知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

出願褒賞金及び登録褒賞金を支払った場合の時効の起算点

2008-10-19 20:42:10 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)10469
事件名 職務発明対価請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官清水節

2 争点7(消滅時効の起算点(消滅時効の抗弁))について
(1) 本件発明DないしFに係る相当対価支払請求の時効消滅について
ア 相当対価支払請求の可否及び根拠
 原告は,本件発明D及びEについて特許を受ける権利を被告に承継した時点で,被告に対する相当の対価の請求権を取得したものであるから,相当の対価の請求権に関しては,改正前特許法35条3項及び4項が適用されるところ(平成16年法律第79号附則2条1項),勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である(前掲最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決参照)。

 また,原告は,アメリカ合衆国において出願された本件発明Fについても,改正前特許法35条3項の類推適用により,被告に特許を受ける権利を承継させたことによる相当の対価の請求権を取得したものと解され,相当の対価の額を定めるに当たっても,本件発明D及びEの特許を受ける権利の承継の場合と同様,改正前特許法35条4項を類推適用すべきであると解される(最高裁平成16年(受)第781号同18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁参照)。

イ 消滅時効の起算点
(ア) 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(改正前特許法35条3項)。
 対価の額については,勤務規則等により定められる対価の額が同条4項の規定により算定される額に満たない場合は,同条3項に基づき,その不足する対価の額に相当する対価の支払を求めることができるのであるが,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,その定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。
 そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(前掲最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決参照)。

(イ) これを本件についてみると,上記第2,1(3)イのとおり,本件発明考案規定には,被告の従業員が職務発明をした場合には,当該発明について特許を受ける権利を被告に譲渡しなければならないこと(2項(1)),被告は,当該発明を特許出願した場合には,出願表彰褒賞金を支給すること(4条),被告は,特許登録された当該発明の実施,又は実施許諾により,特に顕著な功績が挙がった場合には,1年毎に経営会議において審査の上,褒賞金を支給すること(5条(1)ないし(3)),などが定められており,また,昭和61年5月1日の改訂前の発明考案規定では,登録褒賞金を支払うものとされていた。

 そうすると,本件発明考案規定(改訂前を含む。)は,被告従業員が,被告に対し,職務発明について特許を受ける権利を承継した場合に,被告は,当該従業員に対し,出願褒賞金及び登録褒賞金を支払うこととしており,その支払時期は,特許出願時及び特許登録時であるものと認められる

 これに対し,いわゆる実績補償については,本件発明考案規定によれば,被告は,特許登録された発明が,実施又は実施許諾され,特に顕著な功績が挙がった場合に,経営会議において審査の上,褒賞金(以下「実施褒賞金」という。)を支給するとされているところ(5条(1)),上記のとおり,当該褒賞金の支払時期は,従業者等による実績補償としての相当対価の請求権の行使を可能とし,また,この請求権の消滅時効の起算点となるのであるから,それが,「特に顕著な功績」という抽象的な基準や,経営会議における審査といった被告自身の内部の意思決定によって左右される基準により画されているものと解することは相当でない。そして,同規定が,特許登録された発明が実施又は実施許諾された場合を前提として実施褒賞金を支給すると定めていることに照らすと,従業者等においては,特許登録された発明が実施又は実施許諾される以前に実施褒賞金の支給を求めることは困難であり,相当対価の請求権の行使につき法律上の障害があるものと認められるが,当該発明が実施又は実施許諾された場合には,実績補償としての実施褒賞金の請求権の行使が可能となるものというべきであり,その実施褒賞金の支払時期については,被告において,本件各特許の実施による利益を取得することが可能となり,実施褒賞金を支払う可能性が出てきた時点,すなわち,特許権の設定登録時,当該発明の実施又は実施許諾時のうち,いずれかの遅い時点と解するのが相当である。

(ウ) そこで,上記の各時点につき検討するに,上記第2,1(2)アによれば,本件発明DないしFは,米国において,平成元年10月10日,平成2年1月9日及び平成5年1月19日に,それぞれ設定登録されたことが認められる。

 これに対し,本件発明DないしFの実施又は実施許諾がされた具体的な時期を認めるに足りる的確な証拠はないが(なお,原告が,本件各発明が実施されていると主張するポータブルCDプレーヤー「D-J50」(・・・),上記第2,1(4)エないしカによれば,被告は,原告に対し,本件発明D及びEの実施褒賞金として,平成4年6月8日以前に●(省略)●円を,本件発明Fの実施褒賞金として,平成6年7月7日以前に●(省略)●円を,それぞれ支払ったことが認められるところ,これらの実施褒賞金の支払が被告における発明の実施又は実施許諾と関わりなく行われたとの主張はなく,また,これを認めるに足りる証拠もないから,少なくとも上記各支払期日までの間に本件発明DないしFの実施又は実施許諾が行われたものと推認され,したがって,本件発明考案規定に基づく本件発明DないしFの実施褒賞金の支払時期は,各支払日以前であったというべきである。そして,本件発明DないしFの実施褒賞金についての消滅時効は,上記各支払によりそれぞれ中断し,上記各支払の時点から,再び進行を開始したものといえる

 そうすると,上記各支払の時点から,原告が,被告に対し,本件発明DないしFの実施褒賞金の支払を催告した平成18年12月21日まで,10年以上経過していることが明らかであるから,各支払請求権につき消滅時効が完成しているものと認められる。

特許権の保有と競業他者の排除との間の因果関係の有無

2008-10-19 20:22:47 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)10469
事件名 職務発明対価請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官清水節

1 争点2(独占の利益の有無)について
(1) 総論
勤務規則等により,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
そして,使用者等が,職務発明について特許を受ける権利等を承継しなくとも,当該特許権について無償の通常実施権を取得する(同条1項)ことからすると,同条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該発明を実施することによって得られる利益の額ではなく当該発明を実施する, 権利を独占することによって得られる利益(独占の利益)の額と解すべきである

本件では,後記(2)エのとおり,被告が,少なくとも競業他者の一部に対し,本件各特許の実施を許諾しているものと認められるところ,原告においては,被告が本件各特許を自ら実施しているとして,それによって得た利益を相当対価算定の根拠として主張している。このような場合においては,使用者等が,当該特許権を有していることに基づき,実施許諾を受けている者以外の競業他者が実施品を製造,販売等を禁止することによって得ることができたと認められる収益分をもって,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」というべきである

なお,改正前特許法35条3項及び4項の規定は,職務発明についての特許を受ける権利の承継時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について,これを当該発明をした従業者等において確保できるようにすることを趣旨とする規定と解される。
もっとも,特許を受ける権利自体が,将来特許登録されるか否か不確実な権利である上,当該発明により使用者等が将来得ることができる利益を,その承継時において算定することは,極めて困難であることにかんがみれば,その発明により使用者等が実際に受けた利益の額に基づいて,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を事後的に算定することは,「利益の額」の合理的な算定方法の1つであり,同条項の解釈としても当然許容し得るところというべきである。

そして,当該特許発明の実施について,実施許諾を得ていない競業他者に対する禁止権に基づく独占の利益が生じているといえるためには,当該特許権の保有と競業他者の排除との間に因果関係が認められることが必要であるところ,その存否については
特許権者が当該特許について有償実施許諾を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているか,あるいは,特定の企業にのみ実施許諾をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか,
当該特許の実施許諾を得ていない競業他者が一定割合で存在する場合でも,当該競業他者が当該特許発明に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか,代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異がないか,また,
包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が,当該特許発明を実施しているか又はこれを実施せず代替技術を実施しているか,さらに,
特許権者自身が当該特許発明を実施しているのみならず,同時に又は別な時期に,他の代替技術も実施しているか
等の事情を総合的に考慮して判断すべきである

・・・

(4) 小括
 以上検討したところによれば,被告は,本件各特許につき,開放的ライセンスポリシーを採用していたこと,本件各発明の代替技術が存在し,両者の間に作用効果等の面で顕著な差異が存在すると認めることができないこと,クロスライセンス契約の相手方が,本件各発明を実施しているとは認められないこと,被告自身も本件各発明の代替技術を実施していたこと等を総合考慮すると,被告の競業他者が本件各発明を実施していないことが本件各特許の禁止権に基づくものであるという因果関係を認めることはできない
 したがって,被告が,仮に,本件発明AないしCを自己実施しているとしても,それらの禁止権の効果により独占の利益を得ているということはできない。

 以上のとおり,本件発明AないしCについて,被告に「使用者等が受けるべき利益の額」が認められないのであるから,これらの発明についての相当の対価の額も認められず,その余の点について判断するまでもなく,本件発明AないしCについての相当の対価の支払請求は,いずれも理由がないことに帰する。

特許発明の構成要件の充足の判断事例(諸要素をすべて考慮)

2008-10-19 10:24:18 | 特許法70条
事件番号 平成19(ワ)21051
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年09月17日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 市川正巳

第3 当裁判所の判断
1 本件特許1の侵害について
( ) 争点2-2( 受信電力変化量1 「の信号」)及び争点3-2(「送信出力を制御」)について
ア特許請求の範囲の解釈
<ins>(ア) 特許請求の範囲の記載</ins>
本件発明1の特許請求の範囲の記載から,「受信電力変化量の信号」(構成要件J)は,これに基づいて「固定側装置の電力送信部の送信出力を制御する」(構成要件L)ものでなければならない。

<ins>(イ) 「制御」の通常の意味</ins>
・・・

<ins>(ウ) 本件明細書1の記載</ins>
本件明細書1に,本件発明1の技術分野,目的,効果,内容等について,次のとおり記載されていることは,前提事実(2)ア記載のとおりである。
・・・

<ins>(エ) 出願経過</ins>
a 本件特許1の出願経過は,次のとおりである(前提事実(2)イ)。
・・・

<ins>(オ) 技術常識</ins>としての相互インダクタンス
2つのコイル間に相互に電磁結合を生じ,この作用を相互インダクタンスで表すことは,本件特許1の原々出願当時の技術常識であったことは,当事者間に争いがない。

(カ) 検討
 以上の本件発明1の<ins>特許請求の範囲の記載,「制御」の通常の意味,本件明細書1の記載,出願経過及び技術常識としての相互インダクタンス</ins>によれば,本件発明1は,少なくとも,移動側装置の受信信号が均一になるように送信信号の出力強度を制御することを目的とするものであり,構成要件J及びLにいう「受信電力変化量の信号」は,移動側装置の受信信号が均一になるように固定側装置の電力送信部の送信出力を操作することができるものでなければならず,「電力変化量の信号に基づいて…制御する」とは,移動側装置の受信信号が均一になるように固定側装置の電力送信部の送信出力を操作することであると解すべきである

イ 充足
a 「制御」の有無
(a) 別紙3の構成j及びlのとおり,対象カードと対象リーダ/ライタは電磁結合しているため,①対象カードを対象リーダ/ライタに近接させると,対象リーダ/ライタの作る総磁束に対し,対象カードに鎖交する磁束の割合が大きくなり,対象カードに最初よりも高い高周波電圧が誘起され,②この誘起は,対象カードの磁界を変化させ,変化した磁界が対象リーダ/ライタと鎖交することにより,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,最初よりも低下し,①から②のプロセスが繰り返され,短時間の間に一定の値に収束する。
 しかしながら,甲19の図1及び図2によると,対象カードの受信電圧は,通信可能な範囲内である通信距離が125㎜以内においても,距離に応じて,約3Vから約6Vの間で変動しており,一定になっているとはいえないことが認められる

 したがって,仮に,原告ら主張のとおり「対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波」が構成要件J中の「受信電力変化量の信号」であり,それが対象リーダ/ライタに「伝送」されていると解したとしても,対象製品においては,対象カードの受信信号が均一になるように「制御」されているとはいえない。


2 本件特許2の侵害について
(1) 争点5(構成要件Q(蓄電機器)の充足)について
ア特許請求の範囲の解釈
(ア) 特許請求の範囲の記載
a 構成要件Qは,「前記電力を受電する側のモジュールにコンデンサや電池の如き蓄電機器を装備して受電電力により充電し,」と記載し,「蓄電機器」として「コンデンサ」を例示している。

 他方,構成要件R2は,「これを電源として所要のタイミングで間欠的に他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なうに際して,」と規定し,「蓄電機器」を「電源として」データ送信を行う旨記載している。

b したがって,本件発明2の特許請求の範囲の記載からだけでも,構成要件Qにいう「蓄電機器」は,それ自体で電源として動作するだけの容量を持つものを意味すると認められる。

(イ) 本件明細書2の記載内容
a さらに,本件明細書2に次の記載があることは,前提事実(2)ア記載のと
おりである。
・・・

b(a) 上記aの本件明細書2の記載によると,本件発明2の目的は,固定体側と運動体側のモジュールの距離がある程度大きい場合,周囲の設置環境条件などのために伝送効率が悪くなる場合,非接触で供給する送信電力を大きくできない場合などにおいても,信号の伝送を安定して効率良く行うことができる信号伝送装置を提供することにあり,本件発明2は,この通信の安定性という目的を達成するために,運動体側のモジュールに「蓄電機器」を備え,固定体側から受電した電力を一旦蓄電させた上で,動作するという構成を採用したものである。

 そして,上記aの本件明細書2中の実施例1(上記a(d))に,「整流平滑回路6により直流化され,コンデンサや電池などの蓄電機器7を充電する。」と記載されているとおり,本件明細書2は,蓄電機器であるコンデンサと整流平滑回路としてのコンデンサとを明確に区別して記載しているものである。

(b) したがって,本件明細書2の記載を考慮して解釈すれば,構成要件Qの「蓄電機器」は,固定体側からの送信電力が小さくなった場合にも,安定して通信を行うことができるように,自ら蓄電した電力を電源として送信動作をすることができるだけの容量を持つものに限られ,固定体側から受信した電力を整流平滑化するために一時的に蓄電するにすぎない「整流平滑回路」としてのコンデンサを含まないと解される

(ウ) 原告らの主張に対する判断
 原告らは,構成要件Qには,「コンデンサ・・・の如き蓄機器」と記載され,「コンデンサ」が例示されているとか,コンデンサについての専門的又は一般的辞書における意味に基づく主張をするが,それらの主張は,文脈を無視して「コンデンサ」だけを議論するか,本件明細書2の記載を無視したものであり,到底採用することができない。

イ 充足
 別紙3の構成qのとおり,対象カード内に配置された整流平滑回路のコンデンサは,対象リーダ/ライタから絶え間なく受け取る電磁波を整流し,これにより直流電圧が得られるものであるが,同コンデンサが,対象リーダ/ライタから送信される電力が小さくなった場合でも,安定した通信ができるように電力を蓄え,自ら蓄電した電力をカード内の回路に供給して送信動作を行うものであることを認めるに足りる証拠はない。

 したがって,対象カード内のコンデンサは,構成要件Qの「蓄電機器」を充足せず,対象製品は,構成要件Qを充足しない