知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

一部に人間の精神活動を含む請求項

2008-08-31 11:41:38 | 特許法29条柱書
事件番号 平成20(行ケ)10001
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

第5 当裁判所の判断
1 取消事由2について
 当裁判所は,本願発明が,人の精神活動又は人為的取り決めであり,自然法則を利用したものといえないとした審決の論理及び結論には誤りがあると解する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 特許法2条1項所定の発明の意義
 特許法2条1項は,発明について,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定する。したがって,ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が,いかに,具体的であり有益かつ有用なものであったとしても,その課題解決に当たって,自然法則を利用した手段が何ら含まれていない場合には,そのような技術的思想の創作は,特許法2条1項所定の「発明」には該当しない

 ところで,人は,自由に行動し,自己決定することができる存在であり,通常は,人の行動に対して,反復類型性を予見したり,期待することは不可能である。したがって,人の特定の精神活動(社会活動,文化活動,仕事,余暇の利用等あらゆる活動を含む。),意思決定,行動態様等に有益かつ有用な効果が認められる場合があったとしても,人の特定の精神活動,意思決定や行動態様等自体は,直ちには自然法則の利用とはいえないから,特許法2条1項所定の「発明」に該当しない。
 他方,どのような課題解決を目的とした技術的思想の創作であっても,人の精神活動,意思決定又は行動態様と無関係ではなく,また,人の精神活動等に有益・有用であったり,これを助けたり,これに置き換える手段を提供したりすることが通例であるといえるから,人の精神活動等が含まれているからといって,そのことのみを理由として,自然法則を利用した課題解決手法ではないとして,特許法2条1項所定の「発明」でないということはできない

 以上のとおり,ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が,その構成中に,人の精神活動,意思決定又は行動態様を含んでいたり,人の精神活動等と密接な関連性があったりする場合において,そのことのみを理由として,特許法2条1項所定の「発明」であることを否定すべきではなく,特許請求の範囲の記載全体を考察し,かつ,明細書等の記載を参酌して,自然法則の利用されている技術的思想の創作が課題解決の主要な手段として示されていると解される場合には,同項所定の「発明」に該当するというべきである
この観点から,本願発明が,特許法2条1項所定の「発明」に当たるか否かについて検討する。

・・・

(3) 特許法2条1項所定の「発明」への該当性について
ア前記(2)の認定を基礎に,本願発明の特許法2条1項の「発明」該当性について判断する。
本願発明の特徴は,以下のとおりである。
 すなわち,英語においては,発音のパタンが多く,文字と発音の「ズレ」も著しいため,発音から文字の綴り字を推測することは難しい。その点を解決するための手段として,本願発明は,非母語話者であっても,一般に,音声(特に子音音素)を聞いてそれを聞き分け識別する能力が備わっていることを利用して,聞き取った音声中の子音音素を対象として辞書を引くことにより,綴り字が分からなくても英単語を探し,その綴り字,対訳語などの情報を確認できるようにし,子音音素から母音音素へ段階的に検索をすることによって目標単語を確定する方法を提供するものである。
 そして,子音を優先抽出して子音音素のローマ字転記列をabc順に採用している点からすると,本願発明においては,英語の非母語話者にとっては,母音よりも子音の方が認識しやすいという性質を前提として,これを利用していることは明らかである。

 そうすると,本願発明は,人間(本願発明に係る辞書の利用を想定した対象者を含む。)に自然に具えられた能力のうち,音声に対する認識能力,その中でも子音に対する識別能力が高いことに着目し,子音に対する高い識別能力という性質を利用して,正確な綴りを知らなくても英単語の意味を見いだせるという一定の効果を反復継続して実現する方法を提供するものであるから,自然法則の利用されている技術的思想の創作が課題解決の主要な手段として示されており,特許法2条1項所定の「発明」に該当するものと認められる

イ この点につき,審決は,特許法2条1項所定の「発明」に該当しない根拠を,概要,以下のとおり述べる。

(ア) 「一,・・・。」との記載は,対訳辞書の引く方法の特徴というよりは,引く対象となる対訳辞書の特徴というべきものであって,本願発明の「辞書を引く方法」は,人間が対訳辞書を引く方法を特許請求するものであると解釈可能であるから,対訳辞書の特徴がどうであれ人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めに留まるものである。

「二,・・・。」との記載は,この特徴もやはり対訳辞書の引く方法の特徴というよりは,引く対象となる対訳辞書の特徴というべきものであって,本願発明の「辞書を引く方法」は,人間が対訳辞書を引く方法を特許請求するものであると解釈可能であるから,対訳辞書の特徴がどうであれ人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めに留まるものである。

「三,・・・。」との記載は,人間の聴覚で識別された言語音の音響特徴にしたがって分類処理し,人間が対訳辞書を引く方法を記述しているものであり,人間の聴覚で識別された言語音の音響特徴を分類処理することは,専ら人間の精神活動を規定したものにすぎず,人間の精神活動である分類処理の結果にしたがって,人間が辞書を引く動作は,人間が行うべき動作を特定しており,人為的取り決めそのものといえ,やはり,自然法則を利用しているものとはいえないなどの理由を述べる


(イ) しかし,審決の判断は,以下のとおり失当である。
 前記(1)のとおり,出願に係る特許請求の範囲に記載された技術的思想の創作が自然法則を利用した発明であるといえるか否かを判断するに当たっては,出願に係る発明の構成ごとに個々別々に判断すべきではなく,特許請求の範囲の記載全体を考察すべきである(明細書及び図面が参酌される場合のあることはいうまでもない。)。
 そして,この場合,課題解決を目的とした技術的思想の創作の全体の構成中に,自然法則の利用が主要な手段として示されているか否かによって,特許法2条1項所定の「発明」に当たるかを判断すべきであって,課題解決を目的とした技術的思想の創作からなる全体の構成中に,人の精神活動,意思決定又は行動態様からなる構成が含まれていたり,人の精神活動等と密接な関連性を有する構成が含まれていたからといって,そのことのみを理由として,同項所定の「発明」であることを否定すべきではない

 そのような観点に照らすならば,審決の判断は,
① 「対訳辞書の引く方法の特徴というよりは,引く対象となる対訳辞書の特徴というべきものであって,・・・対訳辞書の特徴がどうであれ人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めに留まるものである」などと述べるように,発明の対象たる対訳辞書の具体的な特徴を全く考慮することなく,本願発明が「方法の発明」であるということを理由として,自然法則の利用がされていないという結論を導いており,本願発明の特許請求の範囲の記載の全体的な考察がされていない点,及び,
② およそ,「辞書を引く方法」は,人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めであると断定し,そもそも,なにゆえ,辞書を引く動作であれば「人為的な取り決めそのもの」に当たるのかについて何ら説明がないなど,自然法則の利用に当たらないとしたことの合理的な根拠を示していない点
において,妥当性を欠く。したがって,審決の理由は不備であり,その余の点を判断するまでもなく,取消しを免れない。

 のみならず,前記のとおり,本願の特許請求の範囲の記載においては,対象となる対訳辞書の特徴を具体的に摘示した上で,人間に自然に具わった能力のうち特定の認識能力(子音に対する優位的な識別能力)を利用することによって,英単語の意味等を確定させるという解決課題を実現するための方法を示しているのであるから,本願発明は,自然法則を利用したものということができる。

 本願発明には,その実施の過程に人間の精神活動等と評価し得る構成を含むものであるが,そのことゆえに,本願発明が全体として,単に人間の精神活動等からなる思想の創作にすぎず,特許法2条1項所定の「発明」に該当しないとすべきではなく,審決は,その結論においても誤りがある

課題に対する解決方法を異にする主引用例

2008-08-31 10:52:26 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10412
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,取消事由1に関する原告の主張には理由があり,原告の請求を認容すべきものと判断する。
 すなわち,引用発明は,ボールジョイントにより「支竿(2)」を揺動させることで,「支竿(2)」の上端に設けた「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とするものであるのに対し,本願発明は,弾性的支柱の弾性変形により,弾性的支柱の上端に設けたアームレストを略水平方向に移動可能とするものであり,両者は課題に対する解決方法を異にするものであるから,引用発明は,本願発明に係る技術を示唆するものではない。以下,その理由を述べる。
・・・
(3) 相違点1についての容易想到性の有無
ア 以上認定した事実を前提にすると,引用発明においては,「支竿(2)」は,その下端の「ボールジョイント(5)」により揺動することで,その上端が略水平方向に移動可能であり,それによって,その上端に設けられた「腕受け(1)」が略水平方向に移動可能としたものである。引用発明の「腕受け(1)」が本願発明の「アームレスト」に相当するところ,刊行物1には,「支竿(2)」の弾性について何ら記載されるところはない。

 すなわち,本願発明は,弾性的支柱の弾性変形により,弾性的支柱の上端に設けたアームレストを略水平方向に移動可能とするのに対し,引用発明は,ボールジョイントにより「支竿(2)」を揺動させることで,「支竿(2)」の上端に設けた「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能としているといえるから,引用発明は,本願発明の弾性力をもって水平方向に移動可能に支承するという弾性的支柱の技術的意義を記載・示唆するものではない

 したがって,「弾性的支柱」と「支竿(2)」とはそれらの技術的意義が相違するから,上端に支持した「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とするために,「支竿(2)」として弾性を有する素材を採用することが刊行物1に示唆されているとはいうことができない。

イ また,引用発明と周知技術との組合せについても,以下のとおり容易とはいえない
 すなわち,上記(1)で述べたとおり,引用発明には,「ボールジョイント(5)」により,「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とするという技術的思想が記載されており,「支竿(2)」の弾性により「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とする技術的思想は開示も示唆もされていない。
 そうすると,本願発明と引用発明とは,腕受け(アームレスト)を水平方向に移動可能とする点において,技術的思想が異なるから,仮に身体保持具としての弾性力のある支柱が甲2及び甲3により周知の技術であるとしても,引用発明において,「支竿(2)」の上端に支承された「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とする手段として,「ボールジョイント(5)」に代えて,上記周知技術を適用することが容易であったいうことはできない

(4) 被告の主張に対し
ア 被告は,本願明細書の「受台3は床に置かれたスタンド4に載せられ,床から受台3までの垂直な支柱2によって,支持されており,多少弾力性を含んでいてもよい。」との記載を根拠に,「支柱(2)」は弾力性を有さないものであってもよく,「弾性的支柱」は「支柱(2)」とは別個の部品であり,かつ「アームレストを弾力をもって支承するためのばね」と別のばねにより,アームレストを略水平方向に移動させるものも含まれると主張する
 しかし,被告の上記主張は,以下のとおり採用できない。
 すなわち,前記説示のとおり「弾性的支柱」は特許請求の範囲の記載に基づいて,それ自体が弾性を有する支柱と解すべきであり,上記本願明細書の記載は,単に「受台(3)」が弾性を含んでもよいとの趣旨を記載したにすぎないものと解するのが合理的である。したがって,被告の主張は失当である。

イ また,被告は,本願発明には「弾性的支柱が本来の待機位置を有するものである」ことを裏付ける事項が記載されていないと主張する。
 しかし,被告の上記主張も,以下のとおり採用できない。
 前記(1)で検討したとおり,「弾性的支柱」は,特許請求の範囲の記載に基づいてそれ自体が弾性を有する支柱であり,「弾性的に変形し,その変形による弾性復元力で原形に復元する支柱」であると解されるから,本来の待機位置を有するものと理解するのが合理的である。本願発明の「弾性的支柱」は,アームレストを水平方向に移動させる際に本来の待機位置を有するものであるといえる。したがって,被告の主張は失当である。

請求項の多義的な特定事項の解釈のうち技術常識に反するものの扱い

2008-08-31 08:25:42 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10299
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 取消事由1(請求項1記載の文言の明確性)について
(1) 審決は,請求項1記載の「撚成されたモノフィラメントからなるシングル撚糸」について,「撚成された」の記載が「モノフィラメント」あるいは「シングル撚糸」のいずれを修飾するのか,「モノフィラメント」の記載が単数あるいは複数のいずれであるのか,が一義的に明らかではなく,同記載部分は,①「撚って成る1本のモノフィラメント」からなる片撚糸,②「撚って成る複数本のモノフィラメント」からなる片撚糸,③撚って成る「1本のモノフィラメントからなる片撚糸」,④撚って成る「複数本のモノフィラメントからなる片撚糸」の4通りに解釈できるが,いずれも,その意味する技術内容が不明りょう又は多義的であって,一義的に定まらないから明確でないと判断した。
(2) しかし,以下のとおり,審決の上記判断には誤りがある。
ア現明細書の記載
現明細書には,以下の記載がある。
・・・

イ「撚成されたモノフィラメントからなるシングル撚糸」の意義
(ア) 現明細書の【0033】によれば,「撚成されたモノフィラメント撚糸」について,「撚成されたモノフィラメント」が2本以上で撚られて「シングル撚糸」となったものであると定義されている。そして,これに続く,【0034】ないし【0035】の各記載は,【0033】で定義された趣旨を前提として,「撚成されたモノフィラメントからなるシングル撚糸」の内容の詳細を説明している。そうすると,現明細書の記載によれば,①「撚成された」の語はそれに続く「モノフィラメント」を修飾し,②「モノフィラメント」は複数本を意味すると,それぞれ理解するのが合理的である。

 (イ) この点,請求項1において「撚成されたモノフィラメント」が複数本であることは明示的に示されていない。
 しかし,上記ア記載のとおり,「撚成されたモノフィラメント」は「モノフィラメント」に撚りをかけたものであるところ,「モノフィラメント」は「1本の繊維」(甲1,乙3)を意味し,また,「シングル撚糸」は1本又は2本以上の糸で撚られたものを意味することは明らかである(甲2,甲3,乙2)。
 そうすると,「撚成されたモノフィラメント」について,更に撚りをかけて「シングル撚糸」とする場合,仮に「撚成されたモノフィラメント」が1本であることを前提として,その1本のモノフィラメントを対象として再度撚りをかけるということは,およそ技術常識に照らして,意味のない解釈となるから,当業者は,請求項1記載の「シングル撚糸」について,複数本の「撚成されたモノフィラメント」に撚りをかけたものであると理解するのが合理的であるといえる
 すなわち,請求項1項の「シングル撚糸」の意義について,「撚成されたモノフィラメントが1本である場合」は,およそ技術常識から離れた解釈であるから,そのような場合を含まないと理解して差し支えない

 以上のとおり,請求項1記載の「撚成された・・・シングル撚糸」とは,「撚成されたモノフィラメント」を複数本集めて撚られたシングル撚糸を指すものと理解されるべきである。

成分の配合割合を特定していない請求項は「欠くことの出来ない事項のみ」を記載しているか

2008-08-31 08:13:11 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10257
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

3 取消事由3(特許請求の範囲の必須要件違反及び明細書の実施可能要件違反の看過の誤り)について

(1) 原告は,請求項1には,成分(a)ないし(c)の配合割合が明記されず,固形化しないセメント混合物も含まれるため,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているとはいえず,特許請求の範囲の必須要件に違反している旨を主張する。 しかし,原告の上記主張は,いずれも理由がない。

ア 本件明細書の発明の詳細な説明(甲10)には,以下の記載がある。
(ア) 「(問題点を解決するための手段)
本発明は,一方では歯及び骨基質に対する良好な接着力及び組織適合性のような,ポリカルボン酸とサリチレートとを主成分とするセメントの本質的に有利な特徴を有し,他方では低い溶解性と大きな機械的強度のような,複合材料の有利な特徴を有し,複合材料と共重合することができ,はっきりした分野現象を示さない新規な歯科用混合物を開発すると云う課題に基づいている。
 この課題は本発明によると,次の成分:(a)酸基及び/またはその反応性酸誘導体基を含む,重合可能な不飽和モノマー及び/またはオリゴマー及び/またはプレポリマーと,(b)微粉状の金属化合物及び/または金属化合物を含有するガラス及び/または金属化合物を含有するセラミック及び/またはゼオライト及び/または酸化可能な金属及び/または窒化ホウ素,及び/またはこれらの充填剤及び/またはガラスまたはセラミックの混合物の焼結生成物及び/またはこれらの成分と貴金属との焼結生成物と,(c)硬化剤を含有する重合可能なセメント混合物によって解決される。」(甲10,5頁)

(イ) 「酸基または反応性酸誘導体基含有化合物が重合可能な化合物の全体量に占める割合は,特に好ましい混合物では,20%~60%の範囲であり,好ましい混合物では5%~100%の範囲であるが,5%以下の混合物も本発明による混合物に特徴的である明白な効果を有している。」(甲10,14頁)

(ウ) 「反応性充填剤が全充填剤に占める割合は,好ましい混合物で5重量%より多く,特に好ましい混合物では30重量%より多い。しかし,幾つかの例では少ない割合でも,例えばアルカリ性のような,明白な効果を示すことができ,このことは象牙質領域の充填剤には重要である。本発明による混合物の総充填剤含量は特に10%~95%の間であり,好ましくは全混合物の30%~85%(重量%)である。」(甲10,14頁~15頁)

イ 本件明細書における上記の各記載に照らすならば,本件発明は,成分(a)と成分(b)を組み合わせることによって,「セメント」と「コンポジット」の双方の特徴を兼ね備えた重合可能なセメント混合物を提供したことが開示され,その特許請求の範囲には,この点の課題を解決するために必要な事項のみが記載され,発明の構成に欠くことのできない事項以外の事項の記載はない

したがって,特許請求の範囲に,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項以外の事項が記載され,審決が特許請求の範囲の必須要件違反を看過しているとの原告の主張は採用の限りでない。


(所感)
 この判示はどのような理由で明細書の記載を参酌したのか明らかにしていない。
(1)請求項の記載が不明確であったからなのか、
(2)「欠くことのできない事項のみ」が記載されていることを確認するためか、
など理由はいろいろと考えられそうである。

相違点の技術的意義を踏まえない副引用発明の適用

2008-08-10 11:38:47 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10024
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(5) 以上検討したところからすれば,審決が周知技術として認定した,「・・・」(審決11頁8行~13行)は,甲2公報,甲3公報及び乙1公報には開示されていないから,上記事項が本件出願前に周知の技術であったと認めることはできない。

 したがって,上記周知技術の存在を前提として本願補正発明は容易想到とした審決は,前提において誤りがあるといわざるを得ない。

(6)ア これに対し被告は,審決が認定する周知技術は,遊技者が注目する最後に可変表示を停止する「可変表示部の図柄」の移動表示の態様を表現しようとするものであるから,審決に記載された周知技術が意図する内容は,「一般的に,・・・ようにすることが周知」と言い換えることができるとし,甲2公報及び乙1公報にはそのような意味での周知技術が開示されていると主張する

 しかし,前記2のとおり,本願補正発明においては,第2表示部内に表示されるシンボルマークの移動表示と第2表示部自体の移動は明確に区別され,
①第2表示部内に表示されるシンボルマークの移動表示を停止し,
②その後,前記第2表示部の位置をリーチ状態が成立していないライン上に敢えて一旦停止させ,
③さらにその後,当該第2表示部を再び移動させてリーチ状態が成立しているライン上に停止させる,
という独特の過程を経るものであり,その際,第2表示部には大当たりを期待させる図柄が第1表示部におけるシンボルマークの停止表示位置の範囲内で移動して表示されることを一つの特徴とするものである。

 これに対し,被告の上記主張に係る構成は,可変表示部の図柄の変動のみを構成要素とし,しかも,乙1公報においては大当たりの図柄自体が第1表示部におけるシンボルマークの停止表示位置の範囲外に移動すること(すなわち,表示部から消えてしまうこと)をも想定するものであって,両者は技術的な意義を異にするものといわざるを得ない

 そうすると,被告の主張する上記技術を引用例発明に適用したとしても,これだけでは本願補正発明の構成が導き出せるものではないから,被告の上記主張は採用することができない

イ また被告は,甲2公報と乙1公報とではリーチ状態が成立しているライン上にある可変表示部に最終的に事前に決定された大当たり図柄を停止させるまでの過程ないし態様が異なるものの,リーチ状態が成立した後,最終的に大当たり図柄の組合せを構成させるときに,最後に可変表示を停止する可変表示部の図柄に着目して,事前に停止させることが決定された大当たり図柄が,当たりとならない位置から当たりとなる位置へと移動する態様は両公報に共通する周知技術であり,これを引用例発明に適用すれば本願発明は容易想到である旨主張する。

 被告の上記主張は,甲2公報と乙1公報に開示された大当たりとなるまでの過程を,大当たり図柄がはずれの位置から当たりの位置へ移動するという内容に抽象化して共通点を把握した上で,これを引用例発明に適用するというものであるが,前記のとおり,本願補正発明の構成は大当たりとなるまでに独特の過程を経る点に特徴があり,本願補正発明の技術的意義はこの点に見出されるのであるから,その具体的な過程自体の容易想到性を検討することなく,単に上位概念化された過程を引用例発明に適用したとしても,それのみで本願補正発明の構成が容易想到といえるものではない

請求項の用語の意義の解釈事例

2008-08-10 11:37:09 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10332
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件第1補正の適否についての判断の誤り)について
(1) 補正事項1及び2にいう「顔面接触部」及び同2にいう「顔面接触部の隣接部分」の各意義について

ア 本件第1補正に係る請求項の記載(甲11)
 本件第1補正に係る請求項1(以下,単に「請求項1」などというときは,本件第1補正に係る請求項を指す。)の記載(前記第2の2(2)のとおりであるが,便宜上,ここに再掲する。)並びに請求項2及び請求項5ないし請求項8の各記載は,次のとおりである(下線部は,補正箇所である。)。

・・・

イ ・・・
 補正事項1は,顔面接触部全体と,これと一体形成されるガス供給ポートとの関係を明確にするための補正であり,顔面接触部と連結するガス供給ポートを支える部分を環状壁部分と規定したものと認めることができる。
 また,補正事項2は,環状壁部分と顔面接触部の厚さの関係を「同じオーダ」と規定するとともに環状壁部分と顔面接触部のうち環状壁部分に隣接する部分の厚さの関係を,前者を後者よりも薄く形成するものと規定したものと認めることができる。

 ・・・

 審決は,補正事項1と同2における「顔面接触部」の意味が整合していないとするが,上記説示のとおり,補正事項1における「顔面接触部」は,顔面接触部全体と,ガス供給ポートを支える環状壁部分との関係を規定したものであるから「顔面接触部全体」を意味するものであることは明確である
 また,補正事項2においては,上記説示のとおり,「顔面接触部」の内,環状壁部分に隣接した部分,すなわち,「顔面接触部」の一部である環状壁部分との「隣接部分」の厚さと環状壁部分の厚さの関係を,前者より後者を「薄く形成する」ものと規定したものであるから,ここにいう「顔面接触部の隣接部分」が「顔面接触部」の一部を意味することは明らかであり,したがって,両補正において「顔面接触部」の意味が整合していないとか,その意味が不明確であるということはできない。

 以上のように,本件第1補正に係る請求項1の記載のみから「顔面接触部」の意義について上記のとおり判断することが可能であり,その意義が不明確ということはできないが,審決は,上記請求項1の記載に加えて本願明細書の発明の詳細な説明をも参酌した上で,上記のような判断に至ったものであるから,以下においては,念のため審決の手法に従って更に検討してみることとする。

ウ 本願明細書の記載

 ・・・

(2) 本件第1補正を却下した審決の判断について
ア 前記第2の3(1)のとおり,審決は,「補正事項2に記載された『顔面接触部』は『端部領域(15)(30)』に相当し,『顔面接触部の隣接部分』は『後部領域(16)(31)』に相当するものと解することができるのに対し,補正事項1に記載された『顔面接触部』は,『後部領域(16)(31)』を意味するか,『後部領域(16)(31)』及び『端部領域(15)(30)』から成るものを意味するかのいずれかであるから,補正事項1に記載された『顔面接触部』と同2に記載された『顔面接触部』の意味が整合しておらず,したがって,本願第1補正発明における『顔面接触部』の意味は,不明確である。
 そうすると,本件第1補正は,請求項1に係る発明を不明確にする補正であって,特許法17条の2第4項所定の事項を目的とするものではない。仮に,本件第1補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとしても,本願は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。」旨説示して,本件第1補正を却下した


イ しかしながら,補正事項1及び2に記載された「顔面接触部」が「顔面接触部全体(「端部領域(15)(30)」及び「後部領域(16)(31)」を含むもの)を指すことは,前記(1)イ及びオのとおりであるから,本願第1補正発明における「顔面接触部」の意義は明確であるといえる。
 そうすると,本件第1補正を却下した審決の上記判断は誤りであるから,同補正を却下した結果,本願の請求項1に係る発明の要旨を,本件原補正後の請求項1の記載に基づいて認定した審決には,発明の要旨認定を誤った違法があるといわざるを得ない。
 よって,取消事由1は,理由がある。

実施可能要件の判断基準と医薬用途発明への適用

2008-08-10 11:35:34 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10304
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

(1) 本願発明に係る実施可能要件について
ア 特許法36条4項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と定めるところ,この規定にいう「実施」とは,本願発明のような物の発明の場合にあっては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない

 そして,本願発明のようないわゆる医薬用途発明においては,一般に,当業者にとって,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該発明に係る医薬を当該用途に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。

イ なお,原告は,本件出願について,マウスにおいて実験不可能な涙腺への局所適用例の記載を要求し,かつ,ヒトの治験を通じて初めて分かる有効量の記載を要求することは,違法である旨主張するが,この主張が,上記アに説示したところと異なる趣旨をいうものであるとすれば,原告の独自の見解であるといわざるを得ず,失当である。

・・・
(8) 小括
 以上のとおりであるから,アンドロゲン等の有用性に関する薬理試験として,マウスを用いた全身投与の実験結果の記載があるのみである本願明細書の発明の詳細な説明に,局所投与に係る本件有用性を裏付ける記載があるといえる旨の原告の各主張は,いずれも採用することができず,その他,本願明細書の発明の詳細な説明に,本件有用性を裏付ける記載があるものと認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,本件有効量についての記載の有無について検討するまでもなく,本願明細書の発明の詳細な説明は,特許法36条4項に規定する実施可能要件を満たさないものといわざるを得ない。

上限の特定を欠く請求項の記載事項

2008-08-10 11:34:38 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10362
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月04日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


3 取消事由2(特許法旧36条4項2号違反性)について
 原告は,訂正発明1及び3の「投入コインカウンタの計数値が25枚以上の所定枚数増加するごとに」に関して,発明の範囲が不明確であり特許法旧36条4項2号に違反すると主張するので,以下,この点について検討する

(1) 訂正後の請求項1及び3においては,「コインの投入後にゲームが開始され,入賞が得られたときには配当コインを払い出すスロットマシンにおいて,投入されたコインの枚数を積算する投入コインカウンタと,…前記投入コインカウンタの計数値が25枚以上の所定枚数増加するごとに,…配当データXを求める手段と,…を備えたことを特徴とするスロットマシン。」と記載されており,「所定枚数」の上限については記載されていない

 もっとも,上記「所定枚数」は,配当データXの算出をいかなる頻度で行うかにつき,投入コインカウンタの計数値を基準として,25枚以上の所定枚数増加するごとに配当データXを求めることとしたものであるから,上記「所定枚数」には自ずから上限が存在すると解することも可能であり,この点については請求項の記載から一義的に明確ではない

(2) そこで,発明の詳細な説明を参酌して,更に検討する。
・・・
ウ 以上の記載によれば,訂正発明1及び3は,当該スロットマシンにおいて既に行われたゲームの結果を配当データXという値によって表し,これをグラフ等によって遊技者が知ることができるようにして,遊技者が当該スロットマシンを選択するかどうかの参考に供するというものである。

 そして,配当データXを求める頻度の基準となる投入コインカウンタの計数値については,その所定枚数を100枚,50枚あるいは25枚とすることが示されているが,これらの枚数に限定されることなく適宜の所定枚数を設定することができ,また補間法を用いて配当データXの変化を曲線により表示することもできることが記載されている。

エしたがって,訂正発明1及び3における所定枚数の設定は,遊技者が配当データXの変化を把握することができる程度,すなわちグラフ等によって配当データXの変化を表示することができる程度の頻度をもって配当データXが算出されるように適宜設定されることが上記記載から理解されるものである。
 そして,どの程度の頻度で配当データXが算出されればその変化をグラフ等に表示することが可能であるかは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に把握することができる事項である

オ そうすると,訂正後の請求項1及び3に所定枚数の上限が明示されていないとしても,発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,訂正発明1及び3の範囲が不明確であるということはできず,訂正後の請求項1及び3は特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものということができる。

訂正要件の判断にあたっての請求項の分節

2008-08-10 11:30:12 | 特許法126条
事件番号 平成19(行ケ)10362
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月04日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

2 取消事由1(訂正の適否の審理に関する手続違背の有無)について
(1) 原告の主張は,要するに,審決は本件訂正の内容を複数の訂正事項に分説し,各分説ごとに訂正の要件を充足するかどうかの判断をしたが,本件訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるかどうか,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものであるかどうかについての判断は請求項に記載された発明全体を対象としてなされるべきであるから,分説された訂正事項ごとに判断するという審決の判断手法は誤りである,というものである

(2) しかし,訂正が特許法134条の2第1項ただし書並びに同条5項の規定により準用する同法126条3項及び4項の規定に適合するかどうかを判断するに当たっては,訂正前の記載と訂正により変更された内容とを対比することが必要である。

 そして,訂正により変更された内容が多岐にわたる場合には,その内容につき適宜の分説を行って,訂正前の記載の該当部分との対比を行うことも,判断手法の1つとして合理性を有するものである。

(3) そして,本件訂正のうち特許請求の範囲に係る部分について審決が行った分説は,別添審決書記載のとおりであり,その分説はいずれも適切なものであり,これらの分説による対比検討を総合した結果,各請求項全体としても,本件訂正が特許法134条の2第1項ただし書並びに同条5項の規定により準用する同法126条3項及び4項の規定に適合するとしたことも適切である。


旧著作権法における映画の著作者及び著作名義の解釈

2008-08-05 07:37:21 | 著作権法
事件番号 平成19(ネ)10082
事件名 著作権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日 平成20年07月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中信義

1 映画の著作物の保護期間に関する我が国の法令の概要
(1) 旧著作権法は,映画の著作物の保護期間を,独創性の有無(22条の3後段)及び著作名義の実名(3条),無名・変名(5条),団体(6条)の別によって別異に取り扱っていたところ,独創性を有することにつき争いがない本件映画の保護期間については,本件映画の著作名義が監督等の自然人であるとされた場合にはその生存期間及びその死後38年間(3条,52条1項)とされるのに対し,映画製作者の団体名義であるとされた場合には,本件映画の公表(発行又は興行)後33年間(6条,52条2項)とされることになる。

(2) 旧著作権法は,昭和46年1月1日施行の新著作権法により全部改正された。新著作権法は,映画の著作物及び団体名義の著作物の保護期間を,原則として,公表後50年を経過するまでの間と規定する(54条1項)とともに,その附則2条1項において,「改正後の著作権法(以下「新法」という。)中著作権に関する規定は,この法律の施行の際現に改正前の著作権法・・・による著作権の全部が消滅している著作物については,適用しない」旨の,また,附則7条において,「この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については,当該著作物の旧法による著作権の存続期間が新法第2章第4節の規定による期間より長いときは,なお従前の例による。」と定めた。
・・・

(3) 平成15年改正法が平成15年6月18日に成立し,平成16年1月1日から施行された。これにより,映画の著作物の保護期間は,原則として公表後70年を経過するまでの間と延長される(上記改正後の54条1項)とともに同改正法附則2条は「改正後の著作権法・・・第54条第1項の規定は,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については従前の例による。」と定めた。

(4) 本件映画の著作者及び著作名義が映画監督,すなわち黒澤監督であるとした場合には,その生存期間及びその死後38年間,すなわち,当事者間に争いのない黒澤監督が死亡した平成10年の翌年から起算して38年後の平成48年までの間となる(・・・)。
これに対し,上記映画につき,映画製作会社の著作名義であるとした場合には,団体名義の著作物として公表後33年間,すなわち昭和58年までの間となるが,附則2条1項により新法を適用し,公表後50年の保護期間とした場合は,本件映画が公表された昭和25年の翌年である同26年から起算して50年経過後の平成12年となるところ,附則7条により,保護期間の長い平成12年までの間となる。


(5) したがって,本件における法解釈上の主要な争点は,旧著作権法の解釈として,本件映画の著作者及び著作名義をどのように考えるべきかである


2 本件映画の著作者について
(1) 旧著作権法における著作者の意義
ア 新著作権法は,著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(2条1項1号)と定義するが,旧著作権法は,「・・・」(1条1項)と規定するものの,著作物とは何かを示す定義規定を設けていない。

しかしながら,旧著作権法下においても,著作物とは,「著作者の精神的所産たる思想内容の独創的表現たることを要す」(大審院昭和12年11月20日判決・法律新聞4204号3頁参照),「精神的労作の所産である思想または感情の独創的表白であって,客観的存在を有し,しかも文芸,学術,美術の範囲に属するもの」(東京地裁昭和40年8月31日・下民集16巻8号1377頁参照)などと解されており,これらは,実質的に見れば,新著作権法における著作物の定義と同義であり,また,新著作権法の立法過程において,旧著作権法に比し著作物の意義が変更されたことを窺わせるに足りる事情もないことからすれば,旧著作権法の保護対象とされる著作物は,新著作権法のそれと同義であると解するのが相当である

 そして,著作者が著作物を創作する者であることは,新・旧著作権法において変わりがないものと解され,前記の裁判例にみられるように,「著作者の精神的所産たる思想内容の独創的表現」,「精神的労作の所産である思想または感情の独創的表白」という事実行為としての創作行為を行うことができるのは自然人であることからすれば,旧著作権法において著作者となり得るのは原則として自然人であると解すべきである

イ もっとも,新著作権法は,法人等における著作物の創作の実態等から,一定の要件の下に法人等の被用者が職務上作成する著作物についてその著作者を当該法人等とする職務著作の規定(15条)を設け,前記原則の例外を規定している。
すなわち,・・・こと等の法人等における著作物の創作の実態や当該著作物の利用の便宜の必要性等を考慮し,新著作権法は,一定の要件の下に法人等が著作者となることを認めている。

新著作権法15条は,同法の施行前に創作された著作物には適用されない(新著作権法附則4条)が,旧著作権法6条は,「・・・」と規定するところ,同条は,後記のとおり団体著作物の保護期間を定めた規定であると解されるが,更に法人等の団体が著作者となり得ることを前提とした規定であると解する余地もないわけではなく,新著作権法における職務著作の規定の実質的な根拠とされた上記の法人等における著作物の創作実態及び利用上の便宜の必要性等の事情は,旧著作権法の下においても程度の差こそあれ存在していたものと推認することができることからすれば,旧著作権法においても,新著作権法15条1項所定の要件と同様の要件を備える場合には法人等が著作者となり得る場合があるものと解するのが相当である(東京高裁昭和57年4月22日判決・無体裁集14巻1号193頁参照)。

(2) 旧著作権法における映画の著作物の著作者
 本件映画のような劇場用映画は,概ね,映画製作会社の委託を受け,・・・など多くの者の協同作業により製作されるものと認められ(・・・),映画の著作物の創作行為については多数の者が関与していることから,新著作権法は,著作者となるべき者を明確にするため,16条において「映画の著作物の著作者は,その映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者を除き,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。」と規定したが,同条は新著作権法の施行前に創作された著作物には適用されず(新著作権法附則4条),また,旧著作権法は,その22条の3前段において映画の著作物について,「活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸,学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス」と規定するのみで,映画の著作物の著作者を定めた規定は存在しない。

 しかしながら,前記(1)で説示したとおり,著作者となり得る者は原則として自然人であり,これを前提として上記の劇場用映画の製作実態を踏まえて旧著作権法の下における映画の著作物の著作者となるべき者を検討するならば,少なくとも制作,監督,演出,撮影,美術等を担当して映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は,当該映画の著作物の著作者であると解するのが相当であり,新著作権法附則4条の規定もこのような解釈を妨げる趣旨のものではないというべきである

(3) 本件映画の著作者
 そして,黒澤監督は本件映画の監督を務め,脚本の作成にも参加するなどしており,本件映画は黒澤監督の一貫したイメージに沿って製作されたものであると認められる(甲第1,2号証,第11号証,乙第22~24号証)から,黒澤監督は本件映画の全体的形成に創作的に寄与した者であり,著作者の一人であると認められる。

(4) 当審における控訴人の主張に対する判断
 控訴人は,映画製作の実態及び新著作権法の立法過程からすれば,旧著作権法の下においては,映画は映画会社などの映画製作者の単独著作物であると解釈すべきであると主張するが,以下の理由から,控訴人の主張を採用することはできない。

ア 前記(1)で説示したとおり,映画の著作物の著作者は,原則として,事実行為としての映画の創作を行う者と解すべきであり,映画製作の実態を見ても,そのような創作行為を現実に行う者は,監督,演出,出演,撮影,美術等を担当する自然人であって,映画会社等の映画製作者ではないから,新著作権法15条1項所定の要件と同様の要件を備える場合でない限り,映画製作の実態から映画が映画製作者の単独著作物であると解釈すべき理由はない。

 そして,本件映画は旧大映が製作したものであるところ,黒澤監督又はそれ以外の者で本件映画の全体的形成に創作的に寄与した者が旧大映の被用者として,その職務上本件映画を作成したことなど旧大映が本件映画の著作者となるための新著作権法15条1項所定の要件と同様の要件を具備するとの点については,控訴人の主張立証がない

 したがって,映画製作の実態からみて,本件映画を映画製作者である旧大映の単独著作物であると認めることはできない。
・・・

不適切な周知例の引用が手続違背とならなかった事例

2008-08-04 06:43:59 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10223
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

(3)ア(ア) 原告は,
「本件拒絶査定には,『周知技術』や『設計的事項』といった文言は存在しないし,周知例2の引用もない。」,「審決と本件拒絶査定とは,引用発明1に『周知技術』や『設計的事項』を適用することを問題とするのか,引用発明1及び2並びに周知例1に記載された発明を組み合わせることを問題とするのかにおいて,その理由付けを異にするものであるし,
審決は,本件拒絶査定の理由には存在しない『周知技術』及び『設計的事項』との概念並びに周知例2を審決の理由において初めて持ち出した上,周知例2を『周知技術』の認定に供しているものである。」などと主張する


(イ) しかしながら,本件拒絶査定の理由は,上記(2)イのとおり理解することができ,原告にとっても,そのように理解し得たものと認められるのであるから,・・・原告の上記主張は,本件拒絶査定の理由を正解しないものとして,失当である。

(ウ) また,上記(1)ア及びイのとおり,確かに,本件拒絶査定において「設計的事項」との文言は使用されていないが,この点については,審決は,「本願発明は,引用発明1及び周知例1に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであ(る)」との上記本件拒絶査定の理由をより具体的に敷衍して説示したものにすぎないから,・・・との原告の主張事実は,上記(2)ウの結論を何ら左右するものではない。

(エ) さらに,審査手続段階において告知された周知技術を例示するものとして,審決前に引用されていなかった文献(周知例)を審決において追加挙示しても,新たな技術事項を周知技術として採用し,これにより拒絶の理由を変更することにはならないから,そのような例示文献(周知例)を審決において追加挙示することは許されると解するのが相当である。

・・・

イ(ア) 原告は,「周知例1には,『フルオロカーボンポリマー中に非フルオロカーボンポリマーを添加すれば基材との接着性が高まること』が記載されていない」,「審決において,新たに周知例2に言及することは,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術を,周知例1に代え周知例2によって認定し,これを前提に進歩性の判断を行うことにほかならない。」などと主張する。

(イ) 確かに,前記1(1)ア(ア)のとおり,周知例1には,「・・・」は記載されているが,「フルオロカーボンポリマー中に非フルオロカーボンポリマーを添加すれば基材との接着性が高まること」についての記載はない。したがって,本件技術が周知技術であることの例示として周知例1を引用した本件拒絶査定及び審決は,その点において不適切であったといわざるを得ない。

(ウ) しかしながら,基材への接着性の向上等を目的として本件技術を採用することが本件優先日当時の当業者にとって周知の技術であったことは,本件認定のとおりであり,これと同旨の審決の認定自体には誤りはないのであるし,また,上記(1)ウのとおり,原告は,本件審判請求の理由として,「・・・引用文献3(周知例1)には,フッ素樹脂中に,ポリアミドイミド等の樹脂とともにマイカを配合させることにより,厨房器具の高温耐摩耗性を改善することが示唆されている。マイカを配合せず,フルオロカーボンポリマーに単に非フルオロカーボンポリマーを適用することによる効果は開示されていない。」と適切に主張していたのであるから,少なくとも本件においては,本件拒絶査定が周知技術の例示として不適切な文献を引用し,審決が当該例示として一部不適切な文献を引用をしたことをもって,審決の結論に影響を及ぼすべき手続違背があったということはできない

出願当時存在しなかった事項が含まれることになった場合の要旨変更の判断例

2008-08-02 15:33:52 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10431
事件名 補正却下決定取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


(3) 以上によれば,本願の出願当初明細書における本願発明は,・・・,従来技術においては・・・,球が一瞬の間に球検出部を通り抜け,後は遊技盤面にごく普通に落下していくという単調さであったものを,球の通過を検知し,これに基づいて可変表示ゲームの始動等の特典を付与することを可能としつつ,通過した球の挙動を変化させて遊技者の興趣を増大させるという意義を有するものである。

 そして,本願の出願当初明細書には,ここでの「特別可変表示装置」につき,可変表示ゲーム,すなわち,始動口にパチンコ玉が入賞すると3箇所の特別図柄表示部における図柄が所定時間変動表示された後に停止表示され,その際3箇所の図柄が揃うと特賞遊技状態(大当たり)となるゲームの表示を可能とするため遊技領域に設けられた表示装置である旨,また,「特別変動入賞装置」につき,このようにして特賞遊技状態となった場合に開閉扉が所定時間ずつ開放されるという特別遊技を可能とするための装置である旨の記載があると認められるものの,「特別可変表示装置」が上記のように特別変動入賞装置の作動を決定する特別可変表示ゲームを実施する以外,他の目的があるとの記載はない

 そうすると,本件出願当初の明細書に記載された特別可変表示装置は,特別変動入賞装置の作動を決定する目的を有する装置であって,特別入賞装置とともに存在することに技術的意義を有する装置であると認められる

(4) これに対し,本件補正後の請求項1の記載は前記第3,1,(2)ウのとおりであるところ,これによると,「特別可変表示装置」については,「普通変動入賞装置への遊技球の入賞に基づき特別可変表示ゲームを表示可能な特別可変表示装置」と特定されているものの,「特別変動入賞装置」については規定するところがないから,本願補正発明は,特別可変表示装置を有しつつ特別変動入賞装置を有しない遊技機,換言すれば,特別変動入賞装置の作動を決定する目的を持たず特別入賞装置とともに存在することを要しない特別可変表示装置をも,その請求の範囲に含むものである

 そして,本願の出願当時におけるパチンコに代表される遊技機の技術分野において,特別変動入賞装置と無関係な特別可変表示装置が遊技機に単体で存在することが自明であったとは認め難いから,このような遊技機(特別変動装置の作動との関係から切り離された「特別可変表示装置」が単体で存在する遊技機)を出願当初の明細書から把握することは自明のことではないというべきである

 そうすると,本件補正は,明細書の中に新たに遊技機に単体で存在する特別可変表示装置という技術的事項を導入するものであるから,明細書の要旨を変更するものといわなければならない。

・・・

4 取消事由2について
(1) 原告は,出願当初の明細書には「特別可変表示装置」につき「特別変動入賞装置」と関連付けて明確な定義がなされているから,「特別可変表示装置」を構成要素とする本願補正発明に係る遊技機は,「特別変動入賞装置」を構成要素として挙げていなくても,これを含む遊技機と考えるのが相当である旨主張する

 しかし,本願補正発明に係る請求項1には,「特別可変表示装置」の構成要件として「特別変動入賞装置」を含む旨は記載されておらず,しかもその意義は「前記普通変動入賞装置への遊技球の入賞に基づき特別可変表示ゲームを表示可能な特別可変表示装置」という明確なものであるのに対し,請求項の記載上,「特別可変表示装置」と「特別変動入賞装置」を関連付けるような定義は存在しない。したがって,本願補正発明に係る請求項の記載上は「特別可変表示装置」を構成要素とする遊技機において特別変動入賞装置が当然含まれるものと解することはできない。

・・・

(2)ア また原告は,原々出願当時(平成4年10月27日)の技術常識では,「特別可変表示装置」を備えていれば「特別変動入賞装置」を備えていることは自明であり,「特別変動入賞装置」を必要としない「特別可変表示装置」を備えた遊技機はそもそも存在せず,本願補正発明について本件決定がしたような「特別変動入賞装置を必要としない特別可変表示装置を備える遊技機である」などという解釈は生じ得ない旨主張する

イ 確かに,補正が適法であれば原々出願時(平成4年10月27日)まで遡及するのであるから,補正の適否は原々出願時の技術常識に照らして判断すべきであることは,原告の主張するとおりであり,また,原々出願時である平成4年10月27日当時において,「特別変動入賞装置」を必要としない「特別可変表示装置」を備えた遊技機が存在したことを認めるに足りる証拠も見当たらない。

 しかし,「特別変動入賞装置」と切り離された「特別可変表示装置」が単体で存在する遊技機が技術的にみて存在し得ないというのであればともかく,そうでないとすれば,「特別変動入賞装置」と「特別可変表示装置」は概念的に別個の装置として構成可能なものである以上,原々出願時に実際に存在していなかったことをもって,その当時において「特別変動装置を必要としない特別可変表示装置を備えた遊技機」という解釈が生じ得ないとか,「特別可変表示装置」を備えていれば「特別変動入賞装置」を備えていることが自明であるということはできない
 そして,本願の明細書に記載された特別変動入賞装置の機能は,上記段落【0020】のとおり,「特別可変表示装置」において大当たりが発生すると,変動入賞装置114の開閉扉117が所定時間ずつ所定サイクル開放される特別遊技が行われ,これにより獲得球数を増加させるものと理解することができるが,「特別可変表示装置」において大当たりが発生した場合に直ちに増加した入賞球を獲得させるなど,「特別変動入賞装置」の構成を欠きながらこれと同様の機能(獲得球数の増加)を生じさせることが技術的に困難であるとは解し難いから,特別変動入賞装置とは関係なく存在する特別可変表示装置を備えた遊技機の存在を観念することが困難とはいい難い
 そうすると「特別変動装置を必要としない特別可変表示装置を備えた遊技機」という解釈は何ら不合理なものではなく,「特別可変表示装置」を備えていれば「特別変動入賞装置」を備えていることが自明であるということはできない。

・・・

エ上記のとおり,乙2発明ないし乙3記載の遊技機は本願発明における特別可変表示装置に相当する装置を備えながら,特別変動入賞装置に相当する装置を有さない遊技機である。そして,これらは本願の出願後に公開された技術ではあるものの,その記載に鑑みると,本願の出願時以降に生じた技術革新により初めて存在可能になったという事情は見当たらず,技術的にみて本件の原々出願当時(平成4年10月27日)において本願の発明と相容れないものとは解し難い

 そうすると,「特別可変表示装置」が単体で存在する遊技機が,本件原々出願時に技術的にみて存在し得ることは,以上のような遊技機の存在からも推知できるものというべきである。

 したがって,「特別変動入賞装置」を必要としない「特別可変表示装置」を備えた遊技機が,原々出願時に存在しないことをもって,「特別変動装置を必要としない特別可変表示装置を備えた遊技機」という解釈は生じ得ないとの原告の上記主張は,採用することができない。

本願発明と引用発明の作用効果の検討手法

2008-08-02 11:39:08 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10062
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年07月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

8 取消事由5(本願発明の進歩性判断に関する誤り)
(1) 前記5~7のとおり,本願発明と引用発明の相違点1~3は,いずれも当業者が容易に想到することができる。そして,引用発明に相違点1~3に係る構成を加えた発明が,当業者が予測し得ないような格別の作用効果を奏するとも認められない。

 なお,本願発明が当業者が予測し得ないような格別の作用効果を奏するかどうかを判断するに当たっては,引用発明に相違点1~3に係る構成を加えた発明について判断すべきであって,審決の「…」(7頁26行~30行)との判断も同旨のものと解される。

(2) この点について,原告は,本願発明と引用発明は,その技術構成のみならず,使用する者(18歳以上対幼児やベビー),使用の目的(技術の教習対遊び)等において峻別できる異質の技術分野に属するものであるから,引用発明に基づいて本願発明の作用効果が予測できるはずはない,と主張する。
しかし,前記4(1)のとおり,引用発明の対象となる子供は幼児やベビーに限られると解することはできない。また,前記7のとおり,当業者は,使用の目的(技術の教習対遊び)に関する構成の相違(相違点3)を容易に想到することができるのであって,そうすると,引用発明に相違点3に係る構成を加えた発明は,必然的に18歳以上の運転教習を受ける者を対象とすることになる

 また,原告は,本願発明の作用効果の核心は,各発明特定事項が組み合わされたことによって,模範操縦を即座に真似して運転技術の要諦を極めて効率よく教え又は習うことができ,咄嵯の操作,瞬時の危険回避動作等を身に付けることができる,というところにあると主張するが,引用発明に相違点1~3に係る構成を加えた発明がそのような作用効果を有することは明らかであって,その作用効果をもって当業者が予測し得ないような格別の作用効果ということはできない