知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

法104条の3の趣旨(泉徳治裁判官意見)

2008-04-27 21:03:23 | 最高裁判決
事件番号 平成18(受)1772
事件名 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件
裁判年月日 平成20年04月24日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
(裁判長裁判官 才口千晴,裁判官 横尾和子,甲斐中辰夫,泉徳治,涌井紀夫)

『裁判官泉徳治の意見は,次のとおりである。

 私は,本件上告を棄却するとの多数意見の結論には同調するが,その理由を異にする。本件訂正審決が確定し,特許請求の範囲が減縮されたことにより,特許査定が当初から減縮後の特許請求の範囲によりされたものとみなされるに至ったとしても,民訴法338条1項8号所定の再審事由には該当しないから,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできないと考える。

1 一般に,特許権侵害訴訟において,原告の特許権を侵害したと訴えられた被告が,特許法104条の3第1項の規定に基づき,当該特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告においてその権利を行使することができないという権利行使制限の抗弁を主張した場合には,原告は,当該特許に係る特許請求の範囲のうち被告主張の無効理由が存在する部分(以下「無効部分」という。)が,訂正審判を請求して特許請求の範囲を減縮することにより排除することができるものであること,及び,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証して,権利行使制限の抗弁の成立を妨げることができる

 訂正審判の請求により無効部分を排除することができる場合には,特許法104条の3第1項にいう「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」ことにはならないのである(ちなみに,最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁も,「訂正審判の請求がされているなど特段の事情を認めるに足りないから」特許権に
基づく損害賠償請求が権利の濫用に当たり許されない旨判示している。)。
 そして,被告において,権利行使制限の抗弁を成立させるためには,既に特許無効審判が請求されているまでの必要はなく,特許無効審判の請求がされた場合には当該特許が無効にされるべきものと認められることを主張立証すれば足りるのと同様に,原告において,同抗弁の成立を妨げるためには,既に訂正審判を請求しているまでの必要はなく,まして訂正審決が確定しているまでの必要はないのであり,訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができ,かつ,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証すれば足りる

 すなわち,原告は,訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができることを主張立証することにより,訂正審決が現実に確定した場合と同様の法律効果を防御方法として主張することができるのである。原告は,現実にも,事実審口頭弁論終結時までに,訂正審判の請求を行うことが可能であり,請求が理由のあるものである限り,通常,訂正審決の確定を得ることも可能であるが,被告の権利行使制限の抗弁の成立を妨げるためには,現実に訂正審判を請求し,訂正審決を確定させておくまでの必要はないのである。

 以上のように,訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができること,及び,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することは,被告の権利行使制限の抗弁が成立するか否かを判断するための要素であって,その基礎事実が事実審口頭弁論終結時までに既に存在し,原告においてその時までにいつでも主張立証することができたものである。原告としては,事実審口頭弁論終結時までに,上記の主張立証を尽くして権利行使制限の抗弁を排斥すべきであり,事実審が,当事者双方の主張立証の程度に応じた訴訟状態に基づく自由心証の結果として,権利行使制限の抗弁の成立を認めた以上,事実審口頭弁論終結後になって,原告が訂正審判を請求し訂正審決が確定したとしても,訂正審決によってもたらされる法律効果は事実審口頭弁論終結時までに主張することができたものであるから,訂正審決が確定したことをもって事実審の上記判断を違法とすることはできないのである(なお,最高裁昭和55年(オ)第589号同年10月23日第一小法廷判決・民集34巻5号747頁,最高裁昭和54年(オ)第110号同57年3月30日第三小法廷判決・民集36巻3号501頁参照)。

 民訴法338条1項8号は,再審事由の一つとして,「判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたこと」を掲げている
 事実審が特許法104条の3第1項の規定に基づく権利行使制限の抗弁の成否について行う判断は,当初の特許査定処分を所与のものとして行うものではなく,上記のとおり,訂正審判の請求がされた場合にはそれが認められるべきものであるか否かも考慮の上,換言すると,訂正審決によってもたらされる法律効果も考慮の上で行うものであるから,その後に訂正審決が確定したからといって,上記判断の基礎となった行政処分が変更されたということはできない

 仮に,原告が,事実審口頭弁論終結時までに,訂正審判の請求をした場合にはそれが認められるべきものであることを主張しなかったため,事実審がその点の判断をしなかったとしても,その後に原告が上記主張を行うことは許されないから,訂正審決が確定したから上記の再審事由が存するということはできないのである。

 更に付言すると,事実審口頭弁論終結後に訂正審決が確定したから再審事由が存し,原判決を破棄すべきであるというためには,訂正審決が確定したことにより,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるということがいえなければならない。しかし,訂正審決が確定しても,原告において,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証しない限り,権利行使制限の抗弁の成立を認めた原判決に誤りがあるということにはならない。また,被告においても,減縮後の特許請求の範囲による特許がなおも特許無効審判により無効とされるべきものであることを主張立証することができ,この主張立証に成功したときは,権利行使制限の抗弁の成立を認めた原判決に誤りがあるということにはならない。すなわち,これらの原被告の主張立証を待たなければ,原判決に法令違反があるということができないところ,法律審である上告審ではこのような原被告の主張立証を審理することができない

 そうすると,訂正審決の確定により特許請求の範囲が減縮されたとしても,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできないのであるから,この点からしても,訂正審決が確定したから再審事由が存するということはできないのである。

2 したがって,本件においても,原審口頭弁論終結後に本件訂正審決が確定したからといって,民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するということはできず,原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできない。

3 ちなみに,特許権侵害訴訟においても,事実審が特許権者の請求を認容した場合は,当該特許権の成立,効力を前提として,その侵害行為があったことを認定するものであるから,事実審口頭弁論終結後に訂正審決があり,当該特許権に係る特許査定処分が変更されたときは,民訴法338条1項8号にいう「判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたこと」に該当する
 しかし,本件は,特許権侵害訴訟ではあるものの,原審が権利行使制限の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却した事案であるから,特許権者の請求を認容した事案とは区別する必要がある。

4 なお,最高裁平成14年(行ヒ)第200号同15年10月31日第二小法廷判決・裁判集民事211号325頁は,特許権者が,特許取消決定の取消しを求めて訴えを提起し,事実審で請求を棄却する旨の判決を受け,事実審口頭弁論終結後に訂正審判を請求し,上記訴訟事件が上告審に係属中に訂正審決が確定したという事案に係るものである。特許取消決定は,対世的に特許権がはじめから存在しなかったものとする決定である。

 上記第二小法廷判決は,上告審係属中に当該特許について特許請求の範囲を減縮する旨の訂正審決が確定した場合には,原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして,原判決には民訴法338条1項8号所定の再審事由がある旨判示した。上記第二小法廷判決は,特許取消決定により取り消された特許査定処分を審理の対象としているのであるから,審理の対象である特許査定処分が訂正審決により変更されたことは民訴法338条1項8号所定の再審事由に該当すると判断したものである。

 しかし,特許権侵害訴訟は,特許権そのものを審理の対象として特許権の効力を対世的に確定したり消滅させたりするものではないのであって,特許取消決定の取消しを求める訴訟とは異質のものである。したがって,上記第二小法廷判決の判示を,特許権侵害訴訟において事実審が権利行使制限の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却した事案に適用することはできない。』


104条の3の規定の趣旨

2008-04-27 19:27:22 | 最高裁判決
事件番号 平成18(受)1772
事件名 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件
裁判年月日 平成20年04月24日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
(裁判長裁判官 才口千晴,裁判官 横尾和子,甲斐中辰夫,泉徳治,涌井紀夫)

『(5) 原判決言渡し後の経過
 上告人は,平成18年6月16日,上告及び上告受理の申立てをした。そして,同月26日,上記(4)の訂正審判請求(訂正2006-39057号事件)を取り下げ,同日付け審判請求書により,4度目の訂正審判請求をした(訂正2006-39109号事件)。
 上告人は,同年7月7日,上記訂正審判請求を取り下げ,同日付け審判請求書により,請求項5について,特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的として,5度目の訂正審判請求をした(訂正2006-39113号事件。以下「本件訂正審判請求」という。)。審判官は,審理の結果,同年8月29日,本件明細書の訂正をすべき旨の審決をし,同審決はそのころ確定した(以下,この審決を「本件訂正審決」という。)。
 本件訂正審決は,別紙1のとおり記載されていた請求項5のうち請求項1を引用していた部分を,別紙2のとおり訂正するという内容(以下,この訂正を「本件訂正」という。)を含むものであって,本件訂正に関しては特許請求の範囲の減縮に当たる。

所論は,本件の上告受理申立て理由書の提出期間内に本件訂正審決が確定し,請求項5に係る特許請求の範囲が減縮されたという本件の事実関係の下では,原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして,民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある(民訴法325条2項)というのである


3(1) よって検討するに,原審は,本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて,第5発明に係る特許には特許法29条2項違反の無効理由が存在する旨の判断をして,被上告人らの同法104条の3第1項の規定に基づく主張を認め,上告人の請求を棄却したものであり,原判決においては,本件訂正後の特許請求の範囲を前提とする本件特許に係る無効理由の存否について具体的な検討がされているわけではない。そして,本件訂正審決が確定したことにより,本件特許は,当初から本件訂正後の特許請求の範囲により特許査定がされたものとみなされるところ(特許法128条),前記のとおり本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから,これにより上記無効理由が解消されている可能性がないとはいえず,上記無効理由が解消されるとともに,本件訂正後の特許請求の範囲を前提として本件製品がその技術的範囲に属すると認められるときは,上告人の請求を容れることができるものと考えられるそうすると,本件については,民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地があるというべきである。

(2) しかしながら,仮に再審事由が存するとしても,以下に述べるとおり,本件において上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり,特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。

 ア 特許法104条の3第1項の規定が,特許権の侵害に係る訴訟(以下「特許権侵害訴訟」という。)において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め,当該特許の無効をいう主張(以下「無効主張」という。)をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは,特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること,しかも迅速に解決することを図ったものと解される。
 そして,同条2項の規定が,同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは,裁判所はこれを却下することができるとしているのは,無効主張について審理,判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。

 このような同条2項の規定の趣旨に照らすと,無効主張のみならず,無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば,却下されることになるというべきである

 イ そして,前記1の事実関係の概要等によると,
①被上告人らは,既に第1審において,第5発明に係る特許について無効主張をしており,平成16年10月21日に言い渡された第1審判決は,特許法に同法104条の3の規定を新設した平成16年法律第120号の施行前であったが,前掲最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決に従い,上記無効主張を採用して上告人の請求をいずれも棄却したこと,
②上告人は,平成16年11月2日に上記第1審判決に対して控訴を提起し,平成17年1月21日に請求項5について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求をしたが,同年4月11日にこれを取り下げ,同日再度請求項5について訂正審判請求をしたこと,
③上記再度の訂正審判請求については,同年11月25日に同請求は成り立たない旨の審決がされ,上告人は同年12月22日に同請求を取り下げたこと,
④そこで,原審は平成18年1月20日に口頭弁論を終結したが,上告人は同年4月18日に3度目の訂正審判請求をしたこと,
⑤原審は同年5月31日に上告人の控訴をいずれも棄却したが,その理由は,第1審判決と同じく被上告人らの上記無効主張を採用するものであったこと,
⑥上告人は,同年6月16日に上告及び上告受理の申立てをしたが,その後3度目の訂正審判請求を取り下げて4度目の訂正審判請求をし,さらに4度目の訂正審判請求を取り下げて5度目の訂正審判請求をしたのが本件訂正審判請求であること,

以上の事実が明らかである。

 ウ そうすると,上告人は,第1審においても,被上告人らの無効主張に対して対抗主張を提出することができたのであり,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らすと,少なくとも第1審判決によって上記無効主張が採用された後の原審の審理においては,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とするものを含めて早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。
 そして,本件訂正審決の内容や上告人が1年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取下げを繰り返したことにかんがみると,上告人が本件訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由は何ら見いだすことができない

 したがって,上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく,上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない

4 以上によれば,原判決には所論の違法はなく,論旨は採用することができない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。』

主引用例の本質的でない部分を置き換える動機付け

2008-04-27 11:26:11 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10120
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年04月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『(6) 被告は,甲4発明は,2以上の連続するサンプリング結果が一致したときに真正出力とするものであって,信頼性の高いデータの送信が重視されているのであるから,当業者はこのような機能を除外して通信の高速化を検討することについて動機付けられないし,仮に高速化を検討したとしても,甲4発明ではCPUを用いた通信制御を行っているので,そのための処理時間が発生し,「直後に」との構成とはならないと主張する

 しかしながら,審決が認定し,当事者間においてもその認定に争いがない甲4発明は,2以上の連続するサンプリング結果が一致したときに真正出力とする発明ではないし,甲第4号証には,サンプリングを行うためのデジタルフィルタに関し,次の各記載があることからすると,サンプリングが甲第4号証に記載された発明の本質的な要素でないことは明らかであるほか,甲第4号証には,上記2(1)ウ(ア)及び(イ)で認定したとおり,機械入出力I/FホストにCPUが存在しないことについての記載又はこのことを意味する図まではないものの,逆に同ホストが通信制御にCPUを使用しているとの記載は何ら存在しないのであるから,被告の主張は前提を誤ったものであり,失当である。』

化学物質が記載されているというために製造方法の開示も必要か

2008-04-27 10:56:15 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10120
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年04月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(理由4についての判断の誤り)について
(1) ア 原告は,本件発明は物の発明であるから,本件発明が特許法29条1項3号に当たるとするためには,刊行物に当該物自体が開示されていれば十分であって,その製造方法まで当該刊行物に開示されている必要はないとし,「一般に,ある発明を特許法第29条第1項第3号に掲げる刊行物に記載された発明というためには,その発明が記載された刊行物において,当業者が,当該刊行物の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて,その発明に係る物を製造することができる程度の記載がされていることが必要であり,特に新規な化学物質の発明の場合には,刊行物中で化学物質が十分特定され,刊行物の記載からその化学物質の製造方法を当業者が理解できる程度に発明が開示されていることが必要である」とした審決の判断が,誤りであると主張する

イ しかるところ,特許法29条1項は,同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については,特許を受けることができないと規定するものであるところ,上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが,発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば,当該物の発明の構成が開示されていることに止まらず,当該刊行物に接した当業者が,特別の思考を経ることなく,容易にその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。

 そして,当該物が,例えば新規の化学物質である場合には,新規の化学物質は,一般に製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから,刊行物にその技術的思想が開示されているというために,製造方法を理解し得る程度の記載があることを要することもあるといわなければならない

 したがって,原告の上記主張が,物の発明について特許法29条1項3号に当たるとするために,刊行物に当該物の製造方法が記載されている必要はおよそないという趣旨であれば,誤りといわざるを得ない。

 また,原告の引用する東京高裁平成3年10月1日判決は,一対の光学異性体(光学的対掌体)から成るラセミ化合物(ラセミ体)である(R,S)α-シアノ-3-フェノキシベンジルアルコールが引用例に開示されている場合に,同ラセミ体を形成する一対の光学異性体の一方である(S)α-シアノ-3-フェノキシベンジルアルコールの発明が,同引用例に記載されているというべきであるとした審決の認定判断を是認したものであるが,ラセミ体については同発明に係る特許出願前から種々のラセミ分割(光学分割)の方法が行われていたことが当業者にとって技術常識であったという事態を踏まえた判断であるから,物の発明について特許法29条1項3号に当たるとするために,刊行物に当該物の製造方法が記載されている必要はおよそないとしたものということはできない。』

商標法施行規則22条4項に基づくもとの商標登録出願の補正

2008-04-25 07:18:45 | Weblog
事件番号 平成16(行ヒ)4
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成17年07月14日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
(裁判長裁判官泉徳治裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官
島田仁郎裁判官才口千晴)

『2 原審は,次のとおり判断して,被上告人の請求を認容した
(1) 商標法10条1項の定める要件を充足している限り,分割出願がされることによって,原出願の指定商品及び指定役務(以下「指定商品等」という。)は,原出願と分割出願のそれぞれの指定商品等に当然に分割される。それゆえ,原出願の指定商品等について,分割出願の指定商品等として移行する商品等が削除されることは,分割出願自体に含まれ,別個の手続行為を要しない

 出願に係る商標の指定商品等が分割出願によって減少したことは,審決取消訴訟の審理及び裁判の対象がその限りで当然に減少したことに帰するから,審決取消訴訟では,残存する指定商品等について,審決時を基準にして,審理及び裁判をすべきことになる。

(2) 本件出願の指定役務は,本件訴訟提起後に2回にわたって行われた分割出願の結果,「建築一式工事」となっており,そうであるとすると,本願商標と先願に係る他人の登録商標とは,指定役務が同一又は類似であるとはいえないから,本願商標について商標法4条1項11号に該当するとした本件審決の判断は,結果として誤りであり,本件審決のうち「建築一式工事」を指定役務とする部分は,違法として取り消されるべきである。本件審決のその余の部分は,上記2回の分割出願によって,その効力を失っている。

3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

商標法10条1項は,「商標登録出願人は,商標登録出願が審査,審判若しくは再審に係属している場合又は商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合に限り,2以上の商品又は役務を指定商品又は指定役務とする商標登録出願の一部を1又は2以上の新たな商標登録出願とすることができる。」と規定し,同条2項は,「前項の場合は,新たな商標登録出願は,もとの商標登録出願の時にしたものとみなす。」と規定している。
また,商標法施行規則22条4項は,特許法施行規則30条の規定を商標登録出願に準用し,商標法10条1項の規定により新たな商標登録出願をしようとする場合において,もとの商標登録出願の願書を補正する必要があるときは,その補正は,新たな商標登録出願と同時にしなければならない旨を規定している。
以上のとおり,商標法10条は,「商標登録出願の分割」について,新たな商標登録出願をすることができることやその商標登録出願がもとの商標登録出願の時にしたものとみなされることを規定しているが,新たな商標登録出願がされた後におけるもとの商標登録出願については何ら規定していないこと,商標法施行規則22条4項は,商標法10条1項の規定により新たな商標登録出願をしようとする場合においては,新たな商標登録出願と同時に,もとの商標登録出願の願書を補正しなければならない旨を規定していることからすると,もとの商標登録出願については,その願書を補正することによって,新たな商標登録出願がされた指定商品等が削除される効果が生ずると解するのが相当である

商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決(以下「拒絶審決」という。)に対する訴えが裁判所に係属している場合に,商標法10条1項の規定に基づいて新たな商標登録出願がされ,もとの商標登録出願について補正がされたときには,その補正は,商標法68条の40第1項が規定する補正ではないから,同項によってその効果が商標登録出願の時にさかのぼって生ずることはなく,商標法には,そのほかに補正の効果が商標登録出願の時にさかのぼって生ずる旨の規定はない

そして,拒絶審決に対する訴えが裁判所に係属している場合にも,補正の効果が商標登録出願の時にさかのぼって生ずるとすると,商標法68条の40第1項が,事件が審査,登録異議の申立てについての審理,審判又は再審に係属している場合以外には補正を認めず,補正ができる時期を制限している趣旨に反することになる(最高裁昭和56年(行ツ)第99号同59年10月23日第三小法廷判決・民集38巻10号1145頁参照)。

拒絶審決を受けた商標登録出願人は,審決において拒絶理由があるとされた指定商品等以外の指定商品等について,商標法10条1項の規定に基づいて新たな商標登録出願をすれば,その商標登録出願は,もとの商標登録出願の時にしたものとみなされることになり,出願した指定商品等の一部について拒絶理由があるために全体が拒絶されるという不利益を免れることができる
したがって,拒絶審決に対する訴えが裁判所に係属している場合に,商標法10条1項の規定に基づいて新たな商標登録出願がされ,もとの商標登録出願について願書から指定商品等を削除する補正がされたときに,その補正の効果が商標登録出願の時にさかのぼって生ずることを認めなくとも,商標登録出願人の利益が害されることはなく,商標法10条の規定の趣旨に反することはない。

以上によれば,拒絶審決に対する訴えが裁判所に係属している場合に,商標法10条1項の規定に基づいて新たな商標登録出願がされ,もとの商標登録出願について願書から指定商品等を削除する補正がされたときには,その補正の効果が商標登録出願の時にさかのぼって生ずることはなく,審決が結果的に指定商品等に関する判断を誤ったことにはならないものというべきである。これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨は理由がある。』

下級審判断
http://ip-hanrei.sblo.jp/article/14347260.html

分割出願の基準明細書等

2008-04-24 06:26:54 | Weblog
事件番号 平成13(行ケ)321
裁判年月日 平成14年12月12日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

『第5 当裁判所の判断
 1 分割出願の適否を判断する基準となる「原出願の明細書又は図面」について
 (1)特許法44条1項は、「特許出願人は願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる期間内に限り、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定する。この規定は、原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されていること、及び、分割出願の対象とされた発明が上記二以上の発明のいずれかであることを適法な分割出願の要件として定めたものであると解されている。
 そして、二以上の発明を包含する原出願の明細書又は図面とは、本来、「分割直前の原出願の明細書又は図面」であるが、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(当初明細書)について補正がされた場合も、当初明細書に記載された発明は補正によりこれを分割直前の原出願に係る発明となし得たものであるから、結局、分割出願の適否は、分割出願に係る発明が当初明細書に記載されていたか否かを基準とすべきことになる。これを本件発明についていえば、平成3年5月16日の本件分割出願の適否は、本件分割出願に係る発明が本件原出願の当初明細書に記載されていたか否かを基準として決すべきである。

 本件分割出願が特許法44条1項の規定に適合する適法な分割出願であるか否かの基準とされるべきが本件原出願の当初明細書であることについては、被告もこれを争っていない。

 (2)ところで、分割出願の目的は、原出願に包含されてはいるが原出願に係る発明とは異なる発明を別の出願として出願することにあるが、もともと、原出願に係る発明と分割出願に係る発明とは、いずれも原出願の当初明細書又は図面に記載された発明なのであるから、両者に共通する構成が存する場合の多いことは容易に理解し得るところである。そうであれば、分割出願を行うに当たり、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが互いに異なる発明であることを明確にするために、原出願の明細書又は図面にも補正を加えて、分割出願に係る発明を排除する記載とすることも大いにあり得ることというべきである。そうすると、分割出願に係る発明が原出願の登録時明細書に記載されていないとしても、そのことから直ちに、分割出願に係る発明が原出願の当初明細書にも記載されていないといえるものではない。』

分割制度の沿革と明細書又は図面の補正が可能な時期(再掲)

2008-04-23 22:52:30 | Weblog
事件番号 平成8(行ウ)125
裁判年月日 平成9年03月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟


『1 本件分割出願に適用すべき平成五年法律第二六号による改正前の特許法(以下「法」という。)四四条一項は、「特許出願人は、願書に添附した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内に限り、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」旨を規定し、同条二項本文は、「前項の場合は、新たな特許出願は、もとの特許出願の時にしたものとみなす。」旨を規定する。

 右特許出願の分割の制度は、従来、
 一発明一出願主義のもので一出願により二以上の発明につき出願した場合、
 二以上の発明が特許請求の範囲に記載されているが併合出願の要件を満たしていない場合、
 明細書の発明の詳細な説明又は図面中に特許請求の範囲に記載した発明と別異の発明が記載されている場合等に、
出願人に対し、出願を分割するという方法により、各発明につきもとの出願時に遡って出願されたものとみなして特許を受けさせる途を開いたものであり、また、昭和六二年の法三七条の改正以後は、主として出願人が自ら最初の一出願を複数出願に分割する方が特許管理上の理由等により、より便利であると考え直す場合等にも分割の必要性が生じるものと解される


2 分割による出願をすることができる時期及びこれに関連する規定について、その沿革をみるに、

 現在の特許法(昭和三四年法律第一二一号)施行当初は、手続の補正ができる時期について一七条一項本文に「手続をした者は、事件が審査、審判又は再審に係属している場合に限り、その補正ができる。」と定め(ただし書で、出願公告決定、請求公告決定の謄本の送達後の補正は、六四条の規定により補正をすることができる場合に限定されていた。)、
 他方、分割による出願をすることができる時期については、四四条二項に「前項の規定による特許出願の分割は、特許出願について査定又は審決が確定した後はすることができない。」との規定が置かれていた。

 それが、昭和四五年法律第九一号による改正により、手続の補正ができる時期について一七条一項本文が「手続をした者は、事件が特許庁に係属している場合に限り、その補正をすることができる。」と改正され(ただし書で、出願から一年三月を経過した後出願公告決定送達前、出願公告決定送達後、請求公告決定後の補正は、一七条の二、六四条の規定により補正をすることができる場合に限定する。)、一七条の二を新たに設け、特許出願の日から一年三月経過後出願公告決定謄本の送達前の願書に添附した明細書又は図面の補正について、一号ないし四号に掲げる場合に限りできるものとされるとともに、
 特許出願の分割については、従前の四四条二項が削除され、四四条一項に、「特許出願人は、願書に添附した明細書又は図面について補正ができる時又は期間内に限り、・・・することができる。」旨の規定が設けられた。

 右に認定したとおり、現在の特許法の施行当初には、手続の補正が可能な時期について、「事件が審査、審判又は再審に係属している場合」に限るものとされ、特許出願の分割が可能な時期について、「特許出願について査定又は審決が確定した後はすることができない。」とされていたのであるから、 出願につき特許をすべき旨の査定の謄本が出願人に送達されることによって確定し、審査又は審判に係属しなくなった後は、手続の補正も特許出願の分割もすることができなかったことは明らかである

 昭和四五年法律第九一号による改正によって、手続の補正が可能な時期は、「事件が特許庁に係属している場合」に限るものと改められたが、それは同じ改正で審査請求制度が導入されたことにより、特許出願によって直ちに事件が審査に係属しているといえなくなったので、出願後審査請求までの間も手続の補正ができるようにするためのものと解される

 もっとも、特許査定謄本が出願人に送達されて確定した後登録までの間も事件は特許庁に係属しているという余地があるから、右改正によって、特許査定の確定後もなお手続の補正が可能になったと解する余地がある。しかしながら、少なくとも、特許権の内容の変動を生ずるおそれの高い特許願に添附した明細書又は図面の補正に関する限り、そのように解するのは相当ではない。
 勿論、出願公告決定謄本送達後の特許願に添附した明細書又は図面の補正については法六四条により時期、目的事項について厳格に限定されているが、出願人が出願公告決定謄本の送達後拒絶理由通知を受けた場合、早期に意見書を提出し、それによって審査官が迅速に再考慮した結果、意見書の提出期間として指定された期間を残して特許査定が確定する可能性があることは実際の運用上は例外的とはいえ、法の予定したところであり、その残期間内に法六四条の限定も、事件が特許庁に係属しているという要件も充足する、特許願に添附された明細書又は図面についての手続の補正書が提出されることは理論的にはあり得るしかしながら、法にはそのような場合に対応するため当然必要な、手続補正の審査の主体、行政処分として覊束力を有する確定した特許査定の変更の手続についての規定は何ら設けられていない。
 そうであるのみか、そもそも、出願公告決定送達後の特許願に添附された明細書又は図面の補正は、出願人に拒絶理由を消滅させ特許を受ける機会を与えることを眼目とするものであり、すでに特許査定が確定した発明について、明細書又は図面を補正する機会を与える必要性はない


 これらのことを考慮すると、法一七条一項の「事件が特許庁に係属している場合」との文言にもかかわらず、少なくとも願書に添附した明細書又は図面の補正が可能な時期は、特許査定が確定する前に限るものと解するのが事柄の性質上相当である。』

分割出願の効力が審決取消訴訟に与える影響

2008-04-23 07:27:31 | Weblog
事件番号 平成15(行ケ)83
裁判年月日 平成15年10月07日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『第5 当裁判所の判断
 1 事案の要約と問題の所在
 本件事案は,次のように要約される。
 原告は,指定役務を甲(第35類),乙(第37類),丙(第38類),丁(第42類)の役務群として,本願商標について登録出願をしたところ,特許庁から拒絶理由通知を受け,願書の指定役務から甲役務群を削除する旨の補正書を提出するなどして対応したものの,拒絶査定を受けたため,審判請求をしたが,丁の役務群において本件引用商標と類似することを理由として請求不成立の審決を受けた。
 そこで,原告は,審決取消しを求めて本訴を提起した上,特許庁に対し,拒絶理由に関係する丁役務群を指定役務とする分割出願をし,かつ,本件出願に係る指定役務群を乙,丙の役務群に減縮する旨の補正書を提出した。
 なお,原告は,その後,さらに,拒絶理由に関係しない乙,丙の役務群の大部分を指定役務群とする分割出願をすることによって,本件出願に係る指定役務を乙役務群のうちの「建築一式工事」のみに減縮し,その旨の補正書を提出している


 以上の事実関係の下で,原告は,本訴提起後に特許庁に対し分割出願に伴って提出された補正書は,出願時に遡って効力を有するとする見解(遡及説)に立って,本件出願に係る指定役務が補正前の乙,丙,丁の役務群であることを前提として判断した審決は,結果として誤りであるから,違法として取り消されるべきであると主張し,これに対し,被告は,本訴提訴後に提出された補正書は原告主張のような遡及効は有しないとする見解(非遡及説)に立って,審決は違法ではないと主張する


 2 商標法68条の40第1項について
 商標法10条1項は,「商標登録出願人は,商標登録出願が審査,審判若しくは再審に係属している場合又は商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合に限り,一以上の商品又は役務を指定商品又は指定役務とする商標登録出願の一部を一又は二以上の新たな商標登録出願とすることができる。」と規定し,分割出願が許される時期について「商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合」と明記しているから,審決取消訴訟係属中に分割出願ができることに疑問の余地はない。

 これに対し,商標法68条の40第1項は,「商標登録出願・・・・に関する手続をした者は,事件が審査,登録異議の申立てについての審理,審判又は再審に係属している場合に限り,その補正をすることができる。」と規定し,手続の補正をすることのできる時期を制限し,特に「商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合」を文理上除外している。
 そして,平成8年法律第68号による法改正前の商標法10条は,商標登録出願の分割ができない時期として,「査定又は審決が確定した後」と規定していたのであり,これとの対比において考えても,商標法68条の40第1項の上記場合とは,事件が特許庁に現に係属している場合を指し,審決取消訴訟が係属している場合を含まないものと解するのが自然である。そして,事件が現に特許庁に係属していない限り,出願人から補正書が提出されたとしても,これを審査することはできず,仮に審査して補正の許否の結論を出したとしても,これを出願の当否の判断に反映させる法的手続も定められていない。

 また,商標法68条の40第1項は,手続の補正に関する一般規定であるから,分割出願に伴う補正のみでなく,補正一般についても審決取消訴訟係属中に認めることになるような解釈は,審決取消訴訟の審理構造に関わる重大な事項であって,弊害も大きく,軽々に認めることは適当ではない

 以上のとおり考えると,商標法68条の40第1項の解釈としては,審決取消訴訟の係属中には,もはや,遡及効を伴うような補正は,許容することはできないものと解さざるを得ない。そこで,すべての補正について,そのように解し分割出願の場合でも例外を認めることはできないのか否か,それとも,そもそも,分割出願に際して提出される補正の書面については,特別な考察を要するのか否かなどについて,以下,項を改めて検討することとする

 3 分割出願の法的性質について
 上述のように,商標法10条1項は,「商標登録出願人は,商標登録出願が審査,審判若しくは再審に係属している場合又は商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合に限り,一以上の商品又は役務を指定商品又は指定役務とする商標登録出願の一部を一又は二以上の新たな商標登録出願とすることができる。」と規定し,同条2項は,「前項の場合は,新たな商標登録出願は,もとの商標登録出願の時にしたものとみなす。」と定めており,分割出願自体について特別の要件ないし手続(例えば,審決で拒絶理由とされた指定商品等について分割出願を制限するなどの要件ないし手続)を定めていないことなどを考えると,
(1)商標法の定める分割出願は,同法10条1項の定める要件を充足している限り,分割出願がされることによって,原出願の指定商品等は,原出願と分割出願のそれぞれの指定商品等に当然に分割され,それゆえ,原出願の指定商品等について,分割出願の指定商品等として移行する商品等が削除されることは,観念上は,分割出願自体に含まれ,別個の手続行為を要しないものと解され,かつ,
(2)分割出願は,法律上,新たな出願とみなされるため,不動産登記における分筆・分割や民事訴訟における弁論の分離などの場合(これらの場合には,分割前の正と負の状態を分割後もそれぞれが承継する。)と異なり,原出願が受けた拒絶査定,審判請求不成立の審決という負の状態,そして,審決取消訴訟係属の対象からも解放され,改めて特許庁において新たな出願として審査及び審判を受けることができるようになると解される

 しかも,商標法10条1項は,上述のとおり審決取消訴訟の係属中であってもすることができると明記していることを考えると,審決取消訴訟の係属中にされた分割出願でも,分割出願自体によってその効力を生じ,同法68条の40第1項のいう補正をしなくとも,分割出願としての効力に何ら影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

 ところで,商標法施行規則22条4項は,特許法施行規則30条を準用し,商標法10条1項の規定により新たな出願をする場合において,原出願の願書を補正する必要があるときは,その補正は新たな出願と同時にしなければならないと規定している。この商標法施行規則の規定は,分割出願は,上述したように,分割出願自体によって,観念上原出願と分割出願の双方の指定商品等について当然にその効果を生じ,その効力発生要件としては補正書の提出を要しないものではあるが,分割出願がされた場合には,実際上は,分割出願に移行する指定商品等を原出願の指定商品等から削除することが必要になって,その際,原出願と分割出願との間で指定商品等が重複するようなことが考えられるため,そのような事態を避けるという事務手続上の便宜のために設けられたものと解される(この点において,特許法の分割出願は,原出願に係る発明と分割出願に係る発明とをいかに切り分けるかにつき判断的な要素が入り,必ずしも一義的な分割方法があるわけではないため,特許法施行規則30条の定める補正の書面が重要な役割を担うのと事情を異にする。)。
したがって,商標法の分割出願の場合には,上記法条にいう補正の書面は分割出願の効力を云々するような書面ではないというべきであり(施行規則は,その法形式上,法の定めた効力要件を加重することはできない。),特許庁編工業所有権法逐条解説[第16版]1095頁のこの点に関する説明も,以上の趣旨に帰するものと思われる

 4 分割出願と審決取消訴訟の審判対象の変動について
 上述したとおり,分割出願は,願書記載の指定商品等を原出願と分割出願との間で分割するというものであるから,商標法10条1項の要件に適合する分割出願がされれば,これによって,原出願についても,指定商品等の変動という分割出願の効力は生じているといわざるを得ない
 そして,商標法は,審査・審判等が特許庁に係属する場合に分割出願することを認め,その分割出願の結果を審査・審判等に反映させることにし,これと同列的に,審決取消訴訟が裁判所に係属する場合にも分割出願を認めたのであるから,その分割出願の結果もまた審決取消しの訴訟及び判決に反映させることにしたものと解するのが文理上も自然であり,かつ,合理的である。仮に,商標法が審決取消訴訟係属中に分割出願の制度を認めながら,分割出願の結果が審決取消しの訴訟及び判決に何ら影響を与えないというのであれば,審判対象物の恒定効を付与するといった特別の法的措置を講ずべきであり,そのような措置が何ら講じられていない以上,分割出願の結果を前提に,爾後の審決取消訴訟は進行するものといわざるを得ない。

 そこで,分割出願の効力が審決取消訴訟に対しいかなる影響を与えるかについて考えるに,登録出願に係る商標の指定商品等が分割出願によって減少したことは,審理及び裁判の対象がその限りで当然に減少したことに帰するから,審決取消訴訟では,残存する指定商品等について,審決時を基準にして,審理及び裁判をすべきことになる。この場合,審決が残存する指定商品等について判断をしているときは,その判断の当否について審理及び裁判をし,審決が判断を加えないでその結論を導いているときは,その点につき当該訴訟で審理判断が可能かを見極めることとなる

 以上のように解すると,審決の示した判断,審決取消訴訟進行中の被告(特許庁)の示した判断,そして,審決取消訴訟の第一審判決に示された判断に不満を抱いた原告は,その訴訟が終局するまで,分割出願をした上,拒絶理由に関係のある指定商品等について分割出願をすることによって,容易に審決取消しの判決を得ることが可能であるかのようであるが,分割の濫用法理の適用などは別途考えられてよい

 なお,以上のような見解を採用しないで,裁判所が,審決取消訴訟係属中にされた分割出願に係る指定商品等も審理の対象として審理判断し,審決取消しを求める請求を棄却する判決をする場合には,分割出願の効力は否定することができないから,その判決によって確定する審決の内容は,分割出願後に原出願に残存した指定商品等に限定される結果となる。本件についていえば,指定役務を乙,丙,丁の役務群としてされた審決においては,丁役務群において本願商標と本件引用商標が類似しているとして,乙,丙,丁の指定役務群の全体について拒絶すべきものとされたため,審決取消訴訟が提起され,審決取消訴訟の係属中に拒絶理由のある丁指定役務群について分割出願されたが,裁判所は,分割出願によっては審理及び判決の対象は何ら変動しないものとして,分割出願の指定役務に移行した丁役務群において両商標は類似するとして,乙,丙,丁の役務群全部について拒絶すべきものとした審決を是認し,原告の請求を棄却するわけであるが,この判決によって確定する審決は,拒絶理由の関係しない乙、丙の役務群のみにつき効力を有し,拒絶理由に関係のある丁役務群には効力が及ばないということにる。』

分割当初明細書に実験データを追加する補正

2008-04-21 07:31:57 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成13(行ケ)593
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成16年02月13日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 山下和明

『1 補正Aが要旨変更であるとの主張が主張自体失当である,との主張について本件特許は,原分割出願である特願平3-107140号について補正Aがなされた後に,新たな分割出願である特願平6-211585号(本件出願)がなされ,その後の補正により,現在の特許請求の範囲となったものに対して認められたものである(乙第5号証。弁論の全趣旨。)。

 被告は,仮に補正Aが原分割当初明細書の要旨を変更するものであったとしても,本件出願及びその後になされた手続補正により,本件発明の特許請求の範囲は,原出願当初明細書の範囲内のものになっているから,要旨変更を問題とする余地はなくなった,と主張する。

 しかしながら,本件出願(特願平6-211585号)は,原分割出願である特願平3-107140号を根拠にこれを親出願としてなされるものであり,その出願日が原分割出願の出願日より繰り上がるということはあり得ない。そしてまた,本件出願の後になされた手続補正や訂正は,あくまでも本件出願を対象とするものであるから,これらの手続補正や訂正が原分割出願の明細書及び手続補正の効力についてまで,さかのぼって影響を及ぼすものでないことは,論ずるまでもないところである。
被告の主張は採用することができない。』

『2 要旨変更の主張について
(1) 原告は,審決が,補正Aは,「当初明細書に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正」(平成5年法律第26号による改正前の特許法41条)に当たらないとして,補正Aは,適法になされたものであり明細書の要旨を変更するものではない,と判断したのは誤りである,と主張する。
・・・
しかしながら,特許は,出願(具体的には,願書に添付した明細書又は図面の記載)という形で開示された発明に対し,当該発明の開示に対するいわば対価として与えられるものであるから,ある発明が明細書又は図面に記載されているというためには,上記対価に値するだけの明確な形で開示されていることが必要であるというべきである。そして,発明とは,技術的思想の創作のことであるから(特許法2条1項),当該発明が技術的思想としてのまとまりをもった形態で,明確に開示されていなければならないというべきである。すなわち,補正発明が原分割当初明細書に記載されているというためには,原分割当初明細書中に,吸液芯方式の加熱蒸散殺虫方法を行うための装置や,加熱温度についての構成が単にそれ自体として記載されているというだけでは足りず,これらの記載が,他のことによってではなく,発熱体と吸液芯のそれぞれ表面温度を一定の範囲内のものとし,これらを組み合わせることによってこそ,殺虫剤の有機溶液中にBHT等が添加されているか否かにかかわらず,200時間程度の一定期間,吸液芯の目づまりを回避して殺虫剤の蒸散性を安定持続させる効果を実現する,という補正発明の技術的思想を示すものとして記載されている,と認められるものでなければならないというべきである。審決の上記説示は,単に分割当初明細書中に補正発明の構成要件である装置や加熱温度についての記載があることを指摘するにとどまり,補正発明の上記技術的思想の有無についての判断を明確に述べることをしておらず,少なくとも理由付けとして不十分であるというほかない。
・・・
被告主張の,少なくとも200時間の蒸散継続時間があるということは,本件出願当時において十分に画期的なことであった,ということは,上記特段の事情とはなり得ない。仮に,画期的なことであったとする被告の主張が真実であったとしても,分割当初明細書の上記記載状況の下では,その画期的な結果をもたらしたのがほかならぬ各温度範囲の特定とその組合せであると理解するのは困難であるという以外にないからである。
他にも,本件全資料を検討しても,上記反対に解すべき特段の事情を認めることはできない。
補正Aにおいて,発熱体及び吸液芯の表面温度を変化させて比較した新たな実施例及び比較例についての第3表とこれについての記載を加え,表面温度が70~150℃の発熱体で,上記芯の上部を表面温度が60~135℃となる温度に間接加熱することによって,200時間経過後の揮散量を一定水準に維持することができるとの技術思想を示したことは,原分割当初明細書に記載されていなかった新たな技術的事項を明らかにする実験データを追加したものというほかない。』

分割直前の明細書に至る補正の効力

2008-04-20 11:51:48 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10321
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年04月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『(3) 上記(2)のとおりの本件審査手続の経過に照らせば,原告が,本件原出願に意匠登録を受けようとする意匠として二の意匠が包含されており,意匠法7条に規定する要件を満たさないとの本件原出願に係る第1回拒絶理由通知を受けたため,これに係る拒絶理由を解消するため,すなわち,本件原出願が,意匠登録を受けようとする意匠として一の意匠のみを包含するものとなるよう,本件第1次補正をしたことは明らかであるから,本件原出願における意匠登録を受けようとする意匠は,本件第1次補正により,第二形態の意匠のみとされ,第一形態の意匠は,本件原出願における意匠登録を受けようとする意匠から除外されたことにより放棄されたものと認めるのが相当である

 また,原告は,本件第1次補正によって意匠登録を受けようとする意匠とされた第二形態の意匠(部分意匠)が,意匠登録を受けようとする部分とその余の部分との境界が不明確であり,意匠法3条1項柱書に規定する意匠に該当しないとの本件原出願に係る第2回拒絶理由通知を受けたため,これに係る拒絶理由を解消するため,第二形態の意匠に係る必要な手続補正として,本件第3次補正をしたものと認めるのが相当である(なお,本件第2次補正は,本件第1次補正において記載漏れのあった軽微な事項の追加に係るものである。)。

(4) そうすると,本件原出願における意匠登録を受けようとする意匠は,本件第1次補正によって,本件原出願時から第二形態の意匠のみとされ,本件第3次補正も,第二形態の意匠についてされたものであるといえるから,本件出願の時点では,本件原出願における意匠登録を受けようとする意匠は,第二形態の意匠のみであったと認められる。
 したがって,本件原出願は,本件出願の時点では,「二以上の意匠を包含する意匠登録出願」ではなかったものであるから,本件出願が分割要件を欠くものであったことは明らかであり,その他,本件出願の時点において,同出願が分割要件を満たしていたものと認めるに足りる証拠はない。

2 原告の主張について
原告は,種々の根拠を挙げて,本件出願が分割要件を満たすものであったと主張するので,以下,順次検討する。
(1) 本件出願の時点における本件原出願の内容(意匠登録を受けようとする意匠)を本件原出願の出願時のものと解すべきであるとの主張について

・・・

原告は,「『意匠登録出願の願書の記載又は願書に添付した図面について補正があり,その補正がこれらの要旨を変更するものでないとき,書類等は出願当初から補正後の状態で提出されたものとして取り扱われる。』との審決の解釈に根拠はなく,まして,手続補正により,当初の出願時にさかのぼって,当初の出願手続書類等が手続補正書類等と差し替わるものではないから,本件各補正があっても,本件原出願の内容は,留保された状態にあるというべきである。」と主張する

 しかしながら,適法な手続補正がされれば,意匠登録出願の内容がその出願時にさかのぼって当該手続補正の内容のとおり変更されることは,意匠法9条の2,17条の2第1項及び17条の3の各規定から当然に導かれる解釈であるから,原告の上記主張は,独自の見解であるといわざるを得ず,採用することができない。

ウ 原告は,「審決は,『意匠登録出願の願書の記載又は願書に添付した図面について補正があり,その補正がこれらの要旨を変更するものでないとき,書類等は出願当初から補正後の状態で提出されたものとして取り扱われ,手続の補正があった時からその効力を有するものであり,手続は暫定的な状態にあるものではない。』と判断したが,手続補正により,当初の出願時にさかのぼって,当初の出願手続書類等が手続補正書類等と差し替わり,前者が取り下げられたり,放棄されたりするとの効果が生じるわけではない。そもそも,手続補正は,『一連の意味を持った手続経緯を有するもの』として,当該手続補正の内容につき『時系列的に出願当初からの効力を持つ』ものであるから,当初の出願の目的及び範囲において,以後も手続補正は可能であり(先行の手続補正は,後行の手続行為を拘束するものではない。),その意味で,手続補正は暫定的なものである。」と主張する

 確かに,適法な手続補正がされても,その後に,再度,適法な手続補正がされれば,前者の手続補正によって変更された意匠登録出願の内容は,後者の手続補正の内容のとおり変更されるのであるが,これは,適法な手続補正の効果として意匠登録出願内容が出願時に遡及して変更されることがあり得ることを意味するに止まり,このような可能性があるからといって,出願内容自体が未確定ないし浮動的なものであることを意味するものとしての「暫定的」なものであるとするのは相当ではない

 そして,原告の上記主張は,結局は,適法な手続補正がされても,当初の意匠登録出願の時点にさかのぼって,その内容が変更されるものではない旨をいうものであるから,上記イにおいて説示したとおり,これを採用することはできない。

・・・

(2) 本件参考図の存在により,本件第3次補正後の本件原出願に二の意匠が包含されているとの主張について
・・・

イ 原告は,「手続補正によりいったん削除した記載であっても,その後の手続補正(回復補正)により,再度,当該記載を加えることは可能であると解され,したがって,本件参考図を,当初の出願書類に添付されていた一組の図面(意匠登録を受けようとする意匠)に補正することも可能であると解されるところ(これは,当業者にとって自明である第一形態の意匠の他の部分の構成態様を念のために補正・補充するものである。),本件出願に当たり,当該手続補正を行った上で,出願の分割(本件出願)を行うというのは,審査官にとっても出願人にとっても迂遠な方法であり,手続経済的合理性を欠くから,本件においては,当該手続補正を経ることなく,出願の分割が可能であったと解すべきである。」と主張する

 しかしながら,前記1(2)のとおりの本件審査手続の経過に照らせば,本件原出願について原告が主張するような手続補正を行うことは,要旨変更に当たるものとして許されない上,意匠法7条の規定にも違反するものであって不適法であることが明らかであるから,当該手続補正が適法に行えることを前提とする原告の主張は,その前提を欠くものとして,失当である。』

破産会社から譲渡を受けた商標権に対する否認権の行使

2008-04-14 06:24:42 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)10088
事件名 商標権移転に関する否認権行使・反訴請求控訴事件
裁判年月日 平成20年03月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『3 商標権移転登録の否認登録手続請求(原判決主文第1項)
(1) 控訴人は,本件商標は専ら控訴人が使用するために商標権として登録されたもので,控訴人に帰属するものである,すなわち控訴人及び破産会社は,実質上控訴人に帰属していた商標権を形式上(登録上)も控訴人が取得するために,譲渡の形式をとったのであって,譲渡によって,実質的に商標権が移転したものではないから,本件商標権の譲渡行為は,否認権行使の対象とならないと主張する

 しかし,商標法(以下「法」という。)14条は,審査官が商標登録出願について審査する旨を定め,これを受けて法16条は,審査官が商標登録をすべき旨の査定をする場合について定め,法18条2項は,登録料の納付があったときは商標権の設定の登録をする旨定め,法18条1項は,商標権は,設定の登録により発生すると規定するところ,本件商標権は,破産会社がかかる所定の手続を経て設定登録(登録第4808864号)を受けたものであり,控訴人が設定登録を受けたものではない
 そして,仮に本件商標が専ら控訴人が使用するために商標権として登録されたものであれば,専用使用権の設定(法30条1項本文)という手続もあるが,かかる手続もとられていない

 そして,法35条で準用する特許法98条1項1号によれば,商標権の移転(相続その他の一般承継によるものを除く。)は,登録しなければ,その効力を生じない(対抗要件ではなく効力要件)ものであるところ,本件商標権について,平成16年11月22日受付第018462号(甲4)をもって控訴人に対する特定承継による本権移転の登録申請がなされ,平成16年12月6日に登録がなされているものであり,またこのように同登録がなされたのも,破産会社,控訴人の合意が客観的に確認されたからであると推認される
 これらの事情に照らせば,控訴人及び破産会社が,実質上控訴人に帰属していた商標権を形式上(登録上)も控訴人が取得するために譲渡の形式をとったものであるとすることはできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
・・・

(4) 控訴人は,破産会社は,本件商標の登録後間もなく営業を停止し廃業届を出していることから,本件商標権による営業実績が乏しく,本件商標権を使用して営業をした場合にどの程度の利益を得られるかは不明であり,本件商標権の財産的価値を算定することは不可能である,その結果,本件否認により本件商標が破産財団に復帰しても,これを換価することは極めて困難であるか仮に換価できたとしてもその対価は極めて僅少というべきであり,このような換価が極めて困難ないし対価が僅少である本件商標の譲渡行為が破産財団を絶対的に減少せしめる行為とは到底いえず,破産債権者の利益を害するものではなく,本件商標譲渡は詐害行為には当たらず,破産会社及び控訴人にもその認識がなかったことは明らかであると主張する

 しかし,無体財産権である本件商標権の財産的価値の算定や換価に事実上困難な面があるとしても,財産権である本件商標権の財産的価値の算定が当然に不可能であるということにはならず,そのような本件商標権が他の商標権と異なり財産権として無価値なものである事情があるということもできないから,控訴人の上記主張は採用することができない。』

『4 本件商標を権原なく使用したことによる不当利得返還請求(原判決主文第2項)(1) 否認権行使の効果として使用利益の返還を認容したことの問題点についての判断(控訴人の主張(2)ア)
ア 控訴人は,否認権は,破産者の処分によって減少した財団を回復させることを目的とする制度であるから,その効果も,その目的達成のために必要にして十分な範囲に限定される(相対的無効説),かかる相対効を前提とすれば,否認権行使の結果,相手方が負う返還義務の範囲(法定果実,使用利益)については,否認権行使の対象となる行為(詐害行為)がなかった場合の財産状態の回復に止まるというべきであるから,詐害行為がなければ破産者が当然利得を収受できたとまでいえない場合は,相手方は収受した法定果実の返還義務を負わない,これを本件についてみると,原判決が認定した本件における使用利益は,本件商標権の譲渡の結果,控訴人が当然得た利益ではなく,控訴人の従業員らの営業,不動産仲介,建物の建設,経理,総務などの種々の業務の総体によって得たものであるから,本件商標権譲渡がなければ破産者が当然同額の利益を収受できたとはいえず,控訴人は使用利益の返還義務を負わない,と主張する
 しかし,破産管財人たる被控訴人が否認権を行使することによって,破産財団との関係では,否認権行使の対象となる行為(本件商標譲渡行為)は当初から存在しなかったこととなり,本件商標は当初から一貫して破産財団に帰属していたことになる(旧破産法77条1項参照)。そして,本件商標権は後に述べるように一定の経済的価値を独自に有するのであるから,被控訴人の否認権行使により,破産管財人たる被控訴人は,直接控訴人に対して,同利益相当額の返還を請求できるというべきである。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
・・・
カ 控訴人は,控訴人が本件商標を使用しても,それは破産会社の信用力や顧客吸引力等を利用するものではなく,控訴人自身の信用力等が背景にあるからこそ価値が認められる商標を控訴人が使用しているにすぎず,破産会社には何らの損失も発生しない,本件商標は,控訴人を表わすものとして使用するために設定登録申請され,それ以降,専ら控訴人が使用しており破産会社は全くこれを使用しておらず,また,本件商標の移転登録当時(平成16年11月22日),破産会社は既に営業を休止し事業を行っていなかったことから,本件商標が破産会社の信用力や顧客吸引力を背景に破産会社を表す商標として価値を有するものでないことは明らかである,このことは,本件商標の譲渡後,控訴人の経常利益はむしろ減少しており利得があったといえないのに対し,破産会社の経常利益は同譲渡後増加しており損失が生じたとはいえないことからも裏付けられると主張する。

 しかし,上記2に認定した事実によれば,破産会社は,昭和57年から平成16年にかけて本件商標とほぼ同一の第1商標を店舗看板や名刺,社有物件建物に表示して常時,日常的に使用してきたものであり,また,上記アに説示したとおり,破産会社と控訴人との間に,本店所在地,事業を行っていた地域,事業の内容,役員・従業員等の人的側面,事業活動に使用していた商標等の点から見て極めて密接な関連性が存するものである。

 これらによれば,本件商標において,昭和57年から平成16年にかけての営業活動により第1商標に蓄積されてきた破産会社の信用力や顧客吸引力が何ら引き継がれていないとみることはできないというべきである。このことは,本件商標の移転登録当時(平成16年11月22日),破産会社が全く本件商標を使用しておらず営業を休止し事業を行わない状態になっていたとしても変わりはない
 さらに控訴人は経常利益の増減について主張するが,経常利益は営業上又は営業外の様々な要因により変動するものというべきであるから,控訴人の主張が不当利得が認められないことの裏付けになるとはいえない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。』

『(6) 控訴人は,仮に被控訴人による本件商標権譲渡に対する否認権行使の結果,本件商標権が破産財団に帰属した場合,控訴人が負担した本件商標の登録費用は,控訴人に対する関係で破産財団の不当利得となる,そうすると,控訴人は,被控訴人に対し,不当利得返還請求権に基づき,登録費用分の返還請求権を有していることになる,したがって,控訴人は,上記不当利得返還請求権と被控訴人の本件土地譲渡による不当利得金85万円とを対当額において相殺すると主張する

 しかし,たとえ控訴人が被控訴人に対し,自働債権として不当利得返還請求権(本件商標の登録費用分の返還請求権)を有しているとしても,受働債権とされる本件土地譲渡による不当利得金85万円は,破産債権者である控訴人が本件土地譲渡を破産管財人によって否認された結果として生じた価格償還債務であるから,破産債権者が破産宣告後に破産財団に対して負担した債務に該当するものにほかならず,旧破産法104条1号により相殺が禁止されるというべきである。』

物の発明の実施可能要件

2008-04-13 23:43:44 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10171
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年04月07日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『本願発明は,所定の条件下で測定した比Hdd/Hdeが4以上を呈するという特性を有する複合磁性体を材料とする電磁干渉抑制体及びその製造方法の発明であると認められる。
 そうすると,本願発明(請求項1)において,所定の条件下で測定した比Hdd/Hdeが4以上を呈するという複合磁性体の特性は,あくまでその磁気損失特性が優れていることの数値的指標として,複合磁性体を特定する意味を有しているものであって,かかる特性自体が開示されたからと言って,同複合磁性体の製造方法が開示されたことにはならない
 そして,物の発明については,どのように作るかについて具体的な記載がなくても明細書の記載や技術常識に基づき当業者がその物を製造できる場合を除き,製造方法を具体的に記載しなければならないというべきであり,本願発明(請求項1)も物の発明であるから,製造条件によって特定された複合磁性体を内容としていないとしても,本願明細書(甲2,5)の実施可能要件を満たすため,上記のような意味で,製造方法の具体的な記載が必要であることを左右することはできない。

 さらに,原告が,本願明細書(甲2,5)の実施例に記載された製造条件とそこから一義的に定まる条件に当業者の技術常識を加味すれば決定できる旨主張する条件は,前記2(3)ア,イ(ア)~(ウ),ウで説示したとおり,本願発明(請求項1)の電磁干渉抑制体の材料としての,比Hdd/Hdeが4以上を呈する優れた磁気損失特性を有する複合磁性体を得る目的のために,扁平状の形状を有する軟磁性体粉末をできる限り同じ方向に並べるようにしてその配向度を改善するために設定する条件として開示すべき重要な事項であると認められる。
 そして,これらが,本願明細書(甲2,5)の実施例に記載された製造条件とそこから一義的に定まる条件に当業者の技術常識を加味すれば容易に決定される事項とみることができる具体的な根拠もないから,原告が主張するように,本願発明の電磁干渉抑制体に対する示唆及びその特性に対する目標値を与えれば周知技術を使用している限り当業者が容易にかつ任意に実現できるということはできない。』


訂正を認めなかった確定審決への再審請求

2008-04-13 20:15:58 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10418
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年03月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 三村量一

訂正審判請求の係属中に,当該特許を無効にする審決が確定した場合には,特許法123条1項7号に該当する場合を除き,特許権は初めから存在しなかったものとみなされ(特許法125条),もはや願書に添付した明細書又は図面を訂正する余地はなく,訂正審判の請求はその目的を失い,不適法となる特許法が126条において,特許が無効審決により無効とされた後は,訂正審判を請求することはできない旨を規定しているのは,この趣旨である。)。

 したがって,訂正審判の請求について,請求が成り立たない旨の審決があり,これに対して特許権者が提起した取消訴訟の係属中に,当該特許を無効にする審決が確定した場合には,特許権者は,当該取消訴訟において勝訴判決を得たとしても訂正審判の請求が認容されることはありえず,訂正審判の請求が成り立たないとした審決の取消しを求めるにつき,法律上の利益を有しないこととなる(最高裁昭和59年4月24日第3小法廷判決・民集38巻6号653頁参照)。

 この理は,訂正審判の請求が成り立たないとした審決がすでに確定している場合に,その取消しを求める再審の請求があった場合においても同様に妥当するというべきである

 これを本件について見るに,前記第2,1のとおり,特許法123条1項2号に該当するとして本件特許を無効にすべき旨の別件無効審判の審決が,平成16年4月22日に確定したことに伴い,本件特許権は,特許法125条本文により,初めから存在しなかったものとみなされるから,本件特許の願書に添付した明細書を訂正することを求める審判請求を成り立たないとした原審決について,別件無効審判の審決の確定により本件特許が無効にされた後に,その取消しを求めて請求された本件再審請求が,その利益を欠くものとして不適法であることは,明らかである。

 したがって,本件再審請求を不適法として却下した本件審決は,結論において相当である。』

前置報告書に接した請求人の上申書による補正案

2008-04-11 07:32:17 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10287
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年03月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『4 取消事由4(審理不尽の違法)について
 原告は,本件は,出願人(原告)が,補正案により本願発明の特許性をより明確にしようと,補正の機会を求めているにもかかわらず,その機会を与えず審判官の一方的な裁量によって審理が進められ,補正されれば特許されるべき出願を拒絶にしたものであって,保護すべき発明を保護しない審理不尽があった旨主張する

 しかし,審判請求された出願の明細書を補正することができる機会は,特許法17条の2第1項4号の規定により審判請求の日から30日以内にするとき,及び,同法163条2項の規定により審判合議体において拒絶すべき理由を新たに発見して請求人に通知した場合の指定期間内にするときに限られているものである。

 原告は,前置報告書に接して,上申書により補正案を提示したが,特許法の予定する補正手続ではない以上,審判合議体がこれを取り上げるべき義務があるとはいえない

 したがって,審理不尽の違法をいう原告の上記主張は,採用の限りでない。』


(所感)
 原則は、双方が特許請求の範囲と証拠に基づく主張を尽くしておりその上で審査の拒絶の理由が相当であるならば、補正を認めずに拒絶の審決をするべきであると思う。

別件判決の判決書のみを根拠にした刊行物の頒布時期の認定

2008-04-11 07:13:45 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10358
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年03月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『1 取消事由1(本件刊行物の頒布時期の認定の誤り)について
(1) 審決の事実認定の当否
ア 事実認定の内容
(ア) 審決は,別件判決の判決書(甲8)のみを根拠に挙げて,本件刊行物(甲7)が本件特許の優先日前に頒布されたものであるとの事実認定をし,本件発明は,本件刊行物に記載された発明と同一であると判断した。

 すなわち,審決は,別件判決の判決書の理由の記載部分〔「第4当裁判所の判断」,「1 争点1(2)」,「(1) 本件パンフレットの記載について」及び「(2) 本件パンフレットの配布について」欄の記載(審決書7頁28行~10頁18行)〕を根拠として,
① 本件刊行物(甲7)は,別件判決に言及されている「本件パンフレット」と同一の内容が記載されたパンフレットであると推認することが可能である(同10頁28行~11頁2行),
別件判決は,和解によって終局したため確定してはいないが,別件判決において,「本件パンフレット」が本件特許の優先日である平成5年9月1日より前の平成5年7月ころまでには,既に公知であったと認定した点について,これを否定する証拠は現在に至るまでどこにも示されてはいない(同10頁28行~11頁2行),
したがって,本件刊行物は,「本件パンフレット」によって,本件特許の優先日前に頒布されたことが認められる(同11頁10行~11行)旨認定,判断した。なお,審決は,別件判決の判決書以外の証拠は何ら摘示していない

(イ) 甲8(別件判決の判決書)によれば,別件判決は,別件訴訟で証拠調べのされた書証(別件訴訟乙19,20,30,31等)及び人証(証人【C】,証人【D】)と弁論の全趣旨を基礎として,「原告は,平成5年7月ころまでには,本件パンフレットを取引先等に配布したものと認められる。」(審決書10頁13行~14行)と認定したことが認められる。

イ 事実認定の当否
上記を前提に,審決のした事実認定の当否について判断する。
(ア) 本件審判における立証の対象となる事実は,本件刊行物が,本件特許の優先日である平成5年9月1日より前に頒布されたか否か,本件刊行物の記載内容がどのようなものであったか,そして,本件発明が特許法29条1項3号に該当するか否か等である。

 本件審判において,上記の立証対象事実が存在するとの認定をするためには,少なくとも直接的な事実を合理的に認定するに足りる証拠資料又は間接的な事実を合理的に認定するに足りる証拠資料を取り調べた上,審判体自ら,各証拠の信用性を総合的な観点から,吟味検討し,あるいは取捨選択して,立証対象事実の存否に関する心証を形成することを要するというべきであって,そのような審理ないし検討を一切することなく,他者の認定判断に依拠して,事実が存在すると認定することは合理性を欠く

 これを本件についてみると,本件刊行物が,本件特許の優先日である平成5年9月1日より前に頒布された事実が存在すると認定するためには,少なくとも,別件判決が認定の基礎とした書証や人証を自ら取り調べるか,そのような証拠を取り調べることができない場合には,代替的な証拠を取り調べる必要があるというべきである。しかし,本件審判手続において,審判体が,当事者から上記書証や上記人証に係る証人尋問調書の提出を受け,又はこれらを取り寄せるなどして上記検討をした形跡は一切認められない。

(イ) そして,審決は,別件判決の判決書の理由中の記載事項のみをもって,「原告は,平成5年7月ころまでには,本件パンフレットを取引先等に配布した」との事実を認定したものであり,このような事実認定には合理性がなく,到底是認されるものでない。
(ウ) 以上のとおり,審決が,「本件パンフレット」が本件特許の優先日である平成5年9月1日より前の「平成5年7月ころまでには」すでに公知であったとし,「本件パンフレット」と同一内容が記載された本件刊行物が,本件特許の優先日前に頒布されたものと認定したことには,誤りがある。

(2) 被告の主張に対する判断
 被告は,
①審決は,別件判決の判決書の認定を信用力あるものとして,積極的に本件刊行物の頒布時期の認定判断の根拠として採用したものであり,また,上記判決書の認定は,きめ細かく,説得力のあるものであるから,審決が上記判決書の認定を根拠としたことに何ら不合理な点はない,
②別件判決は,確定していないが,事実認定の専門家である3人の裁判官によって証人尋問等を経て認定判断されたものであるから,それ自体十分な証明力があり,一般の書証に比較して証明力は高いなどと主張する


 しかし,上記(1)イ記載のとおり,本件発明が特許法29条1項3号に該当する事実の存否について,少なくとも,別件訴訟で取り調べられたのと同様の書証,人証を取り調べた上で,それらの証拠の信用性について総合的に検討することを要するというべきであるが,本件審判手続において,その検討はされていない(なお,別件訴訟の終了後に受訴裁判所に保管された書証の写し,証人尋問調書等の訴訟記録は,保存期間経過のため,既に廃棄されている。)。

 また,原告は,別件判決を不服として控訴し,別件判決のした「本件パンフレット」の頒布時期の事実認定を争っていたこと,別件訴訟は,原告が東京フローメータ研究所に対して提起した本件特許権の侵害に基づく差止め及び損害賠償請求訴訟であり(前記第2の1(2)),別件訴訟と本件審判とは,当事者が異なること,別件判決は確定していないこと等に照らすならば,別件判決の何らかの効力が本件審判の当事者に及ぶこともない

したがって,被告の上記主張は,採用することができない。』