知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

独占的通常実施権者への実用新案法29条2項の類推適用

2007-11-26 06:43:32 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)6536等
事件名 実用新案権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成19年11月19日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 実用新案権
裁判長裁判官 山田知司


『5 争点(5)(損害額)について
(1) 以上述べたところからすると,本件で被告が原告らに対して損害賠償責任を負うのは,本件警告の翌日である平成18年2月9日から同年3月24日までの間のイ号物件の販売行為についてであることになる

(2) 原告P1関係について
ア 証拠(乙11,23ないし26。なお乙第24ないし26号証は,乙第11,23及び24号証のうち上記期間における取引を抽出したものである。)によれば,上記期間のイ号物件の売上数(下記のとおり返品分の3個を控除しないもの)は250個で,総売上金額は22万7100円であり,このほかにサンプル,添付(いわゆる「おまけ」)及び不良品の代品による無償交付が19個(乙第24号証の「添付数」欄の15個と乙第26号証の「サンプル又は添付等の個数」欄の4個の合計)あったと認められる。・・・

ウ 原告P1は実用新案法29条3項に基づく損害額の主張をしているところ,本件考案の内容に加え,ペット用爪切りでは各社が種々の特徴点をもって競争を展開していること(甲26),原告P1は原告会社のみに本件実用新案権の実施品の製造販売を許諾してきており,本件警告後に被告が実施許諾を申し入れた(甲7)ときも検討の余地はないとして明確に拒絶したこと(甲8)等の事情を考慮すると,本件における登録実用新案の実施に対して受けるべき金銭の額としては,被告の売上額の7%とするのが相当である。
そうすると,原告P1の受けた損害額は,1万5897円(227,100×0.07)となる。
 また,原告P1に対する関係で,被告による侵害行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当額は5000円と認められる。
したがって,原告P1が被告に対して請求し得る損害額は,2万0897円となる。

(3) 原告会社関係について
ア 原告会社は,原告P1から本件実用新案権について独占的通常実施権の設定を受けていたものであるが,独占的通常実施権者も,本件実用新案権の実施による市場利益を独占し得る地位にある点で専用実施権者と変わるところはないから,実用新案法29条2項の類推適用があるものと解するのが相当である。
・・・
エ 以上に基づいて,被告がイ号物件を販売することによって得た利益の額を算定すると,11万9456円となり,これが原告会社の受けた損害の額と推定される。
227,100-(242.8608+72.878)×(250+19)-22,710=119,456
また,原告会社に対する関係で,被告による侵害行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当額は1万5000円と認められる。
したがって,原告会社が被告に対して請求し得る損害額は,13万4456円となる。

(4) 原告P1の損害賠償請求権と原告会社の損害賠償請求権との関係
 本件で原告P1は原告会社に対して本件実用新案権の独占的通常実施権を設定しているが,原告会社が原告P1に対して実施料を支払っていることを窺わせる証拠はなく,原告P1が原告会社の代表者で,原告会社が原告P1の個人企業であることからすると,むしろ原告P1は原告会社に対して無償の独占的通常実施権を設定したものと推認される。

 ところで,実用新案権者が第三者に専用実施権を設定し,専用実施権者が当該実用新案権を実施している場合,専用実施権者は侵害者に対して実用新案法29条2項に基づく損害賠償を請求することができる。しかし,その場合,実用新案権者としては,自ら実施する権利も,他者に更に実施許諾をする権利も有していないのであるから,同条3項に基づく損害賠償を請求することはできない。その場合に実用新案権者に発生する損害として観念し得るのは,実用新案権者が専用実施権者から得られる実施料が減少したことのみであり,そのような損害が発生するときには,実用新案権者は民法709条に基づく損害賠償を請求することができる。したがって,専用実施権が無償又は定額の実施料で設定されている場合には,当該実用新案権の侵害行為がなされても,実用新案権者に損害は発生せず,実用新案権者は損害賠償請求権を取得しないものと解するのが相当である

 他方,本件のように独占的通常実施権が設定されている場合には,実用新案権者は,独占的通常実施権者との間で他者に実用新案権の実施許諾をしないという債権的な拘束を受けてはいるものの,他者に実用新案権の実施許諾をする権利自体はなお有している。したがって,独占的通常実施権が無償で設定されていても,実用新案権者がなお実用新案法29条3項に基づく損害賠償を請求し得ることはこれを認めることができる。しかし,この場合に,独占的通常実施権者に同条2項の類推適用による損害賠償請求を認め,同時に実用新案権者にも同条3項による損害賠償請求を認めて,両請求権が単純に並立するものと解するときには,前記のような専用実施権が設定された場合以上の逸失利益を権利者側に認めることになり,均衡を失するものというべきである
 また,同条2項による損害額の算定は,侵害者が実施行為を全く行わなかった場合を想定するものであるのに対し同条3項による損害額の算定は,侵害者が実施行為を行ったことを前提とするものである点で,両規定は互いに両立しない状況を想定ないし前提しているのであるから,この点からも両請求権が単純に並立すると解することはできない
 これらの点を踏まえると,独占的通常実施権者が有する同条2項の類推適用に基づく損害賠償請求権と実用新案権者が有する同条3項に基づく損害賠償請求権とは,重複する限度で連帯債権の関係に立つものと解するのが相当である
 したがって,本件では,原告P1の被告に対する2万0897円の損害賠償請求権と,原告会社の被告に対する13万4456円の損害賠償請求権とは,重複する2万0897円の限度で連帯債権の関係に立つことになる。』

実用新案権侵害についての被告の過失

2007-11-26 05:58:49 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)6536等
事件名 実用新案権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成19年11月19日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 実用新案権
裁判長裁判官 山田知司


『1 争点(1)(侵害性)について
・・・
(3) 以上によれば,被告によるイ号物件の販売等は原告P1の本件実用新案権を侵害する行為であるが,ロ号物件の販売等は本件実用新案権を侵害する行為ではない。
また,証拠(甲7,8,27)によれば,原告会社は原告P1が全額出資して設立された従業員6名の小規模会社であり,設立当初から原告P1が代表者を務めていること,本件考案の実施品は原告会社のみが製造販売しており,他に原告P1が本件考案の実施許諾をしている例はないこと,本件警告後に被告が原告P1に対して本件実用新案権の実施許諾を求めたのに対して原告P1はこれを明確に拒否したことが認められ,これらの事実からすると,原告会社は原告P1から本件実用新案権について独占的通常実施権の設定を受けたものと推認される。したがって,被告によるイ号物件の販売は,原告会社の独占的通常実施権も侵害する行為となる。』

『2 争点(2)(イ号物件の輸入販売等のおそれ)について
・・・
(3) 以上からすると,被告が今後イ号物件を輸入し,販売し又は販売のために展示するおそれがあるということは一般には困難であるように思われる。
 しかしながら,被告が今後イ号物件を「輸入」することについていえば,非侵害品であるロ号物件を販売しようとするとイ号物件を輸入することになること,被告はその後にいわゆるハ号物件を輸入しているが,イ号物件の金型が中国の製造元で廃棄されたといった事情は特に窺われないことからして,そのおそれが皆無とまではいえない。また,被告が今後イ号物件を「販売」し又は「販売のために展示」することについても,輸入したイ号物件の在庫が払底したか否かは不明であることに加え,先に認定したように,被告には代理人弁理士による正式回答で社内事実と異なる回答をするような厳密さを欠く面があることからすると,やはりそのおそれが皆無とまではいえない。
 したがって,被告が,イ号物件を輸入し,販売し又は販売のために展示するおそれがないとまではいえないから,これらの差止請求には理由があるというべきである(他方,被告がイ号物件を製造したことはなく,そのおそれがあるともいえないから,その差止請求には理由がない。)。

 なお,原告P1は,被告が在庫として保有するイ号物件の廃棄も請求する。
 しかし,実用新案法27条2項が規定する侵害行為を組成した物の廃棄請求は,差止請求権の行使を実効あらしめるために,差止請求権の実現のために必要な範囲内で認められるものである(最高裁判所平成11年7月16日判決・民集53巻6号957頁参照)。そうすると,被告が今なおイ号物件を在庫として保有しているとしても,先に述べたとおり被告がそれをロ号物件に改造せずにイ号物件のままで販売し又は販売のために展示するとは一般には考え難く,ただそのおそれがないとまではいえないという程度にとどまることからすると,被告が在庫として保有するイ号物件の廃棄請求を認めることは,差止請求権の実現のために必要な範囲を超えるというべきである。したがって,イ号物件の在庫品の廃棄請求は認めることができない

 また原告P1は,イ号物件の半製品及びその製造金型の廃棄も請求するが,前記認定のとおり被告は中国の製造業者からイ号物件の完成品を輸入したのであり,被告がイ号物件の半製品と製造金型を保有しているとは認められないから,これらの廃棄請求も理由がない。

『3 争点(3)(廃棄請求権侵害・廃棄義務の不履行の成否)について
・・・
(1) ここで原告P1は,過去において原告P1が被告に対してイ号物件の廃棄請求権を取得し,それが存続し得ることを前提に,その取得した廃棄請求権を無にされたとして,権利の侵害又は廃棄義務の不履行を主張している。

 ところで,実用新案法27条1項は,「実用新案権者又は専用実施権者は,自己の実用新案権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者…に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と規定しているが,この差止請求権は,所有権に基づく物権的請求権と同様,侵害行為やそのおそれが存するに連れて不断に発生し続け,侵害行為やそのおそれが消滅した場合に発生しなくなるものにすぎない(すなわち,差止請求権をある時点で取得し,それが存続するという性質のものではない。)。
 そのため,侵害行為やそのおそれの存否は,この請求権の存否を確定すべき時(事実審の口頭弁論の終結の時)を標準として定められるべきものであり,その標準時点を離れて差止請求権の「取得」や「存続」は観念できず,したがって,「取得した権利」の「消滅」や「無になること」もやはり観念し得るものではない。そして,実用新案法27条2項が規定する侵害行為を組成した物の廃棄請求は,差止請求権の行使を実効あらしめるために,差止請求権に付随して認められるものであるから,廃棄の必要性についても,差止請求権と同様に事実審の口頭弁論の終結の時を標準として定められるべきものであって,その標準時点を離れて廃棄請求権の「取得」,「存続」も,取得した権利の「消滅」,「無になること」も観念し得るものではない
したがって,原告P1の上記主張は,まずその前提において失当というべきである。

(2) また,仮に原告P1による廃棄請求権の取得を肯定したとしても,先に述べたとおり,実用新案法27条2項が規定する侵害行為を組成した物の廃棄請求は,差止請求権の行使を実効あらしめるために認められるものである。そうすると,被告が侵害品であるイ号物件を非侵害品であるロ号物件に改造することは,侵害品の存在を消滅させ,その販売等による将来の実用新案権侵害行為のおそれを消滅させることにより,差止請求権の行使をより実効あらしめるもので,廃棄請求権の趣旨目的をむしろ実現する行為であるといえるから,それをもって廃棄請求権を侵害するものということはできない。
 この点について原告P1は,廃棄行為の趣旨は実用新案権侵害により得たもので侵害者が利益を得ることのないようにする趣旨も含むと主張するが,廃棄請求権は差止請求権を実効あらしめるために認められたものであるから,この主張は採用できない。
 したがって,廃棄請求権侵害を理由とする損害賠償請求は理由がない。』

『4 争点(4)(本件実用新案権侵害についての被告の過失)について
(1) 実用新案権者は,その登録実用新案に係る技術評価書を提示して警告した後でなければ,自己の実用新案権の侵害者に対し,その権利を行使することができないとされている(実用新案法29条の2)。これは,実用新案権が実体審査なしで権利が付与されることから,警告をする際には評価書の提示を義務づけるということによって,権利行使に先立って自分の権利の有効性について客観的な評価を権利者自身に十分に認識してもらうということで権利の濫用を防止するということとともに,権利行使を受けた第三者の過度な調査負担を防いで適切な権利行使を担保するという趣旨と解される。したがって,相手方が当該実用新案権の存在を知らない場合はもとより,たとえ相手方が当該実用新案権の存在を知っていたとしても,そのことから直ちに,その後の侵害行為について相手方に過失があるということになるものではなく,既に特許庁が作成した技術評価書の内容を知っている等の特段の事情がない限り,相手方において,当該実用新案権の侵害について過失があるということはできないものと解すべきである

(2) 本件においては,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,①原告会社は平成15年4月2日には本件考案の実施品の販売をしていたこと(甲30),②本件実用新案権は平成15年7月16日に登録され,その登録実用新案公報は平成16年1月8日に発行されたこと(甲1),③業界紙である「ペット産業情報新聞ペット&Life」第57号(平成16年4月号)では,原告会社の実施品が「切れ味で売れる」「本格工具の技術と材質」の見出しの下で紹介され,その記事中には「実用新案登録製品」と記載されていたこと(甲32),④ペット専門通信販売総合カタログである「通販クラブ2004 春・夏号」にも原告会社の実施品が掲載されたこと(甲33)が認められる。
しかし,これら証拠によっても,原告会社の実施品がどの実用新案権に係るものであるのかは記載されておらず,その技術的評価書の内容についてはなおさらである。そうすると,原告P1が初めて被告に対して本件実用新案権の技術評価書を提示して本件警告をした平成18年2月8日以前の時点で,前記特段の事情があるとは認められず,したがって,被告の同日以前のイ号物件の輸入販売行為に過失があったとは認められない
他方,本件警告以後のイ号物件の販売については,被告に過失があったと認められる。なお,本件警告は原告P1が行ったものであるが,これによって被告は本件実用新案権の内容とその技術評価書の内容を知るに至った以上,これ以後は原告会社に対する関係でも過失があったということができる。』

顕著な効果の主張と明細書の記載の裏付

2007-11-26 05:58:11 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10303
事件名 特許取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『2 取消事由2(特別顕著な作用効果の看過)について
 原告は,本件明細書の実施例2のヒヨコ漿尿膜(CAM)アッセイにおいて,タキソールが,強力で長期にわたる抗血管形成性を有すること,タキソールが,生体を死滅させる毒性をもたずに生体内で抗血管形成性を有することが示され,実施例16,17で,タキソールが血管形成依存性疾患である腫瘍の成長を阻害することがインビボ(生体内)での実験により実証されていると主張する
 しかしながら,本件明細書には,タキソールで被覆されたステントによる,血管形成術後の再狭窄防止効果を実証する実施例(試験結果)の記載がなく,上記各実施例(実験)があるのみでは,本件発明(タキソールによって被覆されているステント)が,血管形成術後の再狭窄を防止する上で,顕著な効果を奏することが実証されたとすることはできない

 すなわち,本件優先権主張日当時,血管形成術後の再閉塞及び再狭窄が血管形成依存性疾患であることが,一般に知られていなかったことは,原告の自認するところであり,そうであれば,本件明細書において,タキソールが強力で長期にわたり,かつ,生体を死滅させる毒性をもたずに生体内で抗血管形成性を有することが実証されたとしても,血管形成術後の再閉塞及び再狭窄が血管形成依存性疾患であることが実証されていない以上,タキソールで被覆されたステントによる,血管形成術後の再狭窄防止の効果が実証されたとはいえないからである

 また,原告は,冠状動脈狭窄の治療に係る臨床試験(甲第13,第27号証,甲第43号証の1~18)において,本件発明が,従来型のステントに比べて,予想外の顕著な効果を示していると主張するが,上記各臨床試験の結果は,本件明細書に記載されたものではなく,かつ,本件優先権主張日当時の知見でもない

 したがって,本件発明が,顕著な作用効果を奏するとの原告の主張は失当である。』

著作人格権の侵害を認容した事例

2007-11-26 05:52:42 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)6536
事件名 実用新案権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成19年11月19日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 実用新案権
裁判長裁判官 阿部正幸

『3 争点(2)(著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)侵害の有無)につい

(1) 氏名表示権侵害の有無について
 本件書籍に,本件全イラストの作成者として原告の氏名が表示されておらず,かえって本件書籍の奥書にはカバーデザイン及びデザインを行った者として他者の氏名が表示されていることは,当事者間に争いがない
 上記の事実によれば,被告スタジオダンクは,本件書籍の製作に当たり,本件全イラストの作成者としての原告の氏名表示権を侵害したというべきであり,このことについて少なくとも過失がある。
 前記2(2)で説示したところによれば,被告泉書房は,原告の氏名表示権を侵害する本件書籍を出版したことについて少なくとも過失が認められ,被告スタジオダンクと共同不法行為責任を負うと解すべきである。


(2) 同一性保持権侵害について
ア イラストの色について
(ア) 前記1で認定した事実によれば,・・・同被告は,本件各イラストの複製に,原画には用いられていなかった青,緑,茶,黄等,複数の色を着色した上,本件書籍に掲載したものであり,これにより,本件各表紙イラストが与える印象は原画とは異なるものとなっていることは明らかである。
 一般に,イラストは,線描のみならず,その色調の違いのみによっても見る者に異なる印象を与えるから,色の選択は,基本的には,イラストレーターが自己の作風を表現するものとして,イラストレーターの人格的な利益に関わるというべきであり,本件各イラストの色を変更した被告スタジオダンクの行為は,著作者である原告の意に反する改変に当たり,本件各イラストについての原告の同一性保持権を侵害したというべきである。本件全証拠によっても,上記の改変につき,原告の明示ないし黙示の同意があったとも,やむを得ない改変に当たる事情があったとも認めることはできない。

(イ) そうすると,本件各イラストの色を変更して本件書籍に用いた被告スタジオダンクの行為は,原告の著作者人格権を侵害するものであり,被告泉書房がこのような本件書籍を出版したことについて被告スタジオダンクと共同不法行為責任を負うべきことは既に説示したところと同じである。

イ イラストの大きさについて
(ア) イラストの大きさ,特に,他のイラストとの関係で認識される相対的な大きさについても,色調と同様,その違いによって見る者に異なる印象を与えるから,その選択は,イラストレーターが自己の作風を表現するものとして,イラストレーターの人格的な利益に関わるものであるということができる

 前記1で認定した事実によれば,原告は,本件イラスト5の①ないし③において,リスのキャラクターを,可愛さ,幼さという性格を持たせることを意図して,他のキャラクターより小さく描いたところ,被告スタジオダンクは,本件イラスト5の②のリスのキャラクターにつき,本件書籍の表紙に他のキャラクターと同じ大きさで描いたものであり,このような改変は,著作者である原告の意に反するものであるということができるから,原告の本件イラスト5の②の同一性保持権を侵害したというべきである。本件全証拠によっても,上記の改変につき,原告の明示ないし黙示の同意があったとも,やむを得ない改変に当たる事情があったとも認めることはできない。

(イ) そうすると,本件イラスト5の②のリスのキャラクターの大きさを他のキャラクターと同じ大きさにして本件書籍に用いた被告スタジオダンクの行為は,原告の著作者人格権を侵害するものであり,このような本件書籍を出版した被告泉書房が被告スタジオダンクと共同不法行為責任を負うべきことは既に説示したところと同じである。』

『4 争点(3)(原告の損害)について
(1) 前記2,3で説示したところによれば,①被告らが原告の許諾を得ずに本件各イラストの複製を本件書籍の表紙に使用した行為は,原告の有する著作権(複製権)を侵害するものであり,②被告らが本件書籍に原告の氏名又はペンネームを記載しなかった行為は,原告の本件全イラストについての氏名表示権を侵害するものであり,③被告らが本件各イラストの色を改変した行為及び本件イラスト5の②のリスのキャラクターの大きさを改変した行為は,原告の同一性保持権を侵害するものであり,原告は,被告泉書房に対し,本件書籍の頒布の差止請求権を有するとともに,被告らに対し,著作権侵害及び著作者人格権侵害の共同不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

(2) 著作権(複製権)侵害についての損害額
・・・許諾料相当額は3万円であると認めるのが相当である。

(3) 著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)についての損害額
前記3で説示したところによれば,原告は,被告らの著作者人格権侵害行為によって精神的苦痛を被ったものと認められ,前記認定に係る侵害の態様等を勘案すると,原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料額は30万円が相当である。』

イラストの許諾のない使用

2007-11-26 05:52:04 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)6536
事件名 実用新案権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成19年11月19日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 実用新案権
裁判長裁判官 阿部正幸

『第4 当裁判所の判断
1 前記争いのない事実等並びに証拠(甲4ないし6,乙1)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) 被告スタジオダンクは,平成18年7月5日,原告に対し,以下の文面の電子メールにより,本件書籍に用いるイラストの作成を注文し,原告は,これを受注した。(争いのない事実等,甲4)
「・・・」
(2) 原告は,本件各イラストを含む本件全イラスト合計57点を作成し,平9成18年7月14日,これらを被告スタジオダンクに交付した。(争いのない事実等,甲4)
・・・
(3) 被告スタジオダンクは,原告から受け取ったイラストを複製して使用した本件書籍を製作し,被告泉書房は,平成18年10月25日,本件書籍を出版した
本件書籍におけるイラストの使用状況は,以下のとおりである。
ア 本件全イラストの複製は,本件書籍の本文中の挿絵として使用されているほか,本件各イラストの複製が,別紙表紙イラスト目録記載のとおり,表紙にも使用されている。
イ 本件書籍の表紙の左下の「泉書房」の文字の左の位置には,別紙表紙イラスト目録記載のとおり,折り紙を作成しているウサギ,リス,ネコ,クマ及びパンダの各キャラクターのイラスト(本件イラスト5の①ないし③から適宜キャラクターを選択して複製したもの)が掲載されており,そのうち,リスのキャラクター(本件イラスト5の②の右端に記載されたものを複製したもの)は,他のキャラクターと同じ大きさで描かれている。
ウ 表紙に用いられた本件各表紙イラストには,原画で用いられていた赤と黒の他,青,緑,茶,黄等,複数の色が付けられている。
(4) 本件書籍の奥書には,「カバーデザイン」を行った者及び「デザイン」を行った者として,原告以外の者の氏名が記載されている。
本件書籍中には,原告の氏名又はペンネームは記載されていない


2 争点(1)(本件各イラストを本件書籍の表紙に使用することについての許諾の有無)について
(1) 前記1で認定した事実によれば,原告は,被告スタジオダンクとの間で,原告が本件書籍のイラストの原画を作成する請負契約及び原告の作成したイラストの原画の使用を被告スタジオダンクに許諾する使用許諾契約を締結したものということができる。

 被告らは,上記使用許諾契約においては,イラストの使用範囲についての限定はなく,表紙への使用も許諾されていたと解すべきである旨主張する

 ・・・弁論の全趣旨によれば,プロセスカットとは,折り紙の作成過程を示すため,折り方についての説明部分に付されるイラストであり,遊び方のイラストとは,完成した折り紙の遊び方を読者に説明するため,折り紙の完成図に付されるイラストであって,いずれのイラストも,書籍の本文中に用いられることが予定されているものであって,当然に表紙にも用いられることが予定されているものとはいえないことが認められ,これに反する証拠はない。実際に原告が作成したイラストの点数は合計57点であり,この点数は,本文中での使用を前提とするものであるということができる

 そして,一般に書籍の表紙部分は書籍の第一印象を決める本の顔ともいえる重要な部分であるといえるから,表紙に用いられるイラストについては,作者において表紙にふさわしいものとするよう配慮するのが一般的であると考えられることに鑑みると,原告において,その作成に係る57点の本件全イラストの中から,被告スタジオダンクが任意のものを選んで表紙に使用することを許諾していたとはにわかに考え難い。また,本件全証拠によっても,出版業界において使用を規制する明確な合意のない限り,本文中のイラストを表紙に使用することが許容されるとの慣行等があると認めることはできない。

 これらの事情に照らすと,本件使用許諾契約において,本件各イラストを本件書籍の表紙に使用することについて原告の許諾があったと認めるには足りないというべきである。 

(2) 以上によれば, 本件各イラストを本件書籍の表紙に使用することについての原告の許諾を得ていたということはできないから,被告スタジオダンクは,使用許諾の範囲を超えて,本件各イラストの複製を本件書籍の表紙に用いて本件書籍を製作し,本件各イラストについての原告の著作権(複製権)を侵害したものというべきであり,そのことについて少なくとも過失がある。

 そして,被告泉書房は,被告スタジオダンクと本店所在地が同一で,被告らの代表取締役がそれぞれ他の被告の取締役を兼ね,被告スタジオダンクの製作した書籍を出版するという業務を行っており,本件書籍の製作過程についても良く知り得る立場にあったと認められるから,原告の使用許諾を得ないで製作した部分を含む本件書籍を出版したことについて少なくとも過失が認められる。したがって,被告らの行為は,原告の著作権(複製権)を侵害する共同不法行為(民法719条)に当たる。

『4 争点(3)(原告の損害)について
(1) 前記2,3で説示したところによれば,①被告らが原告の許諾を得ずに本件各イラストの複製を本件書籍の表紙に使用した行為は,原告の有する著作権(複製権)を侵害するものであり,②被告らが本件書籍に原告の氏名又はペンネームを記載しなかった行為は,原告の本件全イラストについての氏名表示権を侵害するものであり,③被告らが本件各イラストの色を改変した行為及び本件イラスト5の②のリスのキャラクターの大きさを改変した行為は,原告の同一性保持権を侵害するものであり,原告は,被告泉書房に対し,本件書籍の頒布の差止請求権を有するとともに,被告らに対し,著作権侵害及び著作者人格権侵害の共同不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

(2) 著作権(複製権)侵害についての損害額
前記2で説示したところによれば,原告は,被告らの著作権(複製権)侵害行為により,本件各イラストを表紙に用いた場合の許諾料相当額の損害を被ったというべきである。原告は,前記許諾料相当額について,原告が他で表紙のイラストを作成した際に,原稿料として7万円が支払われたことを示す証拠として甲第7号証を提出し,この金額が許諾料相当額であると主張する。しかしながら,同号証は,原稿料の支払の対象とされたイラストの内容や点数,掲載の対象とされた物が不明であることから,同号証記載の金額を直ちに本件の損害額とすることはできず,他に使用許諾料相当額について的確な証拠のない本件においては,控え目な損害額の算定の観点から,許諾料相当額は3万円であると認めるのが相当である。』

異議申立てを経ないでされた却下処分の取消請求

2007-11-25 23:00:32 | Weblog
事件番号 平成19(行ウ)653
事件名 特許出願審査請求手続却下処分取消等請求事件
裁判年月日 平成19年11月21日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 清水節

『第2 原告の主張
1 本件各手続却下処分の違法性
・・・
 原告は,本件出願審査請求書の提出前,弁理士から,特許出願に係る出願審査の請求期間について,7年間である旨を聞かされていたものの,起算日については,特許出願提出日と手続補正書提出日のいずれであるかの説明は受けなかった。また,出願時の書式には,出願審査の請求期間が明記されていない。
 手続補正がされた場合,その時点で特許出願が修正されるのであるから,出願審査の請求期間は,最終の補正手続書提出日より起算するのが合理的であり,そうでないのであれば,そのことが明確になるように,国民に広く告知されるべきである
したがって,本件各処分には,取り消されるべき事由がある。

2 行政事件訴訟法8条2項に該当する事由
 本件について,行政事件訴訟法8条2項に該当する事由,すなわち,本件各処分に対し,異議申立てに対する決定を経ずに,訴えを提起することができる事由は,以下のとおりである。
 すなわち,・・・,母を自宅で療養させるか,看護付医療療養施設に入所させるかの選択を迫られていた。そして,自宅で療養させることを決定し,医師への相談,検査,介護会社の手配,金策,自宅の清掃,衣類の整理等の準備をせざるを得なかった。さらに,母は,当時,生存が危ぶまれる状態にあり,同年9月末ころより,ようやく安定し始め,危機を脱してきた状態である
 このようなことから,原告には,本件各処分の通知を受けた日の翌日から起算して60日以内に異議申立てを行う体力,気力はなかったものであり,異議申立てに対する決定を経ずに,本件各処分についての訴えを提起することができる事由がある。』

『第3 当裁判所の判断
1 本件各処分に対する不服申立てに関する法令の定め
 本件各処分は,行政庁である特許庁長官による処分であり,「処分庁が主任の大臣又は宮内庁長官若しくは外局若しくはこれに置かれる庁の長であるとき」(行政不服審査法6条2号)に該当するので,これについて,異議申立てをすることができる(同条柱書本文)。
 そして,本件各処分は,特許法18条の2に規定する処分(不適法な手続であって,その補正をすることができないものについての却下)に該当するから,異議申立てに対する決定を経た後でなければ,取消しの訴えを提起することはできない(特許法184条の2)

 ただし,その場合でも,①審査請求(異議申立てを含む。以下同じ。行政事件訴訟法3条3項)があった日から3箇月を経過しても裁決がないとき(同法8条2項1号),②処分,処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき(同項2号),③その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき(同項3号)には,異議申立てに対する決定を経ないで,処分の取消しの訴えを提起することができる(同項柱書)。

2 本件において,異議申立てに対する決定を経ないで本件各処分の取消しの訴えを提起することができる正当な理由の有無
 行政事件訴訟法8条2項は,処分の取消しの訴えの訴訟要件の1つとして,訴え提起前に,裁決を経ることを要求する審査請求前置についての例外を規定するものであり,同項1号及び2号が具体的な場合を規定し,同項3号が一般的な救済を図る条項となっている。

 審査請求前置は,処分を行った行政庁自身に処分是正の機会を与えたり,行政庁による簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を期待し得る等の趣旨から認められているものであり,他方,その例外は,過度に出訴が制限されることを防ぐために規定されているものであるから,このような,双方の利益を衡量して,例外に該当する場合を検討する必要がある

 そこで,本件について,同項3号の「正当な理由」があるかを検討すると,原告が主張する上記の事情には,同情すべき点があるものの,原告本人又はその代理人において,異議申立ての手続を行うことが全く困難であったと解されるようなやむを得ない事由は認め難く,上記事情をもって,正当な理由があると認めることはできないと言わざるを得ない。』

国際予備審査報告の取消の請求

2007-11-20 07:17:15 | Weblog
事件番号 平成19(行ウ)482
事件名 処分取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月09日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 市川正巳

『第1 請求
1 原告が千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約に基づく国際出願(PCT/JP2006/307179)について平成18年8月18日にした国際予備審査の請求に対し,特許庁審査官が平成19年6月13日に作成した特許性に関する国際予備審査報告を取り消す
2 特許庁長官は,原告がした上記国際予備審査の請求に対し,誤りのない特許性に関する国際予備審査報告を作成せよ。』

『2 争点
(1) 処分性
国際予備審査報告の作成が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法3条2項)に当たるか。
(2) 実体上の違法
本件国際予備審査報告に進歩性等の判断を誤った違法はあるか。
(3) 義務付け訴訟の要件
請求2の訴えは,義務付け訴訟の要件(同法3条6項)を満たすか。』

『第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(処分性)について
(1) 前提事実(1)及び(2)のとおり,国際予備審査報告は,PCT条約締結国間における出願手続の簡素化を目的として定められた国際出願手続の中において,各国で特許権を付与するか否かを判断する各国の特許法に基づく手続の前に,出願人の請求により,国際予備審査機関が予備的なかつ拘束力のない見解を示すものであるそして,各国で特許を取得するには,特許を取得したい国の指定官庁に,PCT国際出願の明細書及び請求の範囲等の翻訳文を提出した上,例えば我が国で特許を取得したいのであれば,日本国特許法が定める手続に基づいて,国際予備審査報告に拘束されることなく審査が行われた上,特許査定(特許法51条)又は拒絶査定(同法49条)がされ,拒絶査定に不服があれば,拒絶審査不服審判等が請求され(同法121条以下),更に審決取消訴訟が提起され(同法178条),それらの手続によって,特許の可否それ自体を争うことが予定されている

(2) したがって,国際予備審査報告は,処分の取消しの訴えの対象である「公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法3条2項)に該当せず,本件国際予備審査報告も,「公権力の行使に当たる行為」に該当しない
(3) これに反する原告の主張は,採用することができない。

2 争点(3)(義務付け訴訟の要件)について
また,請求2の訴えについては,原告に「重大な損害を生ずるおそれ」(行政事件訴訟法37条の2第1項)があるとの要件があるという点も認められない。』

審判請求書の要旨の変更の例外

2007-11-18 20:23:06 | Weblog
事件番号 平成17(行ケ)10706
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年10月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一


『(3) ところで,特許法131条1項は,審判請求人に,他の記載事項と並んで「請求の趣旨及びその理由」の記載を義務づけた上で,同法131条の2第1項において,審判請求書の補正は,「その要旨を変更するものであってはならない」としている。この規定は,審判請求人が審判の審理が進んだ段階で理由の要旨を拡張・変更すると,実質的な審理のやり直しをせざるを得ず,審理が長期化・遅延することに照らし,審判請求書の補正がその「要旨の変更」に当たる場合にはこれを許さないものとしたものと解される

 審決は,上記補正事項のうち,補正事項jを取り上げ,訂正明細書に存在していた「・・・」との文言を削除すると,訂正事項jは内容的に別の訂正事項に変更されることとなり,このような長文の記載を誤記と認めることもできないので,補正事項jは,審判請求書の要旨の変更に当たると判断した。
 また,被告は,訂正明細書の記載について実質的に同じ意味内容であっても,別異の表現に変更することは,審判請求の基礎である訂正を申し立てている事項の同一性を変更するものであるといえるから,そのような変更を含む補正は,認めることはできないと主張する。

 確かに,本件訂正審判の請求の趣旨は,訂正前の明細書を訂正審判請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを認めるとの審決を求めるものであるから,明細書の記載が変更されれば訂正審判の請求の趣旨及び理由が変更されることになるが,審判における審理対象の拡張変更による審理遅延を防止するとの特許法131条の2第1項の立法趣旨等にも照らすと,「要旨の変更」に当たるかどうかは,単に請求の趣旨や理由が変更されたかどうかを形式的に判断するのではなく,補正前の訂正事項と補正後の訂正事項の内容を対比検討し,訂正審判における審理の範囲が当該補正により実質的に拡張・変更されるかどうかに基づいて判断すべきである

(4) 前記のとおり,補正事項jは,訂正事項fにより請求項1に付加した記載を補正事項fによりすべて削除したことに伴い,訂正事項jにより段落【0008】【課題を解決するための手段】に付加した同一の記載を削除しようとするものである。もとより,補正事項fとjは別個の補正事項ではあるが,補正事項fは訂正事項fを削除するものであり,訂正審判の対象から除外するものであるから,訂正審判請求書の要旨の変更には当たらないと解されるところ,補正事項jにより訂正明細書から補正事項fと同一の記載を削除したとしても,訂正審判における審理の範囲が実質的に拡張・変更されたものということはできない

 しかも,前記のとおり,補正事項jにより削除された記載は技術的に格別な意味を持たない特定事項であるから,明細書の段落【0008】【課題を解決するための手段】から同補正事項に係る記載を削除したとしても,当該補正により訂正事項jの内容が実質的に変更されるものでもない(なお,訂正審判請求書の補正について,補正前の訂正事項と補正後の同記載を実質的に対比検討した上で,当該補正が本件訂正審判請求の要旨の変更には当たらないとした裁判例として,東京高裁平成15年7月15日判決・平成14年(行ケ)653号最高裁HP掲載参照。)。

 そうすると,補正事項jに係る補正は,本件訂正審判請求書の要旨の変更には該当せず,補正事項jが審判請求書の要旨の変更に当たるとして本件補正を認められないとした審決の判断は誤りというべきであるが,審決は,本件補正が認められるとしても本件補正発明1,2は進歩性を欠くと判断し,原告はこの判断は誤りであると主張しているので,進んで検討する。』

不明確な記載のため結果的に一致点の認定を誤った例

2007-11-18 12:01:32 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10502
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官
田中信義


『1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 本願発明の「測点」及び引用発明の「基準点」の意義について

(ア) 本件補正後の請求項1の記載によれば,本願発明の「測点」とは,「顧客自身がデジタル・カメラで撮影した測量対象上にある点」であって,これらの各「点」の「3次元座標値を示す数値情報」(図化処理に用いられる情報の1つである。)を演算処理により算出する際,当該算出のために必要とされる原情報の1つである「複数枚の画像情報」に写っているもの(各隣接する撮影地点から撮影した画像間において,双方の画像内に存在するこれらの「点」の視差の違いから,「3次元座標値を示す数値情報」が算出される。)であるといえ,それ以上に上記「測点」を特定する規定は,本件補正後の請求項1の記載中にはない。以上によれば,「測点」は,顧客が撮影した「測量対象」に存在する点というにとどまり,その技術的意義は必ずしも明確とはいい難い。そこで,以下,発明の詳細な説明の記載を参酌してその技術的意義について検討する

(イ) 発明の詳細な説明中にある「測点」に関する主な記載は,以下のとおりで
ある。
・・・
(ウ) 以上の各記載によれば,・・・するものと推認される。
 これらからすると,「測点」は,原則として,測量対象内にある座標値が未知の点であって,顧客が測量対象を的確に把握するために必要と考える点を意味するものと理解することができる


(ア) 引用発明の「基準点」に関し,引用例1には,次の各記載が存在する。
・・・
(イ) 上記(ア)の各記載によれば,引用発明の「基準点」は,1枚の写真に写された3個以上の「点」であって,既にその3次元の地上座標値が測定されており,写真座標xyと3次元座標XYZとの射影関係を確立するために必要であり,これにより,立体写真を構成する2枚以上の写真に写された特定の点の3次元座標値の算出を可能にするものであるといえる。


(2) 原告の主張(3)について
ア原告は,本願発明の「測点」は「基準点」(3次元座標値(地上座標値)をあらかじめ明確にした「点」)ではなく,これから計測しなければならない「点」であるにもかかわらず,審決は「基準点」と「測点」とを混同している旨主張する。

イ そこで検討するに,上記(1)のとおり,引用発明の「基準点」は,既にその3次元座標値(地上座標値)が測定されている「点」であるところ,本願発明の「測点」は,顧客が測量対象を的確に把握するために必要と考える測量対象内の点であり,演算処理により「3次元座標値を示す数値情報」が算出されるべき「点」であるから,その内容に照らし,測点が基準点を兼ねる場合を除き,3次元座標値がいまだ算出されていないものであることは明らかである。

 そうすると,3次元座標値が既に知られているか否かという観点からは,引用発明の「基準点」は既知の「点」であり,本願発明の「測点」は未知の「点」であるといえ,したがって,両者は,技術的意義を異にするものというほかない

 してみると,審決は,本願発明の「(複数の)測点」の技術的意義の把握を誤り,これが引用発明の「基準点」,すなわち,「共線条件を設定するために測量対象に設けられた撮影対象点」と即断したものといわざるを得ない。その結果,原告が主張するとおり,引用発明の「基準点」と本願発明の「測点」とを混同し,これを一致点と誤認したものといわざるを得ない。』

請求項自体として明確か

2007-11-18 12:00:17 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10075
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

『1 取消事由1(特許法36条6項2号該当性判断の誤り)について
(1) 本願明細書の特許請求の範囲の請求項1には,補正事項(a)に係る「多重繊維を空気で1m当たり25~40絡み合わせた」との記載があるが,「25~40」には単位が付されていないから,この数値の意味が特許請求の範囲の記載から一義的に明確であるということはできず,ひいて,「多重繊維を空気で1m当たり25~40絡み合わせた」との構成の技術的意義が明確ではない

(2) 本願明細書の発明の詳細な説明には,多重繊維を絡み合わせることに関連する次の記載がある。
ア「多重繊維を絡み合わせて用いることがさらに有利であり,1メートル当たり25~40node空気で絡み合わせることが最も適切である。」(段落【0009】)
イ「混合糸は,紡糸口金を通した溶融紡糸により製造され,紡糸口金には太い繊維のための孔と細い繊維のための孔が交互に並べて配置されている。これは,太い繊維と細い繊維の混合を絡み合わせの前に行う際に有利である。通常,単一のポリマーが用いられる。」(段落【0010】)
ウ「結節数(nodes/m)」(段落【0014】【表1】中の項目欄)

(3) 上記(2)の各記載によれば,請求項1の「多重繊維を空気で1m当たり25~40絡み合わせた」との記載に係る「25~40」は,「25~40node」のことであること,「node」は「結節数」の単位であり,「1m当たり25~40」は,「1m当たり25~40個の結節」との意味であることを,一応読み取ることができる
 しかしながら,上記のように読み取ることは,発明の詳細な説明の記載を参酌して初めて可能となったことであり,特許請求の範囲の請求項1自体としては,「特許請求の範囲の記載が,特許を受けようとする発明が明確であるものでなければならない」とする特許法36条6項2号所定の要件に適合しないものといわざるを得ない。』


(所感)
 査定系の審決に対する貴重な判例の一つ。私はこの判決は正当であると考える。

 査定系と当事者系では36条の適用の仕方が異なるとされる。特許成立後は、記載不備のないことが推定され、不備があっても限定解釈を行うことがある。特許に記載不備があっても訴訟を起こさなければそれを確定できないのである。(http://ip-hanrei.sblo.jp/article/5594655.html,その他論文複数。)

 審査主義の重要な役割は紛争を未然に防ぎ社会コストを下げることである。そして、社会コストを下げるためには、特許請求の範囲の明確性を含む記載要件の審査が大変重要である。

 明確性等を十分に担保しなければ権利が乱用され、最後の砦といわれる司法にたよるにも、経済的負担がのしかかる。萎縮効果がうまれ産業の発展が阻害される虞が強い。特にSmall Businessにとっては、不適切な権利で殺傷権を握られることになりかねず、大変なことであろう。

インクタンクリサイクル事件

2007-11-10 20:23:12 | 最高裁判決
事件番号 平成18(受)826
事件名 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日 平成19年11月08日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
(裁判長裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 泉徳治 才口千晴 涌井紀夫)

『4 論旨は,原審の特許権行使の可否に係る判断基準,及びこれに基づいて本件特許権の行使が制限されないとした判断について,法令違反をいうものであるが,採用することはできない。その理由は,以下のとおりである。

(1) 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者(以下,両者を併せて「特許権者等」という。)が我が国において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品の使用,譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず,特許権者は,当該特許製品について特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。

 この場合,特許製品について譲渡を行う都度特許権者の許諾を要するとすると,市場における特許製品の円滑な流通が妨げられ,かえって特許権者自身の利益を害し,ひいては特許法1条所定の特許法の目的にも反することになる一方,特許権者は,特許発明の公開の代償を確保する機会が既に保障されているものということができ,特許権者等から譲渡された特許製品について,特許権者がその流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないからである(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決参照)。このような権利の消尽については,半導体集積回路の回路配置に関する法律12条3項,種苗法21条4項において,明文で規定されているところであり,特許権についても,これと同様の権利行使の制限が妥当するものと解されるというべきである。

 しかしながら,特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである

(2) 我が国の特許権者又はこれと同視し得る者(以下,両者を併せて「我が国の特許権者等」という。)が国外において特許製品を譲渡した場合においては,特許権者は,譲受人に対しては,譲受人との間で当該特許製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意をした場合を除き,譲受人から当該特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間で上記の合意をした上当該特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて,当該特許製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解されるところ(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決),これにより特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品そのものに限られるものであることは,特許権者等が我が国において特許製品を譲渡した場合と異ならない

 そうすると,我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,我が国において特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合と同一の基準に従って判断するのが相当である

『(3) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,被上告人は,被上告人製品のインクタンクにインクを再充てんして再使用することとした場合には,印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることから,これを1回で使い切り,新しいものと交換するものとしており,そのために被上告人製品にはインク補充のための開口部が設けられておらず,そのような構造上,インクを再充てんするためにはインクタンク本体に穴を開けることが不可欠であって,上告人製品の製品化の工程においても,本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け,そこからインクを注入した後にこれをふさいでいるというのである。このような上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に消耗品であるインクを補充しているというにとどまらず,インクタンク本体をインクの補充が可能となるように変形させるものにほかならない

 また,前記事実関係等によれば,被上告人製品は,インク自体が圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁となる技術的役割を担っているところ,インクがある程度費消されると,圧接部の界面の一部又は全部がインクを保持しなくなるものであり,プリンタから取り外された使用済みの被上告人製品については,1週間~10日程度が経過した後には内部に残存するインクが固着するに至り,これにその状態のままインクを再充てんした場合には,たとえ液体収納室全体及び負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までインクを充てんしたとしても,圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成するという機能が害されるというのである。
そして,上告人製品においては,本件インクタンク本体の内部を洗浄することにより,そこに固着していたインクが洗い流され,圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成する機能の回復が図られるとともに,使用開始前の被上告人製品と同程度の量のインクが充てんされることにより,インクタンクの姿勢のいかんにかかわらず,圧接部の界面全体においてインクを保持することができる状態が復元されているというのであるから,上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に費消されたインクを再充てんしたというにとどまらず,使用済みの本件インクタンク本体を再使用し,本件発明の本質的部分に係る構成(構成要件H及び構成要件K)を欠くに至った状態のものについて,これを再び充足させるものであるということができ,本件発明の実質的な価値を再び実現し,開封前のインク漏れ防止という本件発明の作用効果を新たに発揮させるものと評せざるを得ない

 これらのほか,インクタンクの取引の実情など前記事実関係等に現れた事情を総合的に考慮すると,上告人製品については,加工前の被上告人製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。したがって,特許権者等が我が国において譲渡し,又は我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品である被上告人製品の使用済みインクタンク本体を利用して製品化された上告人製品については,本件特許権の行使が制限される対象となるものではないから,本件特許権の特許権者である被上告人は,本件特許権に基づいてその輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができるというべきである。』

(所感)
 最高裁の「同一性を欠く特許製品が新たに製造された」かどうかという基準は、法の趣旨から統一的基準を導いた点及びそれを用いた論理構成の柔軟性が高い点で、知財高裁の第一類型及び第二類型よりは優れているように思う。
 しかし、原油価格や原材料価格が高騰する中において資源エネルギー政策的観点からは、先行者の利益を損ねたとしてもリサイクルは強力に推奨されるべきとも思う。リサイクル品に対する知的財産権の行使を制限する立法も検討されてしかるべきと思う。

仮処分申し立て等が不法行為を構成するとされた事例

2007-11-05 07:07:39 | Weblog
事件番号 平成18(ネ)10040
事件名 特許権侵害差止請求権不存在確認等請求控訴事件
裁判年月日 平成19年10月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『4 争点(5)(信用を害する虚偽事実の告知行為又は不法行為)について1審被告のした本件仮処分申立等が1審原告に対する関係で,不法行為を構成するか否か,及び,不競法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するか否かについて,以下検討する。
(1) 不法行為該当性について
ア仮処分申立ての不法行為該当性について
 紛争の当事者が当該紛争の解決を裁判所に求め得ることは法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから,裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず,訴えの提起について不法行為の成否を判断するに当たっては,いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要である。したがって,法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは,原則として正当な行為であって,不法行為を構成することはない。
 しかし,提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合には,違法な行為として不法行為を構成するというべきである(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
この理は仮処分の申立てにおいても異なることはなく,債権者がその主張する権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのに,あえて販売禁止等の仮処分を申し立てた場合には,同仮処分の申立ては違法な行為として不法行為を構成すると解すべきである。
また,当該仮処分申立てにおいて,債権者の主張した権利又は法律関係が,事実的,法律的根拠を欠くものであることを,通常人であれば容易に知り得たものとまでいえない場合であっても,権利の行使に藉口して,競業者の取引先に対する信用を毀損し,市場において優位に立つこと等を目的として,競業者の取引先を相手方とする仮処分申立てがされたような事情が認められる場合には,同仮処分の申立ては違法な行為として不法行為を構成するというべきである。当該仮処分の申立てが,違法な行為となるか否かは,当該申立てに至るまでの競業者との交渉の経緯,当該申立ての相手方の態度,仮処分に対する予測される相手方の対応等の事情を総合して判断するのが相当である。
上記の観点から,本件仮処分申立等が不法行為を構成するか否かを検討する。』

『ウ検討
(ア) 上記イに説示の各事実を総合すると,1審被告が本件仮処分申立て前に,本件特許明細書の記載を検討すれば,実施可能要件違反の無効理由が存在することを容易に知り得たものであり,また,通常必要とされる事実調査を行えば,本件特許権に進歩性欠如の無効理由が存在することも容易に知り得たものというべきである
そして,①1審原告のどの製品が1審被告の有するどの特許権をどのように侵害しているか何ら指摘することなく,ライセンス契約を締結するよう求めていた1審被告の交渉の態度,②西友に対しては,事前に警告等の措置を行った形跡はうかがわれないこと,③完成品を仕入れて一般消費者に販売する業態を採用している量販店に対して,仮処分を申し立てれば,量販店は,直ちに販売を中止するであろうことは十分に予測できたこと,④仮処分の申立てをしたことを記者に公表すれば,マスコミ等が事件報道することが予測できたこと等の諸事情を総合すれば,1審被告がした本件仮処分申立ては,専ら自己の有する複数の特許権を背景に1審原告に圧力をかけ,1審被告に有利な内容の包括的なライセンス契約を締結させるための手段として,行われたものと認められる。すなわち,本件仮処分申立ては,特許権侵害に基づく権利行使という外形を装っているものの,1審原告の取引先に対する信用を毀損し,契約締結上優位に立つこと等を目的とした行為であり,著しく相当性を欠くものと認められる。

(イ) 1審被告のした本件記者発表は,本件仮処分申立ての事実や本件仮処分事件における自己の申立内容や事実的主張,法律的主張の内容を説明したものであって,虚偽の事実を公表したものということはできない。
しかし,本件記者発表は,上記の本件仮処分申立てに続いて直ちに実施されていることに照らすならば,新聞記者らに告知した事項を掲載した記事が作成され,報道されることにより,本件製品の需要者を含む一般の読者に,本件製品が本件特許権を侵害しているかのような印象を与える蓋然性が高く,そのような報道がされた場合,量販店であれば,販売を中止せざるを得ない状況となる。そうすると,本件記者発表は,本件製品が本件特許権を侵害しているかのような事実を広く世間に知らしめることにより,1審原告に圧力をかけ,1審被告に有利な内容の包括的なライセンス契約を締結させる手段として用いられたものということができ,正当な権利行使の一環としてされたものとは到底いえない本件仮処分申立てと同様に,著しく相当性を欠くものと認められる

(ウ) 前記(ア)のとおり,1審被告が本件仮処分申立て前に,本件特許明細書の記載を検討すれば,実施可能要件違反の無効理由が存在することを容易に知り得たものであり,また,無効理由の有無について通常必要とされる事実調査を行えば,本件特許権に進歩性欠如の無効理由が存在することも容易に知り得たものというべきである

(エ) 以上によれば,1審被告による本件仮処分申立て及びこれに引き続く本件記者発表は,1審原告に対する不法行為を構成するというべきである。』

不明りょうな記載の釈明に当たるかどうか

2007-11-04 22:19:35 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10547
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 三村量一

『・・・したがって,本件訂正後記載は,依然として不明りょうな点を残したものといわざるを得ない

オ 上記イないしエにおいて検討したところによれば,訂正事項aは,明りょうでない記載の釈明を目的とするものということはできず,また,誤記又は誤訳の訂正を目的とするものともいえない。そして,訂正事項aが,特許請求の範囲の減縮を目的とするものでないことは明らかである。したがって,訂正事項aは,特許法126条1項の規定に適合しないというべきである。』

脱漏審決

2007-11-04 22:07:43 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10129
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『4 付言(無効審判請求事件の係属について)
 念のため,無効審判請求事件の係属に関して,当裁判所の見解を述べる。
前記(第2の1)のとおり,被告は,平成17年2月2日,本件特許の請求項1ないし6に係る発明について,無効2005-80036号事件(進歩性欠如等に係る無効理由)及び無効2005-80037号事件(法36条4項の要件欠如に係る無効理由)の2つの特許無効審判を請求した。
 これに対して,特許庁は,各審判請求を併合審理した上,平成18年2月20日に審決をした。その審決書を見ると,「第5 無効理由についての判断」欄において,①無効2005-80036号事件について,本件発明1ないし4,6には,進歩性欠如の無効理由が存在するが,本件発明5には進歩性欠如の無効理由は存在しない等の判断を示し,②無効2005-80037号事件について,本件発明1ないし6には,同法36条4項の要件を充足しないとの無効理由は存在しないとの判断が示されているものの, 「結論」欄においては,「特許第2921524号の請求項1ないし4,6に係る発明についての特許を無効とする。特許第2921524号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との記載がされただけである

 以上の手続の経緯及び審決書の内容を総合して判断すると,本件無効審判事件の中,無効2005-80036号事件部分(進歩性欠如等に係る無効理由)は,原告から取消訴訟が提起されたことによって,当庁に係属するに至ったが,無効2005-80037号事件部分(法36条4項の要件欠如に係る無効理由)は,未だ,審決がされておらず,依然として特許庁に係属していると解するのが相当である。

 けだし,本件においては,審決書の結論である「特許第2921524号の請求項1ないし4,6に係る発明についての特許を無効とする。特許第2921524号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」について,無効2005-80036号及び無効2005-80037号事件の両事件に対するものと理解することは,審決の理由の内容に照らして採用の余地はない。また,無効2005-80037号事件につき,「無効審判不成立」との黙示的な審決がされたと理解することも,法的関係を不安定にすること,及び被告(請求人)の不服申立ての機会を奪うこと等の理由から,到底採用の限りでない。

 したがって,本件審決書の「結論」は,無効2005-80036号事件のみに対するものと理解するのが相当である。すなわち,本件は審決の脱漏と解すべき筋合いといえる(民事訴訟法258条参照)。この場合,脱漏審決に対して,そのことを理由として,取消訴訟を提起することができないことはいうまでもない。被告の請求した無効審判事件(無効2005-80037号事件)は,依然として,特許庁に係属していることになるから,追加審決又は無効審判請求の取下げなどによって,審判係属を終了させることを要する。』

特許請求の範囲の記載の用語の技術的意味の認定

2007-11-04 21:40:00 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10129
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年10月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『エ 原告は,本件発明1は,特許請求の範囲において「溶融固着層」と「貴金属含有層」とを明確に区別して記載しているにもかかわらず,審決が,明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載及び図面を参酌して,本件発明1の溶融固着層全体が貴金属含有層であると認定した点は,最高裁判所平成3年3月8日判決(民集45巻3号123頁)に反するとも主張する。

 しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載には,「溶融固着層」と「貴金属含有層」との語が用いられているが,両者は,共に貴金属を1重量%以上含有すると記載され,また,溶融固着層中において上記貴金属が1重量%以上含有されてなる貴金属含有層と記載され,特許請求の範囲では,両者の意義を理解することはできないというべきであるから,両者の関係を把握するため,発明の詳細な説明及び図面を参酌することは許される。

 したがって,審決が,明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載及び図面を参酌して,特許請求の範囲の記載の「溶融固着層」及び「貴金属含有層」の技術的意味を認定したことに誤りはなく,この点の原告の主張は失当である。』