知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

委託契約により開発したソフトウェアの著作権

2010-05-30 11:53:57 | 著作権法
事件番号 平成21(行コ)10001
事件名 法人税更正処分取消等請求控訴事件
裁判年月日 平成22年05月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

2 以上の事実を前提とすれば,本件ソフトウェアの著作権等が本件譲渡契約前にOISから旧岡三証券に対して黙示の合意によって譲渡されていたとの事実を認めることはできない。その理由は,次のとおりである。

(1) 一般的に,著作権は,不動産の所有者や預金の権利者が権利発生等についての出捐等によって客観的に判断されるのと異なり,著作物を創作した者に原始的に帰属するものであるから(著作権法2条1項2号,同法17条),ソフトウェアの著作権の帰属は,原則として,それを創作した著作者に帰属するものであって,開発費の負担によって決せられるものではなく,システム開発委託契約に基づき受託会社によって開発されたプログラムの著作権は,原始的には受託会社に帰属するものと解される。

 また,旧岡三証券とOISとの間の本件委託業務基本契約(甲22)に基づくデータ処理業務は,上記認定の内容からすれば,情報処理委託契約であると解されるところ,情報処理委託契約は,委託者が情報の処理を委託し,受託者がこれを受託し,計算センターが行う様々な情報処理に対し,顧客が対価を支払う約定によって成立する契約であって,著作権の利用許諾契約的要素は含まれないと解される。

 本件においては,前記認定のとおり,旧岡三証券とOIS間において,昭和55年7月1日に締結された本件委託業務基本契約にも,著作権の利用許諾要素は全く含まれていないが,それは上記の理由によりいわば当然であり,また,証拠(甲61,62,70ないし73)によれば,そのような場合でも,委託者が,受託者に対し,システム開発料として多額の支出をすることは,一般的にあり得ることと認められるから,単に開発したソフトウェアが主に委託者の業務に使用されるものであるとの理由で,委託者がその開発料を支払っていれば,直ちにその開発料に対応して改変された著作物の著作権が委託者に移転されるということにはならないことは明らかである。
 著作権はあくまで著作物を創作した者に原始的に帰属するものであるから,例えば,・・・ように,その譲渡にはその旨の意思表示を要することは,他の財産権と異なるものではない。

 したがって,本件においても,上記のような明示の特約があるか,又はそれと等価値といえるような黙示の合意があるなどの特段の事情がない限り,旧岡三証券が本件ソフトウェアの開発費を負担したという事実があったとしても,そのことをもって,直ちに,その開発費を負担した部分のソフトウェアの著作権が,その都度,委託者である旧岡三証券に移転することはないというべきである。
そして,本件全証拠を精査しても,一度原始的にOISに帰属した本件ソフトウェアの著作権が,旧岡三証券がその開発費用を支出した都度,本件譲渡契約前にOISから旧岡三証券に対して黙示的に譲渡されていたことなどの特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

技術常識等を加味して引用文献を認定し直し組み合わせの論理を修正した事例

2010-05-30 11:05:53 | 特許法29条2項
事件番号 平成21(行ケ)10295
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

〔被告の主張〕
本件審決の認定判断には原告主張のような誤りはない。
・ 引用発明2との関係
ア 引用発明2の認定について
  ・・・
・ 小括
 以上によれば,引用発明2において,銅製のリードフレームと金ワイヤーとの接合部の温度は不明であり,融点以下であって銅製のリードフレームが塑性流動を伴う金と銅とが塑性流動するとの記載がなく,銅製のリードフレームと金ワイヤーの接合部を「金と銅との塑性流動を生じさせうる温度範囲で加熱させ」ていると認定することができないとした本件審決に誤りはない

第4 当裁判所の判断
 ・・・
イ引用発明1の内容について
 以上によると,引用発明1は,接続表面が貴金属層を予め備えており,コイルリードが熱圧着溶接を達成するために接続表面に対して強く押さえ付けられるものであって,この貴金属として金が,コイルリードとして銅が例示されている。
 そして,前記 エのとおり,熱圧着とは「複数の部材を融点以下の適当な温度で圧力を加え密着させて,塑性変形を起こさせ,双方の清浄面の接触によって接合させる方法」であるから,引用発明1には,金と銅との塑性流動を生じさせ得る温度範囲で加熱させつつ,加圧することが示されているということができる。

 ・・・

イ しかるところ,引用例2において,金と銅との接合層の特性を全率固溶体と金属間化合物との対比において記載していること,そして,その記載は金と銅との接合層に関する一般的な記載であると解されることからすると,引用発明1における「金と銅との塑性流動を生じさせうる温度範囲で加熱させつつ,」「加圧すること」によって形成された接続構造であるAu/Cu合金についても,全率固溶体か金属間化合物か,そのいずれかの相であるとみることができる。
 そして,引用発明1において,ICの接続表面とコイルリードとの接点は,前記 イのとおりAu/Cu合金をもって形成されるものであるところ,上記のとおりの引用例2の全率固溶体は金属間化合物に比べて,電気抵抗が小さく,化学的に安定し,機械的強度の劣化のない高信頼性の半導体装置を得ることができるとの開示に基づくと,引用発明1における接合のAu/Cu合金についても,金属間化合物を避けて,Au/Cu全率固溶体が形成されるように想到することは,当業者において容易であるということができる。

論文の著作権侵害の判断事例

2010-05-29 22:15:44 | 著作権法
事件番号 平成22(ネ)10004
事件名 著作権侵害確認等請求控訴事件
裁判年月日 平成22年05月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 著作権法において,著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作権法2条1項1号)と規定する。
 したがって,著作権法により保護されるためには,思想又は感情が創作的に表現されたものであることが必要である。そして,当該記述が,創作的に表現されたものであるというためには,厳密な意味で,作成者の独創性が表現として現れていることまでを要するものではないが,作成者の何らかの個性が表現として現れていることを要する

 また,著作権法が保護する対象は,思想又は感情の創作的な表現であり,思想,感情,アイデアや事実そのものではないしたがって,原告が著作権の保護を求める「第1論文中の複製権又は翻案権が侵害されたと原告が主張する部分」が著作権法による保護の対象になるか否か,また,第2論文の該当箇所が第1論文の該当箇所を複製又は翻案したものであるか否かを判断するに当たって,上記の点を考慮すべきことになる。

 本件においては,前記のとおり,第1論文は,「書き取りにおける音素-書記素変換」と「音読における書記素-音素変換」に共通する脳内部位を明らかにすることを目的とした研究に係る論文であるのに対して,第2論文は,「書き取りにおける音素-書記素変換」の脳内部位に焦点を当てて発展させた研究に係る論文である。第2論文は,研究の目的,課題設定及び結論を導く手法等において,第1論文とは相違する独自の論文であるが,一方で,機能的磁気共鳴画像法(f-MRI)を用いていること,「音素-書記素変換」に活用される神経的基盤を明らかにすることなどの点において,第1論文と共通する点がある。
 両論文を対比するに当たり,各部位の名称,従来の学術研究の紹介,実験手法や研究方法の説明など,内容の説明に係る部分は,事実やアイデアに係るものであるから,それらの内容において共通する部分があるからといって,その内容そのものの対比により,著作権法上の保護の是非を判断すべきことにはならない

 上記観点に照らして,
①「第1論文中の複製権又は翻案権が侵害されたと原告が主張する英文記述部分」(第1論文該当箇所)における表現上の創作性の有無
②「第2論文中の複製権又は翻案権を侵害したと原告が主張する英文記述部分」(第2論文該当箇所)が,対比表第1論文該当箇所を複製し,又は翻案したものであるか否か
について検討する。
・・・

 以上のとおり,第1論文の当該表記部分は,判断を含めた事実について,ごく普通の構文を用いた英文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるということはできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められないから,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということはできず,また翻案ということもできない

 この点について,原告は,「Discussion」には,多数の書き方が存在するから,第1論文の当該表記部分は,創作性を有すると主張する。
 しかし,ある内容を表現するに当たり,他の表現の選択が可能であったとしても,そのことから,当然に,当該表記部分に創作性が生じると解すべきではなく,創作性を有するとするためには,表現に個性が発揮されていることを要する第1論文該当箇所は,いずれも,語句の選択,順序,配列を含めて格別の個性の発揮された表現であるということはできないから,原告の主張は理由がない。

 なお,第2論文は,第1論文と対比すると,表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において共通する部分が存在するが,「Results」及び「Conclusion」の各章は,記載内容において相違すること,第2論文は,第1論文の全体記述及び個々の記述を総合勘案しても,第1論文の表現の本質的特徴を感得できるものではない点については,既に述べたとおりである。

<原審>
事件番号 平成18(ワ)2591
裁判年月日 平成21年11月27日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 大鷹一郎

相違する本願発明の構成(相違点)を得られるかどうかの検討を行う際の観点

2010-05-29 18:37:18 | 特許法29条2項
事件番号 平成21(行ケ)10361
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 本願発明は,決して複雑なものではなく,むしろ平易な構成からなる。したがって,耐油汚れに対する安価な評価方法を得ようという目的(解決課題)を設定した場合,その解決手段として本願発明の構成を採用することは,一見すると容易であると考える余地が生じる。

 本願発明のような平易な構成からなる発明では,判断をする者によって,評価が分かれる可能性が高いといえる。このような論点について結論を導く場合には,主観や直感に基づいた判断を回避し,予測可能性を高めることが,特に,要請される

 その手法としては,従来実施されているような手法,すなわち,当該発明と出願前公知の文献に記載された発明等とを対比し,公知発明と相違する本願発明の構成が,当該発明の課題解決及び解決方法の技術的観点から,どのような意義を有するかを分析検討し,他の出願前公知文献に記載された技術を補うことによって,相違する本願発明の構成を得て,本願発明に到達することができるための論理プロセスを的確に行うことが要請されるのであって,そのような判断過程に基づいた説明が尽くせない限り,特許法29条2項の要件を充足したとの結論を導くことは許されない。

 本件において,審決は,上記のとおり,本願発明と引用刊行物A記載の発明と対比し,擬似油汚れについて特定量を滴下し,乾燥工程を経由しないで水洗するとの構成を相違点と認定している。しかし,審決は,本願発明と,解決課題及び解決手段の技術的な意味を異にする引用刊行物A記載の発明に,同様の前提に立った引用刊行物C記載の事項を組み合わせると本願発明の相違点に係る構成に到達することが,何故可能であるかについての説明をすることなく,この点を肯定したが,同判断は,結局のところ,主観的な観点から結論を導いたものと評価せざるを得ない

類否判断事例-「和幸食堂」と「とんかつ和幸」

2010-05-23 18:15:15 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10256
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

 しかしながら,本件商標からは,「ワコウショクドウ」という1連の称呼が生じ,また,「和幸」という名前の「食堂」といった観念が生じることは否定し得ないが,本件商標の称呼ないし観念が「和幸食堂」以外に生じる余地がないということはできない
 けだし,本件商標の「食堂」の文字部分は,「食事をする部屋」あるいは「いろいろな料理を食べさせる店」を意味する語(甲2)であるばかりでなく,本件商標の指定役務を提供する場所そのものを指す語であるから,本件商標中の「食堂」の部分からは,「和幸」の部分と一体となって,上記の称呼ないし観念が生じ得るとしても,それ自体で独立した,出所識別標識としての称呼及び観念までは生じないというべきであるからである。

 そうすると,本件商標からは,「和幸食堂」という当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「和幸」の部分に対応した「ワコウ」の称呼も生じるといわざるを得ないのであって,本件商標と引用商標との類否判断に際して,本件商標から「和幸」の部分を抽出することは当然に許されるべきものである。

 他方,引用商標のうち,引用商標2についてみると,同商標は,・・・,「とんかつ」の部分と「和幸」の文字部分とをその構成部分とするものであることは,視覚上,容易に認識することができるものであるところ,「とんかつ」の部分は,同商標の指定役務の対象そのものを表す語から成るものであるから,本件商標の「食堂」について説示したのと同様に,引用商標2の「とんかつ」の部分からは,それ自体で独立した,出所識別標識としての称呼及び観念は生じないものといわなければならない。
 そうすると,引用商標2からは,「とんかつ和幸」という当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「和幸」の部分に対応した「ワコウ」の称呼も生じるといわざるを得ない。

・ 本件商標と引用商標2との類否
上記・及び・によると,本件商標と,引用商標のうち,引用商標2とは,称呼において共通するものであり,両商標の外観の相違は,出所識別標識としての称呼及び観念が生じない「食堂」及び「とんかつ」部分が異なる程度にとどまるものであるから,そのような外観の相違を考慮してもなお,本件商標と引用商標2とが同一又は類似の役務に使用された場合には,当該役務の出所について混同が生じるおそれがあるというべきであって,本件商標は,引用商標2と類似するものと認めるのが相当である。

<判決中で引用した最高裁判例>
商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断しなければならない」(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)

「複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものである」(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)

商標法9条の4所定の要旨の変更の判断事例

2010-05-23 17:34:59 | 著作権法
事件番号 平成21(行ケ)10414
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

〔原告の主張〕
 ・・・
 そうすると,「カエデの木から採取した樹液を原料とするシロップ」との表現で第32類を指定して登録出願した場合,同シロップが第32類に属する商品概念である清涼飲料に含まれる商品として登録出願されたものであると自然かつ一般的に理解できる。
 他方,本件商標の本件補正後の指定商品である「メープルシロップ」は,調味料として第30類に区分され,第32類の「シロップ」とは非類似商品として取り扱われてきた(甲16,17)。


 したがって,「カエデの木から採取した樹液を原料とするシロップ」との表現で第32類を指定して登録出願された本件商標について,「メープルシロップ」との表現で第30類を指定することとした本件補正は,要旨の変更に当たり,本件商標の出願日は,本件出願日ではなく,本件補正日である平成19年4月11日となる。
 ・・・

第4 当裁判所の判断
1 原告は,本件商標の登録が各引用商標との関係で商標法8条1項に違反して無効であるとの主張の前提として,本件補正が商標法9条の4所定の要旨の変更に当たると主張するが,出願された商標について行われた補正が要旨の変更に当たるか否かは,当該補正が出願された商標につき商標としての同一性を実質的に損ない,第三者に不測の不利益を及ぼすおそれがあるものと認められるか否かにより判断すべきものである

・・・

 そうすると,本件補正に係る「メープルシロップ」は,本件出願に係る「カエデの木から採取した樹液を原料とするシロップ」との表現を,より一般的な表現に改めただけであって,両者は,その内容において同一の商品を指定するものであったといわなければならない

 したがって,第32類に「シロップ」が含まれているからといって,本件出願に係る「カエデの木から採取した樹液を原料とするシロップ」との表現により一般の需要者及び取引者がこれを清涼飲料に含まれる「シロップ」と誤認するおそれはなく,調味料などとして利用される「メープルシロップ」と理解するのが一般的であるから,本件出願に際して商品区分を第32類と指定したことは,第32類に「シロップ」が含まれていたことにより,その記載を誤ったにすぎないものというべく,本件補正により第32類を第30類とすることは,誤記の訂正の範囲を出ないものといえる。

3 本件補正は,以上のとおりのものであって,そもそも,本件商標について商標としての同一性を何ら損なっていないし,また,それにより第三者に不測の不利益を及ぼすおそれが認められる場合ではないから,商標法9条の4所定の要旨の変更には当たらず,これと結論を同じくする本件審決に誤りはない

実施可能要件を否定した事例

2010-05-23 17:00:46 | 特許法36条4項
事件番号 平成21(行ケ)10170
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

 以上のとおり,本願明細書(甲3)は,実施例で検出が行われた個別の2つの物質に関してADP受容体P2TACアンタゴニスト活性が確認された旨の記載があるに止まるものであり,どのような化学構造や物性の化合物が有効成分となるかについての具体的な記載はない
 したがって,当業者は,本願明細書の記載からある化学構造の化合物を含む組成物が本願発明に該当するかどうかを認識・判断することはできない

 そして,本願発明の特許請求の範囲全体を実施するためには,特定されていない無数の化合物を無作為に製造し,特許請求の範囲に記載された検出方法を適用して試験化合物からADP受容体P2TACリガンド,アンタゴニスト又はアゴニストが検出されるかどうかを確かめ,ADP受容体P2T アンタゴニスAC トたる化合物を見つけ出さなければならないが,このことは当業者に過度の試行錯誤を強いるものというべきである。
 すなわち,本願明細書の記載からは,スクリーニング工程を経てアンタゴニストとなる化合物が発見された場合に限り,その化合物を用いた抗血小板用医薬組成物を認識できるということが示唆されているのみであり,このことは特定の医薬組成物を認識しうることの単なる期待を示しているにすぎないのであるから,アンタゴニストとなる化合物を発見し,その化合物を用いた抗血小板用医薬組成物を認識するまでにはなお当業者に過度の負担を強いるものである


(ウ) これに対し,原告は,本願優先日(平成12年11月1日又は平成13年1月11日)時点での技術水準を正確に認識し,本願明細書の発明の詳細な説明の記載からHORK3タンパク質が有する特徴的な結合特性を正確に把握すれば,HORK3タンパク質をGPCRとして用いる本願発明において「特定の医薬組成物を認識しうること」には極めて高い蓋然性が認められるから,当業者はHORK3タンパク質をGPCRとして用いる本願発明方法によって「特定の医薬組成物を認識しうること」が極めて高い蓋然性を有することは自明であると主張する。

 しかし,前記のとおり,本願発明の場合,「製造する物」は有効成分である化合物と製剤化に必要な汎用の成分とからなる抗血小板用医薬組成物であるから,当業者は明細書の記載自体から抗血小板用医薬組成物における有効成分となるものを化合物自体として特定して把握することができること,いいかえれば,明細書の記載自体からある化学構造の化合物を含む組成物が本願発明に該当するかどうかを認識・判断することができなければならないというべきである。

 そうすると,当業者がスクリーニング工程を含む検出過程を経なければ有効成分となる化合物を把握することができないという点において,候補化合物の多寡,スクリーニング対象となる化合物群ないしライブラリーの入手のしやすさ,検出に要する時間の長短,スクリーニング操作が簡便であるかなどにかかわらず,本願明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない,即ち本願における発明の詳細な説明は実施可能要件(旧36条4項)を充足していないと認めるのが相当である。

明確性要件を満たすか問題となる余地

2010-05-23 13:21:02 | 特許法36条6項
事件番号 平成21(行ケ)10170
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

 本願請求項の構成は,前記のとおり,「(A)・(B)・(C)の定める各検出方法いずれか又はこれらを組み合わせたことによるADP受容体P2T アンタゴニスト等を検出すACる工程」と「製造化工程」と含む「抗血小板用医薬組成物の製造方法」とするものである。上記構成は,概ね,原告が前記特許第3519078号(甲13)により取得した特許権請求項1~4の記載に「製造化工程」を付加し「抗血小板用医薬組成物の製造方法」としたものである。そして,検出方法(A)・(B)・(C)については具体的な技術内容が特定されているものの,その余の「製造化工程」・「医薬組成物の製造方法」には具体的な技術内容の記載が見当たらない

 一方,本願請求項1は,その記載内容からして,末尾にある「医薬組成物の製造方法」であるから,「製造方法」の観点か,又は「物」の観点,すなわち製造原料の観点や製造された医薬組成物の観点若しくはその組み合わせに発明的な特徴があるのが通例であるが,本願請求項1には上記発明的特徴を窺わせる記載が見当たらない

 上記によれば,本願請求項1は旧36条6項2号にいう「特許を受けようとする発明が明確であること」(明確性要件)の要件を満たすか問題となる余地があるが,審決は本願につき旧36条4項の実施可能要件についてのみ判断しているので,以下その当否に限って検討する。

不当提訴の成否の判断事例

2010-05-23 11:24:56 | Weblog
事件番号 平成20(ワ)17170等
事件名 損害賠償請求
裁判年月日 平成22年05月06日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 山田陽三

3 被告P2による不当提訴の成否
(1) 民事訴訟の提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(権利等)が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁参照)。

(2) 一部勝訴していることについて
 被告らは,本件前訴において,提訴者である被告P2が一部勝訴していることを理由に,本件前訴が不当提訴として不法行為が成立することはないと主張する。
 たしかに,提訴者が一部勝訴した以上,提訴された者にとっては,応訴はやむを得なかったこととなるが,応訴の負担の全てがやむを得なかったことになるわけではなく,不当提訴となるべき訴訟が含まれる以上,当該訴訟の不法行為該当性の可能性は残っているというべきである。

(3) 法の不知について
 被告らは,被告P2が,特許出願前に当該発明を公然に実施することが無効理由となることを知らなかったと主張する。
 しかし,前記(1)に述べたところによると,法律的根拠を欠くことを知らずに訴えを提起した場合(法の不知がある場合)であっても,通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなどという場合には,訴えの提起が不法行為を構成することはあり得る

(4) 本件前訴の提起の評価
 前記2(1)のとおり,本件特許2には無効理由が存したということができる(なお,この無効理由は,本件特許2についての特許庁の無効審決の理由とは異なる。)。
しかし,前記2(2)で述べたとおり,被告らの作成した被告製品のプロモーションビデオには,特許出願中とのテロップが挿入されていたり,P4らが,本件発明2について特許出願中であると回答していたのであり(前記1(3)ア,イ),被告P2らが,原告会社に被告製品の宣伝・販売活動を依頼するに際し,既に,本件特許2を含む一連の発明について特許出願済みであったと誤解していた可能性を否定できないというべきである。

 そして,前記1(3),(5),(6)のとおりの経緯事実に照らすと,本件特許権1,2を侵害されたと考えた被告P2が,原告会社に対し,本件前訴を提起することを考え,弁護士に依頼して提訴に及んだことは,結果的に,本件特許権2に基づく請求について,事実的,法律的根拠を欠くものであり,この点について,被告P2に過失があったとしても,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認めることはできない。

(5) 本件前訴の継続について
 訴えの提起が不法行為を構成するか否かの判断基準時は,提訴の時点であり,審理の結果,自己の主張する権利が事実的,法律的根拠を欠くことが明らかになったからといって,直ちに訴えを取り下げる義務までを認めることはできない
また,本件前訴第1審の審理経過(前記1(7))に照らすと,被告P2が本件特許権2に係る訴えを継続させたことを非難することはできないというべきである。

<本件の前訴>
事件番号 平成20(ネ)10054等
事件名 特許権等侵害差止請求控訴事件,特許権等侵害差止請求附帯控訴事件
裁判年月日 平成21年01月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

事件番号 平成18(ワ)8725
事件名 特許権等侵害差止請求事件
裁判年月日 平成20年05月29日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 山田知司

専属実演家契約とパブリシティ権

2010-05-18 06:44:16 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)25633
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成22年04月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 岡本岳

(1) パブリシティ権について
人は,その氏名,肖像等を自己の意思に反してみだりに使用されない人格的権利を有しており(最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁,最高裁昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照),自己の氏名,肖像等を無断で商業目的の広告等に使用されないことについて,法的に保護されるべき人格的利益を排他的に有しているということができる。
そして,芸能人やスポーツ選手等の著名人については,その氏名・肖像を,商品の広告に使用し,商品に付し,更に肖像自体を商品化するなどした場合には,著名人が社会的に著名な存在であって,また,あこがれの対象となっていることなどによる顧客吸引力を有することから,当該商品の売上げに結び付くなど,経済的利益・価値を生み出すことになるところ,このような経済的利益・価値もまた,人格権に由来する権利として,当該著名人が排他的に支配する権利(いわゆるパブリシティ権。以下「パブリシティ権」という。)であると解される

(2) エターナル・ヨークの地位について
・・・
 したがって,本件専属実演家契約の上記規定内容からすれば,Aがアップ・デイトに独占的に許諾した対象は,Aの実演に係る権利に関係するものであり,第6条によりアップ・デイトに帰属することとされる権利も,上記実演(①~⑤)及び実演家であるAの活動に関係する上記⑥~⑩の業務に関するものをいう趣旨と解するのが相当というべきであり,実演家の活動とは直接の関係を有しない店舗の経営にまで及ぶものと解することはできない

イ 証拠(甲6の2)によれば,アップ・デイトは,平成15年3月1日以降,本件専属実演家契約に基づくAのマネジメント業務に係る契約上の地位をエターナル・ヨークに譲渡し,Aもこれに同意したことが認められる。
 しかしながら,上記経緯によりエターナル・ヨークが取得したのは,本件専属実演家契約上のアップ・デイトの地位であるから,その内容は,上記アに説示したものにとどまり,エターナル・ヨークがAのパブリシティ権の帰属主体になったものということはできない

 そして,エターナル・ヨークの取得した地位が上記のものにとどまる以上,本件専属実演家契約は,実演家の活動とは直接の関係を有しない店舗の経営にまで及ばないから,KNOSがAの芸名や肖像等を使用してラーメン店を経営したことが,エターナル・ヨークの上記契約上の地位ないし権利を侵害するものということはできない

会社法386条1項の判断事例(取締役が監査役設置会社に対して訴えを提起する場合)

2010-05-02 20:25:17 | Weblog
事件番号 平成21(ネ)10061
事件名 特許を受ける権利出願人変更請求控訴事件
裁判年月日 平成22年03月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

第2 当裁判所の判断
1 職権により判断する。
2 本件記録によれば,本件訴訟の経過等は,次のとおりであったことが認めら
れる。
・・・

3 ところで,会社法386条1項は,取締役(取締役であったものを含む。)が監査役設置会社に対して訴えを提起する場合には,当該訴えについては,監査役が監査役設置会社を代表する旨を定めているところ,被控訴人は,上記のとおり平成20年4月8日まで控訴人の取締役であったのであるから,本件訴訟において控訴人を代表すべき者は,代表取締役であるAではなく,監査役であるBであったものと認められる。

しかるに,原審は,上記のとおり,Aを控訴人代表者として訴訟手続を行い,判決に至ったのであるから,原判決は,訴訟行為をする権限を有しない代表者によって行われた訴訟行為に基づいてなされたものである。したがって,原審の訴訟手続が違法であったことは明らかである。

なお,当審において,上記のとおり,口頭弁論期日にBを呼び出したが,同人は出頭しなかったので,Aがなした訴訟行為の追認があったと認めることはできない

4 よって,第一審裁判所においてBを代表者とする訴訟追行をなさしめるため,原判決を取り消し,本件を東京地裁に差し戻すこととして,主文のとおり判決する。

原審
事件番号 平成20(ワ)32587
事件名 特許を受ける権利出願人変更請求事件
裁判年月日 平成21年09月10日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟

特許権の共有者と損害賠償請求

2010-05-01 18:33:02 | Weblog
事件番号 平成21(ネ)10028
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成22年04月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(4) 本件特許権の共有者との関係
ア 本件特許は,控訴人と熊谷組との持分を各2分の1とする共有特許であるところ,控訴人のみが本件特許権を実施しており,熊谷組は本件特許権の実施をしておらず,第三者に実施許諾を行ったこともないことが認められる(甲25)。

イ ところで,特許権の共有者は,持分権にかかわらず特許発明全部を実施できるものであるから,特許権の侵害行為による損害額も特許権の共有持分に比例するものではなく,実施の程度の比に応じて算定されるべきものである。そして,このことは,損害額の推定規定である特許法102条2項による場合も同様であるということができる。

ウ もっとも,本件特許権を実施していない熊谷組も,被控訴人に対して,実施料相当額の損害賠償請求を行うことができるものであったが(特許法102条3項),熊谷組は,同損害賠償請求権を控訴人に譲渡し,その旨の対抗要件が具備されており(甲24の1・2,甲25),熊谷組から被控訴人に対して本件特許権侵害による損害賠償請求が行われることはもはやあり得ないことから,控訴人が,本件訴訟において,本件特許権侵害によって請求し得る損害額は,被控訴人が被控訴人製品を賃貸したことによって得た利益の全額ということになる。

商標法4条1項10号の判断事例

2010-05-01 17:16:55 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10411
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年04月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣


カ 商標法4条1項10号にいう「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」については,我が国において,全国民的に認識されていることを必要とするものではなく,その商品の性質上,需要者が一定分野の関係者に限定されている場合には,その需要者の間に広く認識されていれば足りるものである。

 上記アないしオのとおり,・・・等の事実を総合すると,「ATHLETE」,「アスリート」及びこれらを冠する商標は,平成19年2月までに,原告が製造販売するガイドワイヤーの商標として,上記医療関係者や医療用機械器具を取り扱う取引者の間に周知性を獲得し,その後も周知性を維持していると評価するのが相当である。

(3) 本件商標と原告の使用商標との類否
ア本件商標は,「ATHLETE LABEL」の欧文字から成る結合商標である。
 本件商標を構成する「ATHLETE」は「運動選手,競技者」等,「LABEL」は「貼り紙,ラベル」等を意味する英語の普通名詞である。
 本件商標が,「ATHLETE」と「LABEL」の2語から成り,その間にスペースがあることに照らすと,本件商標の各構成部分は,これを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものということはできない
 そして,前記(2)認定のとおり,本件商標の一部を構成する「ATHLETE」の部分が,需要者である医療関係者や医療用機械器具を取り扱う取引者に対し,原告の商品を示すものとして周知性を獲得し,出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められるから,本件商標のうち「ATHLETE」の部分だけを,原告の使用商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものというべきである

イ そうすると,本件商標からは,「ATHLETE LABEL」全体としてのみならず,「ATHLETE」の部分からも称呼,観念が生じるということができる。そして,後者の「ATHLETE」は,原告の使用商標のうち「ATHLETE」と同一の欧文字から成るものであり,両者とも「アスリート」という同一の称呼が生じ,「運動選手,競技者」という同一の観念が生じるから,その外観を考慮しても,両者は類似する

 したがって,本件商標「ATHLETE LABEL」が医療用腕環に使用されるときは,本件商標中の「ATHLETE」は,需要者である医療関係者や医療用機械器具を取り扱う取引者において,周知の原告の使用商標との出所を誤認混同するおそれがあるといわざるを得ない。

ウ しかるところ,1個の商標から2個以上の呼称,観念を生じる場合には,その1つの称呼,観念が登録商標と類似するときは,それぞれの商標は類似すると解すべきである(前掲最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決参照)。

エ よって,本件商標から生じる称呼,観念の1つである「ATHLETE」と原告の使用商標とが類似する以上,本件商標は,原告の使用商標と類似するものである。

<関連事件>
平成22年04月28日 平成22(行ケ)10005 裁判長裁判官 滝澤孝臣

サポート要件の判断事例

2010-05-01 13:49:00 | 特許法36条6項
事件番号 平成21(行ケ)10296
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年04月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

 まず,本件特許発明が,発明の詳細な説明の記載内容にかかわらず,当業者が,出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものかどうかを検討するに,本件での全証拠を精査してもなお,本件特許発明につき,当業者が,その出願時の技術常識に照らし,赤身魚類の魚肉を上記一連の工程に付することにより,上記課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めることはできない
 したがって,本件特許に係る特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するためには,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,同発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであることが必要である。

(2) 本件特許に係る明細書(甲36)の発明の詳細な説明には,赤身魚類の魚肉を上記一連の工程に付することにより上記のような課題を解決し得ることを明らかにするに足る理論的な説明の記載はない

 また,発明の詳細な説明において実施例とされる記載のうち,実施例1では,ガスの充填工程で用いる炭酸ガスと酸素ガスの比率につき,それぞれ「20~50容積%」,「50~80容積%」という範囲で表記するのみで,具体的な容積%を特定して開示しておらず,低温処理工程での温度と時間も,「5~10℃」で「30分~3時間」という範囲で表記するのみで,具体的な温度と時間を特定して開示しておらず,いずれも特許請求の範囲の記載を引き写したにすぎないとも解されるものである(段落【0017】及び【0020】参照)。
 そして,実施例2及び3では,ガスの充填工程及び低温処理工程に関する実施例1の上記記載を引用するのみであり(段落【0023】【0034】【0035】参照),実施例4では,ガスの充填工程に関しては,「70容積%の酸素ガスと30容積%の炭酸ガス」(図1,図3に関するもの)との記載があるものの,低温処理工程が実施されたとの記載はない(段落【0036】【0038】参照)。

 そうすれば,上記発明の詳細な説明において実施例とされた記載のうち,実施例1ないし3は,ガスの充填工程及び低温処理工程のいずれについても,実際の実験結果を伴う実施例の記載とはいえず,実施例4についても,低温処理工程については,実際の実験結果を伴う実施例の記載であるとはいえず,実施例1ないし4以外に,実施例の記載と評価し得る記載もない。

 このように,本件においては,前記一連の工程に該当する具体的な実験条件及び前記課題を解決したことを示す実験結果を伴う実施例の記載に基づき,前記課題が解決できることが明らかにされていない

 以上からすれば,特許請求の範囲に記載された本件特許発明は,明細書の発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が前記課題を解決できると認識できる範囲のものではなく,明細書のサポート要件に適合するとはいえない。

訂正により使われない機能が生じる場合、特許請求の範囲の減縮に当たるか

2010-05-01 13:35:11 | 特許法126条
事件番号 平成21(行ケ)10326
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年04月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 ところで,特許請求の範囲の記載において「構成」が付加された場合,付加された後の発明の技術的範囲は,付加される前の発明の技術的範囲と比較して縮小するか又は明りょうになることは,説明を要するまでもない。
 本件において,本件訂正後発明2記載の特許請求の範囲に属するマッサージ機は,構成アないし構成オのすべてを具備するものに限定される。

 本件訂正前発明2では,何らの限定がされていなかったものに対して,本件訂正後発明2では,「施療子(14)を移動させた後,前記操作装置(40)への所定の操作を施すと,その所定の操作が行われたときの前記施療子(14)の位置を基準位置として検出する,マッサージ機において,」との構成を有するものに限定されたのであるから,これに伴って,その技術的範囲が縮小するか又は明りょうになることは,当然である。

(2) この点,被告は,本件訂正後発明2は,「所定操作による基準位置検出に基づく制御」を行うと,もはや「一定時間経過による基準位置検出に基づく制御」を行わないから,本件訂正前発明2と比較して択一的記載であり,特許請求の範囲の減縮に当たらないと主張する
 被告の主張は,発明の技術範囲の解釈についての誤りに由来するものであって,到底採用できるものではない。

 確かに,マッサージ機の使用者(ユーザ)は,本件訂正後発明2の構成ウに係る操作方法を選択することによって,構成エ〔前記施療子(14)を移動させて位置決めを行うために予め設定された一定の時間が経過すると,前記施療子(14)の位置を検出する構成〕に係る機能を選択することなく,位置決めをすることができる
 しかし,ユーザが,そのような位置決め方法を選択することが可能であることは,本件訂正後発明2において,はじめて可能となるものではなく,本件訂正前発明2においても同様であり,本件訂正後発明2と本件訂正前発明2とは,その点に関する相違はない(任意の位置に基準位置を決定することのできる位置操作部が存在することは,本件訂正前発明2においても同様である。)。

 使用者(ユーザ)にとって,本件訂正後発明2の構成ウを選択することによって,構成エで示す機能を選択しないことがあり得ることは,本件訂正後発明2において,構成エを具備しないマッサージ機が,発明の技術的範囲に含まれること,すなわち,技術範囲が拡大することを意味するものではない