知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

就業規則が法的規範の性質を有し従業員に対する拘束力を生じる要件

2011-09-25 21:46:10 | Weblog
事件番号 平成22(ワ)29497
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成23年09月14日
裁判所名 東京地方裁判所  
裁判長裁判官 大須賀滋

2 争点(2)(被告B及び被告Cに,就業規則所定の秘密保持義務違反及び競業避止義務違反が認められるか)について
(1) 使用者は,就業規則を,常時各作業場の見やすい場所へ掲示し,又は備え付けること,書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって,労働者に周知させなければならないとされており(労働基準法106条1項),就業規則が労働者に拘束力を生ずるためには,その内容を,適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する平成15年10月10日最高裁第二小法廷判決最高裁判所集民事211号1頁)ところ,原告は,平成20年6月21日に開催された社員講習会で,社員教育の一環として,就業規則について説明した旨主張し,原告代表者は同旨の供述をするが,・・・,上記講習会で,原告の就業規則について説明がされた旨の原告の主張は直ちに信用し難い。このほか,原告代表者の供述からは,上記講習会のほかに,就業規則を原告従業員に周知させるための手続をとっていることはうかがわれないし,被告B及び被告Cも,就業規則について見聞きしたことはない旨主張しているのであるから,原告の就業規則(甲1)について,その内容を,適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られたものと認めることはできず,上記就業規則につき,法的規範の性質を有するものとして従業員に対する拘束力を生じていると認めることはできない




引用明細書の阻害事由と見える目的よりも開示技術の性質を評価して動機付け等を認めた事例

2011-09-25 21:09:01 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10302
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 そして,請求項1にかかる発明(本願発明)は,駆動トランジスタが導通したときに流れる電流量を小さくするための具体的手段として,ドレインオフセット領域のドーピング濃度を変更することを選択したものということができる。

(2) 引用発明
 刊行物1の記載によれば,引用発明は,電極間にEL素子を用いた発光装置に関するものであり,電流制御用TFT602は,過剰な電流が流れてEL素子603が劣化しないよう,そのチャネル長が長めに設計され,電流値が小さく設定されたものであることが認められる。

(3) オフセット領域の目的について
 刊行物2及び3,特開平9-219525号公報(乙2),特開平10-189998号公報(乙3)には,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタにおいて,オフセット領域の不純物濃度が低いと電気抵抗が高いため,オフセット領域のない薄膜トランジスタと比べて,薄膜トランジスタを流れるドレイン電流が小さくなることが記載されており,かかる技術的事項は技術常識であると認められる。
 そうすると,刊行物2及び3の記載は,いずれもオフセット領域によってオン電流を減らすことを積極的に使うという内容はなく,むしろそうなるのを避けることを説いているとしても,その記載は,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタにおいて,オフセット領域の不純物濃度が低いと電気抵抗が高いため,オフセット領域のない薄膜トランジスタと比べて,薄膜トランジスタを流れるドレイン電流が小さくなるという技術常識を背景としているから,そこには上記周知の技術的事項が示されていると理解することができる。
・・・

(4) トランジスタの使い方の違いについて
・・・
そこで,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタにおける前記(3)の技術的事項と,薄膜トランジスタの動作領域との関係について検討するに,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタが,線形領域(非飽和領域)と飽和領域のいずれで動作する場合でも,薄膜トランジスタを流れるドレイン電流の経路に不純物濃度が低く電気抵抗が高い上記オフセット領域が存在すると,ドレイン電流はオフセット領域による影響を受けるから,オフセット領域のない薄膜トランジスタと比べてドレイン電流が小さくなる。このことは,技術常識ということができ,刊行物2(甲2)の表1(3)及び(4)の測定結果からも推認できるものである。

・・・
 また,前記のとおり,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタが,線形領域(非飽和領域)と飽和領域のいずれで動作する場合でも,薄膜トランジスタを流れるドレイン電流が制限されることは,当業者には自明であるから,引用発明に上記周知の技術的事項を適用して引用発明における「電流制御用TFT602」を構成した際に,「電流制御用TFT602」を線形領域(非飽和領域)と飽和領域のいずれで動作させるかは,当業者が必要に応じて適宜選択し得たものであることも明らかであって,このように認めることをもって後知恵とするのは相当でない

 加えて,引用発明に,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタにおける上記周知の技術的事項を適用する際に,オフセット領域の不純物濃度を調整することにより,「電流制御用TFT602」に流れる電流値を制御することができ,その結果,「EL素子603」の輝度を調整できることは,当業者であれば容易に認識し得たものであって,格別のものとはいえない。

意味的な結び付きが強いとはいえず、識別力も大差ない結合商標の観念と称呼

2011-09-25 20:49:07 | 商標法
事件番号 平成23(行ケ)10085
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 本願商標は,「TV」の欧文字と「プロテクタ」の片仮名文字を結合した商標であって,標準文字からなる「TVプロテクタ」の文字を一連の横書きで表記したものである。

 本願商標は,「TV」と「プロテクタ」を組み合わせた造語と解されるところ,「TV」部分は,英単語である「television」の略語と一般に理解されるから,テレビジョン受信機の観念が生じる(乙4「コンサイスカタカナ語辞典第4版」参照)。また,「プロテクタ」部分は,英単語である「protector」の片仮名表記と一般に理解され,一般人にとって,保護するもの,保護する装置,防御物,防護用具,保護者,後援者等の観念が生じる(甲8「英辞郎 on the Web」,乙12「ベーシックジーニアス英和辞典」等参照)。

 そうすると,「TV」部分と「プロテクタ」部分の意味的な結び付きが強いとはいえないから,これらの単語を組み合わせた本願商標「TVプロテクタ」の全体からは特定の観念が生じないというべきであり,生じるとしても,テレビジョン受信機を保護する何らかの装置との観念を生じさせるにとどまり,指定商品の機械器具,部品の分野でみても,「TV」と「プロテクタ」のいずれかの部分に強い識別力が伴うものとすべき事情を認める証拠はない。そして,双方の部分ともに冗長ではなく一連に発音しても違和感のないものであるから,本願商標からは,全体として「ティーヴィープロテクタ」の称呼が生じるものと認めることができる。


方法の発明と物の発明の明細書の記載

2011-09-19 23:14:10 | 特許法36条4項
事件番号  平成22(行ケ)10348
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(1) 実施可能要件について
 本件特許は,平成7年12月1日出願に係るものであるから,平成14年法律第24号附則2条1項により同法による改正前の特許法(以下「法」という。)36条4項が適用されるところ,同項には,「発明の詳細な説明は,…その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定している。

 特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。法36条4項が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。

 そして,方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をすることをいい(特許法2条3項2号),物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(同項1号),方法の発明については,明細書にその方法を使用できるような記載が,物の発明については,その物を製造する方法についての具体的な記載が,それぞれ必要があるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用し,又はその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる

「総合小売等役務商標」と他の「特定小売等役務商標」の独占権の範囲の重複

2011-09-19 22:55:07 | 商標法
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110915085437.pdf
事件番号 平成23(行ケ)10086
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 取消事由1(商標法4条1項15号該当性についての判断の誤り)について
ア はじめに――本件商標の効力について
 本件商標に係る指定役務は,
①「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(「本件総合小売等役務」),及び
②「『菓子及びパンの小売及び卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供』など取扱商品の種類を特定した上で,それらに属する商品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」(「本件特定小売等役務」
からなるものである。

 ・・・,「小売等役務商標の査定ないし商標登録」行為は,独占権を付与する行政行為等であるから,独占権の範囲に属するものとして指定される「役務」は,例えば,「金融」,「教育」,「スポーツ」,「文化活動」に属する個別的・具体的な役務のように,少なくとも,役務を示す用語それ自体から,役務の内容,態様等が特定されることが必要不可欠であるといえる。

 ところで,「小売役務商標」は,上記の,独占権の範囲を明確にさせるとの要請からは大きく離れ,「小売の業務過程で行われる」という経時的な限定等は存在するものの,「便益の提供」と規定するのみであって,提供する便益の内容,行為態様,目的等からの明確な限定はされていない「便益の提供」とは「役務」とおおむね同義であるので,仮に何らの合理的な解釈をしない場合には,「便益の提供」で示される「役務」の内容,行為態様等は,際限なく拡大して理解,認識される余地があり,そのため,商標登録によって付与された独占権の範囲が,際限なく拡大した範囲に及ぶものと解される疑念が生じ,商標権者と第三者との衡平を図り,円滑な取引を促進する観点からも,望ましくない事態を生じかねない。例えば,譲渡し,引渡をする「物」等(小売の対象たる商品,販売促進品,景品,ソフトウエア,コンテンツ等を含む。)に登録商標と同一又は類似の標章を付するような行為態様について,これを,小売等役務商標に係る独占権の範囲から,当然に除外されると解すべきか否かについても,明確な基準はなく,円滑な取引の遂行を妨げる要因となり得るといえる。

上記の観点から,本件について検討する。
 まず,「特定小売等役務」においては,取扱商品の種類が特定されていることから,特定された商品の小売等の業務において行われる便益提供たる役務は,その特定された取扱商品の小売等という業務目的(販売促進目的,効率化目的など)によって,特定(明確化)がされているといえる。そうすると,本件においても,本件商標権者が本件特定小売等役務について有する専有権の範囲は,小売等の業務において行われる全ての役務のうち,合理的な取引通念に照らし,特定された取扱商品に係る小売等の業務との間で,目的と手段等の関係にあることが認められる役務態様に限定されると解するのが相当である(侵害行為については類似の役務態様を含む。)。
 次に,「総合小売等役務」においては,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品」などとされており,取扱商品の種類からは,何ら特定がされていないが,他方,「各種商品を一括して取り扱う小売」との特定がされていることから,一括的に扱われなければならないという「小売等の類型,態様」からの制約が付されている。したがって,商標権者が総合小売等役務について有する専有権の範囲は,小売等の業務において行われる全ての役務のうち,合理的な取引通念に照らし,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品」を「一括して取り扱う」小売等の業務との間で,目的と手段等の関係にあることが認められる役務態様に限定されると解するのが相当であり(侵害行為については類似の役務態様を含む。),本件においても,本件商標権者が本件総合小売等役務について有する専有権ないし独占権の範囲は上記のように解すべきである。

 ・・・「総合小売等役務商標」の独占権の範囲を,このように解することによって,はじめて,他の「特定小売等役務商標」の独占権の範囲との重複を避けることができる。

均等の第5要件の判断事例-外形的除外を認定した事例

2011-09-19 22:05:44 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)35411
事件名 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成23年08月30日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 阿部正幸

[被告の主張]
 ・・・被告サービスでは,上記「使用中」とされた局番のうち,一部の電話通信事業者に割り当てられた局番については,ユーザーからの調査ニーズが想定されないことを理由に,調査対象としていない。
・・・


第3 当裁判所の判断
・・・
2 争点2(被告サービスは,本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であるか)について
 被告サービスが本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であるか否かについて検討するに,平成10年最判は,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分がある場合に,なお均等なものとして特許発明の技術的範囲に属すると認められるための要件の一つとして,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」こと(第5要件)を掲げており,この要件が必要な理由として,「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解される行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないからである」と判示する。
 そうすると,第三者から見て,外形的に特許請求の範囲から除外したと解されるような行動を特許権者がとった場合には,上記特段の事情があるものと解するのが相当である。

(3) これを本件についてみると,・・・,いかなる電話番号を調査対象とするのかについて特段制限は付されていなかったものを,本件訂正により,「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」電話番号を調査対象とするものに限定することを明記し,これにより,乙5資料等に記載された先行技術と本件発明との相違を明らかにして,乙5資料等を先行技術とする無効事由を回避しようとしたものであることが認められる。

 そうすると,原告は,本件特許発明について,本件訂正に係る訂正審判の手続において,・・・,調査対象電話番号が「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」ものでない方法が,その技術的範囲に含まれないことを明らかにしたものと認めるのが相当である。

 原告は,原告が本件訂正において除外したのは,電話帳データや特定の顧客リストなど,限られた電話番号群を調査対象として調査結果を記録する方法に限られるものであり,すべての電話番号という母数から出発してニーズのない局番を除外するという被告サービスのような技術まで意識的に除外したものではないと主張する。

 しかしながら,仮に,原告が,主観的には本件訂正により被告サービスの技術を除外する意図を有していなかったとしても,本件訂正は,少なくとも,第三者からみて,外形的には,・・・,一部の局番の電話番号を調査対象から除外しているものについては,本件特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したものと解されるべきものであるというべきである。

取消判決の確定後に、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合の取消判決の拘束力

2011-09-11 22:54:59 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10404
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月08日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(1) 取消判決の拘束力について
 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は特許法181条5項の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い,審決をすることとなるが,審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから,再度の審理ないし審決には,同法33条1項の規定により,上記取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではなく,審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は,その限りにおいて適法であり,再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。このように,再度の審決取消訴訟においては,審判官が当該取消判決の主文のよって来る理由を含めて拘束力を受けるものである以上,その拘束力に従ってされた再度の審決に対し関係当事者がこれを違法として非難することは,確定した取消判決の判断自体を違法として非難することにほかならず,再度の審決の違法(取消)事由たり得ないのである(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
 したがって,特定の引用例に基づいて当該特許発明を容易に発明することができたとはいえないとした審決を,容易に発明することができたとして取り消す判決が確定した場合には,再度の審判手続において,当該引用例に基づいて容易に発明することができたとはいえないとする当事者の主張や審決が封じられる結果,無効審決がされることになる。

 もっとも,取消判決の確定後,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には,減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加され発明の要旨が変更されるのであるから(最高裁平成7年(行ツ)第204号平成11年3月9日第三小法廷判決・民集53巻3号303頁参照),当該訂正によっても影響を受けない範囲における認定判断については格別という余地があるとしても,訂正前の特許請求の範囲に基づく発明の要旨を前提にした取消判決の拘束力は遮断され,再度の審決に当然に及ぶということはできない

・・・

イ 本件訂正
 本件特許を無効にすべき旨の第2次審決の取消しを求めた訴訟の係属中に,特許請求の範囲の減縮を目的とする本件訂正審決が確定し,第2次審決を取り消す旨の第2次判決が言い渡された。
 本件訂正審決により,第1次判決が対象とした第1次訂正前の発明は,前記第2の2記載のとおり訂正されたところ,その訂正部分は,別紙2の下線部のとおりである。これにより,発明の要旨が変更され,本件発明と引用発明との相違点は,前記第2の3の相違点1及び相違点2のとおりとなったのである。したがって,当該訂正によっても影響を受けない範囲における認定判断については格別という余地があるとしても,第1次訂正前の特許請求の範囲に基づく発明の要旨を前提にした第1次判決の拘束力は遮断され,再度の審決に当然に及ぶということはできない

特許請求の範囲の用語の解釈事例(切餅事件)

2011-09-11 19:04:13 | Weblog
事件番号 平成23(ネ)10002
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成23年09月07日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1) 構成要件Bの充足性について
ア 「載置底面又は平坦上面ではなく」の意義について
 当裁判所は,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」であることを明確にするための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」ということがある。)を設けることを除外するための記載ではないと判断する。
・・・

(ア) 特許請求の範囲の記載
本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,」(構成要件B)と記載されている。
 上記特許請求の範囲の記載によれば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分の直後に,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である。

(イ) 発明の詳細な説明の記載
・・・

b 上記発明の詳細な説明欄の記載によれば,本件発明の作用効果として,・・・,が挙げられている。そして,本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより,上記①ないし④の作用効果が生ずるものと理解することができる。
 これに対して,発明の詳細な説明欄において,側周表面に切り込み部等を設け,更に,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を形成すると,上記作用効果が生じないなどとの説明がされた部分はない。本件明細書の記載及び図面を考慮しても,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,通常は,最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるが,そのような態様で載置しない場合もあり得ることから,載置状態との関係を示すため,「側周表面」を,より明確にする趣旨で付加された記載と理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを排除する趣旨を読み取ることはできない

c これに対し,被告は,本件発明は,切餅について,切り込みの設定によって,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できるという効果(効果①)と,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果(効果②)を共に奏するものであるが(本件明細書段落【0032】),切餅の平坦上面又は載置底面に切り込みが存在する場合には,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなるため,忌避すべき状態になることから(本件明細書段落【0007】),本件発明における効果②を奏することはないと主張する
しかし,被告の主張は,採用の限りでない。

 すなわち,本件発明は,上記のとおり,切餅の側周表面の周方向の切り込みによって,膨化による噴き出しを抑制する効果があるということを利用した発明であり,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果は,これに伴う当然の結果であるといえる。載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたために,美観を損なう場合が生じ得るからといって,そのことから直ちに,構成要件Bにおいて,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることが,排除されると解することは相当でない

 また,当初明細書(甲6の2)の段落【0021】には,作用効果に寄与する切り込みの形成方法が記載され,同明細書の段落【0043】,【0045】には,周方向の切り込み等は,側周表面に設けるよりは作用効果が十分ではないが,平坦頂面における場合でも同様の作用効果が生じる旨記載され,図6(別紙図5)が示されていたことに照らすと,周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは,本件発明の作用効果が生ずるものと理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないとの限定がされているとはいえない。さらに,本件明細書段落【0007】の記載は,米菓で採られた噴き出し抑制手段の適用における問題点を記載したものであり,本件発明において,周方向の切り込み等による,上側の持ち上がりによる噴き出し抑制手段を採用するに当たり,載置底面又は平坦上面に切り込み等を設けるか否かについて,本件明細書に何らかの言及がされていると解する余地はない。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。


<所感>
 技術的には本判決の言うとおり側周面に切り込みがあれば平坦上面に切り込みがあっても本願所定の効果を奏する。しかし明細書([0007])では平坦上面に切り込みがあると焼き上がりが忌避すべき状態となるという課題を挙げており、この点と請求項の用語の自然な解釈を重視すれば地裁の解釈の方が良いように思う。技術面を重視すると高裁の判断も良いが、当業者の予測可能性を害するように感じる。当業者はこれほどまでには読み込めない。

 ところで引用された明細書記載からすると「平坦上面」は、切餅(「方形」の特定がなければ丸餅も含む。)の平坦な上面を指すようにとれる。丸餅の場合、方形の切餅の立直側面である側周に該当する部分は丸餅の裾野の広いスロープ部分(このスロープが引用最終段落の平坦頂面に当たるのではないか。なお、スロープ部分であっても切り込み位置があまり上だと意味がないことは明らかである。)となり、丸餅の頭頂部に平坦面があればそれが平坦上面である。これは、当初明細書の[0043],[0045],図6にも沿った解釈である。(この解釈は高裁とは異なる。)また、[0007]には「忌避すべき・・切餅や丸餅への実用化はためらわれる」と強い表現で記載されている。これらを踏まえると最後の引用段落の理由は説得力が弱い。

 地裁判決はここ
 関連判決はここ

すでに確定した訂正を再度認めてしまった事例

2011-09-11 10:52:12 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10361
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

第2 事案の概要
・・・
 本件特許の請求項1~3については,前件無効審判請求において訂正請求がされ,請求項1については前件第2次審決において,請求項2及び3については前件第1次審決において,それぞれ訂正が認められ,訂正が認められた請求項に係る審決はそれぞれ確定している。したがって,これらの訂正による本件特許の請求項1~3に係る発明(本件発明1~3)は,次のとおりとなる(本件特許の請求項4については,本件訴訟の対象ではない。)。

 ところで,特許庁は,本件審決において,訂正を認める前件第1次審決が確定していた本件特許の請求項2及び3について,さらに平成21年10月13日付け訂正を認める旨の判断をしているが,平成21年10月13日付けの訂正は,前件無効審判請求における訂正と同内容であるから,既に訂正を認められている以上,再度の訂正を認める必要はなかった。
 また,本件特許の請求項1についても,同内容の訂正を認めた前件第2次審決が本件審決後に確定したことにより,結果的に,重ねて訂正を認めたことになる


<手続きの経緯のまとめ>
順序
1  H.18.02.10 特許第3767993号登録(cl.1-4)
2  H.20.05.20 第1次無効審判請求(cl.1-4)
3  H.21.04.28 第1次無効審判請求に対する第1次審決
         cl.1-3の訂正を認め、cl.1無効、cl.2-4維持。原告・被告は敗訴部分を出訴。
5  H.21.09.04 被告はcl.1に訂正請求(*)
6  H.21.10.08 被告がcl.1の判断の取消を求めた訴訟の決定(cl.1無効を取消、差戻)
8  H.22.03.29 原告がcl.2-4の判断の取消を求めた訴訟の判決(cl.4維持を取消)->確定
9  H.22.10.19 第1次無効審判請求に対する第2次審決
         cl.1の訂正(*)認め、維持。

4  H.21.07.22 第2次無効審判請求(cl.1-4)
7  H.21.10.13 cl.1-3について訂正請求
10  H.22.10.29 第2次無効審判請求に対する審決。訂正認める。cl-3維持。cl4無効。

実用品である装置の著作物性の判断事例

2011-09-10 15:29:21 | 著作権法
事件番号 平成22(ワ)5114
事件名 損害賠償等請求反訴事件
裁判年月日 平成23年08月19日
裁判所名 東京地方裁判所  
裁判長裁判官 大須賀滋

ア そもそも,著作権法は,著作権の対象である著作物の意義について「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作権法2条1項1号)と規定しているのであって,当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方,思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては,著作物に該当せず,同法による保護の対象とはならないとするものと解される。

イ そこで検討すると,反訴原告装置は,前記第4の1(1)の前提事実でみたとおり,人が中に入り,布の反力によって体が支えられる状態を体験することができる装置として考案されたものである。反訴原告装置は体験装置として使用され,人が中に入った状態では,様々な形態をとるし,また,中に入った人は日常生活では感じることのできない感覚を味わうことができる。このように,反訴原告装置は,体験装置として独創的なものと考えられるが,反訴原告が本訴において著作物として主張するのは,上記のような動的な利用状況における創作性ではなく,反訴原告装置目録において示された静的な形状,構成(反訴原告装置)の創作性である
したがって,以下では,反訴原告装置目録において示された反訴原告装置の著作物性について検討する。
 ・・・
 しかし,反訴原告装置の前記(1)ウの形状,構成は,次に述べるとおり,創作性を基礎付ける要素となっているものと考えられる。

d 反訴原告装置の創作性
 反訴原告装置の上辺部分の形状は本体部分及び二重化部分が一体となって,中央部分から両端部分にかけて反った形状として構成されており,神社の屋根を思わせる形状としての美観を与えている。さらに,反訴原告装置の左右両端部分は,垂直に対しやや傾いて上の方へ広がり,上辺の反りの部分と合わせて日本刀の刃先の部分を思わせる形状となっている
 反訴原告装置は,これらの点に独自の美的な要素を有しており,美術的な創作性を認めることができる

・・・

エ したがって,反訴原告装置は,前記イdでみた点における限りで創作性があるものとして,著作物性が認められ,反訴原告は,反訴原告装置の制作者として反訴原告装置について著作権を有する。

オ この点に関し,反訴被告は,反訴原告装置は実用品であって,著作物として保護されるためには,その機能性又は実用性から独立した美的創作性を有することを要するが,反訴原告装置の表現上の特徴として挙げることのできる点は,いずれも機能性又は実用性からの帰結にすぎないと主張する。
 確かに,前記のとおり,反訴原告装置は人が中に入り反力を体験することができる装置として考案されたものであり,この意味で実用性を有するものということができる。しかし,前記第4の1(1)前提事実ウでみた反訴原告装置の制作過程に照らすと,反訴原告装置は,各別にその形態(傾き,くびれ,曲線等)を調整して制作されるものと認められ,画一的かつ機械的な大量生産を予定しているものではないということができる上,反訴原告装置の具体的表現のうち,創作性が認められる部分は,反訴原告装置の機能又は目的から不可避の結果として生じたものではなく,その表現に選択の幅が認められるものであって,前記1ウ(ウ)のとおり,反訴原告自身が「日本的な美しさ」を表現するためにそのような形状を選択している旨述べるなど,美的表現の追求の結果として生じたものとみることができるものであるから,反訴被告の主張は当たらず,前記エの認定は左右されない。

生産の委託を受けた会社が他社に製品を供給した事例

2011-09-04 10:34:54 | 不正競争防止法
平成22(ワ)2723 損害賠償請求事件  
平成23年08月25日 大阪地方裁判所
裁判長裁判官 山田陽三

 通常,生産を委託された場合に,同じ金型から製造した商品を委託した者以外の者に譲渡することが許されるとは考えにくいところである。仮に,A社が原告商品を他に供給してはならない旨の義務を課せられていなかったとしても,A社としては,原告商品を単に製造しているだけで,同商品の形態について,法2条1項3号の権利を有しない以上,A社が,日本国内で原告商品を販売することは,法2条1項3号に該当する行為というべきである。
 A社から原告商品と同じ商品を購入し,日本国内において販売する行為は,他人の商品の形態を模倣した商品であることを知らず,かつ,知らないことにつき重大な過失がない場合を除き,同じく,法2条1項3号に該当するというべきである。