知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

発明の詳細な説明の内容をクレームの範囲に一般化できるか

2008-03-17 21:29:17 | 特許法36条6項
事件番号 平成18(行ケ)10448
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年03月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

『本件訂正発明1は,Ra値が60μm以下であることを特徴とする不織布の発明であって,明細書の発明の詳細な説明には,不織布の融着部のくぼみの深さとフィルター機材の毛羽立ちとが関係が深く,さらに,くぼみの平均深さが,一定の条件で測定されるRa値と密接に関係し,Ra値を60μmとすることで,従来の不織布に比べ大幅にフィルター機材の毛羽立ちを抑制し,逆にRa値が60μmを超すと,フィルター基材の毛羽立ちが幾何級数的に大きくなっていき,エアーフィルターとして適さなくなることを見出してされたものと記載されている。しかし,乙1実験及び甲12実験の結果によれば,上記の明細書に記載された関係を認めることができず,また,不織布のRa値が60μm以下であり,本件訂正発明1に含まれるものであっても,毛羽立ちの特性が悪いものがあり,さらに,技術常識に照らしても,発明の詳細な説明の内容を,特許請求の範囲に記載された範囲について,一般化することができない。
そうすると,本件訂正発明1は,特許法36条6項1号の要件を満たさない
ものということができ,このことをいう審決に誤りはない。』

言語の著作物の翻案とは

2008-03-17 21:28:34 | 最高裁判決
事件番号 平成11(受)922
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成13年06月28日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄自判
判例集巻・号・頁 第55巻4号837頁
(裁判長裁判官 井嶋一友, 裁判官 藤井正雄, 大出峻郎, 町田 顯, 深澤武久)


『(1)【要旨1】 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),【要旨2】既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である。』

阻害要因があるとされた事例

2008-03-16 12:17:22 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10095
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年03月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『取消事由4(相違点1の容易想到性判断の誤り)について
(1) 原告は,引用発明の構成における接着剤層(5)を着色することは容易想到であるとした審決の判断は誤りである旨主張するので,この点について検討する。

 前記3(1)ウに述べたとおり,引用発明は再帰反射シート,中でも交通標職や電飾サイン装置等の表示又は装飾装置に用いる再帰反射シートに関するものであるが,引用発明の構成は,従来技術においては光反射層が全面に設けられているため前方側から光を照射したときにのみ効果があり,光反射層の後方側から光を照射した場合には前方からこの光を観察し得ないという課題を踏まえ,これを解決するための技術的特徴を備えるものであって,具体的には,光反射層の前方からの再帰反射光及び後方からの透過光をいずれも観察できるように,光反射層(例えばアルミニウム層)に所定パターン(例えば市松模様)の光透過部分を形成する点に技術的特徴を有するものである。

 したがって,このような引用発明の意義ないし技術的特徴に鑑みれば,引用発明における光透過部分は光を透過し得るものであることを必須の構成とするものである
 なお,引用発明は,光透過部分の光透過率は光透過部分の幅及び光反射層の幅を適当に選択することでコントロールすることができるものとされ・・・,上記光透過部分の幅の調整や付加的構成を前提としても光透過部分の光透過率がなくなることは想定されていないというべきである。

 これに対し本願発明は,前記2(3)に述べたとおり,典型的には高速道路の建設及び補修作業者並びに消防士により着用される衣服において使用される再帰反射製品であり,従前,蛍光の地色部分と再帰反射機能を有する部分とを個別に作製して縞形態に貼り合わせることによって着用者の存在を目立たせていた従来技術に対し,再帰反射縞(第1セグメント)と着色セグメント(第2セグメント)とを2種の異なるセグメントを含む単一の構築物として形成することによって,第1セグメントの再帰反射領域が離層ないし基材から分離しないとか,より少ない層で済むため衣服の総重量を減らしその柔軟性を高めるとか,第2セグメントは,第1セグメントと同程度に再帰反射性ではないものの,上記従来製品の非再帰反射性の蛍光色部分よりも高い再帰反射性を有するなどといった効用を図ったものである。

 このような本願発明の意義ないし技術的特徴に鑑みれば,相違点1に係る本願発明における着色バインダー層の構成は,蛍光色を典型とする目立つ色で着色されることを予定しており,しかも第2セグメント部分において従来技術のものよりも高い再帰反射性を有することが期待されていることからすれば,少なくとも着色バインダー層が透明ないし光透過性のものであることは予定されていないと認められる。

 そうすると,引用発明の光透過部分を本願発明の着色バインダー層のように蛍光色を典型とする目立つ色で着色し,光透過性でないものにすることは,引用発明の必須の構成である光透過部分の光透過性を喪失させることにほかならないから,相違点1の構成を引用発明から容易想到ということはできない。』

29条2項を理由とする拒絶審決の取消訴訟において本願発明と引用発明が同一だとする特許庁の主張

2008-03-16 10:09:06 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10247
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年07月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 三村量一
(http://blog.goo.ne.jp/nrmaeda1/e/307f22a5d8e94fcb6d3f47d0049e4fe9
の別観点からの再掲)

『2 取消事由2(本願発明1と刊行物1発明との対比の誤り)について
(1)本訴において,被告は,本願発明1は,(a)成分と(b)成分のほか,(c)成分をも含有するシリカ系被膜形成用組成物をも含み,その部分において刊行物1発明と重複するから,本願発明1と刊行物1発明とは同一の発明である旨主張する。この点に関し,原告は,審決取消訴訟において,審決において判断されなかった理由を主張することは許されず,特許法29条1項(新規性欠如)と同条2項(進歩性欠如)とは互いに独立した異なる理由であるから,本訴において,被告が,本願発明1と刊行物1発明とが同一であると主張することは,許されない旨主張するので,検討する。

 特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されず,拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟においても,同様に解すべきものであるから(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁),拒絶査定不服審判において特許法29条1項各号に掲げる発明に該当するものとして審理されなかった事実については,取消訴訟において,これを同条1項各号に掲げる発明として主張することは許されない。
 しかしながら,審判において審理された公知事実に関する限り,審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすること,あるいは,複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては,その組合わせにつき審決と異なる主張をすることなどは,それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできないから,取消訴訟においてこれらを主張することが常に許されないとすることはできない。

 出願に係る発明につき,審判手続において公知事実から当業者が容易に想到することができるとして特許法29条2項に該当するものとして拒絶査定が維持された場合に,当該審決に対する取消訴訟において,被告が出願に係る発明は当該事実との関係で同条1項に該当すると主張することは,審判官が,出願に係る発明と当該公知事実との相違点を特に指摘し,そのために出願人が補正を行う機会を逸したことが認められるなどの特段の事情が存在しない限り・許されるというべきである。

 けだし、特許法が、特許出願に対する拒絶査定の処分が誤ってされた場合における是正手続として,一般の行政処分の場合とは異なり,常に審判官による審判の手続の経由を要求するとともに,取消訴訟は拒絶査定不服審判の審決に対してのみこれを認め,審決訴訟においては審決の違法性の有無を争わせるにとどめる一方で,第一審を東京高等裁判所の専属管轄とし(知的財産高等裁判所設置法により,東京高等裁判所の特別の支部である知的財産高等裁判所がこれを取り扱う。),事実審を一審級省略している趣旨は,出願人に対し,専門的知識経験を有する審判官による前審判断経由の利益を与えつつ,審判手続において,出願人の関与の下に十分な審理がなされることを期待したものにほかならないところ,上記の場合には,出願に係る発明と審判手続において審理された公知事実については,既に,出願人の関与の下に,審判官による判断がなされているからである。

 そして,この場合には,取消訴訟において新たな相違点についての判断が必要となるものではなく,出願に係る発明と既に審判手続において審理された公知事実との同一性を判断することは,改めて専門知見の下における判断を経る必要があるものとはいえない。』

昭和45年改正法前の旧法による著作権の存続期間

2008-03-10 07:28:57 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)10073
事件名 著作権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成20年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 宍戸充

『(2) 本件9作品は,いずれも,昭和45年改正法施行(昭和46年1月1日)の前に公表された著作物であるところ,その後,同法が施行されたが,同法附則7条において,「この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については,当該著作物の旧法による著作権の存続期間が新法第二章第四節の規定による期間より長いときは,なお従前の例による。」と規定されているので,まず,旧法による著作権の存続期間について検討し,次に,昭和45年改正法第二章第四節の規定による存続期間についての検討をする

旧法22条の3は,「活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸,学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス其ノ保護ノ期間ニ付テハ独創性ヲ有スルモノニ在リテハ第三条乃至第六条及第九条ノ規定ヲ適用シ之ヲ欠クモノニ在リテハ第二十三条ノ規定ヲ適用ス」と規定している。同規定によれば,映画著作物についても,文芸,学術又は美術の範囲に属する一般的な著作物と同様に,実際に著作活動をした者を著作者としているものと解される

ここに「独創性ヲ有スルモノ」とは,精神面又は技術面で創作性のある映画をいい,「独創性ヲ欠クモノ」とは,わずかな創作性が認められるにすぎないものをいうと解されるところ,上記(1)によれば,本件9作品は,いずれも独創的な作品であって,精神面又は技術面で高い創作性があると認められるから,「独創性ヲ有スルモノ」に該当し,保護期間は,旧法3条ないし6条(9条は期間の計算に関する規定である。)の適用を受けることとなる。

(3) 旧法3条ないし6条の適用について
ア 保護期間に関する旧法3条ないし6条をみると,旧法3条1項は「発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ著作者ノ生存間及其ノ死後三十年間継続ス」と,旧法4条は「作者ノ死後発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス」と,旧法5条本文は「無名又ハ変名著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス」,同条ただし書は「其ノ期間内ニ著作者其ノ実名ノ登録ヲ受ケタルトキハ第三条ノ規定ニ従フ」と,旧法6条は「官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ノ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス」と規定している。ここに「発行又ハ興行」とは,著作物の公表を意味するものと解される。
 旧法3条の上記規定によれば,著作者の生死により保護期間を定めているから,旧法3条にいう「著作者」は,自然人を意味することが明らかである。また,旧法5条ただし書が「著作者其ノ実名ノ登録ヲ受ケタルトキ」は旧法3条の規定に従うとしていることからすると,旧法3条は,自然人である著作者が実名で公表される場合の保護期間を規定したものと解される。
 一方,旧法6条は,上記のとおり,「官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物」と規定しているが,旧法3条が実名義の著作者の公表であること,旧法5条が「無名又ハ変名著作物」,すなわち,無名又は変名で著作者が何者かを識別できない形態での著作物の公表であることに照らせば,旧法6条は,団体の著作名義での著作物の公表の場合の保護期間を規定したものと解するのが相当である。
・・・

(4) 本件9作品の著作者について
ア 昭和45年改正法16条は,映画著作物につき,「映画の著作物の著作者は,その映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者を除き,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。」と規定しているが,同法附則4条は,「新法第十五条及び第十六条の規定は,この法律の施行前に創作された著作物については,適用しない。」と規定している。

 ところで,一般に,映画の著作物の場合,その製作において,脚本,制作,監督,演出,俳優,撮影,美術,音楽,録音,編集の担当者など多数の者が関与して創り出される総合著作物であり,その中に,関与した多数の者の個別的な著作物をも包含するものであるが,映画として一つのまとまった作品を創り出しているのであるから,旧法においても,映画著作物の全体的形成に創作的に寄与した者が映画著作物の著作者であるというべきであり,この者が旧法3条の「著作者」に当たるものと解すべきである。

イ これを本件9作品についてみると,前記(1)認定のとおり,いずれも,チャップリンが原作,脚本,制作ないし監督,演出,主役(「巴里の女性」を除く。)等を1人数役で行っており,上記作品は,その発案(「殺人狂時代」を除く。)から完成に至るまでの制作活動のほとんど又は大半をチャップリンが行っているところ,その内容においても,チャップリン自身の演技(「巴里の女性」を除く。),演出等を通じて,チャップリンの思想・感情が顕著に表れているものであるから,映画著作物の全体的形成に創作的に寄与した者はチャップリンであり,チャップリンが旧法3条の「著作者」に当たるものというべきである。

(5) 旧法3条の実名による著作者の公表について
ア 上記(1)アないしカのとおり,「サニーサイド」,「偽牧師」,「巴里の女性」,「黄金狂時代」,「街の灯」及び「モダン・タイムス」は,米国著作権局の登録においてチャップリンが著作者とされているところ,公表された画像においても,チャップリンが上記各映画著作物の全体的形成に創作的に寄与した者であるこ
とが示されているから,旧法3条の実名による著作者の公表があるものと認められる。

イ上記(1)キないしケのとおり, 「独裁者」,「殺人狂時代」及び「ライムライト」は,米国著作権局の登録において,それぞれ「チャールズ・チャップリン・フィルム・コーポレーション」,「ザ・チャップリン・スタジオ・インク」,「セレブレイテッド・フィルムズ・コーポレーション」が著作者とされており,法人名義の著作者登録となっているので,旧法6条の適用があるか否かが一応問題となる

 しかし,上記のとおり,保護期間に関する旧法3条ないし6条において,旧法3条は,自然人である著作者が実名で公表される場合の規定であり,旧法5条が無名又は変名で著作者が何者かを識別できない形態での著作物の公表される場合の規定であることに照らせば,これらと併置された旧法6条の団体の著作名義での著作物の公表は,自然人の実名義での公表,無名又は変名での著作物の公表に当たらない場合をいうものと解するのが相当である。

 そうすると,「独裁者」,「殺人狂時代」及び「ライムライト」は,公表された画像において,チャップリンが上記各映画著作物の全体的形成に創作的に寄与した者であることが示されている以上,旧法3条の実名による著作者の公表があるものと認めるのが相当である。』

具体例による効果の裏付けを欠く数値限定範囲

2008-03-09 18:58:45 | 特許法36条6項
事件番号 平成18(ワ)6162
事件名 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成20年03月03日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 山田知司

『(2) そこで,本件明細書の記載が,特許請求の範囲の請求項1の記載との関係で,明細書のサポート要件に適合するか否かについて検討する。
ア 前記1で認定したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明においては,Snを主としてこれに少量のCuを加えるだけでなく,Niを所定量添加することにより,Sn-Cu金属間化合物の発生を抑制し,合金溶融時の溶湯の流動性が阻害されることを回避したとの趣旨が記載されている(前記1(2))。しかし,その成分組成を採用することにより得られる合金の性質を確認した具体例としては,①・・・,②・・・が記載されているにすぎず,これらの試験はいずれも本件発明1の構成要件Aの成分組成を充足するはんだ合金が,構成要件B所定の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」という性質を有することを確認したものではなく,その他に流動性が向上したことを確認した実施例の開示はない(・・・。)。

 そうすると,本件明細書においては,本件発明1の成分組成であれば構成要件Bの性質を有すると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載されているとはいえない
・・・

 このように,本件発明の特許出願時ないし優先日当時において,Sn-Cu合金にNiを添加したときに,CuとNiが全固溶の関係にあることからSn-Cu金属間化合物の生成が抑制されるということが技術常識として一般的に承認されていなかったことからすると,本件明細書においてそのような理論が一般的に記載されたのみでは,本件発明1の成分組成であれば構成要件Bの性質を有すると,具体例の開示が全くなくとも当業者に理解できる程度に明細書に記載されているとはいえない

ウ また,仮に本件明細書における上記イの記載から,Sn-Cu系合金においてNiを添加することにより金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上すると当業者が認識できたとしても,それは一般的なNi添加の効果について認識することができたというにすぎず本件発明の構成要件Aで数値限定された具体的な各成分量の下において,実際にそのような性質を合金が有するのかという点については,実施例による確認が記載されていない以上,なお当業者が認識できる程度に記載されているとはいえない
・・・

 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明に,特許出願時の技術常識を参酌してみて,所定の成分組成のはんだ合金が所定の性質を有すると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要すると解するのは,当該成分組成を有する合金が当該性質を有することが単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである

 そうであれば,発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌してもそのように認識することができないのに,特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,明細書のサポート要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである
 したがって,上記原告提出に係る上記実験結果は,本件特許がサポート要件に違反するとの上記認定判断を左右するものではない。』


発明の独占権の範囲を画する技術的範囲の解釈の基準時

2008-03-09 18:57:45 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)6162
事件名 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成20年03月03日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 山田知司

『これらの点からすると,本件発明は構成要件Aに記載される以外の成分組成を含むことを基本的に許容するものではなく,例外的にそれが許容されるとしても,せいぜい,そのようなものとして本件明細書において言及されている不可避不純物か,又はそれと同様に合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願時ないし優先日の技術常識に照らして容易に予見し得るものに限られると解するのが相当である。
 しかるところ,被告製品は前記のとおりAgを0.084%含有しており,これは,本件発明の特許出願時ないし優先日当時のJIS規格において,Sn-Cu系のはんだ合金において定められた許容不純物としての範囲(0.05%)を上回るものであるから,不可避不純物ということはできない。そして,特許出願ないし優先日の後にJIS規格が変更されたとしても,それはその時の技術常識や事情等に基づいて変更されたものと推認されるから,平成18年制定のJIS-Z3282においてSn-Cu系の鉛フリーはんだについてAgは0.10%以下と定められたとことをもって,Agを0.084%程度含有しても合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願時ないし優先日当時の技術常識に照らして容易に予見し得たと認めることはできないし,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,被告製品は,構成要件Aの「残部Snからなる」の要件を充足しない。

(3) 原告の主張の検討
ア 原告は,甲第6号証のJIS規格においては,被告製品に含有されるAgは,不可避的不純物の範囲内にあると主張する。
 確かにはんだ合金について,不可避不純物として許容される成分含有量がどの程度のものであるのかについては,他にその点に関する技術常識を示す証拠もないから,我が国で広く普及しているJIS規格における許容不純物の基準が,当業者における技術常識を示すものと認めることができる。

 しかし,原告が指摘する甲第6号証のJIS規格は,前記のとおり,本件発明の特許出願時ないし優先日の後に改正されて制定されたものである

 特許権者は,発明の公開の代償として,存続期間中の当該発明に対する独占権を与えられるのであるが,その特許要件の存否は,先願主義の観点から,特許出願時ないし優先日を基準として判断される(特許法29条等。そのため,明細書にお) ける「発明の詳細な説明は,通商産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」(本件発明の優先日〔特許出願時でも同じ〕時点の特許法36条4項)とされ,また,これを受けた同時点の特許法施行規則24条の2も,「特許法第36条第4項の通商産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」としている。

 このことからすると,発明の独占権の範囲を画する技術的範囲の解釈に当たっても,当該発明の特許出願時ないし優先日当時の技術常識に基づいて判断すべきものであり,本件においても,本件明細書がいう「不可避不純物」の解釈についても同様である。そして,本件発明の特許出願時ないし優先日当時のJIS規格が定める許容不純物の基準に基づくと,被告製品に含まれるAgが不可避不純物と認められないことは先に述べたとおりである。』

演算回路上のアルゴリズムにかかる発明の成立性

2008-03-09 18:56:53 | 特許法29条柱書
事件番号 平成19(行ケ)10239
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『2 原告は,本願発明が法2条1項に規定された「発明」に該当しないとした審決の判断に誤りがあると主張するので,以下この点について検討する。
(1) 法2条1項は,「この法律で『発明』とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と規定し,法29条1項柱書は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と規定する。
 すなわち,法により特許として保護の対象とされる発明は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であることを要し,これを欠くときは,その発明は特許を受けることができないと解される。
そこで,本願発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するかについて検討する。
・・・

(3) 以上によれば,本願発明1~3における「ビットの集まりを生成する装置」とは,nビットの集まりを入力してℓビットに短縮された演算結果を出力する装置であり,その過程においてハッシュ法,すなわち,「長い長さのデータを短い長さのデータとして表現する技術」(上記3(2)ア)が用いられているものである。

 ここで用いられるハッシュ法は,「n」というデータを一定の法則に従って短縮化して表現しようとする場合に不可避的に発生する短縮表現の衝突(n1というデータを短縮した値m1と,n2というデータを短縮したm2が等しくなってしまうこと)の確率を可能な限り小さくするという数学的な課題を有し,本願発明は,そのための計算手順(アルゴリズム)として,いずれも・・・という各演算を含むものである

 したがって,本願発明1~3はいずれも数学上の計算式,すなわちハッシュ関数として表現可能なものであり,実際にも,発明の詳細な説明においては,本願発明1は「h(m)=((m+a)2 mod p)mod 2ℓ」(数式(6)),本願発明2は「h(m)=(((m+a)2+b) mod p)mod 2ℓ」(数式(7)),また本願発明3は,K「h(m 1・・・・・m K)= Σ(mi+ai) mod p mod 2 (数式2 ℓ 」i=1(8))として,いずれも数学的な計算式として表現されているところである。

(4) ところで,上記数学的課題の解法ないし数学的な計算手順(アルゴリズム)そのものは,純然たる学問上の法則であって,何ら自然法則を利用するものではないから,これを法2条1項にいう発明ということができないことは明らかである。また,既存の演算装置を用いて数式を演算することは,上記数学的課題の解法ないし数学的な計算手順を実現するものにほかならないから,これにより自然法則を利用した技術的思想が付加されるものではない

 したがって,本願発明のような数式を演算する装置は,当該装置自体に何らかの技術的思想に基づく創作が認められない限り,発明となり得るものではない(仮にこれが発明とされるならば,すべての数式が発明となり得べきこととなる。)。

 この点,本願発明が演算装置自体に新規な構成を付加するものでないことは,原告が自ら認めるところであるし,特許請求の範囲の記載(前記第3,1(2))をみても,単に「ビットの集まりの短縮表現を生成する装置」により上記各「演算結果を生成し」これを「出力している」とするのみであって,使用目的に応じた演算装置についての定めはなく,いわば上記数学的なアルゴリズムに従って計算する「装置」という以上に規定するところがない

 そうすると,本願発明は既存の演算装置に新たな創作を付加するものではなく,その実質は数学的なアルゴリズムそのものというほかないから,これをもって,法2条1項の定める「発明」に該当するということはできない

3(1) これに対し原告は,デジタル演算回路又はプロセッサの本来的ハードウェアの性質上,乗算回数が実質的に計算時間を決定することから,そのような計算時間を減らすことは,ハッシュ化の実際の応用(装置)にあって要望される技術的課題であるとし,本願発明の技術的作用効果は,上記課題に対応した装置において計算時間を短縮させたことにあるなどと主張する

しかし,原告の主張する上記技術的課題は,デジタル演算回路ないしプロセッサという装置自体が有する課題であって,演算される数式自体の有する課題ではないところ,計算装置の要する計算時間を短縮するために計算式を変更しても,当該演算装置自体の演算処理能力が改善されるものでないことは明らかである。

 原告の上記主張は,複雑なアルゴリズムよりも平易なアルゴリズムの方が演算時間が短かくて済むという,いわば数学的な常識を述べたものにすぎず,原告の主張する課題は依然として解決していないのであるから,失当といわなければならない。

 なお原告は,本願発明は物理的な電気回路装置であり,かつ,当該アルゴリズムはコンピュータのような有限時間で動作する物理的構造上で実行されるからこそ上記技術的作用効果を有する点で,コンピュータ構造の本来的に有するハードウェア資源の物理的性質そのものに係るとして,本願発明が自然法則を利用した技術的思想に当たることになるとも主張するが,
 原告の上記主張は,数学的なアルゴリズムであってもコンピュータで演算を実行することで時間が短縮されれば発明になるというに等しく,自然法則を利用しない単なる数式を発明から除外する法2条1項の趣旨を没却するものであって,採用することができない。


(2) また原告は,「装置」の発明としての本願発明の具体的構成は,示された演算内容に応じて規定される演算回路として特許請求の範囲に明確に記載されている旨主張する。

 しかし,前記2(3)及び(4)のとおり,特許請求の範囲には数学的なアルゴリズムと,それを実現するものとして単に「装置」と記載されているのみであって,当該数学的アルゴリズムをデジタル演算装置で演算するための具体的な回路構成が記載されているものではない
 また原告の上記主張は,特許請求の範囲にデジタル論理演算を意味する演算内容を記載すれば,これに対応した一般的なデジタル論理演算回路(布線論理回路と蓄積プログラム論理回路)によるプログラムが特定されるというものであるが,特許請求の範囲に記載された数学的アルゴリズムがデジタル論理演算回路に置換可能であるとしても,それはプログラム可能な数式一般の持つ特性にすぎず,既存の演算装置に新たな技術的思想に基づく創作が付加されることを直ちに意味するものではない

 その意味で,特許請求の範囲に原告主張のデジタル論理演算回路による演算内容が記載されたことは,前記2(4)に述べたところを左右するものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
・・・
(4) 以上のほか,原告は,審決が審査基準に基づき判断したことは,審査基準に記載されていない場合の発明該当性の判断を看過するもので,審理不尽の違法があるなどと主張するが,審決は上記2(4)で述べたところと同旨の理由をもって本願発明の「発明」該当性を否定したものと認められるから,そこに審理不尽の違法は認められない。したがって,原告の上記主張も採用することができない。』

誤記のある拒絶理由に基づく審決

2008-03-09 18:55:27 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10181
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『(第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(手続違背その1)について
(1)  原告は,審決の判断対象となった本願発明は当初明細書に基づくものであるとし,この当初明細書に基づく本願発明について意見を述べる機会が与えられなかったことは手続違背に当たる旨主張するので,まずこの点について検討する。
・・・

(3) 以上によれば,審決は,
 本願発明の内容について,「平成18年9月6日付け手続補正書によって補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1~18に記載されたとおりのもの」(審決の理由「1.手続の経緯・本願発明」の下線部分)と認定していることは明らかであるし,また,
 審決が「2.当審の拒絶理由」として平成18年2月9日付け拒絶理由通知(甲4)の内容を指摘し,かつ,「3.請求人の主張」として原告の平成18年9月6日付け意見書(乙5)及び同日付けの本件補正(甲1)の存在を指摘した上で,「4.当審の判断」において,上記意見書及び本件補正を検討してもなお,本願の明細書の記載は実施可能要件を満たすものではない旨を述べていること
からすれば,審決が審判の対象とする本願発明の内容は,本件補正後の明細書の記載に基づくものであることは明らかというべきであって,審決が本願発明当初明細書に基づいて判断したということはできない

(4)ア これに対し原告は,審決が,その理由中で,出願当初の明細書には存在したが第1次補正により変更されたため本件補正後の明細書には存在しない「紙葉捌き装置8」,「紙葉捌き要素9」との言葉を挙げていることを指摘する
・・・

ウ 以上によれば,出願当初の明細書(甲2)においては「紙葉捌き装置(8)」,「紙葉捌き要素(9)」との言葉が使用されていたものの,これらは,平成15年3月20日付け手続補正(第2次補正)により「刷紙区分装置(8)」,「刷紙区分部材(9)」と変更され,その後の平成18年9月6日付け手続補正(本件補正,甲1)においても,これら変更後の言葉が踏襲されていることが認められる。

 そうすると,上記のような変更があったにもかかわらず,平成18年2月9日付けの拒絶理由通知(甲4)が,第2次補正後の発明の認定として「紙葉捌き装置8,紙葉捌き要素9」との言葉を用いたことは明らかに誤りといわざるを得ないし,審決が,このような誤りを含む拒絶理由通知書の記載をそのまま引用した上で,「先の拒絶理由を覆すことはできない。」とか,「本願は,当審で通知した拒絶の理由によって拒絶すべきものである。」などと結論付けることもまた,理由として不適切であったといわざるを得ない。

 しかし,当初明細書の「紙葉捌き装置(8)」,「紙葉捌き要素(9)」と第2次補正後の「刷紙区分装置(8)」,「刷紙区分部材(9)」とは,表現に若干の異同はあるもののその実質は同一であるということができるし(前記イ(ア)及び(イ)の各【請求項02】~【請求項07】参照),また,これらと本件補正後の「刷り紙区分装置(8)」,「刷紙区分部材(9)」についても,表現は異なるものの,基本的な構成部分は一致しており(前記イ(エ)の各【請求項01】~【請求項07】参照),このことからすれば,これらがいずれも同じ装置ないし部材を指すものであることは明らかである。

 以上に加えて,前記(3)に述べたとおり,審決が「1.手続の経緯・本願発明」として審判対象として本件補正後の本願発明を認定していることなどを併せ考慮すれば,上記拒絶理由通知ないし審決の記載は,明白な誤記であるということはできても,本願発明の構成を取り違えたとまでいうことはできない。』

「審決の違法」と「審決を取り消すべき違法」

2008-03-09 18:53:27 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10538
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『1 取消事由1(拒絶理由通知の欠如)について
(1) 原告は,審決が拒絶理由通知とは異なる拒絶理由に基づいて審判を行ったのに,新たに拒絶理由通知を行わなかったから,手続上の瑕疵があると主張する。
・・・

(3) 上記認定の事実によると,以下のとおり,認められる。
①  審査段階においては,引用文献2(引用刊行物)の「衝撃吸収シート片3」が補正前発明の「衝撃吸収シート」に相当し,補正前発明の「空気封入弾性片」に相当するものが引用文献4に記載されているとされていた。原告は,本件補正をした上,引用文献2(引用刊行物)記載の発明が「踵部における衝撃吸収性をねらったもの」であるとして,引用文献2の「衝撃吸収シート片3」と本願発明の「衝撃吸収シート」の技術的意義の相違を論じた。
② 拒絶査定においては,これに対する応答はなかった。
③ 審決においては,引用刊行物(引用文献2)の「クッションシート4」が本願発明の「衝撃吸収シート」に相当するとし,また,引用文献4に代えて引用刊行物(引用文献2)の「衝撃吸収シート片3」が本願発明の「空気封入弾性片」に相当するものとしたことが認められる。

 したがって,審査段階では,引用文献2(引用刊行物)の「衝撃吸収シート片3」が補正前発明の「衝撃吸収シート」に相当し,補正前発明の「空気封入弾性片」に相当するものが引用文献4に記載されていると認定していたところ,
 審決では,引用刊行物(引用文献2)の「クッションシート4」,「衝撃吸収シート片3」がそれぞれ本願発明の「衝撃吸収部材」,「空気封入弾性片」に相当するとしているのであって,引用文献2(引用刊行物)から把握される技術内容を変更した
ものである。

 このように,引用例としては同一であっても,そこから把握する技術内容を変更することは,その限りにおいて,本願発明と対比されるべき公知技術の内容を変更するものであり,出願人である原告には,新たな引用発明を前提として,意見陳述の機会を与えなければならなかったものというべきであるから,拒絶理由通知を行うことなくされた審決は,特段の事情がない限り,特許法159条2項の準用する同法50条の規定に違反するものというべきことになる。

(4) そこで,審決の上記違法が本件の具体的な事情の下において審決を取り消すべき場合に該当するか否かを検討する。
ア まず,本件拒絶理由通知における拒絶理由は,前記(2)アのとおり,「引用文献1~4に記載された発明に基づいて容易に発明することができた」ということに尽き,本件拒絶査定でも同趣旨であり,「引用文献3に記載された発明に基づき容易に発明することができた」という趣旨の本件拒絶査定の備考欄の記載は,本件意見書で示された原告の意見にかんがみて,付加されたものにすぎないから,引用文献を限定したとはいえず,本件拒絶査定の理由は本件拒絶理由通知に記載された引用文献を変更したものでも,また,逸脱したものでもないということができる。

イ しかしながら,上記(3)で判示したように,本件拒絶査定においては,引用文献2(引用刊行物)について何ら言及することなく,備考欄でも引用文献3(周知例1)を中心として拒絶すべき理由を説明していることなどをみると,審査段階では,引用文献2(引用刊行物)を引用文献として掲げながらも,審査官は,引用文献2(引用刊行物)を実質的には拒絶理由としておらず,このため,引用文献2(引用刊行物)を主引用例とする審決については,出願人である原告に意見・反論等の機会が実質上十分に与えられなかったなど,具体的な不利益を生じている疑念が生じるので,吟味することとする。

 本願発明の構成についてみると,本件明細書によれば,本願発明の祭用地下たびは,底部に衝撃吸収シート,これと接地底との間に空気封入弾性片を介在させ,かつ,アッパー爪先部にクッション材を装填すること等という簡素なものであり,その材質は,・・・が用いられるというのであるから,材質等に格別のものが使用されているというわけでもなく,また,発明の効果も,「・・・」(本件明細書の段落【0017】)であるところ,拒絶理由通知に掲記された引用文献1~4も,程度の差こそあれ,いずれも類似した構成の履物であって,各構成について比較対比するについて,格別の困難があるとは考えられない

 しかも,原告は,上記認定判示したように,本件意見書(前記(1)イ)において,引用文献2(引用刊行物)に関して意見・反論をしており,また,審判請求書(前記(1)エ)においても同様であるほか,本願発明と引用文献2(引用刊行物)との比較検討もしており,本件における原告の取消事由2,3に関する主張と比較検討しても,実質的に必要なところは論じ尽くしているとみることができ,原告に具体的な不利益が生じていたとは認められない

 のみならず,原告の主張は,本願発明の「衝撃吸収シート」が格別の衝撃吸収機能を有していることなどを根拠とするものであるが,後に判示するように,原告の主張する根拠が認められないことから考えても,拒絶理由通知に記載された拒絶理由と拒絶査定で用いられた拒絶理由とは,基本的に近似した関係にあると認められるから,原告の主張は,この点からも失当である。

(5) 以上によれば,審決の上記違法は本件の具体的な事情の下において審決を取り消すべき違法はないということができるから,原告主張の取消事由1は理由がない。』

コストと阻害要因

2008-03-09 18:52:30 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10257
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『相違点の看過をいう原告の主張は,結局のところ,審決が相違点1及び2を認定するに当たり,引用発明は,特定の個人の使用条件を考慮することなく鋳造の型を用いて限られた種類のレンズ群を大量に生産するもので,その処方面を1枚1枚加工しないレンズであるのに,この点を認定しないで,単に,引用発明は「処方面は非球面に加工するにとどまる」とだけ認定したことの誤りを主張するものと解される。

しかし,引用例1には,次の記載がある。
「従来,累進度数レンズは,ブランクとして生産され,凹面を1枚1枚処方に従って研削研磨している為,凹面を1枚1枚非球面に加工することは,コスト面で問題がありすぎる。しかし,今日では,CR-39といった鋳造可能なレンズ材料が広く使われており,非球面レンズも安価に作れるようになっている。本発明の累進焦点レンズの場合も,累進度数の屈折面用の型と,凹面用非球面あるいは非トーリック面の型とを組み合わせ,鋳造でレンズを作れば,安価に高性能な累進度数眼鏡レンズを作ることができる。すなわち,本発明は,ガラス製レンズにももちろん使えるが,合成樹脂製レンズへの適用が好ましい。」(1頁右下欄12行~2頁左上欄4行)

 上記の記載からすれば,引用例1には,確かに,原告が主張するように,凹面を1枚1枚処方に従って研磨するとコスト面で問題があるため,鋳造でレンズを作れば安価に高性能な累進度数眼鏡レンズを作ることができるから,鋳造による合成樹脂製レンズへの適用が好ましいことが記載されているが,それに続けて,ガラス製レンズにも適用可能であることが明示されている。したがって,引用発明のレンズは,鋳造の型を用いて大量生産されたものに限定されるものでないことは明らかであるから,原告の上記非難は当たらないものといわざるを得ない。

・・・

エ 審決の「引用例1に凹面を処方に従って研削研磨していると記載されているので,引用発明の処方面においても使用者個人の使用条件を考慮してその形状を決めるようにすることは,格別のものとは認められない。」との判断について,
 原告は,
①引用例1においては,凹面を1枚1枚非球面加工する技術は,コスト面で問題がありすぎる技術として,引用発明が克服すべき従来技術として記載されているから,引用発明に,同発明が克服すべき問題ある技術としている技術を組み合わせることは許されず,その組み合わせには阻害要因がある,
②使用者個人の使用条件により眼鏡レンズの処方面の形状を決めることは周知事項ではなく,引用例1は使用者個人の使用条件を考慮して処方面を加工することは開示していないから,処方面において使用者個人の使用条件を考慮してその形状を決めるようにすることは,当業者が容易に想到し得た事項ではない,と主張する。


 原告の上記①の主張は,原告が取消事由1で主張する「引用発明は,特定の個人の使用条件を考慮することなく鋳造の型を用いて限られた種類のレンズ群が大量に生産され,その処方面を1枚1枚加工しないレンズである」ことを前提とするものであるが,引用発明が鋳造の型を用いて生産されたものに限定されるものでないことは,取消事由1についての前記第5の1に説示したとおりであるから,前提において失当である。

 そして,コスト面を考慮する必要がなければ,引用発明においても,凹面を1枚1枚非球面に加工するとの手法も採り得ることは明らかであり,1枚1枚加工するにせよ,鋳造するにせよ,引用発明における凹面は,処方に従って形成される面,すなわち,処方に基づくジオプトリック作用を得るために所望の形状に加工される面であると位置付けられるものと解することができる。したがって,引用発明に,使用者の処方値とともに,眼鏡フレームの形,角膜頂点間距離等の使用者個人の使用条件を考慮して,最適の眼鏡レンズを作成するための上記周知技術を適用するに際して,処方面を,遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められたものとすることは,当業者が当然考慮する程度の事項というべきである。』

(所感)
 思うに、「コストがかかりすぎるから適用できない」ということは、通常は、技術的には適用できるが経済上適用できないという意味ではないか。そうすると、コストがかかることのみを技術上の阻害要因とすることはできないようにおもわれる。
 仮に、コストアップをしなくてすむようにして適用したのであれば、そのための構成を請求項における特定事項とすることで(相違点ができるので当然ではあるが)先行技術の組み合わせを回避できると思う。

文言や連携する構成の技術的意義を表面的に評価した審決が取り消された事例

2008-03-02 22:50:46 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10255
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『1 取消事由1(本件発明1と甲1発明の相違点の認定の誤り)について
(1) 原告は,甲第1号証には,嵌挿部材15と同じ形状もしくは同様の形状をもつ杭の頭が,嵌挿部材15と同様にチャック9の穴に嵌合されることが記載されており,甲第1号証に記載されるチャック9は「杭上部に被せるための嵌合部」を具備するものであるから審決がこの点を本件発明1と甲1発明の一致点として認定せず,「相違点2」として「・・・。」を認定したことは誤りである旨主張するので,以下,検討する。

(2) 上記第2の2のとおり,本件発明1は「杭上部に被せるための嵌合部」と規定するものではあるが,「嵌合部」の形状や嵌合の状況について特段限定していない。平成3年11月15日株式会社岩波書店発行の「広辞苑第4版」によると,「嵌合」とは,「はめあい」を意味するものであるとされ(574頁),「はめあい」とは「〔機〕軸が穴にかたくはまり合ったり,滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係をいう語。かんごう。」であるとされ(2098頁),「穴(・孔)」とは「①くぼんだ所。または,向うまで突き抜けた所。・・・」とされている(60頁)。

 そうすると,特段の事情のない限り,本件発明における「嵌合」の意義についても,上記の一般的な語義に従い,「軸がくぼんだ所にかたくはまり合ったり,滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係」を意味し,本件発明1の「嵌合部」とは,そのようにして軸がはまる「穴」,すなわち,「くぼんだ所」のことを意味するものと理解することができ,これを別異に解すべき特段の事情を認めることはできない

(3) 甲第1号証の2には,次の各記載がある。
・・・

(4) 上記(5)の各記載によると,甲1発明のチャック9は嵌挿部材15を嵌挿するものであり,・・・,杭はその上部がチャック9に嵌挿されるものであることが認められる。
 そうすると,チャック9が杭上部に被せるための「くぼんだ所」を有すること及び杭上部とチャック9の「くぼんだ所」が「はまり合う」関係にあることは明らかであり,チャック9は「杭上部を被せるための嵌合部」を有するものと認められる。

・・・

 したがって,審決が,この点を本件発明1と甲1発明の相違点として認定し,「埋込用アタッチメント[杭打込み装置5]が有する杭保持部の構成及び当該杭保持部に(穿孔装置[アースオーガ13]を)着脱可能に取り付ける構成に関して,本件発明1が,杭保持部を『杭上部に被せるための嵌合部(15)』として構成し・・・ているのに対し,甲1発明は,杭保持部を(油圧シリンダ11により強固に固定する)『杭保持用のチャツク9』として構成し・・・ている点。」を「相違点2」とした点は誤りであるというべきである。』

『2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 審決は「甲1発明における『杭保持用のチャツク9』に代えて,甲第3号証に記載の埋込用アタッチメント〔ハンマー部材(4)〕の嵌合部である『筒状部(11)』,すなわち,杭上部に被せるための『嵌合部』を用いるものと単に変更することは,当業者が容易に想到し得たことということができる。」としながら,「このような変更をすると甲1発明では・・・『杭保持用のチャツク9』に・・・嵌挿部材15を嵌挿するとともに,当該穿孔装置〔アースオーガ13〕の上部両端部に設けた係合装置18を用いて着脱可能に構成していたのであるから,このような穿孔装置〔アースオーガ13〕の着脱可能な取り付けが他方でできないことになり,結果として,相違点2に係る本件発明1の構成は得られないこととなる。」と判断しているが,原告は,係合装置18は,チャック9に嵌合された杭上部をさらに把持する機能として付加されたものであり,これに代えて別の手段を採用することに問題はない旨主張する。

(2) ・・・。

 甲1発明の係合装置18について,甲第1号証の2には,上記1(3)ウで認定したとおり,「オーガ13と,チヤツク9の嵌挿であるが,・・・,チヤツク9内の油圧シリンダ11でもつて強固に固定するようにし,さらにオーガ13の上部両端部に油圧等で作動する係合装置18を設け,より確実に一体化が図れるようにし,オーガ13は前記チヤツク9の油圧シリンダ11と係合装置18をはずすことによつて離脱するようになつており,これにより杭打込み装置5と,アースオーガ13は着脱可能である。」との記載がある。

 そうすると,係合装置18は,オーガ13とチャック9の嵌挿について,これを「より確実に一体化が図れるようにし」たものであることが明らかであり,甲第1号証の2には,係合装置18に関する上記記載以外の何らの記載もないことからすると,係合装置18がオーガ13とチャック9の嵌挿に必須の構成ということはできないから,オーガ13とチャック9の嵌挿に際し,係合装置18がない場合をも十分想定することができるのであり,この場合においては,甲1発明に甲第3号証の「筒状部(11)」を適用することにより「杭上部に被せるための嵌合部」を備える構成とすることができるというべきであるから,この点について,「相違点2に係る本件発明1の構成は得られないこととなる」とした審決の判断は誤りである。』

役所のLANにおける公衆送信権の侵害

2008-03-02 21:36:41 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)15231
事件名 著作権侵害行為差止等請求事件
裁判年月日 平成20年02月26日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟

『1 争点(2)(被告は,原告の公衆送信権を侵害したか)について
 原告は,選択的請求原因として,公衆送信権侵害を主張するので,まず,争点(2)について,判断する。
(1) 本件LANシステムは,社会保険庁内部部局,施設等機関,地方社会保険事務局及び社会保険事務所をネットワークで接続するネットワークシステムであり(前提となる事実),その一つの部分の設置の場所が,他の部分の設置の場所と同一の構内に限定されていない電気通信設備に該当する。
 したがって,社会保険庁職員が,平成19年3月19日から同年4月16日の間に,社会保険庁職員が利用する電気通信回線に接続している本件LANシステムの本件掲示板用の記録媒体に,本件著作物1ないし4を順次記録した行為(本件記録行為)は,本件著作物を,公衆からの求めに応じ自動的に送信を行うことを可能化したもので,原告が専有する本件著作物の公衆送信(自動公衆送信の場合における送信可能化を含む。)を行う権利を侵害するものである。

(2) 被告は,本件著作物については,まず,社会保険庁職員が複製しているところ,この複製行為は42条1項本文により複製権侵害とはならず,その後の複製物の利用行為である公衆送信行為は,その内容を職員に周知するという行政の目的を達するためのものなので,49条1項1号の適用はなく,原告の複製権を侵害しない,また,複製物を公衆送信して利用する場合に,その利用方法にすぎない公衆送信行為については,42条の目的以外の目的でなされたものでない以上,著作権者の公衆送信権侵害とはならない旨主張する。

 しかし,社会保険庁職員による本件著作物の複製は,本件著作物を,本件掲示板用の記録媒体に記録する行為であり,本件著作物の自動公衆送信を可能化する行為にほかならない。そして,42条1項は,「著作物は・・・行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には,その必要と認められる限度において,複製することができる。」と規定しているとおり,特定の場合に,著作物の複製行為が複製権侵害とならないことを認めた規定であり,この規定が公衆送信(自動公衆送信の場合の送信可能化を含む。)を行う権利の侵害行為について適用されないことは明らかである。
 また,42条1項は行政目的の内部資料として必要な限度において,複製行為を制限的に許容したのであるから,本件LANシステムに本件著作物を記録し,社会保険庁の内部部局におかれる課,社会保険庁大学校及び社会保険庁業務センター並びに地方社会保険事務局及び社会保険事務所内の多数の者の求めに応じ自動的に公衆送信を行うことを可能にした本件記録行為については,実質的にみても,42条1項を拡張的に適用する余地がないことは明らかである。
 なお,被告が主張する49条1項1号は,42条の規定の適用を受けて作成された複製物の目的外使用についての規定であるから,そもそも42条の適用を受けない本件について,49条1項1号を議論する必要はない。』

外国の特許を受ける権利の譲渡の準拠法と対価請求

2008-03-02 21:08:36 | 最高裁判決
事件番号 平成16(受)781
事件名 補償金請求事件
裁判年月日 平成18年10月17日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集巻・号・頁 第60巻8号2853頁
(裁判長裁判官 那須弘平 ;裁判官 上田豊三,藤田宙靖,堀籠幸男)


『第2 上告代理人末吉亙ほかの上告受理申立て理由第3について
1 外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか,その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は,譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず,譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから,その準拠法は,法例7条1項の規定により,第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である。

 なお,譲渡の対象となる特許を受ける権利が諸外国においてどのように取り扱われ,どのような効力を有するのかという問題については,譲渡当事者間における譲渡の原因関係の問題と区別して考えるべきであり,その準拠法は,特許権についての属地主義の原則に照らし,当該特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の法律であると解するのが相当である。

2 本件において,上告人と被上告人との間には,本件譲渡契約の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在するというのであるから,被上告人が上告人に対して外国の特許を受ける権利を含めてその譲渡の対価を請求できるかどうかなど,本件譲渡契約に基づく特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については,我が国の法律が準拠法となるというべきである。
 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。』

『第3 上告代理人末吉亙ほかの上告受理申立て理由第4について
我が国の特許法が外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものではないことは明らかであり(1900年12月14日にブラッセルで,・・・で及び1967年7月14日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約4条の2参照),特許法35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし,同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは,文理上困難であって,外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。

 しかしながら,同条3項及び4項の規定は,職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において,職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために,当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ,その処分時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について,これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして当該発明をした従業者等を保護し,もって発明を奨励し,産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当であるところ,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であるという点は,その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない

 そして,特許を受ける権利は,各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるが,その基となる発明は,共通する一つの技術的創作活動の成果であり,さらに,職務発明とされる発明については,その基となる雇用関係等も同一であって,これに係る各国の特許を受ける権利は,社会的事実としては,実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものであるということができる。
 また,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継については,実際上,その承継の時点において,どの国に特許出願をするのか,あるいは,そもそも特許出願をすることなく,いわゆるノウハウとして秘匿するのか,特許出願をした場合に特許が付与されるかどうかなどの点がいまだ確定していないことが多く,我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されるということも少なくない

 ここでいう外国の特許を受ける権利には,我が国の特許を受ける権利と必ずしも同一の概念とはいえないものもあり得るが,このようなものも含めて,当該発明については,使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが,当事者の通常の意思であると解される。そうすると,同条3項及び4項の規定については,その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。

 したがって,従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である。』

未完成発明と29条1項柱書

2008-03-02 12:05:03 | 最高裁判決
事件番号 昭和49(行ツ)107
事件名 審決取消
裁判年月日 昭和52年10月13日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄差戻し
判例集巻・号・頁 第31巻6号805頁
裁判長裁判官 団藤重光
裁判官 岸上康夫、藤崎萬里、本山亭

『特許法(以下「法」という。)二条一項は、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め、 「発明」は技術的思想、すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当であり、技術内容が右の程度にまで構成されていないものは、発明として未完成のものであつて、法二条一項にいう「発明」とはいえないものといわなければならない(当裁判所昭和三九年(行ツ)第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決・民集二三巻一号五四頁参照)。

 ところで、法四九条一号は、特許出願にかかる発明(以下「出願の発明」という。)が法二九条の規定により特許をすることができないものであることを特許出願の拒絶理由とし、法二九条は、その一項柱書において、出願の発明が「産業上利用することができる発明」であることを特許要件の一つとしているが、そこにいう「発明」は法二条一項にいう「発明」の意義に理解すべきものであるから、出願の発明が発明として未完成のものである場合、法二九条一項柱書にいう「発明」にあたらないことを理由として特許出願について拒絶をすることは、もとより、法の当然に予定し、また、要請するところというべきである。原判決が、発明の未完成を理由として特許出願について拒絶をすることは許されないとして、本件審決を取り消したのは、前記各法条の解釈適用を誤つたものであるといわなければならない。』