goo blog サービス終了のお知らせ 

長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

あらためて立ち返ろう読書メモ 小説シム・フースイ Version 5.0『絶の島事件』

2025年07月03日 20時54分37秒 | すきな小説
 あぢぢぢぢ~。みなさまどうもこんばんは、そうだいでございます。
 いよいよ始まっちゃいましたね、7月が! 東北はまだ梅雨明けしてないんですが、日本の半分くらいはもう明けて夏に入ってるということで、猛暑日のニュースが毎日続いてますねぇ。こっから10月くらいまでが長いんだよなぁ!
 つい昨日のことなんですが、私の住む山形市の周辺でもものすんごいゲリラ豪雨が発生したそうで。私の自宅ではなんにも影響がなかったのですが、つい隣の市では道が冠水とか停電とか、ものすごかったそうです。でもいかんせん予測しづらいんでね……臨機応変に対処するしかありませんか。

 ちょうど、全国ニュースにもなったそのゲリラ豪雨が起きていた頃、私は映画館にいて、遅ればせながらデミ=ムーア主演の話題の映画『サブスタンス』を観ていました。
 いや~、なかなかエッジのきいた映画ですばらしかったです! 途中から、「これ漫☆画太郎先生の『ババアゾーン』の映画化だっけ?」と錯覚してしまうような凄惨な地獄絵図が繰り広げられていたのですが、もういくとこまでいって笑うしかないことになっちゃってましたね。デミ=ムーアさんの女優根性は5大陸に鳴り響くでぇ!
 内容はほんとに、『笑ゥせぇるすまん』とか『アウターゾーン』の一話でもおかしくないような因果応報の幻想譚なのですが、主人公の破滅の仕方のしつっこさがさすがハリウッドというか、徹底的な感じだったので、その突き抜け感があっぱれでしたね。いろいろツッコミたいところもあるのですが、メインの女優さん2人の全力演技とスピード感で押し切った感じ。
 よくよく見るとキューブリック監督の『シャイニング』(1980年)オマージュも露骨だし、画面が真っ赤に染まるクライマックスもピーター=ジャクソン監督の『ブレインデッド』(1992年)で観たことのある風景だし、比較するのはかわいそうですがデイヴィッド=リンチほどの映像美学も感じはしなかったものの、途中から迷走しまくりだったアリ=アスター監督の『ボーはおそれている』よりもずっとわかりやすくて好感の持てる一本槍スタイルだったので、スッキリ爽快な後味でした。でも、私が観た回は「終映時刻18:30」だったんですよね……夕飯の食欲わかねぇ~!!
 そういえば、最近は私、観る映画観る映画、客層が同世代かそれ以上の方々ばっかりで「わしも歳をとったのう……」とか慨嘆していたのですが、この『サブスタンス』を私が観た時の客層はみごとに私以外全員10~20代のわこうどばっかりで(そして8割女子)、しかも「わたし芸術系の大学生ですが、なにか……?」みたいなとんがった1人客が多かったので、日本の未来も明るいなと思いました。みんな、ルサンチマンもってこぉぜぇ!!

 さて、そんな前置きはさておきまして、今回はいよいよ、えっちらおっちら問はず語りで続けてきた「荒俣宏の『帝都物語』関連小説を読む」企画の中の風水ホラー小説「シム・フースイ」シリーズを読んでいく記事の最終回となります! いや~ついにここまできちゃいましたか!
 そういえば、このシリーズのレギュラーヒロインの有吉ミヅチさんも、ほんとにいたら絶対に『サブスタンス』観てるような気がする……ミヅチさんは1971年生まれだそうですから、もし実際に生きていたら54歳ですか。どこで何してるんだろうねぇ。


シム・フースイ Version 5.0『絶の島事件』(1999年10月)
 『絶の島事件』(たえのしまじけん)は、荒俣宏の風水ホラー小説。「シム・フースイ」シリーズの第5作。1999年に『鳥羽ミステリー紀行 どおまん・せいまん奇談』という題名で出版社ゼスト(ゲーム会社アートディンクの子会社)から単行本が出版され、2001年9月に角川書店角川ホラー文庫で文庫化された。
 本作は、2025年5月時点では「シム・フースイ」シリーズの最終作となっている。
 本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しないが、主人公・黒田龍人の祖父・黒田茂丸が、幼少期の龍人に「気をつけろ。ドーマンセーマンに。この印をもつ者に、気をつけろ。」と語ったエピソードや、魔人・加藤保憲が使っていたと思われる五芒星の縫い取られたハンカチを黒田家が所有しているという言及がある。

あらすじ
 絶の島(たえのしま)。400年前に地震のため鳥羽の海に消えた、幻の島。
 1999年6月。この島を探し出してほしいとの依頼を受けた風水師・黒田龍人は、現地で九鬼水軍が残したといわれる秘宝の謎に巻き込まれる。果たして龍人と助手ミヅチは「どおまん・せいまん」の謎を解き、秘宝を見つけ出すことができるのか。


おもな登場人物
中村 元
 三重県鳥羽市の鳥羽水族館企画室長で、鳥羽水族館創設者の中村幸昭(はるあき)の娘婿。古代からの風水伝承をテーマにした鳥羽市の町おこしキャンペーンの監修を黒田龍人に依頼する。真夏日にもスーツとネクタイを欠かさない、よく日焼けした角ばった顔の小柄な紳士(ミヅチよりも背が低い)。個人的に5千万円の借金に苦しんでおり、そのために鳥羽湾内にある小島「ミキモト真珠島(旧名・相島)」にある「真珠博物館」で発生した宝石盗難事件の被疑者の一人として鳥羽署にマークされている。もとは鳥羽水族館でアシカやイルカ、スナメリのトレーナーをしていた。

志多 勝彦(しだ かつひこ)
 鳥羽駅前のショッピングビル「鳥羽一番街」社長。丸顔で嫌味の無い若手経営者。警察沙汰を起こしながらも強引に町おこしキャンペーンを進める中村を不安視している。

松月 清郎
 真珠博物館の学芸員。銀縁のメガネをかけている温厚そうな顔だちの男。江戸川乱歩の研究も行っており、乱歩が1936年に鳥羽の海女を撮影したフィルム映像に映り込んだ「2人の少女」の謎を解明しようとする。

野町 貴子
 真珠博物館の学芸員。中村と交際しているという噂が立っており、そのために中村の宝石盗難の共犯ではないかと鳥羽署に疑われている。

岩田 貞雄
 伊勢神宮の図書館「神宮文庫」に勤務する神道研究家で、鳥羽市の歴史に詳しい生き字引。江戸川乱歩と親交のあった画家で民俗学研究家の岩田準一(1900~45年)の次男。準一は竹久夢二(1884~1934年)の弟子であり、鳥羽の真珠島をモデルとした乱歩の中編探偵小説『パノラマ島奇談』(1926~27年連載)の挿絵を担当しており、乱歩がプライベートで鳥羽の海女を撮影したフィルム映像にも一緒に映っている。

黒田 龍人(くろだ たつと)
 本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた、切れ長な一重まぶたの目の男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いサマーセーター、黒のサンドシルクズボンに黒のレイバンサングラスで身を固めている。喫煙者。事務所を離れる時もノートパソコンを持ち歩いてシム・フースイで調査する。その他に風水調査のために小型の望遠鏡も携帯している。異変が起きた際には、魔物を調伏するという仏法と北の方角の守護神・毘沙門天の真言を唱える。
 夏場は常にエアコンで室温を20℃に設定して仕事をする。1995年頃から、地上げや土地競売にまつわるトラブル、大手ゼネコン株で失敗しサラ金破産で危機に陥った人々を救う仕事も行っている。スクーバダイビングを40、50回行った経験がある。

有吉 ミヅチ(ありよし みづち)
 黒田の4年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市(架空の自治体だが北海道余市町は実在する)の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。いわゆる霊道や都会の猫道、野生の獣道を感知する能力に長け、それらの道をなんなく踏破できる非常に高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。龍人の仕事の手伝いはしているが、風水の効能はあまり信じていない。
 現在は2代目にあたる黒猫のお通(おつう)を飼っている。鬼神を捕縛する武器として、人間の女性の黒髪で編み上げたロープを携行している。
 江戸川乱歩が好き。エアコンの冷気が嫌い。右手首に、龍人から受けたストレスのために自傷したリストカット跡が2本ある。

橋本 ミチ
 鳥羽湾最大の島・答志島の和具港に住む海女。夫の太一とアワビ採り漁をしていた際に妖怪ともかづきに出遭う。

目崎博士
 毎年夏に伊勢湾の神島に滞在して、伊勢湾の海底地形や絶の島の推定地を調査している M大学の地形学教授。スクーバダイビングの経験が豊富で、鳥羽の地理と歴史に詳しい。大柄でたくましい体格で、手入れをしていない白髪まじりの頭髪の中年男。青みがかった目をしていて、笑うとえくぼができる。探検帽に探検靴、ちゃんちゃんこのような青のベストにカーキ色の半ズボンを着て、常に虹色に輝く偏光サングラスをかけている。心理療法の一種である「変性意識療法」への造詣が深い。最新のコンピュータ技術の教育にも熱心で、神島の神島小学校(全校生徒24名)に通信回線をつなぎ、テレコングレス(テレビ電話を使ったヴァーチャル会議)も可能なコンピュータ端末と大型液晶スクリーンを導入して生徒への指導にあたっており、NHK のTV番組にも出演した経験がある。


おもな用語解説
ともかづき
 三重県鳥羽市や志摩市で伝承される海の妖怪。名前は同地方の古い方言で「一緒に潜水する者」の意味。
 ともかづきは、海女などの海に潜る者そっくりに化けて一緒について来るという。ともかづきに遭遇するのは曇天の日といわれる。ともかづきは海女を暗い場所へ誘ったりアワビを差し出したりする。この誘いに乗ると命が奪われると恐れられている。また、ともかづきは蚊帳のような被膜をかぶせて海女を苦しめるともいい、ある海女は持っていたノミで無我夢中にこの膜を破って助かったという伝承もある。ともかづきが出たという話を聞くと、近隣一帯の村の海女たちは2,3日海に潜らなくなるほど、ともかづきは大変に恐れられていたという。
 海女たちはこの怪異から逃れるために、五芒星と格子の模様を描いた「ドーマンセーマン」と呼ばれる魔除けを描いた衣服や手ぬぐいを身につける。ドーマンセーマンは、陰陽道で知られる安倍晴明や蘆屋道満に由来するともいわれるが、トモカヅキとの関連性はよくわかっていない。
 ともかづきは溺れ死んだ海女の亡霊とされているが、科学的には過酷な長時間の海中作業によって陥る譫妄症状ではないかと言われ、イルカの一種で体色の白いスナメリの見間違いではないかという説もある。ともかづきと同様の怪異は静岡県南伊豆町や福井県坂井市の海女のあいだでも伝承されているが、共通して海女が大勢で作業を行なっている際には一切出現せず、単独作業を行なっている時にのみ現れるという。
 本作では頭から足先まで真っ白な姿で常に笑い顔を浮かべながら出現する。

しろんご祭り
 三重県鳥羽市の伊勢湾にある菅島で受け継がれている、海女の伝統行事。毎年7月11日に開催され、海女らが雌雄つがいのアワビ「まねきあわび」を誰が一番早く獲れるかを競い、勝者は1年間菅島の海女頭になれる。獲ったアワビは、神域として一年を通じて禁漁区に指定されている白浜(通称しろんご浜)の丘の上に鎮座する白髭神社(しらひげじんじゃ 通称しろんごさん 菅島神社の境外社)に奉納され、海上の無事安全と豊漁が祈願される。ちなみに、まねきあわびは生物学的な雌雄つがいではなく、メガイアワビを雌貝、クロアワビを雄貝とする。メガイアワビの数は他のアワビに比べて極端に少ないため採取が難しい。
 白髭神社の祭神・白髭明神は日本神話の神・猿田彦であるとされ、猿田彦には伊勢国阿邪訶(あざか 現・三重県松阪市)の海で漁をしていた時に比良夫貝(ひらふがい)に手を挟まれ溺れたという伝承があることから、海女を守護する神とされている。本作では、白髭神社の「白(しら)」が古代朝鮮半島の新羅王国(現地語でシラ)と通じることから、猿田彦も中国大陸南部から渡来して海女文化を伊勢国に広めた先住民「安曇族」が信仰していた外来神だった可能性を示唆している。

日和見師(ひよりみし)
 江戸時代に伊勢湾に面する鳥羽の日和山に立ち、海の状態を観察して、そこを航行する帆船「千石船」に明日の天候と海況を予報していた専門職集団。日和見師のルーツは江戸時代以前に天候を予測していた古代の陰陽師や聖(日知り)にさかのぼり、航海術や地相占術を受け継ぐ風水師の役割も果たしていた。

九鬼 嘉隆(くき よしたか 1542~1600年)
 戦国時代に九鬼水軍の棟梁となり、豊臣政権の有力大名として朝鮮半島にまで遠征した武将。関ヶ原合戦で西軍についた責めを負って自害した際に、九鬼家の居城・鳥羽城のあった鳥羽湾の中でも最大の島である答志島の山上に首が埋められたとされ、嘉隆は現在も鳥羽の守護神として崇敬されている。答志島には嘉隆の首塚の他にも「胴塚」や「血洗い池」の史跡が残っている。

九鬼家
 南北朝時代の貞治年間(1362~66年)に、紀伊国熊野から鳥羽に北上してきたといわれる海賊党。紀伊国にいた頃は熊野神宮や修験道に関わりがあり、捕鯨技術を持った海の民であった可能性が高い。九鬼家第十一代当主・嘉隆の時に伊勢国司・北畠具教の攻撃を受けて鳥羽から三河国に亡命したが、織田家の水軍棟梁として躍進し、志摩一国の大名として返り咲いた。嘉隆は関ヶ原合戦で西軍についたために戦後に答志島で自害したが、嘉隆の次男・守隆が徳川家に従ったことで九鬼家は志摩鳥羽藩の藩主として存続した。九鬼家が海賊だった時代に集めた財宝が鳥羽の島々のどこかに隠されているという伝説が残っている。

絶の島(たえのしま)
 別名「鯛ノ島」。戦国時代の天文六(1537)年の三河大地震と翌年の熊野大地震によって水深10~15m の海底に沈んだという言い伝えが残る、直径2km ほどの島。伊勢湾の島々の中でも最も本土から遠い神島(かみしま 三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台として有名)の、南の沖10km の地点にあったといわれ、かつては神島と砂州でつながり、鳥羽湾から見て神島の玄関口のような役割を果たしていたとみられる。絶の島の伝承は神島に多く残っており、神島は鳥羽湾や伊勢神宮から見て鬼門にあたる北東に位置するため、絶の島にも伊勢・志摩国全体の鬼門封じの役割があったと思われる。

あわ(輪)
 伊勢湾の神島にある八代神社で、毎年元旦の未明に行われる伝統行事「げーたー祭り」で使用される、浜グミを丸めて白布で巻いた直径2m ほどの輪のことで、東から昇る太陽を象徴しているとされる。神島は、古代日本の神聖な場所である伊勢の旧斎宮、三井寺、大和の三輪山、仁徳天皇陵、天武・持統両天皇陵、淡路島をつなぐ龍脈「太陽の道」の東端にあたり、地形学でいう「中央構造線」と重なっている。

蘇民将来(そみんしょうらい)
 8世紀初期に編纂された『備後国風土記』に登場する人物であり、日本各地にその説話と民間信仰が広まっている。主にスサノオ(牛頭天王)を祀る神社で「蘇民将来」の名の記された護符と八角形の柱が伝わっており、災厄や疫病を祓い福を招く神として信仰されている。陰陽道では「天徳神」と同一視されている。蘇民将来と牛頭天王の信仰は、陰陽師の賀茂家によって播磨国から大和国、山城国に伝播し、紀伊国から熊野街道を通って伊勢国に伝わったといわれ、民衆は蘇民将来の子孫であることを示すために茅の輪を身に着けていたという。この信仰は現在も、鳥羽の海女が魔除けに使う九字切りやドーマンセーマン、神島のげーたー祭りのあわなどに残っているとされている。

亀卜(きぼく / かめうら)
 古代中国大陸の陰陽学と道教を起源とする占術。天武天皇(?~686年)が在位五(676)年に陰陽寮を開設して日本独自の陰陽道を創始した以前に、卑弥呼(170?~248年)の時代から日本に渡来して、古代天皇家を支える「亀卜師(きぼくし)」として存在していた。かつて亀卜に使われるウミガメの甲羅は対馬国沖の神聖な海域で獲られていたが、垂仁天皇の時代(3世紀後半~4世紀前半)に伊勢神宮が創建されてからは、伊勢国の鳥羽沖で獲られたウミガメを使用するようになっていた。その歴史の古さから、古代朝廷では陰陽寮の占術よりも亀卜による神託を重んじていたという。

九字切り(くじぎり)
 修験道に伝わる、遠くにいる敵を呪力で倒すための秘法。「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」の九字を四縦、五横に切る。

法師陰陽師(ほうしおんみょうじ)
 播磨国の六甲山を発祥とする、僧形の修験者集団。古代朝廷は日本の陰陽道を独占するために陰陽寮の官人のみに陰陽師を限定し、もともと中国大陸で陰陽学を伝えていた僧侶が陰陽師になることを禁止したが、朝廷の傘下に入ることを嫌った呪術師たちが法師陰陽師となり、民間に陰陽道を伝えていくようになった。陰陽寮の陰陽師である安倍晴明(921~1005年)のライバルであったという芦屋道満(958?~1009年以降)は、この法師陰陽師の頭目であったという。

法道仙人
 6~7世紀ごろにインドから中国大陸、朝鮮半島を経由して日本に渡来したという伝説の仙人。鉄の宝鉢を持ち、鉢を飛ばしてお布施を集める「飛鉢の法」を会得していたことから「空鉢(くはつ)」もしくは「空鉢仙人(からはちせんにん)」とも呼ばれる。播磨国の六甲山を中心に、六甲比命大善神社や吉祥院多聞寺など数多くの寺社の開山・開基として名を遺し、関東地方でも鉢山町や神泉町などの地名が法道に由来するといわれる。日本に渡る際に牛頭天王と共に渡ったとされる。芦屋道満はこの法道仙人の弟子であるという伝承が残っている。

土圭(とけい)
 古代中国大陸の風水師が宮殿を建てる位置を決定するために発明した、太陽の方位を測る器材。L字型の指金のような形をしており、8尺(約24cm)の長い目盛付きの尺を垂直に立てて1尺5寸(約4.5cm)の短い尺を大地に寝かせ、夏至の日に南中する太陽がつくる長い尺の影が短い尺と重なる地点を、世界を支配できる王宮の建つべき「地中」としていた。地中に選ばれる位置は必ず「北緯34度32分」になるといわれ、実際に、中国大陸の歴代古代王朝の首都となった西安、洛陽、北京はことごとくこの緯度の付近にあるという。また、この緯度は古代日本の龍脈「太陽の道」とも一致する。

ドーマンセーマン
 五芒星の形をした魔除けの印。ほぼ世界共通に存在し、もともとは人をとり殺す魔力を持つ「邪眼」に睨みつけられた時、その視線をそらすために使われた。日本では、史上最大の陰陽師で土御門家の開祖である安倍晴明にちなみ「晴明判」と呼ばれる。ドーマンセーマンとは紀伊国とその周辺地域で使われる言葉で、「ドーマン」は、これも有名な法師陰陽師である芦屋道満、「セーマン」は晴明のことといわれる。六芒星や籠目もドーマンセーマンの類のものである。

六芒星(ペンタグラマ)
 同じ籠目型の呪符であっても、ドーマンセーマンのような五芒星とは別種のものである。2つの三角形を上向きと下向きとで組み合わせた六芒星は、日本では籠目の他に古代ユダヤ教の「ダビデの星」の意味も含む。強力な魔除けとなる呪符で、数秘学的に見ると6は完全数すなわち万能の霊力を持っている。

ミルトン・ハイランド=エリクソン(1901~80年)
 アメリカの精神科医、心理学者で、催眠療法家として知られる。アメリカ臨床催眠学会の創始者で初代会長を務めた。催眠の臨床性・実践性向上のため精力的にワークショップを開き世界各国を行脚した。精神療法に斬新な手法を用いたことで知られ、「ユーティライゼーション(利用できる物はなんでも利用する)」をモットーとした臨機応変・変化自在な技法を用いて、その名人芸は「魔術師」とも呼ばれた。被験者ごとに異なるアプローチを行うべきだという信念から、振り子やコインといった特別な道具は一切使わず、技法の体系化は好まなかった。魅惑(不思議な体験)、嚇し(物理的なショック)、繰り返しによる疲労といった手法により、被験者の意識と身体を麻痺させて無意識の扉を開くカタレプシー(硬直)を利用した催眠療法を創始した。


 ……相変わらず基本情報がめっちゃくちゃ膨大になってしまって申し訳ないのですが、最終作なんだもの、このくらいまでふくらみもしますよ!

 ということでありまして、2025年6月現在、荒俣先生の「シム・フースイ」シリーズは続刊が途絶えておりますので、この第5作が実質最終作ということになっております。
 そして、当然ながら荒俣先生の『帝都物語』関連の小説はこれ以降も陸続と執筆されてはいくのですが、どうやら「作中の時間軸」という見方でいきますと、本作の「1999年」よりも後の時代設定になっている作品は無いようなんですね。ぜんぶが『帝都物語』以前の前日譚になっているようなんです。そして『帝都物語』の『未来宮篇』以降も『帝都物語外伝 機関童子』も、時間軸は「1998年」でしたから。
 あっ、でも、平成版と令和版の『妖怪大戦争』2作と京極夏彦先生のやつが、いちおう魔人・加藤が出てくるから続編になんのかな。でも、あのへんは荒俣先生の小説ありきの話じゃないからな(ノベライズはあるけど)……果たして、あの令和版『妖怪大戦争』の続きはあるんだろうか? う~ん。

 え~、じゃあこの『絶の島事件』が、あの長大なる『帝都物語』サーガの「実質最終章」になるってわけ!? いいんですか、そんな超重要な立ち位置で……

 そうなんです、この作品、「シム・フースイ」シリーズ&『帝都物語』サーガの最終作というにはあまりにもあっけらかんとした、「黒田龍人、鳥羽にてちょっとした小事件に巻き込まれてタイヘンの巻」みたいなスケールのお話になっているんですよ! え? ミヅチさんはどこだって? 最後にちょろっと鳥羽にやって来るだけで、出番ほとんどない。

 な、なんちゅうこっちゃ……これ、まさに「番外編」といった感じの、のほほんミステリ紀行じゃないか! タイトルに「殺人」がついてない時点でヤな予感がしてたんだよ……たいしたことない事件だなって。

 ただ、こんな私の物言いから勘違いしないでいただきたいのは、この『絶の島事件』、決して面白くないわけじゃないんです。少なくとも、前作『闇吹く夏』よりは内容にけれん味もあるしオカルト要素もふんだんに配置されているので楽しい小説なんですよ。事件のスケールはシリーズ最小ですけど……

 本作のキーワードは、ざっと挙げるだけでも「九鬼水軍の秘法」と「古代風水都市・鳥羽」、「海中に沈んだ幻の島」と「江戸川乱歩の秘蔵フィルムの謎」ということで、時代を超えて鳥羽にまつわる非常にうまみのあるミステリアスな食材がそろっている感じなのですが、正直、それらの伏線が想像しうる限り最も「しょぼしょぼっ……」とした感じで回収されて事件が解決しちゃった、という印象はいなめません。
 いなめはしないのですが、まぁ伏線をほっぽり投げたまんまよりはマシですよね! ともかく、これだけのおもしろ要素が集まってるってだけで、なんか楽しくなっちゃうんですよね。心なしか、荒俣先生の筆のノリも軽やかで愉快です。

 そして、なんかほんとに『なあばす・ぶれいくだうん』の気の利いた1話完結エピソードみたいな感じなんですが、鳥羽に来て事件を捜査している内にどんどん龍人がこんがらがってきて、佳境にふらっとやって来て話を聞いたミヅチがスパスパ~ッと解決しちゃうという流れが実に痛快なんですよね! 龍人が汗まみれで溜息をついてる姿を見て、ミヅチが「いい気味……フフ」と笑ってるカップリングが、2人の最終形として実にしっくりくるんです。

 う~ん、そう考えると、「シム・フースイ」シリーズのこの2人は、『帝都物語』本編みたいな仰々しいクライマックスじゃなくて、こんな感じでつかず離れずの『トムとジェリー』みたいな関係のまま未完にするのが最善手なのかも。これでおしまいのほうが、シリーズを通してさんっざんひどい目に遭わされ続けてきたミヅチにとっては幸せなのか……ほんと、本作のミヅチは何の苦労もせずに「高みの見物」な天才探偵ポジションだもんな。龍人は最終作でみごとワトスン役に降格! インガオホー!!

 ミヅチが探偵役と書きましたが、本作はほんとうに「シム・フースイ」シリーズの中でも特に異色な作品で、海の中の幻の島や九鬼の秘宝、フィルムに映った謎の少女たちや妖怪ともかづきと、相変わらず怪しげなアイテムはわんさと出てくるのですが、主軸となるお話は完全なるミステリなのです。ホラー小説では断じてないんですね。
 これはおそらく、作中にも鳥羽に縁のある偉人として登場してくる江戸川乱歩への、荒俣先生なりの敬意のあらわれかと思えるのですが、繰り広げられる一連の謎は、いちおう論理的に成立可能なトリックを悪用した純然たる計画犯罪に起因することが立証されるのです。ドーマンセーマンとかペンタグラマとか言ってますが、式神や魔法なんか一切使われないのです。

 ただ、かといってミステリとしてこの作品を楽しめるかと言われると……ま、寛大な心でお読みくださいって感じでしょうか。いや、たぶんこれは実際にできるトリックなんじゃないかと思うんですが……ほら、ポオの昔からトリックに動物はつきものですから……
 ひとつ苦言を呈させていただけるのならば、登場人物の一人が「昔、水族館で海獣ショーのトレーナーをやってた」という重要な情報が物語のクライマックスになってやっと提示されるのでそこはアンフェアかなという感じはしましたが、私は本作のオチに納得はできました。

 あと、メイントリックをサポートする第2のトリックとして、上の情報にもあるような催眠療法が重要な意味を持ってくるわけなのですが、ここは明らかに乱歩作品の中でも幻想系の傑作としてつとに有名な「ある短編小説」を明確に意識した内容になっているのが面白かったです。そうか、あれは科学的に説明がつかないこともない話だったのか……ヒントは、登場人物のひとりの名前!

 まぁこんな感じで、本作は「ホラーの皮をかぶったミステリ」であり、「怪奇現象の皮をかぶった犯罪」ということになるので、ここまでシリーズの中でさんざん魔術的なことをしておきながら、最後の最後で『怪奇大作戦』みたいな別ジャンルをぶち込んでくるという、異例すぎる内容となっていたのでした。そもそも原題からして『鳥羽ミステリー紀行』だったんですから、案外、荒俣先生もほんとに肩の力をぬいた番外編のつもりで書いてたのかも。まさかそれが最終作になろうとは……なんか、『ウルトラマン80』とか『魁!!男塾』の最終回みたいな脱力感なんですよね。逆にそこがいいと言えばいいのですが。

 最後にもう一つ、これはどうしても、本作を語る以上は言っておかねばならないことかと思うのですが、本作では、現在明らかにその史実性に疑問符のつく偽書として有名になっている、ある文書の内容が前提となって論が進んでいる部分があります。「九鬼」といったら、やっぱこれが出てくるでしょうねぇ。
 当然ながら、荒俣先生も文章の中で「偽書の可能性が高い」とただし書きをつけてはいるのですが、「内容すべてを否定することもできない」として、その文書の中でまことしやかに語られている事項を、あたかも九鬼家の歴史的事実のように受け入れ、実質全肯定で取り入れているように見えるのです。

 いや、ここは例えフィクションの中の話なのだとしても、やってはいけないことなのでは。私はここだけは容認してはいけないと思うんだよなぁ。「面白いから」「ロマンがあるから」という理由でオカルティックなウソを面白がった結果、1995年の日本で何が起きたのかを考えれば、そこは慎重になるべきなのではないかと思うんですよね。
 ここはね……誰かが明確な目的をもってついた嘘と、幽霊やネッシーを信じることを一緒くたにしては絶対にいけないと思うんです。その線引きは、難しいかもしれないけど忘れないでいかないと大変なことになるぞと。

 そういう思いもありましたので、私はこの『絶の島事件』を非常に興味深く読ませていただきました。ともかく、一筋縄ではいかない怪作なんです。
 まぁ、もろもろ固いことを抜きにしましても、何度も言うように本作はミヅチの快刀乱麻を断つ探偵っぷりも爽快ですし、なんといっても第1作ぶりに情けない龍人の「早く助けろ!!」ネタが炸裂するので、やっぱりこの2人はそうとうな名コンビなんだなと実感させてくれる愉快痛快な小説となっております。こいつ、いっつも溺れてんな。スクーバの経験が30~40回あるとかなんとかほざいといてこのざまなんですから、黒田龍人のスネ夫っぷり、ここに極まれりという感じですね。

 これ以降、四半世紀もこの2人の新たな冒険が読めていないのは非常に残念なのですが、まぁ、今はますますコンプライアンスうんぬん厳格な時代になっておりますので、龍人とミヅチのような愛憎なかばする関係は、主人公カップルとしては成立しづらくなってるのかも知れないし、やむをえないことなのでしょうかね。ストレスでミヅチに自傷行為をさせるわ、しじゅうセクハラ発言を浴びせかけるわ……こんなやつが主人公でいていいはずがないですよね。

 1990年代の日本だからこそ続いたのかも知れない、時代のあだ花「シム・フースイ」シリーズ。今はただ、龍人とミヅチが程よい距離感で元気に生き続けていることを切に願いましょう。ま、続刊がないということはヒマしてるってことなんでしょ! 無事これ名馬!!

 2025年だと設定上、ミヅチさんは54歳で龍人は67歳かぁ。荒俣先生、なんか書いてくれませんかね!? まだギリいけるっしょ!!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あらためて立ち返ろう読書メモ 小説シム・フースイ Version 4.0『闇吹く夏』

2025年06月29日 19時11分21秒 | すきな小説
 え~、みなさまどうもこんばんは! そうだいです。
 なんだかんだ言ってるうちに6月も終わっちゃいますね~。今年も半分すぎちゃいましたよ! 早いねぇ。
 私の住む山形はまだ梅雨明けしてないんですが、なんかすでに猛暑日が続いております……今月すでに暑さでダウンしちゃってるんで、本格的な夏に入ってまた同じ目に遭うのはヤダな~! とにもかくにも水分補給を欠かさずに備えていきましょ。

 そんなこんなで、私たちの生きている2025年はどうやら無事に夏を迎えることができそうなのでありますが、今回取り上げますのは、誰が望むでもなく勝手気ままに続けている「荒俣宏の『帝都物語』関連作品を読みつくす」企画の更新でございます。こっちはちゃんと夏、来たかな!?
 現在は『帝都物語』本編シリーズを通りすぎまして、そこにセミレギュラーで登場していた風水師・黒田茂丸、その孫が主人公となっている「シム・フースイ」シリーズの諸作を読み進めているのですが、それも今回で4作目ということで、いよいよ佳境に入ってまいりました!


シム・フースイ Version 4.0『闇吹く夏』(1997年6月)
 『闇吹く夏』は、荒俣宏の風水ホラー小説。「シム・フースイ」シリーズの第4作として角川書店から単行本の形で出版され、99年4月に角川ホラー文庫で文庫化された。文庫版の表紙絵には、ドラマ『東京龍』(1997年8月放送)にて使用された CG画が流用されている。
 本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しない。

あらすじ
 異常気象……1997年6月。黒く怪しい闇が、夏の到来を阻んでいた。
 雨が降り続け、人々は不安をかきたてられ、東京はカビに覆われようとしていた。
 時を同じくして、遥か南太平洋ではエルニーニョ現象が起こっていた。南米大陸ナスカ高原の呪術師は、渇ききった砂漠で雨乞いの儀式を開始した。その裏で密かに進行する首都移転計画の影には、暗黒の帝都建設の陰謀があった。異常気象の謎を解くため、風水師・黒田龍人は東北地方へと飛んだ。
 もう、夏はこないかもしれない……


おもな登場人物
太田黒 喜作
 岩手県花巻市で「羅須地人農業青年団」(会員56名)の中心人物となり、冷害対策の研究を行っている80歳代の小柄な禿頭の老人。1931年から3年間、花巻市在住の童話作家で農業指導者の宮沢賢治(1896~1933年)に師事し、農業科学を学んでいた。

太田黒 真魚(まお)
 喜作の孫で、切れ長な目の美女。男勝りなきっぷの良い性格。

荻野 良雄
 「羅須地人農業青年団」の団長。29歳。五分刈りで長い顔にあばたの残る、たくましい体格の青年。他の団員たちと共に太田黒喜作の弟子となり、宮沢賢治の農業理論を継承・実践している。慇懃で控えめな話し方が特徴。前歯が2本欠けているためか老けて見える。配布部数200部の機関紙『羅須地人』を編集・発行している。

イチロー
 「羅須地人農業青年団」の団員。寡黙で小柄な丸顔の青年。

庄野 夕子(しょうの ゆうこ)
 黒い長髪に透き通るような白い肌の美女。背が高く、ハイヒールを履くと黒田龍人と同じくらいの背丈になる。国立東京外国語大学言語文化学部中国語科に在籍中だった1982年もしくは83年に、中国返還前の香港で、かつて清帝国宮廷に仕えていた風水師・劉の運営する「香港風水研究所」に入所し、龍人や李東角と共に活動していた。現在は李と共に劉の研究所を引き継き筆頭格となっている。龍人が独自に完成させた「シム・フースイ」の原型は、もともと夕子たちと共同開発したものだった。劉が理想としていた、世を正し国を富ませる「国家風水」を標榜し、都市や国家を創造するための風水術を活動原理とする。国土庁(現・国土交通省)の依頼を受け、極秘計画に参画する田網奇鑛の地相鑑定事務所に協力する。

黒田 龍人(くろだ たつと)
 本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた、切れ長な一重まぶたの目の男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いサマーセーター、黒のサンドシルクズボンに黒のレイバンサングラスで身を固めている。喫煙者。事務所を離れる時もノートパソコンを持ち歩いてシム・フースイで調査する。その他に風水調査のために小型の望遠鏡も携帯している。異変が起きた際には、魔物を調伏するという仏法と北の方角の守護神・毘沙門天の真言を唱える。
 本作からジャケットのポケットに細長い革製の鞭を携行するようになり、数人の男たちを圧倒するほどの格闘能力を持つようになった。また、格闘術も1~2人の大男を倒せる程度には上達している。正座が苦手。
 かつて10代を沖縄県石垣島で過ごしていたが、21歳の頃(1979もしくは80年)に、龍人の祖父・黒田茂丸と親交のあった風水師・劉の運営する香港風水研究所に入所した。しかし1985年頃にシム・フースイの原型を持って離脱・帰国していた。当時、龍人と交際していた夕子によると、愛する女性に加虐的な態度をとる性癖があり、ミヅチに対しても身体的暴行を加えるだけでなく(だが性的交渉はことごとくミヅチに拒絶される)、聞くに堪えない猥談を語り続けるセクハラも繰り返し行う。ただし、これはミヅチの心身を常に不安定な状態に置くことによって強力な霊能力を維持させ続けるためにあえて行っている処置であると本人は考えている。

有吉 ミヅチ(ありよし みづち)
 黒田の4年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市(架空の自治体だが北海道余市町は実在する)の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。いわゆる霊道や都会の猫道、野生の獣道を感知する能力に長け、それらの道をなんなく踏破できる非常に高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。龍人の仕事の手伝いはしているが、風水の効能はあまり信じていない。
 現在は2代目にあたる黒猫のお通(おつう)を飼っている。鬼神を捕縛する武器として、人間の女性の黒髪で編み上げたロープを携行している。その他に、龍人から護身用に与えられた革製の鞭も携行し、龍人と同じように数人の男たちを圧倒するほどの格闘能力を持っている。

田網 奇鑛(たあみ きこう)
 白髪まじりの中年男。メディアでも多く取り上げられる有名な建築家だったが、5年前に起きた『ワタシ no イエ』事件(「シム・フースイ」シリーズ第1作)で自身の事業を黒田龍人につぶされて以来、龍人を強く恨み復讐の機会をうかがっていた。
 本作では「地相鑑定士」の「毛綱阿弥之助(けづな あみのすけ)」と名乗り、岩手県花巻市の中心街にオフィスを構えて国土庁の極秘計画に参画し、紫色のスタンドカラースーツを着て暗躍する。敵を罠に誘い込む「八門遁甲術」を使うことができる。
 モデルは、ドラマ『東京龍』を放送した NHKハイビジョンのエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』(1997年放送)にもゲスト出演していた建築家の毛綱毅曠(もづな きこう 1941~2001年)。

久保田 晃
 田網の地相鑑定事務所の幹部。40歳ほどの大柄な男。

八大将軍
 田網に従う8人の屈強な大男たち。全員が「八門遁甲術」を駆使することができ、常に黒革でできた菱形の防塵マスクを着けている。


おもな用語解説
地鎮(じちん)
 日本で古代から陰陽師が執り行っていた、結界を張って地中に潜む鬼を封じ、人間が安全に住める場所を造成する地相術。新しい田畑や村、都などの都市を作る際に行われていた。

やませ(山背)
 主に東北地方や北海道、関東地方の太平洋側で5~9月頃に吹く、冷たく湿った東もしくは北東の風(偏東風)のこと。寒流の親潮の上を吹き渡ってくるために低温であるため、やませが続くと太平洋側沿岸地域では最高気温が20℃を越えない日が多くなり、日照不足と低温による水稲を中心とする農産物の作柄不良(冷害)を招き、地域の経済活動に大きな悪影響を与える。下層雲や霧、小雨や霧雨を伴うことが多い。
 本作では「闇風」という字があてられ、風水で繁栄や豊作、幸福をもたらすとされる龍脈をはね返す、分厚い壁のような邪気の大気「シャ」の一種と解釈されている。黒田龍人によれば、宮沢賢治の短編小説『風の又三郎』(没後発表)に登場する風の又三郎は「シャ」のことであるという。

風(ふう)
 風水でいう世界の各方位とそれぞれの土地の特色のことで、大風や台風の際に吹く強風のことではない。古代の中国大陸では各方位に神がおり、それぞれの神の意志を四方に伝達する使者が「風」であるとされていた。それぞれの方位の特色をそこに住む人々に伝える存在であることから、「風土」、「風俗」、「風習」、「風味」、「風景」、「風格」などの語源となっている。生命エネルギーを運んでくる陽の力を持つ。

水(すい)
 風水でいう陰の力の象徴。生命エネルギーを留め蓄える役割がある。物事の標準や雛型、基本であり、水の力によって土地は理想の形「局」を形成することができる。「水準」の語源となっている。風水では、尾根が充分に張り深い山ひだと谷があり龍の胴体のように起伏の多い山と、ヘビのように曲がりくねった川のある、中国の山水画に描かれるような土地が最強の局であるとされている。

地下大将軍
 金星を神格化した存在で、風水用語で「太白(たいはく)」ともいう。大将軍星は、天をめぐる8柱の軍星(いくさぼし)の中でも最強とされ、陰陽道では「金神(こんじん)」と呼ばれ畏れられている。大将軍星が地上に降りると各方位を巡る遊行神となり、大将軍のいる方位を侵犯すると祟られると信じられている。地下大将軍の名の刻まれた赤い釘を「風水釘」といい(韓国では「チャンスン」と呼ばれる)、これを大地に刺すと邪気を払う能力があるが、悪用するとその土地の龍脈を断ち切り災いをもたらしてしまう。

香港風水研究所
 1977年に劉が設立した、史上最古の風水師の近代的研究養成機関。18世紀の清朝から存在していた風水術の一派の教えを引き継ぐ形で創設された。原則として女性や外国人も受け入れる。

祖山(そざん)
 陽の気を生み出し、土地に龍脈を送り込む聖山のこと。花巻市にとっては約40km 北北西にある岩手山(薬師岳)がそれにあたる。

朔の鬼門(さくのきもん)
 宇宙の四方軸に対して地球の軸(地軸)が23.5°ずれていることから、月の始まりである「朔」の数日前(27日ごろ)の約15分間に、地球とそれを取り巻くエーテル体の宇宙空間との間に生じるわずかな隙間「空芒(くうぼう)」のこと。これこそが真の鬼門であり、風水ではここから魔物が出没して地上に現れるとされているが、逆にこの隙間に地上の災厄の原因を駆逐・封印する秘術も存在する。

テレコネクション理論
 ノルウェーの気象学者ヤコブ=ビヤークネス(1897~1975年)が1961年に提唱した、地球の各地域でばらばらに発生する気象現象が、遠く離れた別の地域の気象現象と連動していると考える理論。連動の媒体となるのは、大気圧の差によって生じる気の流れ(偏西風、貿易風、ジェット気流など)と、海流の温度差から生じるエネルギーであり、南米のエルニーニョ現象が日本も含む環太平洋全体の気象に大きな影響を与えるのも、この理論で説明できる。

精霊迎え(しょうりょうむかえ)
 あの世へ祖先の霊を送る送り火として行われる、宗教的な聖山で松明の炎による文字や図形を描く行事。風水思想では、聖山の中のマグマに代わるエネルギーを龍脈に注入する効果がある。京都の大文字焼きが有名。

パラカ(パリアカカ)
 インカ神話において、ペルー中部高地のワロチリ地方で伝承される、創造神4柱の中の1柱。水の神で、火の創造神ワリャリョ・カルウィンチョを倒した。半人半蛇で双頭の神。天を支配し、気象を司り、風を止めて砂漠に雨を降らせると伝えられる。


 ……はいっ、というわけでありまして「シム・フースイ」シリーズ第4作『闇吹く夏』の登場なのでありますが、どうやらこのシリーズ全5作の中でも、知名度においてピークとなるのがこの作品のようなんですね。
 と言いますのも、この『闇吹く夏』は、それまでのシリーズ作が3作すべて角川ホラー文庫の書き下ろしだったのと違って、1997年にいったん単行本として刊行されてから99年に角川ホラー文庫で文庫化されたという経緯がありまして、それに歩調を合わせて、97年に TVドラマ化、99年にゲームソフト化という、これまたシリーズ初のメディアミックスが試みられたタイトルとなったのです。そして、この『闇吹く夏』が文庫化された99年に出た次の第5作をもってシリーズも刊行が途絶えているので、結果的に言えば今回の第4作が、いろいろとメディア露出度が最も恵まれた作品、ということになるのでした。
 振り返れば、荒俣先生の『帝都物語』シリーズに関しては映画化、マンガ化、OVAアニメ化とそうとうに華々しいメディアミックスがあったわけなのですが、この「シム・フースイ」シリーズは今回の TVドラマ化とゲーム化のみということで、比較すれば若干さみしい気もするのですが、まぁ、上の情報をご覧いただいてもおわかりのように、シリーズの主人公である黒田龍人も助手のミヅチちゃんも、かなり人間性にクセのあるキャラクターなんでね……むしろ、よく NHKでドラマ化してくれたなって感じです。

 さて、そういった展開がなされた『闇吹く夏』なのでありますが、単行本化と文庫化とで2年の時間差がありながらも、この「原作小説」「TVドラマ版」「ゲーム版」の3つは、全て「東京を中心に常識外の長雨が続く」という基本設定が共通しています。つまり、3つとも『闇吹く夏』というお話のバージョン違いという捉え方をして良いようなのです。そして、この3つは全てきれいに別の物語になっているのです。なんじゃこら!?

 ただ、『帝都物語』シリーズという、メディアミックスとは名ばかりで実質的にメディアが違うどころか内容からしてほぼ別作品と言って良い映画作品が当たり前に横行していた惨状をすでに体験している私や賢明な読者の皆様ならば、もはやこの程度のことで動揺するようなこともないでしょう。角川書店がからむメディア化作品なら日常茶飯事ですよね!
 察しますに、単行本とほぼ一緒に放送された TVドラマ版は「東京に長雨」という基本設定だけを共有した状況で小説とドラマ脚本が並行して執筆され、2年後のゲーム版もまた、サブタイトルが『帝都物語ふたたび』となっているように、小説の内容とは全く関連しない「そのころ東京では……」的な外伝として自由に制作されていたのではないでしょうか。まぁ、2年前の小説をわざわざゲーム化したってねぇ……しかも舞台、東京じゃなくて岩手県だし。

 という経緯がありますので、今回はやや変則的に、「小説版」と「TVドラマ版」と「ゲーム版」とで、別々に内容に関するつれづれをつぶやいていきたいと思います。なので少々長くな……いや、長いのは通常営業か。

≪小説版に関して≫
 まず荒俣先生が執筆した小説の『闇吹く夏』についてなのですが、本作はほんとに TVドラマ版ともゲーム版とも内容が全然違っているので、何かの他作品の「原作小説」にはなりえていません。ですので、そういう意味で「小説版」という表記にさせていただきます。

 内容についてなのですが、実はこの小説版は3バージョンの中でも最も「東京が関係ない」お話となっており、作品の舞台はほぼ100% 岩手県花巻市となっております。
 ふつう、岩手県がフィクション作品の舞台となると、かなりの高確率で「遠野」が選ばれそうなものなのですが、本作は実に堅実に「冷害にあえぐ花巻市」という、ビックリするほど地味なセレクトになっており、メガロポリス東京はもちろんのこと、シリーズ第2作『二色人の夜』の舞台となった沖縄県石垣島と比較しても、だいぶ異色なチョイスとなっております。

 なので、まぁ……岩手県と同じ東北の民である私が言うのも心苦しいのですが、かなり印象の薄い作品なんですよね、この小説版って。
 やませっていう自然現象が、東北地方にとってそうとうに恐ろしい災厄だということは当然知ってはいるのですが、私は日本海側の山形県の人間なので、やっぱり実際に体験する機会は無かったので実感がわかない部分は否めませんし、今までの「シム・フースイ」シリーズ諸作にあった「異常発生するカビ」とか「動き回るサンゴ岩」とか「東京都庁に埋められたチャンスンの呪い」とかいうけれん味たっぷりのオカルト要素に比べると、やけにリアルで現実的なんですよね。やませとかエルニーニョとか……

 当然、本作を執筆する荒俣先生も、そこらへんのインパクトの弱さは重々承知していたのか、「黒田龍人の過去を知る元恋人・庄野夕子の登場」とか「第1作の敵キャラ田網奇鑛の復活」とか「はるか遠く南米ペルーの守護神の助っ人出演」とかいうテコ入れもどしどし取り入れてはいるのですが、やはり物語の本筋は「不作にあえぐ農家を助けんべや」という土くさいものなので……いや、それは非常に大事な内容なんですけれどもね。
 ただ、古代アジアの広い地域で、国境を越えて研究・伝承されてきた風水を作品の共通テーマにしている以上、いつかこのシリーズの中で「民衆の生活を助ける風水」の理論を真正面から描く必要はあったわけなので、一見非常に地味な内容の本作を世に出すことも、荒俣先生にとっては避けるわけにはいかない必然だったのではないでしょうか。一国の帝都をマジカルに守護し、悪疫悪霊をズビズバ退治させるだけが風水じゃないってことなのよね。そういう意味で、本作をちゃんと書き切った荒俣先生は本当に誠実な方です。

 そして奇しくも、私がこの記事を書いている2025年は何を隠そう、この農業の問題に関してかなり切実に差し迫った危機に瀕している年でもあるのです。1997年に本作が世に出た頃からすでに言及されていた、農家さんに降りかかる理不尽な社会の圧力をほったらかしにしておいた結果が、このざまなのです。いや~、今年この小説を読めて本当によかった。

 もう一つ、この作品の中では「首都機能移転計画」という裏テーマも語られるのですが、結局は頓挫するものの、東京に代わる新首都の候補地として、この花巻市も検討されていたという驚愕の事実が後半で判明します。
 でもこれについては、2011年3月の惨禍を経た現代から見ると、小説の世界ならではの夢物語、という思いがよぎりますね。事実は小説よりも奇なり……

 いろいろ申しましたが、結論としては、この小説版はシリーズの中でも一番目立たない、と言わざるをえない作品になっております。いや、風水の「風」と「水」の意味とか、龍人 VS 夕子の構造に象徴される「民衆の風水」と「国家の風水」の対立とか、非常に重要なテーマも見え隠れしているのですが、いかんせん派手な見せ場がクライマックスの北上川の水龍とペルーのパラカ神とのコラボくらいしかないんですよね……渋滞の車列のテールライトを利用する作戦とか展開のアイデアは素晴らしいんですけど、オカルティックな飛躍が少ないというか。

 庄野夕子の登場も面白くはなりそうだったのですが、結局ミヅチ以上のヤバい魅力を持っているわけでもない常識的な大人の女性でしたし、まさかの復活を遂げた田網先生も、なんの反省もなく相変わらずヘンなカビのまざった仏舎利を持ち込んでくるしで、せっかく前半でいろいろと提示されたおもしろ要素が、ちゃんと昇華されないままシュンとしぼんで終わっちゃった、みたいなうらみが残りました。
 強いてあげれば、いつのまにかミヅチのひそみにならったかのようにムチを使って1人2人の相手はやっつけられるくらいは戦闘力が上がった龍人の成長だとか、シリーズ4作目にしてやっと主人公とヒロインの関係らしくなったラストでの2人の抱擁とかが本作の見どころではあったのですが、正直いいまして、今回取り上げる3バージョンの中で最も荒俣ワールドらしくないおとなしさがあるのも、先生ご自身が執筆したはずのこの小説版だったのでありました。
 う~ん……キビシ~っ!


≪TVドラマ版に関して≫
TV ドラマシリーズ『東京龍 TOKYO DRAGON』(1997年8月放送 全4話)
 NHK のハイビジョン試験放送にて1997年8月25日から4夜連続で放映されたエンターテイメント番組『荒俣宏の風水で眠れない』内で放送された、「シム・フースイ」シリーズ作品を原作とした1話約30分のミニドラマシリーズ。
 『荒俣宏の風水で眠れない』は2部構成となっており、第1部がドラマ、第2部が風水を易しく解説したミニ講座『東京小龍』(出演・田口トモロヲ、荒俣宏、建築家の毛綱毅曠)となっていた。
 本作は再編集され、1997年11月に映画『風水ニッポン 出現!東京龍 TOKYO DRAGON』(配給エースピクチャーズ)として劇場公開された。
 なお、本作は映画編集版がビデオリリースされたが DVDソフト化はされていない。

おもなキャスティング(年齢はドラマ初放映当時のもの)
黒田 龍人   …… 椎名 桔平(33歳)
有吉 ミズチ  …… 中山 エミリ(18歳)
庄野 夕子   …… 清水 美砂(26歳)
矢崎 昭二   …… 中尾 彬(55歳)
佐久間     …… 清水 綋治(53歳)
新井 美樹   …… さとう 珠緒(24歳)
鈴木 英夫   …… 三代目 江戸家 猫八(75歳)
サキコ     …… 若松 恵(17歳)
ゼネコン役員  …… 寺田 農(54歳)
留守電の依頼客 …… 青野 武(61歳)
黒田 茂丸   …… ミッキー・カーチス(59歳)

おもなスタッフ(年齢はドラマ初放映当時のもの)
監督 …… 片岡 敬司(38歳)
脚本 …… 信本 敬子(33歳)、山永 明子(40歳)
音楽 …… 本多 俊之(40歳)
CGI スーパーバイザー …… 古賀 信明(38歳)


 というわけで、お次は単行本と同時期に放送され、のちに劇場公開もされたこの TVドラマ『東京龍』についてでございます。
 上にもある通り、この作品は現在は鑑賞が非常に限定された作品となっておりまして、私も有志が動画投稿サイトにあげられていた、劇場公開用に編集された VHS版を鑑賞して内容を確認いたしました。なんでビデオリリースで止まってるんだろ……別に何かしらのオトナの事情が察せられるような内容のドラマではなかったのですが。出ている俳優さんの権利関係なのかな。

 お察しの通り、このドラマに登場する黒田龍人と茂丸、庄野夕子、そして有吉「ミズチ」は、原作小説に出ている同名のキャラクターとはまるで別人のような設定になっています。そりゃそうよね、原作通りの龍人とミヅチなんか1990年代でも、アダルト業界以外では映像化は困難だったでしょ……まだ当時お元気だった実相寺昭雄監督だったら、平気で映像化してたかもしんないけど。

 このドラマ版における黒田龍人は、特に人間的にクセの強いこともない好青年で、「シム・フースイ」システムを使って市井の人々の生活上の悩みに応える私立探偵のような仕事をしており、庄野夕子は龍人と半同棲の関係にある有名キー局の人気お天気キャスター(風水の知識ゼロ)、有吉ミズチは沖縄の与那国島で海底ツアーのインストラクターのバイトをしている高校生となっています。ミズチはもともと東京の龍人とは縁もゆかりもなかったのですが、二色人のような強力な神の導きで東京の龍人のもとを訪ね、半分助手のような居候を決め込むこととなります。その他、龍人の祖父である黒田茂丸もドラマ版の重要なキーマンとして龍人の回想シーンの中でのみ登場するのですが、日々、どっかの山の中の滝壺近くで太極拳の鍛錬にはげむカンフーの達人みたいな人物として描かれています。そんな描写、『帝都物語』にも「シム・フースイ」シリーズにも全然なかったのに……
 当然、そんな祖父の背中を見て育った龍人も、ドラマ中で激しいアクションこそないものの、考えが煮詰まった時は事務所の屋上で太極拳を行い集中力を高める習慣があるし、演じているのも脂の乗り切った椎名桔平さんなので、原作小説のイメージとはまるで違う胸板の厚い人物となっています。黒い服が好きなとこくらいしか成分が残ってない!

 ただし、よくよく観てみますと、さすが荒俣宏先生が完全監修した TV番組内で放送されていたこともあってか、だいぶ省略されてはいるものの作中で風水の基本ルールはしっかりと龍人の口から説明されておるし、東京一円が異常な長雨の被害によってインフラを中心に深刻な機能不全に陥っている惨状も地味ながらちゃんと描写されています。また、本作に小説版やゲーム版のような明確な敵キャラは設定されていないのですが、かつて黒田茂丸が東京に施した風水の封印が土地開発によって破壊されて龍脈が暴走したことが長雨の原因だったことを解明した龍人が、茂丸と縁の深い与那国島の神の導きによって上京してきた霊感の強い少女ミズチと協力して龍脈を救う一大作戦を仕掛ける、という内容になっておりまして、非常に理路整然としたわかりやすい風水ファンタジードラマとなっております。ホラーではないですね、NHK 制作のドラマらしくぜんっぜん怖くなかったです。
 上のように、ドラマに登場する有吉ミズチは、ミヅチというよりはシリーズ第2作『二色人の夜』のゲストヒロインだった少女サヨのキャラ設定を色濃く踏襲しており、ドラマの夕子も同作の東京から来た OLくみ子のように明るい性格のポジティブな女性となっています。ミズチの故郷が『二色人の夜』の石垣島でなく与那国島に変わっているのは、与那国島沖にある海底遺跡と噂される地形のミステリーをドラマに取り入れたためですね。遺跡じゃないらしいけど。
 ただし、もちろんミズチを演じる中山エミリさんが『二色人の夜』のサヨのように悲惨きわまりない霊感体験をするところなんか映像化できるわけがないので、荒ぶる神に襲われる描写もビックリするほどマイルドなものになっています。ミズチが与那国島の実家で「タマ」という名前の猫を飼っているのは、原作小説へのオマージュでしょうか……さすがに「お通」という名前にするのは今どきの女の子っぽくなかったか。

 こういう内容なので、小説版にあったような龍人とミヅチ、夕子の複雑な人格設定や愛憎関係などはあるべくもないのですが、地味な作りながらも中尾彬さんや清水綋治、猫八師匠にさとう珠緒さんといった通ごのみで適材適所なキャスティングが非常に手堅く、クライマックスでの CG作画で描写された雨龍の姿も1990年代後半の TVドラマとしてはかなり健闘している方で、制作年代が近い映画『帝都物語外伝』のように観て損をするたぐいの作品でないことは間違いありません。いや、あの映画にも負けちゃう作品なんて、そうそうないけどね。

 本当に、いま鑑賞が簡単なソフト商品になっていないのが不思議でしょうがないくらいにウェルメイドな作品ではあるのですが、確かにあえてリリースし直すほど派手な出来のドラマでもないので、事実上の封印状態にあるのもやむをえないことかと思えてしまいます。
 あ~、こういう目立たない作品も掘り起こされるくらいに、日本の景気も良くなんねぇかなぁ~!


≪ゲーム版に関して≫
プレイステーション用ゲームソフト『闇吹く夏 帝都物語ふたたび』(1999年4月リリース ビー・ファクトリー)
 「シム・フースイ」シリーズ第4作『闇吹く夏』(1997年6月刊)を原作としたホラーアクションアドベンチャーゲーム。
 黒田龍人のほか、『帝都物語』の重要人物・キャラクターも登場する。現在使用されていない地下鉄駅(千代田区の東京地下鉄道・万世橋駅跡がモデル)や無人の地下街など、知られざる東京の風景を再現したステージも設定されている。

あらすじ
 世界的異常気象が東京にも押し寄せる1999年、7月。
 大学生の木村ヒロシは、偶然に拾ったコンピュータプログラムを起動させたことから、恐ろしい事件に巻き込まれる。
 狂い始めた東京の風水の謎とは? 「表」と「裏」の2つのステージを行き来しながら謎を解き明かし、風水を正すべく木村は立ち上がった……

登場する怪異
・首無し武者 ・付喪神「鉄入道」 ・魍魎「骸火」 ・妖怪「火車」 ・妖怪「びしゃがつく」 ・寺本洋子の霊 ・神内の式神 ・魍魎「濡蟲」 ・妖怪「わいら」 ・妖怪「木霊」 ・木霊学天則 ・妖怪「がしゃどくろ」

アニメパートのキャスティング(年齢はゲームソフトリリース当時のもの)
木村 ヒロシ …… うえだ ゆうじ(31歳)
首守 美和  …… 川崎 恵理子(26歳)
陰陽師・神内 …… 岡野 浩介(29歳)
黒田 龍人  …… 古沢 融(36歳)
寺本 秀造 / 龍岡 皇紀 …… 茶風林(37歳)

おもなスタッフ(年齢はゲームソフトリリース当時のもの)
監督・脚本 …… やすみ 哲夫(45歳)
キャラクターデザイン …… 末吉 裕一郎(37歳)
音楽    …… 野沢 秀行(サザンオールスターズ 44歳)、TAKA( TAM TAM ?歳)


 最後に、99年にリリースされたゲーム版についてなのですが、これは『闇吹く夏』というタイトルを持ちつつも、小説版とはまるで違った内容となっております。
 小説版での黒田龍人は、基本的に岩手の花巻市に出張しているので東京にはいなかったのですが、このゲーム版はその穴を埋めるかのように、主人公(ゲームのプレイヤー)が、東京圏の長雨の原因を探るために遠方に出かけた龍人と「シム・フースイ」システムのオンライン機能を通して連絡を取りながら、東京の東西南北の聖地をめぐって「帝都東京の大怨霊」の謎に迫るという内容になっております。ただし、龍人が出張しているのは海を渡った韓国なので、小説版とゲーム版とが完全にリンクしているわけでは決してありません。

 おぉ~、久しぶりのお出ましですね、帝都東京の大怨霊サマ!!
 そうなんです、このゲーム版はサブタイトル『帝都物語ふたたび』の看板にたがわず、小説の「シム・フースイ」シリーズのどれよりも濃厚に『帝都物語』の内容を継承した物語になっており、さすがに魔人・加藤保憲こそ出てはこないものの、マサカド公はもちろんのこと、『帝都物語』本編での地下鉄開発作戦に殉じて爆破・廃棄された、あの人造ロボット「学天則」が、妖怪・木霊に侵食された形で復活して強豪敵キャラになるという、ファン狂喜のゲスト出演もあるのです。マニアック~!!
 それにしても、『ウルトラセブン』の改造パンドンとか『ゴジラ VS キングギドラ』のメカキングギドラみたいに、いったん敗退した生身の怪獣が一部をメカ化して復活するという流れは昔からよく聞くのですが、その逆でもともとメカだったものが半分くらい植物化して復活するという展開にはたまげましたね。みごとな発想の転換!

 内容はアドベンチャーゲームらしく、東京に東西南北4ヶ所ある霊的スポットを主人公がめぐり、龍人の助言を得たり謎の陰陽師・神内の妨害やサポート(こいつがベジータみたいに複雑な立ち位置なんだ!)を受けながら将門の霊を鎮めるというわかりやすい流れになっております。ここでの東京圏の長雨の原因は、魔人・加藤の帝都壊滅計画のひそみにならって将門の怨霊を暴走させようとする、韓国を拠点とする風水秘密結社のもたらした災厄のひとつとなっており、ドラマ版ほど深刻に描写されてはいません。
 まぁ、単純明快なゲームらしく、作中に登場するオカルト要素は風水というよりも若者に大人気な「陰陽師」や「妖怪」をモチーフとした呪術結界や敵キャラが多い、典型的なホラーものとなっているのですが、魔人・加藤とは直接の関係はないものの、登場する妖怪たちのデザインがことごとくパイプがついたり車輪がついたりと、半分以上メカメカしいものになっているので、このゲームの6年後に公開された映画『妖怪大戦争』(監督・三池崇史)で復活した加藤が錬成・使役していた付喪神「機怪」(こちらのデザインはあの韮沢靖サマ!!)に先行したものになっているのが興味深いです。びしゃがつくとかわいらとか、妖怪のチョイスも実にシブくていいですね!


≪まとめ≫
 いや~今回も長くなってしまいすみません!!

 以上、『闇吹く夏』にまつわる3バージョンをざっとおさらいしてみたわけなのですが、お話として一番わかりやすくまとまっているのは TVドラマ版、『帝都物語』ファンに嬉しいのはゲーム版ということでありまして、最も地味で目立たない出来なのは荒俣先生おんみずからが執筆した小説版……という結果とあいなりました。なんじゃぁ、こりゃあ!!

 いや、内容的にいちばん風水をまじめに扱ってるのは小説版なんですけど、ね。

 荒俣先生、せっかくの TVドラマ化とゲーム化がついてくるタイミングだったのに、よりによってど~してシリーズ中随一に地味な内容にしちゃったんだろうか……ミヅチもゲストヒロインも大してひどい目に遭わないし、かなり「らしくない」内容なんですよね。先生、さすがに丸くなっちゃったのか? これも時代の流れなんでしょうか。

 でも、今回の小説版のラストで、しじゅうツンケンしていた龍人とミヅチの関係も大きな転換を迎えたのかもしんないし、ついにこのシリーズも、事実上の最終作である次作に向けて大きく動いたのかも知れませんね!

 さぁ、泣いても笑っても、次回の第5作で「シム・フースイ」シリーズはおしまいです!
 ここまでやっちゃったんですから、固唾をのんでその終幕を見届けることにいたしましょう!!

 ……おもしろいといいな……
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あらためて立ち返ろう読書メモ 小説シム・フースイ Version 3.0『新宿チャンスン』

2025年06月01日 23時39分22秒 | すきな小説
 はいどうもこんばんは! そうだいでございます~。
 風邪、長引いてます……私は風邪ひくと必ず鼻水がひどい副鼻腔炎になっちゃうので、今かなり顔が痛い! いちおう経験則でいきますと、この段階になると治るのももうすぐのはずなのですが、早くティッシュをバカ使いしない生活に戻りたいです~!! ほんともったいない。

 こんな感じで非常に体調の悪い状況が続いているのですが、そんな時によりにもよって映画『帝都物語外伝』なんていう、体調がすこぶる良いタイミングでもできれば観るのは遠慮したい大問題作を視聴しちゃったもんだから、なおさらひどくなっちゃったような気が……カンベンしてくださいよ~! まぁ自分で勝手に観てるだけなんですけどね。

 そんでま今回も今回とて、毎度おなじみ荒俣宏先生の『帝都物語』関連作品を読む企画なのでございますが、前回ちょっと中断してしまいましたが、風水師・黒田龍人と助手であることを全否定し続ける助手ミヅチが仲良く大活躍する「シム・フースイ」シリーズの第3作でございます。
 いや~今回も特濃な内容だったな!


シム・フースイ Version 3.0『新宿チャンスン』(1995年8月)
 『新宿チャンスン』は、荒俣宏の風水ホラー小説。「シム・フースイ」シリーズの第3作として、角川書店角川ホラー文庫から書き下ろし刊行された。
 本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しないが、東京都での大規模建築時に発生した怪事件の事例として、大手町の大蔵省や地下鉄銀座線の工事に関する言及がある。

あらすじ
 1990年11月。現代建築技術の粋を結集して建築、完成しつつある双頭の摩天楼・東京都新都庁舎。凍てついた夜、この工事現場で魔除けの柱「チャンスン」が掘り返された。その瞬間に、封印されていた怨念が息を吹き返す……工事中に続発する事故、地下水の噴流、怪火。そしてついには作業員までもが消息不明に。
 都庁職員の小沢の要請により、風水師・黒田龍人と有吉ミヅチは庁舎に巣食う魔の正体を暴こうとするが……


おもな登場人物
崔 桃花(さい とうか)
 1975年生まれの高校2年生。新宿の裏町で雑貨店を営む祖母の舒水(じょすい)と2人暮らしをしている。祖母も交通事故で死亡したとされる父も韓国人だが、母親は陽子という名前の日本人女子大生だったらしい。祖母の影響で、朝鮮半島の古い風習である薬草と信仰による民間療法に興味がある。

崔 舒水(さい じょすい)
 桃花の祖母。84歳。朝鮮半島の全羅道の出身で、釜山で出逢った夫と共に強制連行で1942年に日本に移住してきた。朝鮮の古い風習である薬草と信仰による民間療法に詳しい。朝鮮半島の巫女「ムーダン」の家系の女性だったが、ムーダンを継ぐことを拒否して家出した。1年ほど前から体調を崩して臥せりがちになっている。

崔 道伝
 舒水の長男で桃花の父。1947年の東京生まれ。5歳の時に「ムーダン病」と呼ばれる原因不明の高熱を患い、治癒後に3年間ムーダンになる修行を受けた。人間の姿が半分、その人間の本性をあらわす動物に見える霊視能力を持っていた。大学生時代に知り合った陽子という女性と1975年に結婚し、桃花の父となる。交通事故で死亡したとされている。

亀沢 浩二
 K大学文学部に在籍しているが四年生で留年し続けているフリーター。新宿西口での高層ビル工事のアルバイトを行う。中国や朝鮮半島の文学に興味があり、韓国の詩人・金芝河(キム・ジハ 1941~2022年)に心酔している。黒縁の丸メガネをかけて痩せた長身の青年。

大山 俊夫
 40歳がらみの髭面の男。亀沢と同じ工事現場で働き、高層ビルの整地工事には10年ほど従事している。

小沢 久
 東京都財務局庁舎管理部の公務員。年齢の割に老成した印象で、耳が大きく締まりのない表情の男性。新宿の新都庁舎の工事現場で続発する怪事件の解決を黒田龍人に依頼する。

垂水 雄三
 東京都財務局庁舎管理部の課長で小沢の上司。風水に興味を持っており、新都庁舎の工事現場で続発する怪事件について、黒田へ相談することを小沢に命じる。大阪生まれの赤ら顔で太った男。

坂 美知男
 新宿の新都庁舎の建築に従事していた作業員。10月末に新都庁舎の24階から足跡だけを残して謎の失踪を遂げる。

黒田 龍人(くろだ たつと)
 本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた、切れ長な一重まぶたの目の男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いサマーセーター、黒のサンドシルクズボンに黒のレイバンサングラスで身を固めている。喫煙者。事務所を離れる時もノートパソコンを持ち歩いてシム・フースイで調査する。その他に風水調査のために小型の望遠鏡も携帯している。異変が起きた際には、魔物を調伏するという仏法と北の方角の守護神・毘沙門天の真言を唱える。
 仕事が無くなると神経がいら立ち、秘書のミヅチにサディスティックな暴行を加えることがある。

有吉 ミヅチ(ありよし みづち)
 黒田の4年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市(架空の自治体だが北海道余市町は実在する)の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。いわゆる霊道や都会の猫道、野生の獣道を感知する能力に長け、それらの道をなんなく踏破できる非常に高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。龍人の仕事の手伝いはしているが、風水の効能はあまり信じていない。
 現在は2代目にあたる黒猫のお通(おつう)を飼っている。鬼神を捕縛する武器として、人間の女性の黒髪で編み上げたロープを携行している。

「全羅道」のおかみ
 新宿区大久保にある、桃花や亀沢、大山がよく行く焼き肉店「全羅道」の女店主。舒水とも旧知の仲で、陽子とも現在も連絡を取り合っている。

辻村 陽子
 崔道伝の元妻で、桃花の母。現在は桃花や舒水とは連絡を完全に断っており、「全羅道」のおかみとのみ連絡を取っている。


おもな用語解説
土師(はじ)
 土木工事を専門とした古代の職人集団で、皇族の墓所であるみささぎや塚を建造し、土器を作っていた。

チャンスン
 朝鮮半島で李氏朝鮮王国時代(14~19世紀)から存在している、村を疫病などをもたらす鬼神から守り豊作をみちびくために出入り口に立てた、木でできた呪術的な標柱のこと。恐ろしげな人面を彫って赤く塗り、「天下大将軍」や「地下女将軍」といった字をいれる。しかし村人はこのチャンスンを日常的に拝んだり供物をささげたり祭礼を行うわけではなく、古くなれば新しいチャンスンに取り換えて使用する。

赤土
 朝鮮半島では魔除けの効果があると信じられており、これを家や店の前に撒くと鬼神が入ってこられなくなるという。人間の身体を守る血の色と同じことから呪力を持っているとされる。

符札(ふさつ)
 朝鮮半島に伝わる、病気をもたらす鬼神を入れないために家の戸口に貼りつける病魔除けの札のこと。朱色の紙の札に、鬼神を退散させるほどに強かったり恐ろしかったりする神の名や人名を書きつける。

ムーダン
 高麗王国の勇敢な名将・崔瑩(チェ・ヨン 1316~88年)を神として信仰する巫女のこと。崔瑩の祠堂に願をかけ、鬼神を追い払い病気を治癒し、死霊を鎮める霊能力を持っている。多くは女性であるが、まれに男性がムーダンになることもある。


 東アジアで古来から鬼神を打ち払う力があると信じられていた植物。桃は春の早い時期に花を咲かせることから、生気を象徴する「春陽の木」とされ、死をもたらす鬼神を祓うと信じられていた。中国大陸では長命をさずける霊樹とされ、朝鮮半島や日本では『桃太郎』のような鬼神を退治する伝承が伝わっている。朝鮮半島では、桃の木の下にいる「茶」と「鬱」という2人の神が鬼神を監視していて、鬼神が暴れると桃の枝で打ち据えるといわれており、そのことから、病気にかかったり凶事があったりした時には、桃の木の東に伸びている枝を折って身体を叩くと憑りついている鬼神が体内から逃げ出すと信じられていた。

月虹(げっこう)
 月の出ている夜の午前2時(丑の刻)の夜空に現れる、弱々しい光の虹。風水の思想では、丑の刻に地球の南から北に流れる気が流路を修正する際に、地軸の傾きにより北から東に向けて23.5°の気の行き渡らないすき間が生じる。この際に、地中の亡霊や鬼神が地上に開放されてしまうとされている。

青い灯り
 古来、鬼神が敏感に反応して吸い寄せられるという灯りの色。

鬼火
 鬼神の邪気が生じさせるという陰の気の火。これを見た人間は魂を吸い取られるという。

鬼(き)、鬼神
 日本や朝鮮半島で信じられている、陰の気の凝り固まった死霊のこと。しかし日本では風水思想が一般に普及しなかったため別の存在となっている。風水思想による鬼とは、空気中や地下に巣食っている目に見えない存在で、地中や水中、破損した器物、谷間、坂、橋の下、廃墟、墓地、病気にかかった人間の体内などを好んで棲みつく。また東アジアの思想に結びつき、不孝、悪意、嫉妬、羨望、怨恨などの負の感情を抱いた人間にも憑りつく。風水の鬼の発生には2通りの原因があり、ひとつは陰の気がこもることによる自然発生、もうひとつは恨みや未練を残して死亡した人間の負の部分「魄(はく)」である。自然発生した鬼には悪い存在もあれば善い存在もあるが(妖怪や妖精)、魄から生まれた鬼は悪い存在が多くなる(これが日本の意味での鬼神)。

陰の気
 風水思想で、森羅万象の自然や人間生活の状態を表わす気の概念「陰陽」のうち、静寂、消極的、下降、閉鎖的なエネルギーのこと。陰の気は、財運や出世運といった地上的、物質的、現世利益的な幸運をもたらす良い面もある一方で、災い、病気、死をもたらす鬼を近づける問題もある。風水によると、人間は死亡すると体が陽と陰の2つの成分に分かれ、陽の部分「魂(こん)」は死体から離れて天界に昇り、陰の部分「魄」は死体すなわち骨に残る。風水ではこの思想に基づき、人間の死体は最初に一時的な墓「埋め墓」に埋めて骨に陰の気を集積させ、数年後に掘り起こして子孫が先祖を礼拝する墓所「参り墓」に改葬する。これによって、参り墓の風水が良いと良い状態の陰の気が子孫の家に流れて繁栄をもたらすと信じられている。そのため、風水では陽宅(住居)よりも隠宅(墓)の立地条件を良くすることのほうが重要視されていた。特に墓選びでは、魔除けと祝福の色と信じられていた赤土の土地が喜んで選ばれていたという。

龍脈
 風水を最高の状態に向上させる4つの要件のひとつ。龍の背のようにでこぼこした山の連なりのことで、龍脈が届いている土地には生産力にあふれた陰陽の気が送られるとされている。東京では、上野台(台東区)、豊島台(豊島区)、淀橋台(新宿区)、江原台(大田区)の4つの龍脈が東京を風水の聖地にしている。

穴(けつ)
 風水を最高の状態に向上させる4つの要件のひとつ。周囲を山で囲まれた広い平地のこと。龍脈からくる陰陽の気をためる理想的な宅地になるといわれる。東京でいうと渋谷や新宿がこれにあたる。

砂(さ)
 風水を最高の状態に向上させる4つの要件のひとつ。穴を囲むように伸びている龍脈の先端部のこと。穴にたまった陽の気を外へ逃さず、同時に外から陰の気が流入することを防ぐ障壁の役割を果たす。山による砂が無い場合は、植林して森をつくると砂になるといわれている。東京でいうと渋谷に対する淀橋台の突端、新宿に対する西の十二社熊野神社の鎮守の森と東の新宿御苑、北の成子天神社がこれにあたる。

水(すい)
 風水を最高の状態に向上させる4つの要件のひとつ。財をためるとされる池や川のこと。現代の都会部では上下水道もこの役割を果たす。東京でいうと新宿に対する新宿御苑の上の池、睡蓮の池、下の池などの池がこれにあたる。

トッカピ
 朝鮮半島で古来から信じられている鬼神。殺された人間や事故で怪我をした人間の血、もしくは経血が古い器物や骨に付くと、そこに地中の魄が集まって生まれるとされている。トッカピは周囲の人々の生気を吸い取り、田畑を荒らし、病気を蔓延させて共同体を破滅に追い込むという。特にホウキなどの器物が変化した独脚(一本足)のトッカピは女性を犯し、応じた女性は一時的には裕福になるがやがて衰弱死し、応じなかった女性は貧乏になるとされる。草木が生い茂る家には独脚のトッカピが好んで侵入し、飛び跳ねた丸い足跡が付いた田畑は作物が実らなくなると信じられている。そのため、朝鮮半島では田畑のかかしに絶対に血をつけず大切にし、田畑の周囲にチャンスンを立ててトッカピが侵入できないようにするという。トッカピを避けるためには、赤い色の衣服や強烈な悪臭(コショウを燃やした匂いやニンニクなど)が効果的であるとされる。

案山子(かかし)
 作物を荒らすカラスなどの害獣を追い払うために田畑の中に立てる、竹やわらなどで作った人形のこと。日本におけるかかしの起源は『古事記』に登場する、山の中の田に立ってぼろぼろの衣服を着た神「崩彦(クエビコ)」であるとされ、オオクニヌシにスクナビコナの名前を教えたことから、クエビコは天下のことを何でも知っている物識りの神であると尊ばれた。また、かかしや唐傘、ホウキのような竿のある器物は、神が降臨する依り代になると信じられていた。

借力(しゃくりき)
 朝鮮半島で信じられている、鬼神による災いを祓う方法のこと。借力には四つの方法があり、第一は行や祈祷を通じて別の鬼神を召喚して力を借りる「神借(しんしゃく)」、第二は様々な薬の力を借りる「薬借(やくしゃく)」、第三は強い権威を持つ人物の力を借りる「人借(じんしゃく)」、第四は鬼神が嫌う物の力を借りる「物借(ぶっしゃく)」であるとされている。


 ……相変わらず、情報が多いよ! ほんとこのシリーズは、風水を中心とする世界の民俗風習に関する異様に偏った知識が身につくなぁ! これから生きていく上で、役に立つ局面がありそうなビジョンがまったく浮かばない!! でも、沖縄をはじめ国内外を問わない世界各地の地方の片隅にある、なんの意味もなさそうな古いほこらや石碑、木の棒などにも昔の人がなにかの想いを込めているのじゃなかろうかと、はたと足を止めて勘ぐってしまうヘンなアンテナが私にも確実に根付いたような気はします。う~ん恐るべし、荒俣先生の筆霊!!

 それで今回も、ページ数の2~3倍は内容情報がありそうな激重「シム・フースイ」シリーズなのでありますが、今作『新宿チャンスン』は1995年という、『帝都物語』誕生10周年にあわせたシリーズ合本新装版&シリーズ最新作『帝都物語外伝 機関童子』の出版そして映画『帝都物語外伝』公開のラッシュが続いたアニバーサリーイヤーに世に出た作品です。タイミングでいうと『帝都物語』関連があらかた出尽くした最後に角川ホラー文庫から書き下ろしで出ました。
 タイトルからわかるように、本作はいよいよ満を持して「新宿」つまり帝都・東京をど真ん中の舞台にした作品ということで、なにかと『帝都物語』シリーズとの距離をとり続けていた「シム・フースイ」シリーズもついに覚悟を決めたかという期待度が高まります。おぉ、龍人の祖父である黒田茂丸とか魔人・加藤保憲のゲスト出演くるか~!?

 さっそく内容について入りこんでいきたいのですが、まず何はなくとも最初に引っかかってしまうのが、上の基本情報でもしれっと触れられている「時代設定の微妙なゆがみ」です。

 そうなんです、この『新宿チャンスン』は1995年に出版された作品ではあるのですが、「1990年」に発生した事件として語られているのです。

 これ、一読すればすぐわかるのですが、内容として最重要ポイントである「新宿新都庁の建設現場で発生するたたり」が成立するためには新都庁が完成する前というタイミングであることが大前提となるので、都庁舎が完成した1991年以降ではあってならないわけなのです。ミヅチなんか、完成前の都庁舎に夜中平気で何度か忍び込んでますからね。

 ですので、本作はリアルタイムより5年も前の物語になってしまうのですが、ここで生まれてしまうのが「シム・フースイ」シリーズの過去2作品との時間軸的な整合性の問題なのです。
 つまり、シリーズ第1作『ワタシ no イエ』第2作『二色人の夜』は、出版された時期に時間設定が合わせられた「1992~93年」の事件となっているので、当時の最新作であるはずの本作は「それ以前の事件」となってしまうのです。

 いちおう念を押して前2作における時間設定を確認してみますと、『ワタシ no イエ』では作中でごく最近にネパールの首都カトマンズで発生したらしい飛行機事故についての会話があり、これは1992年9月に発生した「パキスタン国際空港268便墜落事故」のことであると推測されます。また、作中で32歳と言及されている登場人物が1959年8月生まれだったり、翌月のことを「1993年1月」とはっきり明言している発言もあるので、『ワタシ no イエ』の事件は1992年12月に発生したとみて間違いありません。
 第2作『二色人の夜』については、『ワタシ no イエ』ほどはっきり時間設定を語るシーンはないのですが、放送している TV番組として『進め!電波少年』(日本テレビ系列 1992~98年放送)と『セイシュンの食卓』(テレビ朝日系列 1992~94年放送)の名前が出ていたり、登場人物の発言に「ちょうど二年前、NHK が宮古島のユタの神がかり状態を科学的に測定し、番組にするという試みに挑戦した。」というものがあり、これがおそらくは1991年3月に NHK教育(現 Eテレ)で放送された『 NHKセミナー現代ジャーナル 臨死体験を探る』(全3回)のことを指していたりするので、1993年4月に発生した事件とみてよろしいでしょう。ちなみに、宮古島のユタを扱った「脳の神秘をさぐる」NHK のスペシャル番組と聞いて多くの方がまっさきに想起されるのは NHK総合で大々的に放送されていた『 NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体2 脳と心』シリーズ(全6回)かと思われるのですが、これは『二色人の夜』の出版とほぼ同時期の1993年10月~94年3月に放送されていたので、『二色人の夜』で扱われるにはちと無理があります。
 まぁこういったわけなので、まともに読めば今回の第3作が第1・2作以前の事件を扱った作品であることに、まず間違いはないのです。でも、だからといって別にこの第3作が「黒田龍人とミヅチのエピソード0」的な事件っていうわけでもないというところが、とってもファジー(化石語)。

 ところが、それだったら別にそうでもいいはずなのに、本作に登場するミヅチの飼い猫「お通」は2代目であると言及されていて、その理由もご丁寧に「最初に飼っていた猫は、思いだすのもおぞましいカビ事件(第1作のこと)で殺された」と説明されているのです。いや、「殺された」って被害者みたいな言い方してますけど、あなた……

 この時間的矛盾は、一体どう解釈すればいいのやら。まぁ、お通が復活したのはいいことなのですが、なんだかすわりが良くありませんよね。ふつうに「初代お通が元気だった時の事件」で良かったんじゃないの? でも初代のままだったら1992年に殉職する未来は確定になってしまうので、2代目にしといて次回作以降もお通レギュラー復活は確定ということで、よしとしましょうか。
 いずれにせよ、ここでもやはり、「こまけぁこたぁ気にしないアラマタ節」の一端が垣間見えるような気がしますね。とにかく、そういった少々の時間的矛盾なんかどうでもいいから、とにかく新宿新都庁の完成前を舞台にした小説を書きたかったと! その意気込みだけはよくわかりますね。

 あと、本作の中に実はもうひとつ、事件の発生年の問題とは別に「決定的な矛盾の生じている描写」が発生しているのですが、そっちはちょっと荒俣先生の筆の滑りか誤植としか解釈しようのないことですので、詳しくは扱わずにスルーしたいと思います。それを言った人が嘘をついたとは思えないんですけどね、嘘つくメリットないし……その矛盾は上の基本情報の中にもしれっと紹介されているので、かなりヒマな人はどこに隠れているのか、さがしてみよう! 気づいたところでなんの賞品もございません。


 前置きがずいぶんと長くなってしまいましたが、今回のテーマは「朝鮮半島の風水思想とチャンスン信仰」ということで、またしても日本人読者の多くにとっては非常に新鮮で興味深い、まさにこの「シム・フースイ」でないとお目にかかれないようなチョイスとなっております。
 第1作が「チベット密教と東アジアの仏舎利信仰」で、第2作が「沖縄の風水思想とびっじゅる信仰」ときているので、今回もなかなかに個性的な事件が発生するわけなのですが、とにかく印象深いのは、朝鮮半島で700年ほど育まれてきた風水思想が、なぜか1990年代の幕開けを飾る最新鋭の新宿新都庁の工事現場で大暴れしてしまうという異色の取り合わせです。

 その因果関係に関しては実際に本を読んでいただくか、上の情報記事を読んで推測していただくとして、私が読んだ感想を言っていきますと、ちょっと今回は「たまたま」というキーワードが強い作品になってしまったかな、という印象が残りました。
 あの~、要するに都庁の工事現場で朝鮮半島の呪いが生んだ怪物トッカピが復活するという経緯が、たまたますぎるような気がするんですよね。工事現場となる土地で、かつて呪われた埋葬のされ方をした人がいて、その魄を封印する役目を担っていたチャンスンが都庁建設工事のために取り除かれたことがきっかけになって魄がトッカピ化するという流れが、なんか……めっちゃ既視感があるというか、そこらへんのホラー映画や特撮映画でさんっざんコスられてパターン化してしまっている超定番な流れなのが、なんとも陳腐に見えてしまうのです。また、その事件に埋葬された人の遺族が積極的に関わってくるというのも、たまたますぎというかご都合主義というか。そこは父娘の絆が呼び寄せた因果だと言えるのかもしれませんが、なんかねぇ。

 あと、やはり荒俣作品といえばこのブログでもさんざん言っているように「ヒロインがとことんヒドい目に遭う」流れが定番となっているわけなのですが、さすがに今作ではゲストヒロインである桃花ちゃんがトッカピ(の素体となった人)の実の娘ということもあってか、だいぶ手心が加えられているといいますか、もちろん身の毛もよだつような怪異に襲われはするのですがかなりマイルドでソフトタッチな被害で済んでいるのが……正直、手ぬるい! その分、レギュラーヒロインのミヅチが身体を張って、「いつもの」単独潜入からの拉致監禁というニワトリかお前は的な展開に身をささげてはくれるのですが、これも既視感がぬぐえず。ミヅチは「1971年2月9日生まれ」の女性なので(第1作より)、『新宿チャンスン』の時期には桃花ちゃんとそんなに歳の差もない未成年であるはずなのですが、どうしてこんなに「あんたはそのくらい平気でしょ」なベテラン臭がただよってしまうのでしょうか……哀し!!

 ちょっとね……シリーズ3作目にしてこんなことを言いたくはないのですが、パターン化された部分の割合が高くなってきちゃって、今回は朝鮮半島の民俗風習を知ることができたという点以外でオオッと見るべきポイントは無かったかな、という残念な感想となってしまいました。
 う~ん、1995年は荒俣先生もいろいろと忙しかったろうしね。後半でだいぶ力尽きてきちゃったのかも知れません。

 そういえば、1995年に荒俣先生は『帝都物語』に連なる新作小説として『機関童子』とこの『新宿チャンスン』の2作を立て続けに出版していたわけなのですが、そのどちらも1995年を舞台にした作品じゃないということになるんですよね。『機関童子』は1998年で『新宿チャンスン』は1990年のお話になるのか。そのどっちにも黒田龍人が登場はするのですが、『機関童子』にミヅチが出ていないのがミョ~に気になります……まさか龍人、愛想つかされちゃったのかしら!? 2人の行方を知るためにも、「シム・フースイ」シリーズのこれからの展開が気になるぜい!


 こんな感じで、今回は少々きびしい評価になってしまいましたが、これも期待値がついつい上がってしまう荒俣ワールドだからこその話なのでありまして、ホラー小説、伝奇小説としては充分に面白い作品であることに間違いはありません。おヒマならば、ぜひご一読を!
 特に今作は、風水思想を語る上で最重要な4条件(龍脈、穴、砂、水)についての非常にわかりやすい解説もありますし、どうして東京という一都市が荒俣ワールドの中でここまでフィーチャーされているのか、つまりはどれだけ風水的に祝福された奇跡的土地なのかを説明してくれる龍人の独擅場的シーンもありますので、そういう意味でもシリーズの真骨頂が堪能できる重要な作品だと思います。ただ単に黒ずくめで気味が悪いオカルト探偵なだけじゃない黒田龍人の面目躍如たる活躍が楽しめますよ! 相変わらずミヅチには蛇蝎のごとく嫌われてますが。

 やはり今回も、龍人の祖父・黒田茂丸は登場せず、ましてや魔人・加藤なんか出てくる気配すらないという、『帝都物語』ファンにとっては塩対応きわまりない「シム・フースイ」シリーズではあるのですが、もうここまできちゃうと逆にこの冷た~いサービス感ゼロな態度が「そうこなくっちゃ♡」な快感にすらなってきちゃったよ! もういいっす、このシリーズはこれで突っ走って行ってください! そうか、荒俣ワールドはツンデレ喫茶か。

 いよいよ次回は、テレビドラマ化にプレステゲーム化と、シリーズ中でも特別なメディアミックス待遇を受けた第4作の登場とあいなります。舞台も引き続いて東京みたいだし、どんな物語が展開されるのか、とっても楽しみですね!

 龍人とミヅチの相性最悪コンビも、これからどうなってゆくのやら。ますます目が離せませんね~。
 でも、ミヅチがひとりでふらふらしてとっ捕まる展開は、もういいです! カンベンしてください!!

 ……ところが、この「もうやめてね」っていう言い方が、どうしてもダチョウ倶楽部の「押すなよ! 押すなよ!」的なニュアンスも含んでしまうのが、我ながらどうしようもない!!

♪大嫌い 大嫌い 大嫌い……大好き!! ああぁ~んん♡
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あらためて立ち返ろう読書メモ 小説『帝都物語外伝 機関童子』

2025年05月21日 23時42分37秒 | すきな小説
 どどどどど~もこんばんは! そうだいでございます~。
 なんか、ここ数日暑かったり寒かったりの差が大きいですが、みなさまお元気でしょうか? 私はもう風邪ひきそうです……な~んか、それなりに身体を動かすお仕事をやってるので、今さら長袖に戻れないみたいな気分があるんですよね。臨機応変な対応が苦手!

 え~、今回も今回とて、荒俣宏先生の『帝都物語』関連作品の感想記事なのですが、なんか、今どきの時勢なんか完全無視で始めたつもりだったのに、最近、角川書店のおばけ専門雑誌『怪と幽』の最新号(4月28日発売)で、荒俣先生ががっつり特集されてたんですってね。なんかタイムリーでうれしいんですが、そういえば今年は『帝都物語』40周年のアニバーサリーイヤーでしたわ! まぁ、『帝都物語』のリアルタイム世代ではない私にとっては(生まれてたけどガキンチョで話がわからなかった)、田島昭宇のカバー画による合本新装版の刊行30周年のほうがしっくりくるんですが。
 別に我が『長岡京エイリアン』では、40周年ということには全く気づかずに、自宅の積ん読消化の順番がやっと回ってきたからという感じで読み始めていたのですが、こういうのも奇縁なんですかねぇ。それにしても、他ならぬ角川書店が荒俣先生の特集を忘れずに組んでくれるのはいいことですよね。できれば今回取り上げる作品のように、今年も荒俣先生おんみずから『帝都物語』サーガの最新作を生み出していただきたかったのでありますが……やっぱりそうポンポン易々とは出ませんか。でも、まだまだ77歳か! 若いですねぇ。
 『怪と幽』には最新エッセイが載っているらしいのですが、当面、わたくしは購読はしないと思います。だって、表紙の丸尾末広先生のイラストが何かパワー不足で、そっちのほうにガックリきちゃって……荒俣先生に似てないですよね? 変わらず上手かも知んないけど。
 丸尾先生も、昔はほんとに大好きだったんですが……まだ70歳でもないんでしょ!? なんかずいぶんと丸くなられたような。「丸尾」なのにぜんぜん丸くないのが丸尾先生だったのにぃ!! まぁ、アグレッシブさを他人に求め続けるのも理不尽な話ですからね。


 そんでもってかんでもって本題に入るのですが、いや~私、実は『帝都物語』関連作品の中でいちばん愛憎半ばする想い入れが強いのが、実は『帝都物語』正編を差し置いてこの作品なんですよ! ほんとうに大好き、この外伝。
 なんてったって、大好きなキャラクターがウルトラ怪獣では改造ベロクロン2世(超獣だけど)、『スター・ウォーズ』シリーズではグランドモフ・ターキン、『ゲゲゲの鬼太郎』ならおぬら様、『エヴァンゲリオン』シリーズではエヴァンゲリオン量産機、『平家物語』なら平宗盛卿という私でございますから。
 っていうか、そういうひねくれまくった嗜好になった根本原因こそが、中高生時代の1995年に出逢ったこの作品にあるのかもしれない……


『帝都物語外伝 機関童子』(1995年6月)
 『帝都物語外伝 機関童子(ていとものがたりがいでん からくりどうじ)』は、荒俣宏の魔術伝奇小説。『帝都物語』(1985~89年)の合本新装版6巻の刊行と同時に角川書店角川文庫から書き下ろし刊行された。
 本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しない。

あらすじ
 1998年4月、暗澹たる時代へと変質していく世紀末。
 闇の東京郊外・青梅市藤橋に、からくり芝居を催す奇怪な一団が現れた。彼らは秘術により『帝都物語』の魔人・加藤保憲を現代に復活させようとしていた……しかし、この一団は近所の精神病院から抜け出した患者たちの演じる行進にすぎなかった。
 病院の医師・高山利郎は、患者たちのこの奇行を独自に調査した結果、『帝都物語』の世界があまりにも現実世界と酷似していることに愕然とする。そして、架空であるはずの加藤が実在していたのではないかと疑い始めるのだが……


おもな登場人物
高山 利郎
 国立精神医療センターに勤務する主任医師。40歳を過ぎたばかりだが頭髪が薄くなっている。恰幅が良く丸顔の男性。看護師のクミと交際している。コンピュータ用の脳波検出ツール「イーヴァ」を駆使して患者の脳波パターンから治療法を探る手法を得意とする。

石原 敏彦
 国立精神医療センターに勤務する医師で、高山の同僚。

慶間 泰子(けいま やすこ)
 高山と同い年の旧友で、東京・渋谷の青山学院大学に勤務する英文学の講師。大きな目で高い鼻、声の高い女性。乗用車は練馬ナンバーのシルバーのベンツ。アメリカで流行しているインターネット小説と、18世紀末のスイスの時計職人で発明家のジャケドロー父子が開発した自動人形を研究している。

潮永 洋周(しおなが ようしゅう)
 国立精神医療センターに多重人格症状により入院している精神分裂症患者。患者で組織された「まぼろし座」では魔人・加藤保憲の役を演じている。異様に長く伸びた顎、鷲鼻、薄い唇、般若の面のような冷笑を浮かべる長身の男性。映画版『帝都物語』で加藤を演じた俳優の嶋田久作によく似ている。

熊谷 杏子
 国立精神医療センターに入院している患者。身長170cm。36歳。患者で組織された「まぼろし座」では目方恵子の役を演じている。目つきの鋭い一重まぶたの女性。

中尾 進三
 国立精神医療センターに入院している患者で、もと傀儡師。やつれた顔つきの小柄な中年男性。「まぼろし座」では魔人・加藤保憲を模したからくり人形「機関童子(からくりどうじ)」を操作する。

福田 孝
 国立精神医療センターに入院している患者。苦行僧のようにかなり痩せた体型の男性。「まぼろし座」では太い竿で身体の前後に大きな荷箱を担ぎ運んでいる。

安藤 クミ
 国立精神医療センターに勤務する看護師。医師の高山と交際している。

栗田 弘子
 国立精神医療センターの第四病棟に勤務する看護師。大男の患者も取り押さえられる腕力の強い女性。

黒田 龍人
 風水師。1958年7月生まれの痩せた男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いタートルネックセーター、黒のギャバジンのスラックスズボンに黒い丸型のレイバンサングラスで身を固めている。祖父の黒田茂丸が満州帝国の首都・新京で撮影した、加藤保憲と目方恵子の写った写真を所有している。

加藤 保憲
 明治時代初頭から昭和七十三(1998)年にかけて、帝都東京の崩壊を画策して暗躍する魔人。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
 長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、眼光は鋭く、身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。太平洋戦争中に秘術「屍解仙」を用いて転生したため、年齢は100歳を超えながらも外見は30歳代の若さを保っている。さまざまな形態の鬼神「式神十二神将」や「護法童子」、妖怪「水虎」などを使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。
 『帝都物語』本編では屍解仙の状態のまま1998年まで生存していたが、本作ではそれは『帝都物語』の作者である荒俣宏の創作か誤解釈であり、実際の加藤は昭和四十五(1970)年11月の「三島由紀夫割腹自殺事件」の際に、三島と共に死亡したと語られている。

目方 恵子
 福島県にある、平将門を祀る相馬俤神社の宮司の娘で、自身も将門の末裔にあたる巫女。加藤保憲に闘いを挑んだが敗れた。1894年か95年生まれ。


おもな用語解説
箱まわし(人形まわし)
 傀儡(くぐつ)人形を使った見世物芸。しかしその原型は、古代中国大陸で行われていた死者の霊を呼び返すために、霊の降りる依り代として作った人形(ひとがた)を繰り回す呪法だった。

機関童子(からくりどうじ)
 愛知県内各地の祭礼で、繰り出される山車(だし)の上で舞う、主に中国の明・清時代の子どもの衣装を着た唐子(からこ)人形のこと。愛知県では、犬山市の犬山祭での唐子人形による「からくり山車」、愛知県のからくり人形師・初代萬屋仁兵衛(1950~95年)作の「牛若丸の乱杭渡り」などのアクロバティックな舞が有名であるが、豊川市・牛久保八幡宮の「若葉祭(別名うなごうじ祭)」では人間の子どもが唐子の扮装をして「からくり童子」となり、山車の上で曲芸を舞う。牛久保八幡宮のからくり童子は単に人形の真似をするのではなく、「神の子」として人間でない動きを模倣するために無表情でぎこちない動作になるのだと伝えられている。ちなみに、日本古来の神道では神や霊に仕える存在は「童子」と呼ばれる。

心串(しんぐし)
 からくり人形の中心にある軸棒のこと。串は古来、天と地・生と死・現世と冥界をつなぐものとされ、神事で捧げる玉串も、神と人間との間をつなぐ役割がある。特に依り代としての人形に不可欠な心串と女性との結びつきは強く、日本の傀儡師は人形回しをしながら女性用のかんざしや櫛も売っていたといわれ、中世では遊女のことを「傀儡(くぐつ)」と呼ぶこともあったという。

風流(ふりゅう)
 平安時代から流行していた、派手で華美な大仕掛けを使った祭礼や行列のこと。仮装や化粧をしたり、山車や鉾、巨大な怪物の模型を作って練り歩いたりするほか、大量の灯りを焚いたり太鼓や笛を大音量で演奏したりすることや奇矯な踊りや舞を披露することも風流に含まれる。その目的は悪霊を祓い良い霊を現世から送り出すことであるとされ、現在の盆踊りや精霊流し、阿波踊り、青森のねぶた祭、祇園祭、岸和田のだんじり祭などがその伝統を引いている。このような日本の風流と似た風習行事は、西洋世界でもキリスト教以前から存在しており、現代にも残るリオやヴェネツィアのカーニバルがその流れを汲んでいる。
 この風流には、霊を降ろし霊を浄めるからくり人形も深く関係しているとされ、風流で多く見られる大きな傘をさした女性の行列も、傘が霊の降りる場所である「心串」と同じ役割を持っていると考えられる。こういった関連から、派手な化粧をして華美な着物をまとった最高位の遊女「太夫」が大きな緋色の傘を差しかけられながら花街を練り歩く花魁道中も風流と同じ意味合いがあるとされ、遊女と霊を降ろす巫女とが同じ存在であることを象徴している。
 現代でも、岐阜県垂井町・南宮大社の「五月祭」では風流をともなう「蛇山神事」が行われ、そこでは高さ13m もの櫓「蛇山」の上に現れた巨大な龍のからくり人形が首や口を大きく動かす。また、蛇山の隣の山車「だんじり」では大きな龍頭の獅子舞が男子4名によって舞われ、女装した子どもが片袖を脱いで女歌舞伎のように舞う「脱ぎ下げ舞」も披露される。

桂女(かつらめ)
 かつて、京都の桂川でとれた鮎を頭に乗せた籠に入れて売り歩いていた行商の女性のこと。しかし、やがて桂女は白装束に白い布を頭に巻いて町を歩く遊女兼巫女の仕事も行うようになり、歌や踊りを得意としながら占いも行い、名前の中に「かつ(勝つ)」があることから武士階級にも重用されていた。この桂女の白一色の異装は、現代の花嫁衣裳の白無垢や角隠しにも通じるものがあり、これは古代日本の第十四代・仲哀天皇の正妻である神宮皇后(4世紀後半ごろ)が三韓征伐の途上で産気づいた際に、従った侍女「伊波多姫(いわたひめ)」が白い布で皇后の腹を巻いて安産に導いたという故事に基づく。そのため、伊波多姫の末裔とも言われる桂女もまた、安産の守り神として尊崇されている。

傀儡子記(くぐつき)
 平安時代後期の公卿・大江匡房(おおえのまさふさ 1041~1111年)が当時の芸能文化を記録した書物。全1巻。寛治年間(1087~94年)以降の成立とみられる。これによると、当時の傀儡子(傀儡 くぐつ)は人形を操る芸人のことであるが流浪の徒であり、男の傀儡は弓馬を使って狩猟し、剣の演武や人形舞い、手品なども行う。女の傀儡は化粧を凝らし歌舞や売春なども行う遊女の役割も持っていた。生活は不安定であるが課役徴税は受けず、夜は百神を祭って鼓舞するといい、本書には彼らの集う名所や歌曲のレパートリーが列挙され、当時の社会風俗をうかがう上で貴重な史料となっている。

四三(しさん)
 1180年ごろに後白河法皇が編纂した歌謡集『梁塵秘抄口伝集』に登場している、平安時代後~末期に活躍した女傀儡。大江匡房の『傀儡子記』で言及された著名な傀儡「小三(こさん)」の孫で、歌唱に秀でて今様(いまよう)の名手だった。傀儡の名人の芸名には数字に縁のあるものが多いが、これは当時の中国大陸にあった宋帝国の名傀儡である「孫三四」や「任小三」にちなんでいるようである。そしてこの系譜は、江戸時代に播磨国の西宮神社で活動していた傀儡師の座元「四郎三(しろうざ)」や、現代にも伝わる糸あやつり人形遣い師の名跡「結城孫三郎」に伝わっている。
 また西宮神社は、同じ西宮にある広田神社の分社であるが、広田神社の祭神は桂女と縁の深い神功皇后である。西宮神社には傀儡が崇拝していた神「百太夫」を祀る百太夫社がある。西宮神社の傀儡芸「えびすまいり」が京に伝わり人形芝居の「古浄瑠璃」が生まれ、さらに「文楽」に発展したといわれる。

狂乱(きょうらん)
 神降ろしを行う中で一時的なエクスタシー状態に入ること。傀儡の芸では人形が舞い、能楽の「狂乱もの」などでは人間の演者が舞うことで霊を降ろすが、この狂乱は、神功皇后が三韓征伐に際して召喚した海の精「磯良」の舞を由来とする祭礼芸能「細男(せいのう)」や、愛媛県・大山祇神社の田の豊作を占う神事「一人相撲」にも通じている。

セパレーション・コール
 1950年代にその存在が発見された、哺乳類の大多数の幼体(子ども)が持っているといわれるコミュニケーション能力。親から引き離された際に、喉の奥を震わせて20キロヘルツ以上の超音波を発し、同時に体温も下がることにより、外敵に感知されにくい状態で親を呼ぶための機能であるという。


 ……というわけでございましてね。いつもながら、ものすごい専門情報量の多さですよね! さすがは荒俣作品。

 あの、前回まで黒田龍人が主人公の「シム・フースイ」シリーズが順調にきていたのに、なんでここで『帝都物語外伝』なん?という話なのですが、これは愚直に作品の発表順に並べさせていただいたからでありまして、前回の『二色人の夜』(1993年)の次に出た作品が1995年6月の『帝都物語外伝』で、「シム・フースイ」シリーズ最新作(当時)の『新宿チャンスン』は、そのちょっと後の同年8月に出ていたのです。まぁ、この『新宿チャンスン』も、ものすごい THE・アラマタ作品なんですけどね……

 先ほども触れたように、この1995年という年は『帝都物語』にとって最初のディケイドということもあり、合本新装版は出るわ久しぶりの劇場最新作(後述)は出るわでたいへんな活況ぶりだったのですが、この流れの中で最大のトピックとして打ち出されたのが、「待望のシリーズ最新作書き下ろし!!」ということで鳴り物入りで発売された、この『帝都物語外伝』だったわけだったのです。

 ただ、まぁその……この作品、角川書店の文庫本でいうと250ページ弱というコンパクトサイズなんですよね。あっという間に終わっちゃうの。あっという間に終わっちゃうのに、上記のように精神病院の開放セラピーだとかくぐつだとか風流だとか、情報量が他の長編作品なみにモリッモリなんですよ。
 もうね、読んでみればわかると思うのですが、文庫本でいうと「うすい」印象なほうのボリュームだと思うのに、読んだ後の疲労感が『帝都物語』各篇とか「シム・フースイ」シリーズ各作なみかそれ以上! めっちゃ疲れるんですよ。
 でも、疲れるわりには結末もあんな感じなのでね……結局、魔人・加藤が本当に復活したのかどうかは描写されてないんですよね。あの後、現実世界の東京が揺らいでしまうほどのカタストロフィが生まれてしまったのか、それともパトカーが数台出動したくらいの騒ぎで収束できる程度のものでしかなかったのか。そういう大事なところは完全に作品の枠外に置かれてしまっているのです。

 あと、この小説はいつもの情緒不安定なアラマタ節に輪をかけるように、わざと作中で解決しない謎を入れたり前後で言ってることが矛盾しているような描写が差しはさまれておりまして、それが読書中の幻惑感というか、車酔いしちゃうような不安定感を助長しています。
 例をあげれば、精神病院の入院患者の泰子の身長が入院時より10cm 近く低くなっているのに誰も気づかないという謎があったり、小説の前半で「俳優の嶋田久作に瓜二つ」と描写されていた入院患者の潮永が、後半では「俳優になんか似てない、似てるのは加藤保憲本人」と表現されたりしていて、なんか正常なはずの病院職員でさえ認識できないうちに世界のなんらかの力が「ずにゅにゅにゅ~ぅう」と患者たちの形をゆがめているかのような不気味さがあるんですよね。言ってみればこれはドイツ表現主義映画『カリガリ博士』とかズラウスキー監督の『ポゼッション』だとか『ダウンタウンのごっつええ感じ』の伝説のコント『腸』のように、物語のパッケージ自体を異次元のものにゆがめている効果を、小説で産もうとしている意図的な朦朧法の一種だと思います。さすが、言葉の魔術師アラマ~タ!!

 まぁ冒頭から結末まで一事が万事、こんな感じでボンヤリした不安感にまみれた薄気味悪い作品なので、何かとてつもなく巨大な「第二章」の扉を開ける序章としてみれば、これほど力のこもったお膳立てもないかとは思うのですが、事実として本作以降の「続き」はない状況なのでね。評価は宙に浮いたまま、という感じになってしまいます。
 それでも、結局その実体は顕現しないにしても、何かしら「ものすご~く厭な災厄が迫ってくる」という、やけに重だるく湿っぽく陰鬱とした空気感、世紀末感をこれほどまでに見事に小説化しえた例もまれなのではないかと思えるので、そういう意味で、この『帝都物語外伝』という作品はその他の荒俣作品とは全く異質な、びっくり箱の中身ではなく「箱を開けるまでのハラハラドキドキ感」を楽しむ種類の雰囲気系小説なのではないかと思っております。
 奇しくも、本作と同じ年に生まれた『新世紀エヴァンゲリオン』も、物知り顔な当時のオトナ達からは「やたら装飾が立派なだけで中身ががらんどう」と揶揄されることがあったかと記憶しているのですが、そういうエンタメ作品が世界を制圧していく先ぶれのようなものを、荒俣先生は予知していたのかもしれませんね。さっすがぁ!!

 ここでちょっと、『帝都物語外伝』の内容についても触れていきたいのですが、実はこの作品、お話の時間軸が「1998年」ということで、実際に発表された1995年よりも「びみょうに近未来」を舞台にしております。だから SFっちゃあ SFになるのですが、かつての『未来宮篇』以降の『帝都物語』正編のように思いッきり世界設定が変わっているというようなアレンジはとんとありません。しいて言えば当時大変なことになっていたオウム真理教事件が終息しているような描写があるくらいですし、それは我々の住んでいる現実の1998年もそうでしたよね。

 『帝都物語』サーガにおける「1998年」という年が非常に重要なポイントであることは間違いなく、作中でもそのことは繰り返し言及されています。1998年というのは、まだ昭和が続いている『帝都物語』正編の中で最終的に物語が終結=東京が完全に崩壊した年なんですよね。

 ここで忘れてはならないのは、この『帝都物語外伝』の作品世界は、近未来設定ながらも我々の現実世界にかなり近いものであり、そこでは『帝都物語』というお話が1985年に荒俣宏という小説家が執筆した完全なフィクション小説として認知されているという点です。作中で、登場人物が古本屋から買ってきた、映画『帝都物語』の宣材写真が多用された角川文庫版の全12巻セットが登場するくらいですからね。これ、1990年代当時としてはかなり冒険的なメタ設定なのではないでしょうか。ロバート=ブロックの『サイコハウス』みたい!

 ただし、よくよく『帝都物語外伝』を読んでいきますと、その中で『帝都物語』という伝奇小説シリーズは「10年くらい前に流行って映画も作られたらしいけど、今は覚えてる人がほとんどいない」くらいの相当に自虐的な扱いを受けており、そこらへんはいくらなんでも過小評価しすぎで、現実の認識とはちょっと開きがあるような気はします。10年やそこらであの嶋田久作さんの強烈なインパクトを忘れられる人は、そうそういないでしょ! 荒俣先生、その設定は嶋田さんにも実相寺昭雄監督にも失礼やでぇ!!
 もっとも、そのくらいに『帝都物語』の作中での知名度を低くしておかないと、誰も吹き込んでいないのに加藤保憲のことを語り始めた潮永が、ぜんぜん不可思議でも何でもない単なる『帝都物語』マニアか嶋田久作さんの熱烈なファンになってしまうので、わざと「知る人ぞ知る忘れられた奇書」にまでおとしめたという苦渋の判断はあったのでしょう。
 現実世界の1998年ほど覚えてる人が少ないっていうことは、あれか……映画『帝都物語』が現実世界以上に大ゴケしちゃって次回作も制作されなくなって、当然ながら『仮面ノリダー』第47話『恐怖帝都大戦男』が放送されて大ウケすることもなかった世界なのかな。実相寺監督の映画が全く売れなかったことで世界線が分岐するとは……嶋田さんのすばらしさを知らない世界なんて、かわいそうですね。

 とにもかくにもこの『帝都物語外伝』は、作中で荒俣先生おんみずからが堂々と、

『帝都物語』の『未来宮篇』以降の展開は、なかったことにしてください。

 と宣言してしまうという、まさに漫$画太郎先生の5~6年先を行く超絶わがままな番外編作品となっております。いやいや先生、これ、その正編と一緒にリリースされんの! 番外編が正編を否定してどうすんっすかぁ~。

 いや~もう、「加藤はホントはあの時点で死んでました」とか、「嶋田さんそっくりの容姿で肉体が女性化していく潮永」とか、「精神病院の混乱そっちのけで中部地方のお祭り見学三昧に興じるヒロイン」とか、短い小説なのによくここまで読者を困惑させられますねという展開が目白押しの本作。もしブックオフかどっかの110円コーナーとかで投げ売りされていたら、是非ともご一読いただきたいと思います。少なくとも、田島昭宇のカバー画は最高ですよ!
 どこにもつながらない、何も始まらない「扉」だけがつっ立っているような唯一無二の「トマソン小説」、『帝都物語外伝 機関童子』!! 私はもう、だいっ好きなんですよねぇ。でも、恥ずかしくて絶対に人には言えない……門外不出の禁断の書やぁ~!!

 ただ、今振り返ってみれば、『帝都物語』正編の「パラレルワールドの1998年」でいちおうの完結を見て、それがためにそこから出られなくなっていた魔人・加藤という稀代のヒールキャラクターを、本格的に「自由に復活させていいですよ」なフリー素材的便利ラスボスに開放した功績は、明らかにこの『外伝』にあると思います。まぁ、それを先にやってたのは映画『帝都大戦』だったんですが、あれはあれで鬼子なんで……最期、おたまじゃくしみたいになって地面にしみこんじゃったしね。

 2005年の『妖怪大戦争』以降、わりとフットワーク軽めに加藤がエンタメ界に跳梁できるようになったのも、ある意味ではこの『外伝』が打った布石のおかげなのであります! 大事な大事なターニングポイントとなったこの作品、おヒマならば、ぜし!!


≪最後に……≫
 え~、小説のほうの『外伝』について言いたいことは以上なのですが、ここまできたら触れずにはおられないのが、『帝都物語』の合本新装版&『外伝』と歩調を合わせて公開された、映画のほうの『外伝』なのであります。
 これがまぁ、ね……ひどい作品なんですよ……


映画『帝都物語外伝』(1995年7月公開 89分 ケイエスエス)
 荒俣宏の小説『帝都物語外伝 機関童子』を原作とするが、内容は大幅に異なっている。

おもなスタッフ
監督 …… 橋本 以蔵(41歳)
脚本 …… 山上 梨香(?歳)
音楽 …… 奥居 史生(?歳)、阿部 正也(?歳)
撮影 …… 藤石 修(41歳)
特殊メイク    …… 原口 智生(35歳)
人形プロデュース …… 福田 秋雄(?歳)
舞踏    …… 大駱駝艦、アスベスト館
製作・配給 …… ケイエスエス

おもなキャスティング
柳瀬 仁哉   …… 西村 和彦(28歳)
大沢 美千代  …… 鈴木 砂羽(22歳)
目方 恵子   …… 白川 和子(47歳)
西条院長    …… ベンガル(43歳)
鳴滝 純一   …… 山谷 初男(61歳)
大沢 成道   …… 金子 研三(51歳)
入院患者・堀  …… 神戸 浩(32歳)
入院患者・池田 …… 小倉 一郎(43歳)
刑事      …… きたろう(46歳)
辰宮 洋一郎  …… 石橋 正次(46歳)


 もう字数も充分にかさんでいるので多くは語らないのですが、この映画作品はほんとにヒドイものです。視聴は絶対にお勧めいたしません。
 私は同じく、映画でいう前作にあたる『帝都大戦』も鑑賞をお薦めしないのですが、それは『帝都大戦』の場合、「名優・嶋田久作のぶっ壊れ最凶演技」と「上野耕路の美しくも怖すぎる映画音楽」、そして「スクリーミング・マッド・ジョージのトラウマを4~5株は平気で植えつけてくる SFXグロ描写」が昂じた結果とんでもないことになっちゃったというハイボルテージ&ハイテンションな事情があったからであり、これはこれであっぱれといえる突き抜け感があったのです。もう笑うしかないみたいな。

 しかし、この『外伝』は……全てがローテンション&ダウナー! 俳優の誰一人として、この作品で輝いてたネ☆といえる人がいないのです。主演格の西村さんも鈴木さんも、なんでこんな映画に出ちゃったんでしょうか。西村さんの身のこなしは、とてもじゃないけどスーパー戦隊やってたとは思えない位にやさぐれて殺陣も緩慢だし、鈴木さんもなんで鈴木さんなのにこんなに不美人に見えるのか不思議なくらいに魅力のないヒロインになっちゃってます。神戸さんと小倉一郎さんの無駄遣い!!
 これは、やっぱり……演出が良くないんじゃないかなぁ。でも、これほどまでに低予算のスケールで作っておいて堂々と「あの『帝都物語』『帝都大戦』の続編がついに!!」とあおっている宣伝文句も、若干誇大広告すぎのような気がします。いやムリだって、そんなハードル上げ……

 ただし、一点だけこの映画版『外伝』の見られる点を挙げさせていただきますと、小説版『外伝』とは全く違う内容ながらも、「鳴滝純一」「辰宮(目方)恵子」「大沢美千代」そして「辰宮洋一郎」というなつかしのキャラクターをリファインさせて、小説とはまた違ったアプローチで「現実の世界へ復活しようとする魔人・加藤」を防ごうとする動きを描いているところだと思います。また、演出のせいでひたすらまだるっこしく意味不明なシーンになってしまっていますが、「自らの身をささげて東京の地霊を慰めんとする女性ヒロイン(恵子と美千代)」という荒俣ワールドに不可欠なキーワードをちゃんと組み込んでいる脚本にも非常に好感が持てます。そういえば、小説版『外伝』にはいなかったもんね、いつもの「ひどい目に遭うヒロイン」ポジション! だってヒロイン、愛知とか岐阜に旅行いってたし。黒田龍人は出てもミヅチは出なかったし。

 これってたぶんスケジュール的に、映画版『外伝』の制作陣は、荒俣先生の小説版『外伝』を読めないまま制作に入ったんじゃないでしょうか。ただ、「精神病院の患者が~」とか「加藤の魂の降りたからくり人形が~」という設定案だけもらっていて、後は『帝都大戦』方式でごじゆ~に、みたいなほっぽり具合だったんじゃなかろうかと。う~ん、熱心なファンからしたら、ひっでぇ話!!

 あと、この映画の中でさも公式設定のように語られている「加藤保憲はもと平将門の忠臣」だとか「大沢美千代は辰宮洋一郎の孫」だとかいう関係性は、まったくこの映画のみのオリジナル設定ですので注意しましょう。まぁ、2020年代にこの映画の話を引き合いに出す人もそうはいないでしょうが。長大な原作『帝都物語』の人物設定のはしょり方がかなり強引! 三島先生はどこに行ったのだ!?

 この映画版の脚本は、最終的に「怖いのは加藤でも平将門の怨霊でもなく、この世紀末にハバを利かせている権力者」みたいな結論を導き出しているのですが、これもいかにも、古来の伝統を意図的に曲解したカルト新興宗教による大規模テロ事件が勃発した1995年らしくもあり、「こんなくだらない騒動に担ぎ出された将門公や加藤がかわいそう」な尻すぼみエンドとなっております。おまえが黒幕なのかよ! ぽっと出はひっこんでろやぁあ!!

 いやほんと、映画のほうの『外伝』はバブル崩壊期のあだ花といいますか、映画版『リング』勃興前夜の鬱々としたホラー映画界の頭打ち感をあまさず今に伝えてくれる大失敗作、としか言いようがないかと思います。身のまわりで幸運なことが次々に起きてハッピーすぎて怖いくらい! ちょっと自分を落ち着けたい!! もしくは学校とか仕事に行きたくないのでちょっと病気になりたい! という方は、ぜひともこの映画版『帝都物語外伝』をノンストップでおたのしみください。いい感じかそれ以上に心身が落ち込みますヨ。

 う~ん、なんで西村さんとか鈴木さん、この仕事を断らなかったんだろ。大人の世界って、たいへんなんだなぁ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あらためて立ち返ろう読書メモ 小説シム・フースイ Version 2.0『二色人の夜』

2025年05月07日 22時26分58秒 | すきな小説
 ハイサーイ! みなさまどうもこんばんは、そうだいでございます。
 やっぱり予想した通り、今年のゴールデンウィークもあっという間に終わっちゃいましたねぇ。みなさま、どっか楽しいところに行ってきましたか?
 私は5月3日の米沢上杉まつりの他には、5日に日本海側の山形県鶴岡市に出かけて海を見て、6日には内陸にある「私が生涯行った中で一番大好きな温泉」につかって来ました。それぞれの時間はそんなに長くはなく、やりたいことをやったらすぐ帰る強行軍みたいな日程だったのですが、最高にぜいたくなひとときでしたねぇ。大好きな温泉が具体的にどこかは……秘密!! TV でも紹介されるくらい有名な温泉だし、実際に私が行った時も他のお客さんがひっきりなしだったのですが、あのワイルド&唯一無二な空間設計がステキすぎて、山形市の北に行く用事がある時は必ず行くことにしています。でもあそこ、不定期に閉まってる日も結構あるし、そこに行くまでの坂道も狭くて急でね……おまけにゃヘタすると怪我しかねない危険さもある温泉なんですよ! だが、そのツンデレ感がたまんな~い!! 私はあの温泉を、ひそかに「惣流アスカ=ラングレーの湯」と読んでおります……式波さんでは、断じてない。湯につかり虚空を見あぐれば、気分はすっかり旧劇場版♡

 ……え? 沖縄? 行ってないよ!!

 そんなねぇ、山形県内の旅だけでこんなに満足しちゃってんですから、沖縄になんて行ける余裕あるわけないじゃないっすかぁ! 生きてるうちに一度は行ってみたいと思うんですが、まぁいつになりますかね~。

 そんな私にタイムリーな朗報が。なんと、今読もうとしている小説の舞台がどこあろう、沖縄なんですって! しかも、沖縄の中でもさらに西の果てにあるサンゴと白砂の楽園・石垣島なんだとか。

 いいじゃんいいじゃん、お金も時間もないわたくしにはうってつけ! これを読んで旅した気分にひたりましょうよぉ。サイコーじゃん☆

 ……なんて、読む直前まではウッキウキだったんですけどねぇ。


シム・フースイ Version 2.0『二色人の夜』(1993年12月)
 『二色人の夜(にいるぴとのよる)』は、荒俣宏の風水ホラー小説。「シム・フースイ」シリーズの第2作として、角川書店角川ホラー文庫から書き下ろし刊行された。
 本作に『帝都物語』シリーズの登場人物は再登場しない。

あらすじ
 1993年4月。広告代理店に勤務する鉅賀(おおが)くみ子は、都会の喧騒を離れ南海の楽園・沖縄県石垣島を訪れていた。ところが、青空のもと白砂のビーチに突如、異臭を放つサンゴの塊が出現する。そしてサンゴの傍には苦しそうにうめく三本足のニワトリが……楽園は一瞬にして不気味な気配に包まれる。しかしこの不吉な光景は、恐るべき神々の怒りの予兆にすぎなかった。


おもな登場人物
鉅賀 くみ子(おおが くみこ)
 東京の広告代理店に勤務する OL。1963年もしくは64年生まれの29歳。17歳の頃から世界中の海でシュノーケリングをすることが趣味で、沖縄には14歳の頃から旅行に訪れている。石垣島の川平(かびら)湾に今年オープンしたホテル「川平パラダイスリゾート」に宿泊している。普段から良からぬ災難の予兆を察知する感覚が鋭敏で、勤め先では「オートセンサー」という異名をもらっている。目が大きく、よく日焼けした女性。

安里 小夜(あさと さよ)
 川平パラダイスリゾートでフロント係の夜間アルバイトをしている17歳の女子高生。ホテルのある石垣島の米原地区に住んでいる。黒髪によく日焼けした小麦色の肌、栗色の瞳をしている。12歳の時に原因不明の頭痛と夢遊病に悩まされ、全身ずぶ濡れの大男の姿をした神から「かみだーり」に選ばれたと認識するようになり、そのためにホテルオーナーの河合の管理下に置かれている。かみだーりとなった直後に両親と弟を亡くし、現在は同じくかみだーりである祖母と2人で暮らしている。強烈な不眠症に悩まされている。

黒田 龍人(くろだ たつと)
 本シリーズの主人公。1958年7月生まれの痩せた男性。「都市村落リゾート計画コンサルタント」として東京都中央区九段の九段富国ビル5階1号で事務所「龍神プロジェクト」を開いているが、インテリアデザイナーとして風水の鑑定も行っている。風水環境をシミュレーションできるコンピュータプログラム「シム・フースイ」の開発者の一人。黒が好きで、黒い長髪に黒いサマーセーター、黒のサンドシルクズボンに黒のサングラスで身を固めている。喫煙者。事務所を離れる時もノートパソコンを持ち歩いてシム・フースイで調査する。その他に風水調査のために小型の望遠鏡も携帯している。異変が起きた際には、魔物を調伏するという仏法と北の方角の守護神・毘沙門天の真言を唱える。

有吉 ミヅチ(ありよし みづち)
 黒田の4年来のパートナーで「霊視」の能力を有する女性。1971年2月生まれ。北海道余市市(架空の自治体だが北海道余市町は実在する)の出身だが、自分の素性は龍人にも話さない。その霊能力の維持のために自らに苦痛を課す。病的に痩せた体形で、龍人と同じように黒を好み、黒いセーターに黒のミニスカートもしくは黒タイツをはいている。髪型は刈り上げに近い短髪。常に青白い顔色で薄紫色の口紅を塗っている。胸に七支刀をデザインした銀のペンダントをつけている。いわゆる霊道や都会の猫道、野生の獣道を感知する能力に長け、それらの道をなんなく踏破できる非常に高い運動能力とバランス能力の持ち主。仏法と北の方角を守護する神・毘沙門天に仕える巫女で、自身を鬼門封じの武神・弁財天の生まれ変わりだと信じている。龍人の仕事の手伝いはしているが、風水の効能はあまり信じていない。

河合 利明
 東京で、バイオテクノロジーを応用したニワトリやブタなどの畜産動物の品種改良により、食品産業の原料供給におけるシェアを独占して巨額の財産を築き上げ、その余暇で川平パラダイスリゾートを開発しオーナーを務めている実業家。「ベンチャービジネスの帝王」の異名を取る。40歳代後半。石垣島滞在時はホテルから徒歩で10分ほどの距離にある石崎の突端に建てたコテージで生活しており、コテージの庭の奥には厳重に管理された飼育小屋がある。身長185cm。

三沢 秀次
 川平パラダイスリゾートのマネージャー。30歳前後。沖縄本島の出身で、恩納村のリゾートホテルでフロントを務めていたところを河合にヘッドハンティングされた。


おもな用語解説
二色人(にいるぴと)
 古代の日本で信仰されていた、海上のはるかかなたにあると信じられていた他界「常世(とこよ)」から来訪する神のこと。沖縄県などの南島地域では、東の海上の果てにある他界を「ニライカナイ」とよび、特に八重山群島に来訪する神は「アカマタ(赤)」と「クロマタ(黒)」の2色の神であるとされ、そのために「ニロー神」や「二色人(ニイルピト)」と呼ばれている。来訪神は訪問した島の家々に祝いの言葉や耕作方法を伝え、穀物の豊穣や幸福をもたらすと信じられていた。恐ろしい顔をした神で、人の前に現れたら豊作、現れなければ凶作になると伝承されている。
 ちなみに、沖縄地方にはナミヘビ科に属する「アカマタ」という蛇(無毒)もいるが、生息しているのは沖縄県を構成する北部の沖縄諸島や鹿児島県の奄美群島であるため、沖縄県でも最南方に位置する八重山群島の石垣島にはいない。

ふさまろ(ふさまらー)
 八重山群島の波照間島で信仰される来訪神。本作では二色人の子神として、一つ目で小さな半透明のクラゲのような姿で登場する。

かみだーり
 沖縄方言で「神障り(かみざわり)」「神がかり」のこと。神に見込まれて神の意思を代行する役割に選ばれた人。

かみみち
 沖縄方言で「神の道」のこと。御嶽に住む神が海などに行く際に通るとされる神聖な道で、現地では神の道を塞ぐと祟りがあると信じられており、この道を塞がないためにわざと敷地を空けたりしている。御嶽を守るのろ達は、祈願や祭礼を行う時にこのかみみちを利用する。

うたき(御嶽)
 沖縄で古来から独自に育まれてきた宗教文化を象徴する神聖な祈願所。小さな祠であることが多いが、現在、御嶽の前に石鳥居が立てられているのは明治時代以降の宗教政策によるものであり、日本本州の神道とは全く関連が無い。

つかさ(司)
 沖縄の各地に存在する御嶽を守り村落ごとの祭礼や神事を司る、強い権威を持った宗教的指導者のこと。しかし風水文化は継承していない。

のろ
 御嶽の司に従い御嶽を守る神女のことで、地元民の祈願や先祖供養、祭礼などの儀礼を取り仕切る。

ゆた
 沖縄地方で古来から活動している呪術師、シャーマンのこと。神降ろし(口寄せ)や日取り占い、吉凶占い、霊視などを行う特殊な能力を持っている。司やのろは厳格な世襲制や家制度により継承される神職であるが、ゆたは原因不明の病気にかかった人間を他のゆたが「かみだーり」と認定することにより、快復後に新たなゆたになることができる。現在は特に宮古島でゆたが多く活動しているといわれる。

ふんしみ(風水看)
 沖縄地方に古来から存在している地相の占い師。住民の家や墓などの生活の場を建築する際に相を占い、村落の開発などでもアドバイスを行う。現在はかなり減少している。

抱護(ほうご)
 沖縄地方の村落の周囲に植えられた松林や、島の海岸線沿いに生息しているサンゴのこと。「村抱護」や「島抱護」と呼ばれる。風水用語で、北から吹くとされる悪風の邪気を防ぎ、幸運をもたらす気を周辺に散らさないために設置される。抱護の木の枝や葉、サンゴは取ることを禁じられ、取ると村や島全体が祟られて衰退するといわれる。

びっじゅる(びじゅる)
 沖縄地方の各島に見られる、島を守護すると信じられている石のこと。海の彼方の他界ニライカナイから島に流れてきて、海を豊漁にし島の子孫を繫栄させる聖なる石であるとされる。石垣島のびっじゅるは現在、川平町に三角錐型の高さ30cm 程の岩が3つ残っているが、これは本来、明帝国の万暦三十(1602)年に石垣島に漂着し定住して、琉球王国にも仕えた浙江省出身の中国人風水師ジィッカ=パッカが、石垣島の地相を改善する村抱護として3ヶ所の辻ごとに配置したものだった。びっじゅるの置かれた辻はそれぞれ、干潮時に川平下ノ村を刺す形で突出する対岸の「浜崎」、疫病や海賊が侵入しやすい「川平湾」、村落の繁栄を奪い取るとされる背後の三角形の山「川平前岳(まいびりぃ / ひざん)」の三悪所をにらむ形で三角形に配置されていたという。
 沖縄地方独特のびっじゅる信仰の起源については、日本本州の僧が仏教を布教した際に、手でなでると病気平癒や祈願成就が叶うとされた石像(撫で仏 / おびんずる様)の信仰が伝わり、それが地元に古くからあった奇岩信仰と融合したのではないかといわれている。明治時代から昭和初期まで、びっじゅる信仰は日本本土の宗教政策により禁止されていたが、太平洋戦争後に復活した。

悪石(あくせき)
 沖縄地方で見られる、津波などによって島の海岸付近に運ばれた大岩のこと。石垣島では大浜海岸の崎原公園に、江戸時代の明和八(1771)年の大地震による大津波で運ばれてきたとされる高さ6m、周囲27m、重量75t のサンゴ岩の悪石「津波うふいし」がある。大きな川の河口など、海岸線のサンゴ礁が途切れている地形に集中して運ばれることが多く、風水では幸運や財産運といった好ましい運勢を遮蔽し、悪運や魔物をもたらすものとして忌避されている。


 ……いや~、実に強烈な小説でした。ほんとに旅行してきたみたいに疲れた……

 すっごい沖縄、すっごい石垣島な小説! 実際に行ったことは一度もないんですが、まるで行ったかのような気分になれる圧倒的リアリティ。じりじりとした太陽の照りつけや、カラフルな魚たちが舞い踊る碧い海の世界。そこから一転して、黒々とした闇が迫る夜の潮騒のおどろおどろしさ……全ての情景描写が身に迫って来るかのような質感を持っている、荒俣先生の筆力のすさまじさがいかんなく発揮された大傑作です。

 でも、これを読んだ後に石垣島に行きたくは……ならないかな!?

 本作は徹頭徹尾、物語の舞台が石垣島オンリーとなっておりまして、本シリーズの主人公である黒田龍人と有吉ミヅチの「ツン95% デレ5%」コンビが登場するのもお話が1/3ほど進んでからの重役出勤となっていますので、前作にもまして『帝都物語』とは無縁な作品となっております。いちおう申し訳程度なファンサービスみたいに、石垣島の歴史が語られる流れの中で「石垣島の平将門ことオヤケ赤蜂」という言葉が出てきてニヤッとさせるのですが、ほんとに『帝都物語』サーガとは「一見」まるで無関係なお話になっているのです。「一見」はね……

 ちょっと脱線してしまいますが、「シム・フースイ」シリーズ唯一の映像化作品となっている1997年のドラマ作品『東京龍』は、同じ年に刊行されたシリーズ第4作『闇吹く夏』(1999年の文庫化に伴いゲーム化もされている)を原作の主軸としているのですが、それ以外に過去作の要素も取り入れられており、シリーズ第1作『ワタシ no イエ』からでいいますと、TV の情報番組クルーが取材した家屋の壁がカビの異常発生のためにぶよぶよに腐食されているといった描写が挿入されていました。
 それで、今回の『二色人の夜』からの要素で言いますと、ドラマ版の有吉ミズチ(ミヅチではない)が沖縄の出身(ただし石垣島でなく与那国島)であること、祖母と二人暮らしであること、海から聞こえる何者かの恐ろしい声を聞いておびえる展開などが反映されているようです。そしてその中では、龍人の祖父である黒田茂丸がかつて与那国島を訪れて、島に入り込む悪風を防ぐための聖石びっじゅるを設置していたという過去の因縁が開かされるのですが、これは本作で言及された伝説の風水師ジィッカ=パッカの役割をそのまんま茂丸がぶんどっちゃった形になるでしょう。ちなみに『二色人の夜』に茂丸の名前は「し」の字も出てきませんし、原作のミヅチの実家は北海道です。
 こういった感じなので、ドラマ版のミズチはどっちかというとミヅチではなく本作のヒロインである安里小夜のキャラクターを濃厚に継承した人物像になっているのですが、その非凡な霊能力の描写が、ドラマ版ではだいぶ抽象的でソフトな感じになっていることは言うまでもないでしょう。当時の中山エミリさんに、『二色人の夜』の小夜が体験した忌まわしい神との接触の日々を演じさせるわけにはいかないよな……いや誰にだってやらせられないよ!!

 そうなんですよ……この『二色人の夜』でも、やっぱりというかデスヨネーといいますか、「ヒロインがとこっとんヒドい目に遭いまくる」という荒俣ワールド定番の展開は健在どころか、むしろギアが上がっているような気さえする苛烈っぷりなのです。荒俣せんせー!! その TVで見せる笑顔が怖すぎる……

 今回はメインのヒロインは間違いなく石垣島の少女・安里小夜で、途中から石垣島にやって来たミヅチも「あたしがヒロイン! ガキは引っ込んでな!!」とばかりに参戦してくるのですが、やはりニライカナイからやって来るアカマタ・クロマタとおぼしき荒々しい神の怒りを一身に受けてしまう小夜の座は揺るぎもしません。そして、そのために小夜は思春期になったばかりの頃から、少女が体験するにはあまりにも悲惨なかみだーりの宿命を背負ってしまうのでした。今回の犠牲者はこの娘か……

 ただし、作中でクライマックスの土壇場までずっとミヅチが小夜に対して厳しい態度を崩さなかったのが、決してヒロインの座を奪われそうになったからとか、龍人を盗られそうになったとか、北海道出身だから沖縄の風土がキライだからとかいう単純な話でないことは、前作でほのめかされたミヅチのつらすぎる過去を知っている読者ならばすぐにわかることでしょう。そう、ミヅチが小夜につらく当たるのは、自分と同じにおいの心の傷を負っていることを敏感に察知してこその、「自分のような過去に囚われた生き方はしてくれるな」という想いのあらわれだったのに違いありません。だから、クライマックスでのミヅチのあの姿がとっても感動的なんでしょうね。
 う~ん、荒俣先生はぱっと見、自分の好きな女性キャラにこそグイグイえげつない受難を降り注ぐ、まさに本作の荒ぶる神そのものみたいなどS 性しか感じられなさそうなのですが、要所要所で女性が女神レベルに輝く瞬間をさしはさんでくるんですよね。このさじ加減が、限りなく「本物」っぽいんだよな……Oh,it's アブノーマル!!

 いや~それにしましても、小夜の過去を振り返るくだりが本当にキツイ! 西洋のポルターガイストや悪魔憑き(『エクソシスト』!!)、日本の狐憑きなどの例を挙げるまでもなく、思春期の女性というキーワードがオカルトにもたらす影響は非常に大きいわけなのですが、現代日本ではストレートに精神障害の症例となりかねない小夜の錯乱が、石垣島では「かみだーりの証し」と解釈されてしまうという展開が、果たして小夜にとって良かったのかどうか。おそらく本作の終わった後、小夜は石垣島でゆたの能力を持つ女性として生きていくことになるのでしょうが、それは普通の女性ではいられなくなるという残酷すぎる宣告でもあると思うんですよね。神に選ばれるということがどれだけつらいことなのか……『二色人の夜』は、小夜を通してそのリアリティを非常に執念深く描き切っている作品だと思います。そういう意味でこの小夜ちゃんというキャラクターは、沖縄地方のゆたと呼ばれる人々の生きざまを代弁させると同時に、一地方固有の文化という枠を超えて、ある集団の中で畏怖の対象となってしまった不思議な能力を持つ女性、例えば明治時代の千里眼ブームの渦中にいた御船千鶴子・長尾郁子・高橋貞子・長南年恵といった悲劇の系譜を受け継ぐヒロインとなっているのです。つまり、小夜ちゃんはあの『リング』の山村貞子の母親になり得る母性を、その小さな身体に秘めているのだ!! いや、1993年当時に貞子大姐さんはもうデビューしてましたけど。

 こういう風に今回の『二色人の夜』は、もうとにかく「石垣島の小夜と荒ぶる神」まわりの造形描写に荒俣先生が120% 筆力を全振りしたかのようなフルスイング作となっており、それがゆえに、小説作品としてのパワーバランスが少々不安定になっている、といわざるを得ない副作用も生じてしまっているようです。

 具体的に申しますと、本作のゲスト悪人のやってることが安っぽいし打算的だしカッコ悪い!
 前作に引き続き、今回の悪人枠である生物の品種改良で財を成したベンチャー企業社長の河合もまた、「表向きは現代社会で成功しているえらそうなおっさん」というキャラクターとなっているのですが、前作の悪人・田網はそれなりにチベット密教の修行に心血を注いでダライ・ラマとも親交があるという大物ではありました。ま、末路は情けなかったけど……
 それに比して今回の河合はというと、倫理観ゼロの生物改良を嬉々として進めるは、人の心を盗み見るという品性下劣な VRの悪用を試みるはで、その悪さこそ個性的ではあるものの、その生き方に荒俣先生ごのみの歴史的バックボーンがまるでなく、単に「最先端科学の使い方を間違っているひと」というカラーしかついておりません。キャラとしての魅力が圧倒的に不足しているんですね。前作の田網なんか、自分の理念を追究しすぎたあまりに家の内装を、勝手に蠕動してげっぷしたり結露した水をぼたぼたたらしたりする『ごっつええ感じ』のコントみたいな感じにしちゃってんだぜ!? それに引き換え今回の河合は快適な石垣島のコテージで真昼間からビールって……もっと身体はれや!!

 だいたい、河合の計画の行き当たりばったり感というか破綻っぷりは作中でもかなりドライに指弾されていまして、まずその、扱う家畜の「脚を増やして可食部アップで大もうけ!」という小学生でも思いついた瞬間にダメだと気付くような発想がひどいのですが、これは言うまでもなく「フライドチキンのニワトリは3本足」という古典的な都市伝説を基にしたものでしょう。
 にしても、作中に出てくる3本足のニワトリはしっかりと「2本の脚で駆け回っていてもう1本が腰についてブラブラしている」という、奇しくもつい最近『機動戦士ガンダム ジークアクス』に出てきた2機の改造リックドムみたいな姿に描写されているのです。
 つまりそれって、せっかく増やした第3の脚はろくに運動もできないから筋肉なんか育たないってことですよね? じゃあ商品にならないじゃん! そんなもん増やすのにどのくらいお金かけてるんでしょうか?
 そして、この作品の舞台となった1993年当時は今ほど SNSが発達していなかったのはもちろんだったとしても、なんてったって商品の清潔なイメージと品質保証が最優先の食産業の話なんですから、いくら一企業が関係者全員の口をつぐませようとやっきになったのだとしても、ヘンな姿をした家畜の流通などというおもしろすぎる話題が世間に漏れないわけがありません。

 その証拠に見てください、作中の後半では、その非常に地道な「赤いのぼり旗と望遠鏡とタクシー無線」という、『砂の器』の今西栄太郎刑事もビックリな地に足つきまくり捜査法の末に、龍人がやっとこさ河合のコテージを発見した時も、それを聞いたタクシーの運転手が、

「あぁ、あの河合さんのコテージね。なんか3本足のニワトリを飼ってるって有名さぁ~。」

 みたいに盛大すぎるネタバレを炸裂させてしまっているのです。た、龍人の汗水たらした風水捜査の意味って一体……
 ほれみい! 石垣島でさえ止められないのに、日本全国でニワトリの秘密を隠しおおせられるわけがないじゃんかよ~う!! こんなん、龍人とミヅチがどうこうする以前に、マスコミの格好の餌食になって河合の会社がぶっ潰れることは火を見るよりも明らかでしょうがぁ!! 南無……

 ここでさらに考えてみますと、そもそもベンチャーの帝王とか言っておきながら、その帝王が日本のはずれの島のホテルのオーナーを昼からビールあおりながらやっているという状況からしておかしな話で、作中で日本本土での仕事の話が全然出てこないことからも、もしかしたらこの河合って、その絶望的な倫理感覚の無さがあだとなって、東京の本社からていのいい追放を喰らっていたのではないでしょうか。たぶん、東京の会社に置けるわけないから3本足のニワトリの施設も抱き合わせにされて。ウン千万するっていうVR のゲーム筐体っていうのも手切れ金だったんじゃないの……?
 あわれな……おそらく河合の会社にはさいわい『オースティン・パワーズ』のMr.ナンバー2みたいな有能な経営者がいて、河合はみごとに会社を丸ごと乗っ取られたのではないでしょうか。そう考えてみると、ああいうふうにどうしようもない河合も、ちょっとは味わいのある哀愁ただようキャラクターに見えてくるんじゃないかな。石垣島での龍人にぶん殴られるまでの日々は、人生で一番たのしいひとときだったんだろうな……合掌。

 つまるところ、正直、龍人とミヅチによる悪人退治は小説を終わらせるための方便にすぎず、本作の魅力はあくまでも、石垣島を取り巻く歴史や風水に見られる島民と大自然との相克の軌跡の活写、これに尽きるのです。

 そしてさらにこの『二色人の夜』という物語は、一見、荒俣先生がかつて世に出した『帝都物語』とはまるで無関係な南国の島の物語のように見えるのですが、実はかなり精巧に設計された「『帝都物語』の再話」であるという構図がほの見えてきます。
 そう、今回のお話を構成する要素はすべて、『帝都物語』の中で別の形で出てきたものばかり! ちょっと比較してみまひょ。

〇物語の舞台 …… 『帝都』は東京、『二色人』は石垣島
〇登場する破壊者 …… 『帝都』は加藤保憲など、『二色人』は河合利明(風水を無視したリゾート開発)
〇破壊者に怒る存在 …… 『帝都』は平将門、『二色人』はアカマタ・クロマタ
〇犠牲となるヒロイン …… 『帝都』は辰宮由佳理&目方恵子&大沢美千代、『二色人』は安里小夜&有吉ミヅチ
〇ヒロインの支援者 …… 『帝都』は鳴滝純一とか黒田茂丸とか団宗治、『二色人』は鉅賀くみ子と黒田龍人
〇破壊者の眷属 …… 『帝都』は式神とか護法童子とか水虎、『二色人』はヘンな VR体験マシーンと三本足のニワトリ

 どうですか~? かなり構図が似通っているではありませんか。
 まぁ、明確な違いとしては、帝都東京における将門公が眠り続けているのに対して、石垣島の神々は完全に目が覚めているどころか、ブチ切れまくりで島にゴロッゴロ悪石をうちあげさせているという点です。さすがは、荒ぶる神……

 余談となりますが、2025年現在にこの『二色人の夜』を読んだうえで石垣島に興味を持って調べてみますと、本作でアカマタ・クロマタと同一視されていた荒ぶる神の正体が、なんと小説の発表後の2000年になって答え合わせのように「銅像となって」画像表示されることに気づかされます。

 ご覧ください、この大男の銅像。大きく足を開いて片手に太い棒を握り、もう片方の筋骨隆々たる腕の先にある節くれだった指は、おそらくは沖縄本島の琉球王朝を狙いさしているのではないでしょうか。
 そして、怒りに打ち震え絶叫する、その表情! これは明らかに、ともに立ち上がってくれる石垣島の民衆を鼓舞する反逆者のあかし。

 いや~、こんなに躍動的でエネルギッシュ、観る者を肝胆寒からしめるおそろしげな銅像があるでしょうか。
 その銅像の主の名は、「オヤケ赤蜂」!! うわーやっぱ将門公だったぁ!!
 これこれ! その姿はもう、小夜が幻視したっていう「全身ずぶ濡れの恐ろしい顔をした大男」そのものじゃないっすかぁ!!

 オヤケ赤蜂という人物は15世紀末に実在した八重山地方の豪族で、琉球王国との間に激しい戦争を繰り広げた石垣島の英雄と今なお讃えられている人物です。伝承によれば、その身の丈2m とか! 小夜の描いた神の姿は、誇張でなどなく解像度の非常に高いものだったのだ!!

 う~ん、荒俣先生もニクいねぇ! ふつうに小説を読んだだけでも荒ぶる神はアカマタ・クロマタとして納得できるようにできているのですが、そこをもうちょっとツッコむとオヤケ赤蜂という「真の正体」が見えてくるという二重のミステリーになっているのです。よくできてるなぁ。

 しかし、ここまで考えてきますと、やはり周囲の別の社会を意識せずにはいられない「島」の宿命といいますか、昔は琉球王国の侵略を受け、今は日本本土の資本主義リゾートビジネスの侵食にさらされているという石垣島の苦難の歴史を思わずにはいられません。ここらへんのはかなさが、『帝都物語』の東京とはちょっと違うところなんですよね。

 そして、我が『長岡京エイリアン』として無視できないのは、この石垣島もまた、その隣にある竹富島にとっては大いなる「他者」なのだということなのです。その入れ子のような構図を、私はかつてあの隠れもない名作映画『星砂の島 私の島 アイランド・ドリーミン』(2004年)で学んでいました! うをを、亀井絵里さま~!!
 島に歴史あり、人に歴史あり。あの映画では竹富島にとっての「一番近くにある都会」になっていた石垣島も、そこはそこで大変な苦難の道を歩んできていたのですな。いや~、その地域の歴史と文化を知ることって、ほんとに大切で、心を豊かにする知的冒険ですね。


 今回もずいぶんと長くくっちゃべってしまいましたが、ともかく言えるのは、本作があの『帝都物語』にすらひけをとらない、とんでもない濃度の野心作になっているということです。ところどころ、まるで雑誌『怪』かなんかの沖縄取材ルポ記事のようにリアルな描写があり、まさに現地のロケーションから筋立てを構築していく風水占術を地でいく捜査を龍人たちが進めていくくだりが圧巻です。そして、小夜と荒ぶる神との愛憎ないまぜになった関係のすさまじさ……本当に、荒俣先生が西欧文化とは全く異質な価値観の世界にドラマを見いだす小説家であることを如実に証明している作品だと思います。
 単なる南国リゾート怪談とあなどるなかれ! 本作はその真逆、地方文化のリベンジ宣戦布告の記なのだ。

 石垣島出身の BEGINさんの音楽をたのしむだけもいいですけどね、やっぱ石垣島の来し方に興味を持ってみることもお勧めしますよ。

「♪こと~ぉばぁの~ いみ~ぃさぁえ~ わかぁ~あ~らぁないぃ~」

 なんて言ってたら、オヤケ赤蜂に首がもげるほどぶん殴られるかもしんないぞ! 助けて毘沙門天さま!!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする