<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

あなたは声の糸を引いて這い回る

2014年05月31日 10時32分46秒 | Weblog
いとしい

いとしいというこの感情を
鋏で断ち切る
感情はいつまでもねばねばして
糸を引いている

精製しない前の
どろどろしたこの感情

いとしいあなたは
桐の木の下に椅子を出して
読書をしている
長い髪を胸に垂らしながら

鋏で断ち切る
二度も三度も断ち切る

あなたは
声の糸を引いて
わたしの指先に這い回る
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広大無辺のままのあなたといっしょに

2014年05月31日 10時00分26秒 | Weblog
 「仏像」

目が見ないのなら
見えません

あなたを目に見させてくだされば
わたしはそれで
安堵をします

目が見ないのなら
目を剔(えぐ)りだして
切り捨てろ

そうご命令の端(はな)から
あなたはお慈悲を垂れて
彫刻師に
木の像を彫らせられました

あなたが立っておられます
わたしの手の平に抱かれて
立っておられます

わたしの目が
あなたの木像に見入っていますが
わたしのこころは
あなたをさがしています

あなたは
あまりにも広大無辺なので
一個の木造には
とうていはいりきれないのです

日の隈山の青葉の山裾からは
カッコウが渡って来て
朝からずっと鳴いています
五月の青空が澄み切っています

わたしのこころは
空に吸われて
広大無辺のままのあなたといっしょに
これを聞いています
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おっぱいの匂いがするでしょう ほおら

2014年05月31日 09時37分40秒 | Weblog
わははは

孔子さん老子さん
そんなことこんなことを言ってみても
わたしの腹(はらわた)を断ち割って
覗き込んでみなさい

腹の真ん中辺りまでも
甘ったれの舌です
これがだらしなく延びてきて
ちろちろ炎をあげています

おっかあのおっぱいにしがみついていたいのです
涎(よだれ)を垂らしているのです

わたしは三歳児
まだ甘え甘えしていたいのです
おっかあに
とことんとことん天の涯まで
あまやかしてほしいのです

おっかあが
この世からいなくなっているというのに
依然としてこうです
しかたがありません
ことばのおっかあを引きだしてきます

ことばのおっかあに
おっぱいがついていないかとまさぐりはじめます
手が出てきてまさぐりはじめます

わははは
孔子さん老子さん
わたしのはらわたはおっぱいの匂いがするでしょう
わたしの舌さきはおっぱいの匂いがするでしょう
ほおら
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たましいのよろこぶ湧き水があふれる

2014年05月31日 08時47分52秒 | Weblog
おはようございます。メンデルスゾーンの甘いバイオリン協奏曲作品64を聴いています。うっとりしています。うっとりはいいです。でも、糖度が高くて高くてこころの血糖値が急上昇しそうです。音楽はブドウ糖をたんまり精糖するのかもしれません。

わたしは、しかし、ただうっとりしているだけで、メンデルスゾーンの音楽が分かっているのではありません。どんな知識も持ち合わせません。理解度となるとほぼゼロです。ゼロでも酔い痴れていられます。らくちんです。

音楽会にはあまり行きません。そこへ集まってくるのは音楽専門家集団ばかりのような気がして気押されてしまうからです。で

きることは、ひたすらクラシックのCDをかけて、目を閉じ、音泉を浴び、悦に入るだけの密かな自慰行為です。ピアノよりもバイオリン、チェロにより一層引き込まれます。

大学時代わたしのこころの恋人、つまり一人思いの彼女は室内楽団の一員でした。ですから、演奏会があると欠かさず聞きに行きました。目的は音楽を聴くということではなく、バイオリンを弾いている美しい彼女に目の焦点を合わせていることでした。

若い頃からわたしはいじけています。告白などは苦手です。やがて彼女にはハンサムな彼氏ができてふたりはよくキャンパス内を連れ添って歩いていました。お似合いでした。

コクリコが風に揺れています。今日もお天気がいいようです。いいどころではありません。30度を超えるという予報です。真夏並みです。

昨夕は、日照り続きで喉をからからに乾かせた庭の植物群にたっぷり水撒きをしてあげました。わたしのたましいの、乾いた喉にも水分補給が必要のようです。

山へ行けば、そこに谷水が溢れています。冷たい水を手に掬ってごっくんごっくん飲めばおいしいでしょう、きっと。そして、たましいの山へも行けばそこにたましいのよろこぶ湧き水がしているはずです。



わたしのたましいが
山へ行く
たましいの山へ行く
するとそこに
湧き水がしている

地下を深く流れて来て
岩場の下からあふれている
手に掬う

これで
わたしのたましいの
喉が潤うのだ
耳までも潤うのだ

そこでは
カッコウが弾くバイオリンが
静かに聴けるかもしれない
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みんながわたしになってくれていた

2014年05月30日 21時49分17秒 | Weblog
さあ、もうやすみます。

からださん、こころさん、たましいさん、おいのちさん、

手さん、足さん、胴体さん、頭さん、

目さん、口さん、耳さん、鼻さん、

五臓六腑さん、血液さん、免疫体さん、細胞さん、

一日お付き合いくださってありがとうございました。

こうして無事今日の扉をとじられるのはまったくみなさんのご苦労のおかげです。

老人はそういって浴衣の胸の前で手を合わせた。

みんながわたしになっていてくれたこと、

そしてわたしとともにいてくれたこと、

そうやってわたしを大事に思って実行してくれたこと、

それを思うと腹の底の辺りに嬉しさがこみ上げてくるのだった。
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娘さんはとても美しくなっていた

2014年05月30日 20時58分16秒 | Weblog
今日その若い娘さんに三郎は久しぶりにまた会うことになりました。町の郵便局でのことです。

順番が来るまでしばらく話をしていているうちに、その娘さんがとても美しくなっていることに気がつきました。落ち着きも品格も生まれています。山の湖の色が明るい空を映して深みを増したような、その明るい深さに見入りました。するうちになるほどと合点がいきました。娘さんはもう自由気ままな娘さんではなく結婚をして家庭を守る人になっておられたのでした。

娘さんが美しくなったということは、もちろん娘さんには告げません。黙っていることで、人間が身につけた大切な真理とその秘密義務を守ったような気持ちになりました。「ではまた」「ご機嫌よう」と挨拶をして立ち去りましたが、1町ほども行ったところで三郎は立ち止まりました。

町外れに来ていました。夏燕の声がしました。燕に驚いたふうにして空を見上げ、「人が美しくなっていくということは口外してはならないことだ」「秘密にしておけばそのままずっとそれが保たれていくに違いない」とぽつんと呟きました。三郎は老人です。考え方が古いのです。

幸福に近づくほどに人間は美しさを加えていく。道々、この真理が、しかし、三郎をますます愉快にしていきました。
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永遠の明日も今日と変わらず最上最高なのに

2014年05月30日 20時23分04秒 | Weblog
やがて三郎はこの世にはいられなくなります。ずっといるというわけにはいかないのです。

それはずっといなくともいいからに他ならないのですが、三郎はまだそのことに合点がいっていないふしがあります。此処にいられる間がどんなに短かろうとそれはそれで十分な長さなのだ、ということを風が行き過ぎるときに言って聞かせるのですが、馬耳東風です。だからこうやって相変わらず後ろ髪を引かれるようにして一つのことに執着をしているのです。ここに生きていたい、ずっとこのまま生きていたいという妄念にとりつかれて、それを妄念だとも思っていないのです。川が流れて大きな海へ行くように、流れに任せていればいいのを、立ち止まって川岸の柳の木の根元に、乗っている小舟を繋いだりしています。怯えているのです。不安がなせる怯えです。海を見たことがないくせに海に怯えているのです。

三郎は大きな海へ出て行くこと、そこに辿り着くことをほんとに嫌がっているわけではありません。そこへ到着すればきっと海の大きさに感動をしてしまうに決まっているのです。やがて海の旅が始まります。幾日も幾月も大きな海を渡っていきます。それが終われば、三郎は次は空へ昇っていきます。空へ昇って星々の間を巡っていきます。今度こそ長旅になります。先へ先へと楽しいことが続いていくと言うことを三郎は知っていないのです。だからこそ、いまいるところを最高としてその他を忌み嫌ってしまうのです。今いるところが最高であるのなら、次の地点でもその通りなのに、次の地点の明日が信用にならないのです。

三郎はやがてこの地点を後にして行くことを今日もまた不安に思ってしまいました。今日を生きることこそが最高である、そうであるなら、明日の今日も、その次の次の明日も、それから後の永遠の明日も最高のはずなのです。夕暮れ時に合歓の木が風と話をしていました。話していることは三郎のことでした。「三郎の心配性はまったく困ったものだよ」「長い人生を生きて来てもこれですからね」合歓と風は顔を見合わせました。合歓はもうすぐ花を着けます。柔らかい絹のような薄紅の花です。風が、しだいしだいにほどけていく蕾を撫でて行きました。
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礼儀知らず恩知らずで通しているばかり

2014年05月30日 08時42分11秒 | Weblog
自分はしてもらってばかりなのに、その分を人様にはしていない。まるでちっともしていない。義理を欠いているので合わせる顔もない。

まったくあいつは礼儀知らずな男だ、と人様は思っているだろうわたしのことを。それを恥じる。すまない気持ちでいっぱいになる。が、そこまでで、返礼の実行には移さない。恩知らずで終わっている。冷淡な男だ。



人の中には行かない。こちらからは進んで誰にも会わないを通している。身体が不自由だとどうも閉鎖的になってしまう。出掛けて行って、その上に老醜をさらすのも嫌なのだ。老いて痩せてよろよろにしている自分の姿は、歓迎されるものではない。



でも、ときどき向こうから会いに来てくださる方がある。そういうときには慌ててしまう。

皺をのばすわけにもいかないからだ。相手も老いているならよさそうなものだが、同病相憐れませるのも気が引けてしまう。便所に隠れて出てこないという手もあるが、便所はいずれ出てこなければならない。

会って話をするが共通の話題がない。こちらから相手を楽しくさせるものがない。これもすまない。



庭に出て畑に出て、ひとりで土いじりをしているときがよくある。ここには人間がいない。気遣うことが無用になる。わたしのわがままだけですまされる。いよいよわがままが高じる。

庭も畑も草がよく生える。あちらへこちらへ椅子を移動させながら草取りをする。草を取って耕してここに種蒔きをする。ここではその数時間をなんにも考えないで過ごせる。ずっとおだやかでいられる。



夕方になる。植物たちに水撒きをする。夕闇が迫って家の中に入る。この男はかくかくしかじかで日が暮れて、社会に交わることがない。従って社会貢献度というものはまったくゼロである。

これでいいか。よくない。よくしようとする気持ちを持たねばならないが、今のところは尻込みをしているばかりだ。
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安心をしているのが仏陀の姿だ

2014年05月30日 06時11分05秒 | Weblog


わたしはあなたを見ています
夏桔梗が言う
わたしもあなたを見ています
今度は金魚草が立ち上がって言う
わたしはあなたを思っています
コクリコが耳打ちして言う
わたしもあなたを思っています
アマリリスが負けじと大声で言う

三郎は庭に出ている
三郎は嬉しくなってお辞儀する



あなたは大切な方です
木が言う
あなたはとても愛されています
岩が声を出して言う

三郎は
大切とか愛とかからは
ほど遠い山里にひっそり暮らしている

三郎は頭を掻いて照れる



わたしはあなたを尊敬します
まっすぐな大地が言う
わたしもあなたを尊敬します
三角形の山 四角形の山が言う
次々と三郎の目の中に来てそう言う

三郎は橋の上に座っている

三郎は嬉しい気持ちになって聞きながら
そうしようとする多くの意思が
どうして三郎を相手にするのかを考えている



あなたはやがて仏陀になられる方です
静かな水を湛えた湖が言う
あなたは必ず仏陀になっていかれます
白い雲が言う

三郎はとまどいを覚える
三郎はそれが信じられないでいる

わたしたちは
これをあなたに告げることで
菩薩の行をしています
彼らはにっこり微笑する



わたしは
いまのあなたを
仏陀として見ています

谷川が潺(せせらぎ)を歌にして言う
草原を渡る風もこれに加わる
草原に続く松林もこれに加わる



あなたが
仏陀としてここにいてくださるので安心です
夏空が言う

あなたが安心をして
ここにいてくださるので
わたしたちはあなたを仏陀として仰いでいるのです

安心をしているのが仏陀の姿だというのだ
ということは
それで安心をしている夏空も
おなじく仏陀ということになる

安心がこうしてどんどん広がって
次から次に
互い互いを
仏陀として仰ぐ世界が出現していくのだろう



三郎は仏陀ではない
やることなすことその真反対である
愚か者でわがまま者であらくれている

それはそうなのだが
夏空はそれでちっとも憚っていない

わたしはあなたを仏陀として仰いでいます

三郎をそう見て
堂々とした態度で
断言して憚らないのだ
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昔懐かしい山のことなど

2014年05月29日 16時28分50秒 | Weblog
日の隈山の南にもう一つ、これも日の隈山にいずれ劣らぬ小さな山がある。祇園山(ぎおんさん)である。二つが連なったようにしているので、二つ合わせておっぱいになっている。お母さんのおっぱいのようで安堵をした。二つの山の間には自然遊歩道のような山道が整えられた。ここをかけずり回って遊んだ。

日の隈山はその昔、国家危急の時があれば、山頂に火を焚いて狼煙を上げる山だった。狼煙は太宰府までの山々に上がった。山頂にその碑が遺されていて、小学校の遠足の頃にそこをゴール地点とした。遠足の小径には山茱萸が実って、子ども達はこれを食べて空腹を凌いだ。

わたしの小さい頃、祇園山の麓に水を貯めた池が、山の東西に二つあった。それほど広くはなかった。周囲は草木が生い茂っていてそこだけ空間が広がっていた。夏になると西の池へ来て仲間といっしょに泳いだ。水草、藻、菱が水面を覆っていたので、泳ぐと足がからまった。潜って底まで行って烏貝を掴んで上がってくるという遊びをした。この貝は真っ黒で、食欲をそそられる種類ではなかったので、その大きさを自慢した後で手放していた。

春には蕨、薇を摘みに行った。秋には茸が生えた。父に伴われて弟と一緒に山を歩いて茸探しをした。前方後円墳のような古墳群があちこちにその入り口を見せていた。すでにどれも盗掘の後だった。山の中腹辺りに赤土を採取していい場所があった。ここの赤土を取ってきて、村人達は家の修理のための壁塗りをした。子ども達はリヤカーの後を押す役を担った。

するうち密柑栽培ブームが訪れて、ブルトーザーが入り、丘陵はたちまちすべて密柑山になり金の成る木が生い茂った。ただし、蜜柑栽培はわれらが山里の農家たちではなく、どこか遠くの人たちがやって来て経営をしているようだった。懐かしい祇園山は麓のところで閉門され、立ち入り禁止となった。

蜜柑ブームも束の間で、美味しい蜜柑が日本全国大量に出回ることとなるやいなや、たちまちに終熄した。金の成る木は放置されて蔓草が絡みついたままになった。がらんどうの山である。その後は建設業者がここを買い占めて、建設用の資材のバラスのような土砂が運び込まれ、山麓一帯がぼた山のようになった。烏貝が自生していた池も埋まってしまった。もちろん人はここには入れない。

人を寄せ付けない山は子どもの遊ぶ山とはなりえない。子どもの夢を育む山でもなくなった。大人達もここを懐かしがって訪れることもない。寂しい祇園山になったが、山裾からは、しかし、どんな時代になっても目白、鶯、山鳩、キジ、杜鵑、アオバズク、チョットコイなどの山鳥が鳴いて来る。これはいまでも変わることはないようだ。
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