国際情勢の分析と予測

地政学・歴史・地理・経済などの切り口から国際情勢を分析・予測。シャンティ・フーラによる記事の引用・転載は禁止。

日本は何故勝ち目のない大東亜戦争に参戦したのか?

2013年08月15日 | 日本国内
大航海時代に入ってからはこの有利さは致命的弱点に転換した。欧米諸国の海軍力は日本周囲で自由に活動可能であり、日本は彼らに完全に包囲されていた。国際金融資本は最後に残った未踏の地である中国とロシアを占領するためにアジア大陸東岸に軍事基地を持つことを望んでいた。そして、残念ながら日本には彼らに戦争で勝つことは軍事力の格差から見て不可能であった。 ただ、勝算が全くなかったわけではない。国際金融資本は海軍力は強いが陸軍力は弱く、補給を海運に依存するために内陸への侵攻には限界があった。従って、日本が大東亜戦争に勝利するためには、日本本土を放棄し、国際金融資本の軍事力の攻勢終末点である東アジアの海岸からやや内陸に入った地帯で戦う必要があった。その戦いは日本本土が国際金融資本に降伏した後に、残置諜者国家である北朝鮮や、その支援を受けた北ベトナムなどによって遂行された。高麗を容易に征服した元が日本を征服できなかった様に、日本を容易に征服した国際金融資本支配下の米軍は北朝鮮やベトナムを征服することが出来なかった。朝鮮戦争とベトナム戦争は大東亜戦争の継続である。 日本本土の降伏後の戦いに備えるために、日本は東アジアに広く残置諜者と対日協力者を育成する必要があった。ソ連の共産主義に対抗するとともに、日本本土の降伏後に東アジアに形成される多数の共産主義国家の内部に残置諜者と対日協力者を配置することが、日本が満州事変・対中戦争・仏印進駐・米英蘭への宣戦布告と戦争を拡大した最大の理由であると思われる。ミャンマーやインドネシアで日本軍が現地の若者を訓練して軍事組織を作り、日本本土の降伏後に現地人が欧米人と戦い続ける様に仕向けたのはその一例である。また、ベトナム戦争で北ベトナムが塹壕を多数作ってゲリラ戦を戦ったのは、日本が沖縄や硫黄島で取った戦法が北朝鮮を通じて伝わった為であろう。 . . . 本文を読む
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