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観艦式観覧記~「大和女子と生まれなば」

2012-11-09 | 自衛隊

前回の観艦式観覧記の最後に
「エリス中尉がサインをもらった一人の自衛官がいた」
と書いて、ちょっと興味を煽ってみたわけですが、
その答えは


「ひゅうが」航海長、池田由香子一等海尉
(防大47期、幹部候補生54期)



でした!パチパチパチパチ
これはですね。
わたしがこの方の存在を知っていてサインを頼んだのではありません。
この観艦式にお誘い下さったH氏、観艦式に備えて
「ひゅうが」を知るための資料を前もって色々と送って下さっていました。
その中に「ひゅうが航海長は女性である」という記事がありました。

女性の航海長がもう出現しているのか・・・。

わたしが感じた軽い驚きを男性のH氏はより深く感じたようで、
その本を観艦式当日の「ひゅうが」に持ち込み、
さらに防大出身のO氏(赤☆様の友人)が、
池田一尉にサインをもらってきてくれるように、甲板の士官に頼んだのだそうです。

わたしにプレゼントするそのために。

うーむ。
わたしが自称女性尉官の「裏の顔」を持っているとH氏はゆめご存じないのに、
「自衛隊に興味がある女性だからきっと喜ぶだろう」
と気を利かせて下さったんですね。
ありがたいことでございます。

というわけで、いきなりサイン写真を献呈されたエリス中尉、
ただ一人で見ているだけでは勿体ないので、ここにアップすることにしました。

写真の右側が池田航海長、
左はやはり「ひゅうが」の水雷士、八木千尋三尉です。

最近、女性の職場として自衛隊は人気と聞きます。
男性だけの職場であるパイロット、白バイ隊員、消防機関士などが門戸を開き、
女子の活躍もめざましい昨今、ついでに
「美しすぎる~」
などという萌的アオりで興味を引くような向きもありますが、
そういった興味の対象になるような女子も
母数の増加と共に増えつつあるということで、
つまり「男の職場にチャレンジする女子」の数はうなぎ登りのようなのです。

そして自衛隊もその例外にあらず。

昭和49年(1974)、女性自衛官の採用が自衛隊で発足した当初、
その職務はほとんどがデスクワークや後方勤務が中心でした。
全ての配置が女性も可能となったのは、20年前の1993年のことです。

しかし、実際には女性を投入するのに雑多な問題は多く、
それを解決するまでは、例えば護衛艦などへの乗り組みは
実質不可能となっていました。

この日乗った護衛艦「ひゅうが」は、三年前に就役したのですが、
三年前においても建造の段階では「女性居住」ということを全く考慮されておらず、
完成ぎりぎりになって女性自衛官の大量(といっても17名)乗り組みが決まったため、
トイレ、風呂、更衣室、居住区の設置が急遽なされたということです。

自衛隊、特に海上自衛隊が女性自衛官を広く求めているのは理由があります。

最近の海上情勢は、周知の通り混乱を極めています。
海自の任務はインド洋での補給支援、ソマリア沖での海賊対処活動など
拡大の一途をたどり、さらには尖閣、竹島などの領有権問題にも
無関係ではいられなくなる可能性すらあります。

男性の自衛官、海保への応募が最近急激に増えた、というニュースがありました。
大卒の就職率が「氷河期」という状態であり、自衛隊、海保が公務員で
安定性があることも勿論大きな一因でしょうが、
やはり「国防」という仕事に携わりたいと思うきっかけが
海に囲まれた国に住むものの「危機意識」だった、という人も多そうです。

しかしながら現状は、この情勢に対し、
まだまだ人的基盤が十分とは言えないようです。

そこで女性にもその基盤を求めるという動きになってくるのですが、
なんと言っても女性を採用することで、自衛隊のソフトイメージも上がります。
そこで改革委員会が立ち上がり、女性自衛官の拡充を
防衛庁の男女共同参画本部と連携して決定しました。

「ひゅうが」に女性自衛官が乗り込むことになったのには、この決定があります。
「護衛艦」「掃海母艦」「回転翼哨戒機」の配置制限が
これによって解除になりました。

戦闘艦艇への女性配置は、旧海軍は勿論、海自の歴史上初のことです。

現在、海自の幹部女性自衛官は250人、曹士は2170人です。
海自4万2千人の隊員のうち、女性隊員の占める割合は5・7パーセント。
まだまだ多いとは言えない割合です。


それでは彼女たちはどのような任務に当たっているのでしょうか。

曹士2170人のうち最も多くを占めるのが、「航空整備」。
女性隊員の役30パーセントがこの配置です。

皆さん、思い出しませんか?
このブログの読者ならもしかしたらお読み頂いたと思うのですが、
あの映画「乙女のゐる基地」を。

若い女性ばかりの基地整備隊、
「我が子に手を掛けるように愛情を持って飛行機を整備する」
あの、健気な女性たちの映画にも描かれていたように、
現代においても女性らしいきめ細やかで丁寧な仕事ぶりが、
航空整備の分野で非常に歓迎されているというのです。

護衛艦への配置としては通信、電測、経理、補給が多いそうです。




この女性隊員も通信の部署でしょうか。

最も少ないのが先任伍長の配置で、陸上部隊では10人の先任伍長が、
艦艇勤務にはわずか二人の一曹(魚雷員と航空管制員)がいるのみだそうです。


この「ひゅうが」航海長のように幹部配置についている女性自衛官は、

「くろべ」(訓練支援艦)艦長
「かしま」(練習艦)副長
「あさぎり」副長兼船務長
「ひゅうが」航海長

の四人。
「いせ」の初代航海長、東日本大震災の災害派遣で活躍したときの
掃海母艦「ぶんご」の航海長もまた女性自衛官でした。

「女は乗せないいくさぶね」
に、女性の、しかも幹部が男性自衛官の上官として配置されるというのは
実際にどのように捕らえられているのでしょうか。


「これまで男社会だった職場」にあえて入ってくる女性、
そういう場所に「切り込んで」くるような女性は元々優秀で
上昇志向もありますから、たちまちその世界でも頭角を現す可能性も
非常に高いわけですが、特に自衛隊は、
さらに意識も能力も高い女性がそのなかから選ばれて昇進するのですから、
当然ながら周りの評価も大変高いようです。

冒頭の池田航海長ですが、一緒に仕事をした海曹、海士から
「また将来池田一尉と一緒に仕事をしたい」
と言ってもらえたのが、今までの勤務で最も嬉しかったことだと言っています。



一瞬の判断が全員の命を左右するフネの指揮官には、
冷静さと決断力が求められます。

現場において何か起こった場合、
フネの乗組員は一斉に指揮官の顔を見るそうです。
そんなときには男性も女性もありません。
自分の決断を信じ、瞬時にそれを命令として下す、それをするには
幹部として培ってきた経験と判断を信じるだけの十分な自信があってのことです。

そして、女性指揮官が上に立つ、あるいは同位に配置されてきた場合、
男性自衛官はまず、「負けられない」「かっこわるいところを見せられない」
という、いい意味での競争心や気概が生まれるようで、
これもいい影響と言えましょう。


この日「ひゅうが」で、艦内を歩いていると、その少ない女性自衛官の何人かは
観艦式の女性見学者のために通路で「化粧室の案内」をしてくれていました。



この「カレーの大食い選手権」に出ていたのは射撃員の女性士長。



先日の航空自衛隊の入間基地航空祭では、こんな女性隊員一人発見。
この大きなガーメントケースは、おそらく制服を入れるものだと思うのですが、
彼女の右肩を見ると、竪琴のマークが。
これはどうやら音楽隊のメンバーのようですね。

ついでに、エリス中尉の専門であるところの話をさせていただくと、
オーケストラというのが男女同権になったのも割と最近のことなんですよ。
ベルリンフィルが女性を入れるようになったのもクラリネットの
「ザビーネ・マイヤー事件」以降ですし、(それでも少ない)
日本では読売日本交響楽団が何年か前までは男性だけだったと記憶します。

オーケストラの団員に女性を積極的に入れるのには訳があります。
女性は女性特有のライフ・イベントがあるとそれをきっかけにやめることが多く、
オーケストラ経営側としては
「安い給料のままやめてくれるし、入団したい若い人はいくらでもいる。
オケの活性化にもなるし、賃金ベースアップしないうちに回転するから有り難い」
という思惑があるというわけです。

しかし、自衛隊はそういう訳にはいきません。
国費を投じて貴重な人材を育て上げても、自衛官のお婿さんを見つけて
あっさり「寿退官」されてしまった日には、税金の無駄遣い、損失もいいところです。

とくに護衛艦勤務の場合、女性自衛官が緊急事態で
急遽艦に帰らねばならなくなったときに、小さい子供がいたらどうするか、
というような実質的な問題が起きてくるのですが、
それを「個人の困難」にしてしまうと、
「やりたいけど大変だから」という理由でやめてしまい、
女性自衛官はオーケストラの女性団員のような
「新陳代謝するだけの存在」になってしまいます。

「家庭、子供を顧みず、女を捨てないと自衛官としては大成しない」

となれば、これからのなり手を確保することも困難になってしまうでしょう。
海自の中には、こうした女性自衛官の待遇や問題に直接当たる部署が
人事の中にあり、そこでは制限の解除や女性を進出させる配置についての検討、
働く母親自衛官のサポート、
そしてときには男女関係の諸問題も扱っているということです。



ところで、冒頭の池田一尉の自衛官としてのモットーは

「強く、優しく、美しく」。


国を守る仕事に就いているのだから、強くあらねばならないのは当然として、
「優しく」というのは、指揮官として常に隊員の家族にまで思いをやる心の余裕。
そして、「美しさ」とは。

男性に互して仕事をせねばならない女性自衛官であっても、
求められているのは決して女を捨てることではない、ということのようです。
身だしなみ、言葉遣い、心配り、全てがきちんと女性として完成され、
初めて一人前の女性自衛官として輝けるのだと、彼女は述べています。


本日の表題は

万朶の桜か 襟の色
花は吉野に嵐吹く
大和男の子に生まれなば
散兵戦の花と散れ

という軍歌「歩兵の本領」から拝借しました。(陸軍軍歌ですが)
我が日本において、歩兵が「散兵戦の花」と散らねばならないような事態には、
いろんな事情を考えると、おそらく今後もならないでしょう。

女性が国を守る一線に就けるというのは、
ある意味日本が平和であることの証明かもしれません。

ここは、

万朶の桜か 頬の色
花は吉野に嵐吹く
大和おなごに生まれなば
護国一線の花となれ

と歌詞を変えて彼女たちに捧げましょうか。