知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

権利侵害の警告に対する反訴

2006-08-26 19:07:19 | Weblog
事件番号 平成17(ワ)3056
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成18年08月08日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 市川正巳

(注目判示)
 『被告らには,本件特許権が無効であることを知らなかったことにつき,慎重さを欠いた面があることが認められるが,本件特許権が無効であることを通常人であれば容易に知り得たにもかかわらず,あえて権利侵害の告知を行ったものとまで認めることはできない。』

人工乳首事件(優先権の効果の発生の可否)

2006-08-13 09:59:33 | Weblog
事件番号   平成14(行ケ)539
事件名   人工乳首事件
裁判年月日  平成15年10月08日
裁判所名   東京高等裁判所
条文     特許法41条2項
裁判長    篠原勝美

(大前提の確認と本件への適用)
『後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは,単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから,後の出願の特許請求の範囲の文言が,先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に,先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。
・・・(中略)・・・
 そうすると,後の出願の当初明細書等に本願発明1の実施例として記載された,伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した図11実施例に係る人工乳首は,先の出願の当初明細書等に明記されていなかったばかりでなく,先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた,伸長部である肉薄部を環状に形成した【図1】の実施例に係る人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の効果を奏するものである。したがって,当該伸長部である肉薄部を螺旋形状にした人工乳首の実施例(図11実施例)を後の出願の明細書に加えることによって,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかであるから,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。』

(先願主義の原則と優先権)
『原告は,特許法41条2項の適用については,後の出願に係る発明が先の出願の請求項についての補正として提出されたと仮定した場合に,先の出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内の補正と認められるか否かを判断して決すべきであると主張する。
 確かに,願書に添付した明細書又は図面の補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしなければならない(特許法17条の2の第3項)から,先の出願の特許請求の範囲にある事項を加える場合に,これを補正として行えば,当初明細書等に記載した事項の範囲を超えており,出願時の遡及を認めることが不適法とされるのに,先の出願の特許請求の範囲に同じ事項を加えた明細書をもって,先の出願に基づく優先権を主張をして出願すれば,後の出願の発明のうち,当該加えられた事項について,特定の規定の適用という限定的な場面ではあるにせよ,出願時が先の出願の時に遡及するというのでは,先願主義の原則に反することになる。
 そうすると,特許法41条2項の適用については,後の出願に係る発明が先の出願の請求項についての補正として提出されたと仮定した場合に,先の出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内の補正と認められるか否かを判断して決すべきであるという原告の主張は,それ自体としては,首肯するに足りる。しかしながら,本件において,図11実施例発明を加えることは,上記のとおり,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになるから,これを先の出願の請求項の補正として提出する補正が認められず,後の出願である本願発明1は,図11実施例発明を含んでいるものである以上,それが先の出願の請求項の補正として提出されても補正が認められないことは明らかであって,原告の主張するような判断手法があるからといって,そのことから直ちに審決の判断に誤りがあるということはできない。』

(先の出願の実施例で十分実証されている場合の,後願での実施例での補充)
『(4) 原告は,また,国内優先権制度の実施例補充型といわれるもののうち,先の出願の請求項の発明が先の出願の実施例で十分実証されている場合には,後の出願で実質的に同一の発明が実施例で補充されても,この実施例によって影響を受けず,後の出願の請求項の発明が,先の出願と後の出願との重複範囲であれば,優先権主張の効果は肯定されるとした上,図11実施例発明は,先の出願の【図1】等の実施例で十分に実証されているから,本件出願について優先権主張の効果を否定した審決の判断は誤りであると主張する。
 しかしながら,後の出願の明細書及び図面に新たな実施例を加えることにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨とする技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることとなる場合には,その超えた部分について優先権主張の効果が認められないところ,本件において,図11実施例を後の出願である本件出願の明細書に加えることにより,後の出願である本願発明1の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになり,その超えた部分については優先権主張の効果が認められないことは,上記のとおりであって,本願発明1が先の出願の【図1】等の実施例で十分実証されていたか否かは,この判断を左右するものではない。したがって,審決に原告主張の誤りがあるとはいえない。』

(リパーゼ判決との抵触)
 『(5) 原告は,後の出願において追加された実施例が後の出願の請求項に係る発明の実施例であれば,後の出願の請求項に係る発明は,追加された実施例を含んだものとする審決の判断方法は,実施例に基づいて請求項に記載された発明の要旨認定をしているものであり,請求項に記載の発明の要旨を発明の詳細な説明の記載に基づいて認定するものであって,最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁の判示に反し,請求項に係る発明の要旨が実施例の記載によって拡大することになり,また,先の出願と全く無関係の実施例を追加する場合以外は国内優先権の制度を利用できないという不合理な結果を招くと主張する。
 しかしながら,審決が,後の出願に係る本願発明1の発明の要旨となる技術的事項の確定を,特許請求の範囲の記載を超えて,発明の詳細な説明に記載された図11実施例の構成要素に限定して行ったものではなく,図11実施例を踏まえて特許請求の範囲に記載されたとおり認定したものであることは,上記説示によって明らかであるから,原告引用の最高裁判決の判示に反するものではなく,また,原告主張のような不合理な結果を招くものでもない。原告の主張は,審決を正解しないでこれを論難するものにすぎず,採用の限りではない。』

(特許法36条6項1号の解釈)
『 (6) 原告は,さらに,審決が,特許法36条6項1号を根拠に,先の出願の当初明細書等に記載された発明は,図11実施例に係る「伸長部」が螺旋形状のものをも含んでいるとはいえないと判断したことは,同規定の解釈を誤るものであり,また,乳首に螺旋状を適用することは,人工乳首の当業者にとって周知であるから,本願発明1の特許請求の範囲の「肉厚の薄い伸長部が形成され,この伸長部に隣接して,この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されている」との文言にかんがみ,先の出願の当初明細書等に記載された【図1】の「環状」の肉薄部の実施形態に接したときは,周知の形状である,図11実施例に係る「螺旋状」の肉薄部をも同時に包含していると認識すると主張する。
 しかしながら,図11実施例に係る人工乳首は,伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成することにより,哺乳運動の際,人工乳首がより伸びやすくなり,また,その際,縦方向に圧力が加わっても,人工乳首がつぶれて乳幼児の哺乳運動が困難になることがなく,製造に当たり金型から抜きやくなり,製造しやすくなるとの,螺旋形状特有の効果を奏するものであることは上記のとおりである。しかも,原告が「螺旋状」が周知の形状であったとして引用する登録実用新案第43957号(大正6年9月14日登録)の公報(甲8)は,実用新案登録請求の範囲に「乳首(イ)ノ内側ニ螺旋状ノ隆起部(ロ)ヲ付設シタル木村式螺旋付乳首ノ構造」と,考案の詳細な説明に「・・・内側ニ(ロ)ヲ設ケタル為メ哺乳中先端ヲ圧迫スルモ在来ノ乳首ノ如ク相接着スルコトナク・・・」と記載されているように,螺旋状の肉薄部ではなく隆起部を設けることにより,哺乳中に乳首の内壁同士が接着することを防止することについて開示したものにすぎない。そうすると,伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成することにより,先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の作用効果を奏する図11実施例に係る人工乳首の発明が,先の出願の当初明細書等に同時に記載され
ていたと認めるべき理由はない。さらに,上記の理由で,伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した人工乳首が,先の出願の当初明細書等に記載されているとはいえない以上,原告主張の特許法36条6項1号の解釈につき検討するまでもなく,先の出願の当初明細書等に記載された発明において「伸長部」が螺旋形状のものをも含んでいるとはいえず,この趣旨をいう審決の判断が誤りということはできない。』