さて、大正13年度遠洋航海もパナマ運河通過という前半の山場を無事に終え、
次の寄港地へと向かいます。
■ 艦内生活
「腐敗を防ぐ唯一の芳香剤は精神的純潔あるのみ」
見よ、懊悩もなく虚飾もなく只直覚と想像との
幸福なる生活の平和の微笑を。
止めどなく繰り出さるる音楽、あるいは新知識みなぎる艦内新聞、
愛嬌溢るる小鳥「ペリコ」。
さては故国よりの楽しき音信等。
そは如何許り我等の生活に湿潤と愉快と慰安とを与えし事ぞ。
腐敗を防ぐ唯一の芳香剤は精神的純潔あるのみ!
うーん、思わず繰り返して大きく書いちゃった。
「ニコニコと読む彼、早速返事を出す我」
手紙で故郷に息災を知らせたり、その故郷から手紙を受けることの喜びは
航海中であれば何よりも心を喜ばせるものとなったことでしょう。
これぞ冒頭に言うところの「幸福なる生活の平和の微笑」です。
上の文章にある「ペリコ」というのは緑色で頭の色だけが違うインコのことです。
この水兵さんが現地で購入した「豆インコ」を現地ではペリコと呼んでいたのでしょう。
教えこめば言葉を喋るペリコは、航海中の乗員にとって
何にも増して面白いおもちゃ(しかも可愛い)となり、彼らは夢中で
自分のペリコに誰よりも早く言葉を仕込もうとしたのに違いありません。
つまり、ここに書いてあるように「一生懸命」なのはインコではなく・・?
大正13年度、帝国海軍遠洋練習艦隊の次なる寄港地はマンザニヨとあります。
実は、それから約100年後の2017年になっても、海上自衛隊の遠洋航海は
同じマンザニヨに寄港しているのです。
この太平洋に面するメキシコの都市は、日本語では
「マンサニヨ」「マンサジージョ」「マンサニーニョ」「マンサニージョ」
といろんな読み方をされていますが、(自衛隊はマンサニージョ)原語では
Manzanillo
で、「little apple」のスペイン語なんだそうです。
■ マンザニヨ
(自1月12日 至 1月16日)
バルボアを出航せし艦隊は 再びメキシコの地に航し
「マンゴウ」茂るマンザニヨに入港す。
威風堂々艦隊先ず一斉投錨すれば湾内に入りたる鯨は
岸近きのあたりに巨大なる姿を不沈せしめ、湾を繞る連山の仙人掌
かざす紅花は微笑みて我等を迎う。
おゝ、緑鮮やかなる此の地、明快なる大日輪の炫き。
そは我等を待つ心温かき墨国人の象徴にはあらざるか。
今ではメキシコシティ圏にある港湾都市として物流も盛んな大都市であり、
リゾート地としても賑わっているマンザニヨですが、この頃は港といっても
大きな船が付けられるような岸壁がある港ではなかったことがよくわかります。
上陸場といいながら単なる岩を積み上げた「岩壁」です。
ところでこの「上陸場に群がる市民」ってなんか失礼な書き方じゃないですか?
歓迎してくれてるのかもしれないんだし・・・。
このような立派な市庁舎前での陸軍軍楽隊による歓迎も行われました。
この「陸軍」とはもちろんメキシコ陸軍のことです。
マンザニヨの港がメキシコに正式に参入されたのは1908年のことです。
それからこの時にはもう16年経っています。
今ではそこそこ中規模の(ホームデポもある)港町のようですが、
当時は「土人」と日本人が呼んでしまうような、家よりも椰子の木が多い
風光明媚な土地であったらしいことがわかります。
仙人掌というのはサボテンのことです。
漢の武帝の時代に作られた巨大な像で、仙人が大きな皿を持った掌を
差し伸べているのにサボテンがそっくりだということから呼ぶようになりました。
写真の候補生が抱きついているサボテンはトゲがない種類らしいですね。
■ グワダラハラ市見学
マンザニヨ碇泊中の市民の歓迎は大変温かなものだったそうです。
平成29年度自衛隊練習艦隊も同じ「マンザニージョ」に寄港し、
太平洋艦隊司令部を表敬訪問したという報告がありましたが、
この時もメキシコ側はグワダラハラ行きの特別の列車を立ててくれ、
准士官以上の乗組員が招待されたということです。
グワダラハラは現在メキシコ第二の都市であり、中米屈指のグローバル都市です。
その美しさからメキシコ人をして
「西部の真珠」
と誇らしく言わしめるほどだといいます。
グワダラハラ女子商業学校の見学。
グアダラハラはマンザニーニョから内陸に入っていったところにあり、
教育についても一流名門校であるグアダラハラ大学を要し、
グアダラハラ国際ブックフェアや映画祭などが行われる文化都市でもあります。
国の威信をかけた学校を作ることこそ投資を誘致し、経済発展を則し、
競争力のある専門家を育成するための経済活動であるという考え方から、
開発の段階からそれを最重要として都市部と同じレベルの教育を目指してきました。
この時に女子商業学校を見学することになったのも、当地の「誇り」であり、
自慢の教育組織を異国から来た海軍軍人に見せたかったのでしょう。
スペイン風の豪壮な石造りの建物が残るグアダラハラ。
21世紀となった今もそれらは変わらないままです。
スペイン人が1500年から築いてきたグアダラハラは古都でもあり、
その関係で日本の姉妹提携都市は京都です。
メキシコ陸軍の騎兵隊の訓練を見学。
現地の「有力な日系人」の私宅で行われた茶話会。
日系人と言いながらも顔の濃い人たちばかりです。
百武練習艦隊指令は中列の左から3番目にいます。
背の高い人はメキシコ海軍の軍人のようです。
日系人の血縁関係だったのかもしれません。
この軍人の子供が前の三人で、妻が前列の美人だと思われますがどうでしょう。
グアダラハラに行く途中にある内陸の町「コリマ」。
艦隊の乗員が横一列で歩いていきますが、寒いのかマントを着ている人がいます。
これもコリマの中央寺院の写真です。
大一種軍服に帽子は白、なぜかマント着用の候補生が多いですね。
冬でも二十五度くらいが日中の平均気温ですが、内陸なので
夜との寒暖差が激しく、マントが必要なのだろうと思われます。
寄港地のマンザニーヨでは、旗艦「浅間」に現地のメキシコ人を招待し、
柔道や剣道などの武技を見せて文化理解をしてもらいました。
「これからご馳走」(笑)
もちろん、旗艦での艦上レセプションは毎日のように行われたでしょう。
艦上における剣道の模擬試合を、現地の人を招いて見学してもらいました。
「永劫の過去より培われ来たりし大和魂の深遠さを
崇高に厳粛に思考し推察したようであった」
とキャプションがあります。
まあ言いたいことはわかりますが、少し上から目線すぎるような・・。
不鮮明なのでわかりにくいですが、真剣による居合も披露されました。
これを初めてみたらそれは確かに「大和魂の深遠さを厳粛に推察」したことでしょう。
ところで、我が日本国の練習艦隊も、90年前と全く同じことを
寄港地で行なっていたことが報告会にいってわかりました。
写真は平成29年度遠洋艦隊がハバナに寄港中行われた「文化交流」。
現地の剣道愛好家を交えて剣道の試合などが行われた時のものです。
こちらはチリの寄港地バルパライソにて。
剣道の試合を見守るのは艦艇見学に来た現地の人たちでしょうか。
剣道ではありませんが、文化交流の一環として向こうでは太鼓演奏を披露しました。
陸自の自衛太鼓が有名ですが、海自も太鼓のクラブがあるんですね。
こうしてみると、自衛隊の練習艦隊における
「日本及び海上自衛隊に関する正しい理解を深め、その国に存在感を定着する」
という目標は、この頃も全く変わりはありません。
というか、この頃にそういった目的が確立されたと考えるのが良さそうです。
続く。