加藤不在ながらも帝都東京にとっては非常に重要な存亡の危機であった「太平洋戦争」の戦火を描いた『ウォーズ篇』や、中国大陸潜伏時代の加藤を描く『大東亜篇』といった番外エピソードによる補完は、作者の荒俣先生にとっては必要不可欠な行程ではあったのでしょうが、いかんせん筆の脂ののり方というか、勢いとテンションのレベルが、『魔王篇』やこの『不死鳥篇』とは全然違うんですよね!
どうしても、いったん完結した後に改めて書いちゃうエピソードって、展開の帰結点がはっきり決まっちゃってるので、な~んかノリが落ち着いちゃうんですかね。おとなしいというか、冷静に話を進めてる感があるんだよな。
『不死鳥篇』はもう、当時の荒俣先生自身も止められないスピードで驀進してたんじゃなかろうかという、ドーパミンの覇気がものすごい! ま、それが読みやすいかどうかは別の話になっちゃうし、『不死鳥篇』の中で全く関係のない脇役の人物の名前が同じ「田丸」でカブッちゃってるのにも気づかない勢いだったのかな、と余計な詮索をしてしまうのですが、それでこそ『帝都物語』!と言いたくなる唯一無二の高揚感があるんですよね。
さぁさぁ、終戦直後の荒廃した帝都に、恵子・雪子そして加藤が再集結! さらには、新たなる重要キャラとなりそうな大蔵省の若き官僚青年の姿も……
いよいよ戦後日本の東京を舞台とする後半戦が本格的に始まろうとしております。屍解仙の術を経ていよいよ「魔人」の名をほしいままにする加藤保憲の帝都壊滅の野望の行方や、いかに~!?
そんな感じで、さらに物語のテンションが沸騰してゆく『帝都物語』、意外と知ってる人が少ない驚愕の新展開は、また次回ということで、ひと~つ!!
カトーが、また来たぞォ~! 風呂入れよ!
『帝都物語12 大東亜篇』(1989年7月)&『帝都物語6 不死鳥篇』(1986年7月)
『12 大東亜篇』は角川書店角川文庫、『6 不死鳥篇』は角川書店カドカワノベルズから書き下ろし刊行された。
『帝都物語』の『11 戦争篇』と『12 大東亜篇』は、『10 復活篇』(1987年7月刊行)をもって物語がいったん完結した後に、時系列を遡って外伝的作品として発表された。
あらすじ
昭和二十(1945)年8月15日。第二次世界大戦の敗北は、日本国民に大きな衝撃をもたらした。帝都東京は瓦礫の都市と化し、復興困難な状況に陥っていた。しかも、帝都を守護していた英霊の銅像の封印が解け、数多くの怨霊や地霊たちが跋扈し始める。
そのさなか、不老不死の肉体を得た魔人・加藤保憲が、中国大陸から日本へと再び舞い戻って来た。いまだ覚醒せぬ平将門の怨霊を呼び覚ますために……
おもな登場人物
≪大東亜篇≫
黒田 茂丸
二宮尊徳を祖と仰ぐ結社「報徳社」の一員。「尊徳仕法」という経済論を提唱し、地相占術を心得、龍脈を探る力を持つ「風水師」。かつて昭和初期に、加藤保憲の手から帝都東京を護るために目方恵子と共に闘ったが敗れた。以後、北海道へ渡り15年間を過ごしていた。満州帝国の首都・新京へは、満州国建設局の要請により、地下都市開発に伴う地霊の祟りを祓うために招聘されたが、満州へ渡って行方知れずの恵子を捜す目的も持っている。年齢はすでに60歳近い。
出島 弘子(いずしま ひろこ)
1915年1月生まれの30歳。満州映画協会所属の女優。理事長の甘粕正彦に、新京の地下に出没する怪異を題材にした映画への主演を命じられる。若い頃の目方恵子と面影が似ている。
甘粕 正彦(あまかす まさひこ 1891~1945年)
元・憲兵大尉。関東大震災の際に無政府主義者の大杉栄を暗殺した、世にいう「甘粕事件」の首謀者。満洲国警察庁長官であり、新京で映画会社「満洲映画協会」の理事長も務めている。東条英機の子飼いの部下であり、加藤保憲とも浅からぬ関係のある、新京の闇の帝王。
加藤 保憲(かとう やすのり)
明治時代初頭から昭和七十三(1998)年にかけて、帝都東京の滅亡を画策して暗躍する魔人。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、いかなる時代においても老いの感じられない20~30歳代の外見をしている。眼光は鋭く、身長180cm 前後という身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。さまざまな形態の鬼神「式神」を使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。中国語や朝鮮語にも通じる。
平将門の怨霊との闘いに敗れ、目方恵子を伴って中国大陸の満州帝国へ渡ったが、秘術により不老不死の仙人・屍解仙となり、再度帝都の崩壊をたくらむ。
目方 恵子(めかた けいこ)
福島県にある、平将門を祀る相馬俤神社の宮司の娘。15年前に帝都東京の大地霊である平将門に仕える巫女として加藤保憲に闘いを挑んだが敗れ、加藤によって満州国へと連れ去られた。1894年か95年生まれ。
※作中で恵子は終始、結婚後の「辰宮」姓を名乗っているのですが、すでに未亡人となっているし結婚生活も短かったので、本企画では旧姓の「目方」で通させていただきます。
陶 光継
新京の小路で薬屋を営みながら、甘粕正彦のために不老長寿の秘薬や絶倫になれる媚薬などを調合する「練丹道」の老道士。出島弘子に頼まれ、死者を蘇生させる秘薬を調合する。
岡 大路
満州国建設局局長。新京の地下街建設現場に出現する怪異を排除するために、かつて帝都東京で地下鉄工事現場に出現した加藤保憲の式神に対処した「学天則作戦」の生き証人である黒田茂丸を招聘する。
内田 勝男
満州鉄道の調査部員。黒田茂丸と共に新京駅の地下を調査し、怪異の存在を明らかにする。
石堂 淑彦
満州国建設局の土木科員。岡局長の指示により、新京にやって来た黒田茂丸に地下の怪異の概要を説明する。
森繁 久彌(1913~2009年)
放送員として満州国の各地を探訪している。黒田茂丸の依頼により、目方恵子の捜索に協力する。
愛新覚羅 溥儀(あいしんかくら ふぎ 1906~67年)
中国・清帝国第十二代すなわち最後の皇帝。清帝国の滅亡後に天津に移住したが、満州事変の際に大日本帝国陸軍に擁立され満州帝国初代皇帝となる。しかし陸軍関東軍の監視下で疲弊する中でオカルティズムに傾倒し、中国人商人に身を変えた加藤保憲の誘惑に屈するようになる。
山中少佐
大日本帝国陸軍関東軍の作戦司令。部下の小沢中尉らと共に、加藤保憲率いる八路軍の討伐にあたる。下の名前は「ショウイチ」(字は不明)。
小沢中尉
大日本帝国陸軍歩兵中尉。山中少佐の部下だが、加藤保憲率いる八路軍の脅威に恐れをなしている。
占術店の老人
新京で、易術や占術の専門用具や指南書を売る店の老主人。満州帝国皇帝・溥儀にも呪薬を納入している満州第一の秘薬店と豪語し、加藤保憲から買い入れたという伝説の霊薬「華光」を黒田茂丸にさずける。
朱 文順
満州映画協会の新人監督。理事長の甘粕から期待をかけられ、新京の地下に出没する怪異を題材とした新作映画の監督に抜擢される。
張 香芳
新京の小路にある袋物屋の娘。6歳だがすでに喫煙している。両親と4歳の妹・蘭と暮らすが、コオロギ賭博にのめり込む母親に代わり店番をしている。店に来た出島弘子と親しくなるが、食中毒にかかり家が貧窮して治療費が無いために死亡する。
≪不死鳥篇≫
辰宮 雪子(たつみや ゆきこ)
辰宮由佳里の娘。母から強い霊能力を受け継ぎ、そのために加藤に狙われる。
二・二六事件に深く関わったが、終戦後は中央区日本橋浜町の料亭で、年老いた母・由佳理をかかえ芸者として生きる。1915年8月生まれ。
辰宮 由佳理(たつみや ゆかり)
辰宮洋一郎の妹。1888年か89年生まれ。平将門の依代となる程に強力な霊能力者であり、強度のヒステリー症状ないしは霊能体質を有するために奇怪な事件に巻き込まれたが、身体の衰弱が激しく、病と共に太平洋戦争の終戦を迎えた。
鳴滝 純一(なるたき じゅんいち)
東京帝国大学理学士。洋一郎の旧友。1881年か82年生まれ。魔人・加藤の帝都東京破壊を阻止するために寺田寅彦、幸田露伴らと共に活躍した。太平洋戦争の終戦後に大学時代の旧友の誘いで鹿児島県の坊津に移住するが、不穏な動きと加藤の再来を察知する。
大川 周明(おおかわ しゅうめい 1886~1957年)
超国家主義を掲げる思想家。イスラム教の『コーラン』を指導書に、北一輝や井上日召と並び宗教的熱狂に突き動かされながら武力革命を画策し続けた、霊的ファシスト。太平洋戦争の戦犯となり巣鴨拘置所に収監された後も、大東亜共栄圏の夢は捨てきれていない。
角川 源義(かどかわ げんよし 1917~75年)
角川書店初代社長。国学院で折口信夫に学んだ新進の国文学徒であったが、敗戦直後の荒廃に際し、日本文化を守り抜く決意をもって28歳で角川書店を創業する。学者、俳人としても名を成した。
平岡 公威(1925~70年)
後の小説家・三島由紀夫。大蔵省官吏。亡くなった辰宮洋一郎の恩給を届けるために辰宮家と関わり、雪子と出逢う。
ジョゼフ=ニーダム(李 約瑟 1900~95年)
イギリス大使館顧問。ケンブリッジ大学生化学教授。中国大陸に伝わる不老不死の秘薬調合術「練丹道」と仙術の研究者。
平 将門(たいらのまさかど 903~40年)
平安時代の関東地方最大の英雄。京の中央集権主義に刃向かい関東を独立国家化したため討伐されたが、その没後もなお千年間、大手町の首塚の下で関東と帝都東京を鎮護し続ける大怨霊。『帝都物語』シリーズ全体の根幹をなす最重要人物。
田丸教授
精神医学者。精神障害の症状を見せる大川周明を担当する上野医師の依頼を受けて、大川の症状の真偽を確かめようとする。
上野医師
巣鴨拘置所に収監されている A級戦犯の担当医。独房で錯乱する大川周明の精神障害のような症状の真偽の判断を田丸教授に依頼し、大川が持っていた謎の紙切れを教授に見せる。
長辻 修平
東京都職員。須田町万世橋の広瀬中佐銅像の消失事件と、GHQ からの東京都内の偉人銅像の打ち壊し指令に疑念を抱く。
おもな魔術解説
屍解(しかい)
中国大陸に伝わる神仙道の奥義とされる秘術。不老不死の神仙(仙人)となるために深山にこもり、体内に不死の器官を芽吹かせ、星の精気で養う。やがて古い肉体を抜け出して不死者として現世に蘇り、自由に空を飛べるようになる。この状態を屍解といい、屍解を果たした神仙を「屍解仙」という。
西洋錬金術
エジプト文明やメソポタミア文明を発祥とする西洋錬金術は、本質的には冶金術(金属精製と加工術)であり、人間を不老不死にする秘薬の研究とは無関係だった。しかし12世紀以降、西洋と中国大陸との交流により、神仙道の思想や練丹道の技術が西洋へ渡り、ルネサンス期以降の新しい西洋錬金術を生んだ。有名な錬金術師のロジャー=ベーコン(1214~94年)やパラケルスス(1493~1541年)は、中国由来の魔術を学んでいる。
富士垢離(ふじごり)
江戸時代に流行した、富士山に登山し、身を清めて願いを成就させる習俗。
導引術(どういんじゅつ)
中国大陸に伝わる魔術的体操。肉体の筋肉や表皮を動かしてエネルギーを充足させ、病気や老いを克服する。
胎息(たいそく)
導引術と同じく、中国大陸に伝わる魔術的健康増強術。胎児と同じポーズを取って胎児の呼吸法を行う。
印(いん)
仏教の密教系の技であり、指を様々な形に組み合わせ、その形によって仏にかける祈願の内容や呪文の種類を示す。例えば知能学才を高める「求聞持法(ぐもんじほう)」を修する時は、親指と人差し指とで半円を作り左右の手を合わせるなど、形が全て決まっている。
摩利支天(まりしてん)
仏教の護国の神。あらゆる災いを祓い、危険を遠ざける。天女の姿をしているとされるが、武士や軍人の守護神である。
結界
魔術的な儀礼を施し、神聖な区域と定められた場所。聖人が位置する座、魔除けを置いた空間、社寺の敷地から王宮まで、その規模はさまざまである。魔物の侵入を妨げる霊的バリアとなる。
鎌鼬(かまいたち)
日本に古くから伝わる怪現象。山から吹き下ろす強い寒風に当たり、身体の一部が突然鋭く切り裂かれる。後に人に悪さをする妖怪の姿に結びつけられた。本作では加藤保憲の強力な攻撃技として使用される。
……というわけで、いよいよ始まりました。加藤保憲が「本当の魔人」と化して日本に帰ってきた、『帝都物語』怒涛の後半戦の開幕であります!
といいましても、ことメディア化という点で見ますと、実は今回の『大東亜篇』以降は、物語のマンガ・アニメや映画化という二次作品が全く無い状況ですので、知名度という点では、やっぱり嶋田久作さんの名演のインパクトが絶大なこれまでの前半部分からは、だいぶ溝を開けられていると言わざるを得ません。いや、原作小説に忠実かどうかはさておいても、実写映画2本にコミカライズにアニメ OVA化と、これまでが恵まれすぎていたんですよね。
ただ、そうだとしましても、だったら今回の『大東亜篇』以降は別に読まなくてもいいとか、お話としてつまらなくなっているとか、そういうことは全然ないんだなぁ、これが! むしろここからが、メディア化がトンとないのも無理ねぇなとうなずかざるを得ない、とてつもない強烈な展開の猛ラッシュなのであります。さぁ、お遊びはここまでだ!!
上の概要にもある通り、1995年の角川文庫新装合本版以降は一緒に併録されている『大東亜篇』と『不死鳥篇』ではあるのですが、実際には発表時期にして丸3年の開きがあります。前回の『ウォーズ篇』と同様に、今回の『大東亜篇』もまた『帝都物語』の本編10巻が完結した後に執筆された番外編的エピソードですので、具体的な時系列としては、『不死鳥篇』も含めた小説『帝都物語』本編が1985~87年に発表されていったん完結した後、1988年1月に実相寺昭雄監督による実写映画版『帝都物語』と番外編小説『ウォーズ篇』が同時に世に出て、89年7月に『大東亜篇』が出版されて9月に映画『帝都大戦』が公開されたという順番になっております。商売上手な当時の角川書店のことですから、おそらく『大東亜篇』も映画公開に併せて売り出したかったのでしょうが、映画の公開が2ヶ月も遅れているというところに、監督が土壇場で交代しちゃった『帝都大戦』の苦労のほどがしのばれますね……その当時、私の親戚の家のリビングに置いてあった、テッカテカに黒光りした嶋田さんのご尊顔がプリントされたエッソ石油(現エネオス)の『帝都大戦』コラボのティッシュ箱が子供心に怖くてしょうがなくてよ~う! 遊びに行くたんびに見ないようにしてました。
まぁこんな流れになっておりますので、『大東亜篇』はまだまだ『帝都物語』ブームも冷めやらぬ時期の最後に発表された作品ということになります。あっそうか、『大東亜篇』だけ、「平成に発表された」『帝都物語』本編ってことになるんですね。まぁ、当時の世間の気分は、まだまだ昭和でしたでしょうけど。
こういった時系列をなんとなく頭に入れて再読してみますと、ていうかそれを知らずに読んだとしても、実は今回の『大東亜篇』と『不死鳥篇』との間には、なんだか無視できない「質感の違い」があるように感じられました。
具体的に言いますと、なんつうか、「作品のアブラ成分」がだいぶ違うような気がするんですよね。『大東亜篇』はわりとあっさり系なのに、『不死鳥篇』はコッテリギトギト系! あさりだし塩ラーメンと二郎ラーメンニンニクアブラカラメマシマシくらい違う!!
これはまぁ、当然といえば当然なのですが、『大東亜篇』でいいますと、これはいよいよ加藤が日本に本格的に再上陸する直前の状況を語っている内容ですし、実質的に『大東亜篇』の中での悪役は甘粕正彦が担っており、加藤はどちらかというとパートナーの目方恵子を守るヒーローのような立場になっています。そして、高温多湿な日本とはまるで違う荒涼とした中国・満州帝国の首都・新京で終始話が進むので、『大東亜篇』とタイトルこそ大きく出てはいるものの、人工的でどこか空虚な雰囲気のただよう滅亡寸前の街を舞台とした、大いなる後半戦の前の間奏曲といったこぢんまりとしたスケールの挿話となっているのです。作中の主人公として再登板した黒田茂丸も、まぁ加藤の敵ではありませんよね。
それに引き換え『不死鳥篇』の方はと言いますと、これはもう加藤も屍解仙術でがっつり人間を辞めますし(不死鳥と言うほどカッコよくはないけど)、20年ちかく苦楽を共にしてきた目方恵子とも決別して、本気で帝都壊滅に乗り出す復活宣言を高らかにブチ上げるプロローグとなっています。いきなり加藤が SF映画『遊星からの物体X 』(1982年)ばりのメタモルフォーゼ(つゆだく)を見せる開幕から、怪奇小説の世界的古典『ドラキュラ』そっくりの流れで日本の鹿児島県に上陸する前半、そしてついに、若い人間のぷりっぷりの肝臓をつまみ食いして完全復活した挙句、霊的違法改造をほどこしたスーパー漁船を駆って終戦直後の帝都にたどり着き、先に東京に来ていた恵子や因縁の辰宮雪子と再会する展開は、脳汁でまくりのジェットコースター的スピード感にあふれています。ラストの加藤と恵子のクリスマスダンス対決(字づらがすごい)などは、今までのメディア化された小説版のどのシーンよりも見栄えのする、すばらしい幕切れになっていたかと思います。なんでこれを映画にしないかなぁ!? まぁ、大川周明の独房シーンがとんでもないので、これを映像化したら『帝都大戦』と同じかそれ以上のトラウマ映画になることは間違いないので、ためらわれるのも仕方ありませんが。
特に、巣鴨プリズンの大川の独房における加藤 with 十二神将 VS 平将門の眷属軍団の幻術バトルは圧巻の一言で、思い返せば、加藤が将門の霊威と互角に渡り合えたのはこの一戦が初めてになるので、とても重要な分水嶺となる名勝負となるわけです。ここで登場する脂したたる醜怪な大男の怪物「父」は、果たして将門に近い眷属なのか、はたまた将門自身の分身なのかは判然としないのですが、少なくとも加藤の十二神将を『北斗の拳』のハート様的な攻撃吸収戦法で殲滅させるほどの驚異的なパワーを持ちつつも、加藤の初披露した強力技かまいたちに撤退を余儀なくされるというシーソーゲーム。ここはほんと、手に汗握るサイキックバトル小説の面目躍如たる名場面ですね!
ちなみに、ここでもけなげに加藤のために粉骨砕身働く十二神将のみなさんは、主人の約20年ぶりの帝都入りに狂喜乱舞して大復活するわけなのですが、クライマックスのダンスホールでは、ガラス窓に顔をべったり押しつけて加藤と恵子の愛憎ハーフ & ハーフダンスを見守るというお茶目な面も見せてくれます。せっかくだから、十二神将だけじゃなくて個別名もつけてあげたらいいのにねぇ。
ここでちょっと脱線してしまうのですが、『不死鳥篇』というタイトルの由来になっていると思われる、本エピソード最大のトピック「加藤の屍解仙化」なのですが、屍解仙自体は「不老不死になれる」だの「自由に空を飛べる」だのと、かなり天下無敵なチート能力を得られるかのような解説がなされているのですが、実際に作中での様子を観察してみますと、加藤は単に「肉体を新しくした」だけだし、ましてや空を飛んでるなどという描写はどこにもありません。もちろん、『不死鳥篇』の加藤は肉体をリニューアルしたばっかりですので、脱皮したてのセミのように100% 全力を発揮できていないだけなのかも知れませんが。
具体的に作中で描かれた情報を整理してみますと、加藤は1945年8月17日に中国大陸の香港で古い肉体を捨てて白くてキモい怪物フォームとなり、上海から出港した密輸漁船に自分を入れた棺のような木箱を運ばせる形で、12月23日に鹿児島県坊津に上陸するのです。
え……ちょっと待ってください、8月中旬に脱皮して、12月下旬の時点でまだ自力で動くこともしゃべることもできない状態って、体力の回復があまりにも遅くありませんか? 人間の赤ちゃんだとしたら無理もないペースではありますが、過酷な野生の世界だったら生きてけませんよ!?
ただ、鹿児島に上陸した加藤は、そこで1週間のうちに4人もの犠牲者の肝臓を食べて、その間で急激に20歳代の若い姿の加藤にまで成長しきっていたのでした。ここはここで、逆にペースが速すぎるわ!
つまりこれ、屍解仙化した加藤の新生に必要なのは、時間よりも、人間の肝臓から摂取する栄養分なのではないでしょうか。おそらく、加藤は日本に上陸するまで、あえて栄養を摂らずに自分の回復を停止させていたのかも知れません。なんでだろ……中国人を襲うことは控えて、にっくき日本人の肝臓を喰らうまで我慢してたのかな? 確かに、加藤ならそのくらいの選り好みはするかも知れませんね。
いずれにしても、加藤の屍解仙は「空を自由に飛べる不老不死の仙人」というイメージからはほど遠い、「人間の肝臓を最低4コは食べないと元の姿に戻れない若返り術」といったたぐいの、そ~と~に手間ひまのかかる回復呪文程度の役割でしかないような疑惑も持ちあがるのです。う~ん、言い伝えほどスゴくない!
古い加藤の肉体が真っ二つに割れて白い怪物が出てくるというビジュアルショックは効果抜群なんですけどね……もしかしたら加藤が習得した屍解仙術って、『帰ってきたウルトラマン』の変態怪獣キングマイマイの「キング」くらいの見かけ倒しかもしんねぇぞコレ!
そういったハードなシーンの他にも『不死鳥篇』は、ここまで身体をボロボロにさせながらもシリーズ皆勤賞だった辰宮由佳理の退場を、かなりロマンチックな幻想シーンで描いています。今までさんざん、兄の洋一郎ともどもひどい目に遭いまくりで、ろくにヒロインらしいおいしい見せ場ももらえない可哀そうな由佳理さんではあったのですが、最後の最後でやっと、美しい晴れ舞台をもらえたようで本当に良かったです。
でもまぁ、加藤が意味ありげに恵子に残していった謎の骨笛を、何の躊躇もなく口にしてピーピー吹こうとする由佳理さんの危機管理能力のなさもたいがいですよね……そんなん絶対ヤバいアイテムに決まってんじゃん! 近くに置くな!! 目方神社にでも持ってけ!!
それはともかく、この『不死鳥篇』をもって、『帝都物語』に最初から登場している初期メンバーは、いよいよ加藤と鳴滝純一(と将門サマ)だけになったわけで、『魔王篇』における洋一郎の退場とともに、この『不死鳥篇』はかなり重要なターニングポイントとなるエピソードであることは間違いありません。加藤の野望を阻む主人公パーティも、中心人物は恵子と雪子に絞られてきましたね!
いや~やっぱりこう見てみますと、加藤不在ながらも帝都東京にとっては非常に重要な存亡の危機であった「太平洋戦争」の戦火を描いた『ウォーズ篇』や、中国大陸潜伏時代の加藤を描く『大東亜篇』といった番外エピソードによる補完は、作者の荒俣先生にとっては必要不可欠な行程ではあったのでしょうが、いかんせん筆の脂ののり方というか、勢いとテンションのレベルが、『魔王篇』やこの『不死鳥篇』とは全然違うんですよね!
どうしても、いったん完結した後に改めて書いちゃうエピソードって、展開の帰結点がはっきり決まっちゃってるので、な~んかノリが落ち着いちゃうんですかね。おとなしいというか、冷静に話を進めてる感があるんだよな。
『不死鳥篇』はもう、当時の荒俣先生自身も止められないスピードで驀進してたんじゃなかろうかという、ドーパミンの覇気がものすごい! ま、それが読みやすいかどうかは別の話になっちゃうし、『不死鳥篇』の中で全く関係のない脇役の人物の名前が同じ「田丸」でカブッちゃってるのにも気づかない勢いだったのかな、と余計な詮索をしてしまうのですが、それでこそ『帝都物語』!と言いたくなる唯一無二の高揚感があるんですよね。
さぁさぁ、終戦直後の荒廃した帝都に、恵子・雪子そして加藤が再集結! さらには、新たなる重要キャラとなりそうな大蔵省の若き官僚青年の姿も……
いよいよ戦後日本の東京を舞台とする後半戦が本格的に始まろうとしております。屍解仙の術を経ていよいよ「魔人」の名をほしいままにする加藤保憲の帝都壊滅の野望の行方や、いかに~!?
そんな感じで、さらに物語のテンションが沸騰してゆく『帝都物語』、意外と知ってる人が少ない驚愕の新展開は、また次回ということで、ひと~つ!!
カトーが、また来たぞォ~! 風呂入れよ!