私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ロジャバ革命は大きなドアを開ける(2)

2017-01-19 22:24:38 | 日記・エッセイ・コラム
 ロシア、イラン、トルコが主唱するシリア戦争の和平協議が1月23日カザフスタンの首都アスタナで行われます。完全に米国抜きで進められた話でしたが、数日前プーチン首相はトランプの新米国政府に対して和平協議への参加を呼びかけました。トランプ新大統領はそれに応じるでしょうが、ロジャバ革命にとっては何のプラスにもならないでしょう。アサド政府を打倒排除することは差し当たって諦めるにしても、本格的にシリア国内の平和を回復する気はありませんから、原則的には今のまま、戦乱状態を続ける方針を保持すると思われます。現在、米国はロジャバ(つまりシリア北部)の人民防衛部隊(YPG,YPJ)を傭兵軍団として使用し、ロジャバ地域に空軍基地(エアストリップ)をいくつも勝手に建設して空爆作戦を行なっています。(猛烈完全な国際法違反)その攻撃相手はラッカのイスラム国軍だと言うのですが、一方では、イスラム國を援助する武器弾薬の投下も行なっているようです。これまでにもやっていたことではありますが。
 トルコのエルドアン大統領がやりたいことははっきりしています。ロジャバ革命と呼ばれる民衆運動の圧殺撲滅です。この革命はクルド民族の独立国家建設の動きではありません。革命の支持者、参加者の主体はトルコ東部とその南に位置するシリア北部のクルド人たちですが、居住地域を共にする他の民族の中にも革命への賛同が広がりつつあります。それは、一つの革命的アイディアの発祥とその流布のプロセスです。
 2015年2月4日付けのこのブログの記事『ロジャバ革命(1)』の中で、
「ロジャバ諸県の憲法」の前文が訳出してありますので、再び読んでみましょう:
**********
我々、クルド人、アラブ人、シリア人、アラム人、トルコ人、アルメニア人、チェチェン人の連合体である、アフリン、ジャジーラ、コバネ三県の民主的自治区の人民は、率直かつ厳粛にこの憲章を宣言し、制定する。

自由、正義、尊厳、そして民主主義を求め、平等と環境的持続可能性の原理に導かれて、この憲章は、お互いの平和な共存と社会のすべての要素の間の理解に基づく新しい社会契約を宣言する。それは基本的人権と自由を擁護し、人民の自決の権利をあらためて確認する。

この憲章の下、我々この自治区の人民は、すべての人々が公共生活で自由に自己表現できるように、和解、多元的共存、民主的参加の精神で一致団結する。権威独裁主義、軍事主義、中央集権、公事への宗教的権威の干渉から自由な社会を建設するために、この憲章はシリアの領土的一体性を認め、国内的また国際的平和を維持することを強く願うものである。

この憲章を制定するにあたって、我々は、独裁政治、内戦、破壊から、市民生活と社会正義が保護される新しい民主的社会への遷移の局面を経て、シリアの豊かなモザイックを調和させる社会契約に基づいた政治的システムと市民行政を布告する。
**********
この憲法の全文は、すでに翻訳をお約束した小冊子『A Small Key Can Open a Large Door: The Rojava Revolution』に付録Aとして含まれています。
 上にはっきりと述べられているように、これはシリアの領土的一体性を保ったままの改革として提案されているのですから、私自身のナイーブな希望を述べれば、アスタナで行われる和平協議でシリア北部にこの憲法に基づいた自治区が公式に認定創設され、それ以外のシリア領内では、大多数のシリア国民が望むところに従って、アサド政権の統治がこの外国勢力侵略戦争以前の形に回復されることです。
 しかし、アスタナの和平協議の議題にそうしたプランは含まれていません。実際には、2012年末以来、上記憲法の精神に沿った自治政治体制が実現しているロジャバ地域からの代表がアスタナの和平協議から締め出されているからです。つまり、ロジャバ革命を、事実上、すでに成就実現している人たちが全く蚊帳の外に出されているのです。シリアの和平を討論する如何なる国際会議でも、エルドアン大統領のトルコが参加する限り、この状態に変化はあり得ません。エルドアンはトルコ国内にロジャバ革命の運動が広まることを極端に恐れて、今、トルコ東部で文字通りのクルド人大虐殺(ジェノサイド)を実行中ですが、米欧の(従って日本の)マスメディアはほぼ完全に黙殺しています。この非条理な状況に対して、ロジャバの人々を代表する北シリア民主連邦組織実行評議会(North Syria Democratic Federal System Execution Council)は「我らこそが誰にも増してシリア国内の和平の協議に出席すべきである。シリアの人々に襲いかかっている凶悪なギャング勢力と最も勇敢有効に戦っているのは我らなのだから」と声を上げています。

http://anfenglish.com/kurdistan/astana-talks-will-fail

これに対するトルコ、アメリカ、ロシア、イランの政策は、クルド人勢力の分割統治(divide and rule)です。実は、クルド民族の代表がちゃんとアスタナの和平協議に出席参加することになっているのです。イラク北部に存在するクルド人の“自治区”の統治機関であるクルド国家評議会(Kurdish National Council, KNC)からの代表で、大統領バルザニの統率下にあります。ロジャバの真正の自治区と異なり、バルザニのクルド人自治区は米国と国際石油資本が作った一種の傀儡国家で、トルコとも極めて良好な関係にあり、したがって必然的に、ロジャバの革命勢力とは仲が良くありません。もし、このクルド人の身内同士の争いの結果、ロジャバ革命が滅びて、シリア北部もバルザニ風の操り人形によって支配することが出来れば、トルコにとっても米国にとっても、目出たし目出たし、ということになり、ロシアとイランにとってもまんざらでない結果になります。では、肝心のシリアにとってはどうでしょうか?
 ここからは、私個人のあやふやなHUNCHということになります。米国の支配権力は、近未来のある時点で、必ずロジャバを見捨てます。使い捨てです。これはハンチではありません。ロジャバ革命が目指している人間社会は米国の支配権力が求めている人間社会と本質的に異質であり、対照的であるからです。私は、ロジャバ革命のサバイバルの望みを、誰あろう、シリアの現大統領バシャール・アサドにかけています。次回には、このあやふやなハンチについてお話ししようとおもいます。

藤永茂 (2017年1月19日)
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ジャーナリストとコラムニストの責任は重大

2017-01-18 22:08:57 | 日記・エッセイ・コラム
 私のこのブログに寄せられるコメントの数は僅かです。取捨選択はこれまで一度もしたことがありません。やや過激にすぎると思われるコメントも頂戴しますが、私にとって有用でなかったことはありません。昨年10月5日付けの『白いヘルメット』には例外的に豊富なコメントを頂きました。筆力の衰えてきた私にとっては有難い援護射撃のようなもので、感謝しています。
 今朝、ジョン・ピルジャーの新しい発言(1月17日付)に気がつきました。“THE ISSUE IS NOT TRUMP. IT IS OURSELVES.(問題はトランプではない。我々自身だ)”という表題です。ぜひ読んで下さい。もちろん、ピルジャーさんのホームページに出ていますし、他の所にも掲載されていますが、ここでは、リビア360という異色のサイトも付け加えておきます。カダフィのリビアの声がこのサイトから聞こえてきます。ここから聞こえてくる声に、私は、私が死んだ後の世界についての、甚大な希望を寄せています。

http://johnpilger.com/articles/this-week-the-issue-is-not-trump-it-is-ourselves-

https://libya360.wordpress.com/2017/01/16/fascist-america-the-issue-is-not-trump-its-us/

 さて、今回のピルジャーの発言と同じ響きを持った長文のコメントを、櫻井元さんが、私のブログ記事『白いヘルメット』に寄せてくださっています。そこでは、ジャーナリストの池上彰氏と政治学者の山口二郎氏が厳しく非難されています。以下に、関連部分を少し引用させて頂きます。興味を持たれた方は是非全文を読んで下さい。
**********
横溢するプロパガンダ、翻弄される愚者、声なき戦争犠牲者 (桜井元)
2016-12-26 05:12:02
先日(12月18日)、東京新聞のコラムに政治学者の山口二郎氏がシリア情勢をめぐってこう書きました。

「欧米のメディアではシリア・アレッポの人道危機が連日、報道されている。民間人の殺戮はシリア政府軍の仕業であり、背後にロシアが存在することは常識である」

「(日ロ)首脳会談後、一部ニュースはロシアのラブロフ外相がシリアやウクライナ東部の情勢について、日ロ首脳が認識を共有したと述べたと報じた。これが事実だとしたら、日本を除くG7各国がシリアの平和的解決を求めているさなか、世界的なセンセーションである」

日本はG7の一員として、残虐なアサド政権とそれを支援するロシアに対して、毅然とした態度をとるべきであり、シリアの平和的解決に向けて苦心している西側諸国の足並みを乱してはならない、というお叱りです。

床屋談義で市井の人たちがマスコミから得た知識をもとにこうした意見を吐くのならまだ許せますが、論壇で影響力のある著名な政治学者が、一定部数を誇る新聞の紙面で、しかも読者にとっては敷居が低く目にしやすいコラムという場を使って、このようなことを述べているとなると、話が違います。これは断じて捨て置けません。・・・・・・

難民の悲劇、白いヘルメット、NGO、情報ロンダリング (桜井元)
2017-01-10 05:51:21
・・・・・・
この正月、ジャーナリスト・池上彰氏の報道特番があり、「難民問題」を取り上げていました。
・・・・・・
さらに池上氏は、政府軍によるアレッポ「解放」をアレッポ「制圧」と呼び、アレッポ市民が政府軍・ロシア軍による「虐殺」の渦中にあるという伝え方をしました。アレッポで昨年末に起きたことがなぜ「解放」なのかは上記動画でバートレットさんが詳しく述べています。バートレットさんはまさに池上氏の特番で流されたような虚偽情報の「毒消し」に奮闘しているわけですが、池上氏のプロパガンダ拡散の罪は非常に重いと言わざるを得ません。

先のコメントで批判した政治学者の山口二郎氏もそうですが、影響力のあるジャーナリストや知識人たちは自らが発信する虚偽情報の持つ意味についてもっと深刻に考えるべきでしょう。あらゆる職業人は仕事の致命的なミスで非常に重い責任をとっています。食品を扱う者は営業停止にすら追い込まれ、医者や看護師も細心の注意を日々要求され、設計士も建築家も些細なミスでも多額の賠償や建て直しを要求されます。中東の多くの人々の命がかかっている重大事を、素人ではなく職業人として世に伝えるジャーナリストや学者であるならば、もっと自身の言葉の重みを自覚すべきです。「間違っていました」では済まされません。他の職業人並みの責任を負ってほしいものです。
・・・・・・
**********

アレッポ市民の政府軍・ロシア軍による「虐殺」については、米欧のジャーナリストもアレッポ東部で現地取材ができるようになって、これまでの報道が虚偽であったことが白日のもとに曝されたのですから、少なくとも「間違っていました」とだけは言ってほしいものです。

藤永茂 (2017年1月18日)
コメント (5)
この記事をはてなブックマークに追加

ロジャバ革命は大きなドアを開ける(1)

2017-01-11 21:42:51 | 日記・エッセイ・コラム
 昨年12月29日、プーチン大統領はシリア停戦合意がイラン、トルコとの協力で実現したと発表し、米国抜きでシリア和平協議を進める姿勢を鮮明にしました。プーチン氏は昨年訪日の際、カザフスタンの首都アスタナで新たな和平協議を立ち上げる考えを表明。和平協議はこれまで国連の仲介でスイス・ジュネーブで行われており、プーチン氏は「ジュネーブの協議を補完するものだ」と述べたと伝えられています。1月20日のトランプ氏の米国大統領就任がシリアの和平問題にどのような影響を及ぼすかは予断を許しませんが、トランプ氏がクルド問題についてこれまで殆ど何の認識もないであろうと報じられています。しかし、「シリアをどうするか」という問題は、トランプ大統領にとって、最初で最大の重要問題であり、そして、その問題の核心は、つまるところ、トルコとの国境に沿うシリア北部のクルド人たちが立ち上げた民衆運動「ロジャバ革命」を如何に取り扱うかにあります。
 かつてニクソン大統領を辞任に追い込んだ名門新聞「ワシントンポスト」は、今はCIAの宣伝機関と呼ばれるまでに堕落してしまいましたが、最近、シリア問題について二つの極めて興味深い論考報道を掲載しました。一つは1月7日の記事で、「U.S. military aid is fueling big ambitions for Syria’s leftist Kurdish militia」
という刺激的なタイトルがついています。

https://www.washingtonpost.com/world/middle_east/us-military-aid-is-fueling-big-ambitions-for-syrias-leftist-kurdish-militia/2017/01/07/6e457866-c79f-11e6-acda-59924caa2450_story.html?utm_term=.9eb897a0dd65&wpisrc=nl_headlines&wpmm=1#comments

この記事へのコメントの数は8日の170から本日11日の266まで増加し続けていますが、ロジャバ革命の本質についての一般的誤解が痛々しく露呈されています。
 もう一つの1月9日付のワシントンポストの記事の見出しは「U.S. increases support for Turkish military operations in Syria」です。

https://www.washingtonpost.com/world/national-security/us-increases-support-for-turkish-military-operations-in-syria/2017/01/09/08760aae-d6be-11e6-9f9f-5cdb4b7f8dd7_story.html?utm_term=.a0eadc23e76f&wpisrc=nl_headlines&wpmm=1#comments

はじめの7日付の記事によると、米国は大量の武器弾薬、数百人の軍事顧問要員を送り込んでロジャバの人民防衛部隊(YPG)を支持し、米空軍機の援護を提供して、イスラム國の首都ラッカに対する熾烈な攻撃を行わせています。かなり以前にこのブログで予想した通り、ラッカの“攻略”は米国が巨大な虚偽劇を押し通すためにはどうしてもロシア/シリア軍にその手柄を譲るわけには行かず、現在、米軍の代理としてのYPGを酷使して、ラッカのイスラム国軍に対する戦闘を展開しているところです。一方、トルコ軍は当のYPGの横腹をえぐる形でロジャバに対して残忍な攻撃を加えています。実に驚くべきことに、9日付の記事は、ISと戦っているという口実のもとに、米国はシリアに侵攻したトルコ軍に対しても武器の供給と空爆支援を行なっています。昨年末のことでしたが、米国がISを支持しているとトルコのエルドアン大統領が米国を非難し、これに対して米国政府はトルコこそ今までISを支持してきたと反論する、まさに噴飯ものの茶番劇が展開されました。この両方共が真っ赤な「真実」を告げている所が、この劇の見どころです。米国がイスラム国にもトルコにもロジャバのクルド人防衛部隊にも武器を与えているという事実は、米国が世界に冠たる武器商売の国、死の商人たちが支配する国であることを考えれば、何の不思議もないのかもしれません。
 マスメディアの報道に従っていると、シリアをめぐる戦況と政情は混乱混迷を極めているように見えますが、そうではありません。ロシアやイランは地政学的算用からシリアのアサド政権を維持しようとしています。アサド政権を速やかに打倒することに失敗した米国とトルコはシリア国内の戦争状態をできるだけ長引かせること、クルド人問題については、トルコも米国も、出来れば現在バルザニ大統領の率いるイラク北部のクルディスタン地域政府(KRG)の勢力が米国とトルコに支持されてシリア北部(つまりロジャバ)に拡大されることをひたすら願っているわけです。ですから、ロジャバ革命を積極的に支持する国家勢力は全く見当たりません。このままで行けば、ロジャバのクルド人戦士たちの血は流されっぱなしで、結局、使い捨ての運命にあります。ロジャバの人たちは米国の新大統領トランプに望みをかけているようですが、裏切られることになりましょう。
 しかし、私はロジャバ革命を諦めることが出来ません。2016年10月26日付のブログに私は次のように書きました:
■昨年出版された『A Small Key Can Open a Large Door: The Rojava Revolution』という本の表題は、私が成功を祈ってやまないロジャバ革命の本質をよく表しています。もしも、この小さな革命が成功すれば、中東の本当の平和、世界の本当の平和への入り口にある大きなドアが開くこと必定です。しかし、米欧の支配勢力は世界平和など望んではいません。世界戦争を望み、その方向に一歩一歩と進んでいます。ロジャバのクルド人たちは、酷使された挙句、おそらく、近未来のある時点で無残に見捨てられてしまうことでしょう。■
二ヶ月前の時点で私は既に悲観的な見通しを持っていたわけですが、一方では、この人間社会の形態の革命運動がそう簡単に死滅するはずがないという思いも強くありました。現存の実例としては、メキシコのサパティスタ民族解放運動があります。
 今私の手元には上掲の『小さな鍵でも大きな扉を開けることが出来る:ロジャバ革命』という184頁の小冊子が開かれています。私に出来る貢献として、この小冊子の和訳を試みるつもりです。


藤永茂 (2017年1月11日)
コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

シリア問題の核心はロジャバ革命

2016-12-31 23:49:49 | 日記・エッセイ・コラム
 事の始まりはそうではありませんでした。主に米欧とイスラエルの地政学的計算からシリアのアサド政権の打倒を目指して始められた政権変換戦争でしたが、「アラブの春」という仕組まれた瓢簞から駒が出るような格好で、トルコとの国境線に接するシリア北部(Rojava、ロジャバ)のクルド人地域が突出した勢いで、草の根主義的な民主化運動を実施推進し始めます。これは当然ダマスカスのアサド政権の中央集権的支配に反旗をひるがえす形を取りましたが、政府軍はこの動きに激しい弾圧を加える事なく、ロジャバのクルド人地域から殆ど全く軍隊を引き上げてしまいました。
 ところが、2014年7月、イスラム國(当時は主にISILと呼ばれていました)が猛然とロジャバの中心都市の一つであるコバニに襲いかかります。今の時点から振り返りますと、このコバニをめぐる戦いの意義についての我々の理解は極めて浅薄なものであったように、私には、強く思われます。ロジャバのクルド人軍がイスラム國軍に全く予想外の抵抗を示して遂に勝利を勝ちとったことの意味は、非常に大きいものであったと、今にして、思われます。
 ロジャバ革命が成就するか否かに、シリアの命運、ひいては、中東全体、あるいは、世界全体の命運がかかっていると、私には、思われます。いささかの誇張もなく、祈るような気持ちで、2017年のシリア情勢の展開を凝視しているところです。

藤永茂 (2016年12月31日午後11時50分)
コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

フィデル・カストロ(3)

2016-12-27 15:42:28 | 日記・エッセイ・コラム
 私はまだカストロのことを色々と読んでいます。いささか感情的に傾きすぎているかもしれません。フィデル・カストロという人間の像が私の心の中で日一日と大きくなって行くのをどうすることも出来ません。
 私が初めてキューバの人々の、カストロとともにアメリカ政府の傀儡バチスタ政権を打倒したキューバの人々の声を聞いたのは、Wright Mills(ライト・ミルズ)の『Listen, Yankee!(よく聞け、ヤンキー!)』という素晴らしく爽やかなキューバ革命論の本からでした。この本は1961年の出版で、私が読んだのは1968年頃のことだったと思いますので、私のキューバ革命とフィデル・カストロ贔屓は随分と長く続いていることになります。鶴見俊輔さんもこのライト・ミルズの本に惚れ込んだらしく、同年1961年に『キューバの声』と題する訳書を「みすず書房」から出版しました。
 ライト・ミルズ(1916−1962)はアメリカの社会学者で、『ホワイト・カラー』や『パワー・エリート』などの著書を通じて、戦後の我々の世代に大きな影響を与えた人物です。オバマを操り、クリントンを操り、トランプを操ろうとしているのは、このパワー・エリート達です。
 2011年5月4日付けのブログを以下に再録します。
**********
学園紛争の最中の1968年、私はカナダに移住しましたが、その年カナダではモントリオール大学の法学部準教授であったピエール・トゥルードー(Pierre Trudeau)が政治の舞台に華々しく登場して時代の寵児となり、若者の間でトゥルードーマニアとよばれる社会現象が起りました。マニア現象として、勿論、オバママニアと相通じる馬鹿馬鹿しい面はありましたが、眼に見えて高度の知的能力を持つ政治家として、オバマにつきまとうコン・アーティストの影はトゥルードーには全くありませんでした。管首相が「不幸を最小にする」というモットーを掲げた時、私はすぐトゥルードーを思い出しました。トゥルードーが掲げた目標は「Just Society」の実現でした。大袈裟に「正義の社会」などと訳しては少し意味がずれます。「公平な社会」あるいは「まじめにやっている人間がひどい目にあわない社会」といった感じでしょう。「不幸を最小にする」ということからも遠くありません。実際、トゥルードーはこの線に沿う幾つもの法律を制定し政策を実行しました。マイケル・ムーアがオーバーに褒め上げたカナダの医療保険制度をカナダ全土にわたる制度として確立したのもトゥルードーです。
 1969年12月下旬、ジョン・レノンと奥さんのヨーコが彼らの『世界平和の旅』の道すがら、カナダの首都オタワにやってきて、トゥルードーと面会することになりました。はじめは10分ほどの予定だったのですが、結局ジョンとヨーコの二人は50分間も一国の元首トゥルードーと歓談したのでした。ジョン・レノンは“Trudeau is a beautiful person. If all politicians were like Pierre Trudeau, there would be world peace.”という言葉を残しました。
 1976年1月26日から3日間、トゥルードーはキューバを公式訪問しました。当時、世界は東と西の陣営に分かれ、カストロとトゥルードーは帰属を異にしていたのですが、最後の日、大群衆に囲まれた屋外のステージにカストロと並んで立ったトゥルードーは立派なスペイン語で "Long live Cuba and the Cuban people! Long live Prime Minister Fidel Castro! Long live Cuban-Canadian friendship!" と言い放ったのです。勇気のいる発言でした。(YouTubeの Viva Cuba: Fidel Castro and Pierre Trudeau で 視聴できます。)二人の間の,政治的でない、人間としての真の友情はこうして始まりました。政界から引退後、トゥルードーは何度もキューバを訪れました。2000年10月2日、モントリオールで行なわれたトゥルードーの葬儀では74歳のカストロは柩を肩でかつぐ運び手に加わりました。
 バーバラ・ウォーターズ(1929年生)といえば、アメリカのTVジャーナリズムの歴史的な大姐御といった存在で、インターヴューした世界の有名人のリストは目を見張るものがあります。1977年6月、彼女はキューバに行ってカストロに会いました。インターヴューの様子は,適当に編集されてABCテレビで放映されたのですが、編集する前の完全なテキストが『Seven Days』という月2回発行の雑誌に(1977年12月)掲載されました。前年1976年のカストロ/トゥルードーの組み合わせと同じくらいカストロ/ウォーターズの組み合わせは注目に値したものでしたし、実際に放映されたプログラムの印象は自由陣営の女性論客の代表が共産主義独裁政治家に鋭く迫るという印象を与えるように編集潤色されていたことを問題にした『Seven Days』の編集者Dave Dellinger (この名前も私の年代の人間にはとても懐かしいはずです)が、わざわざインターヴューの完全テキストを世に出したのでした。そこには、なんとも形容し難い魅力に満ちたカストロの声が鳴り響いていました。その魅力がタフなインターヴュアーであったはずのウォーターズを虜にしてしまった様子さえ読み取れる内容でした。事実、アメリカ国内ではウォーターズはカストロに丸め込まれたという非難が次第に浮上することになりました。この会見から25年後の2002年10月、彼女は再びカストロを訪れます。その時の様子はYouTube 上で見ることが出来ます。彼女はしきりにカストロの弱みに鋭く切り込む振りを見せますが、この二人の間に一種の親愛の情が飛び交っているのを感じるのは難しくありません。カストロというのはそんな不思議な人物なのでしょう。
 私の次のカストロ体験は田中三郎著『フィデル・カストロ「世界の無限の悲惨を背負う人」』という驚くべき本を読んだことでした。私が常々敬愛する一友人の勧めで読んだこの本については以前にも書いたことがあります。著者は3年3ヶ月(1996年11月末~2000年3月)キューバ大使を務め、その間、数十回、カストロと言葉を交わし、日本帰国後3年を費やして、この文字通りの聖人伝(hagiography)をしたためました。ハギアグラフィという言葉は,今はネガティブな意味で使われるのが普通です。伝記の対象をひたすら褒め上げる執筆行為の裏に卑しい打算が張りついていることがよくあるからです。しかし、田中三郎さんの場合、そうした計算の影は微塵もありません。末尾は
「キューバを離れた今も、フィデル・カストロをはじめとする心優しく、偉大なキューバの人々に接することのできた貴重なキューバの日々に対して、深い感謝の気持ちを抱いている。そして、フィデル・カストロは、ホセ・マルティについて「一粒の種がまかれて、大きな樹に育って日々に成長している」と語っているが、フィデル・カストロという一人の崇高な人のまいた種が日々成長し、その思想と毅い精神の流れが脈々と続いていくことを確信している。」
と結ばれています。これを甘過ぎと評することは容易です。アメリカ人ならば「He is smitten by Castro 」と笑うでしょう。しかし、カストロと出会ってすっかり参ってしまった人の数が多すぎるとは思いませんか? ミルズ、トゥルードー、ウォーターズ、田中三郎、・・・・。私はさらにイニャシオ・ラモネ(Ignacio Ramonet)の名を加えたいと思います。ラモネはフランスのルモンド・ディプロマティック前総編集長で、私が信頼している論客の一人です。2年ほど前、どこかのテレビで彼とフィデル・カストロの対話を視聴しました。たぶんその内容だと思われる本が岩波書店から出ましたが、まだ手に取っていません。2007年のラモネの発言ですが、「カストロ議長をひぼうする立場の人々には悪いが、国際社会のパンテオン(偉人廟)には既にカストロ氏の席が用意されている。社会正義のために戦い、虐げられた人々と連帯した偉人だけがこのパンテオンに招かれる。」
 カストロとカストロのキューバを評価する場合に、見過ごすことの出来ない名前があります。キューバ生まれ、キューバ在住の35歳の女性ブロガー、ヨアニ・サンチェスです。キューバに本格的な関心のある人でこの名前を知らない人はまず居ないでしょう。世界中から膨大なアクセスを誇る彼女のブログ Generación Y (ヘネラシオン・イーグリエガ) は日本語で読めます。数えきれないほどの国際的賞も受賞しています。彼女のカストロ非難、キューバ非難はまことに激烈且つ執拗です。私もこの人とそのブログに興味を持ち続けていますが、2009年の暮れ、ちょっと気の毒なことが起きました。彼女がアメリカとキューバの関係に関する7つの質問をオバマ大統領に送ったところ、その一つ一つに丁寧に答えた大統領からの返書が届けられたのです。内容は彼女のブログで読むことが出来ます。オバマはサンチェスを讃える次のような言葉を贈りました。例のオバマ節が余りにも鼻について翻訳する気になれないので原文のまま掲げておきます。オバマに手放しで褒められたことで私の心の中のサンチェス株の値は急落してしまいました。:
# Your blog provides the world a unique window into the realities of daily life in Cuba. It is telling that the Internet has provided you and other courageous Cuban bloggers with an outlet to express yourself so freely, and I applaud your collective efforts to empower fellow Cubans to express themselves through the use of technology. The government and people of the United States join all of you in looking forward to the day all Cubans can freely express themselves in public without fear and without reprisals. #
さて、いまや世界的セレブとなって大得意のサンチェスさんと、ミルズやトゥルードーやラモネのような、決してナイーブな人間ではないのにカストロが好きになってしまった御仁たちのどちらに信を置くか。それは皆さんの判断に任せましょう。
 最後にまたトゥルードーに戻ります。私が未だに政治家というものの可能性に絶望してしまわないのは、カナダでトゥルードーのやることを至近距離でウォッチ出来たからです。彼はいわゆる「ケベック危機」の際、その去就を問われて、“Just watch me”とマスコミ報道者たちに答えたことで、その傲慢さをひどく叩かれましたが、たしかにウォッチするに値する希有の本物の政治家でした。清廉潔白、正義に徹した君子ではなかったのですが、絶えず真剣に政治家としての思索をつづけ、彼が最善のチョイスと信じるアイディアを実行しました。
 これからも、私の“カストロとのお付き合い”は続きます。私が死ぬまで続くでしょう。いまや「ものを考える一兵卒」となったフィデル・カストロの声に耳を傾け続けるということです。この声が無残な暗殺によって絶えることはもう無さそうですから。

藤永 茂 (2011年5月4日)
**********

つい先ごろ読んだ本に戸井十月著『カストロ 銅像なき権力者』(新潮社 2003年)があります。ある賢者に勧められて読みました。なかなか味のある書物です。その48頁の後半をコピーします:
■「土曜日の朝に太陽が登らなかったら日曜の恋愛とセックスはない」という諺がキューバにはある。カリブの島で太陽が昇らないなんてことはあり得ないから、つまり恋愛とセックスのない日曜なんてあり得ないというわけだ。男たちはいつも新しい女の尻を追いかけ、だから、キューバでは一度や二度の離婚話は噂にもならない。
 それでは女が可哀そうと思うのは早計で、憲法や法律で女子供はしっかり保護されているから、むしろ苦しくなるのは男の方だ。どんな場合でも男の方が養育費を払わねばならず、女の方には自立や再教育のためのプログラムが色々用意されている。実際、国営私営を併せた生産活動人口の約四十%、技術者の約六十%、指導者の約三十%、大学卒業者の約六十%を女が占めている。キューバの女たちは、男に捨てられても元気なのである。■
 これは立派なものです。カストロの女性観は、ロジャバ革命のオジャランの思想と同じです。別のところで読んだのですが、革命のごく初期のゲリラ戦で銃の数が不足気味の状況下では、カストロは女性兵士に優先的に銃器を渡したそうです。いざとなると女性の方が頼りになるという考えをカストロは持っていました。今、北部シリア(ロジャバ地方)でISとトルコの両方の暴力ともっとも勇敢に戦っているのはクルド防衛女子軍団です。
 フィデル・カストロ追悼の発言が多くの女性によってなされています。革命の初期からカストロと歩みをともにした高齢の女性の声にも三つほど接しました。どれも感動的ですが、その中に、どうやらキューバの国民詩人的な存在らしい、フィデルより2歳年上のCarilda Olver Labra の言葉があります。

http://www.radiorebelde.cu/english/news/fidel-as-alive-as-the-palm-trees-of-cuba-20161210/

その中に
“I always saw him almost flying and practically without touching the ground on his magical periods of friendships and tenderness and devotion to Cuba. He was a hero who never knew it, a giant of the poor. He was meek and rough, energetic and polite and worried.”

とあります。スペイン語を解しないので原文はチェックしていませんが、私は上の発言の中で、meek and rough というこの詩人の言葉に特に惹かれます。
 この詩人の他にAlicia Alonsoという老バレリーナやカストロの右腕としてゲリラ戦を戦い抜いたCelia Sánchez Manduley の追悼の辞を読むことができます。

http://en.granma.cu/cuba/2016-12-05/alicia-alonsos-grief

http://www.radiorebelde.cu/english/news/the-cuban-woman-and-their-presence-by-fidel-20161210/


藤永茂 (2016年12月27日)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加