知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

第1次判決の拘束力はその後の別事件の最高裁の法的見解に影響されるか

2009-11-29 19:15:44 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10157等
事件名 審決取消当事者参加事件
裁判年月日 平成21年11月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

・・・
 そうすると,第1次判決が請求項1・2・4・6項と請求項3・5・7項とは分けて判断すべきであるとして第1次審決を取り消しているのに,本件審決(第2次審決)が請求項1~7項の全体を一体不可分のものとして取扱うべしとして訂正審判請求を不成立としていることは,被告主張の最高裁平成20年7月10日第一小法廷判決(平成19年(行ヒ)第318号民集62巻7号1905頁,前述した「平成20年最高裁判決」)を考慮しないとすれば,第1次判決の拘束力に反する判断をしていることになる

(2)アこれに関して被告は,行訴法33条1項に基づく拘束力は処分時以降に事情変更が生じた場合には及ばないところ,平成20年最高裁判決は第1次判決が依拠した昭和55年最高裁判決の射程を限定し,また訂正審判請求について一体として判断すべきことを判示しているから,これは処分時以降の事情変更に当たり本件審決に拘束力違反はない等と主張し,一方,これに対し当事者参加人は,被告の主張は取消判決の拘束力が法的拘束力であるのに対し判例の効力が事実上の効力であるという差異を看過するものである,平成20年最高裁判決は特許異議申立てにおいて訂正請求がなされた場合について訂正の許否を請求項ごとに判断すべきことを判示したもので,訂正審判請求に関する見解部分は傍論にすぎず,判例としての効力を生じない,等と反論する。
・・・

ウ思うに,行訴法33条1項の定める拘束力を有する確定判決(第1次判決)がなされた後に別事件に関する最高裁の新たな法的見解が示されたからといって,当然に上記拘束力に影響を及ぼすと解することは困難である

のみならず,仮にこれを肯定する見解を採ったとしても,平成20年最高裁判決を被告主張のように解することもできない。

 すなわち,被告が事情変更の論拠とする平成20年最高裁判決は,前記のとおり,第三者申立てに係る特許取消事件の審理中に特許権者側から対抗的になされた訂正請求に関する事案についてのものであり,その判示も,訂正不可分を主張する特許庁の見解を否定し,改善多項制の法改正がなされた後においてはこれを可分と解するとしたものである。そして,訂正審判請求の場合はこれを不可分と解するとした部分は,訂正審判請求については,その全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予定されているとの原則的な取扱いについて判示したものであり,昭和55年最高裁判決に依ってなされた第1次判決の例外的な取扱いを認めるべき場合についての判示,すなわち,請求人において複数の訂正箇所のうちの一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したときは,それぞれ可分的内容の訂正審判請求があるとして審理判断する必要がある,との判示を否定するものとは解されない
 このことは,平成20年最高裁判決が訂正審判請求に関する昭和55年最高裁判決を変更する趣旨を含まないことから明らかというべきである。

エ そうすると,平成20年最高裁判決は,昭和55年最高裁判決に依ってなされた第1次判決(取消判決)の拘束力に何らの法的影響を及ぼすものではないことになるから,被告の上記主張は採用することができない。

<最高裁判決>
・ 「平成20年最高裁判決」 平成20年07月10日 第一小法廷 平成19(行ヒ)318
  訂正を請求ごとに個別に判断すべき場合
・ 「昭和55年最高裁判」
  昭和55年05月01日 第一小法廷 昭和53(行ツ)27
  訂正審判で訂正の一部のみを許すことの可否


<関連事件>
・ 平成20年11月27日 平成20(行ケ)10093 (無効審判請求手続き中の訂正請求に係る事件)
  訂正請求による訂正の効果は請求項ごとに個別に生じるか
・ 平成20年10月29日 平成19(行ケ)10283 (訂正審判請求に係る事件)
  訂正審判請求における判断対象の不可分一体性
・ 平成20年05月28日 平成19(行ケ)10163 *本件1次判決 (異議申し立て手続き中の訂正請求に係る事件)
  複数の訂正事項の不可分処理の根拠と射程
・ 平成20年02月12日 平成18(行ケ)10455 (訂正審判請求に係る事件)
  認められた訂正の確定時点について
・ 平成19年12月28日 平成18(行ケ)10425 (訂正審判請求に係る事件)
  訂正審判における「一体説」と「請求項基準説」
・ 平成19年06月29日 平成18(行ケ)10314 (訂正審判請求に係る事件)
  複数の訂正箇所のうち一部の箇所について訂正を求める趣旨を特定して明示すること
・ 平成19年06月20日 平成19(行ケ)10081 (無効審判請求手続き中の訂正請求に係る事件)
  訂正請求のみなし取下げ(特許法134条の2第4項)の解釈

特許法67条2項の「実施をすることができない期間」の解釈及び重要な行為に様式行為が必要とした事例

2009-11-29 18:05:10 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10097
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年11月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


(3) 本件特許発明のように,その実施について薬事法上の承認処分のような行政処分を要する特許発明については,上記処分を求める申請日から承認処分の告知を受けた日の前日までの期間は,特許法67条2項にいう「その特許発明の実施をすることができない期間」に該当すると解されるところ,前記(2)認定の事実関係からすると,原告から本件特許の通常実施権の設定を受けた日本チバガイギー社は,膵臓移植に関し,平成12年3月21日に本件承認処分の申請を行い,その後取下書を提出することなく,平成17年1月26日に承認処分を受けており,その間,日本チバガイギー社において免疫抑制剤たるシクロスポリンの販売を膵臓移植に関し断念すべき客観的事情は認められないのであるから,厚生労働省担当官が膵移植につき承認を当面行わないと告知した上記(2)⑦の平成13年4月27日から同省担当官が電話連絡した⑩の平成16年11月9日までの間は,承認権者たる厚生労働省が保険診療との調整を理由に承認を保留していたにすぎないと認めるのが相当であり,その間は特許権者たる原告が特許発明を実施することができないことも明らかであるから,この期間を期間計算から除外するのは相当でないというべきである。

 これに対し被告は,日本チバガイギー社は平成16年12月1日付けで改めて2回目の承認申請を行っていること,不服審判請求後の平成19年6月12日付け(乙1)及び平成20年3月18日付け(乙2)の各意見書において1回目の申請が取り下げられた旨を原告が述べていること等を理由に,平成12年3月21日付けでなされた1回目の申請は心移植についてのみ承認処分がなされた平成13年6月20日ころに取り下げられた旨主張するが,本件承認処分の取下げという重要な行為の認定に当たっては,原則として取下書の提出のような申請者の意思を確実に認定できる様式を要すると解するのが相当であることに鑑みると(本件不服審判請求後にその代理人弁理士が取下げがなされたことを前提とするかの如き意見書<乙1,2>を提出したとしても,あくまでも意見であるから,前記のような事実関係からすると,これをもって直ちに取下げがあったと認めることはできないし,原告が2回目の承認申請を行ったことも,1回目の申請が既に取り下げられていることを前提としたものではなく,念のため注意的に申請書を提出したものとみるべきである。),これを援用することができない。

 また被告は,前記(2)⑦の平成13年4月27日から⑩の平成16年11月9日までの3年6月余の期間は,保健医療と調整のための待機期間であって安全性確保のために必要とされる期間ではない等とも主張するようであるが,保健医療との調整を要するという事情は承認権者たる厚生労働省側の事情であって,特許権者たる原告が本件承認処分を受けていないため本件特許発明を実施できないことに変わりはないから,上記3年6月余を前記期間計算から除外することも相当でない。


<同趣旨の判示>
平成21(行ケ)10098

共有者全員がした審判請求かどうかを総合的に判断すべきとした事例

2009-11-23 18:25:27 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10148
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年11月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

3 取消事由1及び2について
(1) 特許を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは,共有者の全員が共同して請求しなければならず(特許法132条3項),また,審判を請求する者は,当事者及び代理人の氏名及び住所その他所定の事項を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならない(同法131条1項)と規定されている。その趣旨は,特許を受ける権利の共有者が拒絶査定不服審判を請求するにあたっては,その全員がそれぞれ審判の請求をする意思のあることを,審査手続における経緯と離れて改めて請求書に表示する要式行為として明示することを求め,これにより,審判請求人がだれかを一律に確定しようとしたものと解される。したがって,特許を受ける権利の共有者全員の代理人が,共有者のためにその審判を請求するには,審判請求書の請求人欄に,当事者として共有者全員の氏名を記載すべきものであることはいうまでもない。
 他方,特許を受ける権利の共有者の代理人が行った審判請求において,それが共有者全員の「共同して請求」したものに当たるかどうかについては,単に,審判請求書の請求人欄の記載のみによって判断すべきものではなく,その請求書の全趣旨を合理的に探求し,当該特許出願について特許庁側の知り得た事情等をも勘案して,総合的に判断すべきものである。

 共有に係る特許を受ける権利についての審判請求のように,共有者の全員が共同して請求することが法律上の要件とされている場合において,共有者の全員それぞれからそのための委任を受けている代理人が,共有者の一部の者のためにのみ審判請求をし,その余の共有者のためにはこれを行わないときは,共有者全員の利益を害することになり,自ら審判請求の手続要件の欠缺をもたらし,拒絶査定を確定するにも等しいのであるから,代理人がこのような行動に出ることは合理的にみて考えられないことである。

 そうすると,代理人がこのような不合理な行為を行うのもやむを得ないとする特段の事情がない限り,当該審判請求は,たとえ,外観上共有者の一部の者のためにのみする旨の表示となっている場合であっても,実際には,共有者の全員のためにしたものと推認するのが相当である

(2) 本件においては,前記1認定のとおり,
 原告らは,いずれも日本国内に住所又は居所を有しない韓国法人であり,○○弁理士は,原告両名から拒絶査定不服審判の請求を含む包括的な事項についての代理人であった(前記1(1)(3))。そして,
 本件拒絶査定の書面には原告三星(外1名)及び○○弁理士の記載があったところ,○○弁理士は,本件審判請求書に,請求人欄には原告三星のみの識別番号及び名称を,代理人欄には○○弁理士の名前を記載し,原査定を取り消し本願は特許をすべきものであるとの審決を求める旨の記載をした
ものである(前記1(6)(7))。

 このような事実関係の下においては,○○弁理士による本件審判請求書を受理した特許庁としては,○○弁理士が,原告両名のために審判を請求する代理権を有する者であることを知り得たのであるから,代理人がこのような不合理な行為を行うのもやむを得ないとする特段の事情が認められない本件においては,本件審判請求書の記載上は,原告チェイルのためにすることが明記されてはいないけれども,実際には,原告両名のためにしたものと推認され,代理人による本件審判の請求の法律的効果は,本人たる原告両名に帰属すると解すべきである

(3) そうすると,本件審判の請求は,原告両名によるものであるにもかかわらず,本件審判請求書の審判請求人の欄には原告三星のみが記載されていたのであるから,特許法131条1項の規定に定める方式についての不備があることになる
 よって,審判長としては,同法133条1項に基づき,相当の期間を指定してその表示の補正をすべきことを命じるべきであり,補正を命じれば,○○弁理士において原告チェイルの記載を追加したものと推認される。しかるに,審判長は,上記補正を命じることなく,直ちに本件審判の請求を却下したものであって,本件審決は違法である。

拒絶理由に摘示されていない周知技術等を用いることが許容された事例

2009-11-23 17:36:52 | 特許法50条
事件番号 平成20(行ケ)10469
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年11月18日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一


4 取消事由4(手続違背)について
(1) 原告は,審決においては,引用例に記載のない「方位の補正」以降の構成につき,周知例1及び2(甲2及び3)をもって補っており,これらを実質的な引用文献として用いているところ,これらを引用する拒絶理由通知はされておらず,審査の過程でも引用文献として挙げられていないから,審決は,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反する旨主張するので,以下,検討する。

(2) 審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならず(特許法50条本文参照),同法50条の規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する(同法159条2項参照)とされている。
 そして,拒絶理由のうちでも,特に新規性や進歩性については,出願時における周知技術,慣用技術等を考慮することが必要となる場合が多く,拒絶理由の通知に当たって,その基本的な理由(引用文献等)とともに,上記周知技術等をも併せて通知されることも少なくない。
 しかし,拒絶理由に摘示されていない周知技術等であっても,容易想到性の認定判断において,拒絶理由を構成する引用発明の認定や容易性の判断の過程で補助的に用いる場合,あるいは関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合であれば,許容されるというべきである。

(3) 審決は,・・・。

(4) 以上のとおり,そもそも,「GPSデータを採用する場合,採用される情報に『位置』の情報が含まれること」は,出願時における周知技術であったといえる上,引用例の記載からも,この点につき読み取ることが可能であるから,この点につき拒絶理由の中で摘示されていなかったとしても,これは,容易性の判断の過程で補助的に用いる場合であり,関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に該当するといえる
 したがって,審査,審判段階で,この点につき拒絶理由通知がされなかったとしても,本件は,当該周知技術を用いることが許される場合に該当するから,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反しないものであり,この点に関する原告の主張は理由がない。

「公知技術」を安易に参酌した先願明細書等の記載の補充

2009-11-15 22:00:33 | 特許法29条の2
事件番号 平成20(行ケ)10483
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年11月11日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

 ・・・
(4) 他方で,「先願発明」の化合物については,先願明細書等の【化5】,【化16】で示された一般式に,抽象的には包含されるとしても,先願明細書等において,その構造につき具体的に記載されてはいない
 そして,上記【化5】【化16】に関しては,複数の化合物の組み合わせを表現したものにすぎず,ある化合物が明細書等において開示されているというためには,たとえ表の中であっても,具体的な構造(「先願発明」の化合物に関しては,メチル基を置換基として有する具体的構造)が特定して開示される必要があるというべきである。

 なお,被告は,「同族列に所属する一連の化合物は,化学的性質が極めてよく似ていて,すべての化合物に共通の官能基に基づく同一の反応を示すから,化合物No.II-10 と『先願発明』の化合物も実質的に同視できる」旨主張するとともに,特許公報(乙4,5)の記載により,上記主張を補強している。

 しかし,前記1(3) ウのとおり,化学大辞典(乙3)において,同族列として脂肪族飽和炭化水素のメタン,エタンや,芳香族炭化水素のベンゼン,トルエン,飽和脂肪酸のギ酸,酢酸などを例示しているが,これらの分子量の小さな化合物相互の関係と,本件での化合物No.II-10 と「先願発明」化合物のような分子量の大きな化合物相互の関係について,同一に扱ってよいかは不明というべきである。
 また,前記1(3) エ,オからすれば,乙4,5で開示された,それぞれ同族列の関係にある各化合物の化学的性質(有機EL素子としての性質を含む。)が類似していることが認められるが,これが直ちに,化合物No.II-10 と「先願発明」化合物の関係にも適用できるか明らかではない上,特許法29条2項の進歩性を判断する場合であれば格別,同法29条の2第1項により先願発明との同一性を判断するに当たっては,化合物双方が同族列の関係にあることをもって,一方の化合物の記載により他方の化合物が「記載されているに等しい」と解するのは相当ではない(前述のとおり,一般に化学物質発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり,試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識するところであるからである。)。

 このほか,被告は,「正孔注入輸送を司る本質的部位が分子中のN-フェニル基であること」は技術常識であって,同事実と先願明細書等の記載からすれば,「フェニル基を導入してビフェニル基にすることでπ共役系が広がり,キャリア移動に有利になり,正孔注入輸送能にも非常に優れる」旨主張している。
 確かに,前記1(3) ア,イのとおり,「正孔注入輸送を司る本質的部位が分子中のN-フェニル基である」旨の被告の主張に整合する文献(乙1,2)が存在するほか,先願明細書等には「分子中にN-フェニル基等の正孔注入輸送単位を多く含み,R 1 ~R4にフェニル基を導入してビフェニル基にすることでπ共役系が広がり,キャリア移動に有利になり,正孔注入輸送能にも非常に優れる」旨の記載がある(【0058】)。

 しかし,前述のとおり,特許法29条の2第1項による先願発明との同一性の判断は,同法29条2項の進歩性の判断とは異なるから,上記のような「公知技術」を安易に参酌して先願明細書等の記載を補充するのは相当ではなく,メチル基の有無を捨象して化合物No.II-10 と「先願発明」化合物を同視し,「先願発明」化合物が先願明細書等に実質的に記載されていたとみることは相当ではない

相違点が引用文献で排除されている構成に当たる場合

2009-11-15 20:45:26 | 特許法29条2項
事件番号 平成21(行ケ)10081
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年11月05日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


ウ 次に前記構成要件②・・・は,基本部分と補足部分とがそれぞれ別の記録媒体に分けて蓄積されていること,すなわち前記構成要件①を前提としているが,仮に,これを前提とした場合,引用発明において前記構成要件②の構成を採用することが容易想到といえるかについて引用発明は,・・・基本ビットストリームと付加ビットストリームを更新処理器において加工・合成してノンスケーラブルなビットストリームを作成した上で,通信ネットワークを経由して利用者に送るよう構成されており,これにより利用者はノンスケーラブルな復号器により復号再生することができるものである。

 そうすると,引用発明は,利用者側の複合器がスケーラビリティ機能を持たないことを前提としており,基本ビットストリームと付加ビットストリームを含む記録媒体が更新処理器側に配置されていることは必須の構成であるから,基本ビットストリーム(基本部分)と付加ビットストリーム(補足部分)とがそれぞれ別の記録媒体に蓄積されていたとしても,利用者側に更新処理器(本願発明の併合手段に相当)を配置することやその一方を利用者側に配置し他方を通信ネットワーク(本願発明の伝送ラインに相当)を通じて利用者側にリンクする構成とすることは排除されているというべきであり,前記構成要件②の構成を採用することが引用文献に記載された課題から容易に想到し得たということはできない。

禁反言の法理ないし信義則に違反し許されないとした事例

2009-11-08 19:37:55 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)2726
事件名 意匠権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成21年11月05日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

・・・
 したがって,被告意匠は,本件意匠とは類似しない。

 なお,前記のとおり,原告は,本件意匠の出願経過において,本件意匠が乙2意匠に類似し,意匠法3条1項3号に該当するとした拒絶理由通知に対し,本件意匠は乙2意匠に類似しないとする意見書を提出したものであるところ,原告は,同意見書の中で,「本願意匠(判決注・本件意匠)の胴部の絞り(C)の段数は5段であるところ,引用意匠(判決注・乙2意匠)の胴部の絞りの段数(c)は3段である。胴部の高さと関連して,胴部の絞りの段数は,両意匠を手にとった時にもっとも注目する部分のひとつである。」と,胴部の絞りの段数の相違を強調して乙2意匠とは類似しないと主張していたのに,
 本件訴訟において,胴部の絞りの段数が乙2意匠と同じ3段である被告意匠との類否判断に当たり,段数の相違は需要者に与える美感に影響を及ぼさず,被告意匠は本件意匠に類似するなどと主張することは,出願経過における上記主張と相反するものというほかない

 侵害訴訟である本件訴訟において原告が上記主張をすることは,禁反言の法理ないし信義則(民法1条2項,民訴法2条)に違反し,許されないものというべきである

 そして,このように解することは,意匠法24条2項とは無関係に導き出されるものであり,同条項が制定されたからといって,かかる主張が許容されるものでないことは明らかである。

法4条1項8号,10号,15号及び19号該当性(趣旨、判断基準時)

2009-11-08 19:18:36 | 商標法
事件番号 平成20(行ケ)10323
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

3 法4条1項8号該当性について
(1)  法4条1項は,商標登録を受けることができない商標を各号で列記しているが,需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品又は役務の出所の混同の防止を図ろうとする同項10号,15号等の規定とは別に,8号の規定が定められていることからみると,8号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名な略称等を含む商標は,その他人の承諾を得ているものを除き商標登録を受けることができないと規定した趣旨は,人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。すなわち,人は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである。略称についても,一般に氏名,名称と同様に本人を指し示すものとして受け入れられている場合には,本人の氏名,名称と同様に保護に値すると考えられる。
 そうすると,人の名称等の略称が8号にいう「著名な略称」に該当するか否かを判断するについても,その略称が本人を指し示すものとして一般に受け入れられているか否かを基準として判断されるべきものということができる(最高裁平成17年7月22日第二小法廷判決・裁判集民事217号597頁)。

 そして,上記のとおり,法4条1項8号が一定の人格的利益を保護するものであることからすると,ある商標登録が8号に該当すると判断されるためには,当該商標に係る人格的利益の帰属主体(自然人又は団体)が特定されることが必要であり,この特定は,当該商標が当該主体の肖像・氏名・名称を含むか否か,著名な雅号,芸名又は筆名を含むか否か,これらの著名な略称を含むか否かといった各要件該当性判断の論理的前提となるものである

 しかも,法4条1項8号該当性の基準時は同号に違反したとされる商標登録の出願時及び登録査定時と解されるから,上記人格的利益の帰属主体ひいては上記著名性等はこれら基準時において現に存在することを要するし,人格的利益は一身専属的な権利であり相続の対象にはならないことからすれば,自然人の場合はその死亡により8号により保護すべき人格的利益が消滅し,8号該当性も消滅すると解すべきことになる。

・・・

4 法4条1項10号,15号及び19号該当性について
 法4条1項10号,15号及び19号は,基準時である出願時及び登録査定時の双方においてある商標が需要者の間に広く認識されている場合などに,当該商標が出所を表示する他人の業務との関係で商品又は役務の混同の防止を図ろうとする趣旨の規定であり,基準時である出願時及び登録査定時の双方において当該商標が表示する出所の主体(すなわち「他人」)を特定すべき点において,前記3(1)に説示したところと同趣旨が妥当する。

 そうすると,上記各規定該当性を判断する上では,前記3(3)に説示したとおり,Aの生前における「極真会館」に周知性が認められるだけでは足りず,原告自身又は原告が運営する「極真会館」という団体の上記各基準時における周知性やそれらの業務に係る商標と本件商標が類似するかどうかなどを審理判断しなければならない。しかるに,審決はこれらの点について審理判断をしておらず,審理不尽といわなければならない。


関連事件
平成20(行ケ)10323

平成21(行ケ)10074
(商標法4条1項8号における「含む」の意義)

著作権の行使を権利の濫用に当たり許されないとした事例

2009-11-08 18:00:51 | 著作権法
事件番号 平成19(ワ)16747
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成21年10月15日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 山田陽三

(3) 被告プログラム作成を理由とする損害賠償請求の可否
 上記のとおり,
 被告プログラムは適切なパラメータ設定を探るためにのみ作成されたものであり,適切なパラメータ設定のためには実際に幾つかのパラメータを設定してプログラムを動作させる必要があることに加え,

 被告プログラムの基となった本件プログラム2は,もともと原告が被告P3のアイデア(乙6プログラム)を本件プログラム1に移植する形で作成したものであること,

 原告が本件プログラム2を作成した時点では,既に本件プログラム1のソースコードは被告P2に開示されており,本件プログラム2のソースコードも開示されていたと考えられること,

 被告P3は被告P2の指示の下で被告プログラムを作成したこと,

 被告プログラムは第三者に開示も頒布もされておらず,他方で第三者に頒布された乙5プログラム及び乙50プログラムは本件各プログラムとは異なるものであること

が認められ(・・・),これらの事情を総合すれば,被告P3が被告プログラム作成に当たって本件プログラム2を複製又は翻案したことがあったとしても,かかる行為のみを理由として著作権侵害を主張し,損害賠償を請求することは,権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されないものというべきである

 よって,仮に本件プログラム2が著作権法上の著作物と認められ,原告がその著作者であるとしても,これに基づいて被告P3の複製又は翻案行為について著作権の行使をすることは,権利の濫用に当たり許されないから,その余の争点について判断するまでもなく,原告の被告P3に対する請求には理由がない。