知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

クレーム解釈に出願経過を参酌した事例

2011-03-21 22:06:14 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10209
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年03月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(5) 以上の手続経過に鑑みると,原告は,拒絶査定を避けるべく,本願発明の特定に当たりディスクに保存される対象からOSの起動プログラムを排除した(前記(3))ほか,分割出願の要件を満たして出願日を遡及させるべく,駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディスクから読み出す対象からOSの起動プログラムを除外した(前記(4))ものと認められる。

 そして,他に本願発明の特許請求の範囲の記載中にはディスクの保存対象としてOSの起動プログラムが含まれると解するに足りる記載が見当たらないことも併せ考えると,本願発明の解釈に当たり,ディスクにOSの起動プログラムが保存されていないものと認定し,引用発明との関係で相違点を認定しなかった本件審決に誤りがあるとまではいえない

不競法2条1項3号違反による損害賠償の遅延損害金の法定利率

2011-03-21 16:56:29 | 不正競争防止法
事件番号 平成22(ワ)8605
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成23年03月10日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

(7) 小括
 以上のとおり,不競法2条1項3号違反を理由とする原告の損害賠償請求は,34万8045円及びこれに対する不正競争の後(訴状送達の日)である平成22年1月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(なお,原告は,商事法定利率年分の割合による遅延損害金を請求する。しかしながら,不競法2条1項3号違反による損害賠償請求権は,同法の規定する「不正競争 (他人の商品の 」形態を模倣した商品を譲渡する行為等)によって営業上の利益が侵害された場合に発生する債権であって,営利性を考慮すべき債権ではないしたがって,上記債権を商行為によって生じた債権(商法522条)又はこれに準ずる債権であると解することはできず,商事法定利率による遅延損害金を請求することはできない。)

和解条項の他の債権債務

2011-03-21 16:48:37 | Weblog
事件番号 平成22(ワ)8605
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成23年03月10日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

イ  抗弁(2)(和解)について
(ア) 抗弁(2)アの事実は,当事者間に争いがない。
(イ) 被告は,別件和解における第5項(前記抗弁(2)ア⑤)は,解 2条項に定めるもののほかに原被告間に何らの債権債務がないことを相互に確認したものであるから,上記和解金のほかに被告が原告に対して損害賠償債務を負うものではないと主張する。
 しかしながら,別件和解における第5項は 「原告及び被告は,原告と被告との間には,本件に関し,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務がないことを確認する。」(下線は,裁判所が付加した )。
とするものであるから,同項が清算の対象とするのは ,「本件」,すなわち,別件和解に係る民事訴訟事件(高知地方裁判所中村支部平成21年(ワ)第30号売買代金請求事件)に関するものに限られることが明らかである。 また 前記1(1)で認定した事実によれば ,上記訴訟事件は,原告が被告に対し4月分及び5月分の原告商品の未払代金の支払を求めたものであることが認められる。

 したがって,別件和解における第5項は,4月分及び5月分の原告商品の未払代金に関して,原被告間に解条項に定めるもののほかに何らの債権債務がないことを確認したにすぎず,別件和解によって上記1の損害賠償請求権が消滅したものとは認められない

組み合わせの動機付け

2011-03-21 16:32:09 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10273
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年03月08日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 そもそも,「塗料」又は「インク」に関する公知技術は,世上数限りなく存在するのであり,その中から特定の技術思想を発明として選択し,他の発明と組み合わせて進歩性を否定するには,その組合せについての示唆ないし動機付けが明らかとされなければならないところ,審決では,当業者が,引用発明1に対してどのような技術的観点から被覆顔料を使用する引用発明2の構成が適用できるのか,その動機付けが示されていない(当該技術が,当業者にとっての慣用技術等にすぎないような場合は,必ずしも動機付け等が示されることは要しないが,引用発明2の構成を慣用技術と認めることはできないし,被告もその主張をしていない。)。

(4) この点について,被告は,引用例2の段落【0006】の記載を根拠に,色相,着色力及び分散性に優れているのが好ましいことは,インキや塗料の顔料について一般的にいえることであり,引用発明1のインクについてもあてはまることであるから,引用発明1のインクとして引用発明2の油性塗料を適用してみようという程度のことは,当業者が容易に考えつくことであると主張する。
 確かに,インクや塗料において,色相,着色力及び分散性に優れているのが一般的に好ましいと解されるところ,それに応じて,色相,着色力,分散性などのいずれかに優れていることをその特性として開示するインクや塗料も,多数存在すると認められるのであり,その中から,上記の一般論のみを根拠として引用発明2を選択することは,当業者が容易に想到できるものではない

競争関係のない者を共同不法行為者として不競法2条1項14号違反の共同不法行為が成立するか

2011-03-21 15:53:43 | 不正競争防止法
事件番号 平成21(ネ)10043
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成23年03月08日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

3 控訴人と被控訴人SNKとの競争関係が生じた時期について
 不競法2条1項14号の「競争関係」とは,現実に競争関係にある場合に限られず,将来現実化する関係で足りると解されるところ,前記前提となる事実経過記載の事実によれば,被控訴人SNKは平成13年8月1日以降,パチスロに関する事業を行っていたと認めることができるし,また,被控訴人SNK自身,本件書籍1の出版当時,パチンコ・パチスロ業界での事業展開を準備していたと主張している。
 そうすると,本件書籍1及び2が出版された平成15年4月10日及び同年9月10日当時において,被控訴人SNKがパチスロ遊技機の販売を行っていなかったとしても,競争関係が将来現実化する関係があったと認められるから,パチスロ遊技機の製造販売を業とする控訴人と競争関係にあったと認めるのが相当である。
・・・

5 被控訴人らと鹿砦社による外形的共同不法行為の成否について(被控訴人ら及び控訴人との間に競争関係のない鹿砦社を共同不法行為者として,不競法2条1項14号違反の共同不法行為が成立するか
 前記のとおり,被控訴人らは本件書籍1に記載された事実を流布し,被控訴人SNKは本件書籍2~4に記載された事実を流布したものである。
 そして,鹿砦社は出版社であり控訴人とは競争関係にはないが,被控訴人SNKと控訴人が競争関係にあることは前記のとおりであり,被控訴人サミーと控訴人が競争関係にあることは当事者間に争いがない以上,鹿砦社に不競法違反が成立しなくとも,虚偽か否かは後記で判断するところではあるが,外形行為の観点からみれば,被控訴人ら各自の行為において不競法2条1項14号該当要件を満たす以上,この点においては所定の「不正競争」に該当し,他の要件を充足する場合には同法4条による損害賠償義務の成立は免れないものというべきである。被控訴人ら指摘の最高昭和43年4月23日第三小法廷判決・民集第22巻4号964頁は,共同行為者の加害行為について不法行為者が賠償の責めに任ずべき損害の範囲について判断しているものであって,本件に適切でない。

(原審)
平成21年04月27日 東京地方裁判所 平成19(ワ)19202
裁判長裁判官 清水節


イ 幇助者は,法律上,共同行為者とみなされる(民法719条2項)ものの,被告らが共同行為者とみなされるのは,あくまで出版行為を行った鹿砦社の行為についてであって,同社の当該行為は,不競法違反とは評価され得ないものであることは,前記のとおりである。
 そして,共同不法行為が成立するためには,各行為者の行為が当該不法行為の成立要件を満たしていることが必要であると解されるところ(最高裁昭和39年(オ)第902号同43年4月23日第三小法廷判決・民集22巻4号964頁参照),出版行為の主体である鹿砦社に不競法違反が成立しない以上,被告らは,不競法違反とはならない鹿砦社の出版行為の共同行為者とみなされるにすぎないから,不競法違反の共同不法行為は成立しないと解すべきこととなる。

商標法53条1項の解釈

2011-03-14 20:21:57 | 商標法
事件番号 平成22(行ケ)10157
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

商標法53条1項本文は,「専用使用権者又は通常使用権者が指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についての登録商標又はこれに類似する商標の使用であつて商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをしたときは,何人も,当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」と規定する。
 同規定には,その要件として,登録商標又はこれに類似する商標の使用がされること,及び役務の質の誤認を生ずるものをしたことが挙げられている。したがって,同項の要件に該当するというためには一般的抽象的に,登録商標又はこれに類似する商標の使用がされた事実が存在するのみでは足りず,質の誤認を生じさせると主張されている具体的な役務との関連において,登録商標又はこれに類似する商標の使用がされた事実が存在することが必要といえる

 この観点から,本件における結合標章2の使用態様について検討すると,甲14の1,2,甲53の1ないし4によれば,補助参加人Bのウェブページには,パッケージソフトやインターネットを通じたソフトウェアの提供に関する説明,紹介等が記載されていたこと,結合標章2は,同ウェブページの上端に表示されたことが認められるが,同ウェブページは,補助参加人Bの製品,サービス等を公衆に向けて一般的に紹介したものであり,原告が補助参加人Bに委託した具体的なコンピュータシステムの開発,作成業務に関連するものではない
 そうすると,補助参加人Bのウェブページにおいて結合標章2が表示された態様は,補助参加人Bが原告に提供した具体的な役務(原告が質が低いと主張する役務)との関連において結合標章2が使用されたものということはできないから,商標法53条1項本文の要件に該当しない。その他,補助参加人Bが,原告に対して提供した役務と具体的な関連性を有する態様で結合標章2を商標として使用していたことを認めるに足りる証拠はない。

<関連>
事件番号 平成22(行ケ)1012
裁判年月日 平成23年02月28日

プログラムの創作性及び翻案権侵害等の判断基準

2011-03-14 20:01:41 | 著作権法
事件番号 平成22(ネ)10051
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成23年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1) プログラムの創作性及び翻案権侵害等の有無について
著作権法が保護の対象とする「著作物」であるというためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることが必要である(同法2条1項1号)。思想又は感情や,思想又は感情を表現する際の手法やアイデア自体は,保護の対象とならない。例えば,プログラムにおいて,コンピュータにどのような処理をさせ,どのような指令(又はその組合せ)の方法を採用するかなどの工夫それ自体は,アイデアであり,著作権法における保護の対象とはならない

 また,思想又は感情を「創作的に」表現したというためには,当該表現が,厳密な意味で独創性のあることを要しないが,作成者の何らかの個性が発揮されたものであることが必要である。この理は,プログラムについても異なることはなく,プログラムにおける「創作性」が認められるためには,プログラムの具体的記述に作成者の何らかの個性が発揮されていることを要すると解すべきである。もっとも,プログラムは,「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(同法2条1項10号の2)であり,コンピュータに対する指令の組合せという性質上,表現する記号や言語体系に制約があり,かつ,コンピュータを経済的,効率的に機能させようとすると,指令の組合せの選択が限定されるため,プログラムにおける具体的記述が相互に類似せざるを得ず,作成者の個性を発揮する選択の幅が制約される場合があり得る。プログラムの具体的表現がこのような記述からなる場合は,作成者の個性が発揮されていない,ありふれた表現として,創作性が否定される
 また,著作物を作成するために用いるプログラム言語,規約,解法には,著作権法による保護は及ばず(同法10条3項),一般的でないプログラム言語を使用していることをもって,直ちに創作性を肯定することはできない。

 さらに,後に作成されたプログラムが先に作成されたプログラムに係る複製権ないし翻案権侵害に当たるか否かを判断するに当たっては,プログラムに上記のような制約が存在することから,プログラムの具体的記述の中で,創作性が認められる部分を対比し,創作性のある表現における同一性があるか否か,あるいは,表現上の創作的な特徴部分を直接感得できるか否かの観点から判断すべきであり,単にプログラム全体の手順や構成が類似しているか否かという観点から判断すべきではない

 上記の観点に照らして,以下,個別的に検討する。

イ 個別的判断
 (ア) 星座を求めるプログラム
・・・。「②恋愛の神様」のプログラムは,上記アイデアを実現するために,基本的な命令であるswitch-case 文if-else 文を組み合わせて単純な条件分岐をする,一般的,実用的な記述であり,その長さも短いものであるから,作成者の個性が発揮された表現と評価することはできない。なお,プログラムの作成当時,多用されていなかったPHP言語を使用したという事情があるからといって,作成者の個性を認める理由とはならない。
したがって,「②恋愛の神様」の星座を求めるプログラムは,ありふれた表現として,創作性がなく,著作物とはいえない。

<原審>
事件番号 平成18(ワ)24088
裁判年月日 平成22年04月28日
裁判長裁判官 岡本岳

反駁の機会を与えることなく職権審理結果通知に記載の判断と異なる判断を示した審決

2011-03-13 23:22:31 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10221
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟

1 手続上の瑕疵(取消事由1)について
 審判手続には,適切な釈明がされなかったとの手続上の瑕疵はない。その理由は,以下のとおりである。
 原告は,
① 特許庁が,平成22年4月21日,原告に対し,訂正審判請求書(甲44)の副本と,本件訂正を拒絶する旨記載した職権審理結果通知書(甲47)を同時に発送し,同月22日,それらが原告に到達したこと,
② 被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)には,訂正審判請求書(甲44)では全く主張されていない主張が記載されていたこと,
③ 平成22年6月10日,審理終結通知書(甲65)と被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)の副本(甲64)が同時に原告に到達したこと,
④ 審決は,被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)に記載されていた意見を容れ,職権審理結果通知書(甲47)で示した見解と全く矛盾する見解を述べた上,本件訂正を認めたこと,などの経過を前提として,審判官は,原告に対し,平成22年5月20日付け意見書(甲50)に対する反駁の機会を与えるべきであり,そのための釈明をすべきであったが,そのような釈明はされなかったから,審判手続には,適切な釈明権の行使を怠ったとの手続上の瑕疵があると主張する。

 しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することはできない。

(1) 差戻後の本件無効審判の審理の経過は,前記第2,1(3)のとおりである。
 職権審理結果通知は,当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したときに,その審理の結果を当事者等に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えるものであり(特許法134条の2第3項),意見書の提出を前提としていることからすると,意見書を参酌した上で,その後の審判官の見解が,職権審理結果通知書の記載と変わる場合のあることを予定しているものと認められ,職権審理結果通知書の記載が,審決の結論又は理由を拘束するとの法的根拠はない。
 そうすると,本件訂正を拒絶する旨の職権審理結果通知書(甲47)の記載とは結論及び理由を異にして,本件訂正を認める旨の審決が行われたとしても,その点をもって違法ということはできない。

(2) 原告に送付された訂正請求書副本の送付通知(甲63)には,「本件無効審判について本件訂正請求がされたものとみなされた」旨,「本件訂正請求に対して意見があれば訂正審判請求書副本発送の日から30日以内に提出するよう促す」旨が記載されていた。そして,前記(1)のとおり,職権審理結果通知書の記載は,審決の結論又は理由を拘束することはなく,審判官の見解は,職権審理結果通知書の記載と変わる場合があり得るから,原告は,審判官の見解が職権審理結果通知書の記載と変わる場合にも備えて,本件訂正請求について意見を述べることができ,その機会が与えられていたということができる。

(3) 原告は,被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)には,訂正審判請求書(甲44)で主張されていなかった事項が記載されていた旨主張する。ところで,特許法156条2項は,審判長は,職権審理通知をした後であっても,当事者の申立てにより又は職権で審理の再開をすることができる旨規定する。したがって,原告は,被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)に対する反論が必要であると判断した場合には,審理の再開を申し立て,再開された審理において,被告の上記意見書に対する反論をすることができたといえる。それにもかかわらず,原告は,審理の再開を求めることすら行わなかった

(4) 以上の事情を考慮すると,本件において,審判官に,審理終結の前に原告に対して反論の機会を与えるための釈明をすべき義務があったとする根拠はないし,そのような釈明が行われなかったとしても,それによって原告の反論の機会が失われたということはできない。

包袋禁反言を認めず、明細書の記載を総合考慮して記載事項を認定した事例

2011-03-10 23:02:00 | 特許法36条6項
事件番号 平成22(行ケ)10109
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

4 36条6項1号への適合性
以上を前提として,本願発明の36条6項1号への適合性について,検討する。
「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,「特許請求の範囲」に記載された本願発明が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲のものであるか否か,すなわち,・・・について,検討する。
・・・
(3) 「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載との対比
ア ・・・
 本願明細書中には,DV2 がアミノシリコーンを含んでいるとの明示の説明はされていない。仮に,DV2 がアミノシリコーンを含まないものであると認識されるならば,実施例1における比較例は,アミノシリコーンを含む還元用組成物を用いて還元処理したもの(従来技術)でないから,「本願発明の実施例」と「従来技術に該当するもの」とを対比したことにはならず,本願発明により前処理を施したことによる効果を示したことにならない
 審決は,この点を理由として,実施例1の実験は,比較実験として適切なものでないと判断する

 しかし,審決の同判断は,妥当を欠く。すなわち,前記のとおり,本願発明の特徴は,先行技術と比較して,「・・・」を適用するという前処理工程を付加した点にある。
そして,
① 特許請求の範囲において,前処理工程を付加したとの構成が明確に記載されていること,
② 本願明細書においても,発明の詳細な説明の【0011】で,前処理工程を付加したとの構成に特徴がある点が説明されていること,
③ 本願明細書に記載された実施例1における実験は,前処理工程を付加した本願発明と前処理工程を付加しない従来技術との作用効果を示す目的で実施されたものであることが明らかであること等
総合考慮するならば,本願明細書に接した当業者であれば,上記実施例の実験において,還元用組成物として用いられた DV2 が「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」との明示的な記載がなくとも,当然に,「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」の一例として DV2を用いたと認識するものというべきである。

 確かに,前記3(3)記載のとおり,原告は,本願発明の還元用組成物について,アミノシリコーンを含有しない還元用組成物である旨の意見を述べている。しかし,原告が,このような意見を述べたのは,本願発明が,先行技術との関係で進歩性の要件を充足することを強調するためと推測され,手続過程でこのような意見を述べたことは,信義に悖るものというべきであるが,そのような経緯があったからといって,DV2 が「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」であることにはならない。なお,甲14ないし16によれば,DV2 は,アミノシリコーンを含有しているものと推認される。

構成の意義を明細書の記載から認定して引用発明と対比した事例

2011-03-07 22:01:19 | 特許法29条の2
事件番号 平成22(行ケ)10299
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1) 本件明細書の記載
本件明細書(甲19)には,「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」との構成に関して,以下の記載がある。
 ・・・
 このように,本件発明1の上記実施例は,「給水管配設空間部」を「カバー部材」により覆うことにより,全体として平面的に形成され,見栄えが非常に良くなるとの効果を生じるとするものである。すなわち,「カバー部材」を用いずに「給水管配設空間部」のような空隙を生じさせた場合には,全体として平面的に形成されず,見栄えが悪くなると解される。
以上のとおり,「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」ことの意義は,全体として平面的に形成され,見栄えが非常に良くなることを意味しているものといえる。本件明細書には,同記載部分を除いて,「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」ことの意義に関する記載はない。
 ・・・
3 相違点1の実質的同一性に係る判断
 上記によれば,本件発明1における植栽マットを「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」との構成の技術的意味は,給水管配設用空間部22を形成し得るような「空隙」が生じないというものであって,植栽設備が全体として平面的に形成され,その見栄えが非常に良くなるとするものである。
他方,甲2-1発明の緑化構造も,雑然としたイメージを排除して花壇のような美しい景観を造り出すように載置するものであって,本件発明1の植栽設備と同様の美観上の効果を有するものであることに照らせば,甲2-1発明の緑化構造は,本件発明1の「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」との構成を備えるものであるといえる
 そうすると,相違点1(「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」との限定の有無)は実質的な相違点に当たらず,本件発明 1 と,甲2-1 発明とは同一の発明であり,特許法29条の2の規定に違反して特許されたものとして本件発明1及び2の特許がいずれも無効である旨判断した第2次審決には誤りがないということができる。

原審

拒絶査定の理由とは異なる理由の審決

2011-03-07 21:39:45 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10174
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(2) 判断
ア 上記(1) ア認定の事実及び弁論の全趣旨によれば,
 平成19年10月19日付け拒絶理由通知書及び平成20年5月13日付け拒絶査定においては, 引用発明との相違点に関する本願発明の構成である「1.0μL未満の容量をもつキャピラリー室」について,引用例2に開示されていると認定し,これを理由として,本願発明は,当業者が容易になし得たものと認められると判断したこと,
 原告(審判請求人)が,平成20年10月27日付け手続補正書において上記認定を争ったところ,審決においては,一方で,引用例2における「キャピラリー室の容量」は本願発明のものより大きいことを認定し,他方で,甲10ないし12を引用し,これに基づいて,「グルコースセンサの分野において,検査に用いるサンプル量を少なくするためにサンプル室の容量を小さなものとすることは,本願優先権主張日前に,当業者の間に広く知られた課題であって,サンプル室の容量を1μl以下としたものも周知である」としこれを理由として,「引用発明において,キャピラリー室の容量および深さを,上記相違点2における本願発明のようにすることは,・・・容易に想到しうる程度のことである」と判断したこと,
 甲10ないし12については,審決に至るまでの手続では提示されず,それらに記載された技術が周知であることについて,原告に意見を述べる機会を付与しなかったこと等の事実が認められる。

 以上によれば,審決は,相違点2に係る本願発明の構成である「1.0μL未満の容量をもつキャピラリー室」とすることが容易想到であると判断するに当たって,引用例2に開示されているとした査定の理由とは異なり,甲10ないし12に基づき,サンプル室の容量を1μl以下としたものが周知であるとの理由によって結論を導いたことが認められる。そうすると,審判手続において,原告に対し,拒絶の理由を通知し,意見書を提出する機会を与えるべきであったにもかかわらず,その機会を付与しなかったから,特許法159条2項で準用する同法50条に違反する手続違背があり,この手続違背は審決の結論に影響を及ぼすというべきである。

特許権者は警告が「虚偽の事実」の告知とならないよう高度の注意義務を負うか

2011-03-06 22:45:16 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)31686
事件名 不正競争行為差止等請求事件
裁判年月日 平成23年02月25日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(2) 不競法2条1項14号に基づく損害賠償責任の有無
ア 前記1で認定したとおり,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから,・・・,本件告知の内容は,結果的にみて,虚偽であったことになる
・・・
カ 以上のように,特許権者である1審被告が,特許発明を実施するミヤガワらに対し,本件特許権の侵害である旨の告知をしたことについては,特許権者の権利行使というべきものであるところ,本件訴訟において,本件特許の有効性が争われ,結果的に本件特許が無効にされるべきものとして権利行使が許されないとされるため,1審原告の営業上の信用を害する結果となる場合であっても,このような場合における1審被告の1審原告に対する不競法2条1項14号による損害賠償責任の有無を検討するに当たっては,特許権者の権利行使を不必要に萎縮させるおそれの有無や,営業上の信用を害される競業者の利益を総合的に考慮した上で,違法性や故意過失の有無を判断すべきものと解される。

 しかるところ,前記認定のとおり,本件特許の無効理由については,本件告知行為の時点において明らかなものではなく,新規性欠如といった明確なものではなかったことに照らすと,前記認定の無効理由について1審被告が十分な検討をしなかったという注意義務違反を認めることはできない
 そして,結果的に,旭化成建材の取引のルートが1審原告から1審被告に変更されたとしても,本件告知行為は,その時点においてみれば,内容ないし態様においても社会通念上著しく不相当であるとはいえず,本件特許権に基づく権利行使の範囲を逸脱するものとまではいうこともできない


(原審)
事件番号 平成20(ワ)18769等
裁判年月日 平成22年09月17日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 岡本岳

 特許権者が,競争関係にある者が製造する物品について,その取引先に対し特許権の侵害を主張して警告することは,これにより当該警告を受けた取引先が特許権者による差止請求,損害賠償請求等の権利行使を懸念し,当該物品の取引を差し控えるなどして上記製造者の営業上の利益を損う事態に至るであろうことが容易に予測できるのであるから,特許権者は,そのような, 警告をするに当たっては 当該警告が不競法2条1項14号の「虚偽の事実」の告知とならないよう,当該特許に無効事由がないか,当該物品が真に侵害品に該当するか否かについて検討すべき高度の注意義務を負うものと解すべきである。
 そこで,このような見地に立って本件について検討すると,上記1で説示したように,本件特許発明は,当業者が引用発明,甲18の2刊行物及び甲19の2刊行物の記載に基づき容易に発明することができたものであって進歩性を欠くものであるが,
① 引用発明が記載された甲22刊行物は,本件特許出願の3年以上前の平成11年1月に旭化成建材がパワーボードの施工をする業者向けに発行した技術情報パンフレットであり,相当の部数が当業者に配布されたことが推認できること,
② 副引用例である甲18の2刊行物及び甲19の2刊行物は本件特許権の出願審査の過程でされた平成19年4月24日付け拒絶理由通知において引用文献として指摘されていたこと(乙)5 ,
③ それにもかかわらず,被告が甲3及び甲4の書面を送付するに当たり,本件特許の無効事由の有無につき検討したのか否か,したとすればどのような検討を行ったのか
について,被告は何ら主張立証をしていないこと等に照らすと,被告が本件告知行為を行うに当たって上記注意義務を尽くしたと認めることはできず,被告には過失があるというべきである。

主引用発明の目的に反する相違点の構成の採用

2011-03-05 21:21:00 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10162
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

(2) 本件発明1の「折り曲げ部」の構成については,曲げる角度が90度よりも小さな角度になる場合も含まれると解されるが,縫いボールと同様の溝を形成するという発明の目的や,「折り曲げ」の語意を考慮すると,単に曲げられているだけでなく,相当程度大きな角度で曲げられるべきものと解される。
 そうすると,仮に,引用発明1の皮革片の周縁部分に「折り曲げ部」の構成を採用した場合,「折り曲げ部」において相当程度大きな角度で曲げられることになり,それよりも内側の部分は平坦に近い状態になってしまうから,大きな隆起を形成することができなくなり,引用発明1の「隆起部分」の形成という目的に反することになる

(3) さらに,縫いボールにおいて,「折り曲げ」は,縫うことによって必然的に生じるものであり,両者は一体不可分の構成ということができる。したがって,折り曲げ部を有する縫いボールが周知であるとしても,このうち折り曲げる構成のみに着目し,これを縫いボールから分離することが従来から知られていたとは認められず,これが容易であったということもできない。

医薬品の「用途」の解釈(存続期間延長登録)

2011-03-05 20:48:00 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10423等
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

第2 事案の概要
 本件は,特許権の存続期間の延長登録に対する無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。争点は,本件延長登録に先だってされた延長登録の理由となった処分の対象物について特定された用途と,本件延長登録におけるそれとが実質的に同一であるか否か,である


第4 当裁判所の判
・・・
5 先の承認処分における用途と本件承認処分における用途の同一性について前記認定によれば,・・・,塩酸ドネペジルが軽度及び中等度アルツハイマー型認知症症状の進行抑制に有効かつ安全であることが確認されていたとしても,より重症である高度アルツハイマー型認知症症状の進行抑制に有効かつ安全であるとするには,高度アルツハイマー型認知症の患者を対象に塩酸ドネペジルを投与し,その有効性及び安全性を確認するための臨床試験が必要であったと認められる。

 そして,「用途」とは「使いみち。用いどころ。」を意味するものであり,医薬品の「用途」とは医薬品が作用して効能又は効果を奏する対象となる疾患や病症等をいうと解され,「用途」の同一性は,医薬品製造販売承認事項一部変更承認書等の記載から形式的に決するのではなく,先の承認処分と本件承認処分に係る医薬品の適用対象となる疾患の病態(病態生理),薬理作用,症状等を考慮して実質的に決すべきであると解されるところ,本件のように,対象となる疾患がアルツハイマー型認知症であり,薬理作用はアセチルコリンセルテラーゼの阻害という点では同じでも,先の承認処分と後の処分との間でその重症度に違いがあり,先の承認処分では承認されていないより重症の疾患部分の有効性・安全性確認のために別途臨床試験が必要な場合には,特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって政令で定めるものを受ける必要があった場合に該当するものとして,重症度による用途の差異を認めることができるというべきである。

 よって,本件においては,前記判示のとおり,疾患としては1つのものとして認められるとしても,用途についてみれば,先の承認処分における用途である「軽度及び中等度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」と本件承認処分における用途である「高度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」が実質的に同一であるといえないとして,存続期間の延長登録無効審判請求を不成立とした審決は,その判断の結論において誤りはない。

特許法153条1項(審判手続における職権探知主義)の解釈

2011-03-04 23:47:17 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10189
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

1 取消事由1(特許法153条1項の解釈適用の適否)について
(1) 特許法153条1項が,審判手続における職権探知主義を採用しているのは,審判が,当事者のみの利害を調整するものではなく,広く第三者の利害に関する問題の解決を目的とするものであって,公益的な観点に基づく解決を図る必要があることによるものと解される。そのような観点から行われる職権の発動は,基本的に適法なものとして許容されるべきであり,これを補完的かつ例外的な場合に限定し,それ以外の場合には違法とすべきとする原告の主張は採用することができない。そして,本件審判手続において,職権による無効理由について審理したことに関し,特に違法とすべき点は認められない。

(2) 原告は,審決が引用刊行物1及び2について判断したことは,無効審判請求がないのに職権で本件発明を無効にすべきものと判断したことに相当する旨主張する。しかし,審決が無効とした本件特許の請求項13は,被告による無効審判請求の対象であるから,特許法153条3項に反することはない。本件においては,職権で審理する無効理由を,当事者に通知した上で(同条2項),無効と判断したものであるから,審決に手続上の違法な点はなく,原告の上記主張は理由がない。
以上のとおり,取消事由1については理由がない。