<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

空のよろこびをよろこんでいる

2014年12月16日 19時48分06秒 | Weblog

空のよろこびをよろこんでいると自分のよろこびというものがいらない。風のよろこびをよろこんでいると自分のよろこびというものがいらない。光のよろこびをよろこんでいると自分のよろこびというものがいらない。別仕立てがいらない。

空のよろこび以上のよろこびはなかったのだ。風のよろこび以上のよろこびはなかったのだ。光のよろこび以上のよろこびはなかったのだ。

空のよろこびは何をよろこんでいるのか。風のよろこびは何をよろこんでいるのか。光のよろこびは何をよろこんでいるのか。よろこびの宇宙を造っていることをよろこんでいるのだ。宇宙中がよろこびで満ちあふれていることをよろこんでいるのだ。そしてこの自分がそれに気づいて全体のよろこびに同化同調していることをよろこんでいるのだ。

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お茶漬けさらさらで

2014年12月16日 19時36分09秒 | Weblog

お昼の食事は2時半に終わった。そこで夕食がその分遅くなる。そろそろ夜の8時になる。お腹はまだそれほど減っていない。お昼にたらふく喰ったので、夕食はお茶漬けさらさらでいいな。胃袋は1つで2つはない。

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わが楽観的瞑想体操

2014年12月16日 18時31分07秒 | Weblog

このところ家族の者が寝静まっている夜中にさぶろうは「静かな活動」をしている。まずその1,排尿が近くなるのでトイレと仲良くなっている。こそこそトイレに通う。トイレは寒いのでそこでせっかくの眠気が消えてしまう。布団に戻っても入眠ができない。仕方がないので、電灯を明るくして、その2,主に仏教書を読書する。あるいは経典を開いて、その3,読経をする。ぼそぼそ音読だ。暗記するつもりはないが、繰り返し繰り返し音読しているとそのうち覚えてしまうので、長々しい経典も途中途中しかいらなくなる。その4,宇宙語あるいは仏語(フランス語ではなく、仏界の使用語)であるマントラを唱える。(わざと母音を喉仏のところで振動させる)これは数々のマントラがあるし、しかもゆっくりゆっくりと唱えるので時間がかかる。その5,手の平を立てて10指をアンテナにして宇宙交信をスタートさせ、交流事業をする。要するに瞑想だ。瞑目瞑想をしてチャクラの扉をオープンにし、宇宙を身近に引き寄せる。合一をはかり、そして瞑想裡に一体化する。一体感を持つ。その6,呼吸を深くして全身に気を巡らす。その7,いい気持ちになった骨(腰骨や背骨)がぐつぐつ音を立てて自動運動を始める。その8,宇宙中に溢れているよろこびを共感共振する。宇宙のよろこびの周波数は極めて高いので同調をさせるのには時間がかかる。でもこれで、その9、くつろぎが深まる。安心を楽しむ。宇宙と交流する体中のチャクラがほかほか安堵の熱を帯びてくる。その10、スピリット(いのちの主人であるところの精神・霊)がどんどんアセンション(向上)をしているようで(そういう想像をして)嬉しくなる。これが有り難くてならなくなる。このサイクルで90分くらいになる。そのうちにまた眠くなってくる。眠ってしまう。

児戯といえば児戯だ。そういうふうに都合よく楽観的に楽観的に瞑想をしているだけである。感謝を覚えるように覚えるようにしているだけである。流れに無理があれはストップする。希望だが、根付いているさまざまな恐怖心の根っこを抜いて代わりに絶対の安心(涅槃=ニルバーナ)を根付かせようと思っている。

自分の単独の力でそうしているとは思っていない。ここを仏界だとしている。順次よい方へよい方へ導かれていると思っている。人間のエッセンスをレベルアップさせようとする宇宙全体の、無償の愛のエネルギー(仏の大悲心)が等しく自分にも働いているからだと思っている。

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モグラが活動する時季が来た

2014年12月16日 17時58分07秒 | Weblog

もぐらは「土竜」と書く。でも、短足だからとても竜には見えない。田鼠とも書く。田圃に住んでいる鼠の方がよりふさわしい。ときどき猫がこれを捕まえて来て、自慢してみせる。

日本には、辞書によると、4属6種が棲息しているらしい。代表的なものは、東日本ではアズマモグラ、西日本ではコウベモグラ。体長は10~16cmあまり。毛の色は黒褐色。手は外を向いていて手の平が大きく頑丈。眼は退化している。地中にトンネルを掘り、蚯蚓や昆虫の幼虫を食べている。土を隆起させてしまうので農作物に害を与えるので、正月明けの14日には、子どもたちがモグラ打ち、モグラ追い、モグラ脅しをする風習がある。

まだお正月にはなっていないがもうモグラが我が家の畑にも土を盛っている。土の下にトンネルを掘っているのでそこだけ盛り上がって土が割れている。この皹(ひび)割れが、畑に長々と続いている。ここへ霜が降りる。田舎ではこれが厳冬の風物画になっているようだ。

ああ、生き物が土の下のこんなところにも生きているな、ここで一家をなして素朴な暮らしをしているようだな、寒くとも元気のようだな、などとと思うとなんだかこころがあたたかくなる。

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家の中ではソックスを履かない

2014年12月16日 17時41分19秒 | Weblog

ぶるぶるっ。おお、寒い。手の指先がかじかんで動かしにくい。でも手袋はしない。その習慣がないからね。靴を履くときにはソックスを履くけれど、たとい雪の日でも一旦家の中に戻ってくれば、これを脱ぎ捨てる。スリッパも履かない。習慣がないからね、これも。板の間もべた足で裸足を通す。習慣は、寒かろうと暑かろうとお構いなしのところがある。こんなもんだと思ってしまうのだろう。慣れとは恐ろしい。どうも幼児期の過ごし方にその原因があるように思われる。これはいいようでよくないのかもしれないし、よくないようで、いいところもあるのかもしれない。手袋の長所が理解できない。靴下の利便性に気がつかない。

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