知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

商標の類否の判断例

2007-10-28 20:15:59 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10205
事件名 商標登録取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


『第4 当裁判所の判断
・・・
3 本件商標と引用商標の類否(取消事由1,2,3,4)
(1) 商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。
 そして,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,したがって,これら3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって,何ら商品の出所を誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては,これを類似商標と解することはできないというべきである(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
そこで,以上の見地から本件事案について検討する。

(2) 外観の対比
 本件商標は,「大阪プチバナナ」というものである。これに対して,引用商標は,「大阪ばな奈」というものである。
 したがって,両者は,「大阪」の点では全く同じであるが,それに続く文字が,本件商標では,「プチバナナ」と片仮名で記載したものであるのに対し,引用商標は,「ばな奈」と平仮名で記載したものであって,この点において外観が異なる。
「大阪」は,近畿地方にある都市名であるから,本件商標や引用商標に接した取引者,需要者は,「大阪」について都市名としか認識せず,したがって,特にこの部分に識別力があるということはない。
 以上述べたところからすると,本件商標と引用商標は,外観において類似しないというべきである。

(3) 観念の対比
ア 「プチ」については,国語辞典に,次の記載がある。
 ・・・
イ 本件商標の指定商品である「菓子及びパン」について,「プチ」が,
「小さい」又は「かわいらしい」の意味合いで使用されている事例が,以下のとおり多くある。
 ・・・
ウ 以上のア及びイの各事実によると,「プチ」は,「小さい,かわいらしい」等の意味合いを有するフランス語(petit) の表音であって,「菓子及びパン」について「小さい」又は「かわいらしい」の意味合いで使用されている事例が多く見られるから,本件商標の指定商品である「菓子及びパン」の分野においては,商品の形状,品質等を表示する語として普通に使用されている外来語であると認められる。

エ 原告は,研究社「新英和大辞典」の記載(前記第3の1(3)ア(ウ)b)及び「インターネットInfoseek楽天マルチ辞典」の記載(前記第3の1(3)ア(ウ)c)に基づき,フランス語の「petit」については,「小さい,かわいらしい」等の意味合いを越えた独自の意義が発生しており,単なる商品の形状,品質等を表示する語ではない旨主張する。しかし,原告が前記第3の1(3)ア(ウ)b及びcで挙げる例の多くは,「petit」が「小さい,かわいらしい」の語義を有することに由来するものということができる上,我が国の「菓子及びパン」の分野における使用例でもないから,上記の各記載は,上記ウの認定を左右するものではない
 また原告は,「インターネットInfoseek楽天ハイブリッド検索」で「プチ」の造語を検索した結果(前記第3の1(3)ア(エ)a)に基づいて,「プチ」の文字は,「小さい,かわいらしい」等の意味合いを越えた独自造語となっており,単なる商品の形状,品質等を表示する語ではない旨主張する。しかし,原告が前記第3の1(3)ア(エ)aで挙げる例の多くは,「petit」が「小さい,かわいらしい」の語義を有することに由来するものということができる上,我が国の「菓子及びパン」の分野における使用例でもないから,上記検索結果は,上記ウの認定を左右するものではない

 さらに,原告は,原告が主張する使用例は,「プチ」が単に性状を表すというよりは,音自体が有する性状から言葉の響きのみで使用されている例が多いと主張する。しかし,原告が主張する使用例の多くは,上記のとおり「petit」が「小さい,かわいらしい」の語義を有することに由来するものということができるから,音自体が有する性状から言葉の響きのみで使用されている例が多いということはできず,原告が主張する使用例は,上記のとおり上記ウの認定を左右するものではない

オ 本件商標は「大阪プチバナナ」というものであるから,このうち,「プチ」の部分は,上記のとおり,「小さい」又は「かわいらしい」という意味を有する,商品の形状,品質等を表示する語として理解され,「大阪の小さな(かわいらしい)バナナ」という観念が生ずるものと認められる。
 これに対し,引用商標は,「大阪ばな奈」というものであるところ,「ばな奈」の文字は,「奈」という漢字を含み,バショウ科の果実(banana)の日本語による通常の表記である「バナナ」又は「ばなな」とはやや異なるものの,表記の類似性からして,バショウ科の果実である「バナナ」を連想させるということもできるから,「大阪のバナナ」の観念を生ずるものと認められる。
 そうすると,本件商標と引用商標とは,観念においては,商品の形状・品質等を表示する語として理解される「プチ」の部分が異なるのみで,ある程度類似するということができる

(4) 称呼の対比
本件商標の称呼は「オオサカプチバナナ」であり,引用商標の称呼は「オオサカバナナ」であるから,前半部の「オオサカ」と後半部の「バナナ」の音を同じくするものである。しかし,本件商標と引用商標は,中間部において「プチ」の音の有無に差異がある。「プチ」は,はっきり識別できる音であって特徴的な響きを有するものであるから,本件商標と引用商標は,称呼において共通する点があるものの,異なる点もあるということができる

(5) 取引の実情
ア 証拠(甲11,12の1~3,13~15の各1・2)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成16年10月1日から,JR西日本の新大阪駅構内において,「大阪プチバナナ」という名称の焼き菓子の販売を始め,以後,本件商標を使用した焼き菓子の販売を行っていること,原告が使用している商標は,「大阪」と「バナナ」の部分を青色で記載し「プチ」の部分を白色で記載したもの,又は「大阪」と「バナナ」の部分を黄色で記載し「プチ」の部分を灰色で記載したものであることが認められる。
 したがって,本件商標登録の登録査定時(平成17年8月23日)には,本件商標には一定の信用が形成されていたものと認められる。

イ 一方,前記2(1)のとおり,引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)は,訴外会社が引用商標の使用をしていることを証明せず使用をしていないことについて正当な理由があることを明らかにしないことを理由として,これを取り消す旨の審決(別件審決)がされ,この審決は確定したのであるから,訴外会社は,原告による法50条1項による不使用取消審判請求の登録時前3年以内(平成16年3月1日から平成19年2月28日)に,引用商標を使用していなかったものと認められる。したがって,訴外会社は,本件商標登録の登録査定時(平成17年8月23日)はもとより,その以前から引用商標を使用していなかったものと認められるから,本件商標登録の登録査定時(平成17年8月23日)に,引用商標に何らかの信用が形成されていたとは認めることはできない

(6) 類否の有無
 以上(2)ないし(5)を総合すると,本件商標と引用商標は,外観は類似せず,観念はある程度類似し,称呼は共通する点があるものの異なる点もある程度であり,これらの諸要素に,取引の実情として,本件商標登録の登録査定時(平成17年8月23日)に本件商標には一定の信用が形成されていたものの引用商標に何らかの信用が形成されていたとはいえないという事実があることを総合勘案すると,本件商標登録の登録査定時たる平成17年8月23日の時点において商品の出所を誤認混同するおそれがあったとは認められないというべきであり,本件商標と引用商標が類似するということはできない。したがって,本件商標と引用商標が類似するとした本件決定の判断には,類似性についての判断を誤った違法があることになる。』

異議申立の引用商標の不使用取消

2007-10-28 20:03:36 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10205
事件名 商標登録取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


『第4 当裁判所の判断
・・・
2 引用商標の不使用取消審決との関係(取消事由5)について
(1) 証拠(甲8,9の1~3,10)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成19年2月8日付けで引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)について,法50条1項による不使用取消審判請求をし,同請求は特許庁に取消2007-300137号事件として係属するとともに,平成19年2月28日付けでその商標登録原簿に商標登録取消し審判の予告登録がなされたところ,特許庁は,平成19年6月19日,被請求人である訴外会社は何ら答弁をしないから,訴外会社は引用商標の使用をしていることを証明せず使用をしていないことについて正当な理由があることを明らかにしないことになるとして,引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)を取り消す旨の審決(別件審決)をし,同審決は平成19年7月30日に確定し,同登録は平成19年8月23日閉鎖されたことが認められる。

(2) そうすると,引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)は,上記不使用取消審判請求の予告登録日である平成19年2月28日に消滅したものとみなされることになる(法54条2項)。
 しかし,商標登録が法4条1項11号に違反するかどうかの判断の基準時は登録査定時であると解されるところ,本件商標登録の登録査定日は,前記のとおり平成17年8月23日である(争いがない)から,そのときには,引用商標に係る商標登録(登録第4442542号)が,いまだ消滅していないことは明らかである

 原告は,本件決定の日である平成19年4月19日には引用商標に係る商標登録は消滅していたから同決定は違法であるとか,訴外会社による本件登録異議申立ては遡及的に申立ての利益がないことになるとか主張するが,本件商標登録が法4条1項11号に違反するかどうかの判断基準時は,前記のとおり登録査定時たる平成17年8月23日であると解されるから,原告の上記主張は採用することができない。』

「元祖」を巡る争い

2007-10-28 19:31:33 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)1229
事件名 不正競争行為差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成19年10月25日
裁判所名 大阪高等裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 若林諒

『第2 事案の概要
・・・
〔控訴人〕
(1) 「元祖」表示が品質誤認表示行為にあたるか
ア 不競法2条1項13号の趣旨からすると,顧客が商品の選定に際して参考にする情報が客観的に誤ったものであれば広く品質誤認表示にあたると判断すべきであり,また,誤認表示にあたるか否かは,一般的な需要者を基準として当該表示に接した場合に誤認が生ずるかによって判断すべきであって,商品の客観的な特色に該当する情報のうち需要者の商品選定に影響を与えるものは,広く同号の「品質」にあたると解すべきである。
 被控訴人商品のような食品については,商標登録拒絶査定審決で「元祖」の文字は「ものごとを始めた者」を意味する語であり,当該商品を初めて作り出した者の意で商品の品質を誇称して表示する場合によく使用される語であるなどと判断されており(甲27),「物事を初めてしだした人」の意味において需要者の商品選択の重要な要素になる(甲47,48)。特にアイデア商品については,今まで誰も思い付かなかったアイデアを思い付いた点に重要な価値があり,これが需要者の商品選定の重要な考慮要素となる。
 「元祖」表示を見た需要者において,かかる表示を付する者が最初に当該商品を思い付いた者であるところに希少価値を求めて誘引されることは社会通念上明らかである

 控訴人商品は,たれがあるので食べづらい伝統的な菓子であるみたらし団子を,醤油だれと餅生地を逆にした点に特徴のある画期的なアイデア商品,斬新な商品であるから,これを考え出した者であること自体に大きな価値があり,「元祖」表示は「製造販売を継続している中で最古のもの」ではなく「物事を初めてしだした人」の意味において,需要者の商品選定に大きな影響を与える。控訴人・被控訴人ともこの点に価値を見いだし,他の商品との差別化を図り販売しているものであり,被控訴人も被控訴人商品の最大の売りとして「元祖」であることを自ら積極的に宣伝広告している。

 控訴人商品がインターネット掲示板でまがい物扱いされたこと(甲28~30,40)は,「元祖」表示が一般需要者に対して与える印象を決定づける。一般需要者は控訴人商品との比較において被控訴人商品が伝統がある優位性のある商品と認識する。販売を継続できたのは優れた品質が顧客に支持されたからであるとして,「元祖」を「製造販売を継続している中で最古のもの」と解するのは,判断することが著しく困難な主観的かつ抽象的意味での品質の良し悪しを前提とするもので誤りである。』


『第3 当裁判所の判断
1 「元祖」表示による品質誤認表示行為の有無(不競法2条1項13号)
(1) 原判決「事実及び理由」第3・3記載のとおりであるからこれを引用する。当裁判所もかかる請求は理由がないと判断する。
(2) 控訴人の当審補充主張
ア 控訴人は,商品の客観的な特色に該当する情報のうち需要者の商品選定に影響を与えるものは,広く同号の「品質」にあたると解すべきであるところ,「元祖」は「ものごとを始めた者」を意味する語であり,当該商品を初めて作り出した者の意で商品の品質を誇称して表示する場合によく使用される語であって,特に控訴人商品のようなアイデア商品については,アイデアを思い付いた点に重要な価値があり,これが需要者の商品選定の重要な考慮要素になるなどと主張する

 しかるに,引用に係る原判決の認定・説示のとおり(15頁20行目~17頁7行目),同種の菓子食品であっても品質等(原材料,成分・栄養分,添加物の有無,味覚,食感,消費期限,保存方法等),様々な点に違いがあるのが通常であって,一番最初に当該商品についての着想を得る等した者が製造した商品であるからといって,必ずしもその品質が優れているとは限らないから,「元祖」を上記のように解したとしてもかかる表示が直ちに商品の特定の品質に結びついて商品選定に影響するとは認められない。また,「一家系の最初の人」も意味する「元祖」の語義からすれば,一般論としてはこれを付した商品が相応の歴史・伝統を有するものとして商品選定に何がしかの影響を及ぼすことがあり得るとしても,本件商品のような新しい着想による,歴史・伝統の浅い商品について「元祖」表示を付することが,その品質に係る優位性を強調することに繋がるとは必ずしもいえず,かかる商品についての「元祖」表示が,直ちに商品選定に影響するとは認められない

 また,仮に,かかる意味での「元祖」表示をもって品質についての表示と見うるとしても,控訴人が平成元年5月30日にした特許出願(甲3,4,16,21,22,43)より前に,レオンがみたらしだれ等の液状の蜜を餅生地で包んだ和菓子の製造機械を開発して販売していたこと(乙18),被控訴人も,レオンから上記機械を導入して,同社提供の配合表を参考としつつ,独自に被控訴人商品を開発して製造販売を開始したものであること(乙11,17),及び引用に係る原判決の認定・説示のとおりの控訴人商品の製造経緯(16頁9行目~17頁3行目,20頁9行目~22頁4行目)に照らせば,着想,研究・試作の点はともかく,控訴人が開発,及び試験販売に至るのは平成4年6月からであって,控訴人商品の製造販売の程度と対比した被控訴人商品の製造販売の経緯と規模からして,商業的には被控訴人が上記商品を一番最初に製造販売して一般需要者に認知させたともいい得るものであり,被控訴人商品について「元祖」表示をすることが品質誤認表示にあたると直ちに認めるに足りない。』

『2 「元祖」表示による営業誹謗行為の有無(不競法2条1項14号)
(1) 原判決「事実及び理由」第3・4記載のとおりであるからこれを引用する。当裁判所もかかる請求は理由がないと判断する。

(2) 控訴人の当審補充主張
 控訴人は,「元祖」を「製造販売を継続している者の中で最古の者」と解釈するのは誤りであり,また「初めてしだした人」の他が真似であることは社会通念上一般的な理解であって,特に,控訴人・被控訴人のような典型的な競業者の場合,アイデア商品の販売を後発的に開始した業者は,先発業者の商品を真似したものと一般需要者に理解されるリスクを孕んでいるから,「元祖」表示は控訴人の営業誹謗行為にあたると主張する
 しかし,前記引用に係る原判決の認定・説示のとおり(22頁13行目~23頁7行目), 「元祖」表示は,自らについて説明するものといえても,他の同業者について何ら述べるものではないから,それのみでは他の同業者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布したといえない など,かかる主張は採用できない。』

食品衛生上の規制の対象となる可能性

2007-10-21 09:35:45 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10182
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『本願発明1その他本願に係る各発明は,スモークによる処理ではあるものの,COガスを含むガスによる処理に係る発明であるため,食品衛生法上の規制の対象として,公の秩序ないし善良の風俗を害するおそれのある発明(特許法32条)に該当する可能性を否定できない(甲6,7参照)』

実施可能な記載の条件

2007-10-21 09:21:47 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10011
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

『第3 原告主張の審決取消事由の要点
1 取消事由1(甲5発明の認定の誤り)
 審決は,無効理由2についての判断に係る,本件発明1と甲4発明との相違点についての判断において,甲5発明の認定を誤った結果,当該相違点についての判断を誤ったものである。
 ・・・
 仮に前者だと解した場合でも,「固定棚の先端」とは固定棚のどの部分を意味するのか,「支持部」は「固定棚の先端」にどのように設けられているのか不明であり,かつ,本件明細書にはこれらを規定する具体的な記載は存在しない。したがって,審決の認定は失当である。』


『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(甲5発明の認定の誤り)について
・・・
また,「円形孔からなる支持部」は,上記のとおり,単一部材によって形成される固定棚の一部であって,外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通して固定棚を水平に支持するものでなければならないものの,「固定棚の先端」にどのように設けられているのかについて,それ以上特定した規定はないから,上記限定の範囲内で,任意の技術手段によりなし得るものであり,かつ,本件特許出願当時の当業者の技術水準に照らし,この点につき,周知慣用の技術手段が存在していたことは明白であるから,「固定棚の先端」にどのように設けられるのかが明細書に記載されていないと,発明の実施ができないというものではない。』

課題の一つが解決できない発明-実施可能要件とサポート要件の関係

2007-10-14 12:29:03 | 特許法36条6項
事件番号 平成18(行ケ)10509
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月11日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
旧36条6項1号の要件充足性について
審決は,本願発明は旧36条6項1号の要件を充足しないと判断し,原告は,審決の上記判断が誤りであると主張するので,この点について検討する
(1) 本願における特許請求の範囲の請求項1(第1次補正及び第2次補正後のもの)は,前記第3,1,(2)のとおりである(当事者間に争いがない)。
(2) 一方,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本願明細書(甲1)には以下の記載があることが認められる。
・・・
(3) 上記(2)認定の本願明細書の記載によれば
 本願発明は,洗濯及びクリーニング組成物,特に顆粒および液体洗剤組成物に有用な中間鎖分岐界面活性剤の混合物に関するもので,特に低い水温洗浄条件を使う洗濯プロセスに用いられる洗剤組成物向けで,他の界面活性剤との処方にも適するものを提供しようというものであること(上記(2)ア),
 本願発明の背景には,・・・といった背景があったこと,そのため,洗濯洗剤用界面活性剤の開発および処方業者は制限された(ときには矛盾した)情報から様々な可能性を考え,界面活性剤の複合混合物の存在下における性能,低い洗浄温度の傾向,ビルダー,酵素およびブリーチを含めた処方の違い,消費者の癖および習慣の様々な違い,および生分解性の必要性を含めた様々な基準のうち1以上で全体的改善を行えるように奮闘しなければならないとの状況下にあったこと(同(カ)),
 これらを踏まえて,本願発明の目的とされたものは,低い使用温度で大きな界面活性力,水硬度への抵抗性の増加,界面活性剤系で大きな効力,布帛から脂肪または体汚れの改善された除去性,洗剤酵素との改善された適合性などを含めて,1以上の利点を有するクリーニング組成物を提供すること(同(ク))であると認められるが,
 本願明細書上,本願発明の低水温洗浄性及び生分解性に及ぼす効果についての言及は,実施例23に「得られた組成物は,標準布帛洗濯操作で用いられたときに,優れたしみおよび汚れ除去性能を発揮する,安定な無水重質液体洗濯洗剤である。」との記載(上記(2)コ(オ))があるのを除き,見当たらない

(4) ところで,旧36条6項は,「第三項第四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その1号において,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している(以下「明細書のサポート要件」という。)。
特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。
 旧36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである

 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである
そこで,上記の観点に立って,以下,本件について検討する。

(5) 本願発明の目的は,上記(2)及び(3)に述べたとおり,低い使用温度で大きな界面活性力,水硬度への抵抗性の増加,界面活性剤系で大きな効力,布帛から脂肪または体汚れの改善された除去性,洗剤酵素との改善された適合性などを含めて,1以上の利点を有するクリーニング組成物を提供する点にあると認められ,これに生分解性に関する上記(2)イ(カ)の記載を併せ考慮すれば,本願発明の解決すべき課題に低水温洗浄性及び生分解性が含まれることは明らかであるから,発明の詳細な説明には,本願発明がこれらの性能において有効であることが客観的に開示される必要があるというべきである
 この点,上記(2)のとおり,本願明細書上,具体例として例Ⅰ~例Ⅶ,例1~例25が挙げられているところ,このうち例1~例8(・・・)は置換基Bがエトキシレートである化合物の実施例であるから,いずれも本願発明1における置換基Bの要件を満たさず,本願発明1の実施例ということはできない。他方,例Ⅰ~例Ⅳは,・・・,置換基Bの要件は満たすものの,それを洗剤界面活性剤組成物として使用した場合の性能については何も記載されていない(上記(2)オ)。また,例9~例16,例23~例25は,・・・,置換基Bの要件は満たすものの,例23を除いては成分の配合例が記載されるだけであって,低水温洗浄性及び生分解性に及ぼす効果についての言及がない(上記(2)コ(エ),(カ))。さらに,例23については,その非水性液体洗剤の組成としては「MBAES」と記載されているだけである(同上)。この「MBAES」は,中間鎖分岐一級アルキル(平均総炭素=z)エトキシレート(平均EO=x)サルフェート,ナトリウム塩の略である「MBAExSz」(上記(2)コ(ア))を指すものと解されるが,・・・,例23の「MBAES」の記載だけでは,例示された上記の化合物のいずれに該当するのか不明であって,その構成元素,化学構造式などの具体的な技術的事項が不明であるし,ひいてはこれが本願発明1の化合物の要件に合致する化学構造を有するものであるのかも不明といわざるを得ない。また,例23の洗剤界面活性剤組成物の性能については,「得られた組成物は,標準布帛洗濯操作で用いられたときに,優れたしみおよび汚れ除去性能を発揮する,安定な無水重質液体洗濯洗剤である。」(上記(2)コ(オ))との記載があるものの,この記載からは低水温洗浄性及び生分解性に関する具体的な評価を導くことはできない

(6) 以上述べたところに照らせば,本願発明の詳細な説明には,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が本願発明1の組成物が発明の課題である低水温洗浄性及び生分解性を解決できるものであると認識できるに足る記載(旧36条4項参照)を欠いているといわざるを得ない
 そうすると,本願発明1の特許請求の範囲の記載を引用して成る本願発明2ないし4及びこれらを更に引用して成る本願発明5ないし9についても,本願発明1と同様に解すべきことになる。
したがって,本願発明に係る本願明細書の特許請求の範囲の記載は,旧36条6項1号の規定に違反するというべきであるから,これと同旨の審決の判断に誤りはない
。』

阻害要因を認めつつ組み立て論理を変更し容易性を肯定した事例

2007-10-07 12:21:57 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10211
事件名 審決取消当事者参加事件
裁判年月日 平成19年10月02日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『3 取消事由2について
(1) 当事者参加人は,刊行物2の記載は,平成10年11月改訂の防護柵の設置基準に適合する,橋梁・高架などの構造物上に設置されるビーム型防護柵に限定される技術であり,また,ビームの材料は鋼材,ステンレス鋼材,アルミニウム合金製に限られるから,本願発明と刊行物1発明との相違点2に関連する各ビームの位置関係を道路に直接設置する木製防護柵である刊行物1発明に適用したとしても,防護柵の設置基準に適合するものにならないから,刊行物2記載の技術を刊行物1発明に適用する動機付けがなく,・・・想到容易でないと主張するので以下この点について判断する。

(2) 刊行物2(甲2)は,「防護柵の設置基準・同解説」(平成10年11月30日,日本道路協会発行)であるところ,その96頁には「別添2」との小見出しと共に,「橋梁用ビーム型防護柵設計方法」との表題が付され,以下の記載がある。
・・・
(6) しかし,刊行物1発明は,木材ビームを用いた木製防護柵であるところ,ビームの径や構造,材質自体の強度などにも影響されるものの,木材ビームと,上記「2.1)」で規定する「断面が丸または四角型の閉断面になっている,鋼材(球状黒鉛鋳鉄品を含む),ステンレス鋼材,アルミニウム合金材製の横梁」とでは,例えば「付表-1・1」で規定される「横梁の極限曲げモーメント」など,その強度に大きな違いがあることは明らかである
 そうすると,少なくとも横梁が上記「2.1)」に該当するものであることを前提とし,「横梁の極限曲げモーメント」を含む当該設計諸元を満足しなければならないと位置付けられた,甲2の「付表-1・1 設計諸元」及びこれを満足する一例として示される「付図-18」に記載された各数値データについて,「横梁の極限曲げモーメント」などの強度を抜きにして,そのまま刊行物1発明に適用したとしても,いかなる性能が得られるのか,当業者であっても予測の限りでないというべきである

 しかるに,刊行物1発明にあっても,安全基準に適合させるかどうかはさておき,木材ビームの高さ,間隔など木製防護柵の設計に際しては,当業者であれば,搭乗者や車両等が衝突時に受ける衝撃を回避又は緩和するために所望の性能を得ることを重要な観点として設計するものというべきところ,刊行物2の各数値データをそのまま刊行物1発明に適用したとしても,いかなる性能が得られるのか予測の限りでないことに照らせば,刊行物1発明に刊行物2記載の技術を適用する動機付けがあるとはいえない。』


『(9) しかし,以下に検討するように,上記取消事由1に関する誤りも含め,審決の上記誤りは,結論を左右するものではない
 上記のとおり,刊行物1発明にあっても,木材ビームの高さ,間隔など木製防護柵の設計に際しては,当業者であれば,搭乗者や車両等が衝突時に受ける衝撃を回避または緩和するために所望の性能を得ることを重要な観点として設計するものというべきところ,刊行物2(甲2)及び甲6は,平成10年11月30日,日本道路協会発行(同年改訂版第1刷)の「防護柵の設置基準・同解説」であって,同基準は,搭乗者や車両等が衝突時に受ける衝撃を回避又は緩和するための所望の性能について規定するものであり(甲6,15頁~17頁),これは,同基準の内容について当業者に広く知らしめる性格の刊行物と解されることからすれば,同基準,すなわち,安全基準は,本願出願前に,当業者にとって周知のものであったといえる(ちなみに,本願明細書〔甲3〕の段落【0005】【0006】においても,同基準について言及がされ,本願発明の前提として位置付けられていることが明らかである。)。
そうすると,刊行物1発明について,所望の性能を得るべく,木材ビームの高さ,間隔など木製防護柵を設計するに際して,同基準,すなわち,安全基準に適合させるとの観点を念頭におくことは,当業者として当然考慮して然るべきことであり,刊行物1発明は路側部に設置する木製防護柵であるところ,刊行物2には,防護柵の一種である橋梁用ビーム型防護柵の設計諸元として,ブロックアウト量(支柱の最前面から横梁最前面までの距離),主要横梁上面高さ,下段横梁中心高さが規定されていることからすれば,上記設計に際して,相違点2において本願発明が規定する,路面から最下段木材ビーム下面までの高さ,各木材ビーム間の間隔(主要横梁の高さと下段横梁の高さから導き得るものである。),路面から最上段木材ビーム上面までの高さ,及び,木材ビームの支柱から道路側への張り出し寸法を考慮すべき要素とすることにも,格別の困難を要するものとは認められない。』

(所感)
 審決をみると、刊行物2の数値をそのまま刊行物1に適用するように論理が構成されている。たしかにその論理付けには無理があると思う。

 動機付けについては、このところ各判決において丁寧に判示されており判例の蓄積が進んでいる。
 これまでの判例は、動機付けに当たっては各刊行物の個別事情が考慮されるが、その個別事情とは刊行物の具体的認定に対応した個別事情である、ということに一般化できるように思う。考え方として妥当だと思う。

会社の表記としての頭文字「C」と著作権表示

2007-10-07 11:12:56 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)713等
事件名 著作権に基づく差止請求権不存在確認請求控訴事件,同附帯控訴事件
裁判年月日 平成19年10月02日
裁判所名 大阪高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 若林諒

『第2 事案の概要
1 本件は,ベアトリクス・ポター(Beatrix Potter)が創作した絵本である「THE TALE OF PETER RABBIT」(邦題「ピーターラビットのおはなし」。以下「本件絵本」という。)中の絵柄の原画(原著作物)についての著作権の日本における管理業務(商品化許諾業務)を行っている1審被告に対し,<ins>同絵柄の一部を使用したバスタオル及びフェイスタオル</ins>(原判決別紙原告製品目録記載の製品,以下「原告製品」といい,これに使用されている絵柄を「本件絵柄」という。)<ins>の販売を企画したと主張する1審原告が,①日本における本件絵柄の原画の著作権が存続期間満了により消滅したことを理由に,1審被告が1審原告に対し同著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めるとともに,②同著作権が消滅した後も1審被告が後記被告ライセンス商品についていわゆるC 表示など本件絵本中の絵柄の原画について未だ著作権が存続しているかのような原判決別紙被告表示記載1ないし5の表示</ins>(以下「被告表示」又は「本件表示」と総称し,個別に指称するときは「被告表示1」などという。)<ins>をライセンシーをして使用させ,需要者ないし取引者をして同絵柄の原画の著作権が日本において未だ存続しているかのように誤認させる表示をしているところ,同表示は,被告ライセンス商品の品質又は内容及び後記被告商品化許諾業務に係る役務の質又は内容を誤認させる不正競争行為</ins>(不正競争防止法〔以下「不競法」という。〕2条1項13号)<ins>に該当すると主張</ins>して,同法3条1項に基づき,同表示を自ら使用すること並びにライセンシーをして使用させること及び同表示を使用し,又は使用させた商品の販売等や役務の提供等の差止めと,③同法4条又は民法709条の不法行為に基づく損害賠償及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。
 原審は,上記①の請求を認容し,その余の請求をいずれも棄却したため,1審原告が本件控訴を,1審被告が本件附帯控訴をそれぞれ提起した。』

『第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(著作権に基づく差止請求権不存在確認の訴えの利益の有無)について
 当裁判所も1審原告の請求は理由があるものと判断する。その理由は原判決「事実及び理由」第3・1記載のとおりであるからこれを引用する。この点,1審被告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。

(1) 1審被告は,1審被告が原告製品にある本件絵柄の原画(原著作物)につき著作権を有したことはないし,有していると主張したこともなく,独占的通常実施権者は差止請求権を有さず,代理行使も許されないなど,1審被告が著作権に基づく差止請求権を行使するおそれはないと主張する
 しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(36頁16~20行目,41頁22行目~42頁13行目,46頁10~12行目等),消極的確認訴訟の場合,被告が権利の存在を何らかの形で主張していれば,特段の事情のない限り,原告としてはその権利行使を受けないという法律的地位に不安・危険が現存することになるというべきであり,これを除去するために判決をもってその不存在の確認を求める利益を有するものということができるところ,1審被告が表示させている本件C 表示は,本件絵柄とそうでない二次的著作物を何ら区別することなく,包括的に著作権を表示するものとなっているなど,実際上の機能として本件絵柄の原画について未だ著作権が存続しているとの印象を与えるおそれのあるものであり,1審被告はこれを前提にその侵害に対しては断固たる法的措置を執ることを言明しているものであって,少なくとも外観上,1審被告が自己又はライセンシーの名の下に,自らの判断で又はFW社の指示によって原告製品にある本件絵柄につき著作権に基づく差止請求権を行使するおそれがないとはいえない

(2) 1審被告は,1審原告は未だ商品企画の段階にとどまるなど,1審原告が1審被告の著作権を侵害し又は侵害するおそれがあるといえず,また,1審原告は直営店で原告製品を販売しておらず,かかる企画は本件訴訟を提起することを目的とした仮装であるなどと主張する。
 しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(42頁13~22行目等),本件絵柄を使用した原告製品を取り扱うことを予定する百貨店等の取引者が,原画の著作権存続期間が満了した本件絵柄とそうでない二次的著作物の区別に疎いこともあり,1審被告からの著作権に基づく権利行使を受けることを慮り,これを一因として原告製品の取扱を躊躇しているものであり,1審原告には,1審被告から著作権に基づく権利行使を受けることなく原告製品を販売し得るという法律的地位に不安・危険が生じているということができ,このような不安・危険を除去するためには,1審原告が原告製品にある本件絵柄につき著作権に基づく差止請求権を有しないことを確認する旨の判決を得るのが有効適切であるということができるし,加えて,1審原告は平成19年1月以降原告製品の一部の製造に着手しているものであり(甲40~44,48),その企画が仮装であるといえない。

(3) 1審被告は,1審原告が原告製品を製造販売した場合,FW社が有する登録商標や不競法に基づく差止請求を選択することが客観的かつ容易に予測でき,存続期間が満了した著作権を持ち出すことなど考えられないから,著作権に基づく差止請求権行使の蓋然性はないと主張する。
 しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(43頁2~8行目等),本件C 表示の存在やウェブサイト等での1審被告の広告により取引者が1審被告から著作権に基づく権利行使を受けることを懸念することは十分あり得ることであり,1審被告の商標権や不競法に基づく権利行使を受けることがあり得ることは,著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める利益が存在することを否定するものではない。』

『2 争点(2)(被告表示を表示する1審被告の行為は不競法2条1項13号の不正競争行為に当たるか,また1審被告の上記行為は民法709条の不法行為を構成するか)について
 当裁判所も1審原告の請求は理由がないものと判断する。その理由は原判決「事実及び理由」第3・2記載のとおりであるからこれを引用する。ただ,53頁5行目「1(4)」を「1(4),(5)」と改め,なお,「本件絵柄」とあるのを「本件絵本中の絵柄」との趣旨とする。

この点,1審原告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。
(1) 1審原告は,被告表示1・2は,著作権の存在を示すものとして広く一般に認識されているC そのもの又はそれと酷似する表示を含むところ,取引の実情を踏まえるとC のみでも十分な警告的作用を有するし,1審被告はかかる作用を期待して被告表示1,2を使用するものであり,被告表示1については,万国著作権条約上はC のみでは著作権は保護されないが,通常の需要者はこれを知らず専門家に確認もしないから,百貨店のようにトラブルを極力回避する取引先との実際の取引は阻害されるなどと主張し,甲17ないし19,55号証がこれに沿うかのごときである。

 しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(40頁15~21行目,41頁9~14行目等),C の記号は,自国の法令に基づき一定の方式の履践を著作権の保護の条件とする万国著作権条約の締約国において,著作権の保護を受けるための方式として要求されるものを満たしたと認めるための要件として,著作者その他の著作権者の許諾を得て発行された当該著作物のすべての複製物がその最初の発行の時から著作権者の名及び最初の発行の年とともに,これを表示することを要求されたものであって(同条約3条1項),C表示(Cの記号,著作者名,最初の発行年の記載)には,当該著作物につき当該著作者を著作権者とする著作権が存続している旨を積極的に表明するとの側面も有するものであり,その著作物を無断で使用する場合には著作権侵害になることを需要者又は取引者に対し警告するという機能を有することは否定できないが,<ins>他方,単なるC の記号のみには法的にかかる機能はないものであり</ins>,上記証拠をもっても取引の実際上もかかる機能があるとまで認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はなく,被告表示1が本件絵本の原画について日本においては著作権存続期間が満了しているのに未だこれが存続しているかのように誤認させるような表示とまではいえない。
 また,1審原告は,被告表示2については,上記に加えて,FW社の著作権表示と共になされているから,著作権の存在を誤認させる可能性を更に高めるものであり,需要者においてコピーライツグループの企業名は周知・著名でなく,複製権と同じ名称の会社の表記としての頭文字「C」を「○」で囲んで複製物の近くに表記すると需要者は原画の著作権の存在を誤認するとも主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(50頁20行目~51頁1行目等),C の記号のみではかかる表示といえないものであり,需要者の通常の判断能力を前提として観察すれば,被告表示2はコピーライツグループのロゴとして使用されていると認識されるといえ,これをもってFW社ないし1審被告もその構成員となっているコピーライツグループが本件絵本の原画(原著作物)の著作権を有していることを表示しているものとは外観上も解することができないから,被告表示2が本件絵本の原画について日本においては著作権存続期間が満了しているのに未だこれが存続しているかのように誤認させるような表示とまではいえない。』

『(4) 1審原告は,万国著作権条約に加盟し,方式主義を採用する国はカンボジアとラオスだけであるところ,カンボジアでは保護期間を50年とする著作権法が制定されて本件絵本の原画の保護期間は満了しており,ラオスでは未だ著作権法が整備されていないが,わずか1国で原画の著作権が保護される可能性があるにしても,1審被告が日本で製造販売された製品をどの程度ラオスに輸出しているか明らかでないと主張し,甲22,23,60,61号証によればカンボジアにつき上記のとおり認められる。
 しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり(58頁5行目~59頁16行目),ラオスにおいて本件絵本を含むベアトリクス・ポターの著作物の著作権に基づく権利行使が必要となる事態が現実に生じるかどうかはともかく,万国著作権条約が,方式主義を採用する締約国で著作権の保護を受けるためには全ての複製物について著作権表示を要すると規定している以上,著作権の保護期間が満了した国のみにおける著作権表示の禁圧は,同条約の趣旨に合致しないといわざるを得ず,この観点からしても,著作権表示又はその一部を含む被告表示3ないし5を表示する行為をもって,商品の品質・内容を誤認させる不正競争行為に該当すると解することはできない。』

均等論の「本質的部分」の認定事例

2007-10-07 10:09:57 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)15809
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成19年09月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸


『2 争点2(被告方法は本件発明と均等か)について
(1) 原告らは,仮に,被告方法が構成要件Aの「研磨面に対して,円盤状半導体ウェーハの外周の面取部をほぼ全周において押し当てた状態」との要件を充足しないとしても,被告方法は,本件発明の構成と均等である旨主張する

(2) しかし,本件発明と被告方法との相違する部分である「研磨面に対して,円盤状半導体ウェーハの外周の面取部をほぼ全周において押し当てた状態」との方法を含む構成要件Aは,次のとおり本件発明の本質的部分であることは明らかであるから,これを充足しない被告方法が本件発明の構成と均等であると言うことはできない。

ア 特許発明の本質的部分とは,明細書の特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうち,当該発明特有の課題解決のための手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分を意味するものと解される
本件明細書(甲2)には,次のとおりの記載がある。
・・・
 上記の記載によれば,本件発明は,従来技術には,研磨面に対して円盤状半導体ウェーハの面取部の一部を押し当てた状態でミラー面取加工が行われるため加工時間が長くなるので,加工時間を短縮しようとして,押し付け力を強くすると,今度は,硬脆材であるウェーハの端部に欠損が生じ,結局ミラー面取加工速度を高めることには限界があるとの<ins>課題があるとの認識のもと</ins>,
 <ins>同課題を解決するための手段として</ins>,研磨面に円盤状半導体ウェーハを押し当てようとする力を円盤状半導体ウェーハの外周部に位置する<ins>面取部のほぼ全域を使用して支えるようにしたものであり</ins>,
 このことにより,ミラー面取加工の速度に最も必要な押し付け力を高めても,円盤状半導体ウェーハに局部的な荷重が加わらず,加工時の局部欠損を防止することができ,かつ,円盤状半導体ウェーハの面取部のミラー面取加工速度を飛躍的に高めるという<ins>作用効果を奏し,従来技術における上記課題を解決するに至ったものであるから</ins>,
 「研磨面に対して,円盤状半導体ウェーハの外周の面取部をほぼ全周において押し当てた状態」との方法は,まさに本件発明に特有の課題解決のための手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分に当たるというべきである

イ 原告らは,本件発明において本質的な部分は構成要件BないしDである旨主張する。

しかしながら,構成要件BないしDのみでは,研磨面の形状,円盤状半導体ウェーハの回転軸と研磨面との関係,研磨面の回転軸と円盤状半導体ウェーハの回転軸との関係をいうのみで,研磨面と円盤状半導体ウェーハの位置関係(当接関係)を何ら特定していない(構成要件Bは,単に「ほぼ全周において押し当て可能」としているにすぎない。)ことになるから,構成要件BないしDだけを充足する方法の中には,円盤状半導体ウェーハの外周面取部のごく一部しか研磨面に当接しない場合まで含まれてしまい,このような方法が,本件発明の上記作用効果を得られるとは限らないことになる。 すなわち,構成要件Aを欠く場合には,上記作用効果を奏するとは限らないのであるから,構成要件Aは本件発明の中核をなす本質的部分であることが明らかである

ウ また,原告らは,構成要件Aの末尾の体裁が,「・・・であって,」となっていることをもって,構成要件Aが本件発明の本質的部分ではないことの証左である旨主張するしかしながら,記載の体裁のみで当該発明の本質的部分が決まるものではない。構成要件Aが上記体裁をとっていたとしても,前記アの判断を左右するものではないことは既に説示したところから明らかである。』

36条違背を通知しないで29条で拒絶査定することについて

2007-10-06 23:05:46 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10006
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


『イ 本件補正時
 本件補正時の特許請求の範囲も,前記のとおり請求項1ないし5から成るが,その請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)は,次のとおりである(下線部は補正部分)。
「【請求項1】使用する<ins>すべての</ins>原料を実質的に脱酸素状態としてなること,窒素ガス雰囲気下でコーヒー粉末を脱酸素した水,湯,熱水,沸とう水又は水蒸気によって抽出処理すること,コーヒーを充填する前の容器内を窒素ガス雰囲気にして実質的に脱酸素状態とすること,を特徴とする高品質容器入りコーヒーの製造方法。」』

『第4 当裁判所の判断
・・・
(3) なお原告は,本願補正発明においては,全工程について窒素ガス雰囲気下等,何らかの脱酸素状態が達成されるべきことが既に含意されている旨主張する
 しかし,本願補正発明は,①使用するすべての原料を実質的に脱酸素状態とすること,②窒素ガス雰囲気下で,脱酸素した水等を用いてコーヒーを抽出処理すること,③コーヒーを充填する前の容器内を窒素ガス雰囲気にして実質的に脱酸素状態とすることを発明特定事項とするものであって,それ以外の工程における脱酸素処理については何ら特定していない

 このことは,甲3の11の手続補正書から認められるように,請求項2が,本願補正発明の方法に,フィラータンク内のヘッドスペース部分を窒素ガス雰囲気にして実質的に脱酸素状態とする場合を加えたものを発明特定事項としていること,請求項3が,本願補正発明の方法に,抽出処理後,得られたコーヒーを容器に密封するまでの工程を窒素ガス雰囲気下で処理する場合を加えたものを発明特定事項としていること,請求項4が,本願補正発明の方法に,原料を含むすべての製造工程において実質的に脱酸素状態としてなることを発明特定事項としていることからも明らかである
 そうである以上,本願補正発明において,全工程について脱酸素状態が達成されるべきことが含意されているとの原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張といわざるを得ない。したがって,この点に関する原告の上記主張は採用することができない。』

原告の上記主張は,本願補正発明は「容器入りコーヒー製造の全工程を脱酸素処理するもの」ではないとする審決の認定は,「本願補正発明は,原告主張の発明の要旨を表わしておらず,実質的には法36条に違反する」との認定にほかならないとの理解を前提に,法36条に違反する旨の拒絶理由を通知していないことの手続違背を主張するものである が,審決は法29条2項に基づき本願補正発明の進歩性を否定したものであって,法36条に基づき原告の請求を排斥したのでないことは,審決書の記載(甲3の18)から明らかである。
 したがって,特許庁が原告に対し法36条に違反する旨の拒絶理由を通知しなかったとしても,手続上の瑕疵となるものではなく,原告の主張は採用することができない

 また原告は,上記不意打ちの主張に対する反論として主張する,いわゆるリパーゼ事件判決に反する旨の被告の主張も信義則に反し許されない旨主張する。しかし,審決が法36条に基づき原告の請求を排斥したものではなく,審決に手続上の違法がなかったことは上記のとおりであるから,被告が本件訴訟において上記リパーゼ事件判決等を引用して反論したとしても,それが信義則違反となるものではない。』

顕著な効果を主張する例-同じ技術思想の延長線上の場合

2007-10-06 22:45:16 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10006
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『これに対し,本願補正発明は,引用例1発明と比べて,さらに,使用するすべての原料を脱酸素状態とする(相違点イ),また,コーヒーを充填する前の容器内を窒素ガス雰囲気にして実質的に脱酸素状態とする(相違点ロ),というものであり,引用例1発明よりも,さらに脱酸素を徹底させるというものであるから,それに応じて,品質劣化の抑制,まろやかな味,入れたての香りの点で,より優れた効果を奏するであろうことは,容易に予測しうるところである。したがって,本願補正発明が引用例1発明に比し進歩性があるといえるためには,本願補正発明に単なる脱酸素の効果とは異なる顕著な効果が認められなければならない
・・・
本願補正発明における効果がより優れたものであると認める余地があるとしても,これが予測の範囲を超えた顕著な効果を奏するものであるとまでは認め難い。』