知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許発明の構成要件の充足の判断事例(諸要素をすべて考慮)

2008-10-19 10:24:18 | 特許法70条
事件番号 平成19(ワ)21051
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年09月17日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 市川正巳

第3 当裁判所の判断
1 本件特許1の侵害について
( ) 争点2-2( 受信電力変化量1 「の信号」)及び争点3-2(「送信出力を制御」)について
ア特許請求の範囲の解釈
<ins>(ア) 特許請求の範囲の記載</ins>
本件発明1の特許請求の範囲の記載から,「受信電力変化量の信号」(構成要件J)は,これに基づいて「固定側装置の電力送信部の送信出力を制御する」(構成要件L)ものでなければならない。

<ins>(イ) 「制御」の通常の意味</ins>
・・・

<ins>(ウ) 本件明細書1の記載</ins>
本件明細書1に,本件発明1の技術分野,目的,効果,内容等について,次のとおり記載されていることは,前提事実(2)ア記載のとおりである。
・・・

<ins>(エ) 出願経過</ins>
a 本件特許1の出願経過は,次のとおりである(前提事実(2)イ)。
・・・

<ins>(オ) 技術常識</ins>としての相互インダクタンス
2つのコイル間に相互に電磁結合を生じ,この作用を相互インダクタンスで表すことは,本件特許1の原々出願当時の技術常識であったことは,当事者間に争いがない。

(カ) 検討
 以上の本件発明1の<ins>特許請求の範囲の記載,「制御」の通常の意味,本件明細書1の記載,出願経過及び技術常識としての相互インダクタンス</ins>によれば,本件発明1は,少なくとも,移動側装置の受信信号が均一になるように送信信号の出力強度を制御することを目的とするものであり,構成要件J及びLにいう「受信電力変化量の信号」は,移動側装置の受信信号が均一になるように固定側装置の電力送信部の送信出力を操作することができるものでなければならず,「電力変化量の信号に基づいて…制御する」とは,移動側装置の受信信号が均一になるように固定側装置の電力送信部の送信出力を操作することであると解すべきである

イ 充足
a 「制御」の有無
(a) 別紙3の構成j及びlのとおり,対象カードと対象リーダ/ライタは電磁結合しているため,①対象カードを対象リーダ/ライタに近接させると,対象リーダ/ライタの作る総磁束に対し,対象カードに鎖交する磁束の割合が大きくなり,対象カードに最初よりも高い高周波電圧が誘起され,②この誘起は,対象カードの磁界を変化させ,変化した磁界が対象リーダ/ライタと鎖交することにより,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,最初よりも低下し,①から②のプロセスが繰り返され,短時間の間に一定の値に収束する。
 しかしながら,甲19の図1及び図2によると,対象カードの受信電圧は,通信可能な範囲内である通信距離が125㎜以内においても,距離に応じて,約3Vから約6Vの間で変動しており,一定になっているとはいえないことが認められる

 したがって,仮に,原告ら主張のとおり「対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波」が構成要件J中の「受信電力変化量の信号」であり,それが対象リーダ/ライタに「伝送」されていると解したとしても,対象製品においては,対象カードの受信信号が均一になるように「制御」されているとはいえない。


2 本件特許2の侵害について
(1) 争点5(構成要件Q(蓄電機器)の充足)について
ア特許請求の範囲の解釈
(ア) 特許請求の範囲の記載
a 構成要件Qは,「前記電力を受電する側のモジュールにコンデンサや電池の如き蓄電機器を装備して受電電力により充電し,」と記載し,「蓄電機器」として「コンデンサ」を例示している。

 他方,構成要件R2は,「これを電源として所要のタイミングで間欠的に他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なうに際して,」と規定し,「蓄電機器」を「電源として」データ送信を行う旨記載している。

b したがって,本件発明2の特許請求の範囲の記載からだけでも,構成要件Qにいう「蓄電機器」は,それ自体で電源として動作するだけの容量を持つものを意味すると認められる。

(イ) 本件明細書2の記載内容
a さらに,本件明細書2に次の記載があることは,前提事実(2)ア記載のと
おりである。
・・・

b(a) 上記aの本件明細書2の記載によると,本件発明2の目的は,固定体側と運動体側のモジュールの距離がある程度大きい場合,周囲の設置環境条件などのために伝送効率が悪くなる場合,非接触で供給する送信電力を大きくできない場合などにおいても,信号の伝送を安定して効率良く行うことができる信号伝送装置を提供することにあり,本件発明2は,この通信の安定性という目的を達成するために,運動体側のモジュールに「蓄電機器」を備え,固定体側から受電した電力を一旦蓄電させた上で,動作するという構成を採用したものである。

 そして,上記aの本件明細書2中の実施例1(上記a(d))に,「整流平滑回路6により直流化され,コンデンサや電池などの蓄電機器7を充電する。」と記載されているとおり,本件明細書2は,蓄電機器であるコンデンサと整流平滑回路としてのコンデンサとを明確に区別して記載しているものである。

(b) したがって,本件明細書2の記載を考慮して解釈すれば,構成要件Qの「蓄電機器」は,固定体側からの送信電力が小さくなった場合にも,安定して通信を行うことができるように,自ら蓄電した電力を電源として送信動作をすることができるだけの容量を持つものに限られ,固定体側から受信した電力を整流平滑化するために一時的に蓄電するにすぎない「整流平滑回路」としてのコンデンサを含まないと解される

(ウ) 原告らの主張に対する判断
 原告らは,構成要件Qには,「コンデンサ・・・の如き蓄機器」と記載され,「コンデンサ」が例示されているとか,コンデンサについての専門的又は一般的辞書における意味に基づく主張をするが,それらの主張は,文脈を無視して「コンデンサ」だけを議論するか,本件明細書2の記載を無視したものであり,到底採用することができない。

イ 充足
 別紙3の構成qのとおり,対象カード内に配置された整流平滑回路のコンデンサは,対象リーダ/ライタから絶え間なく受け取る電磁波を整流し,これにより直流電圧が得られるものであるが,同コンデンサが,対象リーダ/ライタから送信される電力が小さくなった場合でも,安定した通信ができるように電力を蓄え,自ら蓄電した電力をカード内の回路に供給して送信動作を行うものであることを認めるに足りる証拠はない。

 したがって,対象カード内のコンデンサは,構成要件Qの「蓄電機器」を充足せず,対象製品は,構成要件Qを充足しない

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