知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

分割出願の要件、訴訟過程での実験結果の提出

2012-10-21 20:57:41 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成23(行ケ)10391
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年09月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 八木貴美子,小田真治

(2) 分割出願においては新たな特許出願はもとの特許出願の時にしたものとみなす(特許法44条2項)とされていることから,分割出願に記載された発明に係る技術的事項は,原出願の明細書に記載されていることを要する

 そこで,本件発明が,原出願の明細書に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて検討する。
 ・・・
 ・・・【0047】の記載に接した当業者は,【0047】の「フォトルミネセンス蛍光体」について,本件組成に属する蛍光体に限定されないと理解するとまでは容易に認め難い。

エ この点に対し,被告は,本件組成に属しない蛍光体についても,効果が得られる場合がある旨の実験結果(乙1)を提出する。しかし,分割が許されるためには,原出願の明細書に本件発明についての記載,開示があること(当業者において,記載,開示があると合理的に理解できることを含む。)を要するから,訴訟過程で提出された上記実験結果(乙1)をもって,前記の結論を左右することはできないというべきである(仮に,被告の主張,立証が許されるとするならば,原出願の明細書に本件発明について,何ら記載,開示がないにもかかわらず,第三者が,本件組成に属しない蛍光体に,効果が得られた旨の発見をした場合に,そのような蛍光体を包含する分割出願を,当然に許容することになって,不合理が生じる。)。

特許法44条1項の要件の判断事例

2010-02-27 11:09:26 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成21(行ケ)10352
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年02月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟

 すなわち,特許法44条1項の要件を充足するためには,本件特許発明が,原出願に係る当初明細書,特許請求の範囲及び図面に記載されているか否かを判断すれば足りる
 これに対して,審決は,本件特許発明が,原出願に係る当初明細書,特許請求の範囲及び図面に記載されているか否かを判断するのではなく,審決が限定して認定した「原出願発明構造」と,本件特許発明を対比し,本件特許発明は,「原出願発明構造」における構成中の「底板に側板を連設して形成されていること」が特定されていないことを理由として,本件特許発明が,原出願当初明細書等に記載されていないとの結論を導いた。

 しかし,審決の判断は,
① 原出願当初明細書等の全体に記載された発明ではなく,「原出願発明構造」に限定したものと対比をしなければならないのか,その合理的な説明がされていないこと,
② 審決が限定的に認定した「原出願発明構造」の「底板に側板を連設して形成されていること」との構成に関して,本件特許発明が特定していないことが,何故,本件特許発明が原出願当初明細書等に記載されていないことを意味するのか,その合理的な説明はない


審決の判断手法及び結論は,妥当性を欠く。

分割要件を満足しないとした事例

2010-01-24 19:08:28 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成20(行ケ)10276
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年01月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

(2) 取消事由1(分割要件についての判断の誤り)について
ア本件発明1の構成要件(D)の「被覆」について
(ア) 本件発明1の構成要件(D)の「被覆」は,前記(1) の明細書の記載を考慮すれば,あくまでも容器内壁が「フルオロエーテル組成物」によって被覆状態になったということを意味する

 ところで,「被覆」という用語は,一般的な技術用語として捉えると,本件発明の実施例3及び7のような,液状物質で一時的に覆われた「被覆」状態だけでなく,塗料を塗布し,乾燥ないし硬化して恒常的な塗膜とした「被覆」や,予め形成されたシートを貼り付けた「被覆」も包含するものと認められるところ,本件発明では,本件明細書中に「被覆」の具体的な説明や定義もないから,「ルイス酸抑制剤」から形成される「被覆」には,上述のような広範な「被覆」が包含されることとなる

 ところが,前記第3の1(1) ア(イ) において原告が主張するように,原出願明細書等に「被覆」という用語が記載されている箇所は,実施例3に関する段落【0040】及び実施例7に関する段落【0056】だけである。

 このうち,段落【0040】には,・・・,本件発明に係る「被覆」には該当しない実施例というべきであり,本件発明とは関係がないというほかない。

 また,段落【0056】には,・・・,この段落【0056】の記載を前提としても,「被覆」の態様は回転機に2時間掛けるという特殊な態様に限定されている上,「ガラス容器」以外の容器の内壁に「水」以外のルイス酸抑制剤を被覆することは何ら開示されていない。

 このように,段落【0040】及び【0056】に記載されているのはルイス酸抑制剤の一例としての「水」であり,しかも,いずれの場合もセボフルランに溶解していることが前提とされているのであるから,当業者が,出願時の技術常識に照らして,セボフルランに溶解していない水以外のルイス酸抑制剤で容器の内壁を「被覆」することでセボフルランの分解を抑制できるという技術的事項がそこに記載されているのと同然であると理解できるとはいえない

 したがって,原出願明細書等に,「水飽和セボフルランを入れて,ボトルを回転機に約2時間掛けること」という態様の「被覆」以外に,ルイス酸抑制剤の量に応じて,適宜変更可能な各種の態様を含む広い上位概念としての「被覆」が実質的に記載されているとはいえない

 以上のとおり,原出願明細書等には,構成要件(D),すなわち,「該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程」は記載されておらず,その記載から自明であるともいえないから,分割要件を満足するとした審決の判断は誤りである。

地震ロック分割出願事件-分割の適法性の判断事例-

2009-12-20 14:13:21 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成21(行ケ)10272
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年12月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

3 取消事由2(分割要件違反の判断の誤り)について
(1) 原告は,審決が,「…原出願当初明細書における,図1乃至図4に示された地震時ロック装置,図20に例示された『ロック装置』の位置,及び,図25に例示された『T位置』を組合わせて一つの発明とし,これを原出願から分割して,新たな特許出願(本件特許出願)とすることは,少なくとも,地震時ロック装置の取り付け位置の点で,原出願当初明細書に記載されていない事項を本件特許発明の構成要件として含むものと思量されるから,分割要件に違反するものといわざるをえない。」(19頁25行~31行)等として,本件特許発明に係る出願は分割要件違反であると判断したのは誤りである旨主張する

ア 本件特許出願の原出願の当初明細書(甲2の8。公開特許公報〔特開平10-30372,甲1〕も同じ。以下「原出願の当初明細書」という。)には,以下の記載がある。
 ・・・

(エ) 上記(ア)ないし(ウ)によれば,原出願の当初明細書(甲2の8)には,「比較のためのロック装置(従って本発明ではない)」として本件明細書(甲18)の図1~図4と同内容である図1~4が示され,そのため図面の説明としても「比較のための地震時ロック装置の断面側面図」,「同上作動状態図」とされている。
 しかし,上記によれば,原出願の当初明細書においては,図18ないし図24の地震時ロック装置においては,取り付け位置として,T,B,S1,S2及びS3位置が選択可能であるとされている(段落【0009】)が,図1~4で示される比較のための地震時ロック装置については,これをT位置に取り付けることについては記載がされていないということができる。

イ (ア) 一方,本件特許の出願時(原出願からの分割出願時,平成16年6月7日)の明細書(以下「本件当初明細書」という。甲2の15)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
・・・
(イ) また,本件当初明細書(甲2の15)の図面には,・・・。
・・・

ウ 上記イのとおり,本件特許出願にかかる本件当初明細書(甲2の15)においては,図1~図4で示されるロック装置をT位置に取り付けるものとされているところ,上記ア(エ)において検討したとおり,原出願の当初明細書(甲2の8)には,本件当初明細書と同一の図1~図4で示される「比較のための地震時ロック装置」については,これをT位置に取り付けることについて,記載がされていなかったものである。

 そうすると,本件特許出願は,原出願の当初明細書には記載されていない本件特許発明1に係るロック装置をT位置に取り付ける事項を含むものであるから,特許法44条1項に規定する適法な分割出願とすることはできない。そうすると,本件特許出願について,本件分割前の原出願の出願日(平成8年5月27日)への遡及を認めることは出来ず,その基準時は本件特許の出願日(分割出願の日)である平成16年6月7日となる。



必須の構成を発明特定事項から削除した分割出願

2009-10-31 22:08:44 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成21(行ケ)10049
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(分割出願の要件の認定判断の誤り)
 原告は,分割出願に際して本件原出願明細書から削除された構成である「本件連結材」は,細断機の作動時にも非作動時(揺動側壁の開放時)にも,細断機として必要な剛性を確保する上で不可欠な構成要素ではなく,その削除は,新たな技術的意義を追加するものでもないし,当業者であれば,本件原出願明細書において「本件連結材」を有しない発明が記載され,又は「本件連結材」が任意の付加的事項であることが記載されているのも同然であると理解することができるから,本件分割出願は,もとの出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内においてしたものであり,分割出願の要件を充足する,よって,分割出願の要件を欠くとした審決は,分割出願の要件に係る認定判断を誤ったものであり,違法なものとして取り消されるべきである旨主張する。
 しかし,原告の上記主張は,以下に述べるとおり,理由がない。

(1) 事実認定
 本件原出願明細書(甲2)の【特許請求の範囲】においては,出願に係る細断機が「左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材」を有する構成が記載されている。また,本件原出願明細書の【発明の詳細な説明】においても,
「【発明の目的】本発明は,メンテナンスが行ないやすく,且つ,部品点数を少なくしつつも剛性の大きな(強度の高い)細断機を提供することを目的とするものである。」(段落【0002】)
と記載されるとともに,
「【発明の効果】・・・請求項1の発明によれば,前後の揺動側壁が開くので,メンテナンスが行ないやすい。また,2本の支持軸と1本の連結材で左右の固定側壁を連結するので,細断機の剛性を大きくすることが出来る。更に,2本の支持軸が,揺動側壁の枢軸と左右の固定側壁を連結する連結材とを兼ねているので,部品点数を少なくしてコスト低減を図ることが出来る。」(段落【0004】)
と記載されている
。さらに,【発明の実施の形態】を説明した【図3】,【図5】及び【図7】においても,「本件連結材」が明確に示されている(別紙「本件原出願明細書図面」【図3】,【図5】及び【図7】の符号12参照)。

(2) 判断
 以上のとおり,本件原出願明細書には,発明の目的を「メンテナンスが行ないやすく,且つ,部品点数を少なくしつつも剛性の大きな(強度の高い)細断機を提供すること」とし,具体的には「前後の揺動側壁が開くので,メンテナンスが行ないやすい。」,また,「2本の支持軸と1本の連結材で左右の固定側壁を連結するので,細断機の剛性を大きくすることが出来る。」,更に,「2本の支持軸が,揺動側壁の枢軸と左右の固定側壁を連結する連結材とを兼ねているので,部品点数を少なくしてコスト低減を図ることが出来る。」発明が記載,開示されている。
 そうすると,「左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材」(本件連結材)は,細断機の剛性を大きくするという発明の解決課題を達成するための必須の構成であり,本件原出願明細書には,同構成を有する発明のみが開示されており,同構成を具備しない発明についての記載,開示は全くなく,また,自明であるともいえない

 したがって,本件原出願明細書の特許請求の範囲に記載された,「左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材」との記載部分を本件原出願明細書の「特許請求の範囲」の記載から削除したことは,細断機の剛性確保に関して,新たな技術的意義を実質的に追加することを意味するから,本件分割出願は,もとの出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内においてしたものではなく,分割出願の要件を満たしていないから,不適法である。

分割当初明細書に実験データを追加する補正

2008-04-21 07:31:57 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成13(行ケ)593
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成16年02月13日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 山下和明

『1 補正Aが要旨変更であるとの主張が主張自体失当である,との主張について本件特許は,原分割出願である特願平3-107140号について補正Aがなされた後に,新たな分割出願である特願平6-211585号(本件出願)がなされ,その後の補正により,現在の特許請求の範囲となったものに対して認められたものである(乙第5号証。弁論の全趣旨。)。

 被告は,仮に補正Aが原分割当初明細書の要旨を変更するものであったとしても,本件出願及びその後になされた手続補正により,本件発明の特許請求の範囲は,原出願当初明細書の範囲内のものになっているから,要旨変更を問題とする余地はなくなった,と主張する。

 しかしながら,本件出願(特願平6-211585号)は,原分割出願である特願平3-107140号を根拠にこれを親出願としてなされるものであり,その出願日が原分割出願の出願日より繰り上がるということはあり得ない。そしてまた,本件出願の後になされた手続補正や訂正は,あくまでも本件出願を対象とするものであるから,これらの手続補正や訂正が原分割出願の明細書及び手続補正の効力についてまで,さかのぼって影響を及ぼすものでないことは,論ずるまでもないところである。
被告の主張は採用することができない。』

『2 要旨変更の主張について
(1) 原告は,審決が,補正Aは,「当初明細書に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正」(平成5年法律第26号による改正前の特許法41条)に当たらないとして,補正Aは,適法になされたものであり明細書の要旨を変更するものではない,と判断したのは誤りである,と主張する。
・・・
しかしながら,特許は,出願(具体的には,願書に添付した明細書又は図面の記載)という形で開示された発明に対し,当該発明の開示に対するいわば対価として与えられるものであるから,ある発明が明細書又は図面に記載されているというためには,上記対価に値するだけの明確な形で開示されていることが必要であるというべきである。そして,発明とは,技術的思想の創作のことであるから(特許法2条1項),当該発明が技術的思想としてのまとまりをもった形態で,明確に開示されていなければならないというべきである。すなわち,補正発明が原分割当初明細書に記載されているというためには,原分割当初明細書中に,吸液芯方式の加熱蒸散殺虫方法を行うための装置や,加熱温度についての構成が単にそれ自体として記載されているというだけでは足りず,これらの記載が,他のことによってではなく,発熱体と吸液芯のそれぞれ表面温度を一定の範囲内のものとし,これらを組み合わせることによってこそ,殺虫剤の有機溶液中にBHT等が添加されているか否かにかかわらず,200時間程度の一定期間,吸液芯の目づまりを回避して殺虫剤の蒸散性を安定持続させる効果を実現する,という補正発明の技術的思想を示すものとして記載されている,と認められるものでなければならないというべきである。審決の上記説示は,単に分割当初明細書中に補正発明の構成要件である装置や加熱温度についての記載があることを指摘するにとどまり,補正発明の上記技術的思想の有無についての判断を明確に述べることをしておらず,少なくとも理由付けとして不十分であるというほかない。
・・・
被告主張の,少なくとも200時間の蒸散継続時間があるということは,本件出願当時において十分に画期的なことであった,ということは,上記特段の事情とはなり得ない。仮に,画期的なことであったとする被告の主張が真実であったとしても,分割当初明細書の上記記載状況の下では,その画期的な結果をもたらしたのがほかならぬ各温度範囲の特定とその組合せであると理解するのは困難であるという以外にないからである。
他にも,本件全資料を検討しても,上記反対に解すべき特段の事情を認めることはできない。
補正Aにおいて,発熱体及び吸液芯の表面温度を変化させて比較した新たな実施例及び比較例についての第3表とこれについての記載を加え,表面温度が70~150℃の発熱体で,上記芯の上部を表面温度が60~135℃となる温度に間接加熱することによって,200時間経過後の揮散量を一定水準に維持することができるとの技術思想を示したことは,原分割当初明細書に記載されていなかった新たな技術的事項を明らかにする実験データを追加したものというほかない。』

特許請求の範囲の用語と明細書の用語が異なり対応がとれない事例

2007-09-29 17:43:12 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成18(行ケ)10351
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年09月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=35156&hanreiKbn=06

『第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,本件各発明は本件原出願当初明細書に記載された発明ではなく,本件出願は,特許法44条1項所定の「二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願」としたものに該当しないから,同条2項所定の出願日の遡及は認められず,したがって,本件各発明は刊行物1発明と同一の発明を含むことになり,特許法29条1項3号に該当し,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。

3 取消事由1(特許法44条1項柱書きの充足性の有無に関する判断の誤り)について
 以上の各明細書の記載を前提として,本件各発明が,特許法44条1項所定の「二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願」としたものに該当するか否かについて検討する。

(1) 審決の判断1,2について
ア 前記2で認定した本件明細書によれば,本件各発明の「変位要素」は,①固定要素に対して可撓性部分を介して接続されていること,②固定要素に対して相対的な変位を生じるものであること,③X,Y,Zの各軸方向に変位可能なものであること,④発明の詳細な説明中の「変位基板20の中央部分と作用体30」が「変位要素」の実施例の1つに当たることが記載されているそうすると,本件各発明の「変位要素」とは,「変位基板20の中央部分と作用体30」に限定されるものではなく,「固定要素に対して相対的な変位を生じるもの」一般を指すものと理解するのが相当である
 これに対して,前記1で認定した本件原出願当初明細書の記載によると,「変位要素」という用語は記載がないのみならず,固定要素に対して相対的な変位を生じるものについて,何ら開示がないというべきである

 したがって,本件各発明の「変位要素」は,本件原出願当初明細書に記載されているということはできず,本件原出願当初明細書に記載された事項から自明であるということもできない

イ この点について,原告は,本件各発明の「変位要素」とは,本件原出願当初明細書においては「可撓基板の中心部分+作用体」を書き換えたものであり,本件原出願当初明細書の記載によれば,「固定された部分」と「変位要素」が,「撓んでいる部分」によって接続されていることは自明であるから,本件各発明における「固定された部分に対して可撓性部分を介して接続される変位要素」は,本件原出願当初明細書の記載からみて自明な事項であると主張する
 しかし,①本件原出願当初明細書の第4図によれば,「固定基板」に対して変位を生じる部分は,「作用体及び可撓基板の中心部」だけではなく,変位電極が形成されている部分全体であって,可撓性部分を含むことは,明らかであること,また,②本件原出願当初明細書の記載全体をみても,「作用体及び可撓基板の中心部」のみが変位することを窺わせる記載はない。
 したがって,本件原出願当初明細書における「作用体及び可撓基板の中心部」が,「固定基板」に対して「可撓性部分」を介して接続される「変位要素」であると,当業者であれば認識できるほどに自明であるとはいえない(のみならず,正しい認識であるともいえない。)。
・・・』

拒絶理由の手交をして特許査定後、当該拒絶理由の指定期間内にされた分割出願(原審)

2007-08-05 12:06:43 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成8(行ウ)125
裁判年月日 平成9年03月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟

『2 分割による出願をすることができる時期及びこれに関連する規定について、その沿革をみるに、現在の特許法(昭和三四年法律第一二一号)施行当初は、手続の補正ができる時期について一七条一項本文に「手続をした者は、事件が審査、審判又は再審に係属している場合に限り、その補正ができる。」と定め(ただし書で、出願公告決定、請求公告決定の謄本の送達後の補正は、六四条の規定により補正をすることができる場合に限定されていた。)、他方、分割による出願をすることができる時期については、四四条二項に「前項の規定による特許出願の分割は、特許出願について査定又は審決が確定した後はすることができない。」との規定が置かれていた
 それが、昭和四五年法律第九一号による改正により、手続の補正ができる時期について一七条一項本文が「手続をした者は、事件が特許庁に係属している場合に限り、その補正をすることができる。」と改正され(ただし書で、出願から一年三月を経過した後出願公告決定送達前、出願公告決定送達後、請求公告決定後の補正は、一七条の二、六四条の規定により補正をすることができる場合に限定する。)、一七条の二を新たに設け、特許出願の日から一年三月経過後出願公告決定謄本の送達前の願書に添附した明細書又は図面の補正について、一号ないし四号に掲げる場合に限りできるものとされるとともに、特許出願の分割については、従前の四四条二項が削除され、四四条一項に、「特許出願人は、願書に添附した明細書又は図面について補正ができる時又は期間内に限り、・・・することができる。」旨の規定が設けられた
 右に認定したとおり、現在の特許法の施行当初には、手続の補正が可能な時期について<ins>、「事件が審査、審判又は再審に係属している場合」に限るものとされ</ins>、特許出願の分割が可能な時期について、<ins>「特許出願について査定又は審決が確定した後はすることができない。」とされていた</ins>のであるから、出願につき特許をすべき旨の査定の謄本が出願人に送達されることによって確定し、審査又は審判に係属しなくなった後は、手続の補正も特許出願の分割もすることができなかったことは明らかである
 昭和四五年法律第九一号による改正によって、手続の補正が可能な時期は、「<ins>事件が</ins>特許庁に係属している場合」に限るものと改められたが、それは同じ改正で審査請求制度が導入されたことにより、特許出願によって直ちに事件が<ins>審査に</ins>係属しているといえなくなったので、出願後審査請求までの間も手続の補正ができるようにするためのものと解される

 もっとも、特許査定謄本が出願人に送達されて確定した後登録までの間も事件は特許庁に係属しているという余地があるから、右改正によって、特許査定の確定後もなお手続の補正が可能になったと解する余地がある。しかしながら、少なくとも、特許権の内容の変動を生ずるおそれの高い特許願に添附した明細書又は図面の補正に関する限り、そのように解するのは相当ではない
 勿論、出願公告決定謄本送達後の特許願に添附した明細書又は図面の補正については法六四条により時期、目的事項について厳格に限定されているが、<ins>出願人が出願公告決定謄本の送達後拒絶理由通知を受けた場合、早期に意見書を提出し、それによって審査官が迅速に再考慮した結果、意見書の提出期間として指定された期間を残して特許査定が確定する可能性があることは実際の運用上は例外的とはいえ、法の予定したところであり、その残期間内に法六四条の限定も、事件が特許庁に係属しているという要件も充足する、特許願に添附された明細書又は図面についての手続の補正書が提出されることは理論的にはあり得る</ins>。しかしながら、法にはそのような場合に対応するため当然必要な、手続補正の審査の主体、行政処分として覊束力を有する確定した特許査定の変更の手続についての規定は何ら設けられていない。そうであるのみか、そもそも、出願公告決定送達後の特許願に添附された明細書又は図面の補正は、出願人に拒絶理由を消滅させ特許を受ける機会を与えることを眼目とするものであり、すでに特許査定が確定した発明について、明細書又は図面を補正する機会を与える必要性はない
 これらのことを考慮すると、法一七条一項の「事件が特許庁に係属している場合」との文言にもかかわらず、少なくとも願書に添附した明細書又は図面の補正が可能な時期は、特許査定が確定する前に限るものと解するのが事柄の性質上相当である

 次に昭和四五年法律第九一号による改正によって、分割による出願ができる時期について、法四四条は、「願書に添附した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内」に限るものとしたが、これは、分割の制度が、もとの特許出願の願書に最初に添附した明細書又は図面に開示している発明であって分割の際にもとの特許出願の願書に添附している明細書又は図面にも開示している発明についても新たな特許出願をする便宜を与えるものとして、明細書又は図面についてする補正と同様な働きをしているので、その補正の場合と同様の時期の制限をしたものと解される

 したがって、法四四条一項にいう「願書に添附した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内」には、具体的には、前記第二、二7記載の時又は期間というほかに「特許査定が確定するより前」という時期の制限があるものと解するのが相当である。

3 したがって、本件原出願について特許査定がされ、その謄本が原告に送達されたことにより確定した後にされた本件分割出願は不適法であり、かつその瑕疵を補正する余地がないものであった。』

『二 原告は、本件通知書の指定期間内に本件原出願について特許査定をしたことは違法である旨主張する

1 法五〇条は、審査官は、拒絶すべき旨の査定をしようとするときは、特許出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない旨規定していたが、その趣旨は、審査官が、特許出願に拒絶理由があるとの心証を得た場合に直ちに拒絶査定をすることなく、その理由をあらかじめ特許出願人に通知し、期間を定めて出願人に弁明の機会を与え、審査官が出願人の意見を基に再考慮する機会とし、判断の適正を期することにある

 ところで、法五〇条の定める拒絶理由の通知及び相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えることは、拒絶査定をしようとする場合に履践すべき手続であって、特許査定をしようとする場合に要求されるものでないことは、法五〇条自体から明白である。
したがって、拒絶査定をしようとする場合には、指定した期間の経過を待って、右期間中に提出された意見書、右期間中にされた手続の補正、特許出願の分割を考慮した上で拒絶査定をする必要があるけれども、右期間中に提出された意見書又は右期間中にされた手続の補正を考慮した結果、特許査定をすることができると判断した場合には、無為に指定した期間の経過を待って、その後、さらに、追加の意見書が提出されるか否か、再度の手続補正がされるか否か、特許出願の分割がされるか否かを見極める必要はなく、指定期間の途中であっても特許査定をすることができるものであり、むしろ、そのような取扱いこそが望ましいものということができる
意見書提出の期間として指定された期間は、特許出願人が明細書又は図面について補正することができる期間とされている(法一七条の二第三号、法六四条一項)がその趣旨は、拒絶理由通知を受け、その拒絶理由のある部分を補正により除去することにより、特許すべき発明が特許を受けることができるようにすることにある。

 特許出願の分割は、願書に添附した明細書又は図面の補正と同様の効果を持ちうることから、明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内に限り、特許出願の分割ができるものとされていることは前記のとおりである
これらの規定は、拒絶理由通知を受けた特許出願人に指定された期間内に意見書の提出のほか、付随的に拒絶理由を回避するための手続補正書の提出及び出願の分割の機会も与えたものといえるけれども、特許査定をするべき場合に査定を遅らせてまで、補正及び分割の機会を保障したものと解することはできない。』

子出願が事後的に分割要件を満たさなくなった場合の孫出願の出願日

2007-08-05 11:19:41 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成15(行ケ)66
裁判年月日 平成15年09月03日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 篠原勝美


『(2) 特許出願の分割について定めた特許法旧44条1項は,「特許出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内に限り,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる」と規定していたから,分割出願が適法であるための実体的な要件としては,もとの出願の明細書又は図面に二以上の発明が包含されていたこと,新たな出願に係る発明はもとの出願の明細書又は図面に記載された発明の一部であることが必要である。さらに,分割出願が原出願の時にしたものとみなされるという効果を有する(同法44条2項本文)ことからすれば,新たな出願に係る発明は,分割直前のもとの出願の明細書又は図面に記載されているだけでは足りず,もとの出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内であることを要すると解される

 また,分割出願として孫出願が可能か否かについての明文の規定はないが,「二以上の発明を包含する特許出願」(親出願)に対して分割要件を満たす「新たな特許出願」(子出願)をし,さらに,「二以上の発明を包含する特許出願」(子出願)に対して分割要件を満たす「新たな特許出願」(孫出願)をすることを妨げる理由はないから,子出願及び孫出願の両者が分割要件を満たす場合には,孫出願の出願日を親出願の出願日に遡及させることを定めていたものと解するのが相当である

 したがって,孫出願の出願日が親出願の出願日まで遡及するためには,子出願が親出願に対し分割の要件を満たし,孫出願が子出願に対し分割の要件を満たし,かつ,孫出願に係る発明が親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであることを要するというべきである。』

『 本件において,孫出願は,親出願からの分割出願である子出願を更に分割出願し,玄孫出願である本件特許出願は,孫出願を更に分割出願した曾孫出願を更に分割出願したものであるから,玄孫出願(本件特許出願),曾孫出願,孫出願及び子出願の各分割出願がそれぞれ特許法旧44条1項の分割要件を満たし,かつ,本件発明1,2が親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである場合には,本件発明1,2の出願日は,親出願の出願日まで遡及することになる。

 しかしながら,子出願に係る発明は,平成5年10月29日付け手続補正書(甲19)により補正され,親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないこととなり,いったん特許権の設定登録がされた後,当該補正がされた発明のまま,その無効審決が確定し,子出願に係る特許権は,初めから存在しなかったものとみなされた。

 したがって,当該補正がされた発明はもはや訂正される余地はなく,子出願に係る発明は,親出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないこととなったから,子出願が分割の実体的要件を満たさないことは明らかである。そうすると,孫出願及びそれ以降の分割出願の適否を検討するまでもなく,玄孫出願である本件特許出願の出願日が親出願の出願日まで遡及する余地はないというべきである。』

『(3) 原告は,子出願は,適法に分割出願されて登録をすべきことが確定した後に,特許法旧40条の規定により,出願日が手続補正書提出日と擬制されたものであり,分割の不適法が問われたものではないから,適法に分割されて確定した他の権利である孫出願及びそれ以降の分割出願には分割不適法の効果は及ばない,すなわち,子出願の出願日は,特許法旧40条の規定により,平成5年10月29日付け手続補正書(甲19)が提出された日に確定されたものの,同手続補正書が提出されるまで適法に手続がされたものであるから,それより前の同年3月19日付け手続補正書(甲18)に記載の実体的分割要件で,分割の時期的制限から同年10月29日に適法に分割出願された権利にまで,分割不適法の効果が及ぶものではないと主張する

 しかしながら,親出願,子出願,孫出願及びそれ以降の分割出願は,それぞれ別個の出願手続であり,特許要件の具備の有無は別個独立に審査されるものであっても,孫出願の出願日の遡及の利益の享受は,飽くまで子出願の出願日の利益の享受であって,子出願が分割要件を満たして分割が適法に行われることを前提とするものであり,孫出願の出願日が子出願と無関係に本来の分割可能な時期から離れて無限定に親出願の出願日まで遡及するものではない。子出願に係る発明は,平成5年10月29日付け手続補正書により補正されたが,親出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内のものでないこととなったから,上記補正は,本来,不適法なものとして却下されるべきものであったが,却下されることなく,当該補正がされた発明のまま,いったん特許権の設定登録がされた後,その無効審決が確定し,子出願に係る特許権が初めから存在しなかったものとみなされたことは上記のとおりであって,子出願が分割要件を満たして分割が適法に行われたものでないことは明らかである。』

『(4) 原告は,子出願は,適法に分割出願されて登録をすべきことが確定した後に,特許法旧40条により,出願日が手続補正書提出日と擬制されたと主張するが同規定の適用は,上記補正後の子出願に係る発明が,子出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものでないこととなったから,出願日が補正書提出の日である平成5年10月29日とみなされることをいうためであって,このことと,子出願が親出願に対して分割の要件を満たさないこととは別異の事項である
  原告は,また,孫出願は,特許法旧44条1項所定の「願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる時又は期間内」という時期的制限を受けて,同年3月19日付け手続補正書(甲18)の内容を基に分割出願した他の権利であり,孫出願及びそれ以降の分割出願が子出願から適法に分割されていることは,本件審決も認定するところであると主張するが特許法44条2項本文に,「前項の場合は,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなす」と規定されているように,分割出願による遡及の利益の享受は,出願日が,「もとの特許出願」の出願日に遡及するというものであり,孫出願を「新たな特許出願」とすると,「もとの特許出願」とは子出願であるから,孫出願は,適法に分割された場合であっても,子出願の出願日に遡及するにすぎない

『(5) 原告は,さらに,本件特許出願に適用される昭和58年5月特許庁作成に係る審査基準においても,原出願が取り下げられ又は放棄された日と同日に出願された分割出願は適法であり,ただ,原出願が取り下げられ,放棄され又は無効とされた場合に,これらの行為がされた時点での原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一であるときには,分割出願は適法でないものとするとされており,子出願に係る権利が確定した後に無効になったからといって,孫出願及びそれ以降の分割出願までが無効になるものではないことは,特許庁における運用であると主張する
 しかしながら,子出願は,上記のとおり,特許法旧40条により,手続補正書の提出日が出願日とみなされたものであって,子出願が取り下げられ,又は放棄されたとみなされたものではないし,子出願が無効になったから孫出願が無効であるとの判断をしているものでもないことは明らかである。原告の上記主張は,本件審決を正解しないでこれを論難するものにすぎず,採用の限りではない。』

ある構成を省略できるかどうかの判断

2007-07-30 07:43:47 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成18(行ケ)10247
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年07月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 三村量一

『 原出願当初明細書等の上記①の記載からは,(b)成分が重要な意義を有することが認められるものの,(c)成分に比べて(b)成分の重要度がより強く認識されているからといって,(c)成分を含有しない発明が記載されていることにはならない。
また,確かに,実施例の組成物が含有する(d)成分やマレイン酸が任意成分であることは,原出願当初明細書等に明示的に記載されているが,任意成分であるとの記載がない(c)成分を,これらと同列に扱うことができないことは明らかである。
そして,原出願当初明細書等の上記③の記載は,(a)成分,(b)成分となり得る化合物の例を列挙するものであるが,原出願当初明細書等には,(a)成分及び(b)成分を含有し,(c)成分を含有しない組成物について記載されていないことは,前記イのとおりであり,かかる組成物の各成分となり得る化合物の例が記載されているということはできない。
 なお,原告が指摘するとおり,審決は,原出願当初明細書等に(a)成分と(b)成分とを含有することによる効果が示唆されているとしているが,すでに説示したとおり,原出願当初明細書等では,(c)成分が課題との関係で重要な役割を果たすものとされており,(c)成分を含まない組成物が課題を解決するに足る充分な性能を有することは,原出願当初明細書等から把握することができない。』

『特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されず,拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟においても,同様に解すべきものであるから(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁),拒絶査定不服審判において特許法29条1項各号に掲げる発明に該当するものとして審理されなかった事実については,取消訴訟において,これを同条1項各号に掲げる発明として主張することは許されない。しかしながら,審判において審理された公知事実に関する限り,審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすること,あるいは,複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては,その組合わせにつき審決と異なる主張をすることなどは,それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできないから,取消訴訟においてこれらを主張することが常に許されないとすることはできない。

 出願に係る発明につき,審判手続において公知事実から当業者が容易に想到することができるとして特許法29条2項に該当するものとして拒絶査定が維持された場合に,当該審決に対する取消訴訟において,被告が出願に係る発明は当該事実との関係で同条1項に該当すると主張することは,審判官が,出願に係る発明と当該公知事実との相違点を特に指摘し,そのために出願人が補正を行う機会を逸したことが認められるなどの特段の事情が存在しない限り,許されるというべきである。けだし,特許法が,特許出願に対する拒絶査定の処分が誤ってされた場合における是正手続として,一般の行政処分の場合とは異なり,常に審判官による審判の手続の経由を要求するとともに,取消訴訟は拒絶査定不服審判の審決に対してのみこれを認め,審決訴訟においては審決の違法性の有無を争わせるにとどめる一方で,第一審を東京高等裁判所の専属管轄とし(知的財産高等裁判所設置法により,東京高等裁判所の特別の支部である知的財産高等裁判所がこれを取り扱う。),事実審を一審級省略している趣旨は,出願人に対し,専門的知識経験を有する審判官による前審判断経由の利益を与えつつ,審判手続において,出願人の関与の下に十分な審理がなされることを期待したものにほかならないところ,上記の場合には,出願に係る発明と審判手続において審理された公知事実については,既に,出願人の関与の下に,審判官による判断がなされているからである。そして,この場合には,取消訴訟において新たな相違点についての判断が必要となるものではなく,出願に係る発明と既に審判手続において審理された公知事実との同一性を判断することは,改めて専門知見の下における判断を経る必要があるものとはいえない。』

課題が残る従来技術を含む発明を請求項に記載した分割出願

2007-06-08 22:43:30 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成18(ネ)10077
事件名 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日 平成19年05月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明
重要度 ☆☆☆

『ウ 以上を総合すれば,本件原出願の当初明細書等(乙6)によれば,「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクにおいて,「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成は,一連の課題解決のために必要不可欠な特徴的な構成であることを示している

 すなわち,本件原出願の当初明細書等は,「インクタンクのインク取り出し口を封止する部材」を「先端が鋭くないインク供給針でも貫通できるフィルム」とするインクタンクにおいて,「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を具備しない技術には課題が残されていることを明確に示して,これを除外していると解される。したがって,本件原出願の当初明細書等のいかなる部分を参酌しても,上記の構成を必須の構成要件とはしない技術思想(上位概念たる技術思想)は,一切開示されていないと解するのが相当である

 以上のとおりであって,「インク取り出し口の外縁をフィルムより外側に突出させる」との構成を必須の構成としない本件発明が,本件原出願の当初明細書等に記載されているとの控訴人の主張は,採用することができない。

3 小括
したがって,本件分割出願は,分割要件を欠く不適法なものであるから,その出願日は本件原出願の時まで遡及せず,現実の出願日である平成12年12月21日となる。』

原明細書に多数開示された要素のうち一部のものを選択した分割出願は認められるか

2007-02-04 09:48:29 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成18(行ケ)10124
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年01月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 飯村敏明

4  取消事由2(本件出願の分割出願の要件の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件発明は,3次元フレーム枠形状測定装置の「出力結果」の構成要素として「フレームカーブ」,「ヤゲン溝の周長」,「瞳孔間距離」及び「傾斜角」を選択し,この組合せで構成要素が特定されているのに対して,原明細書には,出力結果として多数の構成要素が挙げられ,本件発明の上記組合せで選択する旨の記載はないので,本件出願は,原出願に実質的に開示されていない事項を付加したものであり,分割出願の要件を満たさず,したがって,本件出願の出願日は,原出願の出願日に遡及せず,現実の出願日(平成11年7月27日)であり,本件発明は,本件出願前に頒布された刊行物である刊行物1(原明細書)に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたと主張する

ア しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。
  (ア)  原明細書(甲1)には...(中略)...との記載がある。
 上記記載及び図1(甲1)によれば,原明細書には,フレーム形状測定器102において算出された眼鏡フレームの「フレームカーブCV,ヤゲン溝の周長L,フレームPD(瞳孔間距離)FPD,フレーム鼻幅DBL,フレーム枠左右および上下の最大幅であるAサイズおよびBサイズ,有効径ED,左右フレーム枠のなす角度である傾斜角TILT」の各データが,フレーム形状測定器102から端末コンピュタ101に送られ,その画面表示装置に表示されることが記載されているものと認められる。
  (イ)  そして,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)によれば,本件発明においては,「...(中略)...」構成を有するものであるところ,その3次元フレーム枠形状測定装置の出力結果として表示装置の画面に表示される「フレームカーブ,ヤゲン溝の周長,フレームPD(瞳孔間距離),左右フレーム枠のなす角度である傾斜角」の各データは,いずれも原明細書において端末コンピュタ101の画面表示装置に表示されるデータに含まれているから,本件発明の上記構成は原明細書に記載された事項の範囲内のものであると認められる。
 また,本件明細書(甲8)には,前記ア(ア)の原明細書の記載部分と同一の記載(段落【0035】)のほかに...(中略)...との記載があるが,表示装置の画面に表示されるデータを「少なくともフレームカーブ,ヤゲン溝の周長,フレームPD(瞳孔間距離),左右フレーム枠のなす角度である傾斜角」と特定したことによって原明細書に開示されていない格別の作用効果を奏することについての記載はない

  (ウ)  加えて,原明細書の段落...(中略)...等には,本件発明(請求項1)の各構成要件が開示されているものと認められる
  (エ)  そうすると,本件出願は原出願との関係で特許法44条1項の分割出願の要件を満たすというべきであり,同条2項の規定により,本件出願の出願日は原出願の出願日である平成4年6月24日に遡るものと認められる。

イ これに対し原告は,原明細書には,画面表示装置に表示されるデータとして,「フレームカーブ,ヤゲン溝の周長,フレームPD(瞳孔間距離),左右フレーム枠のなす角度である傾斜角」(本件発明のもの)のほかに,多数の構成要素が挙げられ,本件発明のデータの組合せを選択する旨の記載はないから,本件出願は分割出願の要件を満たさないと主張する
 しかし,前記ア(イ)のとおり,本件明細書には,本件発明で特定されたデータによって原明細書に開示されていない格別の作用効果を奏することの記載はなく,このような作用効果を奏するものとは認められないので,原明細書に,本件発明で特定されたデータの組合せを選択する旨の記載はないからといって,本件出願は分割出願の要件を満たさないということはできず,原告の上記主張は採用することができない

分割の適法性(発明原理が同じであれば適法か)

2006-12-03 11:45:52 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成17(行ケ)10796
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年11月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長 裁判官 三村量一

『(3) 本件出願は原出願の分割出願として出願されたものであり,分割出願として適法であるためには,本件出願に係る訂正発明が原明細書に包含されていたものでなければならない(特許法44条1項)。
訂正発明はリニアモータ以外の駆動装置を具体的に特定するものではなく,訂正発明の技術的範囲に駆動装置がリニアモータ以外のエレベータも含まれる(このことは,当事者間に争いがない。)。
前記(1)のとおり,原明細書には,「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」についての記載があるのみで,これ以外の駆動方式(例えば,巻上機駆動方式や油圧駆動方式)の機械室レスエレベータ装置についての記載は一切存在しない。
(4) 被告は,原明細書の記載から吊り車を傾斜させてA3(図1(b))<A2(図15(b))とすることが「昇降路の寸法を低減できる」という効果の理由であることを当業者が理解することは容易であり,このことは,エレベータをどのような駆動方式で駆動するかとは無関係であり,原明細書には,訂正発明1ないし4の構成と効果の関係が当業者に容易に理解できるように記載されているから,本件出願は適法な分割出願であると主張する。しかし,原明細書に訂正発明が包含されるかどうかは,原明細書の記載に基づいて定められるべきものである。仮に,吊り車を傾斜させて昇降路の寸法を低減できるという効果を奏することがエレベータの駆動方式と関係しないとしても,そのことと原明細書に訂正発明が開示されているか否かとは別問題であるから,そのことから原明細書に訂正発明の開示があるということはできない。
前記(1)のとおり,原明細書には,「機械室レスエレベータ装置」として「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」のみが記載されているのであり,吊り車を傾斜させることにより他の駆動方式によるエレベータにおいても昇降路の寸法を低減できるという効果を奏することができることを示す記載や,「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」が「機械室レスエレベータ装置」の例示にすぎないことを示す記載は存在しない。また,原明細書では,産業上の利用分野,従来の技術,発明が解決しようとする課題,課題を解決するための手段,実施例を通じて,終始「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」について説明されている。これらの記載によれば,原明細書記載の発明は,従来の「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」につき吊り車の構成の工夫により昇降路の寸法を低減する改良を加えたものであって,その対象となるエレベータを駆動方式として「リニアモータ駆動方式」を用いるものに限定した発明というべきである。』

(感想)
 高裁は、一貫して、原出願の開示範囲からの逸脱を厳しくとがめてきた。その流れを、はっきりと意識させる判決。一方で、審判は、分割要件(44条)については大目に見ている。これは、特許庁の審判一般にいえる傾向かもしれない。記載要件(36条)についても同様である。
 特許法は、自由競争の原理に例外をもうけて、発明の公開を条件に独占権を付与するものであること、に立ち返れば、特許権の効力がより強化されている今日においては、より明細書記載を重視した審査がなされるべきであり、特許法44条や36条の運用は、法の趣旨に忠実であるべきで、裁量により緩和すべきでものではない。
 したがって、本判決は支持されるべきものであって、実務者にとっては、重要な意味を持つものと考える。

キルビー特許の玄孫 発明の同一性と39条の導入

2006-03-16 21:37:37 | 特許法44条(分割)
◆H13. 3.28 東京高裁 平成10(行ケ)82 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法44条

<経緯>
本件特許は、
1. 昭和35年2月6日(優先権主張・1959年(昭和34年)2月6日及び同月12日、アメリカ合衆国)の、特許法(大正10年法律第96号、以下「旧特許法」という。)に基づく出願に係る特願昭35-3745号出願から、昭和39年1月30日に分割出願された特願昭39-4689号出願(以下「本件原出願」という。)から、
2. 更に昭和46年12月21日に分割出願された特願昭46-103280号出願(以下「本件出願」といい、本件出願である分割出願を「本件分割出願」という。)につき、昭和61年11月27日に出願公告がされ、平成元年10月30日に設定登録されたもの
である。
   特許庁は、同請求を平成6年審判第9675号事件として審理した上、「特許第320275号発明の特許を無効とする。」との審決をした。

<原発明と本願発明>
(原発明)
 1主面を有する単一の半導体薄板より成る半導体装置に於いて、
  該薄板に形成され、上記1主面で終るP-n接合に依り画成された少く共1つの領域を含む少く共1つの受動回路素子、
  該受動回路素子との間に必要な絶縁を与えるように、該受動回路素子から離間されて上記薄板に形成され、上記1主面で終るP-n接合に依り画成された少く共1つの領域を含む少く共1つの能動回路素子、
  上記1主面を実質的上全部被覆し接触部のみを露出するように上記領域の少く共2つに対応して設けられた孔を有するシリコンの酸化物より成る絶縁物質、
  該絶縁物質に密接し上記少く共2つの領域間に延び上記孔を通して上記領域を電気的に接続する電気導体とを具備する事を特徴とする半導体装置。

(本願発明)
 複数の回路素子を含み主要な表面及び裏面を有する単一の半導体薄板と;
   上記回路素子のうち上記薄板の外部に接続が必要とされる回路素子に対し電気的に接続された複数の引出線と;
  を有する電子回路用の半導体装置において、
 (a)上記の複数の回路素子は、上記薄板の種々の区域に互に距離的に離間して形成されており、
 (b)上記の複数の回路素子は、上記薄板の上記主要な表面に終る接合により画定されている薄い領域をそれぞれ少くともひとつ含み;
 (c)不活性絶縁物質とその上に被着された複数の回路接続用導電物質とが、上記薄い領域の形成されている上記主要な表面の上に形成されており;
 (d)上記互に距離的に離間した複数の回路素子中の選ばれた薄い領域が、上記不活性絶縁物質上の複数の上記回路接続用導電物質によって電気的に接続され、上記電子回路を達成する為に上記複数の回路素子の間に必要なる電気回路接続がなされており;
 (e)上記電子回路が、上記複数の回路素子及び上記不活性絶縁物質上の上記回路接続用導電物質によって本質的に平面状に配置されている;
  ことを特徴とする半導体装置。


<注目点>
(クレーム解釈1)
 原発明が、本件発明と同様「半導体装置」である以上、何らかの所定の用途を有するものというべきところ、この「半導体装置」につき当該所定の用途を達成するためには、各受動回路素子を構成する領域と各能動回路素子を構成する領域の全部ではなく、そのうちの接続する必要のある領域のみを選択して電気的に接続しなければならないことは技術常識というべきである。

(クレーム解釈2)
 上記所定の機能を有する受動回路素子と能動回路素子の電気的接続によって所定の動作が行われるに至ることが明らかであるから、原発明の「半導体装置」が「電子回路用の半導体装置」であることも技術常識というべきである。そして、所定の用途、すなわち、電子回路を達成するために、接続する必要のある回路素子の領域を選択して電気的に接続されることは上記のとおりであるから、原発明は「電子回路を達成するために複数の回路素子の間に必要な電気回路接続がなされている」ということができるものである。

(クレーム解釈3)
 本件明細書上、「電子回路の能動及び受動成分或いは回路素子は半導体の薄板の一面或いはその近くに形成される」等の本件発明の特徴的な構成の「結果」として、「得られる回路は本質的に平面状に配置される」とされているのであるから、「回路が本質的に平面状に配置される」ことは、他の特定の構成のもたらす結果であって、それ自体が他の技術的事項から独立した本件発明の特徴でないことは明らかである。いい換えれば、本件発明の要件eは、その余の要件についての実質的な重複記載にすぎず、他の要件から区別される別個の技術的事項ではない。したがって、本件発明と原発明との対比に当たって、要件eは、本来、独立に顧慮する必要がないものである。このことは、「平面状配置」を、「平坦な配置」と解しても、原告が主張するように「二次元的な広がりを持った配置」と解しても変わりがない。

(上位概念と下位概念の発明の対比)
 発明は「技術的思想」であるが、これを言語的に表現しようとする場合、その具体的表現形態や用いる概念の上下位のレベルが様々であり得るから、例えば、発明のある要素を上位概念で表現したときと、下位概念で表現したときとでは、それぞれの包含する範囲は完全に同じではないが、下位概念で規定したことに格別の技術的意義がなければ、それぞれの表現するものは1個の同じ発明(技術的思想)である。そして、発明(技術的思想)は、実際には、明細書の特許請求の範囲の記載と、発明の一般的説明及び実施態様ないし実施例とを手掛りとし、発明の目的及び作用効果も考慮して把握されるものであり、特許請求の範囲において異なる表現がされていても、発明の目的、構成、効果の説明及び実施例を通じて把握される技術的思想が同じであれば、作用効果に格段の差異があるような場合は別として、発明としては一つのものしか存在しない。

(審査基準から見た同一性)
    特許庁の審査基準は、発明の同一性の基準に関し、技術的思想が同一である場合を「発明が実質的に同一」としており、これは、上記のように、特許請求の範囲において異なる表現がされていても、把握される発明が一個、かつ、同一である場合に相当する。そして、審査基準は「実質的に同一」に当たる例として、①両発明の構成を表す表現に差異があってもその差異が同一内容を表す単なる表現上の差異にすぎない場合、②両発明の構成の差異が、発明の目的効果に格別の差異を生じさせず、当業者が普通に採用する程度の「単なる構成の変更」である場合、③両発明の構成の差異が自明又は無意味な条件の付加や限定の有無にしかない場合、④両発明の構成の差異が下位概念で記載された構成と、その上位概念で記載された構成の差異に相当し、しかも下位概念で記載された発明が出願時の技術水準で判断して上位概念発明として把握でき、下位概念で記載された点に発明がない場合等を挙げているところ、その②ないし④は、発明の構成要件に、概念の上下位の関係、付加要件の存否等の違いがあって、発明の範囲は完全には重ならないが、それでも発明(技術的思想)が同一であるとされるのである。
    以上のように、技術的思想としての発明が複数(別個)であるかどうかの判断に当たって、発明の範囲が完全に重なるかどうかは決め手とならないのである。特許法の下において、発明の同一性に関し従来から定着してきた判断基準は、発明の「同一」の外に発明の「単一」というような概念を必要としないし、もとより、発明の範囲が完全に重なり合うかどうかによって、発明の同一性を判断するというような考え方は採っていない。そして、旧特許法の規定は、特許請求の範囲に単項で記載された発明が多数の実施態様を含む包括的思想であることを前提とするものであり、その一発明の概念は、少なくとも特許法における一発明の概念より狭いものではない。
    なお、本件発明と原発明とは、それぞれの特許請求の範囲が包含する範囲が大部分重複し、しかも唯一ともいえる実施態様が共通する関係にあり、さらに、発明の目的及び効果の点でも異なるとはいい難いから、両者が技術的思想として区別すべき内容をもった別の発明であるとは到底認められない。

(新審査基準との整合性、39条導入の妥当性)
○ 新審査基準の内容
 特許法44条及び39条は、それぞれ旧特許法9条及び8条に対応する規定であるところ、旧審査基準は、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを特許法44条の分割出願の実体的要件の一つとした上で、その場合の発明の同一性に関する判断を同法39条における発明の同一性の審査基準に従って行うこととしていたが、新審査基準は、「①分割直前の原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されていること」、「②分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の一部を分割出願に係る発明としていること」(要件②は「②-1分割出願に係る発明が分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明であること」及び「②-2分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を分割出願に係る発明としたものでないこと」に分けられる。)並びに「③分割出願の明細書又は図面が、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないこと」を特許法44条の分割出願の実体的要件とし(公告決定謄本送達後の分割出願に固有の要件を除く。)、「原出願の明細書又は図面に発明が一つしか記載されていない場合に分割出願をしようとすれば、必ず原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を出願することになる。したがって、原出願の明細書又は図面に記載された発明の一部を分割出願としたものであれば、原出願の明細書又は図面には二以上の発明が記載されていたことになる」ので、要件②が満たされれば要件①が満たされ、また要件③が満たされれば要件②-1も満たされるから、結局、要件②-2と要件③が満たされれば、実体的要件が満たされるとし、さらに、「分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一である場合の取扱い」につき、「分割出願が適法であり、分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一である場合には、特許法第39条第2項の規定が適用される」としたこと、新審査基準は、上記取扱いの適用対象を平成6年1月1日以降の特許出願に限ることとしていることは、当裁判所に顕著である。
○ 改善多項制導入まで
上記のように、新審査基準が、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを特許法44条の分割出願自体の実体的要件としないこととしたのは、被告主張のとおり、昭和62年法律第27号による特許法の一部改正によって導入された改善多項制に対応する同条の解釈の変更に基づくものと解すべきである。
    すなわち、分割出願の制度は、明細書に記載されている二つ以上の発明のそれぞれを権利とする途を開く目的とともに、二つ以上の発明が同一出願に包含されているときに、そのことに起因して本来拒絶の理由を含まない発明が拒絶の対象となることを防ぐ目的をも併せ有するものであり、特に、旧特許法の下においては、同法の厳格な一発明一出願の原則(7条)の適用による出願人の不利益の救済を図る機能を有していたことは明らかである。そして、前示のとおり、分割出願においては、原出願に係る発明(原出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明)と分割出願に係る発明(分割出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明)とが同一の発明ではないことが前提となるのであるから、分割出願に係る発明が、原出願に係る発明と同一であることにより、二重特許を防ぐための規定(8条)によって、結局は拒絶されるに至る場合においても、いったんは出願日遡及の利益を付与するものとすることは、上記制度の趣旨及び機能からしても意味のないことであるとともに、出願手続に係る権利関係を複雑化する要因ともなりかねない。単項制の下においては、同一の発明でないかどうかを判断することも通常は容易であって迅速に行い得ることであるから、適法な分割出願として出願日遡及の利益を付与するための要件として、原出願に係る発明と同一でないことが必要であり、旧特許法9条1項の「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願」を「二以上ノ出願ト為」すこととの規定は、このような趣旨をも含むものであって、以上のことは、特許法44条1項の下においても改善多項制の採用に至るまでは同様であったものと解するのが相当である。
○ 改善多項制導入後
 しかしながら、改善多項制の採用により、一発明につき複数の請求項を独立形式で記載することが可能となる(昭和62年法律第27号による改正に係る特許法36条5項)とともに、一個の出願とすることのできる二以上の発明の範囲が拡大された(同改正に係る同法37条)後は、原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一の発明でないかどうかを判断することが必ずしも容易ないし迅速に行い得なくなったことは明らかである。
    そうすると、上記のとおり、旧特許法9条1項及び特許法44条1項により適法な分割出願であるために分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを要件とすべきことの根拠は、同一の発明でないかどうかを判断することが通常は容易であって迅速に行い得ることにあったと解される。ところが、改善多項制が採用されたことにより、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを適法な分割出願の要件とするとその審査に時間と労力とを要しかねないことになったのであるから、出願日遡及の利益を付与することによる権利関係の複雑化を避けるために、改善多項制の下においては、特許法44条1項は分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことは不要とし、両発明が同一でないかどうかは同法39条において判断されるべき制度になったものと解することができる。すなわち、同法44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願の一部」との要件の意義が、上記「①分割直前の原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されていること」及び「②分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の一部を分割出願に係る発明としていること」をその内容とする(具体的には「②-2分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を分割出願に係る発明としたものでないこと」及び「③分割出願の明細書又は図面が、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないこと」を確認すれば足りる。)ように変容したものと解することが相当である。この場合、同項自体に改正があったわけではないが、全体としての法体系の一部が変わったことにより、それ自体としては改正のない条項の解釈に変化が生ずることもあり得ることである。したがって、新審査基準における分割出願の取扱いが、旧特許法9条1項についての上記解釈に消長を来すものとはいえない。


<感想>
 原出願のクレームに言語的に上位概念で記載された発明と分割出願の言語的に下位概念で記載された発明との同一性の判断を行った判決。上位概念と下位概念の発明の対比のリーディングケースと思われる。
 また、新審査基準における分割出願への39条の判断の導入について、旧特許法9条1項についての上記解釈に消長を来すものとはいえないと判示した点も注目される。
 また、改善多項性下において、特許法44条の同一の要件を判断することが容易である場合は、判断してよいと解釈できるが、そのようにして遡及が否定された場合に裁判所がどのような判断を示すのか注目される。

分割出願の新規事項と訂正

2006-02-27 22:30:00 | 特許法44条(分割)

◆H15. 9.25 東京高裁 平成14(行ケ)188 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法44条(分割)

(経緯等)
対象特許は、特許第3043694号の特許(平成4年1月16日に出願された平成4年特許願第5742号(以下「本件原出願」という。)の分割出願。 平成9年11月27日に特許出願され,平成12年3月10日に特許権設定登録。請求項の数は1。 特許異議の申立。 この審理の過程で,本件出願の願書に添付した明細書について,訂正を請求したものの、特許庁は,審理の結果,平成14年3月4日に,「特許第3043694号の請求項1に係る特許を取り消した。

(原告主張と判示事項一覧)
原告: 特許法120条の4第2項の規定の趣旨に照らすと,分割要件違反を理由として指摘された事項を削除する訂正は許容されてしかるべきである
判示事項:(特許法120条の4第2項の趣旨) いったん特許となった発明については,その対象を確定して権利の安定を保証する趣旨から,特許明細書の訂正は,むやみに許容すべきではない。他方,明細書中に瑕疵が存在する場合,その瑕疵を是正して無効理由や取消理由を除去することができるようにしなければ,特許権者に酷であり発明を適切に保護することができない。 特許法120条の4第2項は,上記の相反する要請の調和の観点から,一定の事項を目的とする場合に限って特許明細書の訂正を許容することを規定したものである。このような同条項の趣旨に照らすと,特許査定がなされた後に取消理由通知を受けた場合に,取消理由を回避するための訂正が認められるためには,同条項に規定された要件を満たすことが必要であることは,明らかなことというべきである。

原告: 原明細書に記載されていない発明が本件明細書に含まれていることが分割要件に違反するとの前提に立つならば,本件明細書の記載内容は,本件原当初明細書との関係で言えば不整合な記載事項であり,かつ,その記載事項は分割出願の明細書の記載事項として記載してはならない事項を誤って記載したものである。 したがって、訂正請求に係る訂正は,特許法第120条の4第2項2号もしくは3号に規定された「誤記の訂正」若しくは「明りょうでない記載の釈明」を目的とする訂正に該当するものと扱われるべきである。
判示事項1:特許法120条の4第2項にいう「願書に添付した明細書又は図面」とは,訂正請求時の特許明細書である本件明細書のことであると解すべきことは,条文の文理上明らかである。この規定によれば,同条項に規定する訂正の目的の要件を満たすか否かは,訂正請求時の特許明細書である本件明細書と,訂正後の明細書とを対比して判断すべきことが明らかであって,原当初明細書との関係を考慮することはできない。 原告: 本件訂正請求を認めないことは,結果として,本件出願の審査段階で分割要件を欠くことを看過したまま特許査定をした審査上の過誤の責を特許権者に負わせることとなり,不合理である。
判示事項2:特許が登録要件を欠くことが審査段階で看過され特許査定及び設定登録がなされた後に,特許異議の手続の段階でこのことが判明し,取消理由通知がなされることがあることは,特許法が制度として当然に予定していることである。特許法が,このような場合において,審査段階で登録要件を欠くことを指摘しなかったことを理由に訂正を広く認める立場を採用していないことは,訂正の事由を一定の場合に制限した特許法120条の4第2項ただし書の規定から明らかというべきである。 実質的にみても,このような特許権者は,登録要件を欠く出願を自らした者であるから,いったんそのまま特許査定及び設定登録を受けた以上,その後において,結果的に,審査段階で登録要件を欠くことが指摘された場合に比べて不利益な扱いを受けることになったとしても(例えば,新たに分割出願をし直すことができなくなるなど),やむを得ないというべきであって,このことを不合理ということはできない。 原告の主張するところは,結局のところ,分割要件違反の理由として指摘された事項を削除する訂正でありさえすれば,特許法120条の4第2項に規定された目的を満たすか否かを判断するまでもなく,許容されるべきである,というに帰し,分割出願の明細書の訂正の名の下に,分割出願のやり直しを認めるべきである,というに等しいものであって,このような主張は,採用することができない。

 原告: 本件原当初明細書に接した当業者は,本件難燃剤が,樹脂一般や従来の有機リン系難燃剤が使用される樹脂や,応用例2の樹脂組成物においても有効であることを,明文の記載がなくとも,本件原出願時の技術常識に照らし,当然に理解することができるから,これらの樹脂に対して適用する難燃剤の発明も本件原当初明細書に実質的に記載されているとみるべきである
 判事事項:  本件原当初明細書には,本件難燃剤は,特定の適用対象である樹脂との関連において記載されており,同明細書中に他の適用対象については一切記載されていないことは上記のとおりであり,このような本件原当初明細書の記載状況の下では,明文の記載がないにもかかわらず,そこに記載された難燃剤が他の樹脂にも有効であることが実質的に記載されているとみることができる,というためには,相当に明確な根拠が必要であるというべきである。 仮に,原告が主張するように,本件原出願当時,従来公知の有機リン系難燃剤が樹脂一般に対し難燃化の点で有効であるとの技術常識があったとしても,そのことは,本件原当初明細書の上記記載状況の下で,同明細書において新規とされている難燃剤が,一般に他の樹脂に対しても同様の効果を奏することが自明であるとするに足りるものではないことが,明らかである。

(感想)
実務を行う上で、たいへん参考になる判示事項である。