知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

物質特許の進歩性

2008-10-05 12:07:43 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10430
事件名 審決取消請求事件(特許)
裁判年月日 平成20年10月02日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

(3) 原告は,医薬品原料としては高い純度が要求されるのが周知なのであり,既に純粋なアカルボースが存在していたのであり,また,精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られることも常識であって,精製法は甲2のほかにも多数の種類が知られていたのであるから,本件発明は,甲3と甲2から容易に発明することができた,と主張する。

 しかしながら,ある精製方法を繰り返し行ったとしても,その精製方法ごとに,達成できる純度に自ら上限があるのが通例であって,「精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られること」によって,直ちに,本件発明で規定する純度のものが得られるとは認められない。

 また,本件明細書の記載によれば,従来法である,強酸カチオン交換体にアカルボースを結合して塩溶液又は希酸で溶出する方法や,この強酸カチオン交換体を単に弱酸カチオン交換体に代替する方法によっては,本件発明で規定する純度を達成することができず,非常に特に弱い酸性の親水性カチオン交換体を用い,かつ,狭く制限されたpH 範囲内において溶出を行うことによって初めて,その純度を達成できたものであると認められる。これに対し,甲2に記載された精製法が,本件発明で規定する純度を達成可能なものであることは何ら示されていない。・・・

 したがって,たとえ課題や動機が存在していたとしても,本件優先日前に,本件発明で規定する純度を達成可能とする手段は公知ではなかったことから,本件発明で規定する純度のものを得ることは,当業者といえども容易には行い得なかったものと認められる

(4) さらに,原告は,本件発明1において,純度を93%以上とすることによる特段の作用効果が認められない,と主張する。しかしながら,それまで技術的に達成困難であった純度を達成できたことは,それ自体で,特段の作用効果を奏したものということができるものであって,原告の上記主張も採用することができない。

先願と後願の発明が同一か否かの判断事例

2008-10-05 11:13:22 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10108
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月01日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

3 取消事由の検討
 ・・・
(1) 原告は,先願発明においては,「収束Vthについて,・・・,収束Vth=UV・E・Vthである。他方,補正発明は・・・,これはVth<UV・E・Vthを意味するから,補正発明は,この点において先願発明と相違する」と主張する。

 確かに,先願明細書には,上記2のとおり,収束Vthを紫外線消去時のしきい値電圧UV・E・Vthとすることにより,外部ストレスに対する安定性を高めるフラッシュ型E2PROMの消去方法の発明が記載されている。

 しかしながら,先願明細書には,上記2(1)のとおり,リーク電流が流れないようにし,書込時の消費電流を低減するという発明の目的が明示されており,この目的を達成するものとして,先願発明に係る技術思想が開示されているのであるから,先願明細書には,上記のような外部ストレスに対する安定性を高めるフラッシュ型E2PROMの消去方法の前提となる先願発明が,独立の技術思想として開示されていることは明らかである

 そうすると,先願発明における収束Vthは,収束Vth=UV・E・Vthの場合に限定されないものであり,先願発明は,「定常状態しきい値電圧をUV消去電圧よりも小さくオフセットするもの」(収束Vth<UV・E・Vth)を含むものであるというべきであるから,原告の主張を採用することはできない。

(2) また,原告は,「先願発明にはゲート電圧が接地電圧よりも高くなければならないという要求は存在しない。他方,補正発明はゲート電圧が接地電圧よりも高いという限定が付加されているものであるから,補正発明はこの点において先願発明と相違する」と主張する。

 先願発明は,上記2(1)イ(イ)のとおり,・・・,上記【数7】によって示される式及び図3のグラフのみからすると,ゲート電圧が接地電圧(0V)よりも低い場合が想定され得るようにも見える。

 しかしながら,先願発明は,上記2(1)イ(ア),(イ)のとおり,ゲート電圧VGが0Vの条件で行われる従来の消去方法において,リーク電流が流れるために書込時の消費電流が増大するという問題を解決するために,F-N・トンネリングによる消去後のセルフ・コンバージェンス時に,・・・,収束Vthをドレイン電流(リーク電流)が流れ始めるしきい値電圧以上にするというものであるから,ここで印可するゲート電圧VGが0V(接地電圧)よりも高いものであることは明らかである。

 そうすると,先願発明のゲート電圧は,補正発明のゲート電圧と同様,接地電圧よりも高いものであるから,原告の主張を採用することはできない

(3) さらに,原告は,先願明細書における段落【0021】~【0025】の記載を根拠として,先願発明は「セルフ・コンバージェンス及び複数回消去方式のような,しきい値電圧の収束及び自己収束方式」であるとし,補正発明はこれに対する改良をもたらすものであるから,補正発明は,この点においても先願発明と相違する旨主張する。

ア 先願明細書の特許請求の範囲の請求項3~5は,次のとおり記載されている。
・・・

ウ 上記ア,イによると,先願明細書の段落【0021】~【0025】の記載は,請求項3~5に記載された発明の実施例についての記載であると認められ,先願明細書には,これらの記載によって,書込み後のメモリセルのしきい値電圧Vthがばらつくことによる問題を解決するため,メモリセルすべてが書込み状態にあるとき,セルフ・コンバージェンスによって書込み後のメモリセルのしきい値電圧Vthを,ある一定のVthに収束させるようにする発明が開示されているものと認められる。

 しかしながら,審決及び本判決が,先願明細書に基づいて認定した「先願発明」は,上記2(1)のとおり,リーク電流が流れないようにし,書込時の消費電流を低減するという目的を達成するため,同(2)の構成を備えた発明であって,この先願発明が,先願明細書の請求項3~5及び段落【0021】~【0025】に開示された上記発明とは別個の発明と観念されることは明らかである。

 そして,先願発明とは別個の発明が,先願発明と並んで先願明細書に開示されており,この発明と補正発明との間に,仮に原告が主張するような相違があるとしても,先願発明と補正発明との間に相違があることにはならないから,原告の主張は失当であるといわざるを得ない。

(4) 上記(1)~(3)のとおり,補正発明と先願発明との間に原告が主張する相違点が存在するとは認められず,これらが実質的に同一であるとして,本件補正を却下した審決の判断に誤りはないから,審決が発明の要旨を本件補正前の請求項5の記載のとおり認定したことは正当である。

不法行為と不当利得

2008-10-05 10:01:42 | Weblog
事件番号 平成20(ネ)10031
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成20年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

9 争点10(不当利得の成否)について
 原告らは,①民事法務協会に対する法務局内におけるコピー機設置場所の提供行為,及び②本件土地宝典の貸出行為により,被告が不当な利益を得ていると主張する

 しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。

 すなわち,民法703条は,法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う旨を規定する。

 ところで,コインコピー機を設置したのは,民事法務協会であり,本件土地宝典を複製したのは,不特定多数の第三者であり,そのいずれの行為についても,被告自らが行ったものではない

 被告は,民事法務協会からコインコピー機の設置使用料を得ているが,当該使用料は,国有財産(建物の一部)を占有させたことによる対価の性質を有するものであって,使用許可を受けた民事法務協会が,コインコピー機を設置し,不特定多数の第三者に本件土地宝典の複製をさせることによって受けるコピー代金に関連して得たものではない(乙20)。
 また,民事法務協会が不特定多数の第三者に本件土地宝典の複製をさせることによって受けるコピー代金は,当該第三者によるコピー機の使用の対価であり,その金額は複写に要したコピー用紙の数量により定まるものであって,当該第三者が本件著作権の使用料を支払ったか否か,あるいは,そもそも複写の対象が本件土地宝典であったか否かによって,左右されるものではないから,そもそも民事法務協会についても,本件土地宝典の複製行為によって,民法703条所定の「利益」を得たということはできない。

 そうすると,被告が本件土地宝典の複製行為によって,民法703条所定の「利益」を得たと解する余地はない。

 この点について,原告らは,被告には,その行為を合法化するために必要な支出を免れた利得があるなどと主張するが,失当である。

 不法行為の制度は,加害者が被害者に対して,被害者の受けた被害を金銭賠償によって回復させる制度であるのに対して,不当利得の制度は,法律上の原因がないにもかかわらず,一方が損失を受け,他方がその損失と因果関係を有する利益を有する場合に,衡平の観点から,その点の調整を図る制度であって,それぞれの制度の趣旨は異なる
 不当利得が成立するか否かは,あくまでも,損失と因果関係を有する利益を得ているか否かという,不法行為とは別個の観点から吟味すべきであることはいうまでもない。原告らの主張によれば,不法行為が成立する場合は,常に,加害者が利益を得ている結果となり不合理である。

 以上のとおり,不特定多数の第三者のする本件土地宝典を複製した行為が,不法な行為であり,かつその行為により利益を得ていると評価される場合に,当該行為が,不法行為のみならず不当利得をも構成することがあり,また,コピー機の設置場所を提供し,本件土地宝典を貸与する被告の行為が,幇助態様による民法719条2項所定の不法行為を構成すると評価されることがあったとしても被告が原告らの損失と因果関係を有する利益を得ていない以上,不当利得は成立しない。原告らの主張は,採用することができない。

拒絶理由の形式で通知されていない引用例(防御権行使の機会の有無)

2008-10-05 09:28:53 | 特許法50条
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=36848&hanreiKbn=06
事件番号 平成19(行ケ)10065
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


1 特許法159条2項に違反する手続の誤り(取消事由1)について
(1) 特許法は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合には,拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する(同法159条2項,50条)。

 同法159条2項の趣旨は,審判官が,新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,あらかじめその理由を出願人(拒絶査定不服審判請求人)に通知して,弁明ないし補正の機会を与えるためであるから,審判官が拒絶理由を通知しないことが手続の違法を来すか否かは,手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,拒絶理由の通知をしなかったことが出願人(拒絶査定不服審判請求人)の防御権行使の機会を奪い,利益の保護に欠けるか否かの観点から判断すべきである

・・・

ク まとめ
上記の手続過程の要点は,以下のとおり整理することができる。すなわち,
(ア) 本願発明の進歩性に関し,原告は,平成17年5月9日付け手続補正(甲6,甲9)の段階から,アンダーカット構造が円周方向に不連続であって複数のアンダーカット円弧状部を複数の空隙に対して交互に具えることが進歩性を基礎付ける旨の主張をしていた(前記(2)イ,ウ)。

(イ) 平成18年3月29日付け拒絶査定(甲10)において,連結部材を円周方向に不連続な複数の円弧状部にすることが従来周知の技術手段であることを示すものとして引用例2(甲2)が挙げられ,連結部材においてアンダーカット構造が円周方向に不連続であって複数のアンダーカット円弧状部を複数の空隙に対して交互に具えるという,引用発明2の「突出部材32」,「空間33」,「フック部34」に対応する構成について具体的な指摘がなされた(前記(2)エ)。

(ウ) 原告は,平成18年5月19日付け審判請求書(甲11)において,引用例2について・・・本願発明の如き周方向連続壁を開示するものではないと主張した(前記(2)オ)。

(3) 判断
 上記認定した事実に基づき,審判官が,拒絶理由の通知をしなかったことが原告の防御権行使の機会を奪い,利益の保護に欠けるか否かを判断する。
 前記(2)ク(ア)ないし(ウ)によれば,拒絶査定の理由の実質的な内容は,
① 本願発明と甲1記載の引用発明1との間に,「・・・」という相違点(審決で認定されたのと同様の相違点(前記第2,3(2)ウ))があること,
② その相違点に係る構成は,甲1記載の引用発明1に,引用例2(甲2)や特開昭63-68159号公報に記載されている周知技術(引用例2に記載された「フツク部34」に係る構造)を適用することにより容易に想到し得ること,であったものと認められる。

 そして,原告は,拒絶査定の理由の実質的な内容が上記のとおりであることを認識した上で,引用例2(甲2)に記載された「フツク部34」と「突出部材32」を検討し,審判請求書(甲11)において,甲2記載の引用発明2と本願発明が相違するという趣旨の反論をしたものと認められる。

 そうすると,当業者が本願発明を引用発明1,引用発明2に基づいて容易に発明することができたという理由が拒絶理由通知等の形式により通知されていないとしても,原告は,拒絶査定によって,その実質的な理由を認識し,それについて具体的に検討した上で反論,補正を行っていると認められるから,出願人である原告の防御権行使の機会を奪うことはなく,その利益保護に欠けることはないと解される。

 したがって,審判官が,当業者が本願発明を引用発明1,引用発明2に基づいて容易に発明することができたという理由を通知しなかったとしても,それが手続の誤りとして違法となることはないというべきである。