<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

詩 「空はゆすらない」

2008年07月28日 13時25分03秒 | Weblog
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 「空はゆすらない」   
              山鳩暮風

空はゆすらない

おまえは
こんなこともできないのかと
言わない

できなかったら
生かしてはおけない
などと恐がらせない

大根も人参も
鯖も秋刀魚も
たからない

おれを食ったな
ならその分のお金をよこせと
たかったりしない

蜻蛉(とんぼ)はおどさない

おまえのところに
死に神が来ているぞなどと
おどさない

おどさないでいられるぶん
すいすいと飛んでいる

夜の窓ガラスに
へばりついているヤモリは
いばらない

おれはヘブライ語が読めるぞ
なんていばらない

ぺったりと
夜中の窓ガラスにくっついて
尻尾を右左にふっている

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こんな詩を書いてみました。今日はまた格別に暑いですね。
日中に外へ出て行けないほどです。
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天女についての私見

2008年07月17日 17時27分51秒 | Weblog
天女は天界に住む。女性の天人である。善悪の善果報によって天界に住む。

しかし、天女というからまだ性がある。従って性の執着を持つ。
彼女たちはその性によって迷いを繰り返さねばならない。

迷う。従っていまだ迷界である。迷いの界を迷わねばならない。

天界は六道(道はここでは世界を指す)の一つだ。
六道とはすあんわち地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天界である。

迷う者はこの六道を輪廻する。輪廻して転生する。

天人もまた地獄を住処とすることがある。餓鬼に生まれることもある。畜生の苦しみを味わうこともある。

人間界を超えたとはいえすぐ隣の界である。距離が近いだけに、行き来も多い。

天人が人間界の女性に恋をすることもある。そうすれば、彼は人間界に堕ちねばならない。

人間界の男性が天界の女性、天女の美しさに恋いこがれることもある。
彼女は人間の男性の誘いを拒絶しなければ、人間界に逆戻りしてしまう。

人間界の男女にはセックスがある。セックスによってしか子孫を残し得ない運命にあるからだ。

天界の男女もまたセックスがある。天界に生まれたいと願いを持つ者は彼等のセックスによらねばならない。

彼等がセックスを悪として拒否すれば、天界に生まれたいとする願いは断たれてしまう。
天界の天人の願いも、人間界の人の願いも断たれてしまう。

      *

天界の快楽は人間界のそれの10000倍もある。桁違いの高さ深さである。

快楽の清潔を保つためにはなみなみならぬ禁欲が必要になる。10000倍の禁欲は苦しい。
この苦しさを超えなければ天人の美しさは出てこない。

      *

仏陀の国の仏陀たちには性がない。肉体がない。肉体を持たない仏陀はもはや輪廻転生をしない。

六道を解脱した者こそが仏陀と呼ばれる。

      *

天人もまた仏陀の国を目指している。仏陀の国を目指す者は仏道の修行をしている。
天人は仏道の修行をしている。
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慈悲者と叡智者の存在

2008年07月14日 08時23分53秒 | Weblog
NHK教育テレビを見ていたら、トルコのノーベル賞作家オルファン・パンクさん(うろ覚えで正確な名前が思い出せない)と大江健三郎さんが同朋大学講堂で対談をしていた。
オルファンさんがこういう趣旨の発言をしたのが耳に残った。彼は若い頃ずっと絵描きになろうとして絵を描いていて、急に小説に転向をしたらしい。
「絵を描いていると指先に<わたし以外の力>のようなものが動いてきてそれがわたしに絵を描かせます。その力に打ち任せていればいいのです。小説も文章でやはり描きますが、そのときにもまた指先に<わたし以外の力>のようなものが働いてきてわたしはそれに従っているのです」と。

彼をして描かせよう描かせようとしているその<力>とはいったい何者なのか? しかし、暮風もそれをときおり感じるのだ。感じるのだ。科学的には説明ができないのだけど、たしかに感じるのだ。やさしく厳かに背中を押していてくれる慈悲者の存在、何処かへ導こうとしている叡智者の存在を感じるのだ。
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