人力でGO

経済の最新情勢から、世界の裏側、そして大人の為のアニメ紹介まで、体当たりで挑むエンタテーメント・ブログ。

『悪の華』とオディロン・ルドン

2013-06-15 05:56:00 | アニメ
 



■ アニメ『悪の華』のボードレールの詩集 ■

アニメ『悪の華』は、もう素晴しくて何も言う事はありません。
娘と毎回、食い入る様に見ています。

実写とアニメの境界・・・『悪の華』(人力でGO 2013.04.06)

このアニメで象徴的に使われているのがボードレールの詩集『悪の華』の表紙です。




目玉の付いた毛むくじゃらな花のイメージは、
このアニメの雰囲気を決定つけています。

ところで、主人公が愛読しているのは堀口大學が翻訳したものです。
はたしてこの本の表紙が、アニメと同じなのか気になったので調べてみました。

詩人でフランス文学家の堀口大學が『悪の華』を全訳したのは1950年以降。
新潮文庫の表紙をネットで見つける事が出来ます。



こちらが多分古い版、
この表紙は・・・・



こちらがアマゾンでも売られているので、多分改訂版。
エドヴァルト・ムンクの「マドンナ」ですね。

どうやら、アニメで使用されている表紙はアニメのオリジナルの様です。

■ オディロン・ルドンですよね ■

では、アニメのあの毛むくじゃらの花は何かと言えば・・・





ズバリ、1840年生まれのフランスの象徴派の画家、オディロン・ルドンです。

なんと、非常に幸運な事に妻が新宿の東郷美術館で開催中の
オディロン・ルドン展のチケットを2枚もらってきました。

何と言うタイミングでしょう。
早速、昨日、打ち合わせの合間に出かけて来ました。

ルドンと言えば、私が会社に入った1980年代後半から日本でも人気の出た画家です。
岐阜県立美術館が、立派なコレクションを持っています。

ルドンは印象派と同時代のフランスの画家ですが、
光と色彩に溢れる印象派の画家たちとは、全く違う道を歩みます。

ボルドーの比較的裕福な家庭の次男として生まれたルドンは、
小さな頃から病弱で、絵画と音楽が好きな子供でした。
父の進めで、建築家を志してパリに出ますが、この夢は実現しませんでした。
ルドンは、当時パリで勃興していた新しい美術活動の影響を強く受けますが、
一方で、精緻な風景画家を目指し、故郷の風景を木炭でスケッチしまくります。

彼が師事したのは、銅版画家ロドルフ・ブレダンでしたが、
彼は銅版画を用いて、聖書の中などの逸話を幻想的に描く異色の作家でした。



ブレダンの影響を受けたルドンは、次第に単なる風景画から、
幻想的な心象風景を、白黒で描く作家へと変貌して行きます。

■ 世紀末と象徴派 ■

同時期の絵画運動の中に象徴派という一派が居ます。
絵画のみならず、詩や音楽をも巻き込んだムーブメントで、
フランスとベルギーの象徴派、そしてイギリスのラファエル前派がこの流れを汲みます。

当時は産業革命の進行による市民社会が発達する一方で、
それに相反する形で、スピリチャルな非現実的な物への憧憬が生まれていました。
19世紀末という、「世紀末的気配」にも影響され、
神々や神話の世界をモチーフに、詩人のマラメルやボードレール、
作曲家ではドビシー、画家ではギュスターヴ・モローらが活躍します。

ヨーロッパの近代化に貢献したのは、科学的視点でした。
絵画などでは、現実的に対照を描く自然主義として発現します。
しかし、象徴派の作家達は、好んで神話をモチーフにするなど、
不可視の世界、イマージの世界に没入します。

『悪の華』の詩人ボードレール、『アッシャー家の崩壊』のエドガー・アラン・ポーなど
現代の文化に大きな影響を与えたとも言えます。

■ 初期の作品で既にルドンらしさは完成している ■


ルドンが初の石版画集『夢の中で』の刊行が1979年で39歳の時。
極々少数うの部数だけ発行されたので、買ったのは知人や親族だけだったと言います。





この作品は、神話を題材にするというよりも、
ルドンの頭の中のイメージを具象化したものです。

そういった意味においては、ルドンは他の象徴派とは一線を画する作家です。
むしろ、非常に現代的なアプローチであり、後世に与えた影響も小さくはありません。

この、黒々とした「おどろおどろしい世界観」は、
ブリューゲルなどにも通じるものがあり、
キリスト教の暗黒面に押し込められた人々の情念の様な、
ヨーロッパ独特の精神性が描かせる世界とも言えます。

■ ボードレールやマラメルとの親交 ■

ルドンは詩人のボードレールやマラメルらとも親交があり、
彼らは、お互いの作品からインスパイアされるものがあったのでしょう。

ルドンは『悪の華』という版画集を出版していますが、
こちらは、素描集的作品です。





いずれにしても、アニメ『悪の華』がルドンをモチーフに選んだ事は、
ルドンとボードレールの関係性を考えると、必然的な事だったのかも知れません。


■ 最近の映像作品でこんなにゾクゾクしてのは久し振り、『悪の華』の7話 ■







アニメ『悪の華』の7話は、近年の映像作品でも屈指のシーンを作り出しました。

夜中に学校に忍び込んで、教室をグチャグチャにするシーンですが、
実写をアニメに描き起す「ロトスコープ」は、このシーンの為にあったのかと思う程の
まさに超絶の映像の連続です。

多分、今、このレベルの映像を撮れる作家は、
私には映画監督の園子温くらいしか思い浮びません。

これは、絶対に観ないと損をします。


そして、このシーンの最後、教室の床に墨汁で大きく描かれたのが、
ルドンの目玉・・・・。


天国でルドンがニヤニヤしているのが目に浮びます。