知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

無料新聞の商標法上の「商品」該当性

2007-09-29 19:48:47 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10008
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『2 審決の理由
 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,商標権者である原告(被請求人)は,以下のとおり,本件予告登録前3年以内に日本国内において,指定商品につき本件商標を使用したとはいえないから,商標法50条1項の規定により,本件商標の登録を取り消すべきであるというものである
(1) ・・・。
(2) 「とうきょうメトロ」と題する無料で配布される新聞(以下,「本件新聞」という。)は,本件新聞に掲載された広告の収入により事業展開を行っているものであるから,本件新聞は,無料で配布されたものとみるのが相当である。そうすると,本件新聞は,他人の広告を掲載し,頒布するために用いられる印刷物にすぎないものであって,市場において独立して商取引の対象として流通に供されたものとは認められないから,本件審判の請求に係る指定商品「新聞,雑誌」のいずれにも含まれない商品というべきである。』

『第5 当裁判所の判断
 ・・・
2 取消事由2(指定商品についての使用)について
 審決は,本件新聞が他人の広告を掲載し,頒布するために用いられる印刷物にすぎないものであって,市場において独立して商取引の対象として流通に供されたものとは認められないから,指定商品「新聞,雑誌」のいずれにも含まれない商品であると判断し,被告は,本件新聞のような無料紙が商標法上の「商品」に該当しないと主張する

(1) 本件新聞の商標法上の「商品」該当性について
ア 商標法には,「商品」を定義した規定はないが,商標法は商標による出所表示機能を保護するものであり(商標法1条),商標登録が認められるのは,自己の業務に係る「商品」又は役務について使用をする商標であり(同法3条1項),また,不使用取消の対象となるのは,指定「商品」について使用がされなかった場合である(同法50条1項)。これらの規定からみれば,商標法上の「商品」といえるためには,商取引の対象であって,出所表示機能を保護する必要のあるものでなければならないと解される上記のとおり,商標法上の「商品」は,商取引の対象であるから,商品が売買契約の目的物であるなど,対価と引換えに取引されるのが一般的である。

 しかし,「<ins>商取引」は,契約の種類が売買契約である場合に限られるものではなく,営利を目的として行われる様々な契約形態による場合が含まれ,対価と引換えに取引されなければ,商標法上の「商品」ではないということはできない</ins>。取引を全体として観察して,「商品」を対象にした取引が商取引といえるものであれば足りるものと解される

イ 本件新聞の創刊号は,5段組みの記事部分とその下の2段組み程度のスペースにくらしの友社の広告が掲載されている。記事部分には,世田谷公園のミニSLに関する記事,「せたがやトラスト協会」が実施したフォーラムの報告,世田谷区みどりの基本条例の制定に関する記事などが掲載され,本件新聞の配布地域の話題や環境保全活動の状況が紹介されている(以上につき甲第1号証)。そして,本件新聞の配布形態は,前記1に認定のとおり,広告依頼主であるくらしの友社に9000部が納品され,その一部は同社社員によって営業活動時に配布されたほか,原告らも世田谷区内の住宅などに配布する方法でそのほとんどが配布された

ウ 本件新聞のような無料紙は,配布先の読者からは対価を得ていないが,記事とともに掲載される広告については,広告主から広告料を得ており,これにより読者から購読料という対価を得なくても経費を賄い,利益が得られるようにしたビジネスモデルにおいて配布されるものであるしたがって,読者との間では対価と引換えでないとしても,無料紙を広告主に納品し,あるいは読者に直接配布することによって広告主との間の契約の履行となるのである。現に,本件新聞の創刊号は広告依頼主に商品として納品されているのであり,このような形態の取引を無料配布部分も含めて全体として観察するならば,商取引に供される商品に該当するということができる

 被告の主張するように,読者との間で直接対価の授受がなければならないとする考え方を及ぼすならば,広告主から広告料を得て,視聴者から対価を徴収していない(有料放送でない)いわゆる民間放送において,指定役務を第38類「テレビジョン放送」とするときは,民間放送業者は,放送で商標を使用しても,指定役務についての使用ではないとして商標法上の保護を受けられないことになる。商標法の前記アに述べた趣旨からみれば,商標法が「役務」について上記のような結論を予定していないことは明らかである。

 本件新聞のような無料紙は,「商品」と「役務」の違いを除けば,経費負担の面から見て上記の民間放送と同じビジネスモデルであるということができるから,商標法上の「商品」も「役務」と同様に,対価と直接交換されるものに限られない。

エ 無料紙の読者は,掲載された広告のみならず,記事にも注目している,あるいは,広告よりもむしろ記事に注目している場合があり,記事によって読者からの人気を得れば,広告が読者の目に止まる機会が増すことになり,広告主との関係でも広告媒体としての当該無料紙の価値が高まる関係にある。
 このような関係が成り立つときに,同一又は類似の商標を付した無料紙が現れれば,ある無料紙が築き上げた信用にフリーライドされたり,希釈化されたりする事態も起こり得る。したがって,無料紙においても,付された商標による出所表示機能を保護する必要性があり,「商品」が読者との間で対価と引換えに交換されないことのみをもって,出所表示機能の保護を否定することはできない

(2) 本件新聞の第16類「新聞」該当性について
「新聞」とは,一般的には,「社会の出来事の報道・解説・論評を,すばやく,かつ広く伝えるための定期刊行物」(広辞苑第五版)と解されているところ,商標法の趣旨・目的に照らすと,商標法施行令別表第16類の「新聞」についてもおおむね上記と同様の概念と理解するのが相当である。そして,前記1及び2(1)イに認定したところによれば,本件新聞が上記の要件を満たすことは明らかというべきである
 審決は,本件新聞が他人の広告を掲載し,頒布するために用いられる印刷物にすぎないというが,前記2(1)イに認定したとおり,本件新聞には,「社会の出来事の報道・解説・論評」に該当する記事が主要部分を占め,これを誘引力として広告が掲載されているのである(甲第1,第2,第11及び第12号証)から,本件新聞は,単なる「印刷物」ではなく,「新聞」の一種であるということができる。』

記載不備箇所の例示および面接について

2007-09-29 19:27:31 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10511
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『4 取消事由4(不適切な行政上の手続)について
(1) 原告は,本件出願に対する拒絶理由通知につき,不備と判断した事項のいくつかを例示したのみでは,出願人が,例示された箇所の不備を完全に解消させたとしても,例示されていなかった部分の不備が解消されていないとして,不意打ち的な拒絶査定を受けることになるから,かかる拒絶理由通知は違法であると主張する

 確かに,本件特許出願に対する拒絶理由通知の「理由1」(特許法36条4項,6項1号及び2号に基づく部分)には,「以下の指摘は,明細書の記載要件を満たさない箇所の例示に過ぎず,全ての記載不備を特定しているわけではない点に留意されたい(記載不備と思われる点が多数であり,互いに関連しているため,すべてを指摘することができない。)。」との記載がある。
 しかしながら,同拒絶理由通知の「理由1」は,「例1」及び「例2」とも,拒絶の理由の内容として記載されている事柄は相当程度に具体的であり,単に,発明の詳細な説明の記載上,当該拒絶の理由に該当する箇所がどの部分であるかを,いちいち指摘してはいないというにとどまるものであって,被通知者である原告において,拒絶理由の把握に困難を感じたり,これに対応するのに困惑するようなものに当たるものではない
 加えて,審決が拒絶査定を維持した理由は,上記拒絶理由通知の「理由1」に係る「例1」に具体的に示された理由に含まれるものであるから,不意打ちに当たるものでもない
 そうすると,本件出願に対する拒絶理由通知が,「例示」によるものであるとしても,これを違法とすることはできず,原告の上記主張を採用することはできない。

(2) 原告は,拒絶理由通知の内容につき,原告に不明な点があれば,担当審査官から説明を受けて,正す機会は十分にあったとする被告の主張に対し,原告に実質的な反論の機会が与えられなかったと主張するが,その理由とするところは,要するに,拒絶理由通知又は拒絶査定に係る審査官の判断を非難することに帰するもののほか,原告が,審査官に面談を申し入れたが,審査官が,これに応じなかったというものであり,いずれも理由がないことは明らかである
 なお,特許法上,審査官の拒絶理由通知に対し,出願人は,指定された期間内に意見書を提出し,あるいは,手続補正をし得るものの,審査官に対し,当然に面談を求め得るものではなく,まして,出願人の手続補正及び意見書による意見の開陳にもかかわらず,拒絶理由が解消されていないと審査官が判断した場合には,拒絶査定をすべきことは当然である。』

一部の構成要件が実施できない場合

2007-09-29 19:12:54 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10511
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『1 取消事由1(本願発明の内容の認定の誤り)について
 原告は,審決が,「デジタルコンテンツを,・・・コンテンツ提供者が望む再生内容を表す再生ルールに従って関連付けて編集する」というような,本願発明を把握する上で重要な規定を除外して,本願発明の把握を行っており,本願発明の認定を誤ったものであると主張する
 しかしながら,審決の本願発明の認定は,原告の主張する「デジタルコンテンツを,・・・コンテンツ提供者が望む再生内容を表す再生ルールに従って関連付けて編集する」との部分を含め,特許請求の範囲の請求項1に基づいてなされており(審決書1頁下から7行~2頁12行),この本願発明の認定に誤りがないことは明らかである。

 したがって,原告の上記主張は,審決の本願発明の認定に関するものではなく,審決が,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項のいわゆる実施可能要件を具備するか否かを判断するに当たり,その前提として,本願発明に係る発明特定事項を「請求項1の記載からは,複数種類のデジタルコンテンツと制御プログラムとを一つの時間帯に一斉に配信すること,制御プログラムの実行環境を形成して実行することにより,複数種類のデジタルコンテンツのいずれかを選択して再生すること,を発明を特定する事項として把握することができる」(審決書6頁12行~15行)とした点を誤りであると主張するものであると解される

 しかるところ,1個の発明は,通常,まとまりのある複数の部分に区分することができ,この場合には,区分されたそれぞれのまとまりのある部分を構成する各構成要件が,それぞれの部分を特定する発明特定事項となるところ,そのようにして特定された各部分は,必ずしも,特許出願人又は特許権者が,当該発明において重要と考える構成要件を含むものとは限らないが,そのような構成要件を含むと否とに関わらず,一つでも実施可能ではない部分があれば,当該発明は,全体として実施可能でないことになる

 本件についていえば,審決が特定した発明特定事項は,「複数種類のデジタルコンテンツと制御プログラムとを一つの時間帯に一斉に配信すること,制御プログラムの実行環境を形成して実行することにより,複数種類のデジタルコンテンツのいずれかを選択して再生すること」というものであり,これに,原告の挙げる「デジタルコンテンツを,・・・コンテンツ提供者が望む再生内容を表す再生ルールに従って関連付けて編集する」との要件が含まれていないとしても,この発明特定事項によって特定される部分が実施可能でなければ,本願発明全体が実施可能でないことになることは明らかである。

 そして,審決は,上記発明特定事項によって特定される部分が実施可能でないと判断するものであるところ,そうであれば,他の発明特定事項(例えば,原告の挙げる要件を含む発明特定事項)によって特定される部分が実施可能であるか否かは,審決の結論に影響を及ぼすものではないから,当該他の発明特定事項によって特定される部分を摘示し,これについて,実施可能であるか否かを判断する必要がないことも明白である。』

『そして,原告は,この点に関して,「MPEG-4」ないしその規格である「BIFS」,「Flash」,「JavaApplet」,「JavaScript」,「ActiveX」,「SMIL」等の規格又は技術を挙げ,これらの技術は,プログラムのファイルサイズが小さく,実行環境の形成に要する時間も短いから,受信装置がデジタルコンテンツを受信して再生が可能となるまでには,すでにプログラムが実行されていることが,本件特許出願当時の技術水準であったことを示すものであると主張する
 
 しかしながら,これらの技術事項が,本件特許出願日である平成13年8月7日当時において,技術水準を形成しており,したがって,当業者にとって自明な事項であるとの点につき,当事者間に争いがあれば,立証を要することはいうまでもなく,また,この場合に立証責任を負う者は,出願人(原告)であるものと解すべきであるところ,本件において,この点に関して提出されている証拠は,・・・のみである。
 ・・・
 すなわち,上掲各証拠によっても,甲第5号証に記載された技術事項が,本件特許出願日当時,公知であったと認められるのみである。
 ・・・
 そうすると,仮に,甲第5号証に記載された公知の技術事項が,本件特許出願日当時の技術水準を示すものであったとしても,本願発明の制御プログラムのファイルサイズが数10バイト~数kバイト以下である点,制御プログラムが受信された後,実行環境が形成されるまでの時間は,一般には数ミリ秒以下である点,制御プログラムと複数のデジタルコンテンツとを多重化して配信した場合,受信装置では,ほとんど例外なく,デジタルコンテンツが再生可能になる前に制御プログラムによる実行環境は形成されている点が,本件特許出願日当時の技術水準であり,当業者にとって自明な事項であったと認めることはできない。』

特許請求の範囲の用語と明細書の用語が異なり対応がとれない事例

2007-09-29 17:43:12 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成18(行ケ)10351
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=35156&hanreiKbn=06

『第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,本件各発明は本件原出願当初明細書に記載された発明ではなく,本件出願は,特許法44条1項所定の「二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願」としたものに該当しないから,同条2項所定の出願日の遡及は認められず,したがって,本件各発明は刊行物1発明と同一の発明を含むことになり,特許法29条1項3号に該当し,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。

3 取消事由1(特許法44条1項柱書きの充足性の有無に関する判断の誤り)について
 以上の各明細書の記載を前提として,本件各発明が,特許法44条1項所定の「二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願」としたものに該当するか否かについて検討する。

(1) 審決の判断1,2について
ア 前記2で認定した本件明細書によれば,本件各発明の「変位要素」は,①固定要素に対して可撓性部分を介して接続されていること,②固定要素に対して相対的な変位を生じるものであること,③X,Y,Zの各軸方向に変位可能なものであること,④発明の詳細な説明中の「変位基板20の中央部分と作用体30」が「変位要素」の実施例の1つに当たることが記載されているそうすると,本件各発明の「変位要素」とは,「変位基板20の中央部分と作用体30」に限定されるものではなく,「固定要素に対して相対的な変位を生じるもの」一般を指すものと理解するのが相当である
 これに対して,前記1で認定した本件原出願当初明細書の記載によると,「変位要素」という用語は記載がないのみならず,固定要素に対して相対的な変位を生じるものについて,何ら開示がないというべきである

 したがって,本件各発明の「変位要素」は,本件原出願当初明細書に記載されているということはできず,本件原出願当初明細書に記載された事項から自明であるということもできない

イ この点について,原告は,本件各発明の「変位要素」とは,本件原出願当初明細書においては「可撓基板の中心部分+作用体」を書き換えたものであり,本件原出願当初明細書の記載によれば,「固定された部分」と「変位要素」が,「撓んでいる部分」によって接続されていることは自明であるから,本件各発明における「固定された部分に対して可撓性部分を介して接続される変位要素」は,本件原出願当初明細書の記載からみて自明な事項であると主張する
 しかし,①本件原出願当初明細書の第4図によれば,「固定基板」に対して変位を生じる部分は,「作用体及び可撓基板の中心部」だけではなく,変位電極が形成されている部分全体であって,可撓性部分を含むことは,明らかであること,また,②本件原出願当初明細書の記載全体をみても,「作用体及び可撓基板の中心部」のみが変位することを窺わせる記載はない。
 したがって,本件原出願当初明細書における「作用体及び可撓基板の中心部」が,「固定基板」に対して「可撓性部分」を介して接続される「変位要素」であると,当業者であれば認識できるほどに自明であるとはいえない(のみならず,正しい認識であるともいえない。)。
・・・』

本件商標と引用商標との類否の判断手法

2007-09-29 17:14:17 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10042
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『なお,本件において,主要な争点は,指定商品が類似するか否かではなく,本件商標と引用商標とが類似するか否かである。そして,商標の類似性に影響を及ぼす取引の実情に係る事実関係と,指定商品の類似性に影響を及ぼす取引の実情に係る事実関係とは,考慮要素において共通する点があるものの,前者の方が後者よりも,多様かつ複雑であり,その審理範囲は広範である。審決が主要な争点である商標の類否について判断を省略し,指定商品の類否についてのみ判断をした点は,審理のあり方として適切さを欠いたものといえる。今後,再開される審判手続においては,本件商標と引用商標との類否について審理することになるが,その審理に当たっては,単に称呼,外観,観念のみを対比するのではなく,当事者の主張,立証を尽くさせた上で,確立した判例に沿って,「商品に関する具体的取引状況を可能な限り」明らかにして,それらの事実を総合して,両商標の類似性の有無を対比判断すべきである。』

実施可能要件を検討する標準的手法

2007-09-29 16:57:40 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10044
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,本件訂正発明1ないし10は,これらの発明における保護回路に係る課題解決のための技術事項が,本件明細書の発明の詳細な説明において,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているとはいえず,発明の詳細な説明の記載が特許法旧36条4項に規定する要件を満たしていないと判断する。その理由は,以下のとおりである

1 取消事由3(理由(3)に係る認定判断の誤り)について
 ・・・
 そうすると,本件においては,本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載に,上記の「R1とR2の抵抗値を選択して・・・正常な駆動電圧は表示装置に通過させるが,過大な電圧は通過させず,適切にバイパスさせる」との技術事項が,当業者にとって,発明を実施できる程度に,説明されているといえるか否かが検討の対象となる。

(1) 本件明細書(甲7の2)の発明の詳細な説明の記載
 ア 発明が解決しようとする課題等
(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には,産業上の利用分野,従来の技術,発明が解決しようとする課題について,次の記載がある。
  ・・・
(イ) 上記(ア)の記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明では,画素を構成する電気光学素子(例えば,液晶素子)を薄膜トランジスタにより制御するアクティブマトリクス型表示装置では,静電気等により表示部の薄膜トランジスタのゲート電極に高い電圧がかかった場合や,薄膜トランジスタのソース・ゲート間に過大な電圧がかかってゲート電極とチャネル形成領域との間の電圧が大きくなった場合に,ゲート絶縁膜が破壊され,素子として機能しなくなるという問題があったので,本件訂正発明は,発生した過大な電圧を速やかに取り除く回路を適切な位置に設けることによって,表示部の薄膜トランジスタを破壊から保護するようにしたもの,とされていることが理解できる

イ 課題を解決するための手段
(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には,発明の課題を解決しようとする手段について,次の記載がある。
  ・・・
(イ) 上記(ア)の記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明では, ・・・などが,説明されているということができる。

ウ 保護回路の構成
(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明欄には,保護回路を構成する抵抗R1及びR2と薄膜トランジスタ並びに回路の動作に関する説明として,次の記載がある。
 「・・・」
(イ) 上記記載によれば,保護回路の設計に当たって,薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値を考慮することが,ソース・ドレイン間に印加される電圧を決定する上で重要であるとしつつも,実際には,薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値10 ~10 Ωと比べ8 11て,抵抗R1とR2の値を10 Ω程度とすることができるため,薄膜12トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値は無視できるとの説明がされている。なお,段落【0017】,【0022】では,薄膜トランジスタのゲートに印加される電圧は,R1とR2の抵抗値の比で決まると説明されているが,その理由は,段落【0025】の記載により,R1とR2の抵抗値が薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値よりも桁違いに大きく,後者は無視できるためであると理解できる。

(2) 判断
本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載によれば,「R1とR2の抵抗値を選択して・・・正常な駆動電圧は表示装置に通過させるが,過大な電圧は通過させず,適切にバイパスさせ」て,アクティブマトリクス型表示装置の表示部を静電気等の高電圧による破壊から保護するという本件訂正発明の課題を解決する手段が,具体的に説明されているとはいえないと解される。
その理由は,次のとおりである。

ア すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明には,①薄膜トランジスタを用いた保護回路が,保護回路として機能するためには,正常な駆動電圧は通過させるが,過大な電圧は通過させず,適切にバイパスさせるものでなければならない,②本件明細書の説明では,図6,図7に示した回路構成において,R1とR2の抵抗値を選択して薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の電圧とゲート電極の電圧を適正な値に設定することにより,このような動作が可能とされている,③その理由は,R1とR2の抵抗値が薄膜トランジスタのソース・ドレイン間の抵抗値よりも桁違いに大きく,後者の抵抗が無視できるため,R1とR2の抵抗値の比で薄膜トランジスタのゲートに印加される電圧が決まるためであるという事項が記載されている。
 しかし,薄膜トランジスタのソース・ドレインの抵抗を無視できるということは,薄膜トランジスタのゲートに電圧を印加して,これをオン・オフ状態を切り替えたとしても,R1及びR2を含めた保護回路全体の抵抗値はほとんど変化しないことを意味する。そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明の記載事項によれば,アクティブマトリクス型表示装置の表示部にかかる過大な電圧を速やかに取り除くという本件訂正発明の目的を達成できないことは,明らかである

イ これに対し,原告は,以下のとおり主張する。
まず,原告は,抵抗として機能するITO膜の抵抗は,保護回路全体の抵抗の範囲内で保護回路の薄膜トランジスタの保護効果と過大な電圧を速やかに除去する効果のバランス等を考慮して決定されるのであり,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本件訂正発明の目的,構成及び効果が記載されている旨主張する。しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記検討したほかには,保護回路を設計するために必要な具体的な指針や実施例の説明がなく,これに接した当業者が,原告主張のような一般論のみに基づいて,前記の機能を有する保護回路を容易に設計できるとも認められない
 また,原告は,本件明細書の段落【0069】~【0071】には,実施例2として,画素電極として形成されるITO膜の一部を保護回路のゲートとソース及びドレインの一方との接続に利用する態様が開示されており,当業者が本件訂正発明のアクティブマトリクス型表示装置を製造できるように記載されていることは明らかであるとも主張する。しかし,実施例2は,ITO等の透明導電性材料の皮膜をスパッタ法により形成後,パターニングを行って,表示部の画素電極と,表示部の周辺領域に設けられる保護回路の抵抗として機能する配線とを形成することを説明しているにすぎず,このようにして形成されたものが保護回路に必要とされる上記の機能を有することを裏付けるものではない。』

審判請求書却下の処分前通知の期限

2007-09-29 16:15:59 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10111
事件名 審判請求書却下決定取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『第2 事案の概要
原告らは,平成6年12月9日に後記特許の出願をしたところ,平成17年3月2日付けで特許庁から拒絶査定を受けた。そこでこれを不服として平成17年4月14日付けで審判請求をしたところ,その審判請求書には,請求の理由として,審判請求に至るまでの手続の経緯と拒絶査定の要点のみを記載し,実質的理由は「おって別紙にて補充」するとしていたことから,審判長が平成19年2月8日付けで特許法133条3項に基づき審判請求書を却下する決定をしたため,原告がその取消しを求めた事案である。』

『第4 当裁判所の判断
 ・・・
 3 本件決定処分の違法性の有無
(1) 原告らは,本件補正指令は,その後約1年8か月にわたり特許庁が手続補正書の提出を猶予してきたことによりその効力を失ったものであり,本件決定をするに当たっては,改めて補正指令をする必要があり,これがされていない本件決定は違法であると主張するので,以下検討する。
 法131条1項は,「審判を請求する者は,次に掲げる事項を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならない。1 当事者及び代理人の氏名又は名称及び住所又は居所2 審判事件の表示3 請求の趣旨及びその理由」と規定して,審判請求人はその請求書に「請求の理由」を記載することを求めている。
 一方,法133条1項は,「審判長は,請求書が第131条の規定に違反しているときは,請求人に対し,相当の期間を指定して,請求書について補正をすべきことを命じなければならない。」と規定して,審判長は,請求書の記載が法131条の規定に違反しているときは相当の期間を指定して補正を命ずべきことを定めている。

 本件において,原告らのなした本件審判請求にかかる審判請求書には,別紙のとおり,原査定を取り消すべき理由につき全く記載がなされていなかったことから,審判長Bは,上記2(6)のとおりの本件補正指令を行い,30日以内に原査定を取り消すべき理由を記載した手続補正書の提出を求めたものである。

 そして,その後も上記2のとおり,審判長名義で原告らに対し上記手続補正書の提出を促す通知書(却下処分前通知書)を出すなどし,またE,F,G各担当書記官らも電話で原告X3と再三にわたり連絡をとり,手続補正書の提出を求めたが,結局その提出がされないことから,審判長が補正を命じた期間内にその補正をしないとして,法133条3項に基づき本件決定がなされたものである。

 以上の経緯によれば,本件補正指令に定められた期間に補正をしないとして法133条3項に基づき本件審判請求書を却下した本件決定は適法というべきである。

(2) 原告らは,その後約1年8か月もの期間が経過したこと,担当書記官らが提出を猶予してきたことにより本件補正指令は効力を失ったと主張するが,上記経緯に鑑みれば,E,F,G各担当書記官らも,原告X3も,本件補正指令により原告らに手続補正書の提出の義務があることを前提として,その提出の時期につき折衝をしてきたものであって,本件補正指令が効力を失ったものとは到底認められない。また,各書記官が原告X3に対して話した上記内容によって本件補正指令の効力が失われるものでないことも明らかである。原告らの主張は失当である。

(3) また原告らは,手続補正書を提出すべき本件補正指令に基づく期限は各担当書記官らの提出猶予の回答により延長されたとも主張する。
 しかし,上記で認定のとおり,原告X3の説明は,その度何日後あるいは何日以内に手続補正書を提出する等の内容であったため,各担当書記官は原告X3が自ら区切った期限を遵守することを前提としたうえで,その意思をできるだけ尊重しつつ手続補正書の提出を求めたものにすぎず,これら各担当書記官らが原告X3に伝えた内容によって,原告らが手続補正書を提出することが可能となる時まで補正期限が法的に延長されたとみることはできない

(4) 次に原告は,却下決定は裁量行為であって義務はなく,本件の経緯に鑑みれば本件決定を下す合理性も必要性もない旨主張するが,上記認定の経緯から明らかなとおり,原告らは本件審判請求の請求の理由について審判請求書に全く記載せず,その補正を求められてもこれを記載した手続補正書を提出しなかったものであるから,本件決定を行う必要性があり,また合理性もあるというべきであり,原告らの主張は失当である。』


プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈

2007-09-29 15:53:58 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10494
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義


『1 物の発明と方法の発明の区別
 特許法は,発明の実施について「物の発明」と「方法の発明」とを区別して規定し(同法2条3項),そのいずれであるかによって,法律効果が異なるものとしている(例えば,同法101条,104条,175条2項)。

 また,出願人は,「物の発明」としての特許を請求するか,「方法の発明」としての特許を請求するかを選択することができるだけでなく,2以上の請求項に分けて記載することによって,両者の特許を請求することもできる。本件出願時において,平成15年法律第47号による改正前の特許法37条は,「・・・」と定めていたから,「物の発明」と「方法の発明」の両者を一出願により請求することが可能であった。

 さらに,特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定していることからすると,方法の発明と物を生産する方法の発明との区別は,まず,「願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載」に基づいて判定すべきものである(最高裁判所平成10年(オ)第604号事件平成11年7月16日判決・民集53巻6号957頁)。

 以上によれば,特許請求の範囲の記載は,出願人が「物の発明」と「方法の発明」とで法律効果が異なることを考慮して,いかなる権利を請求するかを選択し,その選択の結果を反映させるべく自ら適切な表現を選んで記載したものであるから,特許出願に係る発明が「物の発明」と「方法の発明」のいずれであるかの区別は,特許請求の範囲の記載に基づいて判断すべきであると解される。』

『2 プロダクト・バイ・プロセス・クレームの実質
補正前請求項1が広義のプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは,当事者間に争いがない。原告は,東京高裁平成14年判決の判示事項を反対解釈して,プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいて,請求項に記載された物が当該請求項に記載された製法によって製造されたものに限られることが明示されていれば,当該請求項の実質的なカテゴリーが「方法」であると解釈されるべきであると主張する

 プロダクト・バイ・プロセス・クレームとは,東京高裁平成14年判決にあるとおり,「物(プロダクト)に係るものでありながら,その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含する」形式で記載された特許請求の範囲であり,「発明の対象となる物の構成を,製造方法と無関係に,直接的に特定することが,不可能,困難,あるいは何らかの意味で不適切(例えば,不可能でも困難でもないものの,理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるとき」などに認められる特許請求の範囲の記載方法でであるということができる

 上記の意義からも明らかなように,プロダクト・バイ・プロセス・クレームにあっては,特許請求の範囲に物の製造方法(プロセス)が記載されていても,その記載は発明の対象となる物(プロダクト)を特定するためであり,物の製造方法についての特許を請求するものではない。したがって,プロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれた発明のカテゴリーは,あくまで「物の発明」であって,「方法の発明」ではないし,「物の発明」かつ「方法の発明」ということもできない原告の主張は,東京高裁平成平成14年判決を正解するものとはいえず,採用することはできない。』(*ブログ作成者注:東京高裁平成平成14年判決の抜粋を末尾に示す。)

『3 本件補正の適否
(1) 前記1のとおり,出願人は「物の発明」と「方法の発明」のいずれとするかを選択し,表現することができる立場にあり,出願人の選択の結果は特許請求の範囲に表現されており,「物の発明」と「方法の発明」の区別は,特許請求の範囲の記載に基づいて判断すべきであるところ,補正前請求項1の記載は,「…光学ガラス基板上に所望の溝深さの回折格子溝を直接刻線してなるホログラフィック・グレーティング。」となっているから,補正前発明1の対象は,「ホログラフィック・グレーティング」という「物」であることは明らかである。原告は,請求項の末尾の文言のみに着目したとして,審決の認定を非難するが,補正前発明1は,特許請求の範囲の記載から上記のとおり一義的に明確であり,この記載に基づき補正前発明1を「物」の発明と認定した審決に誤りはない。

(2) プロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは,発明のカテゴリーが「物の発明」であることを意味し,たとえ製造方法の記載が含まれていても「方法の発明」ではないし,また,「物の発明」かつ「方法の発明」ということもできないから,補正前請求項1がプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で書かれていることは,上記の結論を左右するものではない。

(3) 補正後請求項1は「…ホログラフィック・グレーティング製作方法」と記載され,その発明のカテゴリーが「方法の発明」であることは明らかであるから,本件補正は,「物の発明」であった補正前請求項1を「方法の発明」である補正後請求項に補正することを目的としている。発明のカテゴリーによって,法律効果が異なることは前記1のとおりであるから,発明のカテゴリーを「物の発明」から「方法の発明」に変更することは,「物の発明」として請求していた権利とは異なる効果を有する別の権利を請求することにほかならない。したがって,本件補正は,特許請求の範囲を変更するものであり,特許法17条の2第4項各号のいずれにも該当しない。』



<東京高裁平成平成14年判決>
事件番号 平成13(行ケ)84
裁判年月日 平成14年06月11日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 山下和明
『しかしながら,本件訂正発明の「滴下或いは噴霧」との要件(取消事由1),は,本件製法要件中の要件であり,また,固形化過程において「湿式粉砕機」によって粉砕する行程を必須の要件とするかどうかも(取消事由2),製造方法そのものに関する事柄であり,いずれも本件訂正発明の対象となる物の構成,すなわち「重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」を特定する上では特段の意味を有しない要件であることは,本件訂正明細書の上記記載から明らかである。原告の上記主張は,本件製法要件中の前記の各要件が,製法として刊行物1に開示されていないとの主張,あるいは,両発明が製造方法として異なるものであるとの主張であるにすぎない。前に述べたところから明らかなように,物の発明である本件訂正発明の特許要件を論ずるに当たり,このような物の構成を特定する上で特段の意味のない製法要件に関し,製造方法としての新規性あるいは進歩性等があるかどうかについての議論をする必要は全くないのであるから,原告の主張する上記取消事由は,いずれも主張自体において既に失当である。』


(所感)
 単なるカテゴリーの相違は39条の審査においては実質同一とされるから、この判決がこの扱いと矛盾しないかが一見問題と見える。
 しかし、プロダクト・バイ・プロセスクレームの特殊性を考えたとき、矛盾は生じないと思われる。なぜなら、プロダクト・バイ・プロセスクレームにおいては、製造方法そのものに関する事項が特定事項として記載されているときその部分は物の構成に特段の意味を有さず、方法のステップとしては意味を有する要件となる。そうすると、他の記載をそのままにして末尾を操作してカテゴリを入れ替えた場合、有効な記載部分が異なってくることになり発明としては異るものになるからである。

映画の著作者に関する議論

2007-09-28 06:59:14 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)11535
事件名 著作権侵害差止請求事件
裁判年月日 平成19年09月14日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 市川正巳

『(イ) 映画の著作者に関する議論
a 旧著作権法下における学説
旧著作権法下において,映画利用の円滑化を図るため,映画製作者に財産権である著作権を帰属させることについては,あまり異論はなかった。
しかし,映画の著作物の著作者がだれであるかについては,著作権と著作者人格権の分属を認めるのか,現実に創作行為をなし得ない法人が著作者となり得るのかなどの議論と相まって,学説は,①映画製作者であるとする説,②映画監督であるとする説,③脚本,監督,音楽担当者等の共同著作物とする説などに分かれていた。

b 著作権制度審議会第4小委員会審議結果報告
昭和37年に文部大臣の諮問機関として設置された著作権制度審議会第4小委員会が昭和40年5月21日に提出した審議結果報告には,映画の著作物の著作者がだれかという問題について,①シナリオの著作者,音楽の著作者,監督等の映画製作に創作的に関与した者の共同著作物であるという考え方と,②映画製作者の単独の著作物であるという考え方の2つの考え方が併記されていた。
しかし,その後,検討を重ねた結果,昭和41年3月9日の第4小委員会再審議結果報告では,2つの考え方を併記するという従来の結論を改め,①の考え方を採用し,②の考え方は少数意見として付記するにとどめられた。ただし,シナリオと音楽の著作者については,映画の著作者から除外して原作者として扱うことにし,映画の著作者の範囲を具体的に特定することをやめて,「映画の全体的形成に創作的に関与した者」とし,だれが著作者になるかは個々の映画ごとの判断に委ねることとした。

c 著作権制度審議会答申
著作権制度審議会は,上記小委員会の審議結果報告やこれに対して関係団体から提出された意見,専門委員会審議結果報告などを総合的に検討して,昭和41年4月20日文部大臣に答申し「映画, の著作者は,『映画の全体的形成に創作的に関与した者』とする。著作者には,監督,プロデューサー,カメラマン,美術監督などが該当し,俳優も映画の全体的形成に創作的に関与したと認められるものである限り,映画の著作者たり得ると考えるが,著作者を法文上例示することはしないものとする。」と述べている。
同答申を受けて著作権法案が作成され,第63回国会に提出されて,昭和45年4月28日,新著作権法が成立した。

d 立法担当者の説明
文部省著作権課長補佐として旧著作権法の全面改正や,同課長として著作権法施行令,同施行規則の制定作業に従事した加戸守行は,「著作権法逐条講義(初版)」(甲21)523頁において,新著作権法16条について,「新法では,第2条第1項第2号の著作者の定義規定を敷衍したものとして,第15条及び第16条を規定しているものでありまして,実態的には,新法施行前と施行後との間に著作者が変わるということはありえないとの前提に立った理解をしている」「第15条及び第16条の考え方が旧法時代の著作物についても妥当し,新法は旧法上の解釈を明確にしたもので,旧法と新法との間に実質的相違はないとの前提に立っていた」と説明している。

(ウ) 新著作権法附則7条
新著作権法附則7条の立法担当者であった加戸守行は,「著作権法逐条講義(初版)」(甲21)527~528頁において,同附則7条が適用される具体例として,次のとおり,旧著作権法22条ノ3所定の独創性を有する映画の著作物の保護期間を挙げ,映画の著作物についてだれが著作者であるかは旧著作権法の解釈に委ねるとしても,映画監督らが著作者であるとする説に立てば,旧著作権法3条が適用される旨説明している。
「本条は,新法において原則的保護期間を著作者の死後50年に延長するなど一般的に保護期間を延長いたしておりますが,例外的に旧法による保護期間のほうが長い場合もありますので,新法施行前に公表された著作物の著作権で現に稼働しているものについては,旧法による保護期間が新法による保護期間よりも長い場合には,その長いほうの保護期間を既得権として保障するものとし,なお従前の例によることとしたものであります「本。」条が適用される…第2のケースは,旧法第22条ノ3にいう独創性を有する映画著作物の保護期間でございます。…新法第54条では一律に映画著作物の保護期間を公表後50年…としております。旧法上の解釈として映画の製作者が著作者であったとする説に立てば,その映画著作物は団体名義の著作物として公表後33年の保護しかなかったということになりますが,映画監督等が著作者であったとする説に立てば,その映画著作物は,ニュース映画等の非独創的なものを除いて,著作者の死後38年の保護を受けていたことになりますので,この場合には,その映画著作物の公表後12年以内に映画監督等が死亡していない限り,旧法の保護期間のほうが新法の保護期間より長いことになります。
…このような場合には,旧法の死後38年…の保護期間が認められるということです。」

(エ) 平成15年改正附則3条
文化庁長官官房著作権課は,「著作権法の一部を改正する法律について」コピライト2003年8月号(甲8)37頁において,平成15年改正附則3条の立法趣旨について,「本条は,旧著作権法の下(1970年以前)で創作された映画の著作物について,旧著作権法による著作権の保護期間(著作者の死後38年)が,改正後の著作権法による保護期間(公表後70年)よりも長くなる場合には,その長いほうの保護期間を適用する旨を定めたものである。」「旧著作権法において,映画の著作物の保護期間は,『著作者の生存間及びその死後38年間』とされている場合があるため,例えば,1950年に公表された映画の著作物の保護期間は,映画監督が1990年に死亡したことを想定すると,旧著作権法の規定により,2028年まで保護されることとなるが,改正後の著作権法によれば,2020年で保護期間が消滅することとなる。このように改正後の著作権法による保護期間が,旧著作権法の規定の適用(に)より短くなる場合には,権利者の既得権を保護する必要があることから,本条の規定により,長い方の保護期間を適用する旨を定めたものである。」と説明し,映画の著作物について,監督が著作者である場合,旧著作権法3条が適用になる旨説明している。』

映画の著作者

2007-09-27 22:48:09 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)8141
事件名 著作権侵害差止請求事件
裁判年月日 平成19年09月14日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 市川正巳

『1 争点1-1(本件映画の著作者)について
(1) 著作者
 前提事実(2)のとおり,本件映画は独創性(旧著作権法22条の3第2項)を有する映画の著作物であり,黒澤監督がその映画監督であり,証拠(甲23~25,29,69,検甲1~8)により認められる本件映画の内容を併せ考慮すれば,黒澤監督は,少なくとも本件映画の著作者の一人であることが認められる

(2) 被告の主張に対する判断
ア 被告は,旧著作権法には,だれが映画の著作者であるかについて定めた規定はなく,定説もなかったから,特定の映画について監督が著作者であるというためには,当該映画に関する限り,明らかに監督が著作者に該当すると判断するに足りるだけの特別の事情がなければならない旨主張する。なお,被告の主張は,新著作権法15条の職務著作に相当するものを主張するものではない。

 確かに,映画の著作物は,映画製作者が,企業活動として,当初から映画の著作物を商品として流通させる目的で企画し,多額の製作費を投入して製作するものであり,その製作には脚本,音楽,制作,監督,演出,俳優,撮影,美術,録音,編集の担当者など多数の者が関与しており,その関与の範囲や程度も様々であるという特殊性を有する。しかし,著作者とは元来著作物を創作する者をいうから,映画利用の円滑化を図るために,映画製作者に著作権を帰属させる必要があるとしても,そのことから直ちに映画製作者が映画の著作物の著作者となると解することはできず,映画の著作物の著作者は,新著作権法16条と同様に,映画の制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者であると解するのが相当である

 そして,この解釈の正当性は,後記イの立法者意思及びウの新著作権法の審議経過によっても裏付けられる

イ立法者意思
 証拠(甲30)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実を認めることができる(一部は,当事者間に争いがない。)。
(ア) 昭和6年の旧著作権法の改正の立法担当者である小林尋次は,「現行著作権法の立法理由と解釈-著作権法全文改正の資料として-」(文部省発行。甲30)において,映画の著作物の著作者について,次のとおり説明している。
「現実に創作行為を為したる者が著作者であるから,その著作を自己の発意で為したか又は他人から依頼を受けて為したるかは問ところでなく,創作行為さえあれば,何れの場合も著作者である。又被傭者がその職務上著作したものであっても同じであって,現実に創作行為を為したる者が著作者であって,現実に創作行為をしない依頼者又は雇傭主が著作者となることは有り得ない。同様の趣旨から,自然人でない法人が著作者となることは有り得ない」(96頁),「昭和6年の一部改正立法の際に,激しく論議された点がもう一つある。映画の著作者は何人なりやの問題であった。…(略)…そこで精神的創作として関与する者のすべての共同著作と見るか,或は映画監督を以て唯一の著作者(「著作物」は誤記と認める。)と見るかが論議の焦点に上らされた。他面又,この映画監督をも含めてすべての関与者は,映画会社の被傭者であるから,使用者である映画会社を著作権者とするのが妥当ではないかとの論議もあった。なる程映画作成には大きな資本を必要とし,その資本が無くては如何に名監督,名俳優等が集っても名画は完成できないのであり,できあがった後も,資本がなければ,広く映画館を通じて上映することも難かしいから,映画会社を著作権者と認定することが,実際にも適合し且権利の安定上妥当のようにも思われた。しかし又本章第一節でも述べたように,著作者は自然人に限るとすることが正論であるとするならば,映画会社は法人であるから,これを著作者と断定することは妥当を欠く。そこで昭和6年の立法当時は著作者は映画監督であると一応断定し,完成された映画の著作権は映画監督が,原始取得するものであるが,彼は映画会社の被傭者乃至専属契約下に在る者であるから,契約に基き,映画著作権は映画完成と同時に映画会社に移るものとする意見に統一して,国会に臨んだのであるが,国会では本件に関する質問を受けなかったので,答弁説明の機会なくして終った。」(114~115頁)
(イ) この事実によれば,昭和6年改正の立法者意思は,映画の著作物の著作者は映画監督らとするものであったことが認められる。

ウ 新著作権法の審議経過
 証拠(乙1~3)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる(一部は,当事者間に争いがない。)。

(ア) 新著作権法の規定
新著作権法16条は,「映画の著作物の著作者は,その映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者を除き,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。ただし,前条の規定の適用がある場合は,この限りでない。」と,同法15条1項は,「法人その他使用者…の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物…で,その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限り,その法人等とする。」と定めていて,職務著作の場合は使用者たる法人等が,それ以外の場合には,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者が著作者である旨明記している
また,新著作権法29条1項は,「映画の著作物(…略…)の著作権は,その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは,当該映画製作者に帰属する。」と定め,映画監督らが原始取得した著作権を映画製作者が承継取得することを定めている

(イ) 映画の著作者に関する議論
a 旧著作権法下における学説
 旧著作権法下において,映画利用の円滑化を図るため,映画製作者に財産権である著作権を帰属させることについては,あまり異論はなかった。
 しかし,映画の著作物の著作者がだれであるかについては,著作権と著作者人格権の分属を認めるのか,現実に創作行為をなし得ない法人が著作者となり得るのかなどの議論と相まって,学説は,①映画製作者であるとする説,②映画監督であるとする説,③脚本,監督,音楽担当者等の共同著作物とする説などに分かれていた。
b 著作権制度審議会第4小委員会審議結果報告
昭和37年に文部大臣の諮問機関として設置された著作権制度審議会第4小委員会が昭和40年5月21日に提出した審議結果報告には,映画の著作物の著作者がだれかという問題について,①シナリオの著作者,音楽の著作者,監督等の映画製作に創作的に関与した者の共同著作物であるという考え方と,②映画製作者の単独の著作物であるという考え方の2つの考え方が併記されていた。
しかし,その後,検討を重ねた結果,昭和41年3月9日の第4小委員会再審議結果報告では,2つの考え方を併記するという従来の結論を改め,①の考え方を採用し,②の考え方は少数意見として付記するにとどめられた
。ただし,シナリオと音楽の著作者については,映画の著作者から除外して原作者として扱うことにし,映画の著作者の範囲を具体的に特定することをやめて,「映画の全体的形成に創作的に関与した者」とし,だれが著作者になるかは個々の映画ごとの判断に委ねることとした。
c 著作権制度審議会答申
著作権制度審議会は,上記小委員会の審議結果報告やこれに対して関係団体から提出された意見,専門委員会審議結果報告などを総合的に検討して,昭和41年4月20日文部大臣に答申し,「映画の著作者は,『映画の全体的形成に創作的に関与した者』とする。著作者には,監督,プロデューサー,カメラマン,美術監督などが該当し,俳優も映画の全体的形成に創作的に関与したと認められるものである限り,映画の著作者たり得ると考えるが,著作者を法文上例示することはしないものとする。」と述べている。
同答申を受けて著作権法案が作成され,第63回国会に提出されて,昭和45年4月28日,新著作権法が成立した。』



記載不備と進歩性

2007-09-26 07:27:51 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10534
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『したがって,本願発明の「非円弧湾曲」と引用例1発明の「反射曲線」とは,ともに端部に向かうほど曲半径が大きくなる点で共通するとはいえ,その形状が異なるものであることは明らかである。
 この点につき,審決は,「非円弧湾曲の曲率半径を定義するにあたり,本願発明のように,先ず,円弧上の単位長さ毎の非円弧上の位置において定めるか,引用例1発明のように,先ず,所定の見開き角毎の反射曲線上の位置において定めるかは,当業者が適宜採用しうる設計上の微差というべきである。」と判断するところ,本訴における被告の「本願発明の非円弧湾曲と引用例1発明の反射曲線とは,いずれも端部に向かうほど曲半径が大きくなる点で一致しており,単に曲線の定義の仕方が異なるのみで,実質的な相違はないのであるから,審決がした『設計上の微差』との認定に誤りはない」との主張にかんがみれば,審決の上記判断は,本願発明と引用例1発明とで,定義のしかたは異なっていても,「非円弧湾曲の曲率半径」,すなわち,「非円弧湾曲(反射曲線)」の形状に実質的な相違はないとの趣旨であると考えられるところ,上記のとおり,本願発明の「非円弧湾曲」と引用例1発明の「反射曲線」とは,その形状が異なるものであるから,審決の上記判断及び被告の主張は誤りであるといわざるを得ない
 そして,本願発明の「非円弧湾曲」と引用例1発明の「反射曲線」の形状が異なることは,審決が認定した相違点1から直接導かれるところであるから,審決は,相違点1についての判断において,上記形状が異なることを前提として,引用例1発明の「反射曲線」の形状を本願発明の「非円弧湾曲」の形状とすることの容易想到性を判断すべきであったのに,これをしていない誤りがあり,この誤りが,結論に影響を及ぼすことは明らかである。
 よって,その余の点(取消事由2)について判断するまでもなく,審決は,取消しを免れない。

(4) なお,付言するに,平成16年9月15日付け意見書(甲第2号証)によれば,審査官は,拒絶査定をするに当たり,本件特許出願が,特許法36条4項,同条6項2号に規定する要件を満たしていないとの事由を含む拒絶理由通知をしたことが窺われるところ,本件審判請求に対しては,かかる事由を含め,再度審理がなされるべきものである。』

商標法4条1項10号にいう「他人」について

2007-09-26 06:54:24 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10080
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『1 取消事由1について
原告は,引用商標は,原告が独自に創作したものであり,被告は単なる通常使用権者にすぎないから,同商標は,商標法4条1項10号の「他人の業務に係る商品・・・を表示するものとして需用者の間に広く認識されている商標」に該当しないと主張するので,以下において検討する。

 商標法4条1項10号は,「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需用者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であって,その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」については商標登録を受けることができないと定めている。

 上記規定の趣旨は,特定人の業務等に係る商品等を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標(以下「周知商標」という。)について,同一又は類似の商品等につき,同一又は類似の商標の登録を上記特定人以外の者に認めたのでは商品等の出所を識別することが困難となり,商品流通秩序が損なわれるため,後者の商標登録を許さないとする点にある。そうすると,上記規定の「他人」とは出願者以外の者を広く指称するものと解するのが相当であるところ,引用商標が被告の商品に使用されていることは原告も認めるところであるから,これが上記規定にいう「他人の商標」に当たることは明らかである

 以上の説示から明らかなように,上記規定の適用においては,周知商標の創作者が誰であるかは何ら関係を有するものではないから,仮に,引用商標が原告の創作に係るものであり,原告の許諾を得て被告が使用するものであるとしても,上記の他人性を肯定することに何ら影響するものでないことは明らかであって,引用商標が「被告の商品である焼き鯖寿司」を表すものとして需要者の間に広く認識されているとするならば(この点は次項において認定判断する。),引用商標は被告の商品の出所を示すものとして,商標法4条1項10号にいう「他人の業務に係る商品・・・を表示するものとして需用者の間に広く認識されている商標」というべきである。』

次の事件も同趣旨を含む。
事件番号 平成19(行ケ)10093
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

事件番号 平成19(行ケ)10092
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

局面に応じた特許請求の範囲の解釈手法の違い

2007-09-26 06:44:23 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10561
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長 裁判官中野哲弘


『(2) 次に原告は,特許法70条2項によれば,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意味を解釈すべきであるとして,本願補正発明の明細書(甲4,7,8)及び図面に記載された実施例によれば,請求項1の「データの各記憶された項目がデータのカテゴリにしたがって指示を有し」との文言は,送信装置がデータを送信する際にカテゴリ別の指示情報をデータに付していることを指すものと解釈できる旨主張する
しかし,本件審決取消訴訟のように,<ins>特許の要件を審理する前提としてされる特許出願に係る発明の要旨の認定においては,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべき</ins>であり,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど,特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないと解するのが相当である(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)。

 特許法70条2項(本願に適用される平成14年法律第24号による改正前のもの。以下同じ。)は「前項の場合においては,願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しているが,同項は,特許権侵害訴訟等の場合のように,私権である特許権の保護範囲を決定するに当たって適用されるものであって,本件のような審決取消訴訟においては,上記特段の事情がない場合でも明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されると解することはできない。

そして,上記(1)に述べたとおり,「データの各記憶された項目がデータのカテゴリにしたがって指示を有し」との文言は,データにカテゴリを付すのが送信部であるか受信部であるかにつき,何ら特定するものでないことは明らかであって,その用語の意義が一義的に明確でないとはいえないのであるから,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すべき場合であるということはできない。したがって,この点に関する原告の主張は理由がない。』

審決の部分的な確定

2007-09-21 09:01:45 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10421
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『4 付言
本判決により審決が取り消された事件について,今後行われる審判の審理に資するため,確定効の範囲等に関し,以下のとおり補足して述べる。
(1) はじめに
ア 特許が2以上の請求項に係るものであるときには,その無効審判は請求項ごとに請求することができるものとされていること(特許法123条1項柱書)に照らすならば,2以上の請求項に係る特許無効審判の請求に対してされた審決は,各請求項に係る審決部分ごとに取消訴訟の対象となり,各請求項に係る審決部分ごとに形式的に確定する。審決の形式的な確定は,当該審決に対する審決取消訴訟の原告適格を有するすべての者について,出訴期間が経過し,当該審決を争うことができなくなることによって生ずる(特許法178条3項)。そうすると,2以上の請求項に係る特許についての無効審判において,一部の請求項に係る特許について無効とし,残余の請求項に係る特許について審判請求を不成立とする審決がされた場合には,それぞれ原告適格を有する者(審決によって不利益を受けた者)が異なるため,各請求項に係る審決部分ごとに,形式的確定の有無及び確定の日等が異なる場合が生じ得る。無効審判請求を不成立とした審決部分は,請求人側のみが取消訴訟を提起する原告適格を有するのであるから,請求人側に係る出訴期間の経過によって,審決部分もまた形式的に確定することになる
イ 審決の取消しの判決又は決定の確定により,審判手続が再開され,特許法134条の3第1項又は2項の規定により指定された期間内に訂正請求がされ又は同条5項の規定により同期間の末日に訂正請求がされたものとみなされる場合があるが,その場合には,特許法134条の2第4項の規定による先にした訂正の請求のみなし取下げの効果もまた,請求項ごとに生じる(知財高裁平成19年6月20日決定・平成19年(行ケ)第10081号審決取消請求事件,知財高裁平成19年7月23日決定・平成19年(行ケ)第10099号審決取消請求事件参照)。 
 そして,特許無効審判請求の審決について,審判請求を不成立とした請求項に係る審決部分については取消訴訟が提起されず,特許を無効とした請求項に係る審決部分についてのみ取消訴訟が提起され,かつ,所定の期間内に訂正審判請求がされ,特許法181条2項の規定に基づき,特許を無効とした請求項に係る審決部分が取り消された後,再開された審判手続において,特許法134条の2第4項の規定により特許を無効とした請求項に係る先にした訂正の請求は取り下げられたものとみなされる場合がある。
 これに対して審判請求を不成立とした請求項に係る審決部分は形式的に確定しているので,当該請求項に係る先にした訂正の請求は特許法134条の2第4項の規定により取り下げられたものとみなされることはなく,再開された審判手続において,当該請求項に係る新たな訂正の請求がされているときは,当該請求項に係る特許無効審判請求を不成立とした確定審決が存在することを前提として,いわゆる独立特許要件の有無についても判断すべきことになる(特許法134条の2第5項の規定により読み替えて準用される126条5項)。

(2) 本件手続の経緯
ア本件手続の経緯は,前記第2の1のとおりであり,特許庁は,平成17年6月28日,「特許第2580489号の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする。特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決(第1次審決)をし,これに対して,原告が,第1次審決中の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする部分の取消しを求めて審決取消訴訟を提起し,併せて,本件特許の特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判請求をした。なお,第1次審決中の審判請求不成立部分について,被告(審判請求人)からの審決取消訴訟の提起はなかった。知的財産高等裁判所(第2部)は,特許法181条2項に基づき,事件を審判官に差し戻すため,第1次審決中の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする部分を取り消す旨の決定をした。差戻し後の事件について,所定の期間内に訂正の請求がされなかったため,上記訂正審判請求の請求書に添付された訂正した明細書,特許請求の範囲又は図面を援用した本件訂正の請求がされたものとみなされた。そして,特許庁は,平成18年8月15日,「訂正を認める。特許第2580489号の請求項1ないし4,6ないし10に係る発明についての特許を無効とする。特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決(本件審決はその一部)をした。
イ 本件手続について見ると,第1次審決中「特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決部分については,被告(審判請求人)において取消訴訟を提起することなく出訴期間が経過したのであるから,同審決部分は形式的に確定した。しかるに,特許庁は,本件特許の請求項5に係る無効審判請求が形式的に確定していないとの前提に立った上で,当該請求項についても審判手続で審理し,「特許第2580489号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」旨の判断をした。上記審判手続のあり方は,著しく妥当を欠くというべきである。 けだし,本件特許の請求項5については,無効審判請求に係る無効理由が存在しないものとする審決部分が確定したことにより,原告は,形式的確定の利益を享受できる地位を得ているのであるから,それにもかかわらず,他の請求項に係る特許を無効とした審決部分について取消訴訟を提起して,当該請求項について有利な結果を得ようとしたことにより,かえって無効審判請求を不成立とする請求項5についてまで,不安定な地位にさらされることになることは著しく不合理だからである
(3) まとめ
本判決により審決が取り消された事件について,今後行われる審判においては,上記の点を踏まえた審理,判断がされるべきである。』

阻害要因を認めた事例

2007-09-21 08:39:18 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10007
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『・・・
 しかし,セパレータとしてカーボングラファイト製のものが周知慣用であり,作業性に関する課題が「金属製」のものと共通であるとしても,引用発明が射出成形手段を前提とするものである以上,引用発明におけるセパレータをカーボングラファイトに代えることには,次のとおり阻害要因があったというべきである。この点を詳細に述べる。

3 容易想到性の判断について
(1) 以上の各記載を総合すると,カーボン材は脆く機械的強度が低いため,カーボンからなる燃料電池用セパレータは,破損し易いものであるために,加工コストが高くなるとともに量産が困難であると認識されていたといえる
そして,引用発明のセパレータは,厚さ0.3mm程度の金属材料を使用し,それに対して射出成形を施すことを前提とし,その条件も「300kgf/cm2」といった高圧で射出材料が金型内に射出されるものであること,他方,カーボンからなる燃料電池用セパレータは,破損し易いものであると認識されていたことからすれば,当業者にとって,カーボン材からなる「カーボングラファイト」を射出成形装置に適用した場合には,カーボン材が有する機械的な脆弱性によって破損するおそれが大きいと予測されていたものと解される
 したがって,引用発明の射出成形による成形一体化工程において,金属製セパレータに代えてカーボングラファイト製セパレータを射出成形装置に適用することには,技術的な阻害要因があったというべきである
・・・

(3) 被告は,乙5,6からカーボン系のセパレータに液状シリコーンゴムを射出成形し,セパレータに一体的にゴムパッキンを形成する技術は,本願出願以前に検討されていたものであり,被告自身も本願出願以前に実施していたなどと主張する
 しかし,乙5,6はいずれも本件特許の出願日の後に公開されたものであり,同各証拠の記載内容によっては,本件各訂正発明の容易想到性の判断,すなわち前記阻害要因があるとする判断を覆すに足りる証拠となるものとはいえない。また,被告の実施が本願出願以前から実施していたとしても,これをもって上記判断を左右するものではない。よって,被告の上記主張は採用できない。』