知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈

2009-05-31 17:31:44 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10478
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


(2) 事案にかんがみ,再開されるべき審判手続における審理に資するよう,特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈について,当裁判所の見解を付言する。

特許法67条2項は,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは,五年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定している。また,
同法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願について拒絶をすべき場合の一つとして,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定している。

これらの規定の趣旨は,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」(以下「政令で定める処分」ということがある。)を受けることが必要な場合には,特許権が存在していても,特許権者は特許発明を実施することができず,特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することとしたものと解される。そして,「特許発明」とは「特許を受けている発明」(特許法2条2項)であり,「実施」とは特許法2条3項各号に掲げる行為をいうものである。

そうすると,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったというためには,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明の実施」に当たる行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に重複部分があることが必要であるといえる。換言すれば,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明の実施」に当たる行為に重複している部分がなければ,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったとは認められないことになる。

「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明の実施」に当たる行為に重複している部分があるか否かを判断するには,まず,「政令で定める処分」が薬事法14条所定の医薬品の製造の承認や医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る承認である場合には,当該承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為が「その特許発明の実施」に当たる行為であるか否かを検討すべきである
なぜなら,薬事法14条所定の承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為が「その特許発明の実施」に当たる行為である場合には,特許発明の当該実施行為をすることは,薬事法により禁止されていたということができるからである。

ウ 一方,特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。

上記規定の趣旨は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶものではなく,「政令で定める処分の対象」となった「物」(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についてのみ及ぶというものである
これは,特許請求の範囲がしばしば上位概念で記載されるため,同記載によって特定される特許発明の範囲も「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された範囲よりも広いことが少なくないところ,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった範囲(「物」又は「物及び用途」の範囲)を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許発明の実施が妨げられる場合に存続期間の延長を認めるという特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に反することとなるからであると解される。

ところで,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が,「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)についてのみ及ぶとする制度の下においては,特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施しようとする第三者に対し,不測の不利益を与えないという観点からの考慮が必要であることはいうまでもない。しかし,そのような観点から,「政令で定める処分」の対象となった「物」(又は「物」及び「用途」)が,客観的な要素によって特定され,かつ,「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」の各記載及び技術常識に基づいて,十分に認識,理解できることが必要となるとはいい得ても,特許請求の範囲によって明確に記載されていることが必要となるとはいえない

したがって,「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)が,特許請求の範囲に明確に記載されていないという理由で,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶することは,許されないものというべきである。

(参考)
平成20(行ケ)10477および平成20(行ケ)10476も同趣旨。


拒絶査定不服審判における「特許請求の範囲の減縮」の判断事例

2009-05-29 22:02:26 | 特許法17条の2
事件番号 平成20(行ケ)10394
裁判年月日 平成21年05月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

イ補正事項3について
 原告は,補正事項3に係る補正が本願発明2の「押しピン」を限定する補正であるとして,この補正が法17条の2第4項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものではないとした本件審決の判断に誤りがあると主張するので,以下,検討する。

(ア) 本願発明2の理解
 本件補正前の特許請求の範囲の請求項2の記載は,前記したとおりである。
(イ) 補正事項3の位置付け
 これに対し,補正事項3は,補正前の請求項2においては,「押しピン」の構造が「使用時に…下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する」と記載されていたところ,補正後の請求項1においては,その構造に「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,」という限定を付加して記載されているのであって,その記載内容を比較すると,本願発明2における「押しピン」の構造に上記限定を付加するものであると認められる

 そして,本願発明2の「押しピン」が特定の構造を有するものであることは前記で説示したところであるから,このような「押しピン」に上記限定が加えられることにより,使用しないときに手でいずれかの部分を触れればピン部が動く可能性があった本件補正前の「押しピン」が,本件補正後においては「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものに限定されたということができ,本願発明2においては,「押しピン」も当該発明の対象となるものであることも前記ア(ア)で説示したとおりであるから,その構成が限定されることによって,特許請求の範囲は減縮されるものと認めることができる

 この点について,被告は,本願明細書の発明の詳細な説明に「使用しない時には…手にとってどの部分に触れてもピン部3が動くことはない」(段落【0006】)との記載があることから,本件補正前の請求項2に記載されていた「押しピン」はそのようなもの(補正事項3による補正後のもの)と理解されるから,補正事項3は本願発明2の「押しピン」を具体的に限定するものではないと主張するが,本件補正前の請求項2には,「押しピン」が「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものであることを示す記載は存在しないから,被告の主張は失当である。

・・・

(ウ) 以上によると,補正事項3に係る補正は,法17条の2第4項2号が規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものというべきである。


「明りょうでない記載の釈明」の判断事例

2009-05-29 21:43:40 | 特許法36条6項
事件番号 平成20(行ケ)10394
裁判年月日 平成21年05月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

1 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
(1) 目的要件に関する判断
ア補正事項2について
 原告は,補正事項2は,本願発明2が「押しピン」とこれと組になった「カートリッジ」から成ることを明りょうにするためのものであるとして,この補正が法17条の2第4項4号にいう「明りようでない記載の釈明」を目的とするものではないとした本件審決の判断に誤りがある旨主張するので,以下,検討する。

(ア) 本願発明2の理解
 本件補正前の特許請求の範囲の請求項2の記載は,前記したとおりであって,同記載において,押しピンについては,「…構造である押しピンを内部に収容しうる…」,「…により押しピンを押圧する…」と記載されているにとどまることから,本件審決が判断し,また,被告も主張するように,押しピンは,本願発明2における発明の対象ではなく,発明の対象であるカートリッシが備える構成の1つとして記載されているにすぎないと理解する余地もないわけではない
 他方,請求項2の記載において,押しピンは「筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である」ことが特定されており,本願発明2は,このような押しピンと,「筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押しピンを押圧する押圧部」を有するものであることによって特定されるカートリッジとによって構成されるものであると理解する余地もないわけではない。そして,そのような理解を前提にすると,本件補正前の請求項2は,これとは反対に,押しピンを発明の対象とせず,その対象であることが記載上明らかなカートリッジの備える構成の1つとして記載されているにすぎないと理解されなくもない記載となっていたということができるのであって,その意味で,当該記載は法17条の2第4項にいう「明りようでない記載」に当たるといわなければならない

(イ) 補正事項2の位置付け
 これに対し,補正事項2は,本件補正前の請求項2における「押しピンを内部に収納しうる空洞部と」及び「押しピンのカートリッジ。」の記載を,補正後の請求項1においては,「押しピンと,該押しピンを内部に…収納しうる空洞部と」及び「押しピンおよびそのカートリッジ。」の記載に改めるものであり,その記載内容から,本願発明2が「カートリッジ」だけでなく,「押しピン」も発明の対象とするものであることを明示しようとするものであることが明らかである。
 そして,上記(ア)のとおり,本件補正前の請求項2の記載からは,「押しピン」と「カートリッジ」と,その両者を本願発明2の対象とするものであったと解することが可能であったところ,その反面,「押しピン」を当該発明の対象とするものではなく,「カートリッジ」のみを対象とするものであったと解する余地もないわけではなく,明りょうでない記載といわざるを得ないものであったのであるから,補正事項2は正にその明りょうでない記載を釈明するものであるということができる

 実際,補正事項2による補正前後の記載を比較してみれば,本件補正前の請求項2のように,本願発明2の対象である「押しピン」がもう1つの発明の対象である「カートリッジ」が備える構成の1つにとどまるかのように記載されていることを前提として,両者の構造を認識し,これらを対比して両者が発明の対象であると理解する場合に比較して,本件補正後の請求項2の記載のように「押しピン」と「カートリッジ」とを並列的に記載したほうが,その趣旨がより明りょうとなっているということができる。
 この点について,被告は,本件審決の判断と同様に,本件補正前の請求項2に係る発明が「カートリッジ」の発明であって,「押しピン」の発明ではないなどとるる主張するが,本件補正前の請求項2が「カートリッジ」のみを対象とする発明として明りょうに記載されていた場合であれば格別,既に説示したとおり,当該記載が「明りようでない記載」であった以上,被告の主張を採用することはできない。

(ウ) 拒絶の理由について
 法17条の2第4項4号は,「明りようでない記載の釈明」として補正が許されるのは,「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」と規定するところ,被告は,本件においては,「押しピンのカートリッジ」が「明りようでない」との拒絶の理由は示されていないから,補正事項2は「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」ではないと主張するので,この点についても検討する。
 甲11によると,平成18年3月22日付け拒絶査定には,本件特許出願は平成17年8月22日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって拒絶されるべきことが記載されていることが認められ,甲7によると,平成17年8月22日付け拒絶理由通知書には,拒絶の理由として,請求項1及び同2に係る発明(本願発明1及び同2)が特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができない旨記載されるとともに,請求項2に係る発明(本願発明2)については,引用発明1の画鋲刺入装置において,引用発明2の画鋲を収容することによって,本願発明2のように構成することは容易である旨記載されていることが認められる。

 これに対し,補正事項2は,前記認定の経緯からして,本願発明2が「押しピン」と「カートリッジ」と,その両者を当該発明の対象とするものであることを明示することにより,上記拒絶理由通知書において指摘された本願発明2に係る拒絶の理由を回避しようとするものであると認められるから,補正事項2が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」であるということが妨げられるものではなく,被告の主張を採用することはできない

(エ) 以上によると,補正事項2に係る補正は,法17条の2第4項4号が規定する「明りようでない記載の釈明」を目的とするものというべきである。


法4条1項8号の趣旨

2009-05-29 20:37:35 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10005
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=37632&hanreiKbn=06

1 取消事由1(法4条1項8号に係る法令解釈の誤り)について
(1) ・・・。

(2) 原告は,法4条1項8号の立法趣旨などにかんがみると,本願商標が引用会社の名称を含むものであって,かつ,原告が同社の承諾を得ていないとしても,同社の人格的利益を侵害しない場合には,同号に違反するものではなく,本願商標の登録が認められるべきであるとるる主張するが,
同号は,
その括弧書以外の部分に列挙された他人の肖像又は他人の氏名,名称,その著名な略称等を含む商標は,括弧書にいう当該他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないとする規定である。その趣旨は,肖像,氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにあると解される。」(最高裁平成15年(行ヒ)第265号平成16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁)上,また,
「法4条1項は,商標登録を受けることができない商標を各号で列記しているが,需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品又は役務の出所の混同の防止を図ろうとする同項10号,15号等の規定とは別に,8号の規定が定められていることからみると,8号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名な略称等を含む商標は,その他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないと規定した趣旨は,人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。すなわち,人は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである。略称についても,一般に氏名,名称と同様に本人を指し示すものとして受け入れられている場合には,本人の氏名,名称と同様に保護に値すると考えられる。」(前掲最高裁平成17年7月22日第二小法廷判決)のである。

 法4条1項8号は「他人の肖像又, は他人の氏名若しくは名称」を含む商標について,括弧書きによる「その他人の承諾を得ているもの」を除き,商標登録を受けることができないと規定するにとどまるが,そこには,前記最高裁判例に判示されているとおりの意味があるのであって,原告の主張するように,同号の規定上,人格的利益の侵害のおそれがあることなどのその他の要件を加味して,その適否を考える余地はないというべきである。

 要するに,同号は,出願人と他人との間での商品又は役務の出所の混同のおそれの有無,いずれかが周知著名であるということなどは考慮せず,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称」を含む商標をもって商標登録を受けることは,そのこと自体によって,その氏名,名称等を有する他人の人格的利益の保護を害するおそれがあるものとみなし,その他人の承諾を得ている場合を除き,商標登録を受けることができないする趣旨に解されるべきものなのである。

コンピュータプログラムの成立性の判断事例

2009-05-29 20:22:07 | 特許法29条柱書
事件番号 平成20(行ケ)10151
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

2 本件特許発明が自然法則を利用した技術的思想の創作に該当すると判断した誤り(取消事由2)について

 当裁判所は,審決が,本件特許発明は自然法則を利用した技術的思想の創作に該当するとした判断に誤りはなく,取消事由2は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 請求項1に係る発明について
ア 請求項1に係る発明は,旅行業向け会計処理装置の発明であり,経理ファイル上に,「売上」と「仕入」とが,「前受金」,「未収金」,「前払金」,「未払金」と共に,一旅行商品単位で同日付けで計上されるようにしたことを特徴とする(1P)。

 その構成は,電子ファイルである経理ファイル(1A),・・・,前受前払金の計上処理手段(1M)を含み,・・・。そして,上記各手段は,コンピュータプログラムがコンピュータに読み込まれ,コンピュータがコンピュータプログラムに従って作動することにより実現されるものと解され,それぞれの手段について,その手段によって行われる会計上の情報の判定や計上処理が具体的に特定され,上記各手段の組み合わせによって,経理ファイル上に,「売上」と「仕入」とが,「前受金」,「未収金」,「前払金」,「未払金」と共に,一旅行商品単位で同日付けで計上されるようにするための会計処理装置の動作方法及びその順序等が具体的に示されている

 そうすると,請求項1に係る発明は,コンピュータプログラムによって,上記会計上の具体的な情報処理を実現する発明であるから,自然法則を利用した技術的思想の創作に当たると認められる。

イ この点,原告は,
① 請求項1において特定された「手段」は,本件特許の特許出願の願書に添付された図面の図3ないし5に示された処理手順の各ステップの内容を特定したものであるところ,この処理手順及び各ステップの内容は,請求項1にいう同日付計上の会計処理を,伝票と手計算で実行する際の手順及び内容と同様のものであり,上記特定は,手計算に代えてコンピュータを使用したことに伴い必然的に生じる特定にとどまること,
② 本件特許発明の作用効果である「売上と仕入を一旅行商品単位で同日計上することから,従前の旅行業者向けの会計処理装置では不可能であった,一旅行商品単位での利益の把握が可能となる。また,同様に従前の旅行業向け会計処理装置では不可能だった債権債務の管理が可能となるため,不正の防止や正しい経営判断が容易となる。」は,自然法則の利用とは無関係の会計理論又は会計実務に基づく効果にすぎないことなどから,請求項1に係る発明は,自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえない,と主張する


 しかし,原告の上記主張は,採用することができない。

 すなわち,
① 本件特許の特許出願の願書に添付された図面の図3は,本件特許発明に係る旅行業向け会計処理装置による処理操作の一例を示す概略フローチャート,図4は,第1計上処理を示す詳細フローチャート,図5は,第2計上処理を示す詳細フローチャートであり(甲10),コンピュータプログラムに従ってコンピュータにより行われるべき情報処理の流れが開示されていること,
② 請求項1においては,それぞれの手段について,その手段によって行われる会計上の情報の判定や計上処理が具体的に特定され,コンピュータに対する制御の内容が具体的に示されていること,
③ その処理手順等は,その性質上,伝票と手計算で実行する際の処理手順等と全く同様ではなく,相違する点があることに照らして,原告の主張は,その前提を欠くものであって,採用の限りでない。

 また,コンピュータを利用することによって,所定の情報処理を迅速・正確に実現することを目的とする発明の構成中に,伝票と手計算によって実現できる構成要素が含まれていたとしても,そのことによって,当該発明全体が,自然法則を利用した技術的思想の創作に該当しないとするいわれはないから,この点の原告の主張も採用の限りでない。

 さらに,本件明細書(【0068】)には,本件特許発明の作用効果として,「・・・。」と記載されており,本件特許発明は,上記の作用効果を目的とするものであることが認められ,上記の作用効果は,人の精神活動に基づいて体系化された会計理論,会計実務を前提とし又は応用したものを含むといえる。 しかし,上記のような作用効果が含まれていたとしても,そのことによって,コンピュータの利用によって実現される発明全体が,自然法則を利用した技術的思想の創作に該当しないとするいわれはないから,この点の原告の上記主張も採用の限りでない。

要旨変更についての判断事例

2009-05-29 20:21:18 | 特許法134条の2
事件番号 平成20(行ケ)10151
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 本件補正の違法性を看過して請求項1に係る発明を認定した誤り(取消事由1)について
 当裁判所は,審決が,本件補正は134条の2第5項で準用する131条の2第1項の規定を充足しているとして,本件補正後の訂正請求書による本件訂正を認めた上で,請求項1に係る発明の内容を認定した点に誤りはないから,取消事由1は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

 134条の2第5項で準用する131条の2第1項本文が,請求書の補正は要旨変更を伴うものであってはならないとした趣旨は,訂正許否の判断についての審理の遅延の防止にあるから,本件補正が訂正請求書の要旨の変更に当たるか否かは,上記の観点により,実質的に判断すべきである。

 なお,原告は,「補正前の訂正請求書によって訂正された発明」と「補正後の訂正請求書によって訂正された発明」の各技術的思想を対比して,各技術的思想に相違があるか否かによって判断すべきであると主張するが,同主張は採用の限りでない

 本件補正(別紙1)は,訂正請求書に記載された本件補正前の第1ないし第5訂正事項のうち,第2,第3訂正事項を撤回するものであるが,第2,第3の訂正事項は,いずれも明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり,同訂正事項が撤回されたとしても,訂正請求書の内容が変更されたと解する余地はなく,訂正の許否の判断について審理の遅延を招くことはない
 このような事情に照らすならば,本件補正は,訂正請求書の要旨を変更するものというべきではない。したがって,本件補正は134条の2第5項で準用する131条の2第1項の規定を満たしており,これを適法であるとした審決の判断に誤りはない。


請求項の「所定の範囲」の解釈事例

2009-05-24 21:43:55 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10341
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年04月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

7 取消事由2(相違点2についての誤認)について
(1) 相違点2の認定につき
 本件発明1は,「現在設定されている目的地の位置を基準に所定の範囲にある施設の情報を抽出する」ものである。
 そして,本件発明1の「目的地の位置を基準に所定の範囲」の意義については,「所定」の語義が「定まっていること。定めてあること。」(「広辞苑第3版」1215頁[1988年10月11日株式会社岩波書店発行],甲14)であり,「範囲」の語義が「一定の決まった広がり。かこい。かぎり。区域。」(「広辞苑第3版」1981頁,甲14)であることからすると,「目的地の位置を基準に所定の範囲」とは,「目的地の位置を基準に定まっている一定の決まった広がり」を意味すると解される

 本件特許請求の範囲請求項1には,「所定の範囲」という記載があるのみで,それを超えてその意味を限定する記載はなく,また,本件特許の「発明の詳細な説明」や「図面」の記載からその意味を限定すべきであるともいえないから,上記の意味を超えて「所定の範囲」の意義を限定して解釈することはできない

 この点について原告は,他の公開特許公報(甲15~17)における「所定の範囲」という用語の使用例について主張しているが,他の公開特許公報における「所定の範囲」の使用例によって上記認定が左右されると解することはできない。

新旧著作権法の著作者

2009-05-18 05:27:03 | 著作権法
事件番号 平成20(ワ)6848
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成21年04月27日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 清水節

(2)本件各映画の著作者について
ア 本件各映画は,いずれも新著作権法が施行される前に創作された映画の著作物であり,同法附則4条によれば,映画の著作物の著作者に関する規定である同法16条は適用されないから,本件各映画の著作者がだれかに関しては,旧著作権法によることになる。そして,旧著作権法においては,映画の著作物の著作者について直接定めた規定はないのみならず,そもそも著作物一般についての著作者の定義や著作物の定義を定める規定もない

 他方で,
 新著作権法では,著作物及び著作者の定義規定が設けられている(同法2条1項1号及び2号)が,その内容が旧著作権法における著作物及び著作者についての解釈と異なるのであれば(・・・),・・・,何らかの経過措置が設けられるのが通常と考えられるところ,これに関する経過規定は設けられていない
 また,
 旧著作権法の下で公表された著作物の著作権が,新著作権法の下でも存続することを前提とした規定(例えば,同法附則7条)もある
 これらのことからすれば,新著作権法における著作者及び著作物の定義は,旧著作権法における著作者及び著作物の定義を変更したものではないと解するのが相当である。

 なお,旧著作権法の下における裁判例においても,著作物とは,「著作者の精神的所産たる思想内容の独創的表現たることを要す」(大審院昭和11年(オ)第1234号同12年11月20日第三民事部判決・法律新聞4204号3頁参照),「精神的労作の所産である思想または感情の独創的表白であって,客観的存在を有し,しかも文芸,学術,美術の範囲に属するもの」(東京地裁昭和40年8月31日判決・下民集16巻8号1377頁参照)等と解されている。
 したがって,旧著作権法における著作物とは,新著作権法と同様,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいい,また,旧著作権法における著作者とは,このような意味での著作物を創作する者をいうと解される。そして,思想又は感情を創作的に表現できるのは自然人のみであることからすると,旧著作権法においても,著作者となり得るのは,原則として自然人であると解すべきである

イ このように,著作者となり得るのは,原則として自然人であることを前提として,制作,監督,演出,撮影,美術の担当者等多数の自然人の作業により製作されるという映画の著作物の製作実態を踏まえると,旧著作権法においても,新著作権法16条と同様,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当して映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は,当該映画の著作物の著作者であると解するのが相当である。

 なお,新著作権法附則4条は,同法16条の規定は,同条の施行前に創作された著作物については,適用しない旨定めている
 しかしながら,旧著作権法において,映画の著作物の著作者につき,新著作権法16条と同様の解釈をすることを妨げるような事情があるとは認められないことからすれば,同法附則4条が同法16条を適用しないこととしたのは,同条が新設規定であることに照らして,旧著作権法の下で公表された映画の著作者については旧著作権法における解釈に委ねる趣旨の規定であって,旧著作権法において新著作権法16条と同様の解釈をすることを積極的に排除する趣旨まで含むものではないと解される。・・・

 これらのことからすれば,新著作権法附則4条は,旧著作権法の下で公表された映画の著作物の著作者について,新著作権法16条と同様の解釈をすることを妨げるものではないと解される。

ウ これを本件各映画についてみると,証拠(甲1,2,11)並びに前記第2の1(2)ア及びイによれば,Aは本件各映画の監督を務め,脚本の作成にも参加するなどしていることが認められるから,本件各映画の全体的形成に創作的に寄与している者と推認され,これに反する証拠もない。したがって,Aは,他に著作者が存在するか否かはさておき,少なくとも本件各映画の著作者の一人であると認められる。

(3)本件各映画の著作名義について
ア 前記第2の1(3)のとおり,旧著作権法は,3条から9条まで著作権の保護期間に関する規定を置いているところ,3条1項は,発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を著作者の生存する間及びその死後30年間と定め,4条は,著作者の死後に発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め,5条本文は,無名又は変名の著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め,ただし書で,その期間内に著作者の実名登録を受けたときは3条の規定に従うこととし,6条は,団体の名義をもって発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定めていた。

 このような旧著作権法における著作権の保護期間に関する規定全体の構成に加え,前記(2)アのとおり,旧著作権法においては,著作者となり得る者は原則として自然人であると解されることにかんがみると,旧著作権法は,著作物の存続期間につき,原則として自然人である著作者の死亡の時を基準とすることを定めた上で,著作者又はその死亡時期が特定できないためこの基準によることができない無名又は変名の著作物及び創作行為を行った自然人を判別することができず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない団体名義の著作物については,5条又は6条で発行又は興行の時を基準とすることとしたものと解される
 そうすると,旧著作権法6条が定める団体名義の著作物とは,当該著作物の発行又は興行が団体名義でされたため,当該名義のみからは創作行為を行った者を判別できず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物をいうと解するのが相当である。

イ これを本件についてみると,証拠(甲9,10),前記第2の1(2)の各事実及び弁論の全趣旨によれば,本件各映画は,旧大映が製作したものであるところ,その冒頭部分において,本件映画1では「大映株式曾社製作」,本件映画2では「大映株式會社製作」との表示がされるとともに,「監督A」との表示がされていることが認められる。
 そして,前記(2)のとおり,Aが本件各映画の著作者であると認められることからすれば,この「監督A」との表示は,著作者であるAの実名が表示されたものと認められる。

 そうすると,本件各映画は,著作者の実名が表示された著作物であって,創作行為を行った者を判別できず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物であるとはいえないから,本件映画1に「大映株式曾社製作」との表示が,本件映画2に「大映株式會社製作」との表示があるからといって,旧著作権法6条が定める団体名義の著作物には当たらないというべきである

 そして,前記第2の1(2)の各事実からすれば,本件各映画は,Aの生存中に公開されたものと認められるから,その著作権の存続期間について適用される旧著作権法の規定は,同法3条,52条1項であると解される。


組成物の発明の実施可能要件

2009-05-13 06:02:46 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10489
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年04月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

1 取消事由5(実施可能要件についての判断の誤り)について
(1) 旧特許法36条4項に定めるいわゆる実施可能要件について
 旧特許法36条4項は,「・・・発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物(麻酔薬組成物)の発明である本件発明1にあっては当該物の生産,使用等を,物を生産する方法(麻酔薬組成物の調製法)の発明である本件発明2及び3にあっては当該方法の使用,当該方法により生産した物の使用等を,方法(一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法)の発明である本件発明4にあっては当該方法の使用をそれぞれいうものであるから,本件各発明について実施可能要件を満たすというためには,発明の詳細な説明の記載が,本件発明1については当業者が同発明に係る麻酔薬組成物を,本件発明2及び3については当業者が同各発明に係る麻酔薬組成物の調製法を,本件発明4については当業者が同発明に係る一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法をそれぞれ使用することができる程度のものでなければならない

 そして,本件発明1のような組成物の発明においては,当業者にとって,当該組成物を構成する各物質名及びその組成割合が示されたとしても,それのみによっては,当該組成物がその所期する作用効果を奏するか否かを予測することが困難であるため,当該組成物を容易に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,発明の詳細な説明に,当該組成物がその所期する作用効果を奏することを裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。
 また,上述したところは,本件発明2及び3のような組成物の調製法の発明並びに本件発明4のような物質間の化学反応を防止する方法の発明においても,同様に妥当するものというべきである。

(2) 本件各発明が所期する作用効果について
ア 請求項1ないし4の記載
 ・・・

イ 発明の詳細な説明の記載
 発明の詳細な説明(甲21の1)には,次の各記載がある。
 ・・・

ウ ・・・
 したがって,本件各発明が所期する作用効果は,セボフルランを含有する麻酔薬組成物について,セボフルランがルイス酸によってフッ化水素酸等の分解産物に分解されることを防止し,安定した麻酔薬組成物を実現すること(以下「所期の作用効果」という。)であると認めるのが相当である。

(3) 所期の作用効果を奏するための手段について
 上記(2)によれば,本件各発明が所期の作用効果を奏するための手段は,セボフルランを含有する麻酔薬組成物中の水の量を本件数値のものとすることであると認められる。

 そして,原告は,本件各発明につき,本件数値の水によっても所期の作用効果を奏するものと発明の詳細な説明の記載からは当業者が理解し得ない旨主張するので,以下,この点につき検討する。

(4) 水の量及びセボフルランの分解抑制効果についての発明の詳細な説明の記載
 ・・・

(5) 検討
 ・・・

イ 上記アのとおり,発明の詳細な説明には,本件数値(少なくとも150ppm)の水を含ませることにより所期の作用効果を奏したとの直接の記載は一切なく,実験に用いられた水の量のうち本件数値に最も近似する水の量である109ppmの水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,206ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を抑制することができたとの記載(実施例4のうち40℃の場合)があるのみである。
 ・・・

エ 小括
 以上によれば,発明の詳細な説明には,本件各発明について,本件数値の水を含有させることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載があるものと認めることはできず,その他,そのように認めるに足りる証拠はないから,発明の詳細な説明には,本件各発明の少なくとも各一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるとはいえないというべきである。


(6) 審決の判断について
ア 審決は,前記第2の3(4)アのとおり,「発明の詳細な説明は,保存条件に応じて含まれる水の量が決められることを当業者に明らかにしているのであるから,下限値として示された『0.015%(重量/重量)』は,あくまでルイス酸による分解を防止できる最小量の目安として示されているのであって,あらゆる条件下においてルイス酸による分解を防止できる量であると解すべきものではない」として,「甲9で水の量0.0187%のサンプルでセボフルランの分解がみられたとしても,当該サンプルでは単にルイス酸抑制剤である水が0.0187%では不足であったことが推定されるだけであって,このことにより本件各発明が当業者に実施しえないとすることはできない」と判断した。

 確かに,前記(2)イの発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明は,セボフルランがルイス酸によって分解され,有害なフッ化水素酸等の分解産物を生じるとの課題を解決するため,ルイス酸抑制剤である水を含有させることにより,所期の作用効果を奏することを目的とするものと認められる。
 しかしながら,発明の詳細な説明には,本件各発明は,単に,ルイス酸抑制剤としての水を含有させればよいとするものではなく,水によるその「有効な安定化量」を問題とし,これを,「約0.0150%w/wから0.14%w/w(飽和レベル)である」とする旨の記載(4頁7欄19~23行及び29~32行)があるのであり(・・・),前記(4)の各実施例の記載をみても,そのほとんどにおいて,含有させる水の量を問題にし,水の量の多寡によって,所期の作用効果を奏するか否かを確認しているのであるから,本件数値は,所期の作用効果を奏する有効量を意味するものと解され,これを,場合によっては所期の作用効果を奏しないこともあるという意味での単なる「目安」とみることはできない

 したがって,審決の上記判断は,その前提を誤るものといわざるを得ない。

明細書を参酌して用語の意義を検討し、特許発明の範囲を限定的に認定した事例

2009-05-10 20:53:03 | 特許法70条
事件番号 平成18(ネ)10075
事件名 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日 平成21年04月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中信義

1 争点2-3(構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」がルイス酸抑制効果を有するか)について
(1) 構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」の技術的意義について
 ・・・

イ(ア) 上記アの各記載によれば,麻酔薬として広く用いられるセボフルラン(フルオロエーテル化合物)は,容器内壁に存在するルイス酸(・・・)と接触すると,容器由来ルイス酸がセボフルラン中のアルファフルオロエーテル部分を攻撃することにより,皮膚や粘膜に有害なフッ化水素酸を含む分解産物に分解される(・・・)との問題があったところ,本件特許発明は,安定したセボフルランの貯蔵方法を提供するため,ルイス酸の空軌道に電子を供与してルイス酸との間に共有結合を形成することによりルイス酸と上記アルファフルオロエーテル部分との反応を妨げるような性質を有する物質(・・・),もって,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止することを目的とするものであるといえる。
 したがって,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」とは,上記性質を有する物質であって,容器由来ルイス酸を中和し,もって,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすものであると認められる

 このように,本件特許発明においては,ルイス酸抑制剤により容器由来ルイス酸を中和することを手段として,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との作用効果を実現するものであるから,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止が容器由来ルイス酸の中和と関係なく実現される場合には,ルイス酸抑制剤が,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすとはいえず,そのような場合におけるルイス酸抑制剤は,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当しないものと解するのが相当である。
 換言すれば,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当するためには,当該ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係が認められることを要すると解すべきである。そして,本件特許発明の上記目的及び上記アの本件明細書の各記載によれば,本件特許発明は,ルイス酸抑制剤による容器内壁の被覆後,容器内壁とセボフルランとが接触することを当然の前提にしているものと解される
 したがって,容器由来ルイス酸とセボフルランとが接触するものと認められない場合,例えば,物理的な要因により,セボフルランの通常の貯蔵条件下及び貯蔵期間内における容器内壁とセボフルランとの接触が完全に又は著しく妨げられる場合(・・・)には,容器由来ルイス酸とセボフルランとの接触があるものとは認め難く,それ故,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止とルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないものと解するのが相当である。
 ・・・

(3) 上記(1)及び(2)によれば,構成dにおいては,EPRにルイス酸抑制剤としての作用効果があると仮定してみても,ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないから,構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」が構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」に該当するということはできない
 その他,構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」が構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」に該当するものと認めるに足りる証拠はない。



<原審>
事件番号 平成17(ワ)10524
事件名 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日 平成18年09月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟


実施契約後の補正の通知義務

2009-05-06 18:09:02 | Weblog
action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=37558&hanreiKbn=06" target="_blank">平成18(ワ)11429
事件名 特許権侵害差止等
裁判年月日 平成21年04月07日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

(3) 被告の第4次的主張について
 原告は,信義則上,本件補正を通知する義務を負っていたと主張するところ,上記 イ・ウのとおり,出願段階では補正が認められて特許されるものかどうかが未だ確定しておらず,原告が本件補正書を提出したというだけでは直ちに本件実施契約上の権利義務に影響を及ぼすものではないと解すべきであるから,そもそも補正の事実を通知する実益に乏しく,信義則上,かかる義務を認めることはできない
 他方で,補正によって特許請求の範囲が減縮された上で特許査定され,特許権が発生した場合には,本件実施契約上の権利義務にも影響を及ぼすことになるから,減縮の事実を被許諾者に通知する実益があることは否定できない。また,本件実施契約では,まず,被告において自己の販売する製品が「許諾製品」に該当するかどうかを判断すべきであるから,その判断に当たって特許請求の範囲が減縮されたことは重要な情報といえる。
 したがって,少なくとも,被告から本件出願の経過等について問合せがされた場合には,原告はこれに誠実に応答すべき信義則上の義務があったというべきである。

 しかし,さらに進んで,特許請求の範囲が減縮されたことについて,被告からの問合せの有無にかかわらず原告から積極的にこれを通知すべき義務があったか否かについては,これを容易に肯定することはできない
 なぜなら,本件実施契約書においてかかる通知義務の存在を窺わせる条項は全く見当たらず,同契約書外においても通知義務を認める旨の合意の存在を推認させる具体的事情は何ら認められないのであるから,本件において通知義務を認めるということは,実施許諾契約一般において,これについての明示又は黙示の合意の有無にかかわらず,許諾者たる特許権者に信義則上の通知義務を負わせることになりかねないからである。

 もともと,出願段階で許諾を受けようとする者にとって,契約締結後の補正により特許成立段階で特許請求の範囲が減縮されることは,当然に想定できる事柄であり,減縮があった場合に許諾者から通知して欲しいというのであれば,契約交渉段階でその旨の同意を取り付けて契約書に明記しておくべきといえる(かかる交渉を経ずに許諾者一般にかかる義務を負わせることは,むしろ許諾者に予期しない不利益を被らせるおそれがある。)。また,被許諾者は,許諾者に特許請求の範囲を問い合わせたり(少なくとも許諾者には問合せに応答すべき義務がある。),特許公報等を参照するなどして,特許請求の範囲がどのようになったか調査することができるのである。

 上記のような事情を併せ考慮すれば,許諾者たる特許権者一般に,信義則上,特許請求の範囲が減縮された場合の通知義務を認めることはできないというべきであり,本件においても,原告に,信義則上かかる通知義務があったと認めるに足りる事情はない(なお,上記は特許請求の範囲が減縮された場合を前提としており,拒絶査定不服審判における不成立審決が確定した場合や,特許無効審判における無効審決が確定したような場合における通知義務については別途考慮を要するところである。)。

 したがって,原告には通知義務違反の債務不履行が認められず,これに基づく損害賠償請求権も認められない。

公開時の特許請求の範囲に基づき実施契約を結んだが後に減縮された事例

2009-05-06 17:58:45 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)11429
事件名 特許権侵害差止等
裁判年月日 平成21年04月07日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

 被告は,特許請求の範囲が減縮された場合には,信義則上,契約締結の日に遡って許諾の範囲も減縮されると主張する(第2次的主張)
 しかし,本件実施契約締結時点では本件特許は未だ出願段階であったから,補正により特許請求の範囲が減縮されることがあり得ることは当然に想定できたはずであるのに,本件実施契約書上,特許請求の範囲が補正により減縮された場合について何らの定めもされていない。また,未だ出願段階であるが故に特許出願が拒絶されたり,補正により特許請求の範囲が減縮されることもあり得ることを前提として,実施料率が特許権発生後に比して低率(1%)に抑えられていると解され,これとの均衡においても,特許出願が拒絶された場合や特許請求の範囲が減縮された場合のリスクは被許諾者において負担すべきである。

 したがって,補正により特許請求の範囲が減縮されたからといって,信義則上,本件実施契約締結の日に遡って減縮の効果が生じると解することはできない。

ウ ・・・

エ 上記に対し,本件実施契約上,特許権発生後における「許諾特許」とは,同特許権に係る特許請求の範囲と解すべきであるから,本件補正による特許請求の範囲の減縮により,GR-b等は「許諾特許」の技術的範囲に属さず,「許諾製品」に当たらないことになる。よって,GR-b等については,特許権発生後,すなわち特許権の設定登録日以後,実施料を支払う義務はなかったというべきである。
 しかしながら,本件実施契約では,原告がいったん受領した実施料は,許諾特許の無効,本件実施契約の解約その他いかなる理由によっても被告に返還されないと定められており(不返還条項),その文言上,契約締結後に生じたあらゆる事由がこれに含まれることになるから,本件における特許請求の範囲の減縮も,文言上「その他いかなる理由」に含まれることになる。この点,被告は本件において不返還条項は適用すべきではない旨主張する

 しかし,本件では特許請求の範囲が減縮された上で特許権が発生したのであるから,減縮後の技術的範囲に属する場合には実施料の受領が認められることになるし,本件実施契約上,被告が原告に対して実施品の態様を開示する義務は定められておらず,基本的に被告の責任において当該実施品が「許諾製品」に該当するかを判断することが前提とされているのであるから,特許権が発生している以上,被告の支払う実施料を受領することは,むしろ通常のことといえる。そうすると,本件において原告が特許権発生後も被告の支払う実施料を受領したことが信義則に照らして容認できないとはいえず,不返還条項の適用を否定すべき事情は見当たらない


実施料の金額を超える賠償の請求の事例

2009-05-06 17:28:08 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)11429
事件名 特許権侵害差止等
裁判年月日 平成21年04月07日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次


【原告の主張】
・・・
ウ 損害額
・・・
(イ) 被告は,本件特許権が成立する前に,自ら実施権の許諾を原告に申し入れ,本件実施契約が締結されたものである上,本件特許権の成立後も,被告以外のメーカーに対して実施許諾されるなど,本件各特許発明は放熱シートの分野における極めて技術的価値の高い発明である。
 さらに,本件実施契約では特許権成立後の実施料率が3%とされているところ,被告は自らの意思で本件実施契約を解約しておきながら,漫然と実施行為(侵害行為)を継続しているのであり,仮に,損害賠償としての実施料相当額が上記約定額と同等にとどまるのであれば,ライセンス契約を尊重しようというインセンティブが働かず,侵害行為を助長する。
 よって,損害賠償としての実施料相当額は,実施契約上の約定実施料をかなり上回らなければ不合理であり,本件においては売上高の8%が相当である。

【被告の主張】
・・・
(イ) 損害額
本件実施契約期間外における実施料相当額の損害金は,せいぜい5%が妥当である。なぜなら,被告の行為は悪質とはいえず,また,本件実施契約における約定実施料率(3%)と比べて,5%という数字は67%もアップしているからである。


第4 当裁判所の判断
・・・
(3) 損害額
 上記 のとおり,平成15年10月1日から平成20年5月末日までのGR-nの販売額は7942万5336円であるところ,上記 のとおり,平成15年10月1日の販売額(8万9765円)については約定実施料算定の基礎とすべきであるから,本件実施契約終了後に被告が販売したGR-nの販売額は7933万5571円(\79,425,336-\89,765=\79,335,571)と認めるのが相当である。
 また,原告は特許法102条3項による損害の額の推定を主張するところ,前記当事者間に争いのない事実等 において認定したとおり,被告は,原告と本件実施契約を締結しながら,平成14年7月17日,被告製品は本件各特許発明の技術的範囲に属さないとして,実施料の支払を拒絶し,同年12月13日には,本件実施契約を解除する旨の意思表示をしたものであること,本件実施契約における実施料率が販売額の3%とされていたことなどに照らすと,販売額の6%に相当する金額である476万0134円(1円未満四捨五入)をもって,「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭」と認めるのが相当である

 以上より,本件実施契約終了後のGR-nの販売に係る原告の損害額は476万0134円となる。

均等論における「意識的に除外」の解釈

2009-05-06 17:12:57 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)11429
事件名 特許権侵害差止等
裁判年月日 平成21年04月07日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

3 争点2(GR-b等は本件各特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)
前記1 のように,GR-b等は構成要件Bを文言上充足しないので,原告の予備的主張としての均等侵害の成否について検討する。

(1) 最高裁判所平成6年 第1083号同10年2月24日第三小法廷判決(民集52巻1号113頁参照)は,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合に,なお均等なものとして特許発明の技術的範囲に属すると認められるための要件の1つとして,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」ことを掲げており,この要件が必要な理由として,「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないからである」と判示している。

 そうすると,特許権者において特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したといった主観的な意図が認定されなくても,第三者から見て,外形的に特許請求の範囲から除外されたと解されるような行動をとった場合には,第三者の予測可能性を保護する観点から,上記特段の事情があるものと解するのが相当である。そこで,かかる解釈を前提に,本件において上記特段の事情が認められるかどうかについて検討する。

(2) 本件における出願経過については,前記1 において認定したとおりであり,本件補正をするに当たっての原告の主観的意図はともかく,少なくとも構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,カップリング処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したものと解される。したがって,原告は,熱伝導性無機フィラーの体積分率が「40vol%~80vol%」の範囲内にあるもの以外の構成を外形的に特許請求の範囲から除外したと解されるような行動をとったものであり,上記特段の事情に当たるというべきである。

 なお,本件拒絶理由通知は,単に組成物に係る発明だからという理由で,その組成比の記載がない本件出願は,特許法36条6項2号に規定する要件を充足しないと判断しているところ,この判断の妥当性には疑問の余地がないではない。しかし,第三者に拒絶理由の妥当性についての判断のリスクを負わせることは相当でなく,原告としても,単に熱伝導性無機フィラーの総量を定める意図だったというのであれば,その意図が明確になるような補正をすることはできたはずであり,それにもかかわらず,自らの意図とは異なる解釈をされ得るような(むしろそのように解する方が自然な)特許請求の範囲に補正したのであるから,これによる不利益は原告において負担すべきである。

(3) 以上により,GR-b等について,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」ことという要件を充たさないから,これらを本件各特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属すると認めることはできない。

通知されていない予備的な拒絶理由

2009-05-06 10:38:26 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10206
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年04月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

2 取消事由3(拒絶理由通知を欠いた手続違背)について
拒絶理由通知を欠いた手続違背の有無(取消事由3)について判断する。
(1) 特許法29条2項の拒絶理由通知を欠いた手続違背について
原告は,本件拒絶査定における拒絶理由は,実質的には,引用刊行物Aのみを根拠とした特許法29条1項3号に該当するとするものであるのに対して,審決は,引用刊行物Aと各引用例を組み合わせることが容易想到であり,特許法29条2項に該当するとしたものであるから,審判手続において,拒絶理由通知を欠いた手続違背があると主張する。
しかし,原告の上記主張は,次のとおり誤りである。

ア 審決の要旨は,①主位的に,本願発明は,引用刊行物Aに記載された発明であることを理由に,特許法29条1項3号に該当すると判断し,②予備的に,本願発明は,引用発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断したものである。
そして,前記検討したとおり,本願発明が特許法29条1項3号に該当するとした審決の主位的な判断に誤りはないのであるから,本件審判手続において,原告の主張する内容の拒絶理由通知を発しなかったとしても,審決に違法を来す取消事由はないというべきである。したがって,原告の主張は,この点において採用できない。

イ のみならず,審査及び審判の手続過程をみても,審判手続において,原告主張に係る拒絶理由を発しなかったとの違法はない。
(ア) 本件拒絶査定(甲5)には,「・・・」との記載があり,本件出願は平成16年10月19日付け拒絶理由通知書に記載した理由2及び3によって拒絶されたことが認められる。

(イ) 拒絶理由通知書(甲2)には,次の記載がある。
 ・・・

(ウ) 以上の本件拒絶査定及び拒絶理由通知書の記載によれば,特許庁は,原告に対し,本願発明(請求項1に係る発明)が特許法29条1項3号に該当する発明であるとの拒絶理由(理由2)のみならず,同法29条2項の規定による拒絶理由(理由3)をも通知していると認められるから,同法29条2項の規定による拒絶理由に基づく本件拒絶査定についてした審決に,手続的な誤りがあるとはいえない。