知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

リパーゼ判決

2008-07-27 18:13:09 | 最高裁判決
事件番号 昭和62(行ツ)3
事件名 審決取消
裁判年月日 平成3年03月08日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄差戻し
判例集巻・号・頁 第45巻3号123頁
原審裁判所名 東京高等裁判所
原審裁判年月日 昭和61年10月29日
裁判長裁判官 中島敏次郎、裁判官 藤島昭、香川保一、木崎良平

 特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。このことは、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨定めている特許法三六条五項二号の規定(本件特許出願については、昭和五〇年法律第四六号による改正前の特許法三六条五項の規定)からみて明らかである。

特許発明の要旨の認定における一義的に明確でないこと、36条2項の明確性

2008-07-27 12:29:06 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10403
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

2 取消事由1(本件特許発明1の特許法36条6項1号違反性)について(1) 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許法がこのような要件を定めたのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するからである。

 そして,特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。

(2) 以上の観点から本件事案について検討することとするが,その前提として特許を受けようとする発明が認定されなければならないところ,本件請求項1の記載のうち「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」という文言の解釈につき当事者間に争いがあるので,まずこの点について検討する。

・・・

イ ところで,一般に「手段」とは,「目的を達するための具体的なやり方」を意味するものである(広辞苑第6版)ところ,本件請求項1における「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」との記載が,「前記コンピュータに前記自動起動スクリプトを起動させる手段」,「前記コンピュータから前記ROM又は読み書き可能な記憶装置へのアクセスを受ける手段」とともに併記されたものであることからすれば,上記「記憶する手段」が,「ROM又は読み書き可能な記憶装置に前記自動起動スクリプトを記憶する」という目的を達するための具体的なやり方を意味するのか,それとも本件特許発明1全体の目的を達するための構成要素の一つを意味するのか,いずれに解することも可能であって,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合に当たる

ウ そこで,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して,本件請求項1の「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」の解釈につき検討する(なお,被告は,特許法36条6項1号該当性の判断をするに当たって発明の詳細な説明の記載を参酌すべきではないと主張するが,最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決〔民集45巻3号123頁〕も判示するように,特許を受けようとする発明の要旨を認定するのに特許請求の範囲の記載のみではその技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合には,発明の詳細な説明の記載を参酌することは許されると解する。)
・・・

(イ) 以上の記載によれば,本件特許発明1は,USBメモリ等の着脱式デバイスをコンピュータに接続した際に,煩雑な手動操作を要することなく自動起動スクリプトに記述された所定のプログラムを自動実行させることを課題とするものであり,かかる課題の解決手段として,自動起動スクリプトを着脱式デバイスの記憶装置内に予め記憶し,コンピュータからの問い合わせに対してCD-ROMドライブなど自動起動スクリプト実行の対象機器である旨の信号(擬似信号)を返信することによって,コンピュータが着脱式デバイスの記憶装置内に記憶された自動起動スクリプトを起動させるという構成を備えたものであることが認められる。
 そして,かかる解決手段を実現するためには,自動起動スクリプトは,着脱式デバイスがコンピュータに接続されたときにコンピュータから読み出すことが可能な状態でデバイスの記憶装置内に記憶されていることが必要であり,かつ,それで足りる。

 そうすると,ROM等の記憶装置が,その製造時に自動起動スクリプトを記憶するものであっても,上記解決手段を実現するのに何ら差し支えなく,また,ROM等の記憶装置の製造後に自動起動スクリプトを記憶させなければならないとすることは,上記解決手段の実現にとって特段の意味を有しないものである。

(ウ) したがって,本件請求項1の「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」という文言は,「ROM又は読み書き可能な記憶装置に自動起動スクリプトを記憶する」という目的を達するための具体的なやり方を意味するものと解すべきではなく,本件特許発明1の目的を達するための構成要素の一つとして「自動起動スクリプトがROM又は読み書き可能な記憶装置に記憶されている状態であること」を意味するものと解釈すべきである。

(3) 以上のような本件請求項1の解釈を前提として,「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」に対応する記載が本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されているかについて検討する。

・・・

 これらの記載に照らせば,自動起動プログラムPのみならず,自動起動プログラムPを起動する自動起動スクリプトについてもROM又は読み書き可能な記憶装置内の「CD-ROM領域R3」に記憶されていることは明らかである。

エ したがって,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」が実質的に記載されているものである。



3 取消事由2(本件特許発明1の特許法36条6項2号違反性)について
(1) 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載について「特許を受けようとする発明が明確であること」との要件を定めている。
 ところで,前記のように,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合には発明の詳細な説明の記載を参酌することも許されるものであって,こうして請求項に記載された技術的事項を確定した上で,当該技術的事項から一の発明が明確に把握できるかどうか,すなわち,特許を受けようとする発明の技術的課題を解決するために必要な事項が請求項に記載されているかを判断すべきものである

(2) そして,本件請求項1の「ROM又は読み書き可能な記憶装置に,前記自動起動スクリプトを記憶する手段」については,その技術的意義が一義的に明確に理解することができないものであって,発明の詳細な説明の記載を参酌した結果,「自動起動スクリプトがROM又は読み書き可能な記憶装置に記憶されている状態」であることを意味するものと解されることは,前記2(2)において検討したとおりである。

(3) 以上を前提として,特許を受けようとする発明の技術的課題を解決するために必要な事項が本件請求項1に記載されているかについて検討する。

ア 前記2(2)ウ(イ)において検討したとおり,本件特許発明1は,USBメモリ等の着脱式デバイスをコンピュータに接続した際に,煩雑な手動操作を要することなく自動起動スクリプトに記述された所定のプログラムを自動実行させることを課題とするものであり,かかる課題の解決手段として,自動起動スクリプトを着脱式デバイスの記憶装置内に予め記憶し,コンピュータからの問い合わせに対してCD-ROMドライブなど自動起動スクリプト実行の対象機器である旨の信号(擬似信号)を返信することによって,コンピュータが着脱式デバイスの記憶装置内に記憶された自動起動スクリプトを起動させるという構成を備えたものであることが認められる。

イ そして,本件請求項1には,着脱式デバイスは①「主な記憶装置としてROM又は読み書き可能な記憶装置」を備え,②「所定の種類の機器が接続されると,その機器に記憶された自動起動スクリプトを実行するコンピュータの汎用周辺機器インタフェース」に着脱されるものであって,③前記ROM又は読み書き可能な記憶装置に自動起動スクリプトが記憶され,④「前記汎用周辺機器インタフェースに接続された際に前記コンピュータからの機器の種類の問い合わせ信号に対し,前記所定の種類の機器である旨の信号を返信するとともに,前記汎用周辺機器インタフェース経由で繰り返されるメディアの有無の問い合わせ信号に対し,少なくとも一度はメディアが無い旨の信号を返信し,その後,メディアが有る旨の信号を返信」すること(擬似信号の返信)により,前記コンピュータに前記自動起動スクリプトを起動させ,⑤前記コンピュータから前記ROM又は読み書き可能な記憶装置へのアクセスを受けるものであることが記載されている。

ウ したがって,本件請求項1には,本件特許発明1の技術的課題を解決するために必要な事項が記載されているものであるから,本件請求項1の記載は「特許を受けようとする発明が明確である」との要件に適合しているものである。


(所感)
 後段の36条2項に係る判断については判示にいたる理由付け・解説が簡潔なので、いろいろ思いを巡らせてしまう。・・・忘れないように書き記しておくこととする。
 
 29条2項、1項3号等の法条は進歩性・新規性を有無を決することをその趣旨とするのであるから、請求項に係る発明が明確性を欠くにはその判断が出来るように前記のような参酌を行うことも許されるべきであることには疑いはない、としていいだろう。

 しかし、36条6項2号は請求項に係る発明の明確性の判断をすることをその趣旨とするのであるから、明確性の有無を決することが第1なのであり、参酌によらなければ明確でないのであれば、明確でないとすべきであるようにも思われる。(説1)
 一方で、判決のように、複数とおりの解釈が行える程度にまで明確に記載されていて発明の詳細な説明を参酌すればそのうちの一つに決まるという場合は明確である、ということでも理論上は問題は生じないように思われる。(説2)

 ところが、実務上は複数とおりの解釈からの選択といえるかどうかがきわめて曖昧で判断が難しいことが多いように感じる。審査において説2を採用した場合、裁判を経ないと明確かどうか確定しないという特許が多くなるのではないか。
 このことは混乱を招く要因となるので、権利の明確性と安定性を重視して、審査の段階では説1を採用し審査の段階では出願人の意図での明確化を図り、特許後は権利の有効性を推定し説2を採用するというのが良いのではないか。(本件は、特許後の無効審決取り消し訴訟。)

請求項の用語の意義の解釈

2008-07-27 12:27:10 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(ワ)32525
事件名 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日 平成20年07月24日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎
・・・
ウ 上記ア及びイの認定事実を総合すれば,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の「接続信号中の応答メッセージ」(構成要件C)は,「電話を発信したときに発信側に返戻される信号音」のうち,交換機から応答されて回線網を経て通知される「音声メッセージ」,すなわち,「音声(可聴音)として一定の意味内容を認識できる伝言情報」を意味するものと解するのが相当である
 そして,本件発明においては,音声(可聴音)として一定の意味内容を認識できる伝言情報である「応答メッセージ」に基づいて,「新電話番号を案内している電話番号,新電話番号を案内していない電話番号,一時取り外し案内しているが新電話番号を案内していない電話番号」の「3種類の番号に仕分け」していること(構成要件C)が理解される。
・・・
(3) 原告の主張に対する判断
ア 原告は,「メッセージ」は,「任意の量の情報。その始めと終りは定義されているかあるいは暗黙にある。」を意味し,合目的的な情報のまとまりであり,被告装置の「切断メッセージ中の理由番号」は,本件発明の構成要件Cの「接続信号中の応答メッセージ」に相当する旨主張する。
 しかし,前記(1)ウで説示したとおり,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の「接続信号中の応答メッセージ」(構成要件C)は,「電話を発信したときに発信側に返戻される信号音」のうち,「音声メッセージ」すなわち「音声(可聴音)として一定の意味内容を認識できる伝言情報」を意味するものである。

 加えて,
 本件発明は,「無効となった電話番号」を「接続信号中の応答メッセージに基づいて・・・3種類の番号に仕分けして」(請求項1)おり,構成要件Cの「応答メッセージ」は3種類の番号に仕分けするよりどころとなるものでなければならないが,原告の主張を前提とすると,「応答メッセージ」には,「応答情報あるいはその情報のまとまり」であれば,いかなる情報も含まれることになって,3種類の番号を仕分けするよりどころとならない情報をも含むものと解釈せざるを得なくなること,
 また,前記(1)イ(イ)及び(ウ)認定のとおり,本件明細書には,本件発明は,接続信号中の「音声メッセージ」に基づいて3種類の電話番号に仕分けすることが記載されている一方で,「音声メッセージ」以外の接続信号に基づいて3種類の電話番号の判別・仕分けを行うことができることについての記載も示唆もないこと
 に照らすならば,被告装置の「切断メッセージ中の理由番号」が,構成要件Cの「接続信号中の応答メッセージ」に相当するとの原告の主張は採用することができない。


<控訴審>
事件番号 平成20(ネ)10065
事件名 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日 平成21年02月18日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明
では侵害認定。
「①本件特許の特許請求の範囲(構成要件C)には,「接続信号中の応答メッセージ」と記載され,可聴音に限定する記載はないこと,②したがって,本件発明は,その技術思想として「応答メッセージ」によって無効電話番号を判別する技術が開示されていると解されること,③証拠(甲16,17)によれば,本件特許出願時において,既にISDN技術が存すること,ISDNの網から応答される情報を取得し,同情報に基づいて電話番号の有効性を判別することが知られていたことからすれば,本件明細書に接した当業者としては,本件発明においては,ISDN技術を除外して,上記の技術思想が開示されていると認識することはないというべきである。したがって,仮に本件明細書における実施例が音声メッセージによって無効電話番号を判別する技術に関するものであっても,それはあくまで実施例として示されたにすぎないと解すべきであるから,本件発明の技術的範囲が音声メッセージに限定されるものではない。」
なお、ISDN技術は控訴審で初めて主張されたもののよう。

本願発明の技術分野と相違点の技術分野

2008-07-27 12:25:41 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10429
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

 また,原告は,被告が周知技術として援用した発明はいずれも本願発明とは技術分野を異にするから,これらを相違点1の構成を容易に想到する根拠とすることはできないと主張するところ,
 確かに各周知例が対象とする情報分野は本願発明の翻訳発注に関する分野とは異なるが,ここで問題とすべき技術分野はコンピュータを利用した情報検索技術の分野であり,この技術が処理の対象とする情報分野ではない。原告の上記主張は,検索対象である情報分野の相違を指摘するに過ぎないから,コンピュータによる情報検索の技術分野の相違を指摘したものとはいえず失当であるといわざるを得ない。

引用例組み合わせに伴う副引例の態様の変化

2008-07-27 12:25:05 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10318
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義


 ・・・このように,刊行物1には,脚周り部の縁部に円弧状の弾性部材(第1及び第2弾性部材の両側部)を設け,左右の脚周り部の両側部の間の直線状の弾性部材(第1及び第2弾性部材の中央部)を切断する事項は記載されている。

ウ そうすると,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明又は刊行物3記載の発明を適用して,各脚周り部の円弧状の弾性部材に交差させて他の弾性部材(第3及び第4弾性部材)を設けた場合に,左右の脚周り部の両側部の間の直線状の弾性部材を切断することは,円弧状の弾性部材と他の弾性部材とが交差する交点の間において,直線状の弾性部材を切断するということであるから,審決が,「交差によって前記股下区域の両側部に生じた前記第1及び第2弾性部材の前記両側部と前記第3及び第4弾性部材との交点の間における前記第1及び第2弾性部材の前記中央部が切断されている」との構成は,刊行物2記載の発明又は刊行物3記載の発明の第3及び第4弾性部材を採用したことにより当然もたらされる事項にすぎないと判断したことに誤りはないというべきである。原告の主張は失当である。

時機に遅れた攻撃防御

2008-07-27 12:24:29 | 特許法104条の3
事件番号 平成19(ワ)6485
事件名 実用新案権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成20年07月22日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 実用新案権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

(5) 乙第21号証を副引例とする進歩性欠如の主張が時機に後れたものといえるか否かについて

ア 原告は,被告が侵害論の審理が終了した後に初めて乙第6号証又は乙第7号証を主引例とし,乙第21号証を副引例とする進歩性欠如の主張をし,同証拠を提出したことが,時機に後れた攻撃防御方法(民訴法157条1項)である旨主張した
 当裁判所は,上記攻撃防御方法は被告が故意又は重大な過失により時機に後れて提出したものではないと判断するものであるが,以下にその理由を付言する。

イ 本件審理の経過は次のとおりである。
・・・

ウ 上記のとおり,被告は,第1回口頭弁論期日において,進歩性の欠如等を理由とする無効主張を平成19年9月28日までに行う旨を述べながら,無効理由の整理が不十分なため期日を重ね,その整理のためにその後約4か月を要し,平成20年1月31日の期日において漸くそれまでに主張した無効理由の整理が完了し,同期日において侵害論の審理を終了して,次回以降損害論の審理を行うべく当事者双方の準備事項を取り決めたにもかかわらず,被告は,その後の同年3月24日の期日に至って初めて,乙第6号証又は乙第7号証を主引例とし,乙第21号証を副引例とする進歩性欠如の主張をし,同証拠を提出するに至ったものであって,当初の予定からすると約半年遅れた攻撃防御方法の提出というべきであり,客観的には時機に後れたものと評価されてもやむを得ないものというほかない

 しかし,新たに副引例として追加主張した乙第21号証は,フランス語で記載されたフランス国特許の特許公報であり,検索に際してキーワードを選択するについても言語上の問題があり,我が国の特許・実用新案のようにその検索自体が必ずしも容易に行い得るものではない。また,検索の結果,引例の候補となり得る資料を入手したとしても,その資料が引例として適切なものであるか否かはこれを翻訳して改めて吟味する必要があるところ,フランス語の翻訳のために相応の時間を要するのもある程度やむを得ないものといえる。

 このような事情に照らすと,被告が,上記時機において乙第21号証を副引例とする主張及び証拠を追加提出したことについては,故意はもとより重大な過失があるとまでは認められない。

 よって,被告の上記攻撃防御方法の提出について,当裁判所は,これを却下すべきものではないと判断した次第である。

裁判傍聴記の著作物性

2008-07-20 11:04:26 | 著作権法
事件番号 平成20(ネ)10009
事件名 発信者情報開示等請求控訴事件
裁判年月日 平成20年07月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
裁判長裁判官 飯村敏明

第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告傍聴記の著作権法2条1項1号の著作物性の有無等)について

 著作権法による保護の対象となる著作物は,「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることが必要である(著作権法2条1項1号)。
 以下では,本件に即して言語により表現されたものの著作物性の有無について述べる

 著作権法2条1項1号所定の「創作的に表現したもの」というためには,当該記述が,厳密な意味で独創性が発揮されていることは必要でないが,記述者の何らかの個性が表現されていることが必要である
 言語表現による記述等の場合,ごく短いものであったり,表現形式に制約があるため,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合は,記述者の個性が現われていないものとして,「創作的に表現したもの」であると解することはできない。

 また,同条所定の「思想又は感情を表現した」というためには,対象として記述者の「思想又は感情」が表現されることが必要である。言語表現による記述等における表現の内容が,専ら「事実」(この場合における「事実」とは,特定の状況,態様ないし存否等を指すものであって,例えば「誰がいつどこでどのようなことを行った」,「ある物が存在する」,「ある物の態様がどのようなものである」ということを指す。)を,格別の評価,意見を入れることなく,そのまま叙述する場合は,記述者の「思想又は感情」を表現したことにならないというべきである(著作権法10条2項参照)。

 以上を前提に,原告傍聴記の著作物性の有無について検討する。
・・・

(2) 判断
ア 原告傍聴記における証言内容を記述した部分(・・・)は,証人が実際に証言した内容を原告が聴取したとおり記述したか,又は仮に要約したものであったとしてもごくありふれた方法で要約したものであるから,原告の個性が表れている部分はなく,創作性を認めることはできない。

イ 原告傍聴記には,冒頭部分において,証言内容を分かりやすくするために,大項目(・・・)及び中項目(・・・)等の短い表記を付加している。しかし,このような付加的表記は,大項目については,証言内容のまとめとして,ごくありふれた方法でされたものであって,格別な工夫が凝らされているとはいえず,また,中項目については,いずれも極めて短く,表現方法に選択の余地が乏しいといえるから,原告の個性が発揮されている表現部分はなく,創作性を認めることはできない

ウ この点について,原告は,原告傍聴記は本件ノートに基づいて作成したものであり,本件ノートと対比すればその「分類」と「構成」に創意工夫がされているから,原告傍聴記に創作性が認められるべきであると主張する。
 そして,具体的には,
① 原告傍聴記2の証人の経歴に関する部分は,主尋問と反対尋問から抽出していること,
② 原告傍聴記1の「○クラサワコミュニケーションズとの株式交換も計上していることを口頭で説明した」,「■堀江被告は何も言わなかったが,分からないときは質問するので,説明を理解していたと思う」の記述及び原告傍聴記2の「○大学卒業後,未来証券に新卒入社」,「■個人投資家からの株式売買受託やベンチャー企業の資金調達に携わる」,「■1年半弱で退社」の記述は,実際に証言された順序ではなく,時系列にしたがって順序を入れ替えたこと,
③ 原告傍聴記2において固有名詞を省略したこと等を創意工夫として例示する。

 しかし,原告の主張する創意工夫については,経歴部分の表現は事実の伝達にすぎず,表現の選択の幅が狭いので創作性が認められないのは前記のとおりであるし,実際の証言の順序を入れ替えたり,固有名詞を省略したことが,原告の個性の発揮と評価できるほどの選択又は配列上の工夫ということはできない。原告の主張は採用できない。

組合わせの動機付、適宜為し得る事項

2008-07-20 10:29:19 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10432
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


(3) 相違点2に対する容易想到性の判断について
 上記(1),(2)で認定したところによると,引用発明1も引用発明2も一方の部材にラッチが設けられ,他方の部材にそのラッチと係合する係合部が設けられ,一方の部材と他方の部材とを係合する際に,係合部とラッチの傾斜面が衝接し,互いに擦れ合う構成である点で共通し,よって引用発明1の「ラッチ9」も,引用発明2の「セカンダリラッチレバー」と同じ問題点が生じているということができる。
 そうすると,引用発明1の「ラッチ9」に引用発明2の構成を適用して,引用発明1の「ラッチ9」にコ字状の合成樹脂よりなる樹脂カバーを被嵌して,その傾斜面を樹脂カバーで覆うようにすることは,当業者が容易になし得るものといえる。

 また,証拠(甲8,9,乙1)によれば,本願の出願時において,平板材に貫通孔を設け,貫通孔にて樹脂被覆材の平板材を挟む一対の平行な部分を一対に連絡して固着することは周知の技術であったものと認められる。
 そして,前記(1)で認定した刊行物2の記載によると,引用発明2の「被嵌される樹脂カバー」は,1対の係合孔52が穿設され,樹脂カバーの係合突起を係合孔に係合させて装着しているものといえる。そうすると,当該樹脂カバーを上記周知技術を用いて固着するように構成するか,引用発明2のように取り外し可能であって通常の作動時に外れることがないように構成するかは当業者が必要に応じて適宜選択し得る程度のことであるというべきである。

新規事項の追加であるとの判断を「新基準」で行った例

2008-07-20 10:08:42 | 特許法17条の2
事件番号 平成19(行ケ)10432
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

・・・
 以上のとおり,本願において,「ばね掛けに係合されたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止める」との構成における「掛け止められる」は,「引っ掛けて離れないようにする,固定する」との意味に理解するのが相当であるが,そのような構成が付加されることは,例えば,ラッチばねの横ずれ防止効果や「はずれにくくする」との効果やラッチとラッチばねの設置の位置関係の自由度の拡大効果など技術的な観点から新たな事項が付加されるものと解される余地が生ずる

 ところで,上記のとおり,本件出願当初明細書には,ラッチばねで付勢させた平板状のラッチを備えたダイヤル錠において,「『高分子材料から成る耐摩部片』を用いること」,及び「『金属材料製のラッチ本体』と『高分子材料から成る耐摩部片』との固着方法」についての記載はあるものの,専らその点の開示に尽きるのであって,「ラッチばねの端部」と「耐摩部片」との位置関係について開示又は示唆する記載がないことはもとより,図3においても,「ラッチばね」のラッチ本体側の端部が「ばね掛け」(ばね止め)の周囲に位置することが示されているが,「ラッチばね」のラッチ本体側の端部と「ばね掛け」(ばね止め)との位置関係,係合の有無,態様は何ら示されていない

 そうすると,「ばね掛けに係合させたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止める」との構成は,本件出願当初明細書及び図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との対比において,新たに導入された技術的事項であるというべきである。

再審請求と信義則(損害賠償請求訴訟事件における訴訟上の和解の内容)

2008-07-20 08:26:30 | Weblog
事件番号 平成12(ネ)2147
事件名 特許権侵害差止再審請求事件(18(ム)10002,19(ム)10003)
裁判年月日 平成20年07月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中信義

3 次に,再審被告は,前記第2の3(2)のとおり,再審原告と再審被告は,原判決確定後にした本件特許権の侵害に基づく損害賠償請求訴訟における訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)において,将来本件特許を無効とする審決が確定しても,原判決の認めた侵害行為の差止め自体はそのまま維持するという趣旨の合意をしたから,本件和解の上記趣旨に照らすと,本件再審請求は信義則に反するものである旨主張するところ,これを善解すれば,再審原告が無効審決の確定による権利消滅の抗弁を主張することが信義則に反し許されないことを主張するものと解し得るので,以下,これを前提に検討する。
・・・
(イ) 再審原告は,上記判決を不服として東京高等裁判所に控訴を提起し,再審被告も附帯控訴を提起した(同庁平成14年(ネ)第3277号控訴事件,同第4479号附帯控訴事件)。同事件の平成15年10月22日和解期日において,再審原告と再審被告との間に本件和解が成立した。
 本件和解においては,再審原告が再審被告に対し,和解金として2億9627万3817円の支払義務があることを認め,これを支払う旨の条項があるところ,
 当時,再審原告は,本件特許1及び2について上記ア(イ)の無効審判を,本件特許1について前記第2の1(4)の無効審判をそれぞれ請求していたことから,仮に将来本件特許について無効審決が確定した場合でも,再審被告は再審原告に対し,上記和解金を返還する義務がないことを確認する条項が合意されたが,当時,審理中の上記無効審判請求の取扱いに関する条項や将来再審原告が本件特許について無効審判請求をすることを禁止する旨の条項はなく,清算条項も損害賠償請求事件に限定されたものであった。(以上,新乙8)

(2) 前項に認定の事実によれば,本件和解が成立した当時,再審原告がした本件特許についての無効審判請求が特許庁に係属しており(本件特許1については2回目,同2については1回目の無効審判請求),かかる状況を前提として,再審原告は再審被告に対し和解金を支払うものの,無効審決が確定しても再審被告は和解金の返還義務はないとされ,他方,上記無効審判請求はそのまま維持され,また,将来の無効審判請求を禁止する条項もなかったというのであるから,本件和解においては,原判決の認めた侵害行為の差止め等に関して何らの合意も成立しておらず,また,前提とされていなかったものと認めるのが相当である。したがって,将来本件特許を無効とする審決が確定しても,原判決の認めた侵害行為の差止め自体はそのまま維持することが本件和解の内容であるとの再審被告の上記主張は理由がない
以上によれば,本件再審請求が本件和解の趣旨に反するとは認められないから,
本件再審請求が信義則に反するとの再審被告の主張は理由がない。

再審開始決定が確定した後の本案の審理における,前審(確定)判決の確定力

2008-07-20 08:25:43 | Weblog
事件番号 平成12(ネ)2147
事件名 特許権侵害差止再審請求事件(18(ム)10002,19(ム)10003)
裁判年月日 平成20年07月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中信義


2 まず,再審被告は,前記第2の3(1)のとおり,
① 前審控訴審の口頭弁論終結日はキルビー判決の後であるところ,キルビー判決後においては,裁判所は特許権侵害訴訟において特許の有効無効を判断することができるようになったのであり,現に再審原告は本件特許が無効である旨主張したが,原判決はこれを排斥し,再審被告の本案請求を認容した一審判決を是認したのであるから,原判決の確定により本件特許の有効無効問題は決着ずみであるとして,原判決で審理判断された無効理由とは別個の無効理由であっても,その主張は遮断されるべきであり,これを蒸し返すことは許されない,
② 民事訴訟の紛争解決機能に基づき,特許の有効無効問題の点も含めて審理判断をした確定判決による決着は尊重される必要があり,無効審決が確定しても覆されるべきではない,
③ 原判決が言い渡される前から無効審判請求が繰り返された経過からみても本件特許の有効無効問題は決着済みというべきである,として,本件審判請求は信義則に反し,権利の濫用となる旨主張するところ


これを善解すれば,再審原告が無効審決の確定による権利消滅の抗弁を主張することが信義則に反し許されないことを主張するものと解し得るので,以下,これを前提に検討する。

(1) キルビー判決は,「特許の無効審決が確定する以前であっても,特許権侵害訴訟を審理する裁判所は,特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すベきであり,審理の結果,当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。」と判示し,特許権侵害訴訟における権利濫用の法理を確立した。
 然して,キルビー判決後は,特許権侵害訴訟を審理する裁判所は,キルビー判決の示した権利濫用の法理に基づく抗弁(以下「権利濫用の抗弁」という。)を判断するため特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かを審理判断することができるものとされ,これが認められた場合には権利濫用の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却するものとされた(当裁判所に顕著な事実)。
 そこで,再審原告は,キルビー判決の示した権利濫用の法理に従い,前審控訴審において,本件特許に特許法36条4項又は6項違反の無効理由があるとして権利濫用の抗弁を主張したが,原判決は,この抗弁を排斥し,再審原告の控訴を棄却し,再審被告の本案請求を認容した前審一審判決を維持した。なお,再審原告は,上記無効理由に基づく無効審判を請求したが,請求は成り立たないとの審決がされており,本件特許を無効とした審決の無効理由は公知例(特開昭51-82458号公報。新甲4の2の2)と周知技術による進歩性の欠如であった。

(2) 上記のように,原判決は,無効理由の存在の明白性という権利濫用の抗弁について判断した上で本案請求を認容した一審判決を維持したのであるから,たとえ同抗弁で主張したものとは別個の無効理由であっても,原判決の確定後にこれを主張し,本案に係る訴訟物の存否を争うことができるとすることは,確定判決に求められる紛争解決機能を損ない,法的安定性を害するとともに,確定判決に対する当事者の信頼をも損なうこととなるから,再審被告の前記①,②の主張もそのような趣旨のものとして理解する余地はある

 しかしながら,そうだとしても,再審被告の前記①,②の主張は,結局,確定判決に認められる既判力に基づく遮断効を主張するものに過ぎないのであって,再審開始決定が確定した後の本案の審理においては,判決の確定力自体が失われているのであるから,再審被告の前記①,②の主張は,その前提を欠くものといわざるを得ない。

 また,特許権侵害訴訟を審理する裁判所は,キルビー判決後においても,特許が有効であることを前提とした上で,権利濫用の抗弁となる無効理由の存在の明白性を判断するのであり,特許の有効無効それ自体を判断するものではないのであるから,キルビー判決の法理に基づく権利濫用の抗弁と無効審決の確定による権利消滅の抗弁とは別個の法的主張と理解すべきものである。

 したがって,原判決が再審原告の主張した権利濫用の抗弁について判断したからといって,本件特許の有効性について判断したものとはいえず,また,原判決の確定により本件特許の有効無効問題が決着済みとなったということもできない。
・・・

 さらに,本件特許1について無効審決がされたのは再審原告による3回目の無効審判請求においてであり(前記第2の1(4),(5),後記3(1)ア),本件特許2について無効審決がされたのは2回目の無効審判請求においてである(前記第2の1(6),後記3(1)ア)が,無効審判の請求人及び請求期間には制限がなく,また,特許無効審判の確定審決の登録による同一事実及び同一証拠に基づく対世的な一事不再理効の制約(特許法167条)に抵触しない限り,同一人であっても再度の無効審判請求ができる等の無効審判制度の趣旨に照らすならば,無効審判請求を繰り返し行ったとの一事をもって直ちに再審原告と再審被告との間において前記第2の1(5),(6)の無効審決がされる前に本件特許の有効無効問題に決着がついたものと扱うべき理由はないし,本件全証拠を検討しても,再審原告の無効審判請求が濫用的なものであってそれによる法律効果の主張を再審開始後の本案の審理において制限しなければならない事情は窺われず,再審被告の前記③の主張も理由がない。

 以上のとおりであるから,再審被告の前記①ないし③の主張はいずれも採用できない。


引用例の表面的記載にとらわれ技術的検討がおろそかになった審決

2008-07-15 07:30:15 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10002
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月09日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『すなわち,甲第7号証は,甲第6号証記載の発明と同様,LCDと映像照射用光源(ランプ)とを備え,表示映像(画像)と映像照射用光源とを,左眼用,右眼用と時分割的に切り替えるように構成した立体(三次元)映像表示装置において,一方の映像から他方の映像に切り替える際に,二重画像が瞬間だけ眼に入る(・・・。)という問題点があることを指摘した上,この問題点を解決するための技術手段として,
第1に,一方の映像から他方の映像に切り替える短時間の間,左眼用光源と右眼用光源の双方とも消灯するという手段を,
第2に,上記映像の切り替えの際にLCDを暗状態(黒状態)とするような帰線消去走査を行うという手段を開示しているものといえる
ところ,
これらの手段は,いずれも,「LCDに全画面黒表示を行わせる」ための技術手段であり,上記(1)のオの「帰線消去走査が使用され,LCDが暗状態へ帰線消去されるならば,ランプは有意な画像劣化を伴うことなく帰線消去期間中発光すると云える」(・・・)との文言にかんがみて,相互に代替することのできる並列的な手段として開示されたものであることは明らかである。

 そして,このうちの第1の手段は,甲第6号証記載の発明が採用した構成であり,また,第2の手段は,本件特許発明が採用した「全画面黒信号を入力する」構成にほかならない

 そうすると,上記のとおり,表示映像が切り替わる間(・・・),線状光源LL1及びLL2(すなわち,右眼用光源及び左眼用光源)のいずれをも消灯させることにより,「LCDに全画面黒表示を行わせる」甲第6号証記載の発明について,線状光源LL1及びLL2のいずれをも消灯させることに代えて,甲第7号証に開示されている「LCDを暗状態(黒状態)とするような帰線消去走査を行う」手段を採用し,本件特許発明に係る「全画面黒信号を入力する方法により」との構成とすることは,当業者であれば,容易になし得たものと認めることができる


(3) 被告は,甲第7号証に記載された発明は,強誘電体LCDであるのに対し,本件特許発明のLCDは,誘電分極原理(ネマティック液晶)によるものであると主張するが,本件特許発明のLCDは,誘電分極原理(ネマティック液晶)によるものであることは,本件特許発明の要旨の規定するところではなく,上記主張は,発明の要旨に基づかないものとして失当である。また,被告は,甲第7号証には「黒表示」との文言はないと主張するが,上記(1)のオの「LCDが暗状態へ帰線消去される」ことは,LCDを「黒表示」することに相当するものであるから,この主張も失当である。

 また,審決は,
「甲第6号証,甲第7号証および甲第4号証のいずれにも本件特許発明の目的の開示はない。また,甲第6号証では,すでに『全面同じ側の映像を表示させて・・・左眼用,右眼用と時分割』を果たしており,『左眼用,右眼用を時分割』するために更なる手段を付加する必然もなく,甲第7号証および甲第4号証は,LCD装置の表示特性上,前後の画像が重ならないようにするために次画像を表示する際に前画像を消去するものであり,結果的に全画面が同時に消去状態にあったとしても,この消去動作に『全画面黒表示を行わせる』という思想があるわけではない。したがって,甲第6号証,甲第7号証および甲第4号証からは,『時分割した方向像を時間的に分離して表示する』ために『全画面黒表示を行わせる』思想を見い出すことはできず,本件特許発明に至る動機付けを欠いている。加えて,甲第6号証,甲第7号証および甲第4号証のいずれにも本件特許発明の『全画面黒信号を入力する』構成の開示もない。」
と説示する。
 そして,審決がここでいう「本件特許発明の目的」とは,「『左右両眼に左右映像が分離投影されず,立体映像として観察できない』という問題点の解消」のことである。

 しかしながら,甲第6号証及び甲第7号証に記載されている「左眼用,右眼用の両光源をいずれも消灯すること」並びに甲第7号証に記載された「LCDを暗状態とするような帰線消去走査を行う」ことが,LCDに「全画面黒表示を行わせる」ことであることは,明らかであり,また,甲第7号証には,二重画像が瞬間だけ眼に入ること(・・・)を避けるために,両光源をいずれも消灯することが記載されており(上記(1)のウ),これにより,前の画像と後の画像が時間的に分離されることも,技術常識上明白である

 そうすると,甲第7号証には,本件特許発明と同様の課題を解決する目的で,左眼用,右眼用の両光源をいずれも消灯することにより,LCDに全画面黒表示を行わせて,前の画像と後の画像を時間的に分離することが記載されており,かつ,上記のとおり,「LCDに全画面黒表示を行わせる」ための技術手段として,「左眼用,右眼用の両光源をいずれも消灯すること」と相互に代替可能な並列的な手段として,「LCDを暗状態とするような帰線消去走査を行うこと」,すなわち,「全画面黒信号を入力すること」が開示されていると認められるのであるから,甲第7号証に接した当業者が,甲第6号証記載の発明の「左眼用,右眼用の両光源をいずれも消灯すること」の技術的意義を認識し,かつ,この構成を「全画面黒信号を入力する」構成に置き換えて,本件特許発明の相違点に係る構成とすることは,十分な動機付けを有し,容易であることといわざるを得ず,審決の上記説示は誤りというほかない。』

訂正を請求ごとに個別に判断すべき場合

2008-07-14 07:31:38 | 最高裁判決
事件番号 平成19(行ヒ)318
事件名 特許取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月10日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷

・・・
(1) 特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つの特許が付与され,一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである。
 一方で,特許法は,複数の請求項に係る特許ないし特許権の一体不可分の取扱いを貫徹することが不適当と考えられる一定の場合には,特に明文の規定をもって,請求項ごとに可分的な取扱いを認める旨の例外規定を置いており,特許法185条のみなし規定のほか,特許法旧113条柱書き後段が「二以上の請求項に係る特許については,請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。」と規定するのは,そのような例外規定の一つにほかならない(特許無効審判の請求について規定した特許法123条1項柱書き後段も同趣旨)。

(2) このような特許法の基本構造を前提として,訂正についての関係規定をみると,訂正審判に関しては,特許法旧113条柱書き後段,特許法123条1項柱書き後段に相当するような請求項ごとに可分的な取扱いを定める明文の規定が存しない上,訂正審判請求は一種の新規出願としての実質を有すること(特許法126条5項,128条参照)にも照らすと,複数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は,複数の請求項に係る特許出願の手続と同様,その全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予定されているといえる

 これに対し,特許法旧120条の4第2項の規定に基づく訂正の請求(以下「訂正請求」という。)は,特許異議申立事件における付随的手続であり,独立した審判手続である訂正審判の請求とは,特許法上の位置付けを異にするものである。訂正請求の中でも,本件訂正のように特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とするものについては,いわゆる独立特許要件が要求されない(特許法旧120条の4第3項,旧126条4項)など,訂正審判手続とは異なる取扱いが予定されており,訂正審判請求のように新規出願に準ずる実質を有するということはできない。そして,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求は,請求項ごとに申立てをすることができる特許異議に対する防御手段としての実質を有するものであるから,このような訂正請求をする特許権者は,各請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり,また,このような各請求項ごとの個別の訂正が認められないと,特許異議事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになる。
・・・
以上の点からすると,特許異議申立事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がされた場合,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正については,訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきであり,一部の請求項に係る訂正事項が訂正の要件に適合しないことのみを理由として,他の請求項に係る訂正事項を含む訂正の全部を認めないとすることは許されないというべきである。

<異議申し立てを巡る法改正>
特許法等の一部を改正する法律(平成11年5月14日法律第41号)
「特許異議の申立て等における明細書又は図面の訂正について、訂正後にも独立して特許を受けることができるかどうかを判断することなく認めることとする。」

特許法等の一部を改正する法律(平成15年5月23日法律第47号)
「特許異議の申立ての廃止及び特許無効審判を請求することができる者の範囲の拡大」

パブリシティ権侵害の有無

2008-07-14 06:51:26 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)20986
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年07月04日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 市川正巳

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(パブリシティ権侵害の有無)について
(1) パブリシティ権について
ア 人は,著名人であるか否かにかかわらず,人格権の一部として,自己の氏名,肖像を他人に冒用されない権利を有する。人の氏名や肖像は,商品の販売において有益な効果,すなわち顧客吸引力を有し,財産的価値を有することがある。このことは,芸能人等の著名人の場合に顕著である。この財産的価値を冒用されない権利は,パブリシティ権と呼ばれることがある。

他方,芸能人等の仕事を選択した者は,芸能人等としての活動やそれに関連する事項が大衆の正当な関心事となり,雑誌,新聞,テレビ等のマスメディアによって批判,論評,紹介等の対象となることや,そのような紹介記事等の一部として自らの写真が掲載されること自体は容認せざるを得ない立場にある。そして,そのような紹介記事等に,必然的に当該芸能人等の顧客吸引力が反映することがあるが,それらの影響を紹介記事等から遮断することは困難であることがある

以上の点を考慮すると,芸能人等の氏名,肖像の使用行為がそのパブリシティ権を侵害する不法行為を構成するか否かは,その使用行為の目的,方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して,その使用行為が当該芸能人等の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものであるといえるか否かによって判断すべきである。

イ なお,原告らも被告も,通常モデル料が支払われるべき週刊誌等におけるグラビア写真としての利用と同視できる程度のものか否かの基準に言及するが,この基準ないし説明は,東京地裁平成16年7月14日判決(判例タイムズ1180号232頁〔ブブカアイドル第一次事件〕)の事実関係の下では適切なものであるとしても,他の事実関係の事件にそのまま適用することができるものではないことに注意を要する。

著作権法で保護の対象になる美術性

2008-07-14 06:36:49 | 著作権法
事件番号 平成19(ワ)19275
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成20年07月04日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官阿部正幸

著作権法2条1項1号は,同法により保護される著作物について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と規定し,同条2項は,「この法律にいう美術の著作物には,美術工芸品を含むものとする。」と規定している。これらの規定は,意匠法等の産業財産権制度との関係から,著作権法により著作物として保護されるのは,純粋美術の領域に属するものや美術工芸品であり,実用に供され,あるいは産業上利用されることが予定されているものは,それが純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美術性を備えている場合に限り,著作権法による保護の対象になるという趣旨であると解するのが相当である。

原告商品は,小物入れにプードルのぬいぐるみを組み合わせたもので,小物入れの機能を備えた実用品であることは明らかである。そして,原告が主張する,ペットとしてのかわいらしさや癒し等の点は,プードルのぬいぐるみ自体から当然に生じる感情というべきであり,原告商品において表現されているプードルの顔の表情や手足の格好等の点に,純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美術性を認めることは困難である。