知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

副引用例の誤認定および組合わせの契機の欠如

2009-04-23 20:40:32 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10300
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年04月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(4) 相違点4に関する容易想到性
ア容易想到性について
審決は,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物として,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上のものとすることは,甲4,甲5に記載されているように,当該技術分野において,普通に採用される範囲のものであるから,甲1発明において「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」のものを採用して相違点4に係る構成とすることは,容易想到であるとする

しかし,前記(3)ウのとおり,従来から使用されているホースの内管を構成するエラストマー組成物の135℃における50%モジュラスは,約0.98~2.35MPa程度であり,甲4,甲5記載の技術は,加硫時に発生する補強糸の棚落ちという特定の課題を解消するために,135℃における50%モジュラスが約1.96~3.92MPaという値のエラストマー組成物を採用したものである。

 そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物を,100℃における50%モジュラスが3.0MPa程度以上のものとすることは,100℃と135℃の温度の差を考慮に入れても,繊維補強層を有するホースに関する技術分野において,普通に採用される範囲のものであるということはできない

 しかも,引用発明で繊維補強層に用いられているヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は,前記(2)イのとおり,耐熱性,難燃性であり,その分解温度は600℃以上であり,伸度も3.0%以下である。そうであるとすると,ヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は,600℃を越えて分解温度に達するまでほとんどその形状を維持し強度を保つことになり,100℃程度の温度条件では,ホースの補強に関する性能に特段の影響は生じないと解されるから,引用発明において,ホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃における50%モジュラスを,敢えて普通に採用される値より大きい3.0MPa程度以上とする必要性はなく,そのようにする契機があるとはいえない

そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは,普通に採用される範囲であるとはいえず,更にこれを引用発明に適用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとはいえない。

 したがって,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることが普通に採用される範囲であることを前提とし,更にこれを引用発明に採用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとした審決の判断は,誤りである。


新規事項の追加を否定した事例、実験報告書を採用した事例

2009-04-21 19:11:43 | 特許法17条の2
事件番号 平成20(行ケ)10358
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年03月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


2 本件補正の適否
 原告は,本件補正で本件特許の請求項1,4に加えられた記載(上記第3,1,(2)下線部分)は,特許請求の範囲について,これを「但し…を除く」などの消極的表現により記載したいわゆる「除くクレーム」の形式による特許請求の範囲の記載に当たるところ,この記載は本件特許の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面には全く開示も示唆もされていない新規事項であり,本件補正は「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」なされものではないから,特許法(以下「法」という。)17条の2第3項の規定に違反し,法123条1項1号に規定する無効事由に該当すると主張するので,以下検討する。
 ・・・

イ すなわち,本件補正は,上記アのとおり,球状活性炭につき,X線回折法による回折角(2θ)が15°,24°,35°における回折強度の比(R値)が1.4以上であるものを除くとするものである。

 一方,前記記載のとおり,本件当初明細書に記載された発明は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用い,これにより,ピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,有益物質に対する吸着が少なく尿毒症性物質の吸着性に優れるという選択吸着性が向上するという効果を奏するとするものである。

 そして,上記(3)ウのとおり,別件特許は,球状活性炭からなる経口投与剤につき,その細孔構造に注目して,直径,比表面積のほか,最も優れた選択吸着性を示すX線回折強度を示す回折角の観点からこれをR値として規定し,このR値が1.4以上であることを特徴としたものである。別件特許は,球状活性炭に関し,本件特許とは異なりフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を出発原料として特定せず,また本件特許では従来技術に属するものとされるピッチ類を用いても調整が可能であるとして,このR値の観点から球状活性炭を特定したものである。

 そうすると,球状活性炭のうちフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いた場合において,そのR値が1.4以上であるときには,本件特許に係る発明と別件特許に係る発明は同一であるということができる。そして,本件補正は,このR値が1.4以上である球状活性炭を特許請求の範囲の記載から除くことを目的とするものであるところ,上記本件当初明細書の記載内容によれば,本件補正は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないと認めるのが相当である。そうすると,本件補正は,特許法17条の2第3項に違反するものではないから,補正要件違反の無効理由は認められない。

ウ 原告の主張に対する補足的判断
(ア)  ・・・

(イ)  また原告は,本件補正後の本件発明には発明の実施例が全くないこととなり,本件発明は未完成であり,本件補正により除かれた後の発明は発明の詳細な説明のサポート(特許法36条6項1号にいう「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」)を欠き大合議判決の事案とは異なるものであると主張する。
 本件特許の明細書(甲9〔特許公報〕)に記載された実施例1~4は,上記(2)ア(ア)の本件当初明細書に記載された実施例1~4と同じであるところ,この実施例は,上記(3)イのとおり,別件特許の特許公報(甲5)と併せ読むと別件特許の実施例1~4とは全く同一のものであり,しかも別件特許の特許公報(甲5)には,実施例1~4のR値が記載されており(【表2】),いずれもR値は,1.68~1.71と1.4以上である。そうすると,本件特許公報に記載された実施例1~4は,いずれも本件補正後のR値を満たさないものしか記載されていないから,原告は本件発明の実施例が全くなく,また本件発明は未完成であり,発明の詳細な説明のサポートを欠くと主張するものである

 しかし,上記(2)ア(イ)で検討したとおり,本件当初明細書に記載された発明は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用い,これによりピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,選択吸着性が向上するという効果を奏するとするものであり,別件特許と異なりX線回折法による回折強度比(R値)の観点から球状活性炭を規定したものではない。

 なお,被告が平成18年5月15日付けで提出した実験成績証明書B(甲40の3)によれば,フェノール樹脂を炭素源として調整した参考例1,3~5において,R値が1.4未満でありながら従来の球状活性炭(ピッチを炭素源とした本件当初明細書記載の比較例1,2。選択吸着率0.7~1.7)に比して優れた選択吸着率を示しており(選択吸着率2.4~3.9),同じく平成18年5月15日付けで提出した実験成績証明書A(甲40の2)によれば,イオン交換樹脂を炭素源として調整した参考例1,2において,R値が1.4未満でありながら従来の球状活性炭(ピッチを炭素源とした本件当初明細書記載の比較例1,2。選択吸着率0.7~1.7)に比して優れた選択吸着率を示している(選択吸着率。3.1~3.4)ことが認められる。
 これらによれば,X線回折法による回折強度比(R値)の観点から本件発明をみても,本件発明が未完成であるということはできない。
また,フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いて特許請求の範囲記載の直径,比表面積,細孔直径,細孔容積の条件を満たす球状活性炭を調整することについて,本件当初明細書(乙10)の発明の詳細な説明に記載されていたとおりであり,発明の詳細な説明のサポートがないとはいえない。
以上の検討によれば,原告の主張は採用することができない。

(ウ) 次に原告は,別件特許の特許公報(甲5)によれば,「R値が1.4以上であること」が選択吸着率の向上に意味があることを示しており,本件補正は,新規事項を追加するものであると主張する。
 しかし,上記(イ)で検討したとおり,実験報告書A・Bの記載によれば,R値が1.4未満であっても,フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いることにより,従来の球状活性炭に比べて優れた選択吸着率のものが得られることが示されており,本件明細書に記載された選択吸着性の向上に関しては,フェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いることによるものであり,R値によるものでないことが示されている。原告の上記主張は採用することができない。

除くクレームについて新規事項の追加の有無を判断した事例

2009-04-21 07:10:43 | 特許法17条の2
事件番号 平成20(行ケ)10065
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年03月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


2 取消事由1(新規事項の追加に当たらないとした判断の誤り)について
 原告は,請求項に「ただし,…を除く。」といった消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)が記載された本件補正は,法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内」における補正ということはできない旨主張するので,以下検討する。

(1) 「除くクレーム」と法17条の2第3項との関係
ア 法17条の2は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の補正に関する法文であり,その第3項は,「第1項の規定により明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をするときは,…願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と定めているところ,本件補正は前記のような「除くクレーム」の形でなされているものの,法17条の2にいう補正であることに変わりはないから,その適否を判断する基準となるのは,上記法17条の2である

 ところで,特許権は発明について最初に出願した者に付与される(先願主義,法39条)のであるから,出願人が一旦なした不完全な内容の特許出願に対しその後その内容の補正を認める事実上の必要が生じたとしても,補正することができる物的範囲は上記先願主義との関係で自ら限界があり,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するため,これを法は,上記のとおり,「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と規定したものである。
 そして,「明細書等に記載した事項の範囲内」か否かは,上記のような法の趣旨からすると,「明細書等に記載した事項」とは,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)を基準として,明細書・特許請求の範囲・図面のすべての記載を総合して理解することができる技術的事項のことであり,補正が,上記のようにして導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書等に記載した事項の範囲内」であると解されることになる。
 したがって,本件のように特許請求の範囲の減縮を目的として特許請求の範囲に限定を付加する補正を行う場合,付加される補正事項が当該明細書等に明示されているときのみならず,明示されていないときでも新たな技術的事項を導入するものではないときは,「明細書等に記載した事項の範囲内」の減縮であるということになる。
 また,上記にいう「除くクレーム」を内容とする補正は,特許請求の範囲を減縮するという観点からみると差異はないから,先願たる第三者出願に係る発明に本願に係る発明の一部が重なる場合(法29条1項3号,29条の2違反)のみならず,本件のように同一人によりA出願とB出願とがなされ,その内容の一部に重複部分があるため法39条により両出願のいずれかの請求項を減縮する必要がある場合にも,そのまま妥当すると解される。

イ 特許庁審査官が審査する際の審査基準は,上記にいう「除くクレーム」について,下記のように定めている(甲27)が,その趣旨は基本的に上記アと同一と考えられる(ただし,本文7行目「例外的に」とする部分を除く)。

「(4) 除くクレーム
・・・。」

ウ (ア) 以上に対し原告は,特許庁の審査基準を挙げつつ,いわゆる「除くクレーム」による補正は,法にこれを許容する明文の規定が存しない以上,当初明細書に記載がない限り許されないと解すべきであるし,仮にこれを認めるとしても極めて限定的に解すべきである旨主張する。

 しかし,上記のとおり,いわゆる「除くクレーム」による補正が許されるか否かは,当該補正が法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものであると認められるか否かという問題であって,法の定めを超えた例外を許容するものではない。「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではないからである。

 したがって,「除くクレーム」とする補正についても,当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はないというべきである。原告の上記主張は採用することができない。

(イ) また原告は,知財高裁大合議判決のような法29条の2が問題とされた事案と異なり,出願人である被告自身が出願当初から先行技術との重複を知り又は知り得たような本件においては,いわゆる「除くクレーム」による補正により救済すべきでないと主張する

 しかし,前記のとおり,いわゆる「除くクレーム」による補正が許容されるのは,例外的な「救済」といった性格のものではなく,当該補正が法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものであると認められるからである。
 そうである以上,その際考慮されるべきは明細書の記載といった客観的な事情であるべきであって,出願人の認識ないしその可能性といった主観的事情により補正の可否が左右されるべきものではない
 また,同一出願人による同日出願の場合であっても,特許請求項の範囲の記載は,その後発見した公知文献や拒絶理由通知等により変化し得るものであるほか,特許請求の範囲に複数の請求項を記載する場合もあり,出願当初からそれらすべての場合を想定し,請求項の範囲の記載を重複しないようにすることは実際上困難である。さらに,法39条2項の適用があるのは必ずしも同一出願人同士の出願に限られないことや,法は29条の2と同法39条2項のいずれについても出願人の主観的事情を特許の要件とはしていないことを併せ考慮すると,法29条の2が適用される場合に比して,同一出願人間で同法39条2項の適用が問題となる場合にのみ,殊更に法17条の2第3項の要件を厳格に解釈すべき必然性を見出すことはできない

不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に該当しないとした事例

2009-04-20 20:00:03 | 不正競争防止法
事件番号 平成20(ワ)5826
事件名 不正競争行為差止等請求事件
裁判年月日 平成21年03月27日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 大鷹一郎

(3) 以上によれば,原告が原告商品に特有の形態的特徴であると主張する,タイの民族人形(ハッピーラッキーボンバー)の頭部のボンボンを股間部分に取り付けた点については,原告代表者が単独で発案したとまで認めることはできず,原告代表者及び被告の従業員Aが共同で発案した可能性を否定できない

 また,が原告商品に特有の形態的特徴であると主張する,頭部のボンボンを5㎜のものから1㎝のラメ入りのものとした点については,ライスフィールド社が,原告が原告商品を販売する前の平成19年4月24日ころには,頭部のボンボンをラメ入りのものとしたタイの民族人形を販売していたこと(前記1(2)),その当時輸入販売されていたタイの民族人形の頭部のボンボンには5㎜のものも,1㎝のものもあったこと(弁論の全趣旨)に照らすならば,原告代表者が発案した原告商品に特有の形態的特徴であるということはできない

 したがって,原告商品は,原告が独自に開発した商品であり,被告にとって不正競争防止法2条1項3号所定の「他人の商品」に該当するとの原告の主張は,理由がない

特許法施行規則30条の「同時に」を「同一日に」と拡張する特例法施行規則14の趣旨

2009-04-20 20:00:01 | Weblog
事件番号 平成20(行コ)10002
事件名 却下処分取消請求控訴事件
裁判年月日 平成21年03月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

1 本件の経過
 本件は,控訴人が意匠登録出願と同時に,パリ条約による優先権主張の手続をしないで,その後の上記出願日中に,優先権主張に必要な事項を追加した手続補正をし,さらに後日,適法な優先権主張があることを前提とした優先権証明書の提出書を提出したのに対し,特許庁長官が控訴人に対し,上記手続補正及び同優先権証明書の提出書に係る各手続をいずれも却下する処分(以下「本件各処分」という。)をしたため,控訴人が被控訴人に対し,上記手続補正を却下した処分には意匠法15条1項で準用される特許法43条1項の解釈・適用を誤った違法があり,この違法な却下処分の存在を前提とした上記優先権証明書の提出書を却下した処分には意匠法60条の3の適用を誤った違法がそれぞれあると主張して,本件各処分の取消しを求める事案である。


・・・
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,後記2に当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」(原判決19頁19行~24頁22行)に記載のとおりであるから,これを引用する。
 ・・・

(3) 特例法施行規則14条に基づく主張について
 控訴人は,特例法施行規則14条を根拠に意匠法15条が準用する特許法43条1項の「同時に」は「同一日に」を解釈すべきである旨主張するので以下検討する。

 特例法施行規則は,それまで書面で行われていた特許等関係法令の規定による手続を電子情報処理組織を使用して行う(以下「オンライン手続」という。)ことを可能にするための特例法の施行細則を定めるものであるところ,乙第6号証によれば,その立法過程において以下のような検討がされ,特例法施行規則12条及び14条が制定されたものと認めることができる。
 特例法の立法当時,特許等関係法令上「同時に」に行うものと規定されていた手続は,
① 出願審査の請求と同時にする手続の補正(特許法17条の2第1号,但し,平成6年法律第116号により削除された。),
② 出願の分割と同時にする手続の補正(特許法44条1項1号,特許法施行規則30条),
③ 新規性喪失の例外の規定の適用を受けたい旨を記載した書面の提出,
④ 国内優先権主張の手続(特許法42条の2第4項,なお法改正に伴い現在は特許法41条4項),
⑤ パリ条約に基づく優先権主張の手続(同法43条1項)及び
⑥ 補正却下後の新出願の規定の適用を受けたい旨の書面の提出(昭和60年改正前特許法53条6項,4項)
の各場合があったところ,③ないし⑥の各手続については,「同時に」の通常の意味及びいずれの場合も願書等の上にその旨を記載することによりその手続を省略することができるものとされていたことを勘案し,特例法施行規則12条においてオンライン手続による願書等の中にその旨を記録することにより行うものと定めた
 これに対し,①については出願審査請求書及び手続補正書,②については出願ともとの特許出願手続の手続補正書の2つの書面の同時提出がそれぞれ必要になるところ,複数の送信を同時に受信できない,すなわち時間的に「同時に」を実現できないという特例法の立法当時の技術的制約の中で,上記の2つの手続を「同時に(行った)」ものとするための法的手当てが必要になり,さらに,オンライン手続と従来の書面提出等による手続が併存し得る事態に対する法的手当てが必要となり,これらの事態に対処するために特例法施行規則14条が制定され,その1項において「当該二の手続については連続して入力を行わなければならない」とし,その2項において「二の手続のうちの一の手続を電子情報処理組織を使用して行い,他の手続を書面の提出により行うときは,当該二の手続については同日にしなければならない」とされた

 以上によれば,本件においては前記第2の1に記載したようにパリ条約に基づく優先権主張の手続をオンライン手続により行う場合であるから,特例法施行規則12条により意匠登録出願の願書中にその旨を記録して行う必要があるところ,控訴人はオンライン手続で送信した願書中にその旨の記録をすることなく,その約2時間後にオンライン手続で上記出願につきパリ条約に基づく優先権の主張をする旨の送信を行ったことは当事者間に争いがないところであるから,かかる手続が特例法施行規則12条に違反することは明らかである。

 控訴人は,意匠法15条が準用する特許法43条1項の「同時に」が「同一日に」を含むものと解釈し得る根拠として特例法施行規則14条を援用するのでこの点を検討するに,確かに同条項は前述した②の場合について特許法施行規則30条が規定する「同時に」を「同一日に」と手続を行い得る時間的範囲を拡張したものであるが,これは前述したオンライン手続で送信された情報を同時受信できないという特例法制定当時の技術的制約及びオンライン手続と書面提出手続の併存という2つの手続を「同時に(行う)」といういずれも特許法等の要請の実現を困難ならしめる例外的事情の存在に基づくものであるから,かかる事態はオンライン手続の導入,すなわち特例法の立法に際して当然に予想された事態であり,上記事態に対処する限度における立法的措置はその委任の範囲内にあるものというべきであるところ,特例法施行規則14条は,その規定内容に照らすと,上記事態に対処するために「同時に」の時間範囲を必要最小限度の範囲内に留めた合理的な立法的措置ということができ,これが特例法の委任の範囲内にあることは明らかというべきである。

 そして,既に説示したとおり,国民に履践を求める手続規定においては,特段の事情がない限り,言葉の通常の意味において解釈されるべきところ,「同時に」とは「二つ以上のことがほとんど同じ時に行われるさま。まさにその時。いちどきに」といった意味であり,より長い時間的範囲を意味する「同一日に」とは区別して理解されるのが通常であるから,上記のような例外的事態に対処するための特例法施行規則14条を根拠に,これを例外的事情のない上記の③ないし⑥のような場合においても上記の通常の意味を超えて「同一日に」と拡大して解釈することが相当でないことは明らかというべきである

 したがって,特例法施行規則14条を根拠とする控訴人の主張を採用することはできない。


特許法43条1項の「同時に」の解釈

2009-04-20 20:00:00 | Weblog
事件番号 平成20(行コ)10002
事件名 却下処分取消請求控訴事件
裁判年月日 平成21年03月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

1 本件の経過
 本件は,控訴人が意匠登録出願と同時に,パリ条約による優先権主張の手続をしないで,その後の上記出願日中に,優先権主張に必要な事項を追加した手続補正をし,さらに後日,適法な優先権主張があることを前提とした優先権証明書の提出書を提出したのに対し,特許庁長官が控訴人に対し,上記手続補正及び同優先権証明書の提出書に係る各手続をいずれも却下する処分(以下「本件各処分」という。)をしたため,控訴人が被控訴人に対し,上記手続補正を却下した処分には意匠法15条1項で準用される特許法43条1項の解釈・適用を誤った違法があり,この違法な却下処分の存在を前提とした上記優先権証明書の提出書を却下した処分には意匠法60条の3の適用を誤った違法がそれぞれあると主張して,本件各処分の取消しを求める事案である。
 ・・・

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,後記2に当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」(原判決19頁19行~24頁22行)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1) 特許法43条1項の「同時に」の解釈について
ア 控訴人は,法律上の文言の解釈は,その法律における当該条文が制定された趣旨,当該法律の依拠しかつ由来としている条約等の文言の持つ意味から,目的的かつ合理的に解釈されるべきであり,原判決が,特別の事情が認められない限り,「同時に」という文言を「同一日に」と解釈することは許されないとしたことは,緻密な個別条項解釈の作業努力を放棄した文言解釈というほかなく,合理性を欠く不当なものであると主張する

 しかしながら,引用に係る原判決の説示するとおり(21頁24行目から22頁6行目まで),言葉の通常の意味として「同時に」と「同日に」は時間的接着の程度において明らかに異なる概念として理解されていること,両語が有するかかる通常の意味を踏まえて意匠法等において「同時に」と「同日に」とを使い分けて使用していることからすれば,特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈することは,そのように解すべき特別の事情が認められない限り許されないというべきである。

 確かに,・・・控訴人主張は,一般的な法律解釈の方法としてそれ自体否定されるものではないが,特許法43条1項のような国民に一定の行為の履践を求める手続に関する規定においては,手続を利用する一般国民が言葉の通常の意味により理解することができることが特に強く要請されるのであり,言葉の通常の意味ないしは用法において「同時に」と「同日に」とは明らかに意味が異なるものとして理解されていること,立法者は,正に控訴人主張に係る「その法律における当該条文が制定された趣旨,当該法律の依拠しかつ由来としている条約等の文言の持つ意味」をも考慮した上で法律の条項における文言を定め,意匠法等において文言上「同時に」と「同日に」とを使い分けているのであるから,控訴人主張に係る「その法律における当該条文が制定された趣旨,当該法律の依拠しかつ由来としている条約等の文言の持つ意味」は法律の条項における文言の選択において既に考慮済みであるといえること等に鑑みれば,特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈することは,手続の利用者である一般国民の理解や立法者の意思に反するものというべきであり,特段の事情がない限り許されないことはむしろ当然であると言わなければならない。
 ・・・

争訟の解決を願う付言

2009-04-19 12:17:00 | 著作権法
事件番号 平成19(ワ)7877
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成21年03月26日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

第5 結論
 以上によれば,原告の本件請求は,その余の争点について判断するまでもなく理由がない。
 なお,本件訴訟の審理の経緯にかんがみ,付言する。上記のとおり,被告らの行為は,原告各イラストの著作権又は著作者人格権を侵害するものではなく,被告らが原告に対しこれによる法的責任を負うものではない。しかし,被告らがイラスト作成を依頼したAにおいて原告各イラストに依拠し,これを参考にして被告各イラストを作成したことは前示のとおりであり,被告各イラストが,一見すると原告各イラストによく似ているところがあることは否定できない。
 原告において,被告各イラストを見て原告各イラストを模倣されたと感じたことは無理もないところであるし,被告らにおいてもこの点を問題視していたことは,原告からの指摘後直ちにマンション読本の配布を取りやめるとともに,全ての在庫を調査して回収し,廃棄していることからも明らかである。したがって,被告らは原告に対し,法的責任はともかく,道義上の責任を負うことは否定できない。当裁判所は,このような本件の特殊性にかんがみ,口頭弁論終結後を含め,本件を適切に解決するため当事者双方に和解を勧試してきたが,当審においては合意に至ることはできなかった。当裁判所としては,上記の事情にかんがみ,当事者双方において上訴審の審理の過程その他適当な機会をとらえて,本件を適切に解決するよう努力されることを期待するものである。

 よって,主文のとおり判決する。

(所感メモ)
 裁判所は、「一切の法律上の争訟を裁判する」(裁判所法第3条)のであり、このような付言は書くべきでないという意見もあるようである。
 しかし、法律を適用することにより裁判官が妥当であると考える結論を導けない場合もあろうし、妥当と考える結論を導いた場合にも裁判官の考えをさらに伝えたいたい場合もあろう。門外漢の感想に過ぎないが、よりよい終局的解決に向けて付言した方がよい場合には付言してよいではないかと思う。



一群のイラストが翻案物にあたるかの判断事例

2009-04-19 11:53:18 | 著作権法
事件番号 平成19(ワ)7877
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成21年03月26日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次


第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告各イラストは原告各イラストを複製し又は翻案したものであるか)について
・・・
(3) 被告各イラストは原告各イラストについての原告の著作権を侵害するものか
 著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいい,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作することをいう。
 したがって,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したものというためには,被告各イラストが原告各イラストの特定の画面に描かれた女性の絵と細部まで一致することを要するものではないが,少なくとも,被告各イラストに描かれた女性が原告各イラストに描かれた女性の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることを要するものというべきであり(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁,同平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照),その結果,被告各イラストの女性が原告各イラストの女性を描いたものであることを想起させるに足りるものであることを要するものというべきである
 したがって,原告各イラストの著作権者である原告において,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したと主張している本件においては,被告各イラストが原告各イラストに依拠して作成されたことを前提として,それが原告各イラストを複製したものか又は翻案したものかを区別することに実益はなく,少なくとも,原告各イラストのうち本質的な表現上の特徴と認められる部分を被告各イラストが直接感得することができる程度に具備しているか否かを検討することをもって足りるというべきである。以下においては,そのような観点から検討することとする。

(4 ) 被告各イラストは原告各イラストに依拠したものであるか
ア そこで,まず,被告らが原告各イラストに依拠したものであるか否かについて検討する。ここでいう「依拠」とは,ある者が他人の著作物に現実にアクセスし,これを参考にして別の著作物を作成することをいう。

イ ところで,原告著書に描かれている原告各イラストは極めて多数にのぼり,被告各イラストがそれぞれ原告各イラストのうちどのイラストに依拠して作成されたものであるかを個別に特定して主張立証することは著しく困難である。他方,原告著書のように,同一のコンセプトに基づき,かつ同一の特徴を有する人物をひとつのキャラクターとして多様に表現する場合,後から描かれるイラストは,先に描かれたイラストに依拠しながら,その本質的な表現上の特徴を直接感得できるようなイラスト(すなわち,同一のキャラクターを表現していると認められるイラスト)を新たに創作するものと解される。したがって,後から描かれるイラストは,先に描かれたイラストを原著作物とする二次的著作物と見られる場合が多いと考えられる。

 二次的著作物の著作権は,二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じない(前掲最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決)から,第三者が二次的著作物に依拠してその内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製したとしても,その再製した部分が二次的著作物において新たに付与された創作的部分ではなく,原著作物と共通しその実質を同じくする部分にすぎない場合には二次的著作物の著作権を侵害したものとはいえない。
 しかし,二次的著作物に依拠したとしても,これにより原著作物の内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製したとすれば,二次的著作物を介して原著作物に依拠したものということができ,原著作物の著作権を侵害することになる。また,一話完結の連載漫画などとは異なり,原告著書のように1冊の著書に多数のキャラクターがイラストとして描かれている場合に,どのイラストをもって原著作物とし,どのイラストをもって二次的著作物とするかを判然と区別することは困難である

 以上の点を考慮すると,本件において,原告としては個々の被告各イラストについて,原告各イラストのうち被告らが実際に依拠したイラストを厳密に特定し,これを立証するまでの必要はなく,原告各イラストのうちのいずれかのイラストに依拠し,そのイラストの内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製し又はそのイラストの表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作したことを主張立証することをもって,原告各イラストの著作権侵害の主張立証としては足りるというべきである。

ウ 以上の点を前提に,被告各イラストが原告各イラストに依拠して作成されたものであるか否かについて判断するに,・・・,原告各イラストのうちのいずれかのイラストを参考にして個々の被告各イラストを描いたことが認められるから,被告各イラストが原告各イラストに依拠して描かれたものであることを優に認めることができる。

(5 ) 被告各イラストは原告各イラストを複製又は翻案したものか
ア 上記(4)のとおり,原告としては,個々の被告各イラストがそれぞれ原告各イラストのうちどのイラストに依拠して作成したものであるかを具体的に特定することは必ずしも必要でないが,個々の被告各イラストが個々の原告各イラストを複製又は翻案したか否かを判断するためには,最低限,個々の被告各イラストが依拠したと考えられる原告各イラストを選択し,特定した上で,個々の被告各イラストが,このように特定された個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴を直接感得することができるか否かを検討する必要がある。したがって,まず,個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴がどこにあるのかを検討する必要がある

 そして,この点を検討するに当たっては,個々のイラストを他のイラストとは切り離してそれ自体からその本質的な特徴は何かを検討するのではなく,原告各イラスト全体を観察し,原告各イラストを通じてそのキャラクターとして表現されているものを特徴付ける際だった共通の特徴を抽出し,これをもとに個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴がどこにあるかを認定すべきものと解される。なぜなら,原告各イラストは,原告が別紙原告イラスト目録で挙げるだけでも127点の多数に及ぶものであるところ,これらの各イラストは同一の女性(キャラクター)を表現するものとして同一のコンセプトの下に描かれたものであるから,そのキャラクターを特徴付ける共通の特徴を見いだすことができるのであり,その特徴は,まさに個々の原告各イラストの本質的な表現を特徴づけるものとみるのが相当だからである。もちろん,キャラクターなるものは,そのイラストの具体的表現から昇華した人物の人格ともいうべき抽象的概念であって,具体的表現そのものではなく,それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということはできない(前掲最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決参照)から,キャラクター自体に著作物性を認めることはできない。しかし,個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴が何かを検討する際に各イラストに共通する表現上の特徴を考慮することは,キャラクター自体に著作物性を認めることではないから,これを考慮することに何らの問題はないというべきである。

イ そして,そのような観点から原告各イラストに共通して現れている特徴を観察すると,原告各イラストの基本的なコンセプトは,前記のとおり,「独り暮らしをする若い女性」であり,上記(1)のアないしオを表現上の特徴として描かれたものであることが認められる。これに対し,被告各イラストは,マンション読本の表紙に,被告イラスト1を含む3人の人物が描かれており,被告イラスト1の女性とその夫,その子である男児が描かれている。・・・。このように,原告各イラストと被告各イラストとは,その性格・環境決定の上で異なるコンセプトをもって描かれたものということができる。

ウ そして,より具体的に原告各イラストの本質的な表現上の特徴は何かについて検討すると,・・・。

エ 以上によれば,結局のところ,原告各イラストを特徴づける本質的な表現上の特徴は,顔面を含む頭部に顕れた特徴ということにならざるを得ない。そこで,原告各イラスト(甲5,12)を総合した場合の際だった表現上の特徴を抽出すると,次のとおりと認められる(・・・。)。
・・・

オ そこで,上記観点から,個々の被告各イラストが原告各イラストの本質的な表現上の特徴を直接感得し得るものであり,これを複製又は翻案したものといえるか否か順次検討する。
・・・

カ小括
 以上のとおり,個々の被告各イラストは,これが依拠したと原告が主張する個々の原告各イラストを複製又は翻案したものとは認められないから「マンション読本」の作成,発行,配布するなどした被告の行為が原告の複製権又は翻案権ないしは自動公衆送信権を侵害したということはできない。

審決書の理由の意義-誤認定が判断に影響を及ぼさないかもしれない場合に審決を取り消した事例

2009-04-19 08:08:54 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10261
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年03月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

・・・以上のとおりであり,引用例1に接した当業者は,これに気道下部の感染を緩和するための目的でエアロゾルの形態の有効量のコルチコステロイド又は抗炎症薬を投与する引用例2を適用することによって,安全性,多目的性,効率性,安定性等を有するとともに,安価で調合及び投与を可能とするために採用された本願発明の構成(相違点1の構成)に容易に想到できたと解することはできない。

(イ) この点について,成分や用途に係る医薬品等に係る発明が存在する場合に,その投与量の軽減化,安全性の向上等を図ることは,当業者であれば,当然に目標とすべき解決課題といえるであろうし,そのための手段として格別の技術的要素を伴うことなく,課題を解決することができる場合もあり得よう
 しかし,そのような事情があるからといって,審決が,本願発明の相違点1の構成は,引用例2の記載内容から容易であるとの理由を示して結論を導いている場合に,その理由付けに誤りがある以上,上記のような事情が存在することから直ちに審決のした判断を是認することは許されない

 けだし,審決書の理由に,当該発明の構成に至ることが容易に想到し得たとの論理を記載しなければならない趣旨は,事後分析的な判断,論理に基づかない判断など,およそ主観的な判断を極力排除し,また,当該発明が目的とする「課題」等把握に当たって,その中に当該発明が採用した「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことを回避するためであって,審判体は,本願発明の構成に到達することが容易であるとの理解を裏付けるための過程を客観的,論理的に示すべきだからである

(ウ) 被告は,仮に,引用例2の摘記事項(G)の記載が気道下部の疾患のみの開示であり,引用例2の認定に関する誤りがあったとしても
①・・・,「上気道」の疾患に対しても局所投与をすることにより得られるであろうと当業者が当然に理解することができる,
②そうすれば,引用例2に接した当業者にとって,上気道感染の治療に関する引用発明において,経口投与に代えて,経口投与に比べ,低い全投与量で,感染部位により高い濃度の薬をデリバリーでき,副作用を回避できることが期待される鼻内への局所投与を採用することは容易に想到し得る,
③そして,鼻内投与の形態として,エアロゾルや鼻洗浄調合物が周知であるから,具体的な鼻内投与の態様を鼻洗浄調合物とすることに何ら困難性はないので,容易想到性を認めた審決の判断に影響を及ぼさない旨を主張する


 しかし,上記(ア)及び(イ)で述べたとおり,引用発明に引用発明2を組み合わせることにより,本願発明の相違点1に係る構成に到達することができたとする審決の判断は是認できないのであるから,被告の上記主張の当否については,審判手続において,改めて出願人である原告に対して,本願発明の容易想到性の有無に関する主張,立証をする機会を付与した上で,審決において再度判断するのが相当であるといえる。

誤記の訂正を目的とする訂正が否定された事例

2009-04-18 21:27:51 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10216
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年03月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

3 取消事由3(請求項17に係る訂正を認めた誤り)について
原告は,訂正前明細書の特許請求の範囲の請求項17の記載から「スペーサによって互いの間隔を保持され」を削除する訂正は,誤記の訂正を目的とするものということはできず,また,実質上特許請求の範囲を拡張するものであるから,訂正要件を充足しないと主張するので,検討する。

(1) 特許請求の範囲の記載について
 訂正事項e-2は,「走行レール」に関して,訂正前明細書の請求項17における「上記調整板上に位置決めされ,スペーサによって互いの間隔が保持された上記走行レールと,」との記載から,「スペーサによって互いの間隔が保持され」との記載を削除し,「上記調整板上に位置決めされた上記走行レールと,」に訂正するものである(前記第2,2(1)オ)。
 訂正前明細書の請求項17は,車両が走行する走行レールの据付構造に関する発明を記載したものであり,同発明では,走行レールは複数条存在すると解するのが自然であるところ,同請求項の記載は,「スペーサによって互いの間隔が保持された」複数条の走行レールが,「調整板上に位置決めされ」ているという技術的事項が特定されているものと解することができる。
 そうすると,訂正前明細書の請求項17の記載が誤記であると認めることはできない。


(2) 発明の詳細な説明の記載について
ア 訂正要件の成否は,誤記の訂正を目的とする訂正の場合にあっては,願書に最初に添付した明細書又は図面を基準として判断すべきである(特許法134条の2第5項,126条3項参照)ところ,本件特許の願書に最初に添付した明細書(以下,図面と併せ,「当初明細書」とい
う。乙5)には,次の記載がある。
・・・

オ 以上検討したところによれば,当初明細書には,「走行レール」に関し,「スペーサによって互いの間隔が保持された」事項が記載されていたと解することができる。
 そうすると,当初明細書の発明の詳細な説明の記載に照らしても,訂正前明細書の請求項17における「スペーサによって互いの間隔が保持され」との記載が誤記であると認めることはできない

・・・

(4) 小括
 上記検討したところによれば,訂正前明細書の請求項17における「スペーサによって互いの間隔を保持され」という記載を削除する訂正事項e-2は,誤記の訂正を目的とするものとは認められず,また,同訂正事項より,請求項17に係る発明は「スペーサによって互いの間隔を保持され」ていないものを含むことになるから,実質上,特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものというべきである

 そして,訂正事項e-2は,単に形式的なものではなく,請求項17に係る発明の技術的範囲に実質的影響を及ぼすものであるから,審決が,請求項17についての訂正(訂正事項e)を認めたこと,また,請求項17についての訂正と不可分の関係にあることが明らかな段落【0023】についての訂正(訂正事項j)を認めたことは,誤りというべきであるが,無効審判の請求がされている請求項に係る特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正は,各請求項ごとに個別に請求することが許容され,その許否も各請求項ごとに個別に判断されるべきであり,また,訂正が誤記の訂正のような形式的なものであって,特許請求の範囲に実質的影響を及ぼさないものであるときも,同様と解されるから,本件訂正におけるその余の訂正事項の適否の判断には影響しないものというべきである(最高裁判所平成19年(行ヒ)第318号平成20年7月10日第一小法廷判決・裁判所時報1463号262頁,最高裁判所昭和53年(行ツ)第27号,第28号昭和55年5月1日第一小法廷判決・民集34巻3号431頁参照)。

周知技術の適用の契機がないとされた事例

2009-04-18 21:10:18 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10153
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年03月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


・・・刊行物2及び3の上記各記載によれば,刊行物2には,エァセルラー緩衝シートではなく,合成樹脂フィルムに関する知見ではあるが,フィルムにミシン目を入れる方法の問題点を解決するため,刊行物3発明のように縦・横方向の延伸倍率等を規定することによって,フィルム自体に引裂方向性を持たせる方法が提案されるに至っていることが開示されており,合成樹脂フィルムに関しては,そのような知見が周知のものであったことがうかがわれる

 そうすると,仮に,本件特許の出願当時において,合成樹脂フィルムに関する上記知見をエァセルラー緩衝シートにも等しく適用可能であると当業者が認識することができる技術水準にあったとすれば,刊行物2及び3の上記各記載は,当業者が,刊行物1発明の気泡シートを横断する切断用ミシン目を設けた構成に代えて,気泡シートを構成するフィルムの縦・横方向の延伸倍率等を規定することによって,当該フィルム自体に引裂方向性を持たせるという発想に至る契機となり得るものである(なお,刊行物3それ自体には,刊行物1発明に対して,刊行物3発明の構成を適用することの契機となる記載は見当たらない。)。

 (b) しかし,前記イ(ウ)において検討したとおり,本件特許の出願当時,「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていた」ということはできないから,合成樹脂フィルムに関する刊行物2及び3の上記知見等をエァセルラー緩衝シートにも等しく適用可能であると当業者が認識することができる技術水準にあったということはできない

PCT出願の翻訳文提出期間の徒過

2009-04-18 19:48:39 | Weblog
事件番号 平成20(行ウ)377
裁判年月日 平成21年03月25日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 清水節

1 取消理由1について
(1)特許法は,PCT出願について,本件条約の優先日から2年6か月の国内書面提出期間内に,特許法所定の国内書面を提出する必要があり(法184条の5第1項),外国語で出願を行う場合は,さらに,国内書面提出期間内(ただし,上記国内書面を国内書面提出期間の満了前2か月から満了の日までの間に提出した場合は,国内書面の提出の日から2か月の翻訳文提出特例期間内)に,本件条約所定の明細書,請求の範囲等の日本語による翻訳文を提出する必要があるとし(法184条の4第1項),上記翻訳文(要約の翻訳文は除く。)が上記期間内に提出されないときは,当該国際特許出願は取り下げられたものとみなすものとしている(法184条の4第3項)。そして,特許法上,上記の翻訳文の未提出による取下げが擬制された場合に,権利の回復を認める旨の規定は存在しない

 本件においては,前記争いのない事実等で判示したとおり,本件国際特許出願の優先日は平成16年3月4日であり,国内書面提出期間の末日は平成18年9月4日であるところ,原告は,同月1日に,特許庁に対して,本件国内書面を提出し,同年11月3日に,本件各翻訳文を提出したのであるから,本件各翻訳文は,翻訳文提出特例期間(同年11月1日まで)経過後に提出されたものと認められ,本件国際特許出願は,法184条の4第3項の規定に基づき,取り下げられたものとみなされることになる

 そこで,特許庁長官は,前記争いのない事実で判示したとおり,本件国際特許出願の翻訳文提出書に係る手続について,本件却下理由通知書1に記載した理由(本件各翻訳文が翻訳文提出特例期間経過後の提出であること)によって本件却下処分1を行い,本件国内書面に係る手続について,本件却下理由通知書2に記載した理由(本件国内書面は,本件各翻訳文が翻訳文提出特例期間内に提出されなかったことにより,本件国際特許出願が取り下げられたものとみなされることにより不必要な手続となること)によって本件却下処分2を行ったものである。

(2)原告は,取消理由1に係る主張として,上記翻訳文提出期間の徒過については,本件条約に基づく本件規則49.6が直接適用され,同規定により,原告の権利の回復が認められる旨主張する

ア 本件規則49.6の適用につき,同規則49.6(f)は,「2002年10月1日に(a)から(e)の規定が指定官庁によつて適用される国内法令に適合しない場合には,当該指定官庁がその旨を2003年1月1日までに国際事務局に通告することを条件として,これらの規定は,その国内法令に適合しない間,当該指定官庁については,適用しない。国際事務局は,その通告を速やかに公報に掲載する。」と規定するところ,前記争いのない事実等で判示したとおり,日本の特許庁は,同規則に基づき,国際事務局に対し,同規則49.6(a)ないし(e)は国内法令に適合しないことを通告し,国際事務局は,その通告を公報に掲載している。したがって,本件規則49.6は,その規定上の手続により,我が国に適用されないことが明らかといえる

 また,特許法は,特許出願の出願審査請求の期間を出願日から3年以内と規定するところ(法48条の3第1項),本件規則49.6(a)ないし(e)によれば,優先日から30か月を経過する時までに翻訳文を提出せずにその効力が失われた国際出願の出願人は,期間を遵守できなかった理由がなくなった日から2か月又は期間満了から12か月(優先日からすれば42か月)の期間内は,出願人の権利を回復することができるから,仮に,同規則に従い,外国語による国際特許出願において,翻訳文の提出を優先日から最大3年6か月まで可能とする場合には,出願審査請求がされてから,最大6か月の間,明細書等の翻訳文が提出されない事態も生ずることになり,その間の審査を行うことができないため,特許庁における審査に支障が生じるおそれがあることになる。したがって,本件規則49.6(a)ないし(e)は,日本の国内法令に適合しないというべきであり,特許庁の行った上記通告には,合理性があると認められる

 原告は,PCT出願において,国内段階での期間内翻訳文未提出による失権を回復するための救済規定が国内法として整備されていない国は,主要国中では日本のみである旨主張するところ,仮にそうであるとしても,特許出願制度において翻訳文提出の期間を徒過した場合にどのような措置を講ずるかは,各国の立法政策等に委ねられた問題と解すべく,失権を回復する具体的規定が設けられていないからといって,本件規則49.6が我が国の法規範として直接適用されるものでないことは,前記説示に照らして明らかといえる。

PCT出願の翻訳文の提出がない場合の出願取り下げのみなし規定と内国民待遇

2009-04-18 19:31:20 | Weblog
事件番号 平成20(行ウ)377
裁判年月日 平成21年03月25日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 清水節

2 取消理由2について
(1)特許法は,外国語でされたPCT出願に対しては,明細書,請求の範囲等について,国内書面提出期間又は翻訳文提出特例期間内に日本語による翻訳文の提出を要求し,上記期間内に上記の翻訳文の提出がなかった場合は,当該出願は取り下げられたものとみなす旨規定している(法184条の4第1項,同3項)。

ア  原告は,外国語でされたPCT出願に対してのみ上記期間内に翻訳文の提出を要求することは,外国語でPCT出願をするのは専ら在外人である以上,実質的に内外人を差別していることになり,パリ条約2条の内国民待遇,特許法25条2号の相互主義に反する旨主張する。また,原告は,パリ条約に基づく出願の場合と同様に,PCT出願の翻訳文提出特例期間の起算日を優先日とすべきであり,そのようにせずに,法184条の4第1項及び3項を形式に適用して,上記起算日を国内書面提出の日とすることは,パリ条約上の内国民待遇の原則に反する旨主張する

 しかしながら,特許法の上記規定は,外国語でされたPCT出願の場合に,日本語でされたPCT出願においては要求しない手続を要求し,これを満たさない場合の出願の取下擬制の効果を規定しているのであって,その取扱いの差は,出願の際に使用する言語によるものであり,出願者の国籍によるものではないから,内国民待遇や相互主義違反の問題は生じないというべきである