知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

未承認国の著作物の我が国の著作権法による保護の可否

2007-12-22 21:53:57 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)6062
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成19年12月14日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
裁判長裁判官 阿部正幸


『2 争点(2)(北朝鮮の著作物の我が国の著作権法による保護の可否)について
(1) 原告輸出入社の差止請求については,外国である北朝鮮の著作物の著作権に基づく請求であるという点で,渉外的要素を含むものであるから,準拠法を決定する必要がある。著作権に基づく差止請求は,ベルヌ条約5条(2)により,保護が要求される同盟国の法令の定めるところによることとなり,我が国の著作権法が適用される。

 また,原告らの損害賠償請求については,被侵害利益が北朝鮮の著作物の著作権ないしその利用許諾権であるという点で,いずれも渉外的要素を含むものであるため,準拠法を決定する必要がある。上記法律関係の性質は不法行為であるから,準拠法については,法例11条1項(法適用通則法附則3条4項により,なお従前の例によるとして,法例の規定が適用される。)によって決すべきである
 そして,同条項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」は,原告らに対する権利侵害という結果が生じたと主張されている我が国であるというべきであるから,本件における損害賠償請求については,民法709条が適用される。』


『(2) 著作権法6条は,同法の保護を受ける著作物は,日本国民(我が国の法令に基づいて設立された法人及び国内に主たる事務所を有する法人を含む。)の著作物(同条1号),最初に日本国内において発行された著作物(最初に国外において発行されたが,その発行の日から30日以内に国内において発行されたものを含む。同条2号)及び前2号に掲げるもののほか,条約により我が国が保護の義務を負う著作物(同条3号)に限る,と規定している。
 本件各映画著作物については,同法6条1号,2号に該当するとの主張,立証はなく,原告らは,同条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」に当たると主張している

 すなわち,原告らの主張は,ベルヌ条約3条(1)(a)が,いずれかの同盟国の国民である著作者の著作物は,この条約によって保護される旨を規定しており,北朝鮮がベルヌ条約に加入したことにより,既に同条約に加入している我が国との間にベルヌ条約上の権利義務関係が生じ,北朝鮮は我が国にとってベルヌ条約の同盟国と認められるから,本件各映画著作物は,著作権法6条3号にいう「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」に当たる,というものである。

 これに対し,被告は我が国が,北朝鮮を国家として承認していないから,我が国と北朝鮮との間でベルヌ条約上の権利義務関係は生じず,我が国は,ベルヌ条約上,北朝鮮の著作物を保護する義務を負わないとして,原告らの前記主張を争っている。

 そこで,本件各映画著作物が著作権法6条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」に当たるか否かの解釈問題として,我が国が国家として承認していない北朝鮮がベルヌ条約に加入したことにより,我が国と北朝鮮との間でベルヌ条約上の権利義務関係が生じるか否かが問題となる(この点は,著作権に基づく差止請求のみならず,著作権等を被侵害利益とする損害賠償請求においても問題となる。)。 』

『(4) 我が国の著作権法による保護の可否について
ア 北朝鮮の著作物である本件各映画著作物が,我が国の著作権法による保護を受けることができるか否かは,・・・,我が国が未承認国である北朝鮮に対してベルヌ条約上の義務を負担するか否かの問題に帰着する。

 そこで,この点についてみると,現在の国際法秩序の下では,国は,国家として承認されることにより,承認をした国家との関係において,国際法上の主体である国家,すなわち国際法上の権利義務が直接帰属する国家と認められる。
 逆に,国家として承認されていない国は,国際法上一定の権利を有することは否定されないものの,承認をしない国家との間においては,国際法上の主体である国家間の権利義務関係は認められないものと解される。

 この理を多数国間条約における未承認国の加入の問題に及ぼすならば,未承認国は,国家間の権利義務を定める多数国間条約に加入したとしても,・・・,原則として,当該条約に基づく権利義務を有しないと解すべきことになる。・・・

 我が国は,北朝鮮を国家として承認しておらず,我が国と北朝鮮との間に国際法上の主体である国家間の権利義務関係が存在することを認めていない。したがって,北朝鮮が国家間の権利義務を定める多数国間条約に加入したとしても,我が国と北朝鮮との間に当該条約に基づく権利義務関係は基本的に生じないから,多数国間条約であるベルヌ条約についても,同様に解することになる

イ もっとも,未承認国であっても,国際社会において実体として存在していることは否定されないから,国際法上の主体である国家間の権利義務関係が認められないからといって,未承認国との関係において条約上の条項が一切適用されないと解することが妥当でない場合があり得る。
 ・・・
 もとより,多数国間条約の条項のなかには,ジェノサイド条約(「集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約」)における集団殺害の防止(1条)や拷問等禁止条約(「拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」)における拷問の防止(2条)のように,条約当事国間の単なる便益の相互互換の範疇を超えて,普遍的な国際公益の実現を目的としたものが存在する。このように,条約上の条項が個々の国家の便益を超えて国際社会全体に対する義務を定めている場合には,例外的に,未承認国との間でも,その適用が認められると解される
 ・・・

ウ 原告らは,著作権の保護が普遍的な価値を有する命題であると主張する。
 そこで,著作物の保護義務を定めるベルヌ条約3条(1)(a)の条項が国際社会全体に対する権利義務に関する事項を規定するものと解し得るか,すなわち,著作権の保護(直接的には,いずれかの同盟国の国民である著作者の著作物の保護という形態)が国際社会全体における普遍的な価値を有しているかについて検討する。

 この点について,世界人権宣言は,27条2項によって,「すべて人は,その創作した科学的,文学的又は美術的作品から生ずる精神的及び物質的利益を保護される権利を有する。」と定め,著作権を国際的に保護されるべき人権の一つとして定めている
 また,ベルヌ条約は,著作権に対する国際的な保護を図るという目的を有し,その加入に何らの要件の具備も要しない開放条約であり(29条),加盟国の数は,平成19年8月末の時点で163か国に上り,多くの国が,内国民待遇の原則(5条(1))に基づき,著作物の保護に関して自国民と同様の待遇を外国人に与えている

 これらの点によれば,著作権が国際社会において保護されるべき重要な価値を有していることは明らかである

 しかしながら,ベルヌ条約自体においても,同盟国の国民を著作者とする著作物(3条(1)(a)),非同盟国の国民を著作者とする著作物のうち,同盟国において最初に発行されるか,同盟に属しない国と同盟国において同時に発行された著作物(3条(1)(b))等が保護されるにとどまっており,非同盟国の国民の著作物が普遍的に保護されているわけではない
 非同盟国の国民の著作物であっても,最初の発行地が同盟国であれば保護されるとされているものの,これは,同盟国において,最初あるいは同時の発行を促すことによって,著作物の普及を促進するとともに,これに伴う経済的な利益を獲得することを企図したものである。そこでは,同盟国という国家の枠組みが前提とされており,前国家的な非同盟国の著作者の自然権を保護するという発想は見られない

 また,同条約の他の条項においても,「・・・。」(14条の2(2)(a)),「・・・。」(7条(8))などと規定して,著作権の主体や保護期間等について,保護を行う国によって異なり得ることを許容するとともに,5条(2)において,著作権の保護の範囲及び著作権を保全するために著作者に保障される救済の方法を,保護が要求される同盟国の法令の定めるところに委ね,その保護の範囲及び方法が国によって異なる事態を想定している。さらに,35条(2)は,同盟国がベルヌ条約を廃棄することができる旨を規定し,廃棄により,条約上の権利義務関係から離脱することをも認めているところである。

 以上によれば,著作権の保護は,国際社会において,擁護されるべき重要な価値を有しており,我が国も,可能な限り著作権を保護すべきであるということはできるものの,ベルヌ条約の解釈上,国際社会全体において,国家の枠組みを超えた普遍的に尊重される価値を有するものとして位置付けることは困難であるものというほかない

 したがって,ベルヌ条約3条(1)(a)の条項は,国際社会全体に対する権利義務に関する事項を規定するものと解することができず,北朝鮮との関係で同条項の適用は認められないから,結局,我が国は,同条項に基づき北朝鮮の著作物を保護する義務を負わない。』

『エ 原告らは,TRIPS協定が台湾に発効したことにより台湾の著作物が我が国において保護される旨の文化庁の見解は,同じ未承認国である北朝鮮の著作物に関する同庁の見解と明らかに齟齬しており,未承認国である台湾の著作物を保護するのであれば,北朝鮮の著作物も保護すべきである旨主張する

 しかしながら,WTO協定は,12条1項において,「すべての国又は対外通商関係その他この協定及び多角的貿易協定に規定する事項の処理について完全な自治権を有する独立の関税地域は,自己と世界貿易機関との間において合意した条件によりこの協定に加入することができる。」とし,また,16条の「注釈」において,「この協定及び多角的貿易協定において用いられる「国」には,世界貿易機関の加盟国である独立の関税地域を含む。この協定及び多角的貿易協定において「国」を含む表現(例えば,「国内制度」,「内国民待遇」)は,世界貿易機関の加盟国である独立の関税地域については,別段の定めがある場合を除くほか,当該関税地域に係るものとして読むものとする。」と規定しており,主権国家のみならず独立の関税地域もWTO協定に加入することができ,同協定の加盟国となり得ることを前提としている。

 また,WTO協定の規定を受けて,同協定の一部であるTRIPS協定1条の脚注1も,「この協定において,「国民」とは,世界貿易機関の加盟国である独立の関税地域については,当該関税地域に住所を有しているか,又は現実かつ真正の工業上若しくは商業上の営業所を有する自然人又は法人をいう。」と定めている。

 これらの規定によれば,WTO協定及びTRIPS協定が,国家として承認されていないものでも,一定の要件の下で「独立の関税地域」として加入することができる旨定めていることは明らかである。前記2(3)エ(ア)によれば,台湾については,これらの規定にいう「独立の関税地域」として,WTO協定に加入したものであると認められる。そして,TRIPS協定9条1項は,「加盟国は,1971年のベルヌ条約の第1条から第21条まで及び附属書の規定を遵守する。」と定めていることから,「独立の関税地域」である台湾と我が国との間でTRIPS協定に基づく著作権の保護関係が生じたものであるということができる。これに対し,北朝鮮は,WTO協定に加入していないことから,我が国との間でTRIPS協定に基づく著作権の保護関係は生じていない。

 以上のとおりであるから,我が国が未承認国である台湾の著作物を保護するからといって,当然に北朝鮮の著作物も保護すべきであるということはできず,この点についての文化庁の見解に齟齬があるとはいえない。原告らの上記主張は失当である。

 また,原告らは,52年最高裁判決の法理によれば,北朝鮮の著作物もベルヌ条約により保護されるべきであると主張する。しかしながら,52年最高裁判決は,相互主義を定めた旧特許法32条の「其ノ者ノ属スル国」に未承認国であるドイツ民主共和国(東ドイツ)も含まれると判示したものにすぎず,我が国と未承認国との間に条約上の権利義務関係が生じるかという問題について判断を示したものではないから,本件とは事案を異にし,原告らの主張の根拠となるものとはいえない。
 原告らは,その主張の根拠として,北朝鮮著作権法において,同国が加入した条約の加盟国の著作権を保護する旨を規定し,北朝鮮文化省が日本の著作物を保護するとの意思表明をしていること,北朝鮮の著作物が我が国において保護されないということになると,北朝鮮において我が国の著作物が保護されないといった事態が生じ得ることを挙げる
 しかしながら,原告らの主張する上記の諸事情は,我が国政府の外交政策上の判断の考慮事情のひとつとなり得るかどうかはともかく,裁判所が,著作権法の解釈問題として,既に(4)アで述べた国家承認についての基本的な考え方と異なり,北朝鮮の多数国間条約への加入により,未承認国である北朝鮮に対し我が国が条約上の義務を負うことになるとの解釈を採用する根拠とはなり得ないというべきである。

・・・

原告らの上記主張は,いずれも採用することができない。

オ甲第20号証(鑑定意見書)中には,我が国と北朝鮮との間にベルヌ条約上の権利義務関係が生じていると解すべき根拠として,特定の既存国家が特定の加盟国を国家として承認していないからといって,その加盟国が国家ではないとの理由で,決議に必要な表決数からその加盟国を除外したり,条約発効に必要な批准,加入書の数から除外したりすることが不可能となっているという国際社会の現状を挙げる部分がある。

確かに,条約上の条項が上記のような条約上の組織等に関する事項である場合には,未承認国との関係でもその適用を認めるのが相当である
 しかし,それは,上記のような条約上の組織等に関する事項を,国家承認の有無という個別の事情によって左右されるものとすると,条約に基づく意思決定等が困難になることによるものであるということができる。本件において,著作物の保護義務を定めるベルヌ条約3条(1)(a)の条項が,このような条約上の組織等に関する事項に当たらないことは明らかである。
甲第20号証中の上記記載部分は,本件における原告らの主張を根拠付けるものとはいえない。

カ なお,北朝鮮の著作物について,非同盟国の国民の著作物として,いずれかの同盟国において最初に発行されたものである場合(ベルヌ条約3条(1)(b))等に,我が国がベルヌ条約上保護の義務を負う場合はあり得るものの,原告らにおいて,この点についての主張,立証はない

(5) 以上のとおりであるから,我が国は,北朝鮮との間でベルヌ条約上の権利義務関係を有するものではなく,北朝鮮に対し,ベルヌ条約3条(1)(a)に基づく義務を負うことはない。したがって,本件各映画著作物は,著作権法6条3号の「条約により我が国が保護の義務を負う著作物」とはいえないから,本件の差止請求及び損害賠償請求は,その前提を欠くことになる。』

外国の団体の我が国の民事訴訟における当事者能力

2007-12-22 20:43:05 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)6062
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成19年12月14日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
裁判長裁判官 阿部正幸

『1 争点(1)(原告輸出入社の当事者能力の有無)について
(1) 前記第2の1(1)に記載したとおり,原告輸出入社は,北朝鮮の行政機関である。このような外国の団体が我が国の民事訴訟において当事者能力を有するか否かは,国際民事訴訟法上の問題であるから,どの国の法が適用されるかを決定する必要がある

 当事者能力とは,民事訴訟において訴訟関係の主体である当事者となることのできる一般的な資格をいい,訴訟法(手続法)上の概念である。そして,手続については法廷地法によるべきであるから,手続法上の概念である当事者能力については,法廷地である我が国の民事訴訟法が適用されると解するのが相当である。
 そして,民事訴訟法28条によれば,当事者能力は民法その他の法令に従うとされているので,当事者能力の有無は,権利能力に関する民法その他の実体法の規定に基づいて判断される。

 もっとも,前記のとおり,原告輸出入社は,北朝鮮の行政機関であり,本件における権利能力の問題は,その主体が外国の行政機関であるという点で渉外的要素を持つため,準拠法を決定する必要がある。
 この点,行政機関の権利能力の準拠法に関しては,法の適用に関する通則法(以下「法適用通則法」という。)等に直接の定めがないから,条理に基づいて,当該行政機関と最も密接な関係がある国である当該行政機関が設立された国の法律(本国法)によると解すべきである
 国内のいかなる範囲の団体に権利能力を付与するかは,当該国の法政策上の問題であり,また,団体が享有し得る権利能力も当該国の法律の定める範囲に限定される以上,当該団体と最も密接な関係があるのは,当該団体が設立された国と解されるからである

 したがって,行政機関の権利能力の準拠法は,原告輸出入社が設立された北朝鮮の法律であると解すべきである。

 そこで,本件について検討すると,上記争いのない事実等及び証拠(甲1の1)によれば,北朝鮮の国内において施行,適用されている北朝鮮民法12条2項は,「機関,企業所,団体は,当該機関に登録されたときから民事上の権利を有し,又は義務を負うことができる民事権利能力とそれ自身が直接実現することができる民事行為能力を有する。」と規定していること,ここにいう「機関」とは,国家行政機関を意味すること,原告輸出入社は,北朝鮮の国家行政機関である文化省によって登録された同省傘下の行政機関であること,がそれぞれ認められる。

 上に認定した事実によれば,原告輸出入社は,北朝鮮民法12条2項の登録がされた北朝鮮文化省傘下の行政機関に当たるから,同条項により権利能力を有していると認められる。

 以上によれば,原告輸出入社は,準拠法である北朝鮮の法律によって権利能力を付与されているから,民事訴訟法28条により当事者能力を有するというべきである。

(2) 被告は,当事者能力が認められるのは,本国法上権利能力を有しているだけでは足りず,我が国でも権利能力が認められることが必要であり,我が国では行政機関に権利能力が認められていないから,北朝鮮の行政機関である原告輸出入社には権利能力が認められず,当事者能力も認められないと主張する。

 しかしながら,民事訴訟法28条は,本国法上権利能力を有する者に当事者能力を認めることとしていると解すべきことは前記のとおりであり,同条の解釈として,当事者能力が認められるためには更に我が国の法令上も権利能力が認められることを必要とすると解することはできない。

 被告は,本国法で訴訟能力が付与された者であっても,我が国の訴訟手続の規制等に服し得る実態を有しているとは限らないため,訴訟手続に混乱をきたすことになりかねないと主張する。
 しかしながら,上記のような問題点は,民事訴訟法28条の解釈としてではなく,個別の事案において,法適用通則法42条の公序良俗違反の解釈の問題として解決されるべきものであると考えられる。
 そして,我が国においても,平成16年法律第84号による改正前の行政事件訴訟法11条1項は,処分等取消しの訴えについて行政庁が被告適格を有するとして,その限度で当事者能力を認めていたのであり,また,個別の法律においても同様に行政庁の被告適格を認めている場合がある(特許法178条1項,179条等)。加えて,証拠(甲1の2,3)によれば,原告輸出入社は,「映画輸出及び輸入,映画合作及び注文製作,技術協力」に関する権限を有し,北朝鮮映画の著作権等を行使する国家映画会社であるとされていることが認められるのであり行政機関とはされているものの,その実質は,むしろ,我が国における私法人に近いということができる。

 そうであれば,原告輸出入社が,行政機関であることをもって,我が国の訴訟手続の規制等に服し得る実態を有していないとはいえず,訴訟手続に混乱をきたすともいえないから,原告輸出入社に当事者能力を認めたとしても,公序良俗に反するということはできない。被告の上記主張は採用することができない。

(3) 以上のとおり,原告輸出入社は,その本国法である北朝鮮の法律によって権利能力が付与されているから,民事訴訟法28条により,当事者能力を有する。』

相違点を個別に判断してはいけない場合

2007-12-16 11:36:16 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10169
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年12月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第4 当裁判所の判断
1 原告は,本願発明1の目的について,「被粘着側のフィルムが薄いことと,この薄いフィルムに対して引き裂くことなしに複数回粘着と剥離を繰り返すことができるということの双方を同時に満たすところにある」とし,本願発明1は,このような目的を達成するために「包装本体の厚さとテープファスナの『動的剪断強度』なる物性値の双方を構成として規定している」ところ,審決は,相違点1,2について個別に判断したために進歩性の判断を誤ったと主張する

 原告の上記主張に理由があるというためには,本願明細書の特許請求の範囲の記載や発明の詳細な説明の記載から,審決が認定した相違点1,2に係る本願発明1の構成が互いに関連していることが裏付けられる必要があるほか,引用文献に記載された発明に基づいて,相違点1に係る構成と同2に係る構成を同時に採用することに阻害要因があるなど,本件特許出願当時の技術常識から,当業者が上記各相違点に係る構成を同時に採用することが容易であるということができない事情が認められる必要がある。・・・』

『・・・
3 特許請求の範囲の記載及び上記2の本願明細書の記載によると,請求項1には,フィルム包装紙の厚さと接着ファスナシステムの動的剪断強度について個別に記載されており,本願明細書には,その技術的意義に関して,フィルム包装紙は,他の補強する手段を要しなくとも破れることがないよう,また材料コストを減少させる観点から,厚さを約0.020㎜(0.8mil)~約0.036㎜(1.4mil)にした比較的薄いものを採用することが記載されているものの,動的剪断強度との関連でその厚さを決定したかどうかや,動的剪断特性を約900g/cmよりも大きくした場合に,フィルム包装紙の厚さを変化させるべきかどうかについての明確な記載は見当たらないといわざるを得ない。

 そうすると,本願明細書において,本願発明1のフィルム包装紙の厚さと接着ファスナシステムの動的剪断強度についての事項が,相互に技術的な関連性を有する事項として記載されているとまでいうことはできないから,審決が相違点1と同2を認定した上,個別に判断したことに誤りはないというべきである。』

通常実施権者に独占的通常使用権が認められなかった事例

2007-12-15 22:24:03 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10169
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年12月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第4 当裁判所の判断
1 原告は,本願発明1の目的について,「被粘着側のフィルムが薄いことと,この薄いフィルムに対して引き裂くことなしに複数回粘着と剥離を繰り返すことができるということの双方を同時に満たすところにある」とし,本願発明1は,このような目的を達成するために「包装本体の厚さとテープファスナの『動的剪断強度』なる物性値の双方を構成として規定している」ところ,審決は,相違点1,2について個別に判断したために進歩性の判断を誤ったと主張する

 原告の上記主張に理由があるというためには,本願明細書の特許請求の範囲の記載や発明の詳細な説明の記載から,審決が認定した相違点1,2に係る本願発明1の構成が互いに関連していることが裏付けられる必要があるほか,引用文献に記載された発明に基づいて,相違点1に係る構成と同2に係る構成を同時に採用することに阻害要因があるなど,本件特許出願当時の技術常識から,当業者が上記各相違点に係る構成を同時に採用することが容易であるということができない事情が認められる必要がある。・・・』

『・・・
3 特許請求の範囲の記載及び上記2の本願明細書の記載によると,請求項1には,フィルム包装紙の厚さと接着ファスナシステムの動的剪断強度について個別に記載されており,本願明細書には,その技術的意義に関して,フィルム包装紙は,他の補強する手段を要しなくとも破れることがないよう,また材料コストを減少させる観点から,厚さを約0.020㎜(0.8mil)~約0.036㎜(1.4mil)にした比較的薄いものを採用することが記載されているものの,動的剪断強度との関連でその厚さを決定したかどうかや,動的剪断特性を約900g/cmよりも大きくした場合に,フィルム包装紙の厚さを変化させるべきかどうかについての明確な記載は見当たらないといわざるを得ない。

 そうすると,本願明細書において,本願発明1のフィルム包装紙の厚さと接着ファスナシステムの動的剪断強度についての事項が,相互に技術的な関連性を有する事項として記載されているとまでいうことはできないから,審決が相違点1と同2を認定した上,個別に判断したことに誤りはないというべきである。』

不正競争防止法1条1項1,2号の営業表示の類否の判断事例

2007-12-10 07:01:50 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)2261
事件名 不正競争行為差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成19年12月04日
裁判所名 大阪高等裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 若林諒


『第3 当裁判所の判断
1 争点1(被控訴人表示は控訴人表示に類似するか)について
 当裁判所も被控訴人表示が控訴人表示に類似するとは認められず,被控訴人による被控訴人表示の使用が不競法2条1項2号又は1号の不正競争に当たらないと判断する。その理由は,原判決「事実及び理由」第4・1記載のとおりであるからこれを引用する。
 控訴人は,控訴人・被控訴人表示は「食堂」の文字を共に有し,表示が白地の上に表記されている点で共通するし,また,控訴人表示の「ごはんや」の文字と被控訴人表示の「めしや」の文字は同じ意味であり,両表示は類似すると主張する

 しかるに,ある営業表示が不正競争防止法1条1項1,2号にいう他人の営業表示と類似のものか否かを判断するに当たっては,取引の実情のもとにおいて,取引者,需要者が,両者の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのを相当とするところ(最高裁昭和58年10月7日第2小法廷判決・民集37巻8号1082頁参照),
 上記引用に係る原判決の認定・説示のとおり,控訴人表示は「ごはんやまいどおおきに(しょくどう)○○しょくどう」との称呼を生じ,そのうち控訴人店舗のロゴとして使用・表示されている「まいどおおきに食堂」の部分が控訴人の営業表示としての高い識別性を有し,控訴人表示は一連に称呼するにしては冗長であり前半の「まいどおおきに(しょくどう)」との称呼も生じさせるものであること,
 被控訴人表示は「めしやしょくどう」との称呼を生じさせるところ,被控訴人の複数の「めしや」ブランドの店舗が相当数存在することから「めしや」との称呼も生じさせるものであること,双方の表示に共通する「食堂」は,役務提供の場所,役務提供の用に供する物を普通に用いられる方法で表示するものにすぎず,特定の営業主体を表示する識別標識とはいえないこと等からすれば,控訴人表示については「まいどおおきに」,被控訴人表示については「めしや」の部分に営業主体の識別力が存在すると認められ,その相違の程度からすると,
 「ごはんやまいどおおきに(食堂)○○食堂」ないし「まいどおおきに(食堂)」と,「めしや食堂」ないし「めしや」とは,外観,称呼及び観念が類似するとは認められず,その相違の程度は,双方の表示が「食堂」との文字を有する点,白地の上に表記されている点,「ごはんや」と「めしや」の表記の意味するところが同じである点などが共通することをもっても,とりわけ外観,称呼においてなお大きく,被控訴人表示は控訴人表示に類似するとは認められない。』

課題が自明だが実現困難な発明の実施可能性の判断

2007-12-09 23:29:58 | 特許法36条4項
事件番号 平成18(行ケ)10015
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法36条4項及び5項の要件判断の誤り)について
 請求項1の記載では,単に1cm^2 当たり10^3 ~10^6 箇所の決められた位置に,10^3 ~10^6 種類の基板表面成分が存在するという基板表面成分の密度が規定されているにすぎない。また,本件明細書をみても,上記の数値範囲の前後において,基板が有する固有の性質,構造が特別に変化することを示す記載はない。

 しかし,本件発明のような解析装置において,基板表面成分の密度を高めることが課題であって,その課題が自明のものであったとしても,従来,高密度化が技術的に実現困難であったものが,発明によって高密度化を実現した場合には,特許を受ける可能性があるのであり,その場合には,従来実現が困難であったが,発明により実現が可能となった密度の数値範囲を発明を特定する要素の一つとして規定することは妨げられない
 したがって,請求項1の記載が特許法36条4項及び5項の要件を満たしているか否かは,本件発明により高密度化が技術的に実現されたことを前提として判断すべきであるところ,取消事由2において本件出願の実施可能要件(特許法36条3項)が争われているから,まず,この点から判断することとする。

2 取消事由2(特許法36条3項の要件判断の誤り)について
 本件発明に係る解析装置は,1cm^2 当たり10^3 ~10^6 箇所の決められた位置に,10^3 ~10^6 種類の異なる基板表面成分を表面に有する基板を備えるものであるから,発明の詳細な説明に,本件発明を容易に実施することができる程度に記載されている(特許法36条3項)というためには,10^3 ~10^6 /1cm^2 という成分密度で,各成分が基板上に存在するものを製造することができ,かつ,それが解析装置として使用可能なものであることが示されている必要がある

 原告は,黄桃事件判決を挙げて,本件発明の実施可能性を判断する上では,収率は問題にならないと主張するが黄桃事件判決は
「発明は,自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であるが,その創作された技術内容は,その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならないから,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明としては未完成のものであって,特許法二条一項にいう『発明』とはいえない(最高裁昭和三九年(行ツ)第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決・民集二三巻一号五四頁参照)。したがって,同条にいう『自然法則を利用した』発明であるためには,当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること,すなわち,反復可能性のあることが必要である。そして,この反復可能性は,『植物の新品種を育種し増殖する方法』に係る発明の育種過程に関しては,その特性にかんがみ,科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り,その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。けだし,右発明においては,新品種が育種されれば,その後は従来用いられている増殖方法により再生産することができるのであって,確率が低くても新品種の育種が可能であれば,当該発明の目的とする技術効果を挙げることができるからである。」
と判示しているのであり,植物の育種という技術分野の「特性にかんがみ」,植物の再現の「確率が高いことを要しない」と判断したものである

 したがって,本件発明のような「解析装置」についての発明の実施可能性の判断にまで,黄桃事件判決の趣旨が及ぶものではない本件発明は「装置」の発明である以上,常に一定の効果を発揮するからこそ「発明」ということができるものであり,当業者が反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならない。また,明細書の記載は,当業者が容易に反復して発明の実施をすることができる程度のものでなければならない。』

『(2) ペプチド鎖を基板表面成分とする解析装置について
・・・
 原告は,本件発明が高密度アレイの提供により画期的なブレイクスルーを成し遂げた世界的なパイオニア発明であると主張しているから,本件発明においては,高密度であること,すなわち単位面積当たりの領域数の多さと配列の多様性(基板表面成分の種類の多さ)が重要な意味を有するものと認められる。しかし,本件明細書には,上記のように,低密度で,少ない多様性の基板の製造例・実験例しか記載されていない
・・・

e  以上のとおり,キャッピング工程を各サイクルに設けることが本件明細書に記載されているとは認められない。
 また,本件優先日当時において,基板上におけるポリマー合成の分野において,キャッピング工程を各サイクルに設けて解析の際のノイズを減少させるという技術思想がたとえ周知のものであったとしても,キャッピング工程を各サイクルに設けることが本件明細書の記載から自明な事項であるとはいえない

オ 基板表面成分の密度について
 原告は,所定の成分密度の達成は「基板上に1cm^2 あたり10^3 ~10^6 箇所の領域を作り得るか否かということに他なら(ない)」と主張する
 確かに,単に上記のような領域を光照射の段階で他の領域と区別して作る点に関しては,半導体技術の技術レベルを参酌するまでもなく,前記(2)アaのGの実験にあるとおり,本件明細書の記載からも達成することができることは認められる。しかし,請求項1に記載されているものは,区画として所定の密度の領域を形成するだけでなく,他の領域の成分とは異なる種類の成分を有する領域を所定の種類分(10^3 ~10^6 種類)形成することであり,何十サイクルもの光照射,化学的カップリング反応を経た場合に,どの程度の成分密度が達成されるかは,フォトリソグラフィー技法の解像度に関する技術をそのまま適用して達成することができるものとは認められない。』

『(5) 実施可能要件についての結論
 以上のとおり,本件請求項1~14に記載される基板に関する成分の密度についての数値範囲及び請求項10及び11に記載される成分の純度についての規定がいずれも本件明細書中で技術的に裏付けられていないから,本件明細書は,各請求項に記載された発明を当業者が容易に実施することができる程度に記載されていない。したがって,本件明細書の記載が特許法36条3項の要件を満たさないとした審決の判断に誤りはない。』



請求項の記載と効果の主張

2007-12-09 12:47:14 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10105
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『2 本願発明1の意義について
(1) 本願発明1は,前記第3の1(2)のとおり,「TNFのその受容体への結合の妨害能を有しTNFの作用を遮断できる,溶解型TNF-Rのマルチマーまたはその塩であって,該マルチマーはTBP-Iからなる,あるいはTBP-IとTBP-IIの混合物からなる,溶解型TNF-Rのマルチマーまたはその塩。」というものである。

(2) 本願明細書(甲8)には,「発明の詳細な説明」として,次の記載がある。
・・・

 本願発明1は,細胞表面受容体の細胞外ドメインの可溶性の部分からなる(同受容体の細胞内ドメインの部分は含まれない)「溶解型TNF-Rのマルチマー」が,細胞表面受容体と競合して,TNFと結合することによって,TNFのその受容体への結合が妨害され,TNFの作用を遮断できるというものであると認められる。さらに,本願発明1の「溶解型TNF-Rのマルチマー」は,このように,TNFのその受容体への結合を妨害し,TNFの作用を遮断できるので,TNFの細胞破壊作用に対して防御効果を与えることができるものであると認められる

(4) 原告は,本願発明1の構成は,ヒトp55-TNF-RがTNFに暴露された細胞中で凝集型になって存在していることを見い出したことにより,当該凝集体について,一方において【1】「機能性受容体の凝集がこれらの受容体の活性に必要なこと」及び他方において【2】「この凝集における非機能性受容体の関与がTNF機能の効果的な阻害を生じること」をそれぞれ解明し,そのうち【2】の新規知見に基づき採択されたものである,と主張する

 確かに,前記(2)ウのとおり,本願明細書(甲8)の発明の詳細な説明には,「本発明者らは,TNF-Rが,TNFに暴露された細胞中で凝集型になって存在することを見出したのである。」(段落【0018】)と記載され,それに続いて,「これは,標識TNFに架橋によって付着させたヒトp55-TNF-Rの完全長,C末端切断型の分析によって明らかにされた。
この目的で本発明者らはcDNAの特定部位の突然変異により,ヒトp55-TNF-Rの切断型を精製させ,これをマウスA9細胞内で発現させた。
放射標識TNFをこれらの細胞に適用しTNF-Rに化学的に架橋させた。
TNF-Rは界面活性剤で可溶化し,ヒト受容体に特異的な抗体を適用して,ヒト受容体を免疫沈殿させ,ついで受容体の凝集の結果として,マウス受容体がヒト受容体と非共有結合的に会合するかどうかを検査した。」(段落【0019】)と記載されている。

 そして,本願明細書(甲8)の例1(段落【0037】~【0040】),例2(段落【0041】~【0048】)及び図1~5には,ヒトp55-TNF-Rの細胞内領域の一部を欠失したものは,欠失がないものに比べて,TNFの細胞破壊作用が阻害されることが示されているということができる。

 しかし,前記(1)の本願発明1の特許請求の範囲には,原告が主張する上記【1】【2】についての記載はないから,本願発明1が,原告が主張するようなものであると認めることはできない。』

『7 取消事由3(本願発明1の効果についての判断の誤り)について
(1) 本願発明1の技術的意義は,前記2のとおりであるところ,このような本願発明1の効果について本願明細書(甲8)に実験結果等のその裏付けとなる具体的な記載がないことは明らかであって,その効果については従来技術から予測される範囲を超えるものとはいえないから,その旨の審決の判断に誤りはない。』

(所感)
 効果を主張するためには、その効果をそうするための構成を請求項に記載し、その効果を裏付ける実験等の記載が記載されている必要があるということであろう

商標法50条2項の「正当な理由」の解釈

2007-12-09 12:20:12 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10228
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹


『第2 事案の概要
本件は,原告が,被告を商標権者とする後記登録商標(以下「本件商標」という。)につき,被告は商標登録取消審判請求の登録前3年以内に日本国内においてその指定商品についての使用をしていないとして,商標法50条1項の規定に基づき本件商標に係る商標登録の取消審判を請求したところ,特許庁は,被告が同審判請求の登録前3年以内に日本国内において本件商標をその指定商品に使用していないこと(以下「本件不使用」という。)について正当な理由があるものと認め,本件審判の請求は成り立たないとの審決をしたため,原告が,同審決の取消しを求める事案である。』


『第4 当裁判所の判断(「本件不使用に係る正当な理由についての認定判断の誤
り」について)
1 法所定の正当な理由について
(1) 「法所定の正当な理由があること」とは,地震,水害等の不可抗力によって生じた事由,放火,破壊等の第三者の故意又は過失によって生じた事由,法令による禁止等の公権力の発動に係る事由その他の商標権者,専用使用権者又は通常使用権者(以下「商標権者等」という。)の責めに帰すことができない事由(以下「不可抗力等の事由」という。)が発生したために,商標権者等において,登録商標をその指定商品又は指定役務について使用することができなかった場合をいうと解するのが相当である。

(2) そして,法所定の正当な理由は,登録商標の不使用を正当化し,当該不使用による商標登録の取消しを免れるための事由であるから,不可抗力等の事由の発生と登録商標の不使用との間には,因果関係が存在することを要するものと解すべきである

 もっとも,当該因果関係が存在するというために,原告が主張するような,登録商標を使用する予定の商品の商品化について具体的な計画が存在し,当該商品が生産準備中であって,予告登録日までに登録商標を使用したことが確実であったが,不可抗力等の事由が発生した結果,登録商標の使用ができなかったなど,登録商標の使用の実現可能性が,不可抗力等の事由の発生前に具体化していることを要するものと解することはできない
 なぜなら,商標法50条1項及び2項本文が商標登録の取消事由として規定するのは,予告登録前3年間の継続した不使用であり,その期間内に登録商標の使用の事実があれば,当該取消事由は存在しないことになるところ(当該使用につき,同条3項本文の事由がある場合は別論である。),登録商標をどのように使用するかは,基本的には,商標権者等の経営判断等,商標権者等の側の事情により決し得るものであって,例えば,結果的には不可抗力等の事由が発生してしまったが,仮にその発生がなかったとすれば,その時点から予告登録時までの間に,登録商標の使用の実現可能性が初めて具体化し,かつ,当該期間内に登録商標の使用に至ることができたというような事態(この場合には,商標登録の取消事由は存在しないこととなる。)も十分考えられるにもかかわらず,このような場合にまで,商標権者等に対し,原告が主張するような,不可抗力等の事由の発生前における登録商標の使用の具体的可能性に基づく因果関係の主張立証を求めるとすると,商標権者等に不可能を強いることになるからである。
 そうすると,不可抗力等の事由の発生と登録商標の不使用との間に因果関係が存在するというためには,不可抗力等の事由が発生した時点における,商標権者等の登録商標使用の具体的準備の有無・程度を前提とし,その時点から予告登録までの間が,仮に当該不可抗力等の事由の発生がなかったとすれば,登録商標の使用に至ることができたと認めるに足りる程度の期間であり,かつ,当該不可抗力等の事由が,その発生により,上記期間内に商標権者等が登録商標の使用に至ることを妨げたであろうと客観的に認め得る程度のものであることを要し,かつ,それで足りるものと解するのが相当である。

(3) なお,原告は,不可抗力等の事由の発生前の継続した不使用の事実又は状況をも併せて法所定の正当な理由の有無につき判断すべきである旨主張するが,上記のとおり,商標法50条1項及び2項本文が商標登録の取消事由として規定するのは,予告登録前3年間の継続した不使用であり,その期間内に登録商標の使用の事実があれば,当該取消事由は存在しないことになることに照らせば,上記原告の主張を採用することはできない
 (原告が引用する裁判例(東京高裁昭和56年11月25日判決・無体集13巻2号903頁)は,予告登録前3年以内に,商標権の移転及び使用許諾契約の締結があったという事案において,単にその移転又は許諾後の事情のみならず,それ以前の継続した不使用の事実ないし状況が,予告登録前3年以内の不使用事実として,前後通じて判断されるべきものであり,商標権の譲渡又は使用権の許諾後のみについてみると,当該登録商標の使用の前提として必要な行為がたとえ遅滞なく行われたとしても,そのことだけでは,直ちに不使用についての正当な理由があるものということはできない旨を説示したものであって,正当な理由として,不可抗力等の事由の発生が主張されている本件とは,事案を異にするものである。)。』

『(3) そこで検討するに,本件各大地震により被告が被った被害が,被告の責めに帰すことができない不可抗力により,本件予告登録前3年以内に生じた事由であることはいうまでもなく,とりわけ,平成16年12月の大地震は,本件予告登録時の約半年前に発生したものであるところ,その時点における被告による本件商標使用の準備行為の有無・内容を明らかにする証拠はないが,仮に,その準備が全くなかったとしても,本件商標に係る指定商品にかんがみて,本件予告登録までの期間は,本件各大地震の発生がなかったとすれば,本件予告登録時までの間に,被告が本件商標の使用に至ることができたと認めるに足りるものということができる。
 そして,上記(1)及び(2)のとおり,平成16年12月の大地震は,・・・,未曾有の天変地異であり,また,平成17年3月の大地震も,・・・大災害であったといえるところ,平成16年12月の大地震の半年後で,本件予告登録がされた平成17年6月においても,インドネシア国政府の復興事業は目立った進捗をみず,・・・,さらに,同大地震の1年後である同年12月においても,・・・にあるというのであり,そのような大災害により,被告の本件各営業所も,壊滅的な打撃を受けたものである。

 そうすると,被告は,平成16年12月の大地震により,まず,アチェ地方所在の営業所につき壊滅的な打撃を受けるという直接的な物的被害を被ったのみならず,被告が同営業所の従業員らを少なからず失い,同営業所による収益もほとんど失った上,追い打ちをかけるように,平成17年3月の大地震により,ニアス島所在の営業所につき壊滅的な打撃を受け,同様の被害を被ったことが容易に推認されるほか,上記のとおりの政府の復興事業の進捗状況等にも照らせば,被告は,そのような甚大かつ深刻な被害を被ったことにより,本件予告登録時までの間,会社の総力を結集するなどして被害回復に務めることを余儀なくされたであろうこともまた,容易に推認されるというべきである

 そうであれば,本件各大地震による被害が発生したことにより,平成16年12月の大地震発生から本件予告登録までの期間内に,被告が,日本国内において,本件商標をその指定商品につき使用することが妨げられたものと認めるのが相当であるから,本件においては,本件不使用について正当な理由があることが明らかにされたものというべきである。』

技術常識を参酌した請求項及び引用例の認定をした事例

2007-12-07 06:54:26 | 特許法29条の2
事件番号 平成19(行ケ)10022
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『第3 当事者の主張
・・・
(2) 発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1ないし11から成るが,そのうち請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりである。
「【請求項1】pH感応性分散剤を配合し,顔料が分散されている第1のインクでプリント媒体上にプリントし,
次に,前記第1のインクの分散された顔料を前記プリント媒体上で析出させるのに適切なpHの第2のインクでプリントし,第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすることで,
第1及び第2のインクの境界において1つの色が他の色へ侵入する二色間におけるにじみを減少させることを特徴とするインクジェット・プリント方法。」』

『第4 当裁判所の判断
・・・
(3) そこで検討するに,本願発明と先願発明が前記第3の1(3)イの〈一致点〉及び〈一応の相違点〉のとおり一致ないし一応相違することは当事者間に争いがなく,これによれば,先願発明におけるpH値を異にする組成からなる顔料系及び染料系インクの使用という課題解決手段の点及び被記録材上で両インクが交わることによって顔料系インクが凝集し,被記録材表面に固着するという作用効果の点については,実質的にみて本願発明と差異がないと理解できるものの,両インクを同一地点に着弾させるという先願発明の課題解決手段は,本願発明における両インクを隣接させる方法と同一であるとはいえない

 しかし,先願発明におけるカラー画像(上記(2)ア(キ))の記録を実施した場合,通常,当該カラー画像は黒色領域とカラー領域との混交により形成されるものであるから,その形成過程において,顔料系ブラックインクと染料系カラーインクとを同一地点に着弾させる場合だけでなく,顔料系ブラックインクの着弾地点と異なる地点に染料系カラーインクを着弾させる場合があり,そのカラー画像の内容によっては,両インクが隣接して着弾され,その結果両インクの接触に至ることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識に照らして自明の事項である。そして,顔料系ブラックインクと染料系カラーインクの両インクが上記のように接触した場合,必然的に顔料系インクが凝集し,被記録材表面に固着するという作用効果が得られることは,上記の先願発明の作用効果に照らして明らかである。

 以上のとおり,当業者の技術常識を参酌すれば,「第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすること」は先願明細書に記載されているに等しい事項であると認められ,このことに,先願発明に関する上記課題,課題解決手段,作用効果を併せ考慮すれば,「第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすることで,第1及び第2のインクの境界において1つの色が他の色へ侵入する二色間におけるにじみを減少させる」という発明を把握することができる
 そうすると,このような発明と本願発明は実質的に同一であるということができるから,本願発明は特許法29条の2の規定により,特許を受けることができないというべきである。』

『イ 次に原告は,本願発明は第1のインクと第2のインクとの間に境界が生ずるように第1及び第2のインク領域をプリントすることを前提とするものであり,第1のインクと第2のインクが重複することは予定されていないから,本願発明が第2のインクを第1のインクの一部と同一地点に着弾させる発明を含んでいるとの審決の認定は誤りである旨,また,仮に,本願発明において,インクが重複する態様は排除されていないと解したとしても,その重なり合いはごく一部にすぎないのに対し,先願発明は顔料系ブラックインク(第1のインク)のプリント領域全面について重なり合いを有する点で,両者の態様は全く異なる旨主張する

しかし,前記(3)に述べたところから明らかなとおり,先願明細書の記載に加えて当業者の技術常識を参酌することにより把握される発明と本願発明とが実質同一であることは,第1のインクと第2のインクが隣接し,かつ,これらが接触することで第1のインクが凝集するという本願発明の技術的特徴を前者が有していることから認められるのであって,このことは,両インクを同一地点に着弾させる(両インクが重複する)という先願発明の課題解決手段を本願発明が備えているか否かにより左右されるものではない。したがって,その余を検討するまでもなく,原告の上記主張は理由がない。』

『ウ さらに原告は,本願発明における「色と色の境目」とは,「第1のインクの色」と「第2のインクの色」の境目を意図しているものと考えるべきであって,「第1のインクの色と第2のインクの色の混色」と「第2のインクの色」との境目も包含されるとの被告の解釈は誤りである旨主張する

 しかし,前記(1)イに述べたとおり,本願発明は,異なる色領域が隣接する場合,これらの色領域を生成するインク同士が接触するとにじみが発生することから,これを抑制するため,異なる色領域を生成する各インクの組成につき,一方をpH感応性着色剤を含むもの,他方を適切なpHの他のインクとし,これらが異なる色領域の境界において接触することで,一方のインクが凝集,固着するという技術的特徴を有するものであるから,
 このような本願発明の技術的特徴を踏まえれば,「第1及び第2のインクの境界」とは,接触により着色剤が不溶化(着色剤が溶液から析出)するという特定の組成を有するインク同士の境界を指すものと解すべきであるし, 「色と色の境目」とは,接触により着色剤が不溶化(着色剤の溶液からの析出)するという特定の組成を含有するインクにより生成される色領域が隣接する場合の境目を指すものと解すべきである。』


審判の対象・範囲,無効審決の効力の及ぶ指定商品の範囲が曖昧であるにもかかわらずした無効審決

2007-12-02 23:24:06 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10172
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『4 審理手続等の誤りについて
 審決は,被告の無効審判請求が,本件商標の指定商品中「これらの類似商品」についての登録を無効とすることを含むものであり,審判の対象・範囲,無効審決の効力の及ぶ指定商品の範囲が曖昧であるにもかかわらず,審判手続の過程で適切な措置を採らず,「これらの類似商品」を含めて無効審決をした点において,手続等に違法がある。この点は,念のために述べるものである。

(1) 法46条1項本文は,「商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは,その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において,商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては,指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。」と規定する。これは,特定の指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」という。)に係る部分についてのみ無効理由がある場合に,商標登録全体を無効とするのは相当でないとの趣旨から,商標登録の一部についての無効を認めることとしたものと解される。

 商標登録に係る指定商品等が二以上の商標登録について,二以上の指定商品等について無効審判を請求したときは,その請求は指定商品等ごとに取り下げることができること(法56条2項により準用される特許法155条3項),指定商品等が二以上の商標登録又は商標権については,商標権の消滅後の無効審判請求(法46条2項)や商標登録を無効にすべき審決の確定及びその効果(法46条の2)などにつき,指定商品等ごとに商標登録がされ,又は商標権があるものとみなされること(法69条)を併せ考えれば,商標登録に係る指定商品等が二以上のものに係る無効審判請求においては,無効理由の存否は指定商品等ごとに独立して判断されるべきことになる。

 そして,無効審判請求における「請求の趣旨」は,審判における審理の対象・範囲を画し,被請求人における防御の要否の判断・防御の準備の機会を保障し,無効審決が確定した場合における登録商標の効力の及ぶ指定商品等の範囲を決定するものであるから,その記載は,客観的かつ明確なものであることを要するというべきである。したがって,「請求の趣旨」に,登録を無効とすることを求める指定商品等として,「・・・類似商品」,「・・・類似役務」など,その範囲が不明確な記載をすることは,請求として特定を欠くものであって,許されないというべきである。

(2) 本件についてみるに,被告は,前記第2,1のとおり,本件商標の指定商品中「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」についての登録を無効とすることを求めて,審判請求をした。被告が無効とすることを求めた指定商品の範囲は,商標法施行規則別表において「被服」に含まれる商品群として掲げられた「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽」にとどまらず「これらの類似商品」を含むという点において,これを明確に把握することが困難である。
 仮に,被告の請求をすべて認める無効審決が確定した場合,本件商標に係る登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲は,第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」から「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」を除外した指定商品となるが,その範囲は,「これらの類似商品」が除かれる結果として,客観的明確性を欠き,法的安定性を害する。

 したがって,被告による本件商標に対する無効審判の請求のうち,指定商品中「これらの類似商品」に係る部分は,審判の対象・範囲が不明確であるとともに,無効審決が確定した場合において登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲を曖昧にするものであるから,適法な審判請求とは認められない。よって,審決中,本件商標の指定商品のうち「これらの類似商品」についての登録を無効とするとした部分は,審決の内容のみならず,審判手続の面からも違法といえる。

 本件商標の無効審判を審理する審判体としては,実質的な審理を開始するに先だって,まず,釈明権を行使するか,補正の可否を検討する等の適宜の措置を採るべきであり,そのような措置を採ることなく,漫然と手続を進行させた審判手続のあり方は妥当を欠く点があったというべきである。

(3) 商標権が設定登録された場合には,商標とともに指定商品等が商標権の範囲となるものであって(法27条),商標権者は,指定商品等について登録商標の使用をする権利を専有し(法25条),指定商品等及びこれに類似する商品・役務について他人の登録を阻止し(法4条1項11号),使用を禁止することができる(法36条,37条)のであるから,指定商品等の内容及び範囲は,少なくとも指定商品等に係る取引者,需要者にとって明確であり,指定商品等が具体的にどのような商品・役務であり,これにどのような商品・役務が含まれるのかが明らかである必要があることは,いうまでもない。したがって,指定商品等について,「・・・類似商品」,「・・・類似役務」,あるいは,「ただし・・・類似商品を除く」,「ただし・・・類似役務を除く」など,その範囲が不明確な記載をすることは許されるべきではない

 また,設定登録時には,指定商品等の範囲が客観的に明確であるにもかかわらず,法50条に基づく商標登録の取消審判請求に対する審判手続における適切を欠いた審理の結果,後発的に指定商品等の範囲の明確性が失われる場合も散見されるところであり(知的財産高等裁判所平成19年6月27日判決・平成19年(行ケ)第10084号審決取消請求事件,同平成19年10月31日判決・平成19年(行ケ)第10158号審決取消請求事件参照),このような運用はすみやかに改善されるべきものと考える。』


法4条1項10号の判断事例

2007-12-02 22:58:47 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10172
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

審決は,「本件商標に接する取引者,需要者は,これらの事実よりただちに被請求人に係る業務を想起し認識するというよりも,むしろ,前記のとおり周知となっている請求人に係る業務を表示するものとして認識し把握するものとみるべきであり,この状態は,本件商標の出願時を含む登録時においても同様であり,本件商標は,請求人に係る引用商標の周知性を上回るということはできないというのが相当である。」(審決書11頁3行~8行)と認定したが,これに対して,原告は,本件商標は,その出願時及び査定時において,原告の業務に係る被服やファッション関連商品を表示するものとして,また,B系ファッションブランドとして,高い周知性を獲得しており,これに接する取引者,需要者が,原告に係る業務を想起し,認識するものであって,引用商標を上回る周知性を獲得していたというべきである旨主張する

 しかし,法4条1項10号の規定にいう周知商標の使用者が複数存在する場合には,出願時を基準として,いずれの使用者も商標登録を受けることができないと解すべきであり(平成3年法律第65号附則5条2項参照),本件商標が引用商標の周知性を上回るものであったとしても,そのことが審決の結論を左右するものではないから,原告の上記主張は審決を取り消すべき理由に当たらない。』

『(1) 法4条1項10号は,「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて,その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」については,商標登録を受けることができない旨規定している。

 法4条1項10号における商標の類否は,法4条1項11号の場合と同様に,対比される両商標が同一又は類似の商品・役務に使用された場合に,商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであり,誤認混同を生ずるおそれがあるか否かは,そのような商品・役務に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者及び需要者に与える印象,記憶,連想等を考察するとともに,その商品・役務の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に照らし,その商品・役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断すべきものと解される(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。

・・・

以上によれば,引用商標から,「シュープ」の称呼が生じる旨認識している需要者は,被告が広告宣伝を行ってきた「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」に関心を抱く需要者層であって,本件商標が使用された商品に関心を抱く「セクシーなB系ファッション」の需要者層やそれ以外の一般消費者ではないといえる。
 結局,被告が広告宣伝を行ってきた需要者層以外の消費者については,引用商標から「シュープ」の称呼が生じると認識することはなく,上記認定した取引の実情等を総合すれば,称呼を共通にすることによる混同は生じないということができる

 その他,本件商標と引用商標とは,観念においては対比できないものの,外観においては相違する。

 そうすると,本件商標は,その指定商品中「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」に使用された場合,引用商標とは異なる印象,記憶,連想等を需要者に与えるものと認められ,商品の出所につき誤認混同を生じるおそれはないというべきである。』

阻害要因があるとした事例

2007-12-02 22:33:44 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10004
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『イ そして,前記(2)ウの周知技術(「同じ質量で反対方向に運動する機構を背中合わせに付加することにより,振動を相殺して装置の振動をなくす技術」)を採用した場合,運動する部分の質量が2倍程度になることに照らすならば,上記周知技術は,引用例3,甲4のように「慣性系(静止系又は等速直線運動をしている系)」の装置では振動抑制の効果があるのに対して,引用例1発明のように加速運動をする「加速系」の装置では,質量の増加に起因して加速に伴う外力が大きくなり,振動抑制の設計がより困難となると考えるのが自然である
 このように「加速系」の装置である引用例1発明に,上記周知技術を適用することには,これを妨げる事情があり,また,引用例2,引用例3,甲4,甲7,8等を勘案しても,「加速系」の装置における上記振動の問題を解決する手段を示唆する記載はない

ウ そうすると,当業者が,引用例1,2に接したとしても,引用例1発明に,上記周知技術を採用しようとするものとは考え難いから,引用例1発明に,引用例2に基づいて,上記周知技術を適用して,相違点(ロ)に係る本願発明の構成(「第2本体,及び前記第1本体の実質的に反対方向に,前記第1スライドに対して前記第2本体を配置するための第2アクチュエータ」の構成)を容易に想到し得たものとは認められない。』

誤記の訂正の可否についての判断事例

2007-12-02 22:15:04 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10268
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

第2 事案の概要
本件は,原告が,特許請求の範囲の記載が不統一で不明確であるとする拒絶理由通知を受け,これに対する手続補正を行った際,特許請求の範囲の他の箇所の記載において,誤って従前の記載を一部削除してしまい,特許査定後にこれに気付いて,削除前の記載に戻す旨の訂正審判を請求したところ,特許庁が特許法126条4項にいう実質上特許請求の範囲を変更するものに当たるとして,審判請求を不成立とする審決をしたため,原告がその審決の取消しを求めた事案である。』

『第4 当裁判所の判断
・・・
原告の上記手続補正書によれば,拒絶理由通知書に指摘された請求項1の「自動食器洗浄器用粉末洗浄剤」については,これを「自動食機洗浄機用粉末洗浄剤」に改めたが,その際,水酸化カリウムの含有量について,「以上5重量%」の部分が記載されず,単に「0.5重量%以下」とする記載とされた。
イ 上記「以上5重量%」の部分が記載されなかったのは,弁論の全趣旨によれば,原告が意図したものではなく,原告の過誤(表示上の錯誤)によるものと認められる。』

(3) 担当審査官の措置
 担当調査官(ブログ筆者注:「担当審査官」の誤記であるに違いない。)は,出願人である原告のした本件補正に対し,「器」を「機」と訂正したことを是認したものと考えられるが,「0.5重量%以下」の誤記については,拒絶理由の通知の対象事項でもなく,補正に係る箇所に生じたものでもなかったため,これに気付かず,したがって,当然のことながら,審査することもなく,従前の記載のままであると考えて,爾余の特許査定の手続を履践したものと推認される(弁論の全趣旨。なお,第3回口頭弁論調書の「弁論の要領等」及び被告の平成19年9月5日付け準備書面(第2回)の3頁以下の「第2」を参照)。』

3 本件訂正の適法性
(1) 「0.5重量%以下の水酸化カリウム」との記載の明確性
ア 本件特許の訂正後の特許請求の範囲請求項1には,「・・・」と記載されており, 「0.5重量%以下」との記載は,確かに,被告が主張するように,その記載自体を独立したものとして見る限り,数値及びその範囲として明確であり,疑問が生じることはない

イ しかしながら,特許請求の範囲の意味内容を確定する場合には,当該記載の前後の単語・文章,文脈,当該請求項の全体の意味内容との関係で検討すべきであり,被告が主張するように,問題となった記載を前後から切り離して取り上げて意味内容を把握し,その単純な総和として,確定すべきものではない

 そこで,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」という記載をその前後の単語・文章,文脈,当該請求項の全体の意味内容との関係で検討すると,次のとおりである(・・・)。
・・・
ウ 以上のように,請求項1を概観すると,その記載に接した当業者は,A’の含有量が0の場合も発明に含まれるのか,含まれるとすれば,AもA’も共に含有量が0になる場合も発明に含まれるのではないか,と容易に疑問を抱くことになり,その疑問を解決するために,請求項1の記載だけでは解決するに足りず,発明の詳細な説明を参酌確認する契機をもつものいわざるを得ない。』

(2) 本件訂正前の請求項1の記載と発明の詳細な説明との対応について ここで,本件訂正前の請求項1の記載と発明の詳細な説明との対応を検討することとする。
ア まず,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は/及び0.5重量%以下の水酸化カリウム」が含まれるとする場合における「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の意味について,検討する。
 本件明細書によれば,・・・,実施例9は・・・であり,実施例10は・・・であるから,これらは「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は/及び0.5重量%以下の水酸化カリウム」に対応していない(本件補正前の請求項1ないしこれと同一記載の訂正後の請求項1には対応している。)。

 他方,実施例1ないし7は・・・「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は0.5重量%以下の水酸化カリウム」の場合,すなわち,水酸化ナトリウムが全く含まれない場合には対応していないことになる(本件補正前の請求項1ないしこれと同一記載の訂正後の請求項1には対応している。)。

 以上に対し,実施例8は・・・「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は/及び0.5重量%以下の水酸化カリウム」のうち「水酸化ナトリウムが0で,水酸化カリウムが0.5重量%」の場合についてだけではあるが,対応しているということになる。

イ 被告は,この問題については,出願人である原告が,本件補正の際に,明細書に記載された発明の一部を特許請求の範囲から除外したにすぎないということができると主張する

 確かに,発明の詳細な説明に記載した発明のすべてを特許請求の範囲に記載して権利化しなければならないわけではないものの,発明の詳細な説明に登場するいくつかの実施例のうち,請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」に対応するのは,実施例8のみであり,出願人は,本件補正によって大部分の権利範囲を失うことになる。しかも,特許出願に係る発明が境界域である「0.5重量%の水酸化カリウム」の場合に限定されることになるというだけではなく,特許請求の範囲に提示された「0.5重量%未満」の範囲は特許法36条4項の定める要件を欠如することになりかねない仮に,出願人が真意に基づきそのような補正をしたというのであれば,権利化の際に通常選択する合理的な経済行為からは,大きく乖離するものであったといわざるを得ない。』


イ 弁論再開後の被告の主張について
 ・・・
 しかしながら,被告の主張は,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」という記載が数式上「0重量%」を含むということと,「『水酸化ナトリウム又は/及び水酸化カリウム』は必須成分である」ということとが,文理上矛盾が生ずることを容認した上,この矛盾を解決すべく特定の論理操作を行うべきことを前提とするものである
 しかしながら,特許請求の範囲は,本来,その記載自体から容易に理解し得べきものであって,文言を通常の意味に解した場合に相互に矛盾する文言が存在し,その矛盾を解決しなければならない論理操作を要しないようにすべきものである
 しかも,その矛盾を解決するために,その一方又は双方の文言を限定解釈するなどの必要があり,そして,そのいずれの文言を限定すべきであるのか,かつ,その限定の程度をどのようにすべきであるのかについて一義的に確定し得ないときは,特段の事情がない限り,特許請求の範囲の当該記載は不明確なものというべきである

・・・

 そうであれば,弁論再開後の被告の主張によっても,本件特許の訂正前の請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」は,特許請求の範囲の記載からだけでは不明確であり,発明の詳細な説明の記載を参酌しなければその意味を確定することができず,発明の詳細な説明を参酌すれば,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の記載は,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であることが容易に看取されることが明らかである

 したがって,本件特許の訂正前の請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の記載は,特許法126条1項本文及び同2号にいう「特許請求の範囲」の「誤記」に該当するものということができる。

4 なお,特許法126条4項は,「第1項の明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない。」と定めており,上記誤記の訂正が実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものに該当するのではないかという問題があるので,検討する
 ・・・請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」とある記載は,上述のとおり,特許請求の範囲の記載からだけでは不明確であり,そこで,発明の詳細な説明を参酌すると,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」は,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であることが明らかであるというのであるから,その実質を捉えて考察すると,特許請求の範囲の拡張や変更はされていないということができ,同法126条4項違反の問題は生じないものというべきである。』

(所感)
 この判決を読んで次のことを感じた。内容に自信があるわけではないが、強く感銘を受けたので記録しておきたい。
            ---
 通常であれば誤記は、出願人のケアレスミスであり重過失であろうから、直ちに正しい記載が想起できない本件のような誤記は出願人が不利益を被っても当然とされるところである。ところが、本判決では誤記の訂正を認めた。限界事例の一つではないかと思う。

 本判決では、誤記を出願人の表示上の錯誤ととらえた。本件では、誤記を含む補正を審査した審査官も錯誤に陥り(「(3) 担当審査官の措置」参照。)特許査定をしているから、出願人と審査官との共通錯誤の面もある事例である。

 この面に注目すると、共通錯誤に陥った当事者の効果意志は一致するのであるから(両者とも記載は変わっていないと思っている。)、出願人と審査官を問題とする限りは正しく書きなおせ(訂正すれ)ばよいということも言える。

 しかし、特許請求の範囲は第3者に特許権の射程を表示するものでもある。第3者に不測の不利益を与えるようでは正しく書き直すことは認められないだろう。第3者にすれば共通錯誤に陥ったのは当事者の責任であり、そのような場合に書き直しが許されては“取引の安全“が害される。そして、共通錯誤の場合は、当事者に守るべき法益はなく民法95条ただし書きは適用されないとされるところである。

 ところが、本件特許クレームの誤記部分は不明確と言い得るものであり、しかも、明細書を参酌することにより当事者の効果意志のとおりに“正しく”理解できると言い得るものであった。

 そうであれば、第3者に不測の不利益を与えることもないから、一致した効果意志のとおりに訂正することに問題はない。

 紋切り型ではない、「大岡裁き」であると思う。

 表示上の錯誤と審査官の錯誤を指摘されて、特許請求の範囲は意思表示の一種であることを明確に認識した。特許請求の範囲の訂正が問題となった際には、意志主義と表示主義が働くことを忘れてはならないと思った。(もちろん、ケアレスミスしないことが第一であるが。)
 
 追記(H19.12.21):この判決は大きな問題をはらんでいる可能性があると思うに至った。
1.判決は、請求項1の「誤り」は明確性の欠如につながっており、そのために発明の詳細な説明を参酌すると、原告が「誤記の訂正」をしようとする意味に解釈できるから訂正は認められるとする。
2.しかし、特許請求の範囲が不明確であり発明の詳細な説明を参酌する場合に、当該不明確な記載の意味がどのような範囲で線引きされるかは当事者同士が訴訟(当事者系の訴訟)を起こさなければ定まらない。
 その際にどのような範囲で確定するかは、当事者の主張立証や裁判官の心証の形成のされ方によって異なるであろうし、それは当該当事者を拘束するにすぎないものである。
 複数訴訟が提起された場合には確定される範囲も必ずしも同じにはならず、また、誤記の訂正が可能となる意味に認定されるとは限らない。
3.そして、特許請求の範囲は(善意の)第3者に対して権利範囲を表示する役割を果たすのであるから、誤った補正部分について出願人による錯誤による無効の主張を審査官(特許庁)の重過失を理由に認めることもできない。
 第3者への表示機能は重要視されるべきで軽視できない。たとえば新規事項の追加がある特許クレームは通常は何らかの不明確性をはらんでいることが多いと思料されるが、その場合にも発明の詳細な説明を参照することで訂正が許されてしまうかもしれない。権利を不安定化し予測可能性が失われ混乱が生じるものと思料される。
4.上記の点も今後、検証されるべきであると思うに至った。 

「混同を生じさせる行為」の判断の基準

2007-12-02 11:53:31 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)10055
事件名 不正競争行為差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『1 混同のおそれがないとの主張について
(1) 不正競争防止法2条1項1号は,他人の周知商品等表示と「同一若しくは類似の商品等表示を使用し,又はその商品等表示を使用した商品」を販売等して「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」と規定しているところ,商品等表示において「混同を生じさせる行為」が,周知表示の出所指示機能を破壊し,営業上の利益を害するのみならず,一般取引者及び需要者を害し,ひいては取引秩序を混乱破壊するものであることにかんがみると,ここに「混同を生じさせる行為」を禁止しようとする趣旨は,周知表示に化体して形成された信用を冒用することを規制し,それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあると解すべきである(最判昭35年4月6日・刑集14巻5号525頁参照)。したがって,「混同を生じさせる行為」の判断に当たっては,一般取引者及び需要者の心理に基準を置くのが相当である。

 そして,商品等表示において「混同を生じさせる行為」は,周知の他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用する者が,自己とその他人とを同一の商品主体又は営業主体として誤信させる行為のみならず,両者間にいわゆる親会社,子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させる行為をも含み,両者間に競争関係があることを要しないと解すべきである(最判昭59年5月29日・民集38巻7号920頁参照)。また,当該「混同を生じさせる行為」は,現に混同を生じさせていることは要せず,混同を生じさせるおそれがあればよいものと解すべきである(最判昭44年11月13日・判時582号92頁参照)。』

『(4) 上記(2)及び(3)の事実によれば,被控訴人と控訴人の業務内容は,コンピュータシステムないしソフトウェアの製造,販売,それに伴うサービスの提供という共通性があることに加え,事業者向けのPOSシステムを取扱商品としている点でも共通しており,被控訴人が複数の連結子会社ないし関連会社からなる企業グループを形成して全国的な営業展開をしており,その商品又はサービスの対象業種が多岐にわたることを併せ考えれば,控訴人が,被控訴人のオービック標章と類似するオービックス標章を使用してその営業を行えば,商品主体又は営業主体が被控訴人と同一又は同一でなくとも被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められる。

(5) 控訴人は,あらかじめ,取引先の企業の実態,内情を十分に調査した上で取引することが十分に可能であるのみならず,消費者,顧客の目も肥えていて,単に一流企業と似通った標章を使用しているということでその企業の商品を購入するということは稀有なことであるから,単に標章が類似しているというだけで,実体を調べもせず,その企業の商品に飛びつくような者は,保護するに値するものではない旨主張する。
 しかし,不正競争防止法2条1項1号は,上記のとおり,混同行為を禁止しようとする趣旨は,周知表示に化体して形成された信用の冒用を規制し,それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあるのであって,「混同を生じさせる行為」の判断に当たっては,一般取引者及び需要者一般の心理に基準を置くのが相当であるところ,同法の上記趣旨からすれば,一般取引者及び需要者は,日常一般に払われる注意力の下で混同のおそれがあるか否かが問われるものと解すべきであって,常に日常一般に払われる以上の注意力をもって子細に観察する消費者,あるいは,標章のみによっては,決して取引を行わず,常に商品そのものを観察して購買するか否かを決する賢明な消費者を基準に置いているものではなく,また,そのような賢明な消費者であっても混同を避けられないような巧妙な不正競争行為のみを保護するものでもないから,控訴人の上記主張は,採用できない。

(6) 控訴人は,一般消費者が,控訴人のオービックス標章を見て,これが大企業である被控訴人の関連企業であるという理由で,直ちに,控訴人の商品等に飛びつくわけではないとし,一般消費者は,十分な識別能力を有しているので,単に標章のみによって取引を行うなどということはあり得ないから,被控訴人のオービック標章と類似の標章を使用したからといって誤認,混同を生じさせることにはならない旨主張する。
 しかし,上記のとおり, 「混同を生じさせる行為」の判断の基準とされるべき一般取引者及び需要者は,日常一般に払われる注意力の下で混同のおそれがあるか否かが問われるものと解すべきであって,十分な識別能力を有し,単に標章のみによって取引を行うなどということのないいわゆる賢明な消費者を基準に置いているものではなく,そうであれば,前記( 4)のとおり,本件の事情の下では,控訴人が,被控訴人のオービック標章と類似するオービックス標章を使用してその営業を行えば,商品主体又は営業主体が被控訴人と同一又は同一でなくとも被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められるのである。したがって,控訴人の上記主張も,採用することができない。

(7) 控訴人は,被控訴人が大企業であるのに対して,控訴人は九州所在の零細企業であるから,世間が被控訴人と控訴人とを混同することは考えられず,控訴人が10年間にわたりオービックス標章を使用してきたものの,その間一度として被控訴人のオービック標章と混同されたことがなかったから,混同のおそれがない旨主張する。
 しかし,前記のとおり,不正競争防止法2条1項1号は,周知表示に化体して形成された信用の冒用を規制し,それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあり,企業の規模とは無関係である。そして,上記のとおり,控訴人が,被控訴人のオービック標章と類似するオービックス標章を使用してその営業を行えば,被控訴人と同一か,同一でなくとも被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められるのであり,甲18(被控訴人代理人の通知した警告書に対する回答書)によれば,控訴人自身が過去に被控訴人と間違えた者からの電話を受けたことを認めているのであり,現に混同を生じたことがあったのである。したがって,控訴人の上記主張も,採用することができない。

( 8) 控訴人は,同人が扱うPOSシステムは,「レンタルPOSシステム」であるのに対し,被控訴人のPOSシステムは,販売用のシステムであるから,両者の扱う商品が質的に全く異なっており,単に両者がPOSシステムを扱っているという理由で混同を生じさせるということはない旨主張する
 しかし,レンタル用であるか販売用であるかの差は大きなものではなく,前記のとおり,被控訴人が,複数の連結子会社ないし関連会社からなる企業グループを形成して全国的な営業展開をしており,その商品又はサービスの対象業種が多岐にわたることからすると,オービックス標章を使用してする控訴人の営業に接する一般取引者及び需要者は,それが被控訴人自体の商品,営業であるとの誤認,又は,被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められるから,控訴人の上記主張も,採用することができない。』

面接及び釈明の機会を設けずまたは審理を再開しなかったことの違法性(審理不尽)

2007-12-02 10:59:15 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10276
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『2 取消事由2(審理不尽)について
 原告は,原告の要請にもかかわらず,審判合議体が面接及び釈明の機会を与えず,また審理を再開しなかったことにつき,審理不尽の違法があると主張する
 しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
 すなわち,審判手続において,当事者に面接の機会や釈明の機会を与えるかどうかは,審判合議体の裁量に属するものであり,そのような機会を必ず与えなければならない法律上の義務はないから,審判合議体が原告に対して面接や釈明の機会を与えなかったことが,直ちに違法になるものではなく,また,本件において,面接や釈明の機会を与えなかったことが裁量権を逸脱した違法なものとなるような特段の事情も認められない
 また,審理の再開(特許法156条2項)は,審理の万全を期するために,審判長が必要と認めた場合に行われるべきものであって,審理を再開するかどうかは審判長の裁量に属するものであり,当事者の審理再開の申立てに応じなかったとしても,直ちに審理不尽の違法となるものではなく,また,本件において,審理の再開をしなかったことが,裁量権を逸脱した違法なものとなるような特段の事情も認められない
 したがって,本件の審判手続には,原告が主張する審理不尽の違法は存在しない。』