<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

ニガウリを肴にして飲む

2017年08月31日 22時59分09秒 | Weblog

客人あり。我が家の畑からニガウリをもいで、豚肉と炒めて味噌味にして、キッチンに掛けて、飲む。

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アカママはおもてなしのお赤飯だった

2017年08月31日 14時52分10秒 | Weblog

風が颯爽と渡って行く。庭のアカママの大きい葉っぱが、それだけ風を大きく受けて、揺れる。葉裏の白いところまでを覗かせる。アカママの花穂は日ごとに長く垂れて行く。そしてぶらんぶらんブランコをする。楽しげだ。アカママは赤いご飯=お赤飯の謂。こどものままごと遊びでは、人をおもてなしするご馳走に化けた。ふふ、いまは外に出て仲間を作っておままごとをしている姿も見かけない。高級な玩具が各家庭何処にも行き渡っているのかも知れない。ついでに白状するが、4つ違いの姉についてまわって、女性たちの間、紅葉の木陰の茣蓙の上にきちんと座っていたことを覚えている。何歳の十郎だったのだろうか。

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ものをくれた後、もらった後、それを人に語るな

2017年08月31日 13時52分39秒 | Weblog

十八「くれて後人にその事を語る」

良寬様の庵に自戒の言葉が貼り付けてある。自戒してかからねばならないことが柱などに書いてある。小筆で書いてある。美しい文字だ。良寛禅師の書は値打ちがある。村人はそれをしっている。挙げ句、こういう自戒の句までが、書の値打ちを持った。村人が欲しがるので、こんなものでいいならと差し上げられたのだろうか。後世にこういう自戒が残っている。

人に何かを与えた後で、他の人にそれを語ってはいけない、という戒めだろうこれは。与えられた後にもこの戒めは共通する。

「あれは儂がやったんだ、欲しいと言うからやったんだ」「やりたくはなかったが無理を言うものだから」「それにしてそのご恩を忘れている」「お礼の一つも寄こさない」などと物惜しみしたように、人に語って聞かせるのはよくない。という一般論だろうか。そのときにそれを村人に説明したのではあるまい。

人に布施をしても、濁ってはいけないのである。与える人と与える物と受け取る人の3つが独立していなければならない。事後にそれに執着を覚えてはいけないのである。無執着の喜捨でなければならないだろう。

しかし、ついついそんな愛着の気持ちが起こる。良寬様にもひょっとしたら起こったのかも知れない。それでびくっとしてそんな動きをする己を戒められたのかもしれない。

もらった後には、そうすると、もらったということをも忘れていていいことになる。やった人が忘れているのなら、それでもすむだろうが、恩義を懸けた人はそれをなかなか忘れられない。それで恩知らずになりたくないから、なにがしお返しをして帳尻を合わせておこうという気にもなる。

お中元お歳暮も「もらいっぱなし」ではどうも落ち着けない。十郎のような小心者には、かけてもらった恩義が重たくてしようがないのである。人にやるのも人からもらうのも厄介である。

貧乏な良寬様は、村人からもらいっぱんしだったかもしれない。おにぎりでも漬け物でも味噌でも酒でも、村人からもらってばかりの暮らしだったのではあるまいか。自戒の戒律、戒律を守るという修行はこんな暮らしの中にもあるのである。修行の人良寬様の日常が偲ばれる。

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沈黙の金を掘り当てていればすむ

2017年08月31日 13時33分40秒 | Weblog

行くところが見つかった。畑だ。畑と行っても今は夏草の藪になっているのだが。老爺が出向く場所はここしかないようだ。何しろ人嫌いだ。人に逢っても「こんにちは」の挨拶が出来ない。ぶすっとして苦虫を噛み潰している。何が不満足か。聞いてみたいところだが、理由などあるまい。根っからが社交性に乏しいのだ。でも実際人に会うとそうもしていられない。作り笑いをする。しゃちこばる。愛想は続かない。酸素不足の密室にいるように、苦しがる。こんなふうだ。疲れが溜まる。逃げ帰るしかない。とまれ、長くは保たない。畑は、それが避けられる。一人で好きなことをしていればいい。挨拶の言葉も要らない。沈黙の金を掘り当てていれば、それですむのだから。秋野菜植え付けの際限が迫っている。エノコログサとオナモミ・メナモミとスベリヒユと露草とに蔽われている藪を畑に戻すには、しかし、よほどの根気が要るだろう。種蒔きまでに何日かかることやら。

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涼しいという言葉が使えるようになった

2017年08月31日 13時21分14秒 | Weblog

涼しい。そういう言葉を使えるようになった。夜中も冷房を切って過ごせた。いやいや、下着だけでは寒くなって、薄いタオルケットを腹の上に載せて置かねばならなかった。台所の硝子はいつも網戸になっている。日覆いはついているが。そこから夜気が滑り込んでいた。この夜気をシャットアウトしに立ち上がったほどだった。冷たい月もでていた。日中になって日が昇った。抜けるような青空が広がった。さすがに再び夏となった。仕方がない。僕はエアコンをつけてこれに対応した。退屈だ。昨日文学賞投稿の作品を仕上げて、郵便局から原稿を郵送した。それから後は穴の開いた風船同様、気が抜けている。気分転換に出掛けてこようかな、どこかに。しかし、その何処かというのが見当たらないのだ。人嫌いの非社交的な老爺が興味を惹く場所が見つからないのだ。

 

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秋風が吹いて来て涼しい

2017年08月30日 20時13分53秒 | Weblog

秋風が吹いた。夕方5時から外に出て畑の草取りをした。汗を掻かなかった。スウイスウイ涼しい風が吹いた。暗くなって作業を終えた。シャワーを浴びた。夕食を食べた。ごろんとなっている。冷房はつけなくていい。十分涼しい。虫が鳴いている。八月の末。秋の気配が漂う。

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🌔半月が出ている

2017年08月30日 20時10分26秒 | Weblog

月が出ている。半月🌔。夕方仰いだ空に見つけた。白い月だった。

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年寄りの冷や水なのに 疲労が募って

2017年08月29日 16時36分12秒 | Weblog

机にうっ伏してぐっすり寝てた。お昼寝なのに、穴底に引きずり込まれていた。自分でも、ああ深い寝穴だなと思っていて、目覚め辛かった。疲れていたのかな、やっぱり。疲れるようなことをした? 文学賞に応募する期限があと2日と迫っていて、夜中長い時間、原稿用紙に向かっていた。書いては消し、消して破って、もう一度挑んで、頭の中の電圧が相当高くなっていた。ヒートしようとしていた。その後、朝寝したが、眠れたという充足感が得られなかった。それでもほぼ終わった。でも、まだ、不満足。ちょびちょび訂正が入る。脳の筆記具がよほど錆び付いているのだろう。完成したという気がしない。こんなもの投稿したって、蟷螂が斧を振り上げて牛車の行く手を阻んでいるようなもの、一笑に付されてしまうのがオチかなと思う。それも悔しい。続行不可能。折り合いを付けてペンを措く。稿を起こしてからすでに数十日が掛かっている。思い立たなければよかったかもしれない。数年ぶりの挑戦である。年寄りの冷や水を家内が傍で笑っている。

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老いていく身は何かと心細い

2017年08月29日 13時37分03秒 | Weblog

老が身のあはれを誰に語らまし杖を忘れて帰る夕ぐれ      大愚良寛

老いていくと何かと心細い。心細いがそれを語ったところでどうにかなるものでもない。体のあちこちが傷む。体力も弱る一方だ。物忘れも酷くなる。頼りにしてついていた木の棒の杖からも忘れられてしまったとぼとぼと帰って来たことよ。辺りはすっかり夕暮れていて足に力が入らない。良寬様は歌を作って己を慰められたようだ。歌の語調もどこか弱々しい。

良寬様はもう70歳を過ぎておられる。年齢も心細さも十郎と共通する。病みつきになってとうとう死出での旅に出て行かねばならない。その日のことを思うことが多くなる。遊んでくれる友も、あちこち故障が来ているようで、なかなか見出せない。一人をかこつ。でもこれは誰もが通らなければならない道。その道を秋風に吹かれてとぼとぼ。今日の十郎は胸の辺りがざわざわしてどうもヘンだ。元気が出ない。

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涙の人であった良寬さま

2017年08月29日 07時44分46秒 | Weblog

人の子の遊ぶを見ればにはたづみ流れる涙とどめかねつも      大愚良寛

「にはたづみ」は「流れる」に掛かる枕詞。雨が降ってどっと水が溢れて流れる様子をもいう。良寛禅師がおいおい泣いておられる。涙が、皺の奥にある目から溢れて流れ落ちている。どうされたのであろう。人の子が遊んでいるばかりだ。手毬でもついているのであろうか。もちろん禅師の子ではない。楽しく遊んでいるのなら、どうしてお泣きになるのだろうか。涙の人だったからだろう。では、嬉し涙か。表には現れていないが、人の子が亡くなったのだ、きっと。それでその子が今日は遊びの仲間に入ってこられないその子を偲んで泣いておられるのだ。そういう推測が働く。こどもたちが遊んでいる、それだけで禅師はそこに深い情けを動かしておられる。禅の奥義に達しておられるというのに、空に達観しておられるというのに、生身の情けを隠されない。

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