ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

アメリカの動物たち

2012-01-19 | アメリカ

    

この、単なるカレンダーから取ったイラストはちょっと置いておいて、
アメリカで撮ったこの写真を見てください。



対象になるものが映っていないので大きさが分かりにくいのですが、この野ウサギくん、
大きさは手のひらサイズ。
ボストンの州立公園にウォーキングにいったときのものです。
車の前の道を横切るリス状の小動物。でも、動きが何だか変・・・・。
なんと、ここでもあまり見ないウサギだったんです。
そっと車を停めて、カメラを取り出しガラス窓ごしに極限までズーム。
このときほどエンジン音の無いプリウスに乗っていてよかったと思ったことはありません。
なぜか息まで止めて、気分はまるでナショナル・ジオグラフィック専属カメラマン


撮られていることに気付かない様子でしたが、欲を出して窓を開けたとたん、
その音に驚いて(プリウスがいかに静かだったかわかります?)脱兎のごとく、
って、文字通り脱兎となって逃げてしまいました。

ここは動物の保護区域でもありますから、毎日歩いているといろんな動物に遭遇するのですが、

岩の上のリス。
ボストンではリスは日本の野良猫よりなじみが深いのですが、
じっと一ところで甲羅干し?しているリスは初めて観ました。
何かリスにしては壮大なことを考えていそうな面持ち・・・。

アメリカには野良猫はいません。
いるのかもしれませんが、少なくとも見たことはありません。
ボストンのように冬は雪の降る地域では外でネコが生きて行くことはできないのです。
このネコは、サンフランシスコのアパートの、斜め一階下の部屋のお姉さんのネコ。
毎日こうやって窓辺にいるところを観察していました。
こっちが見ていると、必ずこうやって見つめ返してくれました。

 
巨大オットセイ。
これは勿論本物ではなく、どこかの水族館か何かに展示するものを、一時的にここ、
(ゴールデンブリッジの下のクリッシーフィールド)に安置していたようです。
この公園については、このブログでも時々ご紹介してきましたが、ここのお巡りさんは、
車でなく4WDのこのような乗り物でパトロールします。


比較的平和な時間なので、左のパトカーのような警備係のおじさんと立ち話。
この場合、立っているのは馬ですが。
この後「写真撮らせて下さい」と頼んだので、
ポーズを取ってくれました。



この日はお天気がよく、気持ち良さそう。

ところで、冒頭の絵に戻ります。
アメリカで、特に郊外を運転したことのある人は、一度や二度は画像で言うところの
「パンケーキ状の動物」
を見たことがあるでしょう。
リス、タヌキ、オポサム、そして、スカンク。
スカンクが轢かれているとそれはそれはすさまじい匂いで、
高速で100キロくらい出して走っていてもその道路を通過してしばらくは車内から匂いが抜けない、
という社会問題レベル。
日本にスカンクはいませんから、あまりご存じないかもしれませんが、この匂いたるや、
「動物園のサイかゾウの檻の前に立つと臭う、あの匂いを100倍抽出したもの」
と思っていただければいいかと思います。

TOが昔留学の準備でボストンの郊外にある語学学校に夏期講習を受けに行っていたとき、
ある宿舎(といっても民間の建物なので、平屋で、映画によく出てくるポーチのあるあれ)に、
窓からスカンクが、何を思ったか入ってきて、みんながパニクったので、
それ以上にパニクったスカンクが思いっきり・・・・・・・。

しばらくの間その建物は使用できなかったそうです。

という習性のスカンクが、事故で死ぬとき、断末魔のガスを思いっきり噴出
(というか踏まれて押し出されるのかも)するので、
事故現場の周囲数キロは、清掃局がやってきて片付けてくれるまで、
付近住民は大変辛い思いをするのです。

この道で轢かれてしまう動物たち、というのも、日本にはない一種の社会問題ではないかと思うのですが、だからといって
こんな看板を立てたって、車は急には止まれないわけで。

そもそもこの看板は、息子のサマースクールであるボーディングスクールの学校内の、
ドライブウェイにおける注意看板。
この学校はムースをアイコンとしており、生徒のことを「ムース」と称しているので、
「生徒が歩くことがあるから車は気を付けてね」と言っているのです。
まあシャレですね。

この夏、冒頭漫画にもあるI-90(この作者はボストン在住らしい)で、ぎょっとする光景を観ました。
道路がバケツで撒いたかのように真っ赤に血の色で染められており、
その先に転がっているのは、大きな鹿の死骸。

リスやタヌキはしょっちゅう見るのですが、とはいえそれでも
「ああー、嫌なもの見ちゃった」とブルーになるのに、この事故現場はショッキングでした。
身体の大きな動物の血は、まるで人間のもののようで、それなのに轢いた車は当然のように
そのまま行ってしまってお咎めなし、というのが実に不思議に思えるほどの凄惨な現場でした。
次に通りかかったときには死骸は片付けれらていましたが、血糊は次に雨が降るまでそのままで、
そこを通る度に(それも宿泊しているところからすぐ近く)何とも言えない思いをしました。


インターネットで拾ったこれが合成なのか、本当にレコーダーのものなのかは分かりませんが
まさにこの日付と同じころ(7月5日)、同じような事故がボストンでも起こっていたということです。

冒頭の漫画ですが、旦那さんが広げている「小動物ミラー」(ボストン・ミラーという新聞がある)には、
「オポサム、潰される~仮死ではなかった」
「地元のリス、半分平らになる 禿鷹がすぐ来て、残りを餌にした模様」
「ウサギ、I-90でパンケーキ状に」
「スカンク、すりつぶされる」

という記事の乗った「道路事故死」のコーナー。

奥さんはこういう事故の記事から目が離せない旦那さんに文句を言っています。
「ジョナサン、あなた不健康よ。
新聞が来ると最初のページにずっと向かいっぱなしで」


人間社会の前には徹頭徹尾弱者であり、
人間のせいでこうやって命を落としてしまうアメリカの野生動物たちに対し、
たとえば、「海犬」や「緑豆」は、どういう見解を持っているのかしら。
もしかしたら、
「牛や馬は人間が食べるために神様がお造りになった。
人間はそれだけ頭がよく偉いので当然である。
またクジラは賢いので食べてはいけないが、それを殺す日本人は死ぬがよい。
そして、賢い人間がクルマという便利な文明を享受する為には、
看板の字も読めない愚かな小動物が犠牲になるのはいたしかたないことなのである」

って言うのかな。