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知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与える理由

2012-03-18 10:45:39 | 特許法50条
事件番号 平成23(行ケ)10406
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年03月08日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 特許法は,審判官が,拒絶査定不服審判手続において,拒絶査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合には,審判請求人に対して,拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならないと規定する(平成14年法律第24号による改正前の特許法159条2項,50条)
 同条が,審判官において,査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合に,相当の期間を指定して,意見書提出の機会を付与した理由は,審判請求人に意見を述べる機会を与えることによって,審判官の誤解などに基づいた判断がされることを,できる限り防止して,審判請求人に不利な審決がされることを回避することにあり,同規定は,審判請求人のための手続的な保障規定といえる。また,意見書提出のための相当の期間を定めることも,上記の手続的な保障を実質ならしめるためのものであると解される。

 上記の観点から検討する。本件においては,平成23年3月23日付けの拒絶理由通知に対する意見書の提出期限は,当初同年6月30日とされたが,原告からの合計3か月の期間延長申請に対して許可がされたことにより,同年9月30日まで延長された。しかるに,本件審判においては,上記提出期限より約2か月前である平成23年7月25日付けで審理終結通知がされ,同年8月9日付けで上記拒絶理由を理由として本件審決がされた。したがって,本件審決は,実質的に意見書提出の機会を付与することなくされたものであり,手続違背の違法があるといえる。

 この点,被告は,本件審決の審決書が送達される約1か月前である同年7月25日に,審理終結通知書が原告に対して発送されているから,原告に,意見書提出の意思があったのであれば,審理終結通知書が発送された時点で,特許庁に対して,確認,上申書提出などの行為をなし得たはずであると主張する。しかし,被告の主張は,意見書提出の機会を付与すべきと定めた特許法の上記の趣旨に反する主張であり,採用の余地はない

法159条2項による50条ただし書きの適用の是非

2011-12-18 20:48:22 | 特許法50条
事件番号 平成23(行ケ)10034
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年12月08日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(2) 確かに,本件特許出願に係る本件審判手続において,拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合は,出願人に拒絶理由を通知し,意見書の提出機会を与えるのが原則である(法159条2項,50条)。
 しかし,法159条2項は,出願人に対する拒絶理由の通知を要しない場合を規定する法50条ただし書について,平成20年法律第16号による改正前の特許法17条の2第1項4号(拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求の日から30日以内にするとき)の場合において法53条1項により当該補正について却下決定する場合を含むものと読み替える旨規定している。また,法159条1項は,拒絶不服審判においては,決定をもって補正を却下すべき事由を規定する法53条1項について,平成20年法律第16号による改正前の特許法17条の2第1項4号の場合を含むものと読み替える旨規定しているのであって,拒絶査定不服審判の請求の日から30日以内にされた補正による発明が特許出願の際独立して特許を受けることができない場合にも当該補正は却下されることとなる(法17条の2第5項,特許法126条4項参照)。その結果,法文上,拒絶査定不服審判の請求の日から30日以内にされた補正による発明について,独立して特許を受けることができないものとして当該補正を却下するときには,拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合であっても,出願人に対して拒絶理由を通知することは求められていないこととなる。
 また,法163条1項,2項は,拒絶査定不服審判の請求の日から30日以内補正があったときに行われる審査官による前置審査において,拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも,法50条ただし書や53条1項について,それぞれ上記同様の読替えをする旨規定している


(3) しかるところ,本件特許出願の経緯をみると,・・・。
 以上のとおり,前置報告書や本件審判において周知例2が引用されたののは,本補正により,請求項1について,「突出部の少なくとも一つは,支持部材の底面に形成されたトラックに摺動的に取り付けられるともに,トラックに沿ってどこにでも選択的に位置決めされてトラックに締結される」との構成に減縮された結果であるところ,原告らは,平成18年2月28日付け補正による「突出部の少なくとも一つは,支持部材に摺動的に取り付けられている」との構成(請求項9)について,平成20年4月9日付けで拒絶理由通知がされた後も,実質的に同様の構成(請求項1)で特許を受けようとし続け,拒絶査定を受けた結果,初めて本件補正によりその構成を減縮したものである。

(4) 以上の経緯に鑑みると,本件審判手続において,周知例2について新たに拒絶理由通知をしないまま本件審決に至ったことが,原告らに対して不当なものであったということもできない

<今年(平成23年)の関連・類似の事例>
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2011-11-07 23:21:26 | 特許法50条
事件番号 平成22(行ケ)10298
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年10月04日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 したがって,拒絶査定不服審判請求に際して行われた補正については,いわゆる新規事項の追加に該当する場合や補正の目的に反する場合だけでなく,新規性,進歩性等の独立特許要件を欠く場合であっても,これを却下すべきこととされ,その場合,拒絶理由を通知することは必要とされていない

 ところで,平成6年法50条本文は,拒絶査定をしようとする場合は,出願人に対し拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し,同法17条の2第1項1号に基づき,出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ,これらの規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。審査段階と異なり,審判手続では拒絶理由通知がない限り補正の機会がなく(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。),拒絶査定を受けたときとは異なり拒絶査定不服審判請求を不成立とする審決(拒絶審決)を受けたときにはもはや再補正の機会はないので,この点において出願人である審判請求人にとって過酷である

 特許法の前記規定によれば,補正が独立特許要件を欠く場合にも,拒絶理由通知をしなくとも審決に際し補正を却下することができるのであるが,出願人である審判請求人にとって上記過酷な結果が生じることにかんがみれば,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして,審判手続を含む特許出願審査手続における適正手続違反があったものとすべき場合もあり得るというべきである。

(4) 本件においてされた補正却下に関する事情として,
本件補正の内容となる構成が補正前の構成に比して大きく限定され,すなわち,・・・を中心に具体的構成を特定するものであって,補正発明の構成に係るものであるが,この新たな限定につき現に新たな公知文献を加えてその容易想到性を判断する必要のあるものであったこと,
② 審尋で提示された公知文献はそれまでの拒絶理由通知では提示されていなかったものであること,
③ 審尋の結果,原告は具体的に再補正案を示して改めて拒絶理由を通知してほしい旨の意見書を提出したこと,
後記2で判断するとおり,新たに提示された刊行物2の記載事項を適用することは是認できないこと,
などの事実関係がある。
 本件のこのような事情にかんがみると,拒絶査定不服審判を請求するとともにした特許請求の範囲の減縮を内容とする本件補正につき,拒絶理由を通知することなく,審決で,従前引用された文献や周知技術とは異なる刊行物2を審尋書で示しただけのままで進歩性欠如の理由として本件補正を却下したのについては,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念が欠けたものとして適正手続違反があるとせざるを得ないものである。

 本件においては,審判においても,減縮的に補正された歯車の具体的構成に対し,その構成を示す新たな公知技術に基づいて進歩性を否定するについては,この新たな公知技術を根拠に含めて提示する拒絶理由を通知して更なる補正及び意見書の提出の機会を与えるべきであったというべく,この手続を経ることなく行われた審決には瑕疵があり,当該手続上の瑕疵は審決の結論に影響を及ぼすべき違法なものであるから,原告主張の取消事由1には理由がある。

(つぶやき)刊行物2が適用可能で④がなければどう判断されたのだろうか。

複数引用例から主引用例を選択した審決の手続違背の有無

2009-12-20 10:14:00 | 特許法50条
事件番号 平成20(行ケ)10492
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年12月03日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(2) 審査段階における実質的な拒絶理由通知の有無
 上記(1)のとおり,本件拒絶理由通知は,本件補正前の請求項1に係る発明が,審決引用例を含む6つの刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることを拒絶の理由とするものであった。

 これに対し,原告は
  本件拒絶理由通知書発送の日の約半年後に,主として「テンプレート・マッチング」に係る本件補正を行った上,同補正の日に提出した本件意見書において,これらの刊行物のそれぞれにつきその開示内容を摘示した上,いずれの刊行物にも本願発明の構成(テンプレート・マッチング)についての記載又は示唆がないから,本願発明は,これらの刊行物のいずれか1つに記載された事項に基づいた場合であっても,また,これらの刊行物に記載された事項を組み合わせた場合であっても,当業者が容易に発明をすることができたものではないなどの意見を述べ

  さらに,本件拒絶理由通知書の発送の日の約1年4か月後に提出した本件審判請求理由書においても,審決周知例に係る主張を付加するほかは,本件意見書に記載した意見と同旨の主張を繰り返すなどしたというのであるから,
 当業者である原告は,本件拒絶理由通知に対する意見書の提出期間内に,審決引用例に記載された発明の内容並びに本願発明と審決引用例に記載された発明との一致点及び相違点について十分検討し,また,当該相違点に係る構成の容易想到性に関しても,周知事項等に係る上記(1)アの記載をも参考にしながら,この点について十分検討した上,これらの各点についての反論を行うための十分な機会を与えられたものと認めるのが相当である。

 そうすると,本件拒絶理由通知は,本件補正前の請求項1に係る発明が審決引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることを理由とするものとして,適法な拒絶理由の通知であったというべきであるから,審査段階において拒絶理由の通知が実質的にされていないとの原告の主張を採用することはできない。


<最近の事例>
平成21年11月18日 平成20(行ケ)10469 塚原朋一裁判長
拒絶理由に摘示されていない周知技術等を用いることが許容された事例


平成21年09月16日 平成20(行ケ)10433 塚原朋一裁判長
本願発明の重要部分に対応する引用例の解釈を変更した審決を違法とした事例
周知技術の引用が特許法50条に反するとした事例

平成21年04月27日 平成20(行ケ)10206 飯村敏明裁判長
通知されていない予備的な拒絶理由
(拒絶査定中の指摘も拒絶理由としている。)

拒絶理由に摘示されていない周知技術等を用いることが許容された事例

2009-11-23 17:36:52 | 特許法50条
事件番号 平成20(行ケ)10469
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年11月18日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一


4 取消事由4(手続違背)について
(1) 原告は,審決においては,引用例に記載のない「方位の補正」以降の構成につき,周知例1及び2(甲2及び3)をもって補っており,これらを実質的な引用文献として用いているところ,これらを引用する拒絶理由通知はされておらず,審査の過程でも引用文献として挙げられていないから,審決は,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反する旨主張するので,以下,検討する。

(2) 審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならず(特許法50条本文参照),同法50条の規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する(同法159条2項参照)とされている。
 そして,拒絶理由のうちでも,特に新規性や進歩性については,出願時における周知技術,慣用技術等を考慮することが必要となる場合が多く,拒絶理由の通知に当たって,その基本的な理由(引用文献等)とともに,上記周知技術等をも併せて通知されることも少なくない。
 しかし,拒絶理由に摘示されていない周知技術等であっても,容易想到性の認定判断において,拒絶理由を構成する引用発明の認定や容易性の判断の過程で補助的に用いる場合,あるいは関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合であれば,許容されるというべきである。

(3) 審決は,・・・。

(4) 以上のとおり,そもそも,「GPSデータを採用する場合,採用される情報に『位置』の情報が含まれること」は,出願時における周知技術であったといえる上,引用例の記載からも,この点につき読み取ることが可能であるから,この点につき拒絶理由の中で摘示されていなかったとしても,これは,容易性の判断の過程で補助的に用いる場合であり,関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に該当するといえる
 したがって,審査,審判段階で,この点につき拒絶理由通知がされなかったとしても,本件は,当該周知技術を用いることが許される場合に該当するから,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反しないものであり,この点に関する原告の主張は理由がない。

拒絶理由の形式で通知されていない引用例(防御権行使の機会の有無)

2008-10-05 09:28:53 | 特許法50条
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=36848&hanreiKbn=06
事件番号 平成19(行ケ)10065
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


1 特許法159条2項に違反する手続の誤り(取消事由1)について
(1) 特許法は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合には,拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する(同法159条2項,50条)。

 同法159条2項の趣旨は,審判官が,新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,あらかじめその理由を出願人(拒絶査定不服審判請求人)に通知して,弁明ないし補正の機会を与えるためであるから,審判官が拒絶理由を通知しないことが手続の違法を来すか否かは,手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,拒絶理由の通知をしなかったことが出願人(拒絶査定不服審判請求人)の防御権行使の機会を奪い,利益の保護に欠けるか否かの観点から判断すべきである

・・・

ク まとめ
上記の手続過程の要点は,以下のとおり整理することができる。すなわち,
(ア) 本願発明の進歩性に関し,原告は,平成17年5月9日付け手続補正(甲6,甲9)の段階から,アンダーカット構造が円周方向に不連続であって複数のアンダーカット円弧状部を複数の空隙に対して交互に具えることが進歩性を基礎付ける旨の主張をしていた(前記(2)イ,ウ)。

(イ) 平成18年3月29日付け拒絶査定(甲10)において,連結部材を円周方向に不連続な複数の円弧状部にすることが従来周知の技術手段であることを示すものとして引用例2(甲2)が挙げられ,連結部材においてアンダーカット構造が円周方向に不連続であって複数のアンダーカット円弧状部を複数の空隙に対して交互に具えるという,引用発明2の「突出部材32」,「空間33」,「フック部34」に対応する構成について具体的な指摘がなされた(前記(2)エ)。

(ウ) 原告は,平成18年5月19日付け審判請求書(甲11)において,引用例2について・・・本願発明の如き周方向連続壁を開示するものではないと主張した(前記(2)オ)。

(3) 判断
 上記認定した事実に基づき,審判官が,拒絶理由の通知をしなかったことが原告の防御権行使の機会を奪い,利益の保護に欠けるか否かを判断する。
 前記(2)ク(ア)ないし(ウ)によれば,拒絶査定の理由の実質的な内容は,
① 本願発明と甲1記載の引用発明1との間に,「・・・」という相違点(審決で認定されたのと同様の相違点(前記第2,3(2)ウ))があること,
② その相違点に係る構成は,甲1記載の引用発明1に,引用例2(甲2)や特開昭63-68159号公報に記載されている周知技術(引用例2に記載された「フツク部34」に係る構造)を適用することにより容易に想到し得ること,であったものと認められる。

 そして,原告は,拒絶査定の理由の実質的な内容が上記のとおりであることを認識した上で,引用例2(甲2)に記載された「フツク部34」と「突出部材32」を検討し,審判請求書(甲11)において,甲2記載の引用発明2と本願発明が相違するという趣旨の反論をしたものと認められる。

 そうすると,当業者が本願発明を引用発明1,引用発明2に基づいて容易に発明することができたという理由が拒絶理由通知等の形式により通知されていないとしても,原告は,拒絶査定によって,その実質的な理由を認識し,それについて具体的に検討した上で反論,補正を行っていると認められるから,出願人である原告の防御権行使の機会を奪うことはなく,その利益保護に欠けることはないと解される。

 したがって,審判官が,当業者が本願発明を引用発明1,引用発明2に基づいて容易に発明することができたという理由を通知しなかったとしても,それが手続の誤りとして違法となることはないというべきである。

防御権行使の機会の有無の判断事例

2008-09-14 11:18:38 | 特許法50条
事件番号 平成20(行ケ)10045
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹


2 取消事由2(手続的瑕疵)について
(1) 原告は,本件特許出願の審査をした審査官は,本願発明の原料ガスであるフロンガスと,刊行物1の原料ガスであるCF4とが相違すると認めていたとした上で,審決が,原告の主張に対し,
「出願人(判決注・原告)は塩素を含まない単なるフッ化炭素と,塩・フッ化炭素とで化学プロセスが異なる旨主張するが,フロンには,これら両者が含まれるので,この主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,採用できない。」
と説示したことを捉え,審判官は,拒絶査定の理由とは異なる特許法36条6項1号の拒絶の理由を発見したということになるから,審判において拒絶理由を通知すべきであったにもかかわらず,審判段階で拒絶理由通知はなされていないから,審決は同法159条2項,50条に違背すると主張する


 しかしながら,同法50条の「審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない。」との規定,及び同法159条2項の「第五十条・・・の規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する。」との規定によれば,拒絶査定不服審判において,拒絶査定による拒絶の理由とは異なる拒絶の理由により,拒絶査定を維持し,審判請求を不成立とする審決をする場合には,審判請求人に対し改めて拒絶理由通知をする必要があるものの,仮に,審判合議体が,拒絶査定による拒絶の理由のほかに,これと異なる拒絶の理由を発見したとしても,その異なる拒絶の理由を,審決における拒絶の理由とするのでなければ,審判請求人に対し,その異なる拒絶の理由を改めて通知する必要がないことは明らかである

 ・・・したがって,審決における拒絶の理由は,拒絶査定による拒絶の理由に含まれるものであって,これと異なる拒絶の理由ということはできない。

(2) もっとも,上記拒絶査定には,「備考」として以下の記載がある。「・・・。」
 この記載は,刊行物1発明のCF4(フルオロカーボン)を,「フロンCFC-113」に転用(置換)することの容易性について言及するものと認められ,この記載のみからすれば,原告主張のとおり,拒絶査定においては,フルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであると認識していたと考えられないでもない

 しかるところ,拒絶理由通知の制度趣旨は,審査官又は審判官が出願を拒絶すべき理由を発見したときに,出願人に対してその旨を通知することにより,出願人に意見を述べる機会及び手続補正をする機会を与えて,特許出願制度の適正妥当な運用を図ることにあるから,拒絶査定において,フルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであるとされていたと仮定して,そのことにより,フルオロカーボンもクロロフルオロカーボンと同様「フロン」に含まれるものであることを前提とする審決の判断が,原告にとって全く予期し得ぬ不意打ちに当たり,その旨を通知するのでなければ,原告の防御権行使の機会を奪い,その利益保護に欠けることになるものとすれば,上記(1)のとおり,審決の拒絶の理由が,拒絶査定における拒絶の理由に含まれるものであるとはいえ,改めて拒絶理由の通知をすることが必要であったと解する余地もある

 しかしながら,上記拒絶理由通知書(甲第7号証)には,「・・・。」との記載があり,この記載によれば,審査官(・・・)は,フルオロカーボンガスを,CFC-113,CFC-12(クロロフルオロカーボンガス)と「同じフロン類であるフロンガス」と認識していたことが認められるから,そもそもフルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであると認識していたということ自体が疑わしくなる

 また,その点は措くとしても,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられていると解するのが当業者の技術常識であったものと認められることは,上記1(2)イのとおりであり,・・・。
 上記意見書(甲第8号証)の記載によれば,原告が,本願発明の「フロン」を「分子中にフッ素の他,塩素を含」むもの,すなわち,クロロフルオロカーボンとしていることが認められるが,そうであるならば,上記のとおり,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられており,上記拒絶理由通知書にもその旨の記載がある以上,原告としては,意見書の提出と併せて,本願明細書の「フロン」との記載を,原告自身の意図するところに合わせて改めるべく,手続補正をすべきであったのであり,そのようにすることに格別の障害があったと認めることはできない

 そうすると,フルオロカーボンもクロロフルオロカーボンと同様「フロン」に含まれるものであることを前提とする審決の判断が,原告にとって全く予期し得ぬ不意打ちに当たり,その旨を通知するのでなければ,原告の防御権行使の機会を奪い,その利益保護に欠けることになるものとは到底いうことができず,この点からも,審判合議体が,改めて拒絶理由の通知をすることが必要であったということはできない

(3) 以上によれば,審決に,拒絶理由通知の懈怠の手続的瑕疵があった旨の原告の主張を採用することはできないから,取消事由2は理由がない。