知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

公開特許公報への掲載は「刊行物に発表」すること?

2006-11-14 06:28:09 | 最高裁判決
事件番号 昭和61(行ツ)160
事件名 審決取消
裁判年月日 平成1年11月10日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集巻・号・頁 第43巻10号1116頁
判示事項 発明の公開特許公報への掲載と特許法三〇条一項にいう刊行物への発表
裁判要旨 特許出願した発明が内外の公開特許公報に掲載されることは、特許法三〇条一項にいう「刊行物に発表」することには該当しない。
参照法条 特許法30条1項 特許法65条の2


『特許を受ける権利を有する者が、特定の発明について特許出願した結果、その発明が公開特許公報に掲載されることは、特許法三〇条一項にいう「刊行物に発表」することには該当しないものと解するのが相当である。けだし、同法二九条一項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である同法三〇条一項にいう「刊行物に発表」するとは、特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ、公開特許公報は、特許を受ける権利を有する者が特許出願をしたことにより、特許庁長官が手続の一環として同法六五条の二の規定に基づき出願にかかる発明を掲載して刊行するものであるから、これによって特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないからである。そして、この理は、外国における公開特許公報であっても異なるところはない。』

本質的部分の相違とは?(均等論第1要件)

2006-11-08 22:29:51 | Weblog
事件番号 平成18(ネ)10063
事件名 特許権侵害差止請求権不存在確認請求控訴事件
裁判年月日 平成18年10月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 佐藤久夫

(均等論の第1要件と第5要件)
『控訴人は,「グリップ力が向上しタイヤが摩耗しにくい」という本件発明の作用効果は,本件発明の特許出願時,公知ではなかったもので,本件発明の本質的部分であるところ,被控訴人は,本件発明の内容が公開公報で明らかとなった後,本件発明の上記作用効果を奏するようにしながらも,その特許請求の範囲の数値を僅かに置き換えた原告製品を製造販売することによって本件特許権に基づく差止め等の権利行使を免れようとしたものであり,本件発明の上記作用効果を無視し,数値(構成要件A)の僅かな違いや非発泡表面層に関する表現(構成要件B)の違いにより,原告製品は構成要件A及びBを充足しないとして,原告製品の製造販売が本件特許権の侵害に当たらないと判断するのは不当である旨主張する
 しかし,先に説示したとおり,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないのであるから,特許権侵害訴訟において,相手方が製造販売する対象製品が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断するに当たっては,特許請求の範囲に記載された構成を充足するかどうかを基準とすべきであり,対象製品が特許請求の範囲に記載された構成のすべてを充足しない場合には,対象製品は,均等侵害が成立する場合を除き,特許発明の技術的範囲に属するということはできないものと解されるところ,前記認定のとおり,原告製品のうち,OP-434は本件発明の構成要件Aの破断伸びの上限値を超えている点で,OP-435及びOP-582は構成要件Aの圧縮応力の上限値を超えている点でそれぞれ本件発明の構成要件Aを充足せず,また,原告製品はその帯状環状体の表面に「ゴムからなる非発泡表面層」を有しない点で本件発明の構成要件Bを充足しないのであるから,これらの点において原告製品は本件発明の技術的範囲に属しないというべきである。
 加えて,異なる構成の発明から同一の作用効果が生じることはあり得ることであって,作用効果が同一であるからといって構成が同一であると直ちにいえないことは先に説示したとおりであり,原告製品が本件発明と同一の作用効果を奏するとしても,そのことから直ちに本件発明の構成要件A及びBを充足するということはできないのであるから,控訴人のいう作用効果の点は,原告製品が本件発明の技術的範囲に属しないとの上記判断を何ら妨げるものではない。』

『先に説示したとおり,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,均等の第1要件ないし第5要件を充足するときは,対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属すると解すべきであるが(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照),前記認定のとおり,原告製品は,本件発明の構成要件A及びBを充足しない点において,本件発明の構成と異なるものであるところ,自動車タイヤ用内装材について,本件発明に係る特許請求の範囲(請求項1)に記載された範囲内の数値に限定された特定の物性を有するゴム発泡体(構成要件A)を使用するとともに,上記ゴム発泡体からなる帯状環状体の表面にゴムからなる非発泡表面層を一体化させる構成(構成要件B)を採用したことは,いずれも本件発明特有の課題解決の手段を基礎付ける技術的思想の中核的,特徴的な部分すなわち本件発明の本質的部分であると認めるのが相当であるから,上記異なる部分は本件発明の本質的部分であり,原告製品は,均等の第1要件を充足しないものである。』

『また,前記認定のとおり,本件発明の特許出願経過によれば,控訴人は,ゴム発泡体からなり帯状環状体に形成される内装材のうち,ゴム発泡体からなる帯状環状体のみから構成されるものを,スキン層に該当する表面層のあるものも含め,意識的に本件発明の技術的範囲から除外したものであるところ,原告製品は,上記のとおり除外されたゴム発泡体からなる帯状環状体のみから構成されるものに該当するから,均等の第5要件(「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき」)を充足しないというべきである。』

『控訴人は,原告製品は,本件発明の構成要件A記載の圧縮応力又は破断伸びの上限値を僅かに(数g又は数%)超えている点で本件発明の構成と異なる部分があるが,本件発明の作用効果と同一の作用効果を奏するから,上記異なる部分は本件発明の本質的部分ではなく,均等の第1要件を充足する旨主張(前記第2の2(2)イ(ア)①)するが,均等の第1要件は,異なる部分の構成が発明の構成の本質的部分かどうかを評価判断するものであって,発明の作用効果が本質的部分かどうかを問題とするものではないから,上記主張は採用することはできない。
 また,控訴人は,原告製品は本件発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に僅かに数値を除外したものであるから,均等の第5要件を充足する旨主張(前記第2の2(2)イ(ア)⑤)するが,均等の第5要件は,出願人が,特許出願手続において当該異なる部分の構成を意識的に除外したかどうかなど,特許権者側の事情を問題とするものであるから,控訴人の上記主張はその主張自体均等の第5要件を充足するものではない
 したがって,原告製品は,本件発明の構成と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属するとの控訴人の上記主張は採用することができない。』

同一の事項を異なる表現で特定した場合

2006-11-08 21:56:08 | 特許法29条の2
事件番号 平成18(行ケ)10075
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 中野哲弘

『本願発明1において,サブフィールド数を9個とし,輝度重みを1,2,4,8,16,32,48,64,80とした場合には,先願発明における図1の第1組の実施例と同一の輝度表現となるものである。
 これに照らせば,このような同一の輝度表現を,本願発明1では「最も輝度重みの大きいサブフィールドがオフとなる組み合わせを表示させ」ると特定するのに対し,先願発明では「上位の変化が少ない」と特定したものというべきであり,同一の輝度表現を異なった表現を用いて特定したに過ぎないと解するのが相当である。』

定性的ないし抽象的な記載に止まり実施できない例

2006-11-08 21:44:18 | 特許法36条4項
事件番号 平成17(行ケ)10820
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 中野哲弘


『本願補正明細書は,富化手段,作用効果,好適な態様,構造成分,具体例の各記載を検討してみても,その記載は定性的ないし抽象的な記載に止まっており,操作の対象である物質の設定,操作の方向性の設定,操作の程度の設定のいずれの観点からも当業者が本願補正発明に係る方法を実施するための指針や目安となる記載がない。
 そうすると,本願補正発明の構成については,あくまで目的に応じて,その目的とする技術的効果が得られるような手段を採用することにより,目的が達成され得る発明であることを,目的・効果との関係において説明するに止まっているというべきであり,方法の発明の技術的手段として開示されるべき「骨形成用」のために有, 用な「活性剤複合体」を生成するための,操作自体に関する事項が十分に開示されていないというほかない。
 したがって,本願補正明細書は,方法の発明の技術的手段として開示されるべき,操作自体に関する具体的事項についての開示が不十分であるため,当業者が,容易に本願補正発明を実施することができる程度に,目的,構成及び効果を記載していないものというほかはない。』


『本願補正発明の方法を利用するに当たって,「構造成分」,「補充成分」,「接着成分」,「増殖・成熟成分」のいずれを枯渇あるいは富化すべきかは,当業者の目的によって異なるとしても,上記アに説示したとおり,当業者は,本願補正発明を実施するためには,活性剤複合体という有機的一体のものの実際の適用部位における標的構造体との相互作用の態様,その中での個々の成分が果たす機能の程度に照らし,骨形成用として有用である活性剤複合体を生成するために,具体的にいかなる操作をすることが必要であるかについての何らかの指針や目安を必要とすることに変わりはないというべきであり,かかる指針や目安がないと,当業者は,上記4成分のいずれを枯渇又は富化すべきかを選定したり,枯渇又は富化の程度を適宜調整するために,過度の試行錯誤を強いられることとなると評価するほかないものである。』


『しかし,上記の4つの各成分として発揮する機能の程度や,実際の標的構造体である適用部位との相互作用の程度は,具体的物質ごとに異なると考えられる。そうすると,本願補正明細書において,各成分に該当する具体的物質を選定する方法の記載がないと,骨形成用の当該活性剤複合体を生成するために,具体的にいかなる操作をすることが必要であるかについての指針や目安を示したことにはならないというべきである。そして,かかる指針や目安がないと,当業者は,上記4成分のいずれを枯渇又は富化すべきかを選定したり,枯渇又は富化の程度を適宜調整するために,過度の試行錯誤を強いられることとなると評価するほかなく,本願補正発明を容易に実施することが可能とはいえないこととなることは,上記(2)アに説示したとおりである。』


『確かに,当業者が,実際に骨形成用として有用である活性剤複合体を得るために,選定した成分をどの程度富化ないし枯渇すべきかが,出発材料に含まれる各成分の量や,適用対象たる組織が含有する成分の種類や量,さらには当業者の目的等によって変わり得るものであることは考えられる。
 しかし,このことは,本願補正発明の方法を実施する際に,これに該当する具体的方法が,極めて多種多様なものとなり得ることを示すに過ぎないものであって,当業者が本願補正発明の方法を実施する際の指針,目安がなくてもよい合理的理由となるものとはいえない。
 そして,骨形成用の活性剤複合体を生成する方法の発明である以上,具体的な操作自体について,指針,目安を示すことが不可能であるとする合理的な根拠はないし,かかる指針,目安を,当業者が目的・状況に応じて適宜調整すべき事項とみるのは,下記イに説示したとおり,当業者に過度の試行錯誤を強いるものと言うべきである。』

『以上のことに,前記2(4)を併せ考慮すれば,当業者は,目的とする技術的効果を挙げることができるように枯渇または富化する,という抽象性の高い指針をいわば唯一の目安として,骨形成用として有用な活性剤複合体を得るために,あらゆる試行錯誤を繰り返さざるを得ないものである。
 すなわち,当業者は,本願補正発明を実施するために過度の負担を強いられることとなるというべきであって,枯渇,富化の程度が,本願補正発明の実施可能性と無関係であるとはいえない。』