知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

公序良俗を害するおそれのある発明

2006-09-30 22:45:50 | Weblog
事件番号 平成17(行ケ)10425
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年09月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 三村量一

『なお,刊行物2記載の三店方式が仮に風営法に抵触しないとしても,上記のとおり,本願発明は,現行風営法に抵触するおそれのあるものであって,公の秩序ないし善良な風俗を害するおそれのある発明(特許法32条)に該当するおそれなしとしない。』

我が国の特許制度の趣旨

2006-09-30 08:12:49 | 最高裁判決
事件番号 平成10(受)153
事件名 医薬品販売差止請求事件
裁判年月日 平成11年04月16日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫)
 裁判官全員一致

『1 特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された発明を利用する機会を与え、もって産業の発達に寄与しようとするものである。このことからすれば、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用することができ、それによって社会一般が広く益されるようにすることが、特許制度の根幹の一つであるということができる。』

『2 薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ厚生大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。後発医薬品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。もし特許法上、右試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。』

特許されたクレームが明確なとき参酌は許されるか

2006-09-30 07:25:32 | Weblog
事件番号 平成18(ネ)10007
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成18年09月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 篠原勝美

特許法70条,特許法36条

『特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しているところ,元来,特許発明の技術的範囲は,同条1項に従い,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないが,その記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として明細書の記載及び図面にされている発明の構成及び作用効果を考慮することは,なんら差し支えないものと解されていたのであり(最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決・判時781号69頁参照),平成6年法律第116号により追加された特許法70条2項は,その当然のことを明確にしたものと解すべきである。
ところで,特許明細書の用語,文章については,①明細書の技術用語は,学術用語を用いること,②用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すること,③特定の意味で使用しようとする場合には,その意味を定義して使用すること,④特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾してはならず,字句は統一して使用することが必要であるところ(特許法施行規則様式29〔備考〕7,8,14イ),明細書の用語が常に学術用語であるとは限らず,その有する普通の意味で使用されているとも限らないから,特許発明の技術的範囲の解釈に当たり,特許請求の範囲の用語,文章を理解し,正しく技術的意義を把握するためには,明細書の発明の詳細な説明の記載等を検討せざるを得ないものである。
また,特許権侵害訴訟において,相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって,当該特許発明が有効なものとして成立している以上,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから,発明の詳細な説明の記載等を考慮して,特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである。
そうすると,当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。』

『控訴人は,従来技術から明確になる事柄については,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとし,本件特許発明において,その特許請求の範囲は,従来技術を考慮すれば,当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって,本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りであると主張する。
 しかし,上記のとおり,特許権侵害訴訟においては,特許請求の範囲の文言が一義的に明確であるか否かを問わず,発明の詳細な説明の記載等を考慮して特許請求の範囲の解釈をすべきものであるから,従来技術から明確になる事柄について,それ以上発明の詳細な説明の記載等から限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,そもそも,誤りである。
 我が国の特許制度は,産業政策上の見地から,自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し,その公開の代償として,当該発明を一定期間独占的,排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしつつ,同時に,そのことにより当該発明を公開した発明者と第三者との間の利害の調和を図ることにしているものと解される(最高裁平成11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)。本件原出願(昭和59年10月2日出願)に適用される昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項が「第2項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」(いわゆる実施可能要件),同条5項が「第2項第4号の特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし,その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない。」(いわゆるサポート要件)と定めているのも,発明の詳細な説明の記載要件という場面における,特許制度の上記趣旨の具体化であるということができる。したがって,特許請求の範囲の記載に基づく特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,何よりも考慮されるべきであるのは,公開された明細書の発明の詳細な説明の記載等であって,これに開示されていない従来技術は発明の詳細な説明の記載等に勝るものではない。
仮に,控訴人主張のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈において,従来技術から明確になる事柄については,それ以上発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとすることが許されるならば,発明の詳細な説明の記載等とは無関係に,特許請求の範囲の解釈の名の下に,随意に新たな技術を当該発明として取り込むことにもなりかねず,このような結果が,上記発明の公開の趣旨に反することは明らかである。』

『3 本件特許発明の特徴について
(1) 前記第2の2において引用する原判決の「事実及び理由」欄の第2の1(2)記載のとおり(別添特許公報参照),本件特許発明1の特許請求の範囲には,「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップと,垂直方向読出信号および水平方向読出信号が入力され,指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力する座標回転処理手段と,図形発生手段と,を備え,前記第1の読出信号を前記マップに供給して該マップより読出順序データを得,該読出順序データと前記第2の読出信号とを前記図形発生手段に供給して図形データを得,該図形データによって図形表示を行う図形表示装置であって,前記図形発生手段は,ピクセル単位で,前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得,図形を回転表示することを特徴とする図形表示装置。」,本件特許発明2の特許請求の範囲には,「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップを設けるステップと,垂直方向読出信号および水平方向読出信号を受け取って,指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力するステップと,前記第1の読出信号に基づいて前記マップから読出順序データを得るステップと,前記読出順序データと前記第2の読出信号とから図形データを得,該図形データによって図形表示を行うステップと,を備える図形表示方法であって,図形表示を行う前記ステップが,ピクセル単位で,前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得,図形を回転表示するステップを含むことを特徴とする図形表示方法。」との記載がある。
 しかし,上記記載中の「垂直方向読出信号および水平方向読出信号」,「第1の読出信号」,「第2の読出信号」,「座標回転処理手段」,「図形発生手段」,「読出順序データ」等の用語は,特定の意味で使用されている抽象的かつ機能的な表現であるため,当業者において,それがいかなる技術的意義を有するのかを理解することができない。また,「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータ」,「図形データ」,「ピクセルデータ」等の用語は,それ自体として一般的な意味を理解し得ないでもないが,これら相互の関係,さらには,「読出順序データ」,「第1の読出信号」,「第2の読出信号」との関係が不明であり,当業者は,特許請求の範囲の記載によっては,本件特許発明がいかなる発明であるかを正確に把握することができないといわざるを得ない。
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明(実施例を除く)には,次の記載がある。
・・・・』

積極的な記載がなければ阻害要因?

2006-09-24 19:32:53 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(ネ)10001
事件名 実用新案権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成18年09月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 中野哲弘

『ア 控訴人は,引用刊行物1(乙2),同2(乙4)のいずれにも,テレビとともにビデオデッキも傾けることの動機付けとなる記載はなく,また,本件出願当時そのような意義が見いだせなかったのであって,テレビハンガーを傾けるものではない引用刊行物1のビデオハンガー部分に,テレビの転倒を防止するために設けられた引用刊行物2のテレビ固定具を転用することは,明らかに動機を欠いており,その意義も認められないのから,原判決の相違点②についての判断は誤りであると主張する。
イ しかし,引用刊行物2(乙4)に記載された考案は,テレビハンガーの両側板に,内方を突出させた上押さえ片を有するテレビ固定金具を,上下にスライド自在に取り付け,載置したテレビ上面から押圧して固定可能としたというものであると認められること,テレビハンガーは,天井,壁等からつり下げて人の頭上に設置するものであり,地震等に際し,テレビやビデオデッキがハンガー内から外部に落下することを防止する固定機能を具備していることが必要不可欠であることは自明の課題であるから,引用刊行物2に接した当業者が,同刊行物に記載されたテレビハンガーにおける前記テレビの固定構造を引用刊行物1のビデオデッキに適用して,相違点②に係る本件考案1の構成を想到することは,きわめて容易と認められることは,原判決(21頁下第2段落~22頁第2段落)の説示するとおりであり,引用刊行物1(乙2)のビデオハンガー部分に引用刊行物2のテレビ固定具を適用することには,ビデオデッキがハンガー内から外部に落下することを防止するための動機付けがあり,その技術的意義も認められる。』

『審決(甲15)は,「本件考案1は「傾動可能に連結する」および「下面に併設する」を採用することから,テレビとビデオデッキが一緒に傾くことになることは,前記のとおりである。他方,甲第1号証に記載された「詰め部材54の配置」は,キャビネットの向きを水平そのままにテレビのみを下方に傾けるものであり,キャビネットを傾けないことを前提とした構成である。また,テレビを傾けて載置する一方でビデオデッキを水平に載置する構成によれば,テレビとビデオデッキを一緒に傾けるという考えは排除されている。加えて,シャフトの下端にキャビネットの上面を直接連結する構造を採用しており,両者の間に別途の連結部材を介在させる余地はない。以上によれば,甲第1号証は,キャビネット自体を傾けること,テレビとビデオデッキを一緒に傾けること,以上は想定されていないと言うべきである。……そうすると,甲第2号証に「傾動可能に連結する」構成の開示があるとしてもこれを甲第1号証に適用することはできず,したがって,上記相違点に係る構成は,きわめて容易になし得るとは言えない」(審決13頁第3段落~下第3段落),すなわち,引用刊行物1(乙2)はキャビネットを傾けないことを前提とした構成であるから,引用刊行物2(乙4)に開示された「傾動可能に連結する」構成を適用することには阻害事由があるとするものである。
しかし,引用刊行物1には,「詰め部材54」につき,「テレビジョンセットの画面の下方に向かう角度位置を調整するために,セットの後部に,滑ることができる詰め部材54が配置される。詰め部材は,画面角度を視聴に最適な位置に調節することができるように動かすことができる」(審決〔甲15〕11頁第2段落の引用による)との記載があり,同記載によれば,「詰め部材54」は,テレビを下方に傾けるものであると認められるが,キャビネットを傾けないことを前提にした構成であるとまでは認められない。そして,テレビを下方に傾ける手法としては,本件遡及出願当時,引用刊行物2の上記「テレビを載置するハンガー本体を前後に傾動可能に連結したテレビハンガー」が既に公知であったのであるから,引用刊行物1のように「詰め部材54」を使用するか,引用刊行物2のようにハンガー本体を「傾動可能に連結する」構成を採用するは,当業者が必要に応じ適宜選択し得る程度の事項というべきであり,引用刊行物1の「テレビハンガー」に,引用刊行物2に開示された「傾動可能に連結する」構成を適用することに阻害事由があるということはできない。』

引用例からどのような発明を抽出し得るか

2006-09-18 21:23:38 | 特許法29条2項
事件番号 平成17(行ケ)10562
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年09月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 佐藤久夫

『原告は,引用発明は,自動車のヘッドランプのような照明装置であるから,ヘッドランプから前方に出射される照射光束は平行光束であることが必須の前提である,と主張する。
・・・(中略)・・・
引用例記載の「光偏光器」は,具体例としては自動車のヘッドランプを構成するものが説明されているものの,自動車のヘッドランプはあくまで「光偏光器」の適用対象の一例を示したものと認められる。そして,引用例に記載されたような,偏光方向を1方向に揃えて出射する光偏光器を,自動車のヘッドランプとは異なる用途の照明装置(主に投影型表示装置)に用いることが周知であること(乙1~乙6)に照らせば,引用例に接した当業者は,引用例記載の「光偏光器」は,自動車のヘッドランプに限らず,その他の照明装置にも適用可能なものとして理解し得るというべきである。
そして,自動車のヘッドランプにおいては,照射光束が平行光束であることを要するとしても,引用発明をこれと異なる照明装置に適用する際にまで,照射光束が平行光束でなければならないわけではない。したがって,引用発明において出射される照射光束は平行光束であることが必須の前提であるとする原告の主張は採用することができない。
・・・(中略)・・・
引用例記載の「光偏光器」が自動車のヘッドランプに限らず,その他の照明装置にも適用可能なものとして理解し得ること,及び,自動車のヘッドランプにおいては照射光束が平行光束であることを要するとしても,引用発明をこれと異なる照明装置に適用する際にまで照射光束が平行光束でなければならないわけではないことは,上記1において説示したとおりである。原告の上記主張は,前提を欠くものであって,採用できない。
(3) そして,この種の光偏光器において光が入射ないし出射するためのレンズなどの光学系を具体的にどのように構成するかということ自体は,当業者であれば,用途に応じた機能を得られるように設計上適宜工夫し得るものであることも,上記1において説示したとおりである。』

発明の目的に記載された定性的な要求事項を「欠くことができない事項」として記載すべきか

2006-09-18 21:11:49 | 特許法36条6項
事件番号 平成17(行ケ)10614
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年09月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官佐藤久夫

『原告は,審決が,シリンダー型ミシンにおける主軸と針板との縫い調子の良い位置関係は技術常識であって,殊更特許請求の範囲に記載する必要はないとして無効理由1を排斥したのは誤りであると主張する。
原告が,審決の上記判断を誤りとする理由は,本件発明は,単にシリンダー部を小型化することを目的とするものではなく,「主軸を針板に対して縫い調子のよい位置に配置しながらも,シリンダー部を小径化して,手首部のような小径縫製物の縫製にも適用することができるシリンダー型ミシンを提供することを目的とする」(本件明細書の段落【0006】)ものであるから,良好な縫い調子を担保する主軸と針板との位置関係は本件発明の目的を達成するために必要不可欠な事項というべきところ,本件明細書の特許請求の範囲にはこのような位置関係は特定されておらず,しかも,シリンダー型ミシンにおける主軸と針板との縫い調子の良い位置関係は技術常識でないから,なぜ本件発明のように構成すれば良好な縫い調子が担保されるのかが不明であり,本件明細書の特許請求の範囲の記載は発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しているとはいえないというものである。』

『特許法36条5項1号,2号には,特許請求の範囲の各請求項には,発明の詳細な説明に記載された発明であって,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨規定されている。しかし,特許を受けようとする発明の内容自体は,特許請求の範囲の請求項の記載に基づいて確定すべきであって,請求項の記載を離れて,発明の詳細な説明に記載された発明の目的,構成,効果から,特許を受けようとする発明を特定することは許されず,また,請求項に記載された事項に基づいて特許を受けようとする発明が明確に把握できるのであれば,請求項にそれ以上の事項を記載することは求められないと解するのが相当である。』

『本件明細書の上記各請求項の記載によれば,・・・(中略)・・・ようにされていることが認められる。上記認定によれば,本件発明における「針板」と「主軸」とは,それぞれがベッド部における「シリンダー部の上面」,「ベッド部主部内」に配設されており,「主軸」の運動が「針板」の送り歯用溝に対して出没する前送り歯及び後送り歯の楕円状の循環運動に変換伝達されるという関係を有することが明確に理解できものであり(請求項に記載されていない事項を付加して,これらをより技術的に限定して解釈することは許されない。),特許を受けようとする発明の構成として欠けるところがあるということはできない。』

『上述したとおり,本件発明に係る特許請求の範囲(請求項1~3)の記載において,本件発明における主軸と針板について不明確な点は存在しないのであるから,それ以上に主軸と針板との位置関係を特定する必要はないのであるし,そもそも,本件明細書の各請求項に記載された発明との関係において,主軸と針板との縫い調子の良い位置関係が問題とされる余地はなく,かかる位置関係が技術常識であるかどうかは,各請求項の記載とは無関係である。したがって,上記位置関係が技術常識であるかどうかを問うまでもなく,本件明細書の特許請求の範囲に特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないということはできないものであるから,審決の上記説示の誤りは審決の結論に影響しないものである。』

『原告は,「縫い調子」の良い位置関係というものがどのような構成を指しているのかが不明である上,技術常識でもなく,また,本件発明においては技術常識に照らして「縫い調子」が劣るものとなるはずであるから,本件明細書の特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項が記載されていない旨縷々主張する。・・・(中略)・・・念のため原告の上記主張について付言しておくこととする。
弁論の全趣旨によれば,「縫い調子」とは,「布地の縫い上がりの総称で,糸調子,布縮み,縫い目の配列などのでき上がりをいう」ものと解され(「JIS用語辞典VI 繊維編」(1978年11月1日)621頁),縫い上がり品の品質に関する定性的な判断基準であると認められるところ,ミシンにおいては,その維持,向上が要請されるものであることは明らかである。したがって,本件発明を実施するに当たっても,当然に「縫い調子」の良いものが設計,製造されることになるが,仮に「縫い調子」を維持,向上させるための技術常識が存在するなら,当業者はその技術常識を考慮するはずであるし,技術常識というものが存在しないとしても,製品化の段階において,「縫い調子」を良くするように試行錯誤しつつ具体的設計を図るものである。すなわち,「縫い調子」は,あくまでも定性的な判断基準にすぎず,本件発明を実施化する段階において主軸と針板との位置関係を含めて,適宜設計できるものというべきであるから,「縫い調子」の良い構成が不明であり,本件発明においては「縫い調子」が劣るものとなるはずである旨の原告の主張は,にわかに採用することのできないものである。』

反論の機会(拒絶査定の理由にない理由で審決)

2006-09-14 02:16:34 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10030
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年09月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 篠原勝美

『原告は,審決が,本願発明について,引用例発明に基づく容易想到性を理由に特許法29条2項により特許を受けることができないとしたことについて,新たな拒絶理由通知をせずに,査定と異なる理由によって,本件審判の請求が成り立たないとしたものであり,特許法159条2項,50条に違反している旨主張する。

特許法159条2項は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,同法50条の規定を準用し,拒絶査定不服審判請求を不成立とする審決をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならないと規定している。この規定の趣旨は,審査手続において通知した拒絶理由によって出願を拒絶することは相当でないが,拒絶理由とは異なる理由によって拒絶するのが相当と認められる場合には,出願人が当該異なる理由については意見書を提出していないか又は補正の機会を与えられていないことが通常であることにかんがみ,出願人に対し改めて意見書の提出及び補正の機会を与えることにあるものと解される。
また,同法158条により,審査においてした手続は,拒絶査定不服審判においても,その効力を有し,審査官がした拒絶理由通知は,審判手続においても効力があり,出願人が提出した意見書及び補正書も審判手続において効力を有する。
これらのことを併せ考えると,拒絶査定と異なる理由による審決をする場合であっても,審決の理由が既に通知してある拒絶理由と同趣旨のものであり,出願人に対し意見書の提出及び補正の機会が実質的に与えられていたときは,改めて拒絶理由が通知されなかったことをもって,特許法159条2項において準用する同法50条の規定に違反する違法があるとまではいえないと解するのが相当である。』


『原告は,特許・実用新案審査基準第Ⅳ部の「9.拒絶査定」の項に,「(2) 拒絶査定を行う際には,先に通知した拒絶理由が依然として解消されていないすべての請求項を指摘する。(3) 拒絶査定を行う際には,意見書における出願人の主張及び補正内容に対する審査官の判断とともに,解消されていないすべての拒絶理由を明確に記載する。記載にあたっては,可能な限り請求項ごとに行うことが望ましい。」との記載があることを挙げ,上記審査基準に照らせば,本願発明について,拒絶査定において触れられなかった拒絶理由1は解消され,特許法29条2項に基づく拒絶の理由は,査定の理由にならないものと理解され得るとして,審決には,新たに引用例発明に基づく容易想到性に係る拒絶理由を通知しなかった同法159条2項,50条違反の違法がある旨主張する。
確かに,審決の理由とした本願発明(本願補正前発明2)の引用例発明に基づく容易想到性(特許法29条2項)が拒絶査定の理由に掲げられていないことは上記(4)のとおりであり,拒絶査定の記載は,上記審査基準に必ずしも則ったものでないといわざるを得ない。
しかし,特許・実用新案審査基準は,特許要件の審査に当たる審査官にとって基本的な考え方を示すものであり,出願人にとっては出願管理等の指標としても広く利用されているものではあるが,飽くまでも特許庁内において特許出願が特許法の規定する特許要件に適合しているか否かの特許庁の判断の公平性,合理性を担保するのに資する目的で作成されたものであるから,尊重されるべきではあるが,法規範性を有するものでないことは明らかであり,本件の審判手続が特許法159条2項,50条に違反しているといえないことは,上記(4)のとおりである。』

『原告は,本件追加請求項は,拒絶理由通知後に追加されたものであり,最後の拒絶理由通知がされることなく,拒絶査定がされ,本件追加請求項については何ら触れられておらず,審査段階においてその審査結果が示されていないにもかかわらず,審判において,本件追加請求項に関し,新たな拒絶理由通知を発することなく,本件出願を拒絶したものであるから,審決は,特許法159条2項,50条に違反する旨主張する。この主張は,要するに,本件追加請求項に対する拒絶の理由が示されていないこと自体を問題とするものであり,そもそも,複数の請求項からなる特許出願を拒絶するためには,すべての請求項に記載された発明について,審査審判の段階において,それぞれ拒絶の理由を通知しなければならないことを前提とするものであると解される。
しかし,特許法49条は,柱書において,「審査官は,特許出願が次の各号の一に該当するときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と規定し,2号において「その特許出願に係る発明が第25条,第29条,第29条の2,第32条,第38条又は第39条第1項から第4項までの規定により特許をすることができないものであるとき。」と規定しているとおり,複数の請求項からなる特許出願について,特許出願に係る発明のうちの一つについて上記拒絶の理由があれば,当該特許出願を拒絶査定しなければならないことは明らかである。そして,同法50条により,審査官は,拒絶査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知することが必要であるが,特許出願に係る発明のうちの一つについて上記拒絶の理由があれば,当該特許出願は拒絶査定されるのであるから,特許法の規定上は,審査官は,特許出願に係る発明のうちの一つについて拒絶の理由を通知すれば足りるというべきであり,それぞれの請求項について拒絶の理由を通知しなければ違法であるとする原告主張の上記前提は失当というほかはない。』

進歩性の判断における動機付け

2006-09-02 23:13:13 | 特許法29条2項
事件番号 平成17(行ケ)10677
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年08月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 三村量一

(注目判示)
『アドレス・レジスタの最下位の2ビットの値が所定の値となったことで自らニブル・モードでのアクセスを終了する構成を採用した引用発明は,ニブル・モード・アクセス方式におけるアクセス単位の制約を前提とした上で,ニブル・モードによるアクセスと通常モードによるアクセスの両方に対応可能とすることを発明の目的とするものであるから,一般にメモリへの高速アクセス方式としてニブル・モードアクセス方式とページ・モード・アクセス方式が知られていることや,ページ・モード・アクセス方式の方が古い技術であることが知られているというだけでは,引用発明に接した当業者が,そこで採用されている特定のニブル・モード・アクセス方式を,具体的な前提を離れてページモードに変更することの契機にはならない。
上記によれば,引用発明に接した当業者が,そこで採用されている特定のニブル・モード・アクセス方式をページ・モードに変更し,本願発明の相違点2に係る構成に至ることが容易であるとはいえない。したがって,相違点2についての審決の判断も,また誤りというべきである。』

(コメント)
 -B-が知られていることだけを持って、-A-を前提とする引用発明においてその前提を離れて-A-を-B-に変更することの契機になる、ということはできない、と判示している。引用発明の前提はそれだけ重要である。