知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

進歩性の判断手法(+判断基準厳格化の声についての感想)

2006-12-31 11:51:46 | 特許法29条2項
事件番号 平成17(行ケ)10841
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 中野哲弘

(判示)
『ウ 前記相違点1についての評価
・・・
被告は,甲1において,①「先に導入されていた発光反応系の1成分」であるHRPは,励起光照射によって自ら蛍光を発するものではなく,本件発明で使用するDidac4(3)のような蛍光色素とは全く異質のものである,②上記HRPは,ルミノールと接触することにより,一時的に蛍光を発するだけであるのに対し,本件発明の蛍光分析においては,蛍光色素は励起光が照射されている限り,発光し続けるから,この点において,甲1発明の発光とは本質的に異なると主張する。しかしながら,甲1発明の「先に導入されていた発光反応系の1成分」が,励起光照射によって自ら蛍光を発するものではなく,励起光が照射されている限り発光し続けるものでないとしても,蛍光色素を用いて組織中の抗原の分布を調べる蛍光抗体法が上記のとおり古くから知られていることからすると,甲1発明において「発光標識」に蛍光色素を用いることは,当業者が容易に想到することができたものということができ,この点を本質的な違いということはできない。』

『エ 前記相違点2についての評価
・・・
 甲1には,甲1発明を細胞表面レセプター対に用いることができることが記載されているところ,上記(1)イの検定方法を細胞表面レセプター対に用いた場合には,「反応容器の底における透明支持体」に固定されるものは,「生物細胞」であり,多くの生物細胞を固定するとすれば,必然的に「相互に接触した細胞の層の形態」となるものと解される。
 また,本件発明における「相互に接触した細胞の層の形態の生物細胞」の技術的な意義について本件特許の明細書及び図面には記載はなく,それが格別の技術的な意義を有するとは解されない。この点について,被告は,本件発明における「相互に接触した細胞の層の形態で」の技術的な意義は,細胞の数が多くなると,蛍光標識された生物細胞からのシグナルが強くなり,検出感度が高くなるということであると主張するが,仮にそうであるとしても,そのことをもって格別の技術的な意義とはいえない。
 そうすると,甲1発明において「相互に接触した細胞の層の形態の生物細胞」を用いることを,当業者は容易に想到することができたものと認められる。』

『(3) 取消事由5(甲1発明についての認定の誤り)につき審決は,本件発明と甲1発明とを対比した上,本件発明の要件のうち「相互に接触した細胞の層の形態で反応容器(1)の底(2)における透明支持体に適用され且つ結合されていない蛍光色素(4)を含有する溶液(3)と接触している蛍光標識された生物細胞(5)の定量的光学的分析方法」については,甲1には記載がないとし,この点を両者の相違点として認定している(8頁4行~8行)。
・・・
しかしながら,上記(2)のとおり,上記「相互に接触した細胞の層の形態で反応容器(1)の底(2)における透明支持体に適用され且つ結合されていない蛍光色素(4)を含有する溶液(3)と接触している蛍光標識された生物細胞(5)の定量的光学的分析方法」のうち,分析対象が「相互に接触した細胞の層の形態の生物細胞」である点並びに「蛍光色素」及び「蛍光標識」を用いる点については,甲1に記載がないから,この限度では,本件発明と甲1発明は相違するということができるが,その余の点,すなわち,「反応容器の底における透明支持体に適用され且つ結合されていない発光標識を含有する溶液と接触している発光標識されたものの定量的光学的分析方法」である点については,本件発明は甲1発明と一致する。
そうすると,審決がこのような一致している点についても相違するとしたことは,甲1発明の認定を誤り,その結果,本件発明と甲1発明との相違点の認定を誤ったものであるということができるから,取消事由5は,この限度で理由がある。』

(現時点の感想)
 判決は、蛍光色素を用いて組織中の抗原の分布を調べる蛍光抗体法が古くから知られていることを考慮して、「甲1発明において「発光標識」に蛍光色素を用いることは,当業者が容易に想到することができた」とした。

 最近、進歩性の判断が厳しいという声がある。筆者は、このような主張の原因は、進歩性の判断、特に組み合わせの判断が定式化できないことにあると思う。例えば、この判決は、個別具体事例に則して、深く技術的な事実認定を行った。このような論理付けの定式化は、きわめて困難である。

 一方、従前においては、組み合わせの可否の基準として、動機付けがあるかないか、という極めてわかりやすいが、主観的・感覚的な基準が、特に審査段階では、多く見受けられたように思う。

 ところが、近時、特許権の無効の抗弁が多く行われるようになるなど、進歩性について争われる事件が増え、判決も多くなされている。その判決を見て、「わかりやすい」判断基準に慣れ親しんだ我々は驚いた、というところが、多分にあるのではないだろうか。

 思うに、組み合わせの可否は、事例に則して深く判断しなければ、技術的に難解なものなど正しく判断できないものも多い。そのような事例に対しては、やはり、深い技術的事実認定に裏付けられた、論理的な判断が行われるべきではないだろうか。弁理士、または、審査官の存在価値は、個別具体事例に応じて、自らの力でそのような判断を技術的に行い得るところにあるのではないだろうか

 最後に、強力な独占権が付与される特許権には、やはり、その強さに応じた進歩性が必要なのだと言うのが合理的な考えではないか。特許権は、産業の発展のために、あえて自由競争に例外を設けたものである、ことを忘れてはならないと思う。

商標法4条1項7号の解釈

2006-12-30 23:03:03 | Weblog
事件番号 平成17(行ケ)10032
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 篠原勝美

審決は,本件商標の登録は,商標法4条1項7号に違反してされたものであるとしたのに対し,原告は,本件紛争は,原告とPの遺族の一人(三女)である被告との間の商標権の帰属をめぐる紛争,すなわち,私益に関する紛争にすぎないから,このような私人間の紛争の解決のために7号を適用した審決は,そもそも誤りである旨主張する。』

『 「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」につき,商標登録を受けることができないとする7号の文言自体からすれば,商標の構成自体に着目した規定となっているが,登録出願の経緯に照らし,商標法の予定する秩序に反する登録出願も,公の秩序に反するものというほかなく,これを有効とすることは同法の趣旨に反するものというべきである。そして,商標法4条1項各号には個別に不登録事由が定められていること,商標法においては商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることなどを併せ考えると,登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして容認し得ないような場合には,商標の構成自体に公序良俗違反のない商標であっても,7号に該当するものと認めるのが相当である
 原告は,本件紛争が私益に関する紛争であるとして,7号が適用されない旨主張するが,本件においては,原告の有する本件商標について,原告の登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものがあるか否かが争われているのであり,単に,原告と被告との間の私益に関する紛争が問題となっているものではないから,被告(審判請求人)からの本件無効審判請求において,審決が,本件商標の登録の有効性につき,その登録出願の経緯等を認定した上,7号の該当性判断を行ったことに原告主張のような誤りはない。』
 
『・・・
( 3) 以上認定の事実によれば,本件商標は,その登録出願時(平成6年5月18日)において,少なくとも空手及び格闘技に興味を持つ者の間では,Pの極真会館というまとまった一つの団体を出所として表示する標章として広く知られていたが,極真会館が法人格を有さず,極真会館の名義により商標登録出願を行うことができないところから,原告は,極真会館の代表者として個人名義で登録出願を行ったものである。
 一般に,法人格のない団体を出所として表示する商標がある場合,その団体自身の名義により商標の登録出願をすることはできず,他方,団体とは関係がない第三者がその登録出願を行うなどして,団体が不利益を被る可能性もあるから,団体の利益ないし権利を守るため,便宜上,代表者の個人名義で登録出願を行うことが,その団体の利益ないし権利を守るための行動であると認められる場合のあることは,否定することができない。
 しかし,団体の規模が小さく,いわば,代表者個人の団体と評価することができるような場合はともかく,団体としての組織運営に関する定めを有し,団体と代表者個人とが明確に区別され,多数の構成員からなる規模の大きな団体にあっては,団体と代表者個人の利害関係は必ずしも一致しない。そのような団体の場合,代表者は,団体のために,善良な管理者の注意をもって代表者としての事務を処理し,団体の重要な財産の管理,処分については,団体内部の適正な手続を経るべき義務を負うものというべきである
 ・・・
 したがって,原告は,極真会館のために,善良な管理者の注意をもって代表者としての事務を処理し,本件商標を含む本件関連登録商標のような極真会館の重要な財産の管理,処分については,極真会館内部の適正な手続を経るべき義務を負っていたものというべきである。』

『・・・
(6) 以上によれば,原告による本件商標の登録出願は,Pの生前の極真会館という膨大な構成員からなる規模の大きなまとまった一つの団体を出所として表示するものとして広く知られていた標章について,Pの死亡時から間もない当時の代表者である原告が個人名義でしたものであるところ,その登録出願は,極真会館のために,善良な管理者の注意をもって代表者としての事務を処理すべき義務に違反し,事前に団体内部においてその承認を得ると共に,その経過を直ちに報告するなど,極真会館内部の適正な手続を経るべき義務を怠り,個人的な利益を図る不正の目的で,秘密裏に行ったと評価できるものであり,極真会館としても,その後,それが不適切な行為であると表明していた。また,本件遺言が確認審判申立ての却下決定の確定により効力が認められず,原告は,少なくとも内部的には,正当な代表者であると主張する根拠を欠くに至っていた。そして,登録査定時において,原告は,X派と呼ばれる極真会館を名乗る団体の代表者であったのであるが,本件商標は,本来,上記のとおり,Pの生前の極真会館というまとまった一つの団体を出所として表示する標章として広く知られていたものであり,X派は,上記極真会館と同一性を有するものではないから,原告がX派と呼ばれる極真会館を名乗る団体の代表者であったことが,直ちに,本件商標の登録出願を正当化するものではない。かえって,本件商標の正当な出所といえるPの生前の極真会館が,その死後,複数の団体に分裂し,極真空手の道場を運営する各団体が対立競合している状況下において,Pの死亡時から間もない当時の極真会館の代表者としての原告が重大な義務違反により個人名義で登録出願したことによる本件商標の登録を,登録査定時においてPの生前の極真会館とは同一性を有しない一団体の代表者である原告にそのまま付与することは,商標法の予定する秩序に反するものといわざるを得ない。』

『・・・
(8) 以上によれば,本件商標の登録は,その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして容認し得ないというべきであるから,商標法4条1項7号に違反してされたものであるとして,同法46条1項の規定により,その登録を無効とすべきであるとした審決の結論に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。』

以下も同旨を言うもの。(裁判所ホームページ掲載順に従う。)

事件番号 平成17(行ケ)10028
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 篠原勝美

事件番号 平成17(行ケ)10033
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月26日
裁判長裁判官 篠原勝美

事件番号 平成17(行ケ)10031
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 篠原勝美

事件番号 平成17(行ケ)10030
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 篠原勝美

事件番号 平成17(行ケ)10029
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月26日
裁判長裁判官 篠原勝美




明細書の従来技術を主引例とするときの反論の機会

2006-12-29 09:40:24 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10262
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 中野哲弘

『2 取消事由1(手続違背-特許法159条2項の準用する同法50条違反)に
ついて
ア 証拠(甲1~9,21~24,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,原告による本件出願から審決に至る経緯は,次のとおりであったことが認められる。
・・・省略・・・
イ 上記認定事実によれば原告は,平成6年3月21日になした本願の明細書の発明の詳細な説明の冒頭において,刊行物1について言及し,同刊行物に記載された内容が公知である旨述べているが,その後平成13年6月12日付けでなされた特許庁審査官からの拒絶理由通知書(甲7)には刊行物1についての言及は一切なく,これに対して原告が提出した平成13年11月26日付けの意見書(乙1)にも刊行物1について触れる記載はなく,平成14年1月7日付けでなされた拒絶査定(甲8)も,前記拒絶理由通知を引用したものであったこと,そして,平成18年1月30日になされた本件審決において刊行物1が主引用例とされ,前記拒絶理由通知書(甲7)及び原告の意見書(乙1)で取り上げられた刊行物2は周知技術を示す一例とされたことが,それぞれ認められる。
そこで,以上の事実認定に基づき原告主張の取消事由1について判断する。』

『ア 前記認定のとおり,平成18年1月30日付けでなされた本件審決は,刊行物1を主引用例とし,刊行物2を補助引用例として,本願発明について進歩性の判断をして,進歩性を否定したものであるが,主引用例に当たる刊行物1(西ドイツ特許出願公開明細書DE3707032号。甲2。なお,刊行物1に係る出願を基礎とするパリ条約による日本国への優先権主張出願の公開公報は,特開昭63-230039号公報〔甲3〕)は,拒絶査定の理由とはされていなかったものである上,これまでの審査・審判において,原告に示されたことがなかったものであることが認められる。
 そうすると,審判官は,特許法159条2項が準用する同法50条により,審決において上記判断をするに当たっては,出願人たる原告に対し,前記内容の拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならなかったものということができる。したがって,原告に意見を述べる機会を与えることなくされた審決の上記判断は,特許法159条2項で準用する同法50条に違反するものであり,その程度は審決の結論に影響を及ぼす重大なものというべきである。』

『まず被告は,本願明細書の記載内容及び刊行物1の構成等を考慮すれば,原告は「DE3707032号明細書」(刊行物1,甲2)に記載の技術的内容について本願発明の出願時点からこれを熟知していたから,審決を取り消すべき手続上の違法性はない,と主張する。
 しかし,仮に被告主張のような本願明細書の記載内容及び刊行物1の構成等を考慮することにより原告が刊行物1に記載の技術内容について熟知していたといえるとしても,主引用例に当たる刊行物1が,拒絶査定の理由とはされておらず,審査・審判において原告に示されたことがなかったものであることに変わりはないのであって,なお原告は,審判官から,本願発明を従来発明と対比することにつき意見書を提出する機会を与えられるべきであったと解するのが相当である。』

『次に被告は,審決が刊行物1から従来発明として引用したものは「水中で長期間安定であり,水に不溶性で,かつ水質を損わない押出物の形態であり,8%の残量水分,2~8重量%の結合剤(Zement)を含む観賞魚の休日用魚餌」。という技術的事項に止まるから,その旨を改めて拒絶理由として通知されなくても,原告は十分認識できていたと主張する。
 しかし,審決は,刊行物1を,発明のもつ技術的な意義を明らかにするなどのために出願時の技術常識や周知技術として参酌したものではなく,刊行物1を主引用例とし刊行物2を補助引用例として,本願発明について進歩性の判断をし,進歩性を否定したものと認められる。
 このように,審決は,拒絶査定の理由とはされていなかった文献を主引用例として進歩性を否定する判断をしたものである以上,主引用例に当たる刊行物が異なるにもかかわらずこれを技術的事項に止まるものであるとして,原告に意見を述べる機会を与える必要がないということはできない
。』

『次に被告は,拒絶理由通知の理由は,その適用条文として「特許法第29条第2項」を示したものであって,本願発明が刊行物2に記載された発明であるという特許法29条第1項第3号をその適用条文として示しているものではない,と主張する。
しかし,前記のとおり,審決は,拒絶査定の理由とはされていなかった文献を主引用例として進歩性を否定する判断をしたものであって,そうである以上,主引用例に当たる文献が異なるにもかかわらず,拒絶査定と根拠法条が同じであるというのみで,原告に意見を述べる機会を与える必要がないということはできない。』

次に被告は,本願発明は刊行物1(DE3707032号明細書)と比べて改良された部分に特徴があるとして刊行物2に関する拒絶理由通知が提示されたのは明らかであり,原告も刊行物1を念頭におき,従来の長期飼料として刊行物1に記載された飼料を前提としてそれと比べて改良された部分に特徴があると判断して反論をしているのは明らかであるから,再度刊行物1を含む拒絶理由通知書を提示したとしても,それは単に形式的なものに過ぎず,拒絶理由通知書の趣旨としては平成13年6月12日付けの拒絶理由通知書(甲7)と同じ内容のものとなってしまい意味がないことになる,と主張する。
 しかし,本願発明の技術的特徴がどこにあるにせよ,本件における審決の判断が,拒絶査定の理由とはされていなかった文献を主引用例として進歩性を否定する判断をしていることに変わりはなく,再度刊行物1を含む拒絶理由通知書を提示したとしても同じ内容のものとなってしまうとして原告に意見を述べる機会を与える必要がないということはできない。
なお,意見書(乙1)の記載内容をみても,原告は,拒絶査定の理由とされた刊行物2を主引用例と認識して意見を述べていることが明らかであり,刊行物1を主引用例と認識して意見を述べていると認めることができる箇所は見当たらない。』

最近の次の二つ判決も同趣旨を言う。

事件番号 平成17(行ケ)10395
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

事件番号 平成18(行ケ)10102
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

真正商品の並行輸入として商標権侵害としての実質的違法性を欠く条件

2006-12-28 06:39:13 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)20126
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成18年12月26日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 高部眞規子

商標権者以外の者が,我が国における商標権の指定商品と同一の商品につき,その登録商標と同一又は類似の商標を付したものを輸入する行為は,許諾を受けない限り,商標権を侵害する(商標法2条3項,25条,37条)。しかし,そのような商品の輸入であっても,(1) 当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたものであり,(2) 当該外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があることにより,当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであって,(3) 我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから,当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合には,いわゆる真正商品の並行輸入として,商標権侵害としての実質的違法性を欠くものである(最高裁平成14年(受)第1100号同15年2月27日第一小法廷判決・民集57巻2号125頁)。』

『上記(1)の要件は,真正商品の意義について商標を付す主体の観点から述べたものであり,商品の真正をいうものである。すなわち,①外国における商標権者自身が当該商標を付したこと,又は②当該商標が外国における商標権者自身によって付されたものでない場合には,当該商標権者から使用許諾を受けた者が適法に当該商標を付したことが必要である。また,上記(2)の要件は,内外権利者の実質的同一性を必要とし,上記(3)の要件は,我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあるという品質に対する商標権者のコントロールを重視するものである。これらの要件は,商標権侵害に対するいわば違法性阻却事由として,被告において主張立証すべき責任があり,いずれの国で当該商標が付されたかは,その前提として被告が主張立証すべきものである。
被告は,原告が被告各標章を付した旨主張するものの,本件第2回口頭弁論期日において,被告商品がイタリア共和国で製造されて香港経由で日本に輸入されたものであるが,どこの国で商標を付されたかは分からない旨を述べるにとどまり,このほかに,被告商品の商標が付された事実関係に係る的確な主張立証をしない。なお,被告は,輸入をした有限会社ブロンクスから,被告商品の輸入許可通知書及びインボイスの提示を受け,バーバリーの表示があるタグにおいて,納入された被告商品の管理番号を確認し,その番号がインボイスの管理番号と同一であることを確認した旨主張し,乙第2号証の1・2及び同第3号証を提出するが,被告商品の輸入許可があったことによって,これに付された被告各標章が上記(1)の要件のとおり適法に付されたものということにはならない。そうすると,上記(1)の要件を認めるに足りない。
また,だれがいずれの国で商標を付したかが不明である以上,上記(2)及び
(3)の要件も認めることはできず,被告商品の輸入行為につき商標権侵害としての実質的違法性を欠くものとはいえないことになる。なお,証拠(甲25〔枝番を含む。〕ないし28)及び弁論の全趣旨によると,イタリア共和国及び香港における本件各商標権に係る商標権者は,いずれも原告であるものと認められる。』

場所を提供して放送番組を遠隔地にインターネットを介して送信可能としたとき

2006-12-24 20:20:13 | Weblog
事件番号 平成18(ラ)10013
事件名 著作隣接権仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件
裁判年月日 平成18年12月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 三村量一

『(1) ベースステーション等の「自動公衆送信装置」該当性について
ア 抗告人は,被抗告人が本件サービスに供している多数のベースステーション,分配機,ケーブル,ハブ,ルーター等の機器は,有機的に結合されて一つのサーバと同様の機能を果たすシステムを構築しているものであり,一つのアンテナ端子からの放送波を,このようなシステムに入力して多数の利用者に対して送信しうる状態にしているから,全体としてみれば,一つの自動公衆送信装置として評価されるべきものであると主張する。
しかし,ベースステーションによって行われている送信は,個別の利用者の求めに応じて,当該利用者の所有するベースステーションから利用者があらかじめ指定したアドレス(通常は利用者自身)宛てにされているものであり,送信の実質がこのようなものである以上,本件サービスに関係する機器を一体としてみたとしても,「自動公衆送信装置」該当性の判断を左右するものではない。』

『(2) 送信可能化行為の主体について
ア 抗告人は,被抗告人が電気通信回線であるインターネット回線に接続されているベースステーションにアンテナを接続して放送波を入力していることは,著作権法2条1項9号の5イの「情報を入力すること」に当たり,また,既に放送波が入力されているベースステーションを電気通信回線であるインターネット回線に接続して,利用者が当該放送を視聴し得る状態にしていることは,同号ロに当たると主張する。
 しかし,前記引用に係る原決定掲記の事実関係によれば,ベースステーションは「1対1」の送信を行う機能のみを有するものであって,「自動公衆送信装置」に該当するものではないから,被抗告人がベースステーションにアンテナを接続したり,ベースステーションをインターネット回線に接続したりしても,その行為が送信可能化行為に該当しないことは明らかである。
イ 抗告人は,被抗告人が「ベースステーションにアンテナを接続して放送波を入力している」とも主張する。しかし,アンテナが単独で他の機器に送信する機能を有するものではなく,受信機に接続して受信設備の一環をなすものであることは,技術常識であるから,被抗告人がベースステーションにアンテナを接続しても,ベースステーションへの送信を行ったことにはならない。また,分配機は,単独で他の機器に送信する機能を有するものではなく,アンテナを複数の受信機で共用するために,アンテナからの1本の給電線を分岐させて複数の給電線と接続させるとともに,それに伴う抵抗の調整を行うにすぎないことは,技術常識であるから,被抗告人が分配機を介してアンテナとベースステーションとを接続しても,「1対多」の送信や「有線放送」をしたことにはならない。』

『(3) 「送信可能化行為」該当性の判断
ア 前記引用に係る原決定掲記の事実関係及び前記(1)(2)に判示したところに照らせば,本件においては,次の各事情を指摘することができる。
 (ア) ベースステーションの機能
   本件サービスにおいて用いられるベースステーションは,あらかじめ設定された単一のアドレス宛てに送信する機能しかなく,1台のベースステーションについてみれば,「1対1」の送受信が行われるもので,「1対多」の送受信を行う機能を有しない
 (イ) 本件サービスにおけるベースステーションの利用形態
   本件サービスにおいては,利用者各自につきその所有に係る1台のベースステーションが存在するところ,各ベースステーションからの送信の宛先は,これを所有する利用者が別途設置している専用モニター又はパソコンに設定されており,被抗告人がこの設定を任意に変更することはない
 (ウ) 送信の契機等
   各ベースステーションからの送信は,これを所有する利用者の発する指令により開始され,当該利用者の選択する放送について行われるものに限られており,被抗告人がこれに関与することはない
イ 本件において,ベースステーションの機能,利用形態及び送信の契機等の上記の各事情を総合考慮すれば,ベースステーションないしこれを含む一連の機器が「自動公衆送信装置」に該当するということはできず,ベースステーションから行われる送信も「公衆送信」に該当するものではない。被抗告人の行為は,単に各利用者からその所有に係るベースステーションの寄託を受けて,電源とアンテナの接続環境を供給するだけであって,著作権法99条の2所定の送信可能化行為に該当するものではない。』

以下の判決も同趣旨。

事件番号 平成18(ラ)10012
事件名 著作隣接権仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件
裁判年月日 平成18年12月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所

事件番号 平成18(ラ)10011
事件名 著作隣接権仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件
裁判年月日 平成18年12月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所

事件番号 平成18(ラ)10010
事件名 著作隣接権仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件
裁判年月日 平成18年12月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所

事件番号 平成18(ラ)10009
事件名 著作隣接権仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件
裁判年月日 平成18年12月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所


種苗法における権利濫用の抗弁

2006-12-24 19:58:44 | Weblog
事件番号 平成18(ネ)10059
事件名 種苗生産・譲渡行為差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成18年12月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 佐藤久夫

『1 品種登録が種苗法3条1項1号に違反してされたことを抗弁として主張することの可否について被控訴人は,ホクト2号が種苗法3条1項1号所定の品種登録の要件を欠いているので,その品種登録は無効であり,したがって育成者権の行使はできない旨主張する
種苗法に基づく品種登録(同法18条1項)は農林水産大臣が行う行政処分であり,農林水産大臣は,出願品種が①同法3条1項(区別性,均一性及び安定性の具備),②同法4条2項(未譲渡性の存在),③同法5条3項(育成者複数の場合の共同出願),④同法9条1項(先願優先)又は⑤同法10条(外国人の権利享有の範囲)の規定により,品種登録をすることができないものであるときは,品種登録出願を文書で拒絶しなければならない旨定める(同法17条1項1号)とともに,品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたことが判明したときは,これを取り消さなければならず(同法42条1項),品種登録が取り消されたときは,育成者権は品種登録の時にさかのぼって消滅したものとみなされる(同法42条4項1号)ところ,育成者権に基づく権利行使に対して,品種登録の取消しを経ることなしに,品種登録の要件を欠くことを抗弁として主張し得るかが問題となる。
 ところで,特許権に関しては特許無効審判を経なくても,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者は特許権の侵害に係る訴訟において相手方に対してその権利を行使することができないとされており(特許法104条の3第1項),この規定は実用新案権,意匠権,商標権の侵害訴訟にも準用されているが,種苗法の育成者権の侵害訴訟には準用されていない。しかし,これは種苗法が特許法のような独自の無効審判制度を設けていないことによるものと考えられるが,種苗法においても,品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたものであり,農林水産大臣により取り消されるべきものであることが明らかな場合(農林水産大臣は,品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたことが判明したときはこれを取り消さなければならないのであって,その点に裁量の余地はないものと解される。)にまで,そのような品種登録による育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の請求が許されるとすることが相当でないことは,特許法等の場合と実質的に異なるところはないというべきである。けだし,上記①ないし⑤の規定に違反し,取り消されるべきものであることが明らかな品種登録について,その育成者権に基づいて,当該品種の利用行為を差し止め,又は損害賠償等を請求することを容認することは,実質的に見て,育成者権者に不当な利益を与え,当該品種を利用する者に不当な不利益を与えるものであって,衡平の理念に反する結果となるし,また,農林水産大臣が品種登録の取消しの職権発動をしない場合に,育成者権に基づく侵害訴訟において,まず行政不服審査法に基づく異議申立て又は行政訴訟を経由しなければ,当該品種登録がその要件を欠くことをもって育成者権の行使に対する防御方法とすることが許されないとすることは,訴訟経済に反するといわざるを得ないからである。
 したがって,品種登録が取り消される前であっても,当該品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたものであって,取り消されるべきものであることが明らかな場合には,その育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の権利行使(補償金請求を含む。)は,権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁判所平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照。なお,品種登録に重大かつ明白な瑕疵がある場合には,育成者権に基づく侵害訴訟においても,当該品種登録の当然無効を主張することができると解されるが,行政処分の当然無効は,行政処分時において重大かつ明白な瑕疵がある場合に限られるところ,当該品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされた場合に,仮にそれが重大な瑕疵に当たると解し得るとしても,その瑕疵が品種登録時において常に明白であったとは限らないから,上記①ないし⑤の規定に違反してされた品種登録が常に当然無効であるとまではいえない。本件において,被控訴人は,ホクト2号の品種登録時において種苗法3条1項1号に違反することが明白であったことまでを主張立証するものではなく,被控訴人の前記主張は,種苗法3条1項1号所定の品種登録の要件を欠いていることを理由に,ホクト2号の育成者権の行使の権利濫用を主張する趣旨を含むものと解されるところ,このように解することについては,控訴人も争っていないと認められる。)。』

『「同一の品種」と「特性により明確に区別されない品種」とを区別して規定していることからすると,同法3条1項1号の「公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」の「他の品種」には「同一の品種」は含まれないと解されないでもない。
しかしながら,種苗法の目的は,品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り,もって農林水産業の発展に寄与すること(種苗法1条)にあるから,出願品種と客観的に同一の既存の品種が公然知られたものとなっている場合には,品種の育成の振興という観点からは,もはや出願品種について品種登録出願をした者に育成者権という独占権を与える必要はないばかりか,かえって,これに独占権を認めることは,すでに公然知られた状態となった品種の流通が妨げられ,種苗の流通の適正化という種苗法の目的に反することになることは明らかであって,同法3条1項1号がそのような場合について品種登録を許容していると解することはできず,同号が「同一の品種」を含まないと解することは,種苗法の趣旨に反し相当でない。
したがって,種苗法3条1項1号にいう「品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」の「他の品種」とは,同号所定の明確区別性を判断する前提として当該出願品種と対比すべき既存の品種を意味するものであり,同号は,公然知られた既存の品種と対比して,当該出願品種がその特性の全部又は一部によって明確に区別されることを品種登録の要件として定めたものというべきであって,出願品種が,公然知られた既存の品種と客観的に同一の品種である場合を含めて上記既存の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されるものでないときは,同号所定の品種登録要件を欠くと解するのが相当である。』

以上のとおりであるから,出願品種が,品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた既存の品種と客観的に同一の品種である場合には,当該公然知られた既存の品種が出願品種そのものでない限り,種苗法3条1項1号にいう「公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」との要件を欠き,品種登録を受けることができないというべきである。そして,出願品種が,品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた既存の品種と客観的に同一の品種である場合において,なおそれが種苗法3条1項1号の要件を備えているというためには,出願者又は育成者権者において,当該公然知られた既存の品種が出願品種そのものであることを立証しなければならないというべきである。けだし,品種登録出願前から公然知られた同一の品種について,それが出願品種そのものであるといえないにもかかわらず,育成者権という独占権を認めることとなれば,取引の安全が著しく害されることは明らかであり,また,品種登録出願前に出願品種の種苗等を譲渡するなどした出願者又は育成者権者に対し,公然知られた既存の品種が出願品種そのものであることについて立証の負担を課するものとしても,酷であるとはいえないからである。』

特許法36条6項と同条4項との関係

2006-12-24 19:48:29 | 特許法36条6項
事件番号 平成18(行ケ)10099
事件名 特許取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 篠原勝美

『(1) 決定は,「『線状模様の「線」』本数が明確でなく,また,請求項1に記載の『杉綾模様』を呈する『線状模様の線本数』を計数する方向についての特許権者の主張には,技術的根拠があるとは認めることができないから,発明の詳細な説明の記載を参酌しても,前記『線状模様の線本数』が明確であるとはいえないし,その測定方法が明りょうであるともいえない。よって,本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(注,本件発明1)が,明確であるとはいえないし,発明の詳細な説明の記載は当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。」(決定謄本9頁第6段落~最終段落)としたのに対し,原告らは,「線状模様の線本数」の「線」の意義も,その測定方法も明確である旨主張する。』


『(2) まず,「線状模様の線本数」の「線」の意義について検討する。
・・・
エ 以上によれば,本件発明1は,交互に並んだ凸条部と凹条部とにより線状模様が形成され,その「線」の単位長さ当たりの本数により規定されているものであるところ,不織布のどの部分を「線」ととらえるかについて,

(3) 次に,「線状模様の線本数」の測定方法について検討する。
・・・
ウ 以上によれば,本件発明1は,「凸条部と凹条部とによって形成される線状模様の線本数は3~9本/cm」として,線状模様の線本数について,単位長さ当たりの線本数により規定されているものであるところ,単位長さ当たりの線本数は,計測方向によって変わるものであるにもかかわらず,その計測方向は,本件明細書に記載も示唆もなく,また,技術常識によって定まるものではないから,不明確というほかない
 したがって,「線状模様の線本数」の測定方法が明りょうであるとはいえないから,この点についても,本件発明1の特許請求の範囲の記載は,明確であるとはいえないし,発明の詳細な説明の記載は,当業者が実施をすることができる程度明確かつ十分なものではないと認められる。』

明細書から自明の範囲を周知技術で証明する場合

2006-12-24 19:37:00 | 要旨変更・新規事項の追加
事件番号 平成18(ネ)10056
事件名 損害賠償等請求控訴事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

『 控訴人は,テレホンカードシステムと対比した上,本件出願当初明細書に開示された発明のうち「記憶」に関しては,前払いの額が記憶される場所を,使用者の手元のテレホンカードではなく,電話システム内の「特別交換局」とした点が,発明の本質であり,その額の「支払」と「記憶」の時間的前後関係は,発明の本質に何ら関係しないと主張し,さらに,本件出願当初明細書に接した当業者であれば,本件出願1に係る優先権主張日(昭和61年1月13日)当時,広範に普及していたテレホンカードシステムとの比較において,同明細書に記載された発明を理解することは当然であるとも主張する。しかしながら,本件出願当初明細書には,テレホンカードシステムの技術を参酌して発明を理解すべきであるとする記載も示唆もなく,そもそも,テレホンカードないしテレホンカードシステムについては何らの記載もない。そうすると,たとえ,本件出願1に係る優先権主張日当時,テレホンカードシステム自体が周知であり,あるいは普及していたとしても,テレホンカードの技術を背景として,あるいはそれと対比して,本件出願当初明細書に記載された発明を理解すべきものであると考える理由はなく,そうであれば,控訴人の主張するように,クレジット額が記憶される場所を,電話システム内の「特別交換局」とし,クレジットの確認及びクレジットの残額に応じて相手先と接続したり遮断したりする制御を,特別交換局にさせるようにしたことが,同発明の本質であり,クレジット額の「支払」と「記憶」の時間的前後関係は,発明の本質に何ら関係しないことが,本件出願当初明細書の記載から直ちに読み取れるものということはできない。
すなわち,明細書又は図面の記載から見て,ある事項が自明であるというためには,ある周知技術を前提とすれば,当業者が,明細書又は図面の記載から,当該事項を容易に理解認識できるというだけでなく,たとえ周知技術であろうと,明細書又は図面の記載を,当該技術と結び付けて理解しようとするための契機(示唆)が必要であると解すべきである。しかるところ,テレホンカードシステムは,電話利用のために,磁気カード読み取り機能を有する専用の公衆電話機しか使用できないシステムであるから,「前払い電話通話のためいずれの電話機でも使用できるようにした方法が提供される」(本件出願当初明細書24頁8~9行)という効果を奏する本件出願当初明細書記載の発明とテレホンカードシステムとの間には本質的な相違があるというべきであり,たとえ,両者とも前払い方式の課金システムを伴うものであっても,そのことのみによって,かかる示唆があるということはできない。』
そうすると,本件出願当初明細書に,テレホンカードないしテレホンカードシステムについて何らの記載もない以上,テレホンカードの技術を背景として,あるいはそれと対比して,本件出願当初明細書記載の発明を理解する契機はないといわざるを得ない。
を得ない。

次の二つも同趣旨。

事件番号 平成17(行ケ)10832
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

『すなわち,明細書又は図面の記載から見て,ある事項が自明であるというためには,ある周知技術を前提とすれば,当業者が,明細書又は図面の記載から,当該事項を容易に理解認識できるというだけでなく,たとえ周知技術であろうと,明細書又は図面の記載を,当該技術と結び付けて理解しようとするための契機(示唆)が必要であると解すべきである。しかるところ,テレホンカードシステムは,電話利用のために,磁気カード読み取り機能を有する専用の公衆電話機しか使用できないシステムであるから,「どのような電話機でも使用できる」原出願に係る発明との間には本質的な相違があるというべきであり,たとえ,前払い方式の課金システムを伴うものであっても,そのことのみによって,かかる示唆があるということはできない。そうすると,原出願の当初明細書に,テレホンカードないしテレホンカードシステムについて何らの記載もない以上,テレホンカードの技術を背景として,あるいはそれと対比して,原出願に係る発明を理解する契機はないといわざるを得ない。』

事件番号 平成17(行ケ)10831
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

周知技術の引用と反論の機会2

2006-12-22 22:57:22 | 特許法29条2項
事件番号 平成17(行ケ)10395
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

『 審決は,相違点について,上記周知慣用技術を適用して本願発明の構成とすることの容易想到性を肯定する判断をしたものであるが,拒絶理由通知においては,上記周知慣用技術の内容自体はおろか,その根拠となる特許公報にも,言及すらしていないのであるから,特許法159条2項で準用する同法50条に違背する違法があり,かつ,その違法は明らかに結論に影響がある場合に当たるものというべきである。したがって,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決判断1は取消しを免れない。
 
 確かに,審決は,その判断に当たり,拒絶査定(その引用する第2回拒絶理由通知)で示されなかった新たな公知文献を引用したわけではなく,また,用いたのは周知慣用技術であるというのではあるが,本件のような事案においては,出願に係る発明と引用された発明との構成上の相違点について,特定の技術を用いる場合には,その技術が周知技術であっても,いかなる周知技術であるかについては,特段の事情がない限り,拒絶理由として通知されていなければならないものと解すべきである。なお,当該周知技術が拒絶理由で通知されていれば,その裏付けとなる刊行物等の証拠については,これを追加的に変更をしたり,別なものに交換的に変更したりするのは許容されるが,本件は,周知技術自体が拒絶理由通知に開示されていないのであるから,そのような許容される場合に該当するものではない。』

『 原告は,審決が,審決判断2に係る本願発明と刊行物3(審決判断1では周知例2)の発明との一致点について,・・・本願発明と刊行物3の発明とが一致すると認定したことについて,刊行物3の発明における「木粉等の表面に樹脂が融着して木質と樹脂とが充分に馴染んでいる」ことと,本願発明の「ゲル化混練して・・・セルロース系破砕物の個々の単体表面全体に熱可塑性樹脂成形材を付着させ」ることとが同一でないのであるから,審決がした上記一致点の認定は,誤りであると主張し,被告は,これを争うとともに,実質的な相違はないとも主張する。
 ・・・刊行物3は,破砕しても分離しない程度に強固に,木粉等の表面に樹脂が付着した状態であることを「木粉等と樹脂とが馴染む」と表現していることが窺われるが,いずれにしても,付着に関する質的なもの,すなわち,付着の強弱や分離の難易を問題にしたものと理解するのが自然である。これに対し,本件発明のいう「セルロース系破砕物の個々の単体表面全体に熱可塑性樹脂成形材を付着させ」ることは,付着の広がり,範囲を問題にしたものである。したがって,確かに,両者の上位概念で一致することがあるとしても,他に証拠資料がないまま,両者の付着状態が同一である,あるいは,実質的に相違がないものと認定することは相当ではない。』

(感想)
 前半部分については、新しい判断かもしれない。これまでの高裁判決の流れを変更する判決ではないか。
 周知技術といっても無数にあり、どの限度で周知技術が引用されるのか、特定は難しいこともある。そのような場合は、この判示のように考えるのが妥当であると考える。

周知技術の引用と反論の機会1

2006-12-22 22:48:48 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10102
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

「周知技術はその技術分野において一般的に知られ当業者であれば当然知っているべき技術をいうにすぎないのであるから,審判手続において拒絶理由通知に示されていない周知事項を加えて進歩性がないとする審決をした場合であっても,原則的には,新たな拒絶理由には当たらないと解すべきである(例えば,東京高判平成4年5月26日・平成2年(行ケ)228号参照。)

 しかしながら,本件では,本願補正発明と引用発明1との相違点に係る構成が本願補正発明の重要な部分であり,審査官が,当該相違点に係る構成が刊行物2に記載されていると誤って認定して,特許出願を拒絶する旨の通知及び査定を行い,しかも原告が審査手続及び審判手続において刊行物2に基づく認定を争っていたにもかかわらず,審決は,相違点に係る構成を刊行物2に代えて,審査手続では実質的にも示されていない周知技術に基づいて認定し,さらに,その周知技術が普遍的な原理や当業者にとって極めて常識的・基礎的な事項のように周知性の高いものであるとも認められない。
 このような場合には,拒絶査定不服審判において拒絶査定の理由と異なる理由を発見した場合に当たるということができ,拒絶理由通知制度が要請する手続的適正の保障の観点からも,新たな拒絶理由通知を発し,出願人たる原告に意見を述べる機会を与えることが必要であったというべきである。
 
 そして,審決は,相違点の判断の基礎として上記周知技術を用いているのであるから,この手続の瑕疵が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。」

ソフトウェアの秘密保護義務

2006-12-15 22:20:22 | Weblog

事件番号 平成17(ワ)12938
事件名 不正競争行為差止等請求事件
裁判年月日 平成18年12月13日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 市川正巳


『1 争点(1)(営業秘密としてのアルゴリズムの不正使用)について
(1) 請求内容について
 原告は,不正競争防止法2条1項7号,3条2項に基づき,侵害の停止又は予防に必要な措置として,請求第2項記載の行為を求めているが,その請求内容が特定されていないから,これらの訴えは,不適法なものとして却下されるべきである。
(2) 営業秘密の使用について
ア 被告が原告アルゴリズム全体をそのまま使用して市川ソフトを作成したのであれば,プログラムとしての表現が異なっていても,不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為が成立する余地があるが,後記2(2)及び(3)に説示の事実によれば,被告は,市川ソフトを作成するに当たり,原告アルゴリズムをそのまま使用したものではなく,多くの点で原告アルゴリズムとは異なる処理手順を採用し,一部原告アルゴリズムと同様の処理手順を採用した箇所についても,技術上の合理性の観点から当然採用される部類に属する手法を採用したものであり,原告アルゴリズムや原告ソフトそのものを使用又は開示するに等しい結果を何ら招来していないものであるから,被告が市川ソフトを作成するに当たり,原告アルゴリズムを使用したものと認めることはできない。』


『2 争点(2)(債権者代位権に基づく差止請求)について
(1) 請求内容
原告は,債権者代位権に基づく差止請求として,請求第2項記載の行為を求めているが,その請求内容が特定されていないから,これらの訴えは,不適法なものとして却下されるべきである。』

『(2) 信義則上の秘密保持義務の内容
ア 被告は,前提事実(1)イ及び(2)ウのとおり,平成9年6月30日まで両毛システムズに在職し,原告から委託を受けた原告ソフトの開発に責任者として関与したものであるから,信義則上,両毛システムズに在職中知り得た秘密を保持する義務を負っていると考えられる。

イ 被告がどのような内容の秘密保持義務を負うかについて検討する。
(1) 被告がソフトウェア開発の前提として原告から開示された原告に特有のトーションレースの編み方のノウハウや,原告アルゴリズム全体をそのまま他に開示するような行為(原告アルゴリズムと全く同じアルゴリズムに基づくソフトを作成して市川鉄工に成果物として交付する行為を含む。)は,信義則上の秘密保持義務に違反すると考えられる。
(2) しかしながら,システムエンジニア又はプログラマーがあるソフトウェアの開発によって得たものは,一面で委託者から委託されたソフトウェア開発の成果物であるが,他面で,従来からシステムエンジニア又はプログラマーとして有していた技術を適用した結果であったり,技術上の合理性の観点から必然である処理手順であることが考えられ,これらの点を無視して信義則上の秘密保持義務を広く負わせることは,システムエンジニア等に同種のソフトウェアの開発に関与することを実際上禁止して職業選択の自由を制約し,社会経済的にも技術の蓄積によるソフトウェアの開発コストの削減を妨げる結果となりかねない。
 以上の点からすると,以前に同種ソフトウェアの開発に関与した被告が信義則上の秘密保持義務に反したか否かは,原告アルゴリズムと市川アルゴリズムとが一致する割合はどの程度か,一致する部分について,当該システムエンジニア等が従来から有していた技術の適用の結果といえるか,又は技術上の合理性の観点からそのような手順を採用することが当然か,市川ソフトウェアやその前提となる市川アルゴリズムの一部が開示されることにより,従前の雇用主である両毛システムズ又は開発委託者である原告のノウハウ等が開示される結果となるか等を総合して判断するほかはない。』

ソフトウェア関連発明の判断と複数の手続補正の扱い

2006-12-13 19:25:17 | 特許法29条柱書
事件番号 平成17(行ケ)10698
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年09月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 三村量一

原告らは,審判請求の日から30日以内に行われた複数の補正は,これらを一体のものとして把握した上で,後の補正を審判請求前の明細書及び図面と比較して補正の適否を判断すべきであり,そのように取り扱うことが当事者の意思に合致すると主張する
しかし,
① 特許法には,審判請求の日から30日以内という同一の補正の機会に行われた複数の補正がある場合に,それらの補正を一体のものとして扱うべきことを規定した条文は存在せず
② 特許法上,手続補正の手続は,方式不備等の理由に基づいて18条の規定により手続却下がされない限り,消滅することはないから,審判請求の日から30日以内に複数回の補正があった場合には,次の理由により,これらを一体として扱うのではなく,それぞれの補正を独立したものとして扱うべきものと解するのが相当である。

ある補正が,特許法17条の2第4項及び第5項の規定に適合するか否かについての判断をする場合には,当該補正よりも前の時点での特許請求の範囲を基準にしなければならないところ,その基準となるのは,最後に適法に補正された特許請求の範囲であり,そのような補正がない場合には願書に添付された特許請求の範囲である。そして,特許請求の範囲に関するある補正について上記判断をする場合において,それ以前にされた複数の補正についてその適否がいまだ判断されていないときには,補正のされた順番に従って,補正の適否について順次判断すべきである。』


『以上の検討結果によると,本願発明の各行為を人間が実施することもできるのであるから,本願発明は,「ネットワーク」,「ポイントアカウントデータベース」という手段を使用するものではあるが,全体としてみれば,これらの手段を道具として用いているにすぎないものであり,ポイントを管理するための人為的取り決めそのものである。したがって,本願発明は,自然法則を利用した技術的思想の創作とは,認められない。』

『上記旧請求項11には,「データベース」,「ネットワーク」との記載があるが,「データベース」は整理して体系的に蓄積されたデータの集まりを意味し,「ネットワーク」は通信網又は通信手段を意味するもので,いずれの文言もコンピュータを使ったものに限られるわけではない。したがって,上記旧請求項11の記載からは,本願発明の「ポイント管理方法」として,コンピュータを使ったものが想定されるものの,ソフトウエアがコンピュータに読み込まれることにより,ソフトウエアとハードウエア資源とが協働した具体的手段によって,使用目的に応じた情報の演算又は加工を実現することにより,使用目的に応じた特有の情報処理装置の動作方法を把握し得るだけの記載はない。』

『原告らは,ソフトウェア関連発明における特許請求の範囲の記載は,当業者が所期の目的・効果を実現できる程度に記載されていれば,十分具体的であり,それを超えて,その具体的な態様,例えば,中央処理装置,主メモリ,バス,外部記憶装置,各種インタフェース等のコンピュータの各部品をどのように用いるかまで,具体的に特定する必要はないから,旧請求項11の各ステップの記載は,当業者が所期の目的・効果を実現できるように記載されていると主張する。
審査基準(第Ⅶ部第1章2.2.2「判断の具体的な手順」(2))には,ソフトウェア関連発明において,ソフトウェアによる情報処理が,ハードウェア資源を用いて具体的に実現されているか否かにより,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるかを判断することが記載されているが,審査基準は,自然法則を利用した技術的思想の創作であるためには,コンピュータの部品の類まで具体的に特定する必要があるとするものではないし,コンピュータの部品の類まで具体的に特定していれば,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であると判断するというものでもない。』


判決の拘束力-進歩性否定の原因となる要旨変更

2006-12-13 06:41:31 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10206
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 篠原勝美


『 特許無効審判事件についての本件審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は,特許法181条5項の規定に従い,当該審判事件について更に審理を行って審決をすることになるが,審決取消訴訟は,行政事件訴訟法の適用を受けるから,再度の審理ないし審決には,同法33条1項の規定により,上記取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文のみならず,判決主文の結論が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断に対しても及ぶものと解すべきであるから,審判官は,上記事実認定及び法律判断に抵触する認定判断をすることは許されないものである(最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。そして,このことは,本件のように,特許法旧40条の規定の適用をめぐり,補正が当初明細書等の要旨の変更に当たるか否かについてされた審決取消しの確定判決についても同様である。

 この点について,原告は,本件は,特定の引用例との対比における発明の進歩性に関する審決取消判決がされた後の再度の審理・審決に対する拘束力が問題となる事案ではなく,本件出願当時の技術常識あるいは周知慣用の技術事項を証明し,ひいては,本件審決の判断の誤りを主張立証するものであって,引用例1を単に補強するだけでなく,これとあいまって初めて無効原因たり得るものであるから,前記最高裁判決の射程には入らず,前判決の拘束力の問題は生じない旨主張する。

 しかし,行政事件訴訟法33条1項は,「処分又は裁決を取り消す判決は,その事件について,処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束する。」と規定しており,「処分又は裁決を取り消す判決」に格別の限定を付しているわけではないから,上記最高裁判決が,発明の進歩性に関する取消判決を対象にしているからといって,その射程が発明の進歩性に関する取消判決に限られるものではなく,特許法旧40条の規定の適用をめぐり,補正が当初明細書等の要旨の変更に当たるか否かについてされた前判決についても拘束力が及ぶことは,上記のとおりである。

 そうすると,本件第2補正が当初明細書等の要旨の変更に当たるとした前判決について,新たな証拠を提出して当該判断を争うことは,再度,確定した取消判決の拘束力が及ぶ判断事項を蒸し返えそうとするものにほかならず,許されないものというべきである。』

『 本件についてみると,上記(1)ウ認定の事実によれば,前判決は,①当初明細書等には,対向間隙Yと両端面からの突出量α1,α2が「α1+α2=Y」の関係にあることが記載されていること,②他方,本件特許請求の範囲請求項1には,「α1+α2<Y」との関係が記載されていること,③したがって,本件第2補正は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではなく,当初明細書等の要旨の変更に当たること,④そうすると,本件出願は,特許法旧40条の規定により,本件第2補正に係る手続補正書を提出した時にしたものとみなされるから,無効理由1についての前審決の認定判断は誤りであると判断したことが明らかであり,上記認定判断は,前審決を取り消す旨の前判決の判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断であったことが明らかである。
そうすると,確定した前判決の拘束力は,上記事実認定及び法律判断に及ぶものというべきである。』

新たな証拠による技術常識の参酌

2006-12-13 06:12:28 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10217
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 中野哲弘

『原告は,上記の国際公開第94/17229号公報(乙3)は審決に言及のない新たな引用文献であるから,これに基づき審決取消訴訟において進歩性の有無を判断することは許されない旨主張する。しかし,拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟において,審判の手続において審理判断されていた刊行物記載の発明との対比における拒絶理由の存否を審理判断するに当たり,審判の手続に現れていなかった資料に基づき当業者の出願当時における技術常識を認定し,これをしんしゃくして上記発明との対比における拒絶理由の存否を認定判断したとしても,違法ということはできない(最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照)。
そして,上記のとおり,国際公開第94/17229号公報は,本願出願当時の技術常識の認定に用いているのであって,引用例(甲2)との対比に当たり,この技術常識をしんしゃくして拒絶理由の存否を認定判断することは,違法ではない。上記公報が本願出願約10か月前に公開された公報1件であるとしても,そのことは,上記のとおり,他の刊行物記載の事実と併せて技術常識を認定することの妨げとなるものではない。』

特許法29条の2のクレーム解釈

2006-12-03 22:24:36 | 特許法29条の2
事件番号 平成18(行ケ)10110
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年11月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一


『訂正審判請求書添付の訂正明細書のもの(下線部分が訂正箇所)
【請求項1】
 画像形成に用いた画像形成装置を特定するために,少なくとも画像形成装置ごとに割り当てられた情報を含んだ符号化パターンである2次元ビットマップ情報を該装置内で発生する手段と,
選択的に,入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する付加手段と,
 前記付加手段からの信号に基づき記録媒体上に画像を形成する手段とを有し
 前記付加手段は,
a)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する場合,前記入力画像信号に前記符号化パターンの一部を付加した信号と付加しない信号とを局所的に切り替えて出力することによって前記2次元ビットマップ情報を示す前記符号化パターンを前記入力画像信号に付加し,
b)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加しない場合,前記入力画像信号をそのまま出力する,
 ことを特徴とする画像形成装置。』


『(3) 原告は,符号化とは,「ある情報を別の表現体系へ対応づける」ことであり,処理の実態は変換であって,符号化パターンは,記号等とは異なる次元の情報であり,これにより,その作用効果にも差が生じるものであって,先願発明には,訂正発明の「2次元ビットマップ情報を該装置内で発生する手段」がないと主張する。
しかしながら,符号とは,一般に,記号の一形態を意味するものと理解されるものであって,このことは,「符号」が,「〔1〕・・・〔2〕情報を表現するための記号の配列。コードという。一般に0と1の記号が使われる。・・・」(オーム社発行の「情報技術用語大辞典」(甲8)),「情報を表現する通報の集合に対し,あらかじめ約束された規則に従って対応付けられた記号列(符号語)の集合。
各記号列は1次元的に記号を連ねて構成される。符号を構成する個々の記号列を符号語という。・・・」(電子通信用語辞典(甲9))と定義されていることからも明らかである。そして,原告の主張する作用効果の差は,符号として記号を用いる際に,予め約束された規則によって,符号として用いる記号にどの程度の秘匿性や暗号性を持たせるかということに帰するのであって,当業者が必要に応じて適宜決めればよい技術的な設計事項にすぎない。』


『,この記載によれば,先願発明は,CPUが画像メモリ内の画像データを加工しているということができる。
しかしながら,先願発明でも,上記(3)のとおり,繰返し出力の周期に対応して,記号を重ねる位置を特定し,記号を重ねる場合には,記号の2次元ビットマップ情報に基づき,局所的に切り替えて,記号を重ねるための信号を出力しているのであり,また,上記1(2)のとおり,画像メモリの出力信号が,レーザドライバに送られて半導体レーザを駆動し,印刷出力を行っているのである。
このように,先願発明は,局所的に切り替えて加工した画像データを最終的に印刷出力しているのであるから,CPU1170と画像メモリ1116からなる構成により,訂正発明の「a)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する場合,前記入力画像信号に前記符号化パターンの一部を付加した信号と付加しない信号とを局所的に切り替えて出力することによって前記2次元ビットマップ情報を示す前記符号化パターンを前記入力画像信号に付加し,b)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加しない場合,前記入力画像信号をそのまま出力する」との処理を行っていると解される。そして,訂正発明の付加手段が,まず,局所的に切り替えて画像メモリ内で加工を行い,その局所的に切り替えて加工された画像データを記録媒体に出力するという先願発明の構成を,排除することまでは特定していない。』