知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

審決における具体的な指摘

2008-10-31 07:03:38 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10238
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

(3) 上記(2)ア~オによると,当業者が,本願発明1の規定する6つのパラメータの値をそれぞれ本願発明1において規定する範囲内のものとし,これらのパラメータ値を同時に満たす官能化ケイ酸を製造することに特段の困難はないものと考えられるから,本願明細書の記載が簡略に過ぎるきらいはあるとしても,審決における具体的な指摘が何らないまま,明らかに実施可能要件を満たさないと断ずることは到底できない

 したがって,当業者にとって本願発明1の規定する6つのパラメータ値を同時に満たす官能化ケイ酸を製造することが困難であるとした上で,実施可能要件がないとした審決を取り消すべき理由とはなり得ない旨の被告の主張は,前提を誤るもので失当であるといわざるを得ない。

請求項に記載された文言通りの解釈

2008-10-31 06:54:29 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10238
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

 審決は,発明は請求項に記載された文言通り解釈すべきであるとして,請求項1における「アルコール系」とは「アルコールに分類される化合物」と解されるから,アルコールに分類されるものはすべて含まれるとしたものである。

 しかし本件発明1の特許請求に範囲には,「アルコール系を主成分とするゼリーの中に高吸水性ポリマー粉体が多数分散させた」ゼリー状体液漏出防止材とされている。そしてゼリーとは,前記のように粘液状のものと解釈すべきことを前提とすると,そこでいう「アルコール」も,粘液状ゼリーの主成分として構成されるものであり,その体液漏出防止材も常温の状態で注入されるものである

 そうすると,本件明細書の開示によれば,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,およそ粘液とは成り得ない固体状のアルコールを本件発明1にいう「アルコール」の対象とすることを想定せず,常温で液状のものを意味していると解するというべきである。
 また,上記のとおり「高吸水性ポリマー粉体が多数分散させた」と記載されていることから,高吸水性ポリマーを分散して保持することが可能である,高吸水性ポリマーには吸収されないアルコールを意味しているものと解するというべきである。また,体液がゼリー中に染み込み,ゼリー中の高吸水性ポリマーに吸収されることからして,本件発明1の「アルコール」は,親水性ないし水溶性である必要があるものと認識するというべきである。
 従って,本件発明1でいう「アルコール系」については,いわゆる「アルコール」一般を指すものとは解されず,「高吸水性ポリマーに吸収されない親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」と解釈するのが相当である。

以上検討したように,本件発明1の「ゼリー」は「粘液」であり,「アルコール系」は「高吸水性ポリマーに吸収されない液状のアルコールに分類される化合物」を意味すると解されるから,「ゼリー」は「流動性を失い弾性的なかたまりとなった状態」を意味し「アルコール」は常温で液状のアルコールだけでなく固形のアルコールも含むものであるとした審決の認定は誤りというべきである。

エ そうすると,本件発明1における「ゼリー」は「粘液」を意味し,「アルコール系」は「高吸水性ポリマーに吸収されない親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」であるから,「液状のアルコール以外でかたまり状のゼリーを製造できることが裏付けられていない」との理由で改正前特許法36条6項1号の規定に違反するとした審決の判断は誤りであり,この誤りは結論に影響することは明らかである。

動機付けが否定された事例

2008-10-31 06:34:21 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10238
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(3) そこで, 引用発明における「微小間隙G1」を拡げて本願補正発明における「間隙(20)」と同様に蓋板の平行移動及び斜め移動を許容するものとし,相違点2にかかる構成を備えることが当業者に容易であるかについて更に検討する

ア 既に認定したとおり,引用発明は,平面と角部との接触や,傾斜面を対称にするなどの本願補正発明と類似の構成のほかに,傾斜面部3a,3bの傾斜角度を40°~80°とすることにより蓋傾斜面部10a,10bと傾斜面部3a,3bとが相互に一方が他方に食い込むような楔効果を生じさせるものであり,この楔効果は本願補正発明にはみられない引用発明独自の効果である。換言すれば,引用発明は本願補正発明とは異なる上記構成を採用することにより,側溝躯体1側の接合面と側溝蓋8側の接合面との間の誤差を吸収するという発明の目的を達成しているものである。

 そうすると,引用発明においては更に側溝蓋8の斜め移動を可能として自動調心作用を働かせる必要はなく,引用発明における「微小間隙G1」を拡げて蓋板の平行移動及び斜め移動を許容するものとする動機付けは存在しない

大きく離れた数値の技術的意義の検討して設計事項を認定した事例

2008-10-29 07:01:51 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10311
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

(5) 原告は,引用発明において,ガラスパネルのコーナにおけるウォール部の肉厚を66.67%の減少ではなく,「5%乃至17%」だけ少ないように構成することは,両者の減少割合があまりにもかけ離れているから単なる設計事項であるとはいえないし,引用発明においては,機械的強度を考慮した上で肉厚を66.67%減少させるとの構成を採用したのであるから,それをわざわざ「5%乃至17%」の減少へと厚さを増大させることは当業者にとって容易ではないと主張する

 しかしながら,前記のとおり,引用発明は,実施例のものに限定されず,当業者が,ガラス耐圧強度を確保し得る範囲で,各コーナの肉厚を長辺及び短辺のそれに比し,どの程度薄くするかを適宜選択して実施し得るものである

 そして,引用例の「ガラスパネルのフェースプレート面のフラット化や大型化の開発が進むにつれ,外囲器全体にかかる真空ストレスが大きくなり,耐圧や防爆に対する強度の面から,ガラス肉厚は増加していく傾向にある。」(甲1の2頁1欄17行~21行)との記載によれば,引用発明の陰極線管外囲器のガラス耐圧強度は,フェースプレートの有効径の大きさやガラスパネルのウォール部の肉厚(幅)により変化するものと認められるところ,このことからすれば,引用発明において,機械的強度を確保し得る範囲での,各コーナの肉厚の長辺及び短辺の中央部肉厚に対する比の値(・・・)は,有効径の大きさ及び基準となるウォール部の辺中央部の肉厚をどの程度のものとするかにより変化するといえるから,上記の66.67%という数値も,一定の条件の下における機械的強度を確保し得る数値という以上に格別の技術的意義はないものと認めるのが相当である。

 そうすると,有効径の大きさ及びウォール部の辺中央部の肉厚をどの程度のものとするかという前提条件を離れて,66.67%の減少と「5%乃至17%」の減少という数値のみを比較し,両者があまりにもかけ離れているというにすぎない原告の主張は,引用発明のガラスパネルのウォール部のコーナの肉厚を5%ないし17%だけ少ないように構成することが設計事項にすぎないとした審決の判断に対する的確な反論とはなり得ないというべきである。

 また,上記の実施例における66.67%という数値の技術的意義に照らすならば,原告の,引用発明においては機械的強度を考慮した上で肉厚を66.67%減少させるとの構成を採用したのであるから,それをわざわざ「5%乃至17%」の減少へと厚さを増大させることは当業者にとって容易ではないとする主張も,同様に理由がないというべきである。

出願褒賞金及び登録褒賞金を支払った場合の時効の起算点

2008-10-19 20:42:10 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)10469
事件名 職務発明対価請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官清水節

2 争点7(消滅時効の起算点(消滅時効の抗弁))について
(1) 本件発明DないしFに係る相当対価支払請求の時効消滅について
ア 相当対価支払請求の可否及び根拠
 原告は,本件発明D及びEについて特許を受ける権利を被告に承継した時点で,被告に対する相当の対価の請求権を取得したものであるから,相当の対価の請求権に関しては,改正前特許法35条3項及び4項が適用されるところ(平成16年法律第79号附則2条1項),勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である(前掲最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決参照)。

 また,原告は,アメリカ合衆国において出願された本件発明Fについても,改正前特許法35条3項の類推適用により,被告に特許を受ける権利を承継させたことによる相当の対価の請求権を取得したものと解され,相当の対価の額を定めるに当たっても,本件発明D及びEの特許を受ける権利の承継の場合と同様,改正前特許法35条4項を類推適用すべきであると解される(最高裁平成16年(受)第781号同18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁参照)。

イ 消滅時効の起算点
(ア) 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(改正前特許法35条3項)。
 対価の額については,勤務規則等により定められる対価の額が同条4項の規定により算定される額に満たない場合は,同条3項に基づき,その不足する対価の額に相当する対価の支払を求めることができるのであるが,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,その定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。
 そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(前掲最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決参照)。

(イ) これを本件についてみると,上記第2,1(3)イのとおり,本件発明考案規定には,被告の従業員が職務発明をした場合には,当該発明について特許を受ける権利を被告に譲渡しなければならないこと(2項(1)),被告は,当該発明を特許出願した場合には,出願表彰褒賞金を支給すること(4条),被告は,特許登録された当該発明の実施,又は実施許諾により,特に顕著な功績が挙がった場合には,1年毎に経営会議において審査の上,褒賞金を支給すること(5条(1)ないし(3)),などが定められており,また,昭和61年5月1日の改訂前の発明考案規定では,登録褒賞金を支払うものとされていた。

 そうすると,本件発明考案規定(改訂前を含む。)は,被告従業員が,被告に対し,職務発明について特許を受ける権利を承継した場合に,被告は,当該従業員に対し,出願褒賞金及び登録褒賞金を支払うこととしており,その支払時期は,特許出願時及び特許登録時であるものと認められる

 これに対し,いわゆる実績補償については,本件発明考案規定によれば,被告は,特許登録された発明が,実施又は実施許諾され,特に顕著な功績が挙がった場合に,経営会議において審査の上,褒賞金(以下「実施褒賞金」という。)を支給するとされているところ(5条(1)),上記のとおり,当該褒賞金の支払時期は,従業者等による実績補償としての相当対価の請求権の行使を可能とし,また,この請求権の消滅時効の起算点となるのであるから,それが,「特に顕著な功績」という抽象的な基準や,経営会議における審査といった被告自身の内部の意思決定によって左右される基準により画されているものと解することは相当でない。そして,同規定が,特許登録された発明が実施又は実施許諾された場合を前提として実施褒賞金を支給すると定めていることに照らすと,従業者等においては,特許登録された発明が実施又は実施許諾される以前に実施褒賞金の支給を求めることは困難であり,相当対価の請求権の行使につき法律上の障害があるものと認められるが,当該発明が実施又は実施許諾された場合には,実績補償としての実施褒賞金の請求権の行使が可能となるものというべきであり,その実施褒賞金の支払時期については,被告において,本件各特許の実施による利益を取得することが可能となり,実施褒賞金を支払う可能性が出てきた時点,すなわち,特許権の設定登録時,当該発明の実施又は実施許諾時のうち,いずれかの遅い時点と解するのが相当である。

(ウ) そこで,上記の各時点につき検討するに,上記第2,1(2)アによれば,本件発明DないしFは,米国において,平成元年10月10日,平成2年1月9日及び平成5年1月19日に,それぞれ設定登録されたことが認められる。

 これに対し,本件発明DないしFの実施又は実施許諾がされた具体的な時期を認めるに足りる的確な証拠はないが(なお,原告が,本件各発明が実施されていると主張するポータブルCDプレーヤー「D-J50」(・・・),上記第2,1(4)エないしカによれば,被告は,原告に対し,本件発明D及びEの実施褒賞金として,平成4年6月8日以前に●(省略)●円を,本件発明Fの実施褒賞金として,平成6年7月7日以前に●(省略)●円を,それぞれ支払ったことが認められるところ,これらの実施褒賞金の支払が被告における発明の実施又は実施許諾と関わりなく行われたとの主張はなく,また,これを認めるに足りる証拠もないから,少なくとも上記各支払期日までの間に本件発明DないしFの実施又は実施許諾が行われたものと推認され,したがって,本件発明考案規定に基づく本件発明DないしFの実施褒賞金の支払時期は,各支払日以前であったというべきである。そして,本件発明DないしFの実施褒賞金についての消滅時効は,上記各支払によりそれぞれ中断し,上記各支払の時点から,再び進行を開始したものといえる

 そうすると,上記各支払の時点から,原告が,被告に対し,本件発明DないしFの実施褒賞金の支払を催告した平成18年12月21日まで,10年以上経過していることが明らかであるから,各支払請求権につき消滅時効が完成しているものと認められる。

特許権の保有と競業他者の排除との間の因果関係の有無

2008-10-19 20:22:47 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)10469
事件名 職務発明対価請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官清水節

1 争点2(独占の利益の有無)について
(1) 総論
勤務規則等により,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
そして,使用者等が,職務発明について特許を受ける権利等を承継しなくとも,当該特許権について無償の通常実施権を取得する(同条1項)ことからすると,同条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該発明を実施することによって得られる利益の額ではなく当該発明を実施する, 権利を独占することによって得られる利益(独占の利益)の額と解すべきである

本件では,後記(2)エのとおり,被告が,少なくとも競業他者の一部に対し,本件各特許の実施を許諾しているものと認められるところ,原告においては,被告が本件各特許を自ら実施しているとして,それによって得た利益を相当対価算定の根拠として主張している。このような場合においては,使用者等が,当該特許権を有していることに基づき,実施許諾を受けている者以外の競業他者が実施品を製造,販売等を禁止することによって得ることができたと認められる収益分をもって,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」というべきである

なお,改正前特許法35条3項及び4項の規定は,職務発明についての特許を受ける権利の承継時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について,これを当該発明をした従業者等において確保できるようにすることを趣旨とする規定と解される。
もっとも,特許を受ける権利自体が,将来特許登録されるか否か不確実な権利である上,当該発明により使用者等が将来得ることができる利益を,その承継時において算定することは,極めて困難であることにかんがみれば,その発明により使用者等が実際に受けた利益の額に基づいて,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を事後的に算定することは,「利益の額」の合理的な算定方法の1つであり,同条項の解釈としても当然許容し得るところというべきである。

そして,当該特許発明の実施について,実施許諾を得ていない競業他者に対する禁止権に基づく独占の利益が生じているといえるためには,当該特許権の保有と競業他者の排除との間に因果関係が認められることが必要であるところ,その存否については
特許権者が当該特許について有償実施許諾を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているか,あるいは,特定の企業にのみ実施許諾をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか,
当該特許の実施許諾を得ていない競業他者が一定割合で存在する場合でも,当該競業他者が当該特許発明に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか,代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異がないか,また,
包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が,当該特許発明を実施しているか又はこれを実施せず代替技術を実施しているか,さらに,
特許権者自身が当該特許発明を実施しているのみならず,同時に又は別な時期に,他の代替技術も実施しているか
等の事情を総合的に考慮して判断すべきである

・・・

(4) 小括
 以上検討したところによれば,被告は,本件各特許につき,開放的ライセンスポリシーを採用していたこと,本件各発明の代替技術が存在し,両者の間に作用効果等の面で顕著な差異が存在すると認めることができないこと,クロスライセンス契約の相手方が,本件各発明を実施しているとは認められないこと,被告自身も本件各発明の代替技術を実施していたこと等を総合考慮すると,被告の競業他者が本件各発明を実施していないことが本件各特許の禁止権に基づくものであるという因果関係を認めることはできない
 したがって,被告が,仮に,本件発明AないしCを自己実施しているとしても,それらの禁止権の効果により独占の利益を得ているということはできない。

 以上のとおり,本件発明AないしCについて,被告に「使用者等が受けるべき利益の額」が認められないのであるから,これらの発明についての相当の対価の額も認められず,その余の点について判断するまでもなく,本件発明AないしCについての相当の対価の支払請求は,いずれも理由がないことに帰する。

特許発明の構成要件の充足の判断事例(諸要素をすべて考慮)

2008-10-19 10:24:18 | 特許法70条
事件番号 平成19(ワ)21051
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年09月17日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 市川正巳

第3 当裁判所の判断
1 本件特許1の侵害について
( ) 争点2-2( 受信電力変化量1 「の信号」)及び争点3-2(「送信出力を制御」)について
ア特許請求の範囲の解釈
<ins>(ア) 特許請求の範囲の記載</ins>
本件発明1の特許請求の範囲の記載から,「受信電力変化量の信号」(構成要件J)は,これに基づいて「固定側装置の電力送信部の送信出力を制御する」(構成要件L)ものでなければならない。

<ins>(イ) 「制御」の通常の意味</ins>
・・・

<ins>(ウ) 本件明細書1の記載</ins>
本件明細書1に,本件発明1の技術分野,目的,効果,内容等について,次のとおり記載されていることは,前提事実(2)ア記載のとおりである。
・・・

<ins>(エ) 出願経過</ins>
a 本件特許1の出願経過は,次のとおりである(前提事実(2)イ)。
・・・

<ins>(オ) 技術常識</ins>としての相互インダクタンス
2つのコイル間に相互に電磁結合を生じ,この作用を相互インダクタンスで表すことは,本件特許1の原々出願当時の技術常識であったことは,当事者間に争いがない。

(カ) 検討
 以上の本件発明1の<ins>特許請求の範囲の記載,「制御」の通常の意味,本件明細書1の記載,出願経過及び技術常識としての相互インダクタンス</ins>によれば,本件発明1は,少なくとも,移動側装置の受信信号が均一になるように送信信号の出力強度を制御することを目的とするものであり,構成要件J及びLにいう「受信電力変化量の信号」は,移動側装置の受信信号が均一になるように固定側装置の電力送信部の送信出力を操作することができるものでなければならず,「電力変化量の信号に基づいて…制御する」とは,移動側装置の受信信号が均一になるように固定側装置の電力送信部の送信出力を操作することであると解すべきである

イ 充足
a 「制御」の有無
(a) 別紙3の構成j及びlのとおり,対象カードと対象リーダ/ライタは電磁結合しているため,①対象カードを対象リーダ/ライタに近接させると,対象リーダ/ライタの作る総磁束に対し,対象カードに鎖交する磁束の割合が大きくなり,対象カードに最初よりも高い高周波電圧が誘起され,②この誘起は,対象カードの磁界を変化させ,変化した磁界が対象リーダ/ライタと鎖交することにより,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,最初よりも低下し,①から②のプロセスが繰り返され,短時間の間に一定の値に収束する。
 しかしながら,甲19の図1及び図2によると,対象カードの受信電圧は,通信可能な範囲内である通信距離が125㎜以内においても,距離に応じて,約3Vから約6Vの間で変動しており,一定になっているとはいえないことが認められる

 したがって,仮に,原告ら主張のとおり「対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波」が構成要件J中の「受信電力変化量の信号」であり,それが対象リーダ/ライタに「伝送」されていると解したとしても,対象製品においては,対象カードの受信信号が均一になるように「制御」されているとはいえない。


2 本件特許2の侵害について
(1) 争点5(構成要件Q(蓄電機器)の充足)について
ア特許請求の範囲の解釈
(ア) 特許請求の範囲の記載
a 構成要件Qは,「前記電力を受電する側のモジュールにコンデンサや電池の如き蓄電機器を装備して受電電力により充電し,」と記載し,「蓄電機器」として「コンデンサ」を例示している。

 他方,構成要件R2は,「これを電源として所要のタイミングで間欠的に他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なうに際して,」と規定し,「蓄電機器」を「電源として」データ送信を行う旨記載している。

b したがって,本件発明2の特許請求の範囲の記載からだけでも,構成要件Qにいう「蓄電機器」は,それ自体で電源として動作するだけの容量を持つものを意味すると認められる。

(イ) 本件明細書2の記載内容
a さらに,本件明細書2に次の記載があることは,前提事実(2)ア記載のと
おりである。
・・・

b(a) 上記aの本件明細書2の記載によると,本件発明2の目的は,固定体側と運動体側のモジュールの距離がある程度大きい場合,周囲の設置環境条件などのために伝送効率が悪くなる場合,非接触で供給する送信電力を大きくできない場合などにおいても,信号の伝送を安定して効率良く行うことができる信号伝送装置を提供することにあり,本件発明2は,この通信の安定性という目的を達成するために,運動体側のモジュールに「蓄電機器」を備え,固定体側から受電した電力を一旦蓄電させた上で,動作するという構成を採用したものである。

 そして,上記aの本件明細書2中の実施例1(上記a(d))に,「整流平滑回路6により直流化され,コンデンサや電池などの蓄電機器7を充電する。」と記載されているとおり,本件明細書2は,蓄電機器であるコンデンサと整流平滑回路としてのコンデンサとを明確に区別して記載しているものである。

(b) したがって,本件明細書2の記載を考慮して解釈すれば,構成要件Qの「蓄電機器」は,固定体側からの送信電力が小さくなった場合にも,安定して通信を行うことができるように,自ら蓄電した電力を電源として送信動作をすることができるだけの容量を持つものに限られ,固定体側から受信した電力を整流平滑化するために一時的に蓄電するにすぎない「整流平滑回路」としてのコンデンサを含まないと解される

(ウ) 原告らの主張に対する判断
 原告らは,構成要件Qには,「コンデンサ・・・の如き蓄機器」と記載され,「コンデンサ」が例示されているとか,コンデンサについての専門的又は一般的辞書における意味に基づく主張をするが,それらの主張は,文脈を無視して「コンデンサ」だけを議論するか,本件明細書2の記載を無視したものであり,到底採用することができない。

イ 充足
 別紙3の構成qのとおり,対象カード内に配置された整流平滑回路のコンデンサは,対象リーダ/ライタから絶え間なく受け取る電磁波を整流し,これにより直流電圧が得られるものであるが,同コンデンサが,対象リーダ/ライタから送信される電力が小さくなった場合でも,安定した通信ができるように電力を蓄え,自ら蓄電した電力をカード内の回路に供給して送信動作を行うものであることを認めるに足りる証拠はない。

 したがって,対象カード内のコンデンサは,構成要件Qの「蓄電機器」を充足せず,対象製品は,構成要件Qを充足しない

サポート要件の判断事例

2008-10-18 10:51:02 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10367
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(エ) 以上によれば,詳細な説明は,本件特許発明1において,光触媒とアモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,乾燥させ,固化させる温度を「80℃以下」と規定していることと,これにより得られる効果との関係の技術的意義について,具体例を欠くものであり,また,具体例の開示がなくとも当業者が理解できる程度に記載されているということもできない。したがって,本件特許発明1は,詳細な説明に記載されたものであるということができないものというべきである

オ まとめ
 以上検討したところによれば,詳細な説明には,本件特許発明1における「光触媒とアモルファス型過酸化チタンゾルとを混合し,コーティングした後,80℃以下で乾燥させ,固化させて得たことを特徴とする」との構成のうち,「80℃以下で乾燥させ,固化させて得た」との部分に対応する記載があるとは認められない。

 そうすると,本件特許発明1についての特許がサポート要件を満たしていないとした審決の判断は,その結論において相当であり,理由(1)アに係る認定判断の誤りをいう原告ら主張は理由がない

(所感)
 サポート要件に違背する場合には、同時に、発明の詳細な説明の記載が請求項に係る発明を実施できる程度に記載されていない(実施できない部分を含む)と言えるように思われる。どちら(あるいは両方)が指摘されるかは事案に鑑み判断されると言うことになるように思われる。

 一部が実施できない場合は、サポート要件違背が指摘されることが多いのかもしれない。

技術思想としての異同

2008-10-18 10:50:14 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10008
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

ウ 審決認定に係る周知例の粗面と本件技術に係る断面鋸刃状の形状を有する傾斜面との異同
 上記アに認定説示したとおり,本件技術に係る断面鋸刃状の形状を有する傾斜面は,導光板の傾斜面を断面鋸刃状とすることにより入射光を散乱させるものであるから,その粗面としての性状の限度で技術的意義が認められるのであり,本願明細書には本件技術が持つそれ以上の技術的思想の開示はなく,また,本件技術自体から原告ら主張の技術的思想が自明であるとも認められないのであるから,結局,本件技術の持つ技術的思想は,上記イに認定説示したところの光の入射面を粗面化することにより入射光を散乱ないし散光させて輝度を高めるという周知の技術的思想と同一であるといわざるを得ない。

エ 以上によれば,本件技術において採用した導光板の傾斜面を断面鋸刃状と特定したことに入射光を散乱(散光)させるための粗面化という以上の技術的意義が認められない以上,粗面化の一形状として断面鋸刃状とすることは,審決認定の周知技術2に基づいて,当業者が適宜その形状を選択・採用し得る程度のものといわざるを得ないから,この意味において,審決の認定判断に誤りがあるということはできない。

(所感)
 技術思想として同じものの中から一つの態様を選択することは設計事項(適宜選択・採用し得る程度のもの)ということになるのだろう。
 また、発明は、技術思想(の創作)であるから、発明の対比は、発明特定事項の表面的記載ではなくその意味する技術思想を比較・検討することになるだろう。

無効の抗弁を覆す対抗主張が2度に渡り撤回された場合

2008-10-13 09:36:42 | 特許法104条の3
事件番号 平成19(ワ)2980
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年10月09日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

(3) 特許権者による訂正審判請求 は,特許法その他の法令上,その回数や期間に制限が設けられているわけではない(ただし,特許法126条2項参照)。
 他方,特許権侵害訴訟において当該特許が特許無効審判により無効とされるべきものと認められるときは,特許権者は,相手方に対しその権利を行使することができないとされているところ(特許法104条の3第1項の抗弁),訂正審判請求がされ,同訂正審判請求が訂正要件を満たす場合において,それによって当該特許の無効理由が解消すると認められれば,当該特許が「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」には当たらないことになるので,特許法104条の3第1項の抗弁は認められないことになる(訂正の再抗弁)。

 ところで,特許権侵害訴訟において,特許無効審判手続による無効審決の確定を要せず,特許法104条の3第1項の抗弁(以下「無効主張」という。)をもって,特許権に基づく権利行使の制限を認めているのは,特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で,迅速に解決することを図ったものであると解される。
 そして,同条2項の規定が,同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは,裁判所はこれを却下することができるとしている趣旨は,無効主張について審理,判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される


 このような同条2項の規定の趣旨に照らすと,無効主張のみならず,無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば,却下されることになるというべきである(最高裁平成20年4月24日第一小法廷判決・裁判所時報1458号153頁・民集62巻5号登載予定参照)。

 もっとも,本件においては,上記2回にわたる対抗主張が撤回された後,新たに具体的な対抗主張がされたわけではないので,それが時機に後れた攻撃防御方法として却下することができるか否か問題となるのではなく,そのような対抗主張をさせるために口頭弁論期日を続行すべきか否かの訴訟指揮の在り方が問題とされているものである。


(4) 本件訴訟の前記経過によれば,・・・,原告は,平成20年7月14日の第9回口頭弁論期日において,同審判請求を取り下げる予定であると述べるとともに,同審判請求が認められることを前提とした対抗主張をすべて撤回したものである。そして,同期日において,原告は,今後行うべき訂正審判請求の具体的内容を明らかにせず,したがって,本件訴訟において審理の対象となるべき上記審判請求に対応する訂正主張が,訂正要件を満たし,同訂正が認められれば本件特許の無効理由が解消し,かつ,訂正後の特許請求の範囲によっても,被告方法が本件特許発明の技術的範囲に属するなど,同審判請求に対応する対抗主張の具体的内容を明らかにしなかったものである。

 このように,原告は,2度にわたり訂正審判請求を行い,その都度,当裁判所は,原告の対抗主張を許容し,被告に対して原告の対抗主張に対する反論を行うよう促し,被告もこれに応じて詳細な反論をし,議論が尽くされてきたものであって,当裁判所としては,第9回口頭弁論期日において被告から予定されていた反論(原クレームに係る対抗主張に対する反論)がなされれば,双方の主張立証は尽くされ,第2次訂正審判請求に係る対抗主張の成否を含め,本件について判決をするのに熟するとの心証を得ていたものである。

 上記のとおり,被告は,2度にわたる原告の対抗主張に対してその都度具体的な反論を行っていたものであり,原告が上記期日に至って第2次訂正審判請求に基づく対抗主張をすべて撤回した上,さらに口頭弁論期日を続行して,続行期日以降に新たな対抗主張をすることを許すことは,本件訴訟の審理を不当に遅延させるものになるとともに,被告に過度の応訴負担を負わせるものというべきである。

 上記のとおり,第9回口頭弁論期日の段階では,原告が第2次訂正審判請求が成り立たない旨の審決を受けて間がなかったことから,未だ原告が意図する訂正審判請求及びこれに対応する対抗主張の具体的内容が明らかではなかった上,上記審決の主たる理由が,本件分割出願自体が改正前44条1項に規定する適法な分割出願とはいうことはできないということにあり(甲81) この判断には首肯すべきところがあることに照らすと,今後予想される原告による訂正審判請求(第3次訂正審判請求等)が容易に認められるとはいい難い状況にあるといわざるを得ない

 以上の事情にかんがみれば,当裁判所としては,上記口頭弁論期日をもって,本件について判決するのに熟したものと判断し,さらに口頭弁論期日を続行することなく弁論を終結する措置を執った次第である。

物質特許の進歩性

2008-10-05 12:07:43 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10430
事件名 審決取消請求事件(特許)
裁判年月日 平成20年10月02日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

(3) 原告は,医薬品原料としては高い純度が要求されるのが周知なのであり,既に純粋なアカルボースが存在していたのであり,また,精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られることも常識であって,精製法は甲2のほかにも多数の種類が知られていたのであるから,本件発明は,甲3と甲2から容易に発明することができた,と主張する。

 しかしながら,ある精製方法を繰り返し行ったとしても,その精製方法ごとに,達成できる純度に自ら上限があるのが通例であって,「精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られること」によって,直ちに,本件発明で規定する純度のものが得られるとは認められない。

 また,本件明細書の記載によれば,従来法である,強酸カチオン交換体にアカルボースを結合して塩溶液又は希酸で溶出する方法や,この強酸カチオン交換体を単に弱酸カチオン交換体に代替する方法によっては,本件発明で規定する純度を達成することができず,非常に特に弱い酸性の親水性カチオン交換体を用い,かつ,狭く制限されたpH 範囲内において溶出を行うことによって初めて,その純度を達成できたものであると認められる。これに対し,甲2に記載された精製法が,本件発明で規定する純度を達成可能なものであることは何ら示されていない。・・・

 したがって,たとえ課題や動機が存在していたとしても,本件優先日前に,本件発明で規定する純度を達成可能とする手段は公知ではなかったことから,本件発明で規定する純度のものを得ることは,当業者といえども容易には行い得なかったものと認められる

(4) さらに,原告は,本件発明1において,純度を93%以上とすることによる特段の作用効果が認められない,と主張する。しかしながら,それまで技術的に達成困難であった純度を達成できたことは,それ自体で,特段の作用効果を奏したものということができるものであって,原告の上記主張も採用することができない。

先願と後願の発明が同一か否かの判断事例

2008-10-05 11:13:22 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10108
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月01日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

3 取消事由の検討
 ・・・
(1) 原告は,先願発明においては,「収束Vthについて,・・・,収束Vth=UV・E・Vthである。他方,補正発明は・・・,これはVth<UV・E・Vthを意味するから,補正発明は,この点において先願発明と相違する」と主張する。

 確かに,先願明細書には,上記2のとおり,収束Vthを紫外線消去時のしきい値電圧UV・E・Vthとすることにより,外部ストレスに対する安定性を高めるフラッシュ型E2PROMの消去方法の発明が記載されている。

 しかしながら,先願明細書には,上記2(1)のとおり,リーク電流が流れないようにし,書込時の消費電流を低減するという発明の目的が明示されており,この目的を達成するものとして,先願発明に係る技術思想が開示されているのであるから,先願明細書には,上記のような外部ストレスに対する安定性を高めるフラッシュ型E2PROMの消去方法の前提となる先願発明が,独立の技術思想として開示されていることは明らかである

 そうすると,先願発明における収束Vthは,収束Vth=UV・E・Vthの場合に限定されないものであり,先願発明は,「定常状態しきい値電圧をUV消去電圧よりも小さくオフセットするもの」(収束Vth<UV・E・Vth)を含むものであるというべきであるから,原告の主張を採用することはできない。

(2) また,原告は,「先願発明にはゲート電圧が接地電圧よりも高くなければならないという要求は存在しない。他方,補正発明はゲート電圧が接地電圧よりも高いという限定が付加されているものであるから,補正発明はこの点において先願発明と相違する」と主張する。

 先願発明は,上記2(1)イ(イ)のとおり,・・・,上記【数7】によって示される式及び図3のグラフのみからすると,ゲート電圧が接地電圧(0V)よりも低い場合が想定され得るようにも見える。

 しかしながら,先願発明は,上記2(1)イ(ア),(イ)のとおり,ゲート電圧VGが0Vの条件で行われる従来の消去方法において,リーク電流が流れるために書込時の消費電流が増大するという問題を解決するために,F-N・トンネリングによる消去後のセルフ・コンバージェンス時に,・・・,収束Vthをドレイン電流(リーク電流)が流れ始めるしきい値電圧以上にするというものであるから,ここで印可するゲート電圧VGが0V(接地電圧)よりも高いものであることは明らかである。

 そうすると,先願発明のゲート電圧は,補正発明のゲート電圧と同様,接地電圧よりも高いものであるから,原告の主張を採用することはできない

(3) さらに,原告は,先願明細書における段落【0021】~【0025】の記載を根拠として,先願発明は「セルフ・コンバージェンス及び複数回消去方式のような,しきい値電圧の収束及び自己収束方式」であるとし,補正発明はこれに対する改良をもたらすものであるから,補正発明は,この点においても先願発明と相違する旨主張する。

ア 先願明細書の特許請求の範囲の請求項3~5は,次のとおり記載されている。
・・・

ウ 上記ア,イによると,先願明細書の段落【0021】~【0025】の記載は,請求項3~5に記載された発明の実施例についての記載であると認められ,先願明細書には,これらの記載によって,書込み後のメモリセルのしきい値電圧Vthがばらつくことによる問題を解決するため,メモリセルすべてが書込み状態にあるとき,セルフ・コンバージェンスによって書込み後のメモリセルのしきい値電圧Vthを,ある一定のVthに収束させるようにする発明が開示されているものと認められる。

 しかしながら,審決及び本判決が,先願明細書に基づいて認定した「先願発明」は,上記2(1)のとおり,リーク電流が流れないようにし,書込時の消費電流を低減するという目的を達成するため,同(2)の構成を備えた発明であって,この先願発明が,先願明細書の請求項3~5及び段落【0021】~【0025】に開示された上記発明とは別個の発明と観念されることは明らかである。

 そして,先願発明とは別個の発明が,先願発明と並んで先願明細書に開示されており,この発明と補正発明との間に,仮に原告が主張するような相違があるとしても,先願発明と補正発明との間に相違があることにはならないから,原告の主張は失当であるといわざるを得ない。

(4) 上記(1)~(3)のとおり,補正発明と先願発明との間に原告が主張する相違点が存在するとは認められず,これらが実質的に同一であるとして,本件補正を却下した審決の判断に誤りはないから,審決が発明の要旨を本件補正前の請求項5の記載のとおり認定したことは正当である。

不法行為と不当利得

2008-10-05 10:01:42 | Weblog
事件番号 平成20(ネ)10031
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成20年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

9 争点10(不当利得の成否)について
 原告らは,①民事法務協会に対する法務局内におけるコピー機設置場所の提供行為,及び②本件土地宝典の貸出行為により,被告が不当な利益を得ていると主張する

 しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。

 すなわち,民法703条は,法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う旨を規定する。

 ところで,コインコピー機を設置したのは,民事法務協会であり,本件土地宝典を複製したのは,不特定多数の第三者であり,そのいずれの行為についても,被告自らが行ったものではない

 被告は,民事法務協会からコインコピー機の設置使用料を得ているが,当該使用料は,国有財産(建物の一部)を占有させたことによる対価の性質を有するものであって,使用許可を受けた民事法務協会が,コインコピー機を設置し,不特定多数の第三者に本件土地宝典の複製をさせることによって受けるコピー代金に関連して得たものではない(乙20)。
 また,民事法務協会が不特定多数の第三者に本件土地宝典の複製をさせることによって受けるコピー代金は,当該第三者によるコピー機の使用の対価であり,その金額は複写に要したコピー用紙の数量により定まるものであって,当該第三者が本件著作権の使用料を支払ったか否か,あるいは,そもそも複写の対象が本件土地宝典であったか否かによって,左右されるものではないから,そもそも民事法務協会についても,本件土地宝典の複製行為によって,民法703条所定の「利益」を得たということはできない。

 そうすると,被告が本件土地宝典の複製行為によって,民法703条所定の「利益」を得たと解する余地はない。

 この点について,原告らは,被告には,その行為を合法化するために必要な支出を免れた利得があるなどと主張するが,失当である。

 不法行為の制度は,加害者が被害者に対して,被害者の受けた被害を金銭賠償によって回復させる制度であるのに対して,不当利得の制度は,法律上の原因がないにもかかわらず,一方が損失を受け,他方がその損失と因果関係を有する利益を有する場合に,衡平の観点から,その点の調整を図る制度であって,それぞれの制度の趣旨は異なる
 不当利得が成立するか否かは,あくまでも,損失と因果関係を有する利益を得ているか否かという,不法行為とは別個の観点から吟味すべきであることはいうまでもない。原告らの主張によれば,不法行為が成立する場合は,常に,加害者が利益を得ている結果となり不合理である。

 以上のとおり,不特定多数の第三者のする本件土地宝典を複製した行為が,不法な行為であり,かつその行為により利益を得ていると評価される場合に,当該行為が,不法行為のみならず不当利得をも構成することがあり,また,コピー機の設置場所を提供し,本件土地宝典を貸与する被告の行為が,幇助態様による民法719条2項所定の不法行為を構成すると評価されることがあったとしても被告が原告らの損失と因果関係を有する利益を得ていない以上,不当利得は成立しない。原告らの主張は,採用することができない。

拒絶理由の形式で通知されていない引用例(防御権行使の機会の有無)

2008-10-05 09:28:53 | 特許法50条
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=36848&hanreiKbn=06
事件番号 平成19(行ケ)10065
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


1 特許法159条2項に違反する手続の誤り(取消事由1)について
(1) 特許法は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合には,拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する(同法159条2項,50条)。

 同法159条2項の趣旨は,審判官が,新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,あらかじめその理由を出願人(拒絶査定不服審判請求人)に通知して,弁明ないし補正の機会を与えるためであるから,審判官が拒絶理由を通知しないことが手続の違法を来すか否かは,手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,拒絶理由の通知をしなかったことが出願人(拒絶査定不服審判請求人)の防御権行使の機会を奪い,利益の保護に欠けるか否かの観点から判断すべきである

・・・

ク まとめ
上記の手続過程の要点は,以下のとおり整理することができる。すなわち,
(ア) 本願発明の進歩性に関し,原告は,平成17年5月9日付け手続補正(甲6,甲9)の段階から,アンダーカット構造が円周方向に不連続であって複数のアンダーカット円弧状部を複数の空隙に対して交互に具えることが進歩性を基礎付ける旨の主張をしていた(前記(2)イ,ウ)。

(イ) 平成18年3月29日付け拒絶査定(甲10)において,連結部材を円周方向に不連続な複数の円弧状部にすることが従来周知の技術手段であることを示すものとして引用例2(甲2)が挙げられ,連結部材においてアンダーカット構造が円周方向に不連続であって複数のアンダーカット円弧状部を複数の空隙に対して交互に具えるという,引用発明2の「突出部材32」,「空間33」,「フック部34」に対応する構成について具体的な指摘がなされた(前記(2)エ)。

(ウ) 原告は,平成18年5月19日付け審判請求書(甲11)において,引用例2について・・・本願発明の如き周方向連続壁を開示するものではないと主張した(前記(2)オ)。

(3) 判断
 上記認定した事実に基づき,審判官が,拒絶理由の通知をしなかったことが原告の防御権行使の機会を奪い,利益の保護に欠けるか否かを判断する。
 前記(2)ク(ア)ないし(ウ)によれば,拒絶査定の理由の実質的な内容は,
① 本願発明と甲1記載の引用発明1との間に,「・・・」という相違点(審決で認定されたのと同様の相違点(前記第2,3(2)ウ))があること,
② その相違点に係る構成は,甲1記載の引用発明1に,引用例2(甲2)や特開昭63-68159号公報に記載されている周知技術(引用例2に記載された「フツク部34」に係る構造)を適用することにより容易に想到し得ること,であったものと認められる。

 そして,原告は,拒絶査定の理由の実質的な内容が上記のとおりであることを認識した上で,引用例2(甲2)に記載された「フツク部34」と「突出部材32」を検討し,審判請求書(甲11)において,甲2記載の引用発明2と本願発明が相違するという趣旨の反論をしたものと認められる。

 そうすると,当業者が本願発明を引用発明1,引用発明2に基づいて容易に発明することができたという理由が拒絶理由通知等の形式により通知されていないとしても,原告は,拒絶査定によって,その実質的な理由を認識し,それについて具体的に検討した上で反論,補正を行っていると認められるから,出願人である原告の防御権行使の機会を奪うことはなく,その利益保護に欠けることはないと解される。

 したがって,審判官が,当業者が本願発明を引用発明1,引用発明2に基づいて容易に発明することができたという理由を通知しなかったとしても,それが手続の誤りとして違法となることはないというべきである。

金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告による残部請求の訴えを提起

2008-10-04 18:19:04 | Weblog
事件番号 平成20(ワ)7416等
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年09月30日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

1 本訴請求(本案前の答弁)について
(1)本訴請求は,要するに,甲6公報が存在することにより本件特許について取消理由が存しないにもかかわらず,本件特許異議申立てを行った被告の行為は,権利濫用によるものとして不法行為に当たるとして,被告に対し,損害賠償を請求するものである。

 他方,前提事実(3)ア及びイによれば,前訴事件①及び前訴事件②における請求は,いずれも,本件特許異議申立てを行った被告の行為が不法行為に当たるとして,被告に対し,損害賠償を請求するものである。

 以上のとおり,本訴請求,並びに前訴事件①及び前訴事件②に係る請求は,同一の請求を含むものの,いずれも損害額として主張する金額の数量的な一部請求をしていることから,訴訟物としては別個のものであると解される

(2)ところで,一個の金銭債権の数量的一部請求は,当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して上記額の限度でこれを請求するものであり,債権の特定の一部を請求するものではないから,このような請求の当否を判断するためには,おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。
 数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は,このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて,当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって,言い換えれば,後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない
 したがって,上記判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは,実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり,前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し,被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。
 以上の点に照らすと,金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは,特段の事情がない限り,信義則に反して許されないと解するのが相当である(最高裁平成9年(オ)第849号,同10年6月12日第二小法廷判決,民集52巻4号1147頁)。

(3) これを本件についてみると,前述のとおり,本訴請求は前訴事件①,前訴事件②における請求と同一の不法行為による損害賠償請求権に基づく請求であり,前訴事件①及び前訴事件②の判決が確定した後に,前訴事件①,前訴事件②の残部請求に該当する本件訴えを提起することは(甲19及び乙3から,本訴が前訴事件①,前訴事件②の判決確定後に提起されていることが明らかである。),実質的に,前訴事件①,前訴事件②で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり,上記各前訴事件の確定判決によって,当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し,被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである

 そして,本件については,原告において,本訴に係る訴えを提起することがやむを得ないといった特段の事情も認められない。
 したがって,前訴事件①,前訴事件②において敗訴した原告が,本訴に係る訴えを提起することは,信義則に反して,許されないというべきである。