昨夜、夜遅く11時半に京都にいる次女が帰ってきた。寝ないで待っていた。叔父さん(さぶろうの弟)の容態が気になって仕方がないらしい。幼い頃に可愛がってもらったので当然だろう。仕事を終わってまっすぐ新幹線に乗り込んだので夕食をすませていないというので、台所でお付き合いをしてあげた。友人からもらった大きな鯛があら炊きになっているので、この頭の部分を食べてもらったが、骨が随所にあってもどかしそうだったから、骨を取って手伝った。3歳児にしてやっているようで不自然に感じたが、そうした。野菜料理を食べてないというので、次から次に我が家の野菜料理を食べてもらった。今日はこれから病院に行ってしばらく叔父さんの付き添いをするつもりのようだ。
隼人瓜は全部で27個あった。これを水道口(井戸水)でじゃあじゃあ洗った。そして真っ二つに断ち割った。平べったいのが倒れた。種の核をスプーンを使って丁寧に取り除いた。手が男性の精液のようにべとべとねばねばした。強く逞しい生命力を感じた。乾くと手は糊をなして粘着して光った。これを3つの平たい籠に列べた。軒下に運んで行って日陰干しをした。ここから先は家内の仕事だ。まる一日干した後に、空けた部分に塩をたっぷり詰める。重石をかけて水分を絞り出す。この後いよいよ酒粕に漬けることになる。ここまで2週間を要するようだ。おいしくなるのは更に日にちがかかる。とりあえず塩と酒粕が足りない。家内は漬け込む樽を洗っている。これからさぶろうがこれ(塩と酒粕不足分)を買い出しに行く。酒粕は5キロを3袋使う予定らしい。費用もばかにならない。
朝ご飯は昨日掘り上げた里芋(赤)の味噌汁だった。とろりとしておいしかった。こんなおしいものを食べていいさぶろうとはどんな男なのだろう。しげしげとこの男を見てみる。頭には毛がない。砂漠そのもののような寂寞を抱えている醜い老人である。一瞬、「こんな男の胃の中に入るのか。おお、もったいない」と影の声がした。それほどに不似合いだった。それでも、さぶろうはごくんごくんと喉を鳴らして平らげてしまった。胃の中に入った里芋は、しかし暢気な者で、そんなこと(不似合いであること)には我関せずの態度を取って平然としていた。一見して、悟りが開けているふうだった。「こうでなくっちゃ、人間の栄養になって正義を働くことなどできますまい」影の声がまた口をきいた。
青空が大きな手と大きな胸でさぶろうを抱いている。好きと好き。ふたりは仲がよい。若いカップルのようだ。
きみと仲良くできていたらそれで万事がコンペンセイトされているような気持ちになって来る。コンペンセイト(償い)って大袈裟なんじゃない? 償いっていうのはね、こちらが相手にいいことをしてあげた後の返報を言うんだよ。自問自答。ふううん。
万事許していいような気持ちになってくる。「許す」ってのも、どうも変だ。許されてばかり居る者が、上段に構えているのは間違いなのかも知れない。
きみと仲良くできていたら、敵が百千万攻めてきたっていいような気がする。百千万? そんなに敵を作る必要もないけれど。
さぶろうと青空が今朝はやたらと仲良くしている。恋人のように見つめ合っている。こんなふうに互を恋人にしているっていうのも悪い気はしない。
青空から愛されているさぶろうと、さぶろうから愛されている青空。これで世界が揺るぎのない平和をなしている。建設された秋の日の、朝の平和な風景。ありきたりのようで、ありきたりでもないのかもしれない。
ふむふむ。ふむふむ。耳打ちをしてくるので、ふむふむで挨拶をする。何度も何度も、間を置かず耳打ちが続く。ふむふむも飽きた。
仲良くしたいって言う。そうだったのか、そうだったのか。それで足元に張り付いていたのか。その割にはさらさらしていて気持ちがいい。
仲良くしたいって申し出ているのはお天道様。光の耳掻き棒の先っちょをくるくる回して耳打ちしてくる。「あいらぶゆう」だって。
「どうして?」って聞く。「仲良くするのに理由がいるの?」って聞き返される。黙っていると「それはね、あいらぶゆう、だからだよ」と説明が加わる。ふむふむ。それもなるほどだ。
「ずっとずっと前からこうだったんだよ」光が言う。「告白するのがためらわれていたけどね、でももう我慢ができなくなってしまった」光が嬉しそうにさぶろうの額の運動場を駆け回る。「あいらぶゆう」そればっかりを言っている。こんな言い寄りには慣れていないので、さぶろうはあきれかえっている。
朝の日が射している。愛情過多をしてくる光の彼女の指先を、朗らかな彼は手の平の明るさで感じ取っている。
みごとな秋晴れ。空がいい。山の色がいい。宇宙が元気な証拠。そんなふうに思われてくる。嬉しい。右に倣えをして元気をわかす。見上げる、見渡す。上下左右、飽きるまで眺めていても飽かないだろう。
6時半のラジオ体操はいつもの通りにやった。板張りの5畳空間の縁側で、椅子に腰をかけたまま。それから待ちかねたようにして外に出た。大きな薬缶に水をいっぱいにして水遣りをして回った。昨日新たに畑に植えた空豆、エンドウ豆、ブロッコリーの苗の、根元へ。それがすんだら、プランターに育っている秋野菜の間引き菜を始めた。小松菜、蕪大根、チンゲンサイを間引いて、洗い場で水を流して丁寧に洗った。籠一杯にして台所へ運んだが、家内は野菜船が着いているから、もうこれ以上は料理できないとふくれっ面。なるほど、台所の隅には一昨日の間引き菜からまだ残っている。今日の分は人様に差し上げることにした。
過ぎ去ったことだよ。もういいよ。思い出さなくったっていいよ。そんなに深く悲しまなくったっていいよ。流してしまってすっきりすればいいんだよ。それができればね。さぶろう。とにかくここを出よう。歩いていけばどうにかなるもんだよ。風に寄りそって二人。冬に寄りそって二人。枯葉が語りかける。
でかいのばかり籠いっぱいも。ハシゴ段を登った。恐る恐る。瓜が転がり落ちて、どしんどしん地響きの音を立てた。中が充実しているから重たいのだ。酒粕を買って来ておいたから、明日割って種の核を出し、干しあげ、塩漬けをしてもらおう。水が揚がっら、いよいよ酒粕に漬けてもらおう。2週間はかかりそう。田舎漬けだけど、この粕漬けはおいしい。断然おいしい。香りが立って、かりかりする。食べたことがない人には説明ができないけど。
うん。玉葱とだよ。人間とだともっといいのかもしれないけど。これはこれでなかなかなんだよ。嘘がない。そのものずばりで、裏表がない。おいしがらせた通りにおいしがることができる。信頼が成り立っている。人間だとこうはいかない。混じりものが混じる。
鯛の吸物に玉葱をたくさん入れてもらった。肉ジャガにもたくさん入れてもらった。どうしてこんなに好きなのだろう。相性がいいからかもしれない。うまが合う。仲良しっていいよね。双方とろりとなる。