知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

ピンク・レディー事件-パブリシティ権を認めた判決

2012-02-22 21:58:01 | 最高裁判決
事件番号 平成21(受)2056 判決全文はここ
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成24年02月02日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷  

3(1) 人の氏名,肖像等(以下,併せて「肖像等」という。)は,個人の人格の象徴であるから,当該個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有すると解される(氏名につき,最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決民集42巻2号27頁,肖像につき,最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決刑集23巻12号1625頁最高裁平成15年(受)第281号同17年11月10日第一小法廷判決民集59巻9号2428頁各参照)。
 そして,肖像等は,商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり,このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は,肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから,上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる。他方,肖像等に顧客吸引力を有する者は,社会の耳目を集めるなどして,その肖像等を時事報道,論説,創作物等に使用されることもあるのであって,その使用を正当な表現行為等として受忍すべき場合もあるというべきである。そうすると,肖像等を無断で使用する行為は,
 ○1 肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,
 ○2 商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,
 ○3 肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とする
といえる場合に,パブリシティ権を侵害するものとして,不法行為法上違法となる
と解するのが相当である。


(2) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,上告人らは,昭和50年代に子供から大人に至るまで幅広く支持を受け,その当時,その曲の振り付けをまねることが全国的に流行したというのであるから,本件各写真の上告人らの肖像は,顧客吸引力を有するものといえる。
 しかしながら,前記事実関係によれば,本件記事の内容は,ピンク・レディーそのものを紹介するものではなく,前年秋頃に流行していたピンク・レディーの曲の振り付けを利用したダイエット法につき,その効果を見出しに掲げ,イラストと文字によって,これを解説するとともに,子供の頃にピンク・レディーの曲の振り付けをまねていたタレントの思い出等を紹介するというものである。そして,本件記事に使用された本件各写真は,約200頁の本件雑誌全体の3頁の中で使用されたにすぎない上,いずれも白黒写真であって,その大きさも,縦2.8cm,横3.6cmないし縦8cm,横10cm程度のものであったというのである。これらの事情に照らせば,本件各写真は,上記振り付けを利用したダイエット法を解説し,これに付随して子供の頃に上記振り付けをまねていたタレントの思い出等を紹介するに当たって,読者の記憶を喚起するなど,本件記事の内容を補足する目的で使用されたものというべきである。
したがって,被上告人が本件各写真を上告人らに無断で本件雑誌に掲載する行為は,専ら上告人らの肖像の有する顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえず,不法行為法上違法であるということはできない

特許権の存続期間の延長登録出願で先行医薬品に先行処分がされている場合

2011-05-01 22:50:10 | 最高裁判決
事件番号 平成21(行ヒ)326
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年04月28日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 横田尤孝
裁判官 宮川光治、櫻井龍子、金築誠志、白木 勇

原審裁判所名 知的財産高等裁判所
原審事件番号 平成20(行ケ)10460
原審裁判年月日 平成21年05月29日


3 特許権の存続期間の延長登録出願の理由となった薬事法14条1項による製造販売の承認(以下「後行処分」という。)に先行して,後行処分の対象となった医薬品(以下「後行医薬品」という。)と有効成分並びに効能及び効果を同じくする医薬品(以下「先行医薬品」という。)について同項による製造販売の承認(以下「先行処分」という。)がされている場合であっても,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは,先行処分がされていることを根拠として,当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないということはできないというべきである。

 なぜならば,特許権の存続期間の延長制度は,特許法67条2項の政で定める処分を受けるために特許発明を実施することができなかった期間を回復することを目的とするところ,後行医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする先行医薬品について先行処分がされていたからといって,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない以上,上記延長登録出願に係る特許権のうち後行医薬品がその実施に当たる特許発明はもとより,上記特許権のいずれの請求項に係る特許発明も実施することができたとはいえないからである

 そして,先行医薬品が,延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは,先行処分により存続期間が延長され得た場合の特許権の効力の及ぶ範囲(特許法68条の2)をどのように解するかによって上記結論が左右されるものではない。

関連事件

複製の主体の判断

2011-01-25 22:05:08 | 最高裁判決
事件番号 平成21(受)788
事件名 著作権侵害差止等請求控訴,同附帯控訴事件
裁判年月日 平成23年01月20日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄差戻し
裁判長裁判官 金築誠志
裁判官 宮川光治、櫻井龍子、横田尤孝、白木 勇

 放送番組等の複製物を取得することを可能にするサービスにおいて,サービスを提供する者(以下「サービス提供者」という。)が,その管理,支配下において,テレビアンテナで受信した放送を複製の機能を有する機器(以下「複製機器」という。)に入力していて,当該複製機器に録画の指示がされると放送番組等の複製が自動的に行われる場合には,その録画の指示を当該サービスの利用者がするものであっても,サービス提供者はその複製の主体であると解するのが相当である。

 すなわち,複製の主体の判断に当たっては,複製の対象,方法,複製への関与の内容,程度等の諸要素を考慮して,誰が当該著作物の複製をしているといえるかを判断するのが相当であるところ,上記の場合,サービス提供者は,単に複製を容易にするための環境等を整備しているにとどまらず,その管理,支配下において,放送を受信して複製機器に対して放送番組等に係る情報を入力するという,複製機器を用いた放送番組等の複製の実現における枢要な行為をしており,複製時におけるサービス提供者の上記各行為がなければ,当該サービスの利用者が録画の指示をしても,放送番組等の複製をすることはおよそ不可能なのであり,サービス提供者を複製の主体というに十分であるからである。
 ・・・

<金築誠志裁判官 補足意見>
 法廷意見が指摘するように,放送を受信して複製機器に放送番組等に係る情報を入力する行為がなければ,利用者が録画の指示をしても放送番組等の複製をすることはおよそ不可能なのであるから,放送の受信,入力の過程を誰が管理,支配しているかという点は,録画の主体の認定に関して極めて重要な意義を有するというべきである。したがって,本件録画の過程を物理的,自然的に観察する限りでも,原判決のように,録画の指示が利用者によってなされるという点にのみに重点を置くことは,相当ではないと思われる。
 ・・・
 さらに,被上告人が提供するサービスは,環境,条件等の整備にとどまり,利用者の支払う料金はこれに対するものにすぎないとみることにも,疑問がある。本件で提供されているのは,テレビ放送の受信,録画に特化したサービスであって,被上告人の事業は放送されたテレビ番組なくしては成立し得ないものであり,利用者もテレビ番組を録画,視聴できるというサービスに対して料金を支払っていると評価するのが自然だからである。その意味で,著作権ないし著作隣接権利用による経済的利益の帰属も肯定できるように思う。もっとも,本件は,親機に対する管理,支配が認められれば,被上告人を本件録画の主体であると認定することができるから,上記利益の帰属に関する評価が,結論を左右するわけではない。

原審

(所感)
 この判断基準は何が枢要な行為かきわめてあいまいで、複製の主体が不明確になりすぎると感じる。
 例えば、電源を供給しないと機器は動作しないが、電源を供給することは枢要な行為となるのだろうか。複製に必要な行為の一部でも欠けると複製はできないところ一部実行の全部責任ともできる。そうであれば、あまりに厳しすぎる論理であるように思う。

 アンテナによる信号の入力と入力した信号の複製とは直接的には関係のないことである。また被上告人のサービスが放送されたテレビ番組なくして成り立つかどうかは、誰が複製しているかにはまったく関係のないことではないか。

 原審の認定した事実関係の元では、機器を設置させてもらい複製をしているのは利用者であるとするのが常識的な見方だと思う。常識から乖離した複製権の侵害となる範囲をあまりに広げすぎた論理であると感じるし、「複製」の文言の通常の意味からかけ離れた解釈であると感じる。

団体の著作名義の表示と自然人が著作者である旨の実名の表示がある映画の存続期間

2009-10-10 19:49:19 | 最高裁判決
事件番号 平成20(受)889
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成21年10月08日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 宮川光治
裁判官 甲斐中辰夫、涌井紀夫、櫻井龍子、金築誠志

(2) 旧法の下において,独創性を有する映画の著作物の著作権の存続期間については,旧法3~6条,9条の規定が適用される(旧法22条ノ3)。
 旧法3条は,著作者が自然人であることを前提として,当該著作者の死亡の時点を基準にその著作物の著作権の存続期間を定めることとしている。
 しかし,無名又は変名で公表された著作物については,著作者が何人であるかを一般世人が知り得ず,著作者の死亡の時点を基準にその著作権の存続期間を定めると,結局は存続期間が不分明となり,社会公共の利益,法的安定性を害するおそれがある。著作者が自然人であるのに団体の著作名義をもって公表されたため,著作者たる自然人が何人であるかを知り得ない著作物についても,同様である。そこで,旧法5条,6条は,社会公共の利益,法的安定性を確保する見地から,これらの著作物の著作権の存続期間については,例外的に発行又は興行の時を基準にこれを定めることとし,著作物の公表を基準として定められた存続期間内に著作者が実名で登録を受けたときは,著作者の死亡の時点を把握し得ることになることから,原則どおり,著作者の死亡の時点を基準にこれを定めることとしたもの(旧法5条ただし書参照)と解される

 そうすると,著作者が自然人である著作物の旧法による著作権の存続期間については,当該自然人が著作者である旨がその実名をもって表示され,当該著作物が公表された場合には,それにより当該著作者の死亡の時点を把握することができる以上,仮に団体の著作名義の表示があったとしても,旧法6条ではなく旧法3条が適用され,上記時点を基準に定められると解するのが相当である

 これを本件についてみるに,本件各映画は,自然人であるチャップリンを著作者とする独創性を有する著作物であるところ,上記事実関係によれば,本件各映画には,それぞれチャップリンの原作に基づき同人が監督等をしたことが表示されているというのであるから,本件各映画は,自然人であるチャップリンが著作者である旨が実名をもって表示されて公表されたものとして,その旧法による著作権の存続期間については,旧法6条ではなく,旧法3条1項が適用されるというべきである。団体を著作者とする旨の登録がされていることや映画の映像上団体が著作権者である旨が表示されていることは,上記結論を左右しない。

*旧法:昭和45年法律第48号による改正前の著作権法
原審はここ

映画製作会社が著作者として表示された映画の著作者

2009-10-10 19:48:51 | 最高裁判決
事件番号 平成20(受)889
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成21年10月08日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 宮川光治
裁判官 甲斐中辰夫、涌井紀夫、櫻井龍子、金築誠志

3(1) 旧法の下において,著作物とは,精神的創作活動の所産たる思想感情が外部に顕出されたものを意味すると解される。そして,映画は,脚本家,監督,演出者,俳優,撮影や録音等の技術者など多数の者が関与して創り出される総合著作物であるから,旧法の下における映画の著作物の著作者については,その全体的形成に創作的に寄与した者がだれであるかを基準として判断すべきであって,映画の著作物であるという一事をもって,その著作者が映画製作者のみであると解するのは相当ではない。また,旧法の下において,実際に創作活動をした自然人ではなく,団体が著作者となる場合があり得るとしても,映画の著作物につき,旧法6条によって,著作者として表示された映画製作会社がその著作者となることが帰結されるものでもない。同条は,その文言,規定の置かれた位置にかんがみ,飽くまで著作権の存続期間に関する規定と解すべきであり,団体が著作者とされるための要件及びその効果を定めたものと解する余地はない

 これを本件についてみるに,上記事実関係によれば,本件各映画については,チャップリンがその全体的形成に創作的に寄与したというのであり,チャップリン以外にこれに関与した者の存在はうかがわれないから,チャップリンがその著作者であることは明らかである。

*旧法:昭和45年法律第48号による改正前の著作権法
原審はここ

特許原簿への登録が受付順にされなかったことによる損害に対する国家賠償請求

2009-01-25 20:57:12 | 最高裁判決
事件番号 平成17(受)541
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成18年01月24日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男)

原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 平成15(ネ)3895
原審裁判年月日 平成16年12月08日

判示事項
裁判要旨 1 特許庁職員の過失により特許権を目的とする質権を取得することができなかったことによる損害の額
2 特許庁職員の過失により特許権を目的とする質権を取得することができなかったことを理由とする国家賠償請求事件において損害額の立証が困難であったとしても民訴法248条により相当な損害額が認定されなければならないとされた事例

『3 原審は,前記事実関係の下で,次のとおり判断し,上告人の請求を棄却すべきものとした
 本件質権設定登録がされていた場合,C社が本件特許権を譲り受けたか,また,B社が本件特許権の譲渡を図ったかについて,いずれも疑問が残る。また,本件質権設定登録がされた状態で本件特許権の譲渡契約の締結が具体的に検討された場合,C社,B社及び上告人の間で,譲渡代金のうち相当額を上告人に支払う旨の合意が成立するに至ったと断定するだけの根拠もない

そうすると,本件質権設定登録がされていた場合,本件特許権等についての譲渡契約が前記1(5)の譲渡契約と同様に成立し,本件質権設定登録を抹消するために上告人に相当額が交付されるに至ったものとは認定し難いといわざるを得ないから,本件質権設定登録が本件特許権移転登録に先立ち正しくされていたとしても,上告人が本件質権に基づき本件債権の弁済を受けることが可能であったともいい難い。

したがって,本件においては,特許庁の担当職員の過失により上告人に現実に損害が発生したものとは認めることができない。


 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 特許権の移転及び特許権を目的とする質権の設定は,特許庁に備える特許原簿に登録するものとされ(特許法27条1項1号,3号),かつ,相続その他の一般承継による特許権の移転を除き,登録しなければその効力を生じないものとされ(同法98条1項1号,3号),これらの登録は,原則として,登録権利者及び登録義務者の共同申請,登録義務者の単独申請承諾書を添付した登録権利者の申請等に基づいて行われることとされている(特許登録令15条,18条,19条)。
したがって,特許権者甲が,その債権者乙に対して甲の有する特許権を目的とする質権を設定する旨の契約を締結し,これと相前後して第三者丙に対して当該特許権を移転する旨の契約を締結した場合において,乙に対する質権設定登録の申請が先に受け付けられ,その後丙に対する特許権移転登録の申請が受け付けられたときでも,丙に対する特許権移転登録が先にされれば,質権の効力が生ずる前に当該特許権が丙に移転されていたことになるから,もはや乙に対する質権設定登録をすることはできず,結局,当該質権の効力は生じないこととなる。

このため,申請による登録は,受付の順序に従ってしなければならないものとされており(同令37条1項),特許庁の担当職員がこの定めに反して受付の順序に従わず,後に受付のされた丙に対する特許権移転登録手続を先にしたために,先に受付のされた乙に対する質権設定登録をすることができなくなった場合には,乙は,特許庁の担当職員の過失により,本来有効に取得することのできた質権を取得することができなかったものであるから,これによって被った損害について,国家賠償を求めることができる。』

商標法4条11項の取引者,需要者の扱いと判断基準時

2008-09-14 10:20:36 | 最高裁判決
事件番号 平成19(行ヒ)223
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月08日
裁判所名 最高裁判所第二小法廷
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
(裁判長裁判官 古田佑紀,裁判官 津野修,今井功,中川了滋)

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照),複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁参照)。

(2) これを本件についてみるに,本件商標の構成中には,称呼については引用各商標と同じである「つつみ」という文字部分が含まれているが,本件商標は,「つつみのおひなっこや」の文字を標準文字で横書きして成るものであり,各文字の大きさ及び書体は同一であって,その全体が等間隔に1行でまとまりよく表されているものであるから,「つつみ」の文字部分だけが独立して見る者の注意をひくように構成されているということはできない

 また,前記事実関係によれば,引用各商標は平成3年に商標登録されたものであるが,上告人の祖父は遅くとも昭和56年には堤人形を製造するようになったというのであるから,本件指定商品の販売業者等の取引者には本件審決当時,堤人形は仙台市堤町で製造される堤焼の人形としてよく知られており,本件商標の構成中の「つつみ」の文字部分から地名,人名としての「堤」ないし堤人形の「堤」の観念が生じるとしても,本件審決当時,それを超えて,上記「つつみ」の文字部分が,本件指定商品の取引者や需要者に対し引用各商標の商標権者である被上告人が本件指定商品の出所である旨を示す識別標識として強く支配的な印象を与えるものであったということはできず,他にこのようにいえるだけの原審認定事実は存しない。
 さらに,本件商標の構成中の「おひなっこや」の文字部分については,これに接した全国の本件指定商品の取引者,需要者は,ひな人形ないしそれに関係する物品の製造,販売等を営む者を表す言葉と受け取るとしても,「ひな人形屋」を表すものとして一般に用いられている言葉ではないから,新たに造られた言葉として理解するのが通常であると考えられる。そうすると,上記部分は,土人形等に密接に関連する一般的,普遍的な文字であるとはいえず,自他商品を識別する機能がないということはできない。

 このほか,本件商標について,その構成中の「つつみ」の文字部分を取り出して観察することを正当化するような事情を見いだすことはできないから,本件商標と引用各商標の類否を判断するに当たっては,その構成部分全体を対比するのが相当であり,本件商標の構成中の「つつみ」の文字部分だけを引用各商標と比較して本件商標と引用各商標の類否を判断することは許されないというべきである。

(3) そして,前記事実関係によれば,本件商標と引用各商標は,本件商標を構成する10文字中3文字において共通性を見いだし得るにすぎず,その外観,称呼において異なるものであることは明らかであるから,いずれの商標からも堤人形に関係するものという観念が生じ得るとしても,全体として類似する商標であるということはできない。

リパーゼ判決

2008-07-27 18:13:09 | 最高裁判決
事件番号 昭和62(行ツ)3
事件名 審決取消
裁判年月日 平成3年03月08日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄差戻し
判例集巻・号・頁 第45巻3号123頁
原審裁判所名 東京高等裁判所
原審裁判年月日 昭和61年10月29日
裁判長裁判官 中島敏次郎、裁判官 藤島昭、香川保一、木崎良平

 特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。このことは、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨定めている特許法三六条五項二号の規定(本件特許出願については、昭和五〇年法律第四六号による改正前の特許法三六条五項の規定)からみて明らかである。

訂正を請求ごとに個別に判断すべき場合

2008-07-14 07:31:38 | 最高裁判決
事件番号 平成19(行ヒ)318
事件名 特許取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月10日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷

・・・
(1) 特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つの特許が付与され,一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである。
 一方で,特許法は,複数の請求項に係る特許ないし特許権の一体不可分の取扱いを貫徹することが不適当と考えられる一定の場合には,特に明文の規定をもって,請求項ごとに可分的な取扱いを認める旨の例外規定を置いており,特許法185条のみなし規定のほか,特許法旧113条柱書き後段が「二以上の請求項に係る特許については,請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。」と規定するのは,そのような例外規定の一つにほかならない(特許無効審判の請求について規定した特許法123条1項柱書き後段も同趣旨)。

(2) このような特許法の基本構造を前提として,訂正についての関係規定をみると,訂正審判に関しては,特許法旧113条柱書き後段,特許法123条1項柱書き後段に相当するような請求項ごとに可分的な取扱いを定める明文の規定が存しない上,訂正審判請求は一種の新規出願としての実質を有すること(特許法126条5項,128条参照)にも照らすと,複数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は,複数の請求項に係る特許出願の手続と同様,その全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予定されているといえる

 これに対し,特許法旧120条の4第2項の規定に基づく訂正の請求(以下「訂正請求」という。)は,特許異議申立事件における付随的手続であり,独立した審判手続である訂正審判の請求とは,特許法上の位置付けを異にするものである。訂正請求の中でも,本件訂正のように特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とするものについては,いわゆる独立特許要件が要求されない(特許法旧120条の4第3項,旧126条4項)など,訂正審判手続とは異なる取扱いが予定されており,訂正審判請求のように新規出願に準ずる実質を有するということはできない。そして,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求は,請求項ごとに申立てをすることができる特許異議に対する防御手段としての実質を有するものであるから,このような訂正請求をする特許権者は,各請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり,また,このような各請求項ごとの個別の訂正が認められないと,特許異議事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになる。
・・・
以上の点からすると,特許異議申立事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がされた場合,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正については,訂正の対象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきであり,一部の請求項に係る訂正事項が訂正の要件に適合しないことのみを理由として,他の請求項に係る訂正事項を含む訂正の全部を認めないとすることは許されないというべきである。

<異議申し立てを巡る法改正>
特許法等の一部を改正する法律(平成11年5月14日法律第41号)
「特許異議の申立て等における明細書又は図面の訂正について、訂正後にも独立して特許を受けることができるかどうかを判断することなく認めることとする。」

特許法等の一部を改正する法律(平成15年5月23日法律第47号)
「特許異議の申立ての廃止及び特許無効審判を請求することができる者の範囲の拡大」

法104条の3の趣旨(泉徳治裁判官意見)

2008-04-27 21:03:23 | 最高裁判決
事件番号 平成18(受)1772
事件名 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件
裁判年月日 平成20年04月24日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
(裁判長裁判官 才口千晴,裁判官 横尾和子,甲斐中辰夫,泉徳治,涌井紀夫)

『裁判官泉徳治の意見は,次のとおりである。

 私は,本件上告を棄却するとの多数意見の結論には同調するが,その理由を異にする。本件訂正審決が確定し,特許請求の範囲が減縮されたことにより,特許査定が当初から減縮後の特許請求の範囲によりされたものとみなされるに至ったとしても,民訴法338条1項8号所定の再審事由には該当しないから,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできないと考える。

1 一般に,特許権侵害訴訟において,原告の特許権を侵害したと訴えられた被告が,特許法104条の3第1項の規定に基づき,当該特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告においてその権利を行使することができないという権利行使制限の抗弁を主張した場合には,原告は,当該特許に係る特許請求の範囲のうち被告主張の無効理由が存在する部分(以下「無効部分」という。)が,訂正審判を請求して特許請求の範囲を減縮することにより排除することができるものであること,及び,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証して,権利行使制限の抗弁の成立を妨げることができる

 訂正審判の請求により無効部分を排除することができる場合には,特許法104条の3第1項にいう「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」ことにはならないのである(ちなみに,最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁も,「訂正審判の請求がされているなど特段の事情を認めるに足りないから」特許権に
基づく損害賠償請求が権利の濫用に当たり許されない旨判示している。)。
 そして,被告において,権利行使制限の抗弁を成立させるためには,既に特許無効審判が請求されているまでの必要はなく,特許無効審判の請求がされた場合には当該特許が無効にされるべきものと認められることを主張立証すれば足りるのと同様に,原告において,同抗弁の成立を妨げるためには,既に訂正審判を請求しているまでの必要はなく,まして訂正審決が確定しているまでの必要はないのであり,訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができ,かつ,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証すれば足りる

 すなわち,原告は,訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができることを主張立証することにより,訂正審決が現実に確定した場合と同様の法律効果を防御方法として主張することができるのである。原告は,現実にも,事実審口頭弁論終結時までに,訂正審判の請求を行うことが可能であり,請求が理由のあるものである限り,通常,訂正審決の確定を得ることも可能であるが,被告の権利行使制限の抗弁の成立を妨げるためには,現実に訂正審判を請求し,訂正審決を確定させておくまでの必要はないのである。

 以上のように,訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができること,及び,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することは,被告の権利行使制限の抗弁が成立するか否かを判断するための要素であって,その基礎事実が事実審口頭弁論終結時までに既に存在し,原告においてその時までにいつでも主張立証することができたものである。原告としては,事実審口頭弁論終結時までに,上記の主張立証を尽くして権利行使制限の抗弁を排斥すべきであり,事実審が,当事者双方の主張立証の程度に応じた訴訟状態に基づく自由心証の結果として,権利行使制限の抗弁の成立を認めた以上,事実審口頭弁論終結後になって,原告が訂正審判を請求し訂正審決が確定したとしても,訂正審決によってもたらされる法律効果は事実審口頭弁論終結時までに主張することができたものであるから,訂正審決が確定したことをもって事実審の上記判断を違法とすることはできないのである(なお,最高裁昭和55年(オ)第589号同年10月23日第一小法廷判決・民集34巻5号747頁,最高裁昭和54年(オ)第110号同57年3月30日第三小法廷判決・民集36巻3号501頁参照)。

 民訴法338条1項8号は,再審事由の一つとして,「判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたこと」を掲げている
 事実審が特許法104条の3第1項の規定に基づく権利行使制限の抗弁の成否について行う判断は,当初の特許査定処分を所与のものとして行うものではなく,上記のとおり,訂正審判の請求がされた場合にはそれが認められるべきものであるか否かも考慮の上,換言すると,訂正審決によってもたらされる法律効果も考慮の上で行うものであるから,その後に訂正審決が確定したからといって,上記判断の基礎となった行政処分が変更されたということはできない

 仮に,原告が,事実審口頭弁論終結時までに,訂正審判の請求をした場合にはそれが認められるべきものであることを主張しなかったため,事実審がその点の判断をしなかったとしても,その後に原告が上記主張を行うことは許されないから,訂正審決が確定したから上記の再審事由が存するということはできないのである。

 更に付言すると,事実審口頭弁論終結後に訂正審決が確定したから再審事由が存し,原判決を破棄すべきであるというためには,訂正審決が確定したことにより,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるということがいえなければならない。しかし,訂正審決が確定しても,原告において,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証しない限り,権利行使制限の抗弁の成立を認めた原判決に誤りがあるということにはならない。また,被告においても,減縮後の特許請求の範囲による特許がなおも特許無効審判により無効とされるべきものであることを主張立証することができ,この主張立証に成功したときは,権利行使制限の抗弁の成立を認めた原判決に誤りがあるということにはならない。すなわち,これらの原被告の主張立証を待たなければ,原判決に法令違反があるということができないところ,法律審である上告審ではこのような原被告の主張立証を審理することができない

 そうすると,訂正審決の確定により特許請求の範囲が減縮されたとしても,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできないのであるから,この点からしても,訂正審決が確定したから再審事由が存するということはできないのである。

2 したがって,本件においても,原審口頭弁論終結後に本件訂正審決が確定したからといって,民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するということはできず,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできない。

3 ちなみに,特許権侵害訴訟においても,事実審が特許権者の請求を認容した場合は,当該特許権の成立,効力を前提として,その侵害行為があったことを認定するものであるから,事実審口頭弁論終結後に訂正審決があり,当該特許権に係る特許査定処分が変更されたときは,民訴法338条1項8号にいう「判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたこと」に該当する
 しかし,本件は,特許権侵害訴訟ではあるものの,原審が権利行使制限の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却した事案であるから,特許権者の請求を認容した事案とは区別する必要がある。

4 なお,最高裁平成14年(行ヒ)第200号同15年10月31日第二小法廷判決・裁判集民事211号325頁は,特許権者が,特許取消決定の取消しを求めて訴えを提起し,事実審で請求を棄却する旨の判決を受け,事実審口頭弁論終結後に訂正審判を請求し,上記訴訟事件が上告審に係属中に訂正審決が確定したという事案に係るものである。特許取消決定は,対世的に特許権がはじめから存在しなかったものとする決定である。

 上記第二小法廷判決は,上告審係属中に当該特許について特許請求の範囲を減縮する旨の訂正審決が確定した場合には,原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして,原判決には民訴法338条1項8号所定の再審事由がある旨判示した。上記第二小法廷判決は,特許取消決定により取り消された特許査定処分を審理の対象としているのであるから,審理の対象である特許査定処分が訂正審決により変更されたことは民訴法338条1項8号所定の再審事由に該当すると判断したものである。

 しかし,特許権侵害訴訟は,特許権そのものを審理の対象として特許権の効力を対世的に確定したり消滅させたりするものではないのであって,特許取消決定の取消しを求める訴訟とは異質のものである。したがって,上記第二小法廷判決の判示を,特許権侵害訴訟において事実審が権利行使制限の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却した事案に適用することはできない。』


104条の3の規定の趣旨

2008-04-27 19:27:22 | 最高裁判決
事件番号 平成18(受)1772
事件名 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件
裁判年月日 平成20年04月24日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
(裁判長裁判官 才口千晴,裁判官 横尾和子,甲斐中辰夫,泉徳治,涌井紀夫)

『(5) 原判決言渡し後の経過
 上告人は,平成18年6月16日,上告及び上告受理の申立てをした。そして,同月26日,上記(4)の訂正審判請求(訂正2006-39057号事件)を取り下げ,同日付け審判請求書により,4度目の訂正審判請求をした(訂正2006-39109号事件)。
 上告人は,同年7月7日,上記訂正審判請求を取り下げ,同日付け審判請求書により,請求項5について,特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的として,5度目の訂正審判請求をした(訂正2006-39113号事件。以下「本件訂正審判請求」という。)。審判官は,審理の結果,同年8月29日,本件明細書の訂正をすべき旨の審決をし,同審決はそのころ確定した(以下,この審決を「本件訂正審決」という。)。
 本件訂正審決は,別紙1のとおり記載されていた請求項5のうち請求項1を引用していた部分を,別紙2のとおり訂正するという内容(以下,この訂正を「本件訂正」という。)を含むものであって,本件訂正に関しては特許請求の範囲の減縮に当たる。

所論は,本件の上告受理申立て理由書の提出期間内に本件訂正審決が確定し,請求項5に係る特許請求の範囲が減縮されたという本件の事実関係の下では,原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして,民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある(民訴法325条2項)というのである


3(1) よって検討するに,原審は,本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて,第5発明に係る特許には特許法29条2項違反の無効理由が存在する旨の判断をして,被上告人らの同法104条の3第1項の規定に基づく主張を認め,上告人の請求を棄却したものであり,原判決においては,本件訂正後の特許請求の範囲を前提とする本件特許に係る無効理由の存否について具体的な検討がされているわけではない。そして,本件訂正審決が確定したことにより,本件特許は,当初から本件訂正後の特許請求の範囲により特許査定がされたものとみなされるところ(特許法128条),前記のとおり本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから,これにより上記無効理由が解消されている可能性がないとはいえず,上記無効理由が解消されるとともに,本件訂正後の特許請求の範囲を前提として本件製品がその技術的範囲に属すると認められるときは,上告人の請求を容れることができるものと考えられるそうすると,本件については,民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地があるというべきである。

(2) しかしながら,仮に再審事由が存するとしても,以下に述べるとおり,本件において上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり,特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。

 ア 特許法104条の3第1項の規定が,特許権の侵害に係る訴訟(以下「特許権侵害訴訟」という。)において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め,当該特許の無効をいう主張(以下「無効主張」という。)をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは,特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること,しかも迅速に解決することを図ったものと解される。
 そして,同条2項の規定が,同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは,裁判所はこれを却下することができるとしているのは,無効主張について審理,判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。

 このような同条2項の規定の趣旨に照らすと,無効主張のみならず,無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば,却下されることになるというべきである

 イ そして,前記1の事実関係の概要等によると,
①被上告人らは,既に第1審において,第5発明に係る特許について無効主張をしており,平成16年10月21日に言い渡された第1審判決は,特許法に同法104条の3の規定を新設した平成16年法律第120号の施行前であったが,前掲最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決に従い,上記無効主張を採用して上告人の請求をいずれも棄却したこと,
②上告人は,平成16年11月2日に上記第1審判決に対して控訴を提起し,平成17年1月21日に請求項5について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求をしたが,同年4月11日にこれを取り下げ,同日再度請求項5について訂正審判請求をしたこと,
③上記再度の訂正審判請求については,同年11月25日に同請求は成り立たない旨の審決がされ,上告人は同年12月22日に同請求を取り下げたこと,
④そこで,原審は平成18年1月20日に口頭弁論を終結したが,上告人は同年4月18日に3度目の訂正審判請求をしたこと,
⑤原審は同年5月31日に上告人の控訴をいずれも棄却したが,その理由は,第1審判決と同じく被上告人らの上記無効主張を採用するものであったこと,
⑥上告人は,同年6月16日に上告及び上告受理の申立てをしたが,その後3度目の訂正審判請求を取り下げて4度目の訂正審判請求をし,さらに4度目の訂正審判請求を取り下げて5度目の訂正審判請求をしたのが本件訂正審判請求であること,

以上の事実が明らかである。

 ウ そうすると,上告人は,第1審においても,被上告人らの無効主張に対して対抗主張を提出することができたのであり,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らすと,少なくとも第1審判決によって上記無効主張が採用された後の原審の審理においては,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とするものを含めて早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。
 そして,本件訂正審決の内容や上告人が1年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取下げを繰り返したことにかんがみると,上告人が本件訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由は何ら見いだすことができない

 したがって,上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく,上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない

4 以上によれば,原判決には所論の違法はなく,論旨は採用することができない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。』

言語の著作物の翻案とは

2008-03-17 21:28:34 | 最高裁判決
事件番号 平成11(受)922
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成13年06月28日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄自判
判例集巻・号・頁 第55巻4号837頁
(裁判長裁判官 井嶋一友, 裁判官 藤井正雄, 大出峻郎, 町田 顯, 深澤武久)


『(1)【要旨1】 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),【要旨2】既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である。』

外国の特許を受ける権利の譲渡の準拠法と対価請求

2008-03-02 21:08:36 | 最高裁判決
事件番号 平成16(受)781
事件名 補償金請求事件
裁判年月日 平成18年10月17日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
判例集巻・号・頁 第60巻8号2853頁
(裁判長裁判官 那須弘平 ;裁判官 上田豊三,藤田宙靖,堀籠幸男)


『第2 上告代理人末吉亙ほかの上告受理申立て理由第3について
1 外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか,その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は,譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず,譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから,その準拠法は,法例7条1項の規定により,第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である。

 なお,譲渡の対象となる特許を受ける権利が諸外国においてどのように取り扱われ,どのような効力を有するのかという問題については,譲渡当事者間における譲渡の原因関係の問題と区別して考えるべきであり,その準拠法は,特許権についての属地主義の原則に照らし,当該特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の法律であると解するのが相当である。

2 本件において,上告人と被上告人との間には,本件譲渡契約の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在するというのであるから,被上告人が上告人に対して外国の特許を受ける権利を含めてその譲渡の対価を請求できるかどうかなど,本件譲渡契約に基づく特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については,我が国の法律が準拠法となるというべきである。
 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。』

『第3 上告代理人末吉亙ほかの上告受理申立て理由第4について
我が国の特許法が外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものではないことは明らかであり(1900年12月14日にブラッセルで,・・・で及び1967年7月14日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約4条の2参照),特許法35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし,同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは,文理上困難であって,外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。

 しかしながら,同条3項及び4項の規定は,職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において,職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために,当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ,その処分時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について,これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして当該発明をした従業者等を保護し,もって発明を奨励し,産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当であるところ,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であるという点は,その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない

 そして,特許を受ける権利は,各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるが,その基となる発明は,共通する一つの技術的創作活動の成果であり,さらに,職務発明とされる発明については,その基となる雇用関係等も同一であって,これに係る各国の特許を受ける権利は,社会的事実としては,実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものであるということができる。
 また,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継については,実際上,その承継の時点において,どの国に特許出願をするのか,あるいは,そもそも特許出願をすることなく,いわゆるノウハウとして秘匿するのか,特許出願をした場合に特許が付与されるかどうかなどの点がいまだ確定していないことが多く,我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されるということも少なくない

 ここでいう外国の特許を受ける権利には,我が国の特許を受ける権利と必ずしも同一の概念とはいえないものもあり得るが,このようなものも含めて,当該発明については,使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが,当事者の通常の意思であると解される。そうすると,同条3項及び4項の規定については,その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。

 したがって,従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である。』

未完成発明と29条1項柱書

2008-03-02 12:05:03 | 最高裁判決
事件番号 昭和49(行ツ)107
事件名 審決取消
裁判年月日 昭和52年10月13日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄差戻し
判例集巻・号・頁 第31巻6号805頁
裁判長裁判官 団藤重光
裁判官 岸上康夫、藤崎萬里、本山亭

『特許法(以下「法」という。)二条一項は、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め、 「発明」は技術的思想、すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当であり、技術内容が右の程度にまで構成されていないものは、発明として未完成のものであつて、法二条一項にいう「発明」とはいえないものといわなければならない(当裁判所昭和三九年(行ツ)第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決・民集二三巻一号五四頁参照)。

 ところで、法四九条一号は、特許出願にかかる発明(以下「出願の発明」という。)が法二九条の規定により特許をすることができないものであることを特許出願の拒絶理由とし、法二九条は、その一項柱書において、出願の発明が「産業上利用することができる発明」であることを特許要件の一つとしているが、そこにいう「発明」は法二条一項にいう「発明」の意義に理解すべきものであるから、出願の発明が発明として未完成のものである場合、法二九条一項柱書にいう「発明」にあたらないことを理由として特許出願について拒絶をすることは、もとより、法の当然に予定し、また、要請するところというべきである。原判決が、発明の未完成を理由として特許出願について拒絶をすることは許されないとして、本件審決を取り消したのは、前記各法条の解釈適用を誤つたものであるといわなければならない。』

経過規定中の「この法律の施行の際現に」の解釈

2008-01-04 07:30:01 | 最高裁判決
事件番号 平成19(受)1105
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成19年12月18日
裁判所名 最高裁判所第三小法廷
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
(裁判長裁判官 藤田宙靖,裁判官 堀籠幸男,裁判官 那須弘平,裁判官 田原睦夫,裁判官 近藤崇晴)

『3 原審は,本件改正後の著作権法54条1項が適用されるのは,本件改正法の施行日である平成16年1月1日において本件改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物であるところ,本件映画は平成15年12月31日の終了をもって著作権の存続期間が満了しているから,本件改正後の著作権法54条1項の適用を受けないとして,上告人らの請求をいずれも棄却した。これに対し,上告人らは,本件経過規定中の「この法律の施行の際現に」という文言は,当該法律の施行の直前の状態を指すものと解すべきであるのに,これを「この法律の施行の日において」と同義に理解し,本件改正後の著作権法54条1項の適用を否定した原審の判断には,本件経過規定の解釈適用を誤った法令違反があると主張する。

4(1) そこで検討すると,本件経過規定中の「・・・の際」という文言は,一定の時間的な広がりを含意させるために用いられることもあり,「・・・の際」という文言だけに着目すれば,「この法律の施行の際」という法文の文言が本件改正法の施行日である平成16年1月1日を指すものと断定することはできない。しかし,一般に,法令の経過規定において,「この法律の施行の際現に」という本件経過規定と同様の文言(以下「本件文言」という。)が用いられているのは,新法令の施行日においても継続することとなる旧法令下の事実状態又は法状態が想定される場合に,新法令の施行日において現に継続中の旧法令下の事実状態又は法状態を新法令がどのように取り扱うかを明らかにするため であるから,そのような本件文言の一般的な用いられ方(以下「本件文言の一般用法」という。)を前提とする限り,本件文言が新法令の施行の直前の状態を指すものと解することはできない。所論引用の立法例も,本件文言の一般用法によっているものと理解できるのであり,上告人らの主張を基礎付けるものとはいえない。
 したがって,本件文言の一般用法においては,「この法律の施行の際」とは,当該法律の施行日を指すものと解するほかなく,「・・・の際」という文言が一定の時間的な広がりを含意させるために用いられることがあるからといって,当該法律の施行の直前の時点を含むものと解することはできない。

 本件経過規定における本件文言についても,本件文言の一般用法と異なる用いられ方をしたものと解すべき理由はなく,「この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物」とあるのは,本件改正前の著作権法に基づく映画の著作物の保護期間が,本件改正法の施行日においても現に継続中である場合を指し,その場合は当該映画の著作物の保護期間については本件改正後の著作権法54条1項が適用されて原則として公表後70年を経過するまでとなることを明らかにしたのが本件経過規定であると解すべきである。
 そして,本件経過規定は,「この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については,なお従前の例による」と定めているが,これは,本件改正法の施行日において既に保護期間の満了している映画の著作物については,本件改正前の著作権法の保護期間が適用され,本件改正後の著作権法の保護期間は適用されないことを念のため明記したものと解すべきであり,本件改正法の施行の直前に著作権の消滅する著作物について本件改正後の著作権法の保護期間が適用されないことは,この定めによっても明らかというべきである。
 したがって,本件映画を含め,昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物は,本件改正による保護期間の延長措置の対象となるものではなく,その著作権は平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了し消滅したというべきである

 (2) 上告人らは,本件改正法の施行後においては「改正前の著作権法」はもはや存在しないのであるから,本件文言は当該法律の施行の直前の状態を指すものと理解しないと,「この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物」という規定自体が論理破たんを来すこととなる旨主張する
 しかし,本件文言は,上記のとおり,新法令の施行日においても継続することとなる旧法令下の事実状態又は法状態が想定される場合に,新法令の施行日において現に継続中の旧法令下の事実状態又は法状態を新法令がどのように取り扱うかを明らかにするために用いられるものであるから,何ら論理矛盾は存しない

 また,上告人らは,本件改正法の成立に当たり,昭和28年に公表された映画の著作物の保護期間の延長を意図する立法者意思が存したことは明らかであるとして,この立法者意思に沿った解釈をすべきであると主張する。
 しかし,本件経過規定における本件文言について,本件文言の一般用法とは異なる用い方をするというのが立法者意思であり,それに従った解釈をするというのであれば,その立法者意思が明白であることを要するというべきであるが,本件改正法の制定に当たり,そのような立法者意思が,国会審議や附帯決議等によって明らかにされたということはできず,法案の提出準備作業を担った文化庁の担当者において,映画の著作物の保護期間が延長される対象に昭和28年に公表された作品が含まれるものと想定していたというにすぎない のであるから,これをもって上告人らの主張するような立法者意思が明白であるとすることはできない。』