知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許法43条1項の「同時に」の意味

2008-06-30 06:21:03 | パリ条約による優先権主張
事件番号 平成20(行ウ)82
事件名 却下処分取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月27日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

『第4 当裁判所の判断
1 パリ条約による優先権主張の手続
 パリ条約4条D(1) の規定により意匠登録出願について優先権を主張しようとする者は,その旨並びに最初に出願をしたパリ条約の同盟国の国名及び出願の年月日(所定事項)を記載した書面(主張書面)を意匠登録出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない(意匠法15条1項による特許法43条1項の準用)。・・・
 なお,優先権の主張をした者が所定の手続をしないときは,優先権の主張は,その効力が失われることになる(意匠法15条1項による特許法43条4項の準用)。

2 パリ条約による優先権の効力と手続違背
 ところで,パリ条約による優先権とは,パリ条約の同盟国の第一国に出願した者が他の同盟国(第二国)において出願するについて,一定期間に限り,先後願の関係,新規性等の判断の基準日としての出願日を第一国出願の日に遡らせることができる特別な利益である。
 この優先権は,第一国における最初の出願によって,観念的,潜在的に発生するといえるものの,優先期間内に第二国において出願する際に,優先権を主張することによって,初めて現実的な効力を生ずるものであると解される

 このように,パリ条約による優先権は,先願主義の例外事由となり,新規性等の判断の基準日を遡らせるなど,その効果が第三者に与える影響は大きく,第二国における出願の際に主張することによって,現実的な効力が生じるものであることから,優先権主張の手続については,前記1のとおりの方式が要求されるものである。そうすると,出願の際の優先権主張の手続において,要求される方式を充たしていない場合には,その主張に係る優先権の効力が生じていないものといわざるを得ない(東京高裁平成8年(行コ)第115号平成9年4月24日判決参照)。

3 本件出願と本件補正による優先権主張
(1)原告によって電子情報処理組織を使用して行われた本件出願の願書には,「【パリ条約による優先権等の主張】」の欄が設けられておらず,「【国名】」,「【出願日】」などの所定事項が一切記録されていないものであるから(甲1の1),原告による出願の際の手続においては,前記1のとおりの要求される方式を充たしていないことが明らかである。
 ところが,原告は,本件出願と同日で本件出願から2時間17分後に,本件出願の手続の補正として,電子情報処理組織を使用してパリ条約による優先権の主張に必要な所定事項を追加する本件補正の手続を行っているため,これによって優先権の主張の手続が適法に行われたものということができるか否かが問題となる

(2)特許法43条1項の「同時に」の意味
ア 原告は,意匠法15条1項で準用する特許法43条1項の「同時に」とは「同一日に」と解すべきであり,「同一日に」手続が行われれば,特許法43条1項の「同時に」といえるのであって,これを,「まさにその時刻に」として時間的なずれを許さないものと解することは失当である旨主張する

 しかしながら,「同時に」とは,「二つ以上のことがほとんど同じ時に行われるさま。まさにその時。いちどきに」(広辞苑第六版)を意味する言葉であり,言葉の通常の用法において,「同一日に」とは異なる意味で用いられていることは明らかである。意匠法及び特許法においても,「同一日に」を意味する場合には「同日に」の文言が用いられている(意匠法9条2項,特許法39条2項)。

 そうである以上,特許法43条1項の「同時に」の文言を,原告の主張するように「同一日に」と解釈することは,そのように解すべき特別の事情が認められない限り許されないというべきである

イ 原告は,その解釈の根拠として,パリ条約の文言や,特許法43条1項が優先権の主張を出願と「同時に」しなければならないと定めた趣旨(権利関係の安定,先願主義との関係)を挙げる。
(ア)すなわち,原告は,パリ条約4条D(1) の文言について,フランス語正文では「moment」の語が,英語の公定訳では「date」の語が,スペイン語の公定訳では「plazo 」の語がそれぞれ使用されており,これらの文言は,優先権の主張の期限を日単位で判断することが条約に忠実な解釈であることを示している旨主張する


 しかしながら,パリ条約4条D(1) は,「最初の出願に基づいて優先権を主張しようとする者は,その出願の日付及びその出願がされた同盟国の国名を明示した申立てをしなければならない。各同盟国は,遅くともいつまでにその申立てをしなければならないかを定める。」と規定し,各同盟国に優先権主張の時期的な終期の定めを委ねており,その結果,我が国においては,特許法43条1項で「同時に」と定めたものであるから,その解釈は,あくまで国内法の問題である
 終期の定めを各同盟国に委ねた条項であるパリ条約4条D(1) のフランス語正文,英語訳やスペイン語訳の文言からは,各同盟国が優先権の期限を日単位で定めることを妨げるものではないとの趣旨を読み取ることはできても,我が国の特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈すべきであるとの趣旨まで読み取ることはできない

(イ)原告は,実質論として,原告の意匠登録を受ける権利及び優先権と,想定される第三者の被る不利益との間の考量をした上,原告がこれらの権利や利益の制限を受けるに値するような第三者の不利益はない旨主張する

 しかしながら,当該優先権による基準時より後の日で,当該出願より前の日までに同一発明の出願を完了した第三者は,出願と「同時に」されなかった優先権主張の手続が事後的に適法な手続と扱われることによって,優先順位が覆ることになる不利益を被ることになる。当該出願の後,同一日中に当該優先権主張の手続がされる前に出願した第三者も,同日出願人の地位(協議成立により特許を受け得る地位)が,出願と「同時に」されなかった優先権の主張が事後的に適法な手続と扱われることによって,失われることになる不利益を被ることになる
 第三者の被るこれらの不利益は,到底看過し得るようなものではなく,原告の主張する実質論は,特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈することの根拠とはなり得ないことが明らかである

(ウ)原告は,意匠法や特許法における先願の定め(意匠法9条,特許法39条)を援用して,「日」単位で先願主義が運用されているから,日単位で考えても不都合はない旨指摘する
 しかしながら,上記先願の定めが,同日の出願について時間の先後によることなく協議制度を定めているのは,時間の先後関係をも審査の対象とすることにより手続が煩雑になることを避けるという事務処理上の効率を考慮したことによるものにすぎず,このような取扱いをしていることと,特許法43条1項の「同時に」の文言を「同一日に」と解釈することとの間には,何らの関連性も見出すことができない。

(エ)仮に,原告の主張のとおり特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈すると,「同時に」と定める他の規定(例えば,意匠法4条3項,14条2項,17条の3第3項など)との関係において,整合的な理解をすることが困難となる。

(オ)(ア)ないし(エ)で述べたところによれば,原告の上記主張はいずれも採用することができず,特許法43条1項の「同時に」を「同一日に」と解釈すべき特別の事情があると認めることはできない。』

不使用取消につき再審請求された引用商標

2008-06-29 20:23:35 | 商標法
事件番号 平成20(行ケ)10042
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官中野哲弘



『3 取消事由2(再審による引用商標の消滅)について
(1) 再審請求に係る事実関係
証拠(甲18~23,乙14~18〔枝番があるものはこれを含む〕)によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告は,平成17年8月30日,引用商標の商標権者である株式会社クラブコスメチックスを被請求人として,各引用商標の不使用を理由とする法50条1項に基づく商標登録の取消審判を請求した(取消2005-31061号,同31062号,同31063号,同31067号,同31068号)が,各引用商標はいずれも同審判の予告登録前3年以内に使用されていたとして,特許庁により請求不成立の審決(平成18年3月31日ないし4月11日付け,甲18-3,19-3,20-3,21-3,22-3)がされた。

イ 大阪地裁は,平成16年(ワ)第7663号商標権侵害差止等請求事件(原告株式会社クラブコスメチックス,被告株式会社フィッツコーポレーション)に係る平成19年11月5日言渡しの判決(甲18-4)において,前記引用商標1~3に関し,「したがって,原告が本件原告商標等の『LOVE』商標を使用していたのは,昭和50年6月12日のスミス・クライン・アンド・フレンチオーバーシーズ・カンパニー及びラブジャパン社との和解成立までであり,通常実施権者の使用も平成元年9月28日までであるから,被告による被告標章の使用開始時である平成15年8月…まで長期間にわたって本件原告商標等の『LOVE』商標は使用されていなかったものである。」(20頁2行~8行)などと認定した

ウ 原告は,上記大阪地裁判決の認定を援用して,平成19年12月4日,特許庁に対し上記各審決に対する再審請求(再審2007-950006~10号)を行った

(2) 原告は,上記のような事実関係を前提に,引用商標は上記不使用取消審判の再審請求により不使用取消審判の請求登録時の3年前である平成14年9月14日又は請求登録時である平成17年9月14日に遡って消滅するから,これを引用商標とする審決の判断は誤りである旨主張する

 しかし,登録商標は,これにつき不使用取消審判の再審請求があったとしても,現に商標登録の取消しを認める審決がなされかつ同審決が確定するまでは依然として有効に存続するものであるところ,弁論の全趣旨によれば,本件口頭弁論の終結時である平成20年5月28日当時,本件における引用商標につき商標登録の取消しを認める審決がなされこれが確定したと認めることはできない

 したがって,原告の上記主張はそれ自体失当といわざるを得ない。』

職務著作の規定(著作権法15条1項)を設けた趣旨

2008-06-29 17:27:43 | 著作権法
事件番号 平成19(ワ)33577
事件名 販売差止等請求事件
裁判年月日 平成20年06月25日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 清水節

『(2) 我が国の著作権法が職務著作の規定(著作権法15条1項)を設けた趣旨は,著作権法自体が,登録主義を採用する特許法等と異なり,創作主義を採用しているため,著作物を利用しようとする第三者にとって,法人等の内部における権利の発生及び帰属主体が判然としないこと,法人等の内部における著作活動にインセンティブを与えるために,資金を投下する法人等の使用者を保護する必要があること,従業者としても,法人等の使用者名義で公表される著作物に関してはその権利を法人等の使用者に帰属させる意思を有しているのが通常であり,その著作物に関する社会的評価も公表名義人である法人等の使用者に向けられるという実態が存することなどから,著作権及び著作者人格権のいずれについても,個別の創作者による権利行使を制限し,その権利の所在を法人等の使用者に一元化することによって,著作物の円滑な利用・流通の促進を図ったものであると理解すべきである

 そして,職務著作が成立するためには,当該著作物が,
①法人等の使用者の「発意に基づき」,
②「その法人等の業務に従事する者」により,
③「職務上作成」されたものであって,
④「その法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」であること

が必要とされる(著作権法15条1項。以下,各要件を「要件①」,「要件②」等と表記する。)ところ,上記のような規定の趣旨に照らせば,要件①の「発意」については,法人等の使用者の自発的意思に基づき,従業員に対して個別具体的な命令がされたような場合のみならず,当該雇用関係等から外形的に観察して,法人等の使用者の包括的,間接的な意図の下に創作が行われたと評価できる場合も含まれるものと解すべきである。

 また,要件③の「職務」についても,同様の観点から,法人等の使用者により個別具体的に命令された内容だけを指すのではなく,当該職務の内容として従業者に対して期待されているものも含まれ,その「職務上」に該当するか否かについては,当該従業者の地位や業務の種類・内容,作成された著作物の種類・内容等の事情を総合考慮して,外形的に判断されるものと解すべきである。

(3) 上記(1)の認定事実及び上記前提となる事実等によれば,原告教本については,次のとおり,職務著作の各成立要件をいずれも充足するものというべきである。

ア 要件①(原告の発意)
 原告教本は,原告の前身である京西テクノスの時代から原告設立後に至るまで,そのエンジニア教育・育成サービスの事業のうちの教育事業のため,京西テクノスないし原告の従業員である講義担当講師らが,その講義の補助教材として作成したものが基本となっているのであるから,少なくとも,使用者である原告の包括的,間接的な意図の下で創作が行われたと評価することができ,①原告の「発意に基づき」作成されたものというべきである。

イ 要件②(原告の業務に従事する者)
 原告教本を作成したのは,当時原告の従業員であったAらであるから,要件②の原告の「業務に従事する者」を充足している。

ウ 要件③(原告の職務上作成されたもの)
 原告の従業員である講義担当講師らは,原告の業務としてエンジニア教育・育成のための講義において用いることを目的として,原告教本の基本となる講義資料を作成したものであり,前記⑴エで認定したその内容も考慮すれば,同講義資料は,上記従業員らが講義において行う説明と一体となるものであり,講義の内容と離れて上記従業員らの興味,関心に従って作成されたものではないと認められる。また,当該講義の内容自体,上記目的に照らして,上記従業員らの興味,関心に従って行われるものではないと認められることから,例えば,大学教授が,大学での研究の過程で講義案や教科書を執筆し,それを講義で用いるような場合とは異なり,上記従業員らによる当該講義資料の作成は,上記従業員らの行う職務の範囲に含まれると認められる
 したがって,このような講義資料をとりまとめて作成された原告教本は,③原告の「職務上作成されたもの」ということができる。

エ 要件④(原告の著作の名義の下での公表)
原告教本は,その表紙において,原告を表す「KYOSAI」という表示が付されていることから,要件④の原告が「自己の著作の名義の下に公表するもの」を充足している。
⑷ したがって,本件においては,原告教本について職務著作が成立し,その著作権及び著作者人格権が原告に帰属するものと認められる。』




人の精神活動等が含まれる発明の成立性の判断

2008-06-29 17:07:48 | 特許法29条柱書
事件番号 平成19(行ケ)10369
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『第5 当裁判所の判断
・・・
ウ ところで,特許の対象となる「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であり(特許法2条1項),一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである
 したがって,人の精神活動それ自体は,「発明」ではなく,特許の対象とならないといえる。しかしながら,精神活動が含まれている,又は精神活動に関連するという理由のみで,「発明」に当たらないということもできない。けだし,どのような技術的手段であっても,人により生み出され,精神活動を含む人の活動に役立ち,これを助け,又はこれに置き換わる手段を提供するものであり,人の活動と必ず何らかの関連性を有するからである。

 そうすると,請求項に何らかの技術的手段が提示されているとしても,請求項に記載された内容を全体として考察した結果,発明の本質が,精神活動それ自体に向けられている場合は,特許法2条1項に規定する「発明」に該当するとはいえない。他方,人の精神活動による行為が含まれている,又は精神活動に関連する場合であっても,発明の本質が,人の精神活動を支援する,又はこれに置き換わる技術的手段を提供するものである場合は,「発明」に当たらないとしてこれを特許の対象から排除すべきものではないということができる

エ これを本願発明1について検討するに,請求項1における「要求される歯科修復を判定する手段」,「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」という記載だけでは,どの範囲でコンピュータに基づくものなのか特定することができず,また,「システム」という言葉の本来の意味から見ても,必ずしも,その要素として人が排除されるというものではないことから,上記「判定する手段」,「策定する手段」には,人による行為,精神活動が含まれると解することができる。さらに,そもそも,最終的に,「要求される歯科修復を判定」し,「治療計画を策定」するのは人であるから,本願発明1は,少なくとも人の精神活動に関連するものであるということができる

 しかし,上記ウのとおり,請求項に記載された内容につき,精神活動が含まれている,又は精神活動に関連するという理由のみで,特許の対象から排除されるものではないから,さらに,本願発明1の本質について検討することになる

(ア) 本願発明の明細書には,次の記載がある。
・・・
(イ) 以上の記載を参酌すると,本願発明は,・・・,近年,新しい材料及び技術が開発され,処置の選択が劇的に増大した結果,歯科医師が個々のケースについて最適の材料及び治療方法を選択するための情報が過多となったという課題認識の下,歯科医師と歯科技工士が歯科治療計画及び最適な修復歯科治療計画を作成し,最適な材料を使用することを支援する方法及びシステムを提供するものであり,従来歯科医師や歯科技工士が行っていた行為の一部を支援する手段を提供するものであることが理解できる。

 そして,データベースには,歯科補綴材の材料,処理方法及びプレパラートに関する情報が蓄積され,ネットワークサーバには,歯科補綴材の材料や処理方法についてデータベースを照会することを可能にするプログラムが備えられ,診療室又は歯科技工室には,人間が読み取れる形式で表示する端末が置かれ,コンピュータを使用して歯科補綴材の材料若しくは処理方法を確認,確立,修正又は評価し,この照会に対するデータベースからの回答を受信するように構成されている。さらに,歯及び歯のプレパラートのカラー画像を分析する手段を有し,歯科補綴材の色を患者の歯に最も近く整合させるために必要なデジタル画像を表示できるようにされている。


(ウ) 本願発明の明細書には,「発明の詳細」として,更に次の記載等がある。
・・・

(エ) 以上のうち,・・・の記載によれば,初期治療計画は歯等のデジタル画像を含むものであり,そのデジタル画像に基づいて歯の治療に使用される材料,処理方法,加工デザイン等が選択され,その選択に必要なデータはデータベースに蓄積されており,策定された初期治療計画はネットワークを介して診療室と歯科技工室とで通信されるものと理解することができる。そして,画像の取得,選択,材料等の選択には歯科医師の行為が必要になると考えられるが,これらはネットワークに接続された画像の表示のできる端末により行うものと理解できる。

 また,・・・の記載によれば,本願発明は,スキャナを備え,歯又は歯のプレパラートをスキャンしてデータを入力し,データベースに蓄積されている仕様と比較することによって,治療計画の修正が必要かどうかが確認できるものであることが理解できる。もっとも,実際の確認の作業は,人が行うものと考えられる。

カ 以上によれば,請求項1に規定された「要求される歯科修復を判定する手段」及び「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」には,人の行為により実現される要素が含まれ,また,本願発明1を実施するためには,評価,判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの
 明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと,本願発明1は,精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く,全体としてみると,むしろ,「データベースを備えるネットワークサーバ」,「通信ネットワーク」,「歯科治療室に設置されたコンピュータ」及び「画像表示と処理ができる装置」とを備え,コンピュータに基づいて機能する,歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解することができる

キ したがって,本願発明1は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるものということができ,本願発明1が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断は是認することができない。』


立体商標について

2008-06-29 12:00:59 | 商標法
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=36510&hanreiKbn=06

『第5 当裁判所の判断
 当裁判所は,審決には,原告主張に係る取消事由はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性の判断の誤り)について
(1) 立体商標における商品等の形状
ア 商標法は,商標登録を受けようとする商標が,立体的形状(・・・。)からなる場合についても,所定の要件を満たす限り,登録を受けることができる旨規定する(商標法2条1項,5条2項参照)。

 ところで,商標法は,
 3条1項3号で「その商品の産地,販売地,品質,原材料,効能,用途,数量,形状(包装の形状を含む。),価格若しくは生産若しくは使用の方法若しくは時期又はその役務の提供の場所,質,提供の用に供する物,効能,用途,数量,態様,価格若しくは提供の方法若しくは時期を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」は,商標登録を受けることができない旨を,
 同条2項で「前項第3号から第5号までに該当する商標であっても,使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては,同項の規定にかかわらず,商標登録を受けることができる」旨を,
 4条1項18号で「商品又は商品の包装の形状であって,その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」は,同法3条の規定にかかわらず商標登録を受けることができない旨を,26条1項5号で「商品又は商品の包装の形状であって,その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」に対しては,商標権の効力は及ばない旨を,それぞれ規定している。

 このように,商標法は,商品等の立体的形状の登録の適格性について,平面的に表示される標章における一般的な原則を変更するものではないが,同法4条1項18号において,商品及び商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標については,登録を受けられないものとし,同法3条2項の適用を排除していること等に照らすと,商品等の立体的形状のうち,その機能を確保するために不可欠な立体的形状については,特定の者に独占させることを許さないとしているものと理解される

 そうすると,商品等の機能を確保するために不可欠とまでは評価されない形状については,商品等の機能を効果的に発揮させ,商品等の美感を追求する目的により選択される形状であっても,商品・役務の出所を表示し,自他商品・役務を識別する標識として用いられるものであれば,立体商標として登録される可能性が一律的に否定されると解すべきではなく(もっとも,以下のイで述べるように,識別機能が肯定されるためには厳格な基準を充たす必要があることはいうまでもない。),また,出願に係る立体商標を使用した結果,その形状が自他商品識別力を獲得することになれば,商標登録の対象とされ得ることに格別の支障はないというべきである

イ 以上を前提として,まず,立体商標における商品等の立体的形状が商標法3条1項3号に該当するか否かについて考察する

(ア) 商品等の形状は,多くの場合,商品等に期待される機能をより効果的に発揮させたり,商品等の美感をより優れたものとするなどの目的で選択されるものであって,商品・役務の出所を表示し,自他商品・役務を識別する標識として用いられるものは少ないといえる。
 このように,商品等の製造者,供給者の観点からすれば,商品等の形状は,多くの場合,それ自体において出所表示機能ないし自他商品識別機能を有するもの,すなわち,商標としての機能を有するものとして採用するものではないといえる。
 また,商品等の形状を見る需要者の観点からしても,商品等の形状は,文字,図形,記号等により平面的に表示される標章とは異なり,商品の機能や美感を際立たせるために選択されたものと認識し,出所表示識別のために選択されたものとは認識しない場合が多いといえる。

 そうすると,商品等の形状は,多くの場合に,商品等の機能又は美感に資することを目的として採用されるものであり,客観的に見て,そのような目的のために採用されると認められる形状は,特段の事情のない限り,商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として,同号に該当すると解するのが相当である

(イ) また,商品等の具体的形状は,商品等の機能又は美感に資することを目的として採用されるが,一方で,当該商品の用途,性質等に基づく制約の下で,通常は,ある程度の選択の幅があるといえる。

 しかし,同種の商品等について,機能又は美感上の理由による形状の選択と予測し得る範囲のものであれば,当該形状が特徴を有していたとしても,商品等の機能又は美感に資することを目的とする形状として,同号に該当するものというべきである。けだし,商品等の機能又は美感に資することを目的とする形状は,同種の商品等に関与する者が当該形状を使用することを欲するものであるから,先に商標出願したことのみを理由として当該形状を特定の者に独占させることは,公益上の観点から適切でないからである

(ウ) さらに,需要者において予測し得ないような斬新な形状の商品等であったとしても,当該形状が専ら商品等の機能向上の観点から選択されたものであるときには,商標法4条1項18号の趣旨を勘案すれば,商標法3条1項3号に該当するというべきである
 けだし,商品等が同種の商品等に見られない独特の形状を有する場合に,商品等の機能の観点からは発明ないし考案として,商品等の美感の観点からは意匠として,それぞれ特許法・実用新案法ないし意匠法の定める要件を備えれば,その限りおいて独占権が付与されることがあり得るが,これらの法の保護の対象になり得る形状について,商標権によって保護を与えることは,商標権は存続期間の更新を繰り返すことにより半永久的に保有することができる点を踏まえると,商品等の形状について,特許法,意匠法等による権利の存続期間を超えて半永久的に特定の者に独占権を認める結果を生じさせることになり,自由競争の不当な制限に当たり公益に反するからである。』

『・・・
エ 以上のとおりであるから,本願商標は,商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として,商標法3条1項3号に該当するものというべきである。

2 取消事由2(商標法3条2項該当性の判断の誤り)について
(1) 立体商標における使用による自他商品識別力の獲得

 前記1(1)アのとおり,商標法3条2項は,商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として同条1項3号に該当する商標であっても,使用により自他商品識別力を獲得するに至った場合には,商標登録を受けることができることを規定している(商品及び商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標を除く。同法4条1項18号)。

 立体的形状からなる商標が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは,当該商標ないし商品等の形状,使用開始時期及び使用期間,使用地域,商品の販売数量,広告宣伝のされた期間・地域及び規模,当該形状に類似した他の商品等の存否などの事情を総合考慮して判断するのが相当である。
そして,使用に係る商標ないし商品等の形状は,原則として,出願に係る商標と実質的に同一であり,指定商品に属する商品であることを要する。

 もっとも,商品等は,その製造,販売等を継続するに当たって,その出所たる企業等の名称や記号・文字等からなる標章などが付されるのが通常であり,また,技術の進展や社会環境,取引慣行の変化等に応じて,品質や機能を維持するために形状を変更することも通常であることに照らすならば,使用に係る商品等の立体的形状において,企業等の名称や記号・文字が付されたこと,又は,ごく僅かに形状変更がされたことのみによって,直ちに使用に係る商標が自他商品識別力を獲得し得ないとするのは妥当ではなく,使用に係る商標ないし商品等に当該名称・標章が付されていることやごく僅かな形状の相違が存在してもなお,立体的形状が需要者の目につき易く,強い印象を与えるものであったか等を総合勘案した上で,立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきである。』

設計事項とされた事例と顕著な効果の検討例

2008-06-29 11:17:36 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10313
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『本願発明の係止手段と引用発明1のリングとを比較すると,その方法及び機能において相違はない。すなわち,本願発明の一体型の固定手段も引用発明1の挿着による固定手段も共に,係止手段及びリングを前進及び後退移動させる点において共通しており,また,これら一体化手段及び装着手段の固定手段は,当業者が普通に採用している技術であるから,どちらを採用するかは,当業者が適宜決定する設計的事項であるといえる
 
(3) 本願発明の顕著な作用効果について
 原告は,本願発明には,①製造コストの削減,②自己破壊の効果を備えることによる再使用を不能とする点において,引用発明にはない顕著な作用効果を奏すると主張する

 しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。すなわち,①製造コストの削減は,胴部及びプランジャを射出成形によりプラスチック材料から形成した場合に実現できるというにすぎないし,本願発明の注射器をプラスチックにより構成することは,特許請求の範囲に記載されていないこと,
本願発明にはプランジャが自己破壊するような接続ロッドを有することに限定されていないことから,原告の上記主張はいずれも特許請求の範囲に基づくものではなく,失当である。』

新規事項の追加とした審決が取消された事例

2008-06-29 11:07:36 | 特許法17条の2
事件番号 平成19(行ケ)10409
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(補正についての判断の誤り)について
(1) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載を再掲すると,以下のとおりである。
「ダイオキシン類,PCB等を含む有害物質を含有する処理対象水を毎分0.025キロリットル~14キロリットルで処理し,ダイオキシン類の含有量を飲料水レベルにまで浄化する連続処理方式の高度水処理方法において,処理対象水と,オゾン発生装置から発生し該処理対象水1リットルに対して0.004mg~0.015mg注入したオゾンと,を混合してオゾン含有処理対象水とし,オゾン含有処理対象水を送水管に設けたラインミキサー方式のオゾン気泡微細化装置に通してオゾン含有処理対象水中のオゾンを平均粒径が0.5ミクロン~3ミクロンとなるように微細気泡化し,このオゾン含有処理対象水をオゾン処理槽に供給して処理対象水中に含まれる有害物質を酸化分解する高度水処理方法。」これによると,前段部分のいわゆる「おいて書き」によって,本願補正発明が「ダイオキシン類,PCB等を含む有害物質を含有する処理対象水を毎分0.025キロリットル~14キロリットルで処理し,ダイオキシン類の含有量を飲料水レベルにまで浄化する連続処理方式の高度水処理方法」についての発明であることが示され,後段部分の記載によって,本願補正発明のオゾン処理の具体的な内容を構成として特定しているものと理解することができる。

(2) 審決は,上記の本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載から,本願補正発明は,同請求項の後段に規定した構成のみにより,その前段に規定した「飲料水レベルまで浄化する」発明を含むことになった旨判断するところである

 そこで検討すると,確かに,審決が指摘するように,前段の規定は本願補正発明の連続処理方式の高度水処理方法が達成しようとする浄化の程度を「飲料水レベル」と規定するところではあるが,後段が規定している技術的事項は,オゾンによる有害物質の酸化分解工程であり,オゾン処理のみにより前段に規定する浄化レベルを達成するものであるか否かについての記載は請求項中に存在しない
 そして,かかる記載振りに加え,一般に,特許請求の範囲の記載において,当該発明の構成特定事項の記載の前段に置かれる「・・・において,」とするいわゆる「おいて書き」は,発明の属する技術分野や当該技術分野における従来技術を特定するなど,当該発明の前提を示すことを目的として記載される場合が多いことも勘案すると,上記前段部分の記載は,「飲料水レベルまで浄化する」ことを目的とする連続処理方式の高度水処理方法の技術分野における水処理の一工程としてのオゾン処理に係る発明であると解する余地も十分あり得るのであり,審決のように本願補正発明のみによって上記目的を達成する発明を含むものと即断することは困難であるといわざるを得ない

 そこで,進んで本件補正に係る手続補正書(甲第10号証)の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,同説明中には以下の記載がある。
・・・
 以上の各記載によれば,本願補正発明による汚水の高度水処理方法は,オゾン処理を基本とした高度水処理技術の提供であり,処理対象水の汚染の程度に応じて,オゾン処理に加えて,過酸化水素水処理,電気分解処理,紫外線照射処理,炭化濾材処理等の各種の浄化工程を予定しているものであることは明らかというべきである。
 そうすると,これらの記載を総合すると,本願補正発明は連続処理方式の高度水処理方法の技術分野における基本工程としてのオゾン処理に関する発明であると認めるのが相当であり,同補正発明に係る特許請求の範囲の請求項1の前段の記載があるからといって,オゾン処理のみで前段の浄化レベルを達成する発明を包含することになったものでないことは明らかというべきである

 もとより,上記認定の記載中にもあるとおり,浄化の対象となる処理対象水によって汚染レベルは様々であり,汚染レベルの低い処理対象水については,オゾン処理を行うことによって,「所望の浄化レベル」に到達することもあり得るところである。しかしながら,このことは,本願補正発明のように「飲料水レベルまで浄化」する場合だけでなく,本願発明のように「浄化」する場合においても起こり得ることであり,前者の場合において,「所望の浄化レベル」の内容が若干具体的に記載されているにすぎないものである。

 したがって,本件補正に係る補正事項について,「請求項1に『ダイオキシン類の含有量を飲料水レベルにまで浄化する』という事項を記載することにより,請求項1に係る発明を,オゾン処理のみにより,『ダイオキシン類の含有量を飲料水レベルにまで浄化する』ものを含む発明とするもの」との審決の理解は,誤りであるといわざるを得ない。

 そして,審決は,補正事項についての上記のような誤った理解に基づいて,本願補正発明は,オゾン処理のみにより,「ダイオキシン類の含有量を飲料水レベルにまで浄化する」発明を含むところ,かかる発明は当初明細書等に記載された事項の範囲内のものということはできないとし,その余の点を検討するまでもなく,本件補正を却下すると判断しているのであるから,上記に説示したところから明らかなように,審決は本件補正についての判断を誤ったものというほかない。

2 なお,被告は,「ダイオキシン類の含有量を飲料水レベルにまで浄化する」との補正事項を追加することが新規事項の追加に該当するものでもあると主張するので,念のためにこの点についても検討する(ただし,上記1のとおり,審決は「ダイオキシン類の含有量を飲料水レベルにまで浄化する」との補正事項が新規事項となるかどうかについて何ら判断を示していないから,仮に被告の主張が認められても,本件補正を却下した審決の判断が誤りであることに変わりはない。)
・・・

 したがって,「ダイオキシン類の含有量を飲料水レベルにまで浄化する」ことを付加する補正は,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において行うものであるということができる。』

(所感)
 オゾン処理のみで「飲料水レベルまで浄化する」とした審決の認定は行き過ぎであったと思う。「連続処理方式」の用語の技術的意義を明細書を参酌して認定し「飲料水レベルまで浄化する」ことを目的とする連続処理方式の高度水処理方法の技術分野における水処理の一工程としてのオゾン処理に係る発明であるとするべきであった。

 請求項は一読したところでは、飲料水レベルまで浄化することと、オゾン処理とその他の工程の処理の役割分担が明確でないようにも読め、印象が悪い。審決はこの「悪印象」の部分を問題としたかったのではないか。そうであれば、新規事項の追加とするのではなく、記載不備を問題とすべきだったのではないか。


ロケーションフリーサービスの送信可能化行為の主体

2008-06-29 11:06:55 | 著作権法
事件番号 平成19(ワ)5765
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成20年06月20日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

『第4 当裁判所の判断
・・・
3 争点2(本件サービスにおいて,被告は本件放送の送信可能化行為を行っているか)について
(1)自動公衆送信装置
「送信可能化」とは,著作権法2条1項9号の5に規定されるとおり,同号のイ又はロに該当する行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう

 上記イ及びロは共に「自動公衆送信装置」の存在を前提とする行為であり,「自動公衆送信装置」とは,「公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより,その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され,又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置」をいう(著作権法2条1項9号の5イ)。

 上記のとおり,自動公衆送信装置は,自動公衆送信する機能を有する装置であり,「自動公衆送信」とは,「公衆送信(公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(電気通信設備で,その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には,同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(・・・中略・・・)を除く。)を行うこと」(同項7号の2)のうち,「公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)をいう」(同項9号の4)。

 そして,同法2条5項が「公衆」には,「特定かつ多数の者を含むものとする。」と定めていることから,送信を行う者にとって,当該送信行為の相手方(直接受信者)が不特定又は特定多数の者であれば,「公衆」に対する送信に該当するものと解される

(2)本件サービスにおける送受信行為の主体
・・・
エ本件サービスにおける被告の役割
(ア)本件サービスにおいて,被告が行っていることは,
①ベースステーションとアンテナ端子及びインターネット回線とを接続してベースステーションが稼働可能な状態に設定作業を施すこと,
②ベースステーションを被告の事業所に設置保管して,放送を受信することができるようにすること
である


(イ)①の点について
 本件サービスを利用しなくても,利用者が,実際にテレビ視聴を行う場所(外出先や海外等)以外の場所(自宅等)に必要なアンテナ端子及びインターネット回線を準備してベースステーションを設置すれば,ベースステーションのNetAV機能を利用して,外出先や海外等においてテレビの視聴をすることが可能である。

 ベースステーションの取付け及び設定作業については,利用者自らが行うこともできるし,メーカーであるソニーの提供する設定サービス等を利用することもできる。アンテナ端子及びインターネット回線を準備し,ベースステーションとアンテナ端子及びインターネット回線とを接続してベースステーションを稼働可能な状態にすること自体は,本件サービスを利用しなくても,技術的に格別の困難を伴うことなく行うことができる

(ウ)②の点について
 前記のとおり,本件サービスにおいて,利用者は,自らが購入し,被告の事業所に設置保管されているベースステーションを所有しているものといえ,被告は,所有者である利用者からベースステーションの寄託を受けて,これを被告の事業所内に設置保管しているにすぎないといえる
 そして,本件サービスにおいて,利用者は,被告に対し,ベースステーションを稼働可能な状態で被告事業所内に設置保管することを求め,被告は,ベースステーションが稼働可能な状態において,これを被告の事業所内に設置保管する必要があるものの,このような義務を伴うからといって,被告によるベースステーションの設置保管が寄託の性質を失うものではない
 寄託の性質を有すると解される,いわゆるハウジングサービスにおいても,ハウジングサービス業者は,利用者からサーバを預かり,利用者のパソコン等とインターネット回線との接続によりデータの送受信をすることができるようにすることがあるのであるから(弁論の全趣旨),被告がベースステーションの設置,保管に伴い,ベースステーションとアンテナ端子やインターネット回線との接続を提供しているからといって,本件サービスが,いわゆるハウジングサービスとは,その性質を異にするものであるとはいえない(いわゆるハウジングサービス一般が著作権法に違反するとの主張,立証はない。)。

 利用者は,本件サービスを利用しなくても,ベースステーションを東京都内のテレビ放送波の受信状態が良好である場所に設置すれば,外出先や海外等において本件放送を視聴することができるのであり,このようにすること自体は,技術的に何ら困難を伴うものではない

(エ)本件サービスは,メーカーの提供する設定サービス等と比べ,ベースステーションを被告の事業所に設置保管して,ブースター及び分配機を経由してアンテナ端子からベースステーションに放送波が流入するようにし,かつ利用者がプロバイダーと契約しなくてもベースステーションからインターネット回線への接続が行われるようにする点において相違するものの,それ以外は,利用者が上記設定サービス等を利用してロケーションフリーのNetAV機能を使用するのと異ならず,本件サービスを利用しなければ,本件放送を視聴することができないというものではない(メーカーの提供する設定サービス等が著作権法に違反するとの主張,立証はない。)。

オ 上記アないしエで述べたベースステーションの機能,その所有者が各利用者であること,本件サービスを構成するその余の機器類は汎用品であり,特別なソフトウェアは一切使用されていないことなどの各事情を総合考慮するならば,本件サービスにおいては,各利用者が,自身の所有するベースステーションにおいて本件放送を受信し,これを自身の所有するベースステーション内でデジタルデータ化した上で,自身の専用モニター又はパソコンに向けて送信し,自身の専用モニター又はパソコンでデジタルデータを受信して,本件放送を視聴しているものというのが相当である

 要するに,本件サービスにおいて,本件放送をベースステーションにおいて受信し,ベースステーションから各利用者の専用モニター又はパソコンに向けて送信している主体は,各利用者であるというべきであって,被告であるとは認められない。

(3) 自動公衆送信装置該当性
ア 前記のとおり,自動公衆送信装置に該当するためには,それが(自動)公衆送信する機能,すなわち,送信者にとって当該送信行為の相手方(直接受信者)が不特定又は特定多数の者に対する送信をする機能を有する装置であることが必要である。

 前記のとおり,本件サービスにおいて,ベースステーションによる送信行為は各利用者によってされるものであり,ベースステーションから送信されたデジタルデータの受信行為も各利用者によってされるものである。

 したがって,ベースステーションは,各利用者から当該利用者自身に対し送信をする機能,すなわち,「1対1」の送信をする機能を有するにすぎず,不特定又は特定多数の者に対し送信をする機能を有するものではないから,本件サービスにおいて,各ベースステーションは「自動公衆送信装置」には該当しない

イ 原告らは,被告が本件サービスに供している多数のベースステーション,分配機,ケーブル,ハブ,ルーター等の各機器は,有機的に結合されて一つのサーバと同様の機能を果たすシステムを構築しているものであり,一つのアンテナ端子からの放送波を,このようなシステムに入力して多数の利用者に対して送信し得る状態にしているから,上記システムを全体としてみれば,一つの自動公衆送信装置として評価されるべきものである旨主張する

しかしながら,上記(2)のとおり,各ベースステーションによって行われている送信は,個別の利用者の求めに応じて,当該利用者の所有するベースステーションから利用者があらかじめ指定したアドレスあてにされているものであり,個々のベースステーションからの送信はそれぞれ独立して行われるものであるから,本件サービスに関係する機器を一体としてみたとしても,不特定又は特定多数の者に対する送信を行っているということはできないというべきである。
したがって,上記システム全体を「自動公衆送信装置」に該当するということはできない。
・・・

ウ 以上のとおりであるから,本件において,ベースステーションないしこれを含む一連の機器全体が「自動公衆送信装置」に該当するということはできず,ベースステーションから行われる送信も「公衆送信」に該当するものということはできない。

エ したがって,被告がインターネット回線に接続されたベースステーションとアンテナ端子を接続したり,アンテナ端子と接続されたベースステーションをインターネット回線に接続したりしても,その行為が著作権法2条1項9号の5イ又はロに規定された送信可能化行為に該当しないことは明らかであり,本件サービスにおける被告の行為は,原告らの有する送信可能化権(著作権法99条の2)を侵害するものではない。』

現行用紙の著者表示に法14条の推定を認めた事例

2008-06-21 08:13:06 | 著作権法
事件番号 平成18(ワ)3174
事件名 著作権持分確認請求事件
裁判年月日 平成20年06月19日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

『3 著作権法14条の適用の有無について
著作権法14条は,「著作物の原作品に,又は著作物の公衆への提供若しくは提示の際に,その氏名若しくは名称(以下「実名」という。)又はその雅号,筆名,略称その他実名に代えて用いられるもの(以下「変名」という。)として周知のものが著作者名として通常の方法により表示されている者は,その著作物の著作者と推定する。」と定める。本件質問項目が掲載されている現行用紙には「著者」として,P3及びP4と並んでP1の氏名が表示されているところ,被告らは,この表示はあくまでYG性格検査用紙についての著作者の表示であって,YG性格検査についての著作者の表示ではないと主張する。
しかし,現行用紙は,本件において著作権(持分権)の帰属が問題となっている著作物である本件質問項目を掲載したものであるから,本件質問項目は,現行用紙がYG性格検査の被験者等の公衆に対して提供又は提示される際に,これに伴い公衆に対して提供又は提示されるものである。したがって,現行用紙に「著者」として表示されている者は,現行用紙自体の「公衆への提供若しくは提示の際に」その実名が「著作者名として通常の方法により表示されている者」であると同時に,著作物である本件質問項目の「公衆への提供若しくは提示の際に」その実名が「著作者名として通常の方法により表示されている者」ということができる。よって,現行用紙に「著者」としてP1の氏名が表示されている以上,P1は本件質問項目の著作者と推定される(著作権法14条)』

手続違背とされた事例

2008-06-20 05:45:17 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10244
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第3 審決取消事由の要点
・・・
取消事由1(手続違背)
(1)ア 特許庁審査官(・・・)は,原告に対し,平成14年9月27日付け拒絶理由通知書(・・・)をもって,本願に係る拒絶理由を通知した(・・・)ところ,本件拒絶理由通知書の記載(「・・・」)に照らせば,本願に係る拒絶理由は,本願発明が引用発明と同一であり,新規性を欠くことを理由としたものといえる
・・・
オところが,特許庁審判合議体(以下,単に「審判合議体」という。)は,新たに拒絶理由を通知することなく,平成19年2月27日,前記第2,3のとおり,本願発明と引用発明との相違点を認定した上,本願発明は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨の審決をした。』


『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(手続違背)について
・・・
(2) 審決は,前記第2,3のとおり,本願発明と引用発明との相違点を「・・・。」と認定した上,本願発明の相違点に係る構成のうち,「・・・」は「本願前周知のこと」であり,「当業者が適宜選択し,採用し得ることである。」などとして,「本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と判断し,引用発明及び周知技術を根拠に,本願発明が特許法29条2項の規定に該当することを,本件拒絶査定不服審判請求不成立の理由としたものである

(3)ア 特許法159条2項は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には同法50条の規定を準用するものと定めている。

 これを本件についてみると,前記のとおり,審決は,本願発明は引用発明及び周知技術から容易に想到することができたものであり,特許法29条2項に該当するとしたものであるから,審査段階において上記理由が通知されていることが必要となり,これを欠くときは改めて拒絶理由を通知しなければならないこととなる。
 そこで,この点について検討すると,前記(1)イによれば,本件拒絶理由通知書には,引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項に該当する旨の記載があり,また,同(1)エによれば,本件拒絶査定においては,本件拒絶理由通知書に記載した上記理由により特許法29条2項に該当するとしたものであるから,以上によれば,結局,審決前に告知された具体的な拒絶理由は引用例の指摘だけであり,その余は特許法29条2項の条文を摘示したに止まるものといわざるを得ない

 ところで,特許法50条が拒絶の理由を通知すべきものと定めている趣旨は,通知後に特許出願人に意見書提出の機会を保障していることをも併せ鑑みると,拒絶理由を明確化するとともに,これに対する特許出願人の意見を聴取して拒絶理由の当否を再検証することにより判断の慎重と客観性の確保を図ることを目的としたものと解するのが相当であり,このような趣旨からすると,通知すべき理由の程度は,原則として,特許出願人において,出願に係る発明に即して,拒絶の理由を具体的に認識することができる程度に記載することが必要というべきである

 これを特許法29条2項の場合についてみると,拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り,原則として,出願に係る発明と対比する引用発明の内容,対比判断の結果である一致点及び相違点,相違点に係る出願発明の構成が容易に想到し得るとする根拠について具体的に記載することが要請されているものというべきである。

 これを本件についてみると,前記のとおり,本件においては,引用例の指摘こそあるものの,一致点及び相違点の指摘並びに相違点に係る本願発明の構成の容易想到性についての具体的言及は全くないのであるから,拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り,拒絶理由の通知として要請されている記載の程度を満たしているものとは到底いえないものといわざるを得ない。

イ 進んで,上記特段の事情の存否について検討するに,被告は,原告は引用例を熟知していたのであるから,本件拒絶理由通知を受けた原告としては,当然,本願当初発明と引用発明との間に相違する事項が存在すること及びその内容を正確に理解し,また,『本願当初発明には,引用発明と相違する事項はあるが,その相違点は容易である』と審査官が判断していることを理解していたといえる。」,「原告は,審査官及び審判合議体が,理由4により本願を拒絶すべきものとしていることを十分に理解し,認識していたといえる。」などと主張する

 確かに,上記(1)ウ及びオの本件意見書及び審判請求の理由の各記載によれば,原告は,引用例の技術内容を熟知しており,本願当初発明又は本願発明と引用発明との間に審決が認定したのと同一の相違点が存在することを認識していたものと認められるし,本件拒絶理由通知書及び本件拒絶査定に拒絶の理由として理由4(進歩性の欠如)が記載されていたのであるから,その具体的理由は不明であるものの,審査官が,当該相違点に係る構成について当業者が容易に想到し得るものと判断したこと自体は理解することができたものと推認することができ,そうであるとすれば,この限度で拒絶理由通知を不要とする特段の事情があったものと一応いうことができる。

しかしながら,上記のとおり,本件拒絶理由通知書及び本件拒絶査定には,当業者が,引用発明との相違点に係る本願当初発明又は本願発明の構成を容易に想到し得たとする具体的理由については,それが周知技術を根拠とする点も含めて全く述べられていない上,当該容易想到性の存在が当業者にとって根拠を示すまでもなく自明であるものと認めるに足りる証拠もないから,原告において,本願当初発明又は本願発明と引用発明との間に相違点が存在することを認識し,かつ,審査官が当該相違点の構成について当業者が容易に想到し得るものと判断していることを理解することができたからといって,そのことをもって,原告が,本願当初発明又は本願発明が引用発明を根拠に特許法29条2項の規定に該当するとの拒絶理由の通知を受けたものと評価することはできない

そして,審査官において,原告は引用発明を熟知しており,本願発明との相違点も理解し得たはずであるとの認識であったとするならば,本願発明の相違点に係る構成の容易想到性こそが最も重要な論点であり,原告においてもその具体的根拠を知りたいと考えるであろうことは明らかであるから,何よりもこの点について審査官の考え方を根拠と共に示して原告の意見を聴取することが重要であったはずであるのに,審査官は,この点に関する具体的見解及びその根拠を何ら示していないことは前示のとおりである。』

訂正の適否の判断事例および審決の理由不備

2008-06-15 21:51:16 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10053
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『第4 当裁判所の判断
1 本件訂正の適否について
(1) 特許法134条の2第5項で準用する同法126条3項該当性について
ア 訂正が,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができ,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において,付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができる(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号事件・平成20年5月30日判決参照)。

 以上を前提として,訂正事項1及び5について,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであるか否かを検討する。

イ ・・・

ウ 本件明細書の前記イの各記載によれば,・・・が,それぞれ記載されている(前記イ(オ))と認められる。

 すなわち,本件明細書には,①「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成」することが記載され(【請求項1】),②ワイヤの取付位置として,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁」が記載され(段落【0017】,【0021】及び【0022】),③ワイヤの取付構造(方法)として,「衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して,袋を形成」すること,この袋の内部にワイヤを挿通させることが記載されている(段落【0019】)といえる。

 そうすると,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成」して,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁」にワイヤを取り付けるに当たり,「衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して,袋を形成」し,この袋の内部にワイヤを挿通させるようにすることは,本件明細書の記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,当業者であれば,本件明細書の記載から自明である事項として,認識することができるというべきである。

 被告は,本件明細書の段落【0019】は,専ら「衣服の身頃」に関する記載である旨主張するが,上記説示に照らし,採用することができない。

(2) その余の点について
ア 本件審決は,訂正事項1及び5は,特許請求の範囲の減縮を目的にしたものでなく,かつ実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものであり,本件訂正は,訂正事項1及び5を含むから,特許法134条の2第5項で準用する同法126条4項に規定する要件を満たしていないと判断したが,そのように判断した理由を具体的に示しておらず,理由不備の違法がある

イ 念のため,上記の点について判断する。
 訂正事項1は,本件明細書の特許請求の範囲の【請求項1】における「衣服の身頃,襟,襟口,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って袋を形成し」との記載を,「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁に沿って,衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して,袋を形成し」と訂正することを内容とするものであり,「袋を形成」する箇所を,「衣服の身頃,襟,襟口,ポケット又はポケットフラップの周縁」から「衣服の襟,ポケット又はポケットフラップの周縁」に限定するとともに,「袋」を「衣服の表側を構成する主布の裏側に別布を縫合して・・・形成」したものに限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは,明らかである

 また,上記のとおり訂正することにより,発明の実施態様は限定されるものの,発明の課題ないし目的が異なるものとなるわけではなく,全く別個の発明と評価されるものではないから,実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものということはできない

・・・

ウ 上記検討したところによれば,本件審決が,本件訂正は,訂正事項1及び5を含むから,特許法134条の2第5項で準用する同法126条4項に規定する要件を満たしていないと判断したことは,誤りというべきである。』

物の発明の製造方法の記載の要否

2008-06-15 20:15:52 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10308
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『2 取消事由2(旧36条4項違反の判断の誤り)について
さらに,念のため,原告が旧36条4項違反の判断の誤りをいう点についても検討する。

(1) 旧36条4項は,「前項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する(なお,現行の特許法においては,36条4項1号が明細書の発明の詳細な説明の記載につき「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」との要件に適合するものでなければならないことを規定しており,旧36条4項とほぼ同様の内容が規定されている。以下「実施可能要件」ということがある。)。

(2)・・・
 以上によれば,アークイオンプレーティング法により皮膜を形成するに際しては,その皮膜の物性の一種であるX線回折パターンにおける(200)面,(111)面のピーク強度及びその比であるIa値は,イオン衝撃電力W,堆積速度R,サブストレート(基板)温度Tの各プロセスパラメータにより影響を受けるものであって,特に,皮膜の組成の成分割合により強く影響を受け,そのIa値はその成分割合の選定により大きく変位するものであるということができる

(3) 本件明細書において,本件発明1の被覆硬質部材の製造方法については,前記1(1)エないしカ,ク及びケ(・・・)によれば,・・・ことが示されるだけであって,アークイオンプレーティング法により必要とされる製造条件につき説明するところはなく,また,サブストレート(基板)温度T等の他のプロセスパラメータにつき記載されるところもなく,さらに,その製造条件の中でも,被覆硬質部材の皮膜のIa値に強く影響する皮膜組成におけるTi成分とAl等の他成分の割合につき記載されるところはない

(4) 以上によれば,本件明細書では,被覆硬質部材の製造条件として,皮膜組成の成分割合等のIa値にとって重要であるパラメータにつきその開示を欠くものであって,その記載に係る製造条件のみでは皮膜のIa値を決定又は特定することができず,所定のIa値を保有する皮膜を製造することができないものといわざるを得ない。

 したがって,TiとTi以外の周期律表4a,5a,6a族,Alの中から選ばれる2元系,ないし3元系の炭化物,窒化物,炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材の皮膜につき,そのIa値が2.3以上であると規定する本件発明1については,本件明細書に当該Ia値が2.3以上のものを得る上で特有の製造方法が記載されておらず,本件明細書の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の構成及び効果が記載されているということができず,旧36条4項に規定する要件を満たしていないことになる。
・・・

(5) もっとも,原告は,本件発明は「製造方法」の発明ではなく,「物の発明」に係るものであり,特有の製造方法は必要ないので,「本件明細書に当該Ia値が2.3以上のものを得るうえで特有の製造方法が記載されていない」として,本件明細書には当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていない,とした審決の判断は誤りである旨主張する

 ところで,特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施について独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術内容を一般に開示する内容を記載しなければならないというべきであって,旧36条4項や現行特許法36条4項1号が前記のとおり規定するのは,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからである

 そうであるから,物の発明については,その物をどのように作るかについて具体的な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できる特段の事情のある場合を除き,発明の詳細な説明にその物の製造方法が具体的に記載されていなければ,実施可能要件を満たすものとはいえないことになる。
 したがって,本件発明は,「物の発明」であるから「製造方法」の開示は必要がないとの原告の主張の見解は正当ではないことになる。

(6) また,原告は,本件発明の「物」は,公知の方法で製造可能であって,前記審決で引用した公知例においても本件発明の「物」ができている場合もあり,本件発明は,既にあった物の中から,特定の技術的目的・効果を奏するもののみを選び出しているから,実施可能要件に違反しない旨主張する

 しかしながら,前記(2)のとおり,アークイオンプレーティング技術においては,そのアークイオンプレーティングによる得られる皮膜の特性は,・・・各プロセスパラメータに依存して変位するものであるところ(乙21),本件明細書には,パラメータ選定に関する指針などの開示がないことから,当業者が,本件発明の条件に合う硬質被覆膜を得るには,膜の成形に関連する多数のパラメータの最適な値を探るために必要以上の試行錯誤を行わなければならないことになってしまうものであって,本件明細書には,本件発明が当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の構成及び効果が記載されているとする原告の主張は採用できない

(7) さらに,原告は,本件発明は,発明を特定する技術的条件として特許請求の範囲に「Ia値が2.3以上」を規定しており,この条件を満たしている「物」でさえあればいいのであって,審決が無効とした理由のいずれもそれに該当するものではなく,公知の製造法でもできる「物」の発明である本件特許の無効理由として「特有の製造方法の記載がない」としてされた審決は,「物」の発明である本件特許の技術内容の把握を誤っており,それに基づいてされた判断は違法である旨主張する

しかしながら,上記(5)のとおり,「物」の発明であっても,その「物」が容易に製造可能なように明細書にその「製造方法」を示す必要があるものであるから,原告の上記主張は採用できない

3 以上によれば,本件明細書の記載が,明細書のサポート要件に適合しておらず旧36条5項1号に違反し,また,実施可能要件に適合しておらず旧36条4項に違反するとの,審決の誤りをいう原告の主張は理由がないから,原告主張の取消事由はいずれも理由がないことになる。』

路傍の石理論とメカニズム論(サポート要件)

2008-06-15 19:41:03 | 特許法36条6項
事件番号 平成19(行ケ)10308
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『第5 当裁判所の判断
取消事由1(旧36条5項1号違反の判断の誤り)について
(1) 本件明細書(・・・)には,以下のアないしサの記載がある。
・・・

(2) 上記(1)によれば,審決における認定判断(16頁17行~17頁9行)のとおり,本件明細書には,・・・,⑤そのIa値が本件発明1の数値を満たさない比較例である,膜質(Ti,Al)Nで被覆され,皮膜のIa値が,それぞれ1.2〔従来例1〕,0.9〔従来例2〕,1.1〔従来例3〕,0.8〔比較例4〕,1.4〔比較例5〕及び1.0〔比較例6〕である各超硬工具については,皮膜と基体との密着性が十分でなく耐摩耗性に劣ること,が記載されているということができる。

 一方,本件明細書においては,当該被覆硬質部材の皮膜につきIa値を2.3以上とすることで,発明の課題を解決し発明の目的を達成することができることが,上記実施例の記載があることを除き,見当たらない

(3) ところで,旧36条5項は,「第3項4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その1号において,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」と規定している(なお,平成6年法律第116号による改正により,同号は,同一文言のまま特許法36条6項1号として規定され,現在に至っている。以下「明細書のサポート要件」という。)。

 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである

 旧36条5項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである

 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日判決参照)。

 以下,上記の観点に立って,本件について検討する。

(4) 本件発明1の課題は,上記(1)及び(2)のとおり,・・・,皮膜の結晶配向性を最適にすることにより皮膜と基体との密着性を向上させて耐摩耗性,耐欠損性に優れた被覆硬質部材の提供を目的とするところにあると認められ,当該被覆硬質部材の皮膜につきIa値を2.3以上とすることが同目的を達成するために有効であることが客観的に開示される必要があるというべきである

 この点,本件発明の場合,・・・,Ia値が2.3以上の皮膜が良い性能を持つとしたものであるが,何ゆえ,そのような値であると皮膜の特性が良くなるのかにつき,因果関係,メカニズムは一切記載されておらず,またそれが当業者にとって明らかなものといえるような証拠も見当たらない

 また,「Ia値が2.3以上」といえば,その数値が(200)面と(111)面の比をいうだけのものであるから,上限なく高い値の比が想定でき,かつ,その比の値に制限があるとする特段の事情も存在しないことから,当該Ia値の数値としては,2.3を大きく超える高い数値をも含み得るものであって,実際にも,原告作成の実験結果報告書(乙18)によれば,Ia値が10を超える値の被覆も存在することが示されている

 これに対し,本件明細書では,Ia値について,本件発明の実施例として開示されたIa値は,上記(1)オの【表1】における本発明例7ないし10の2.3から3.1までという非常に限られた範囲の4例だけであり,これらの実施例をもって,上限の定まらないIa値2.3以上の全範囲にわたって,本件発明の課題を解決し目的を達成できることを裏付けているとは到底いうことができない

(5) 以上述べたところに照らせば,本件明細書に接する当業者において,本件発明1に記載される構成を採択することによって皮膜と基体との密着性を向上させて耐摩耗性,耐欠損性に優れた被覆硬質部材を提供するとの課題を解決できると認識することは,本件出願時の技術常識を参酌しても,不可能というべきであり,本件明細書における本件発明1に関する記載が,明細書のサポート要件に適合するということはできない。

 そうすると,本件発明1の特許請求の範囲の記載を引用して構成される本件発明2についても,本件発明1と同様にサポート要件に適合していないと解すべきことになる。

(6) もっとも,原告は,通常,本件発明のような場合,実施例の数としては数例が一般的であり,それらにより発明の目的,課題解決の方向が示されておれば,実施例以外の箇所ではIa値の条件を満たされていることで十分当業者が理解できると考えられると主張する

 確かに,数例の実施例によってもサポート要件違反とされない事例も存在するであろうが,そのような事例は,明細書の特許請求の範囲に記載された発明によって課題解決若しくは目的達成等が可能となる因果関係又はメカニズムが,明細書に開示されているか又は当業者にとって明らかであるなどの場合といえる

 ところが,本件発明1の場合,上記のとおり,本件明細書には,何ゆえIa値が2.3以上であると皮膜の特性が良くなるのかにつき,因果関係,メカニズムは一切記載されておらず,また,それが当業者にとって明らかなものといえるような証拠も見当たらないものであるから,原告の上記主張は採用することはできない。

(7) また,原告は,本件明細書においてIa値の上限の記載がないことにつき,実施例に裏付けられた結果から,より特性の向上する範囲が予測できる場合には,上限の限定をすることなく記載しても何ら不明瞭ではないので,明細書の記載不備には当たらない旨主張する

ア 本件発明1の場合,明細書に開示された発明の実施例は,4例だけであるところ,これらを,前記(1)オの【表1】と同コの【表2】から摘記すると以下のとおりである。
・・・
そして,上記値においては,臨界荷重値は値が大きいほど密着性が向上して剥離強度が強まり,また切削長が長いほど耐摩耗性が高まることを意味することになるから,これを実施例を順に見ていくと,剥離強度が強い順では実施例7,10,9,8となり,耐摩耗性が高い順では実施例9,7,10,8となるが,ピーク強度比では高い順に実施例9,10,8,7とある。

 このように,ピーク強度比と臨界荷重値,切削長の関係はバラバラであって,何らかの相関関係を見い出すことはできず,明細書に開示された4つの実施例から,ピーク強度比が2.3以上のすべての範囲において本発明の課題が達成可能であると認めることはもちろん,原告の主張するピーク強度比の上限を予測することも不可能であるといわざるを得ない
・・・

(9) したがって,本件明細書の特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合しておらず,旧36条5項1号に違反するとした審決の判断の誤り(取消事由1)をいう原告の主張は,理由がないことになる。』

路傍の石理論は次の被告の主張から命名したもの。
『(3) 原告は,「本件発明の『物』は,公知の方法で製造可能であり,審決で引用した公知例においても本件発明の『物』ができている場合もある。すなわち,本件発明は,既にあった物の中から,特定の技術的目的,効果を奏するもののみを選び出しているのである。」と主張するが,これには何らの根拠もなく,本件明細書には原告が主張するような記載は何もされておらず,原告の主張は明細書の記載に基づかない独自の誤った見解に基づくものである。
 なお,本件発明は「既にあった物」の中にあるとの原告の主張は,本件発明は路傍の石を拾い集めるがごときのものである,というに等しいものであり,本件発明が特許保護に値する「発明」であるというにはほど遠いものであることを自認するものである。』

アクセス制限されたプログラムと顧客データの営業秘密性

2008-06-15 17:03:47 | 不正競争防止法
事件番号 平成18(ワ)5172
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成20年06月12日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次


『第4 争点に対する当裁判所の判断
1 争点(1)ア(ア)(営業秘密性)について
(1) 本件プログラムについて
・・・
イ上記事実に基づき,本件プログラムが法2条6項の「営業秘密」に当たるか否かについて検討するに,本件プログラムは,出会い系サイトの営業に使用することのできるプログラムで,有償の使用許諾もなされていたものであるから,「事業活動に有用な技術上の情報」であることが認められる。そして,本件プログラムが特に公知になっていたことも窺われないから,「公然と知られていないもの」に当たり,さらに,原告社内でもアクセスできる者が限られていたのであるから,「秘密として管理されている」ものと認められる。したがって,本件プログラムは,原告イープランニングの営業秘密であると認められる

ウ これに対し,被告らは,原告ら代表者やP2によるID及びパスワードの管理が杜撰であったと主張して,本件プログラムの秘密管理性を否定するが,被告らが主張するように,単にIDとパスワードを書いた紙片を机に入れていたとか,それらをパソコンに入れたまま離席することがあったとしても,アクセスできる従業員を制限している取扱いをしていることに変わりはないから,被告らの主張する上記事実をもって秘密管理性を否定することはできない

(2) 本件顧客データについて
・・・
イ上記事実に基づき,本件顧客データが法2条6項にいう「営業秘密」に当たるか否か検討するに,本件顧客データは,出会い系サイトに会員として登録する顧客のメールアドレスとその利用程度を知ることができる情報であるから「事業活, 動に有用な営業上の情報」に当たることが明らかである。そして,本件顧客データが特に公知になっていたことも窺われないから,「公然と知られていないもの」と認められ,さらに,本件顧客データにアクセスするためには,IDとパスワードが必要であったのであるから,「秘密として管理されている」ものと認められる。したがって,本件顧客データは,原告イープランニングの営業秘密であると認められる。

ウ 本件顧客データの秘密管理性に関して,被告らは以下のとおり種々の主張をするので,検討する。
(ア) まず被告らは,本件顧客データにアクセスできる従業員は何ら制限されていなかったから秘密管理性がないと主張する
 確かに被告らが指摘するように,本件顧客データにアクセスできる従業員の範囲と内容についての原告らの主張は変遷を重ねており,原告ら社内において原告らが主張するような系統立ったアクセス制限がとられていたのかについては疑問もある。
 しかし,一般にIDやパスワードを要求する趣旨は,それを知っている者のみを当該情報にアクセスできるようにし,それを知らない者には当該情報にアクセスできないようにする点にある。そうすると,たとえ原告ら社内において会員のデータベースにアクセスできる者が制限されておらず,全従業員が会員のデータベースにアクセスすることができたとしても,従業員にIDとパスワードが与えられ,それなしには会員のデータベースにアクセスすることができない措置がとられていた以上,従業員にとっては,原告らが,会員のデータベース中の情報をIDとパスワードを知らない者,すなわち原告らの従業員でない者に対しては秘密とする意思を有していると認識し得るだけの措置をとっていたと認めるに妨げないというべきである

(イ) また被告らは,原告ら社内では,ID及びパスワードの管理が杜撰で,原告ら代表者らもその管理について何ら注意を与えなかったから,秘密管理性がないと主張する
 しかし,IDやパスワードというものが上記(ア)で述べた趣旨のものである以上,殊更にその管理について注意を与えなかったからといって,原告らがそれによってアクセスし得る情報を秘密とする意思を有していることが,同情報にアクセスしようとする者に認識できないとはいえない

 また被告らは,原告ら社内でのID及びパスワード管理の杜撰さの例として,①複数のアルバイト従業員で1つのID及びパスワードを共有していたこと,②ID及びパスワードを記載した紙を入力用のパソコンのところに貼って使用していたこと,③入力担当のアルバイト従業員で退職者が出たにもかかわらず,その際にID及びパスワードが変更されることがなかったことを指摘する
 しかし,①については,そのことをもってパスワードの管理が杜撰であったとはいえない。また, ②及び③については,仮にそのようなことがあったとしても,原告ら社内でどの程度そのようなことが行われていたのか不明であり(少なくとも③については,同趣旨の被告Y4の供述によっても,一度そういうことがあったというにすぎない。),それらが常態化し,かつ原告ら代表者らがそれを知りながら放置し,結果として原告ら社内におけるIDやパスワードの趣旨が有名無実化していたというような事情があればともかく,そのような事情が認められない限り,なお秘密管理性を認めるに妨げはないというべきである。そして,本件ではそのような事情は認められない

(ウ) 以上のとおり,本件顧客データの営業秘密性(秘密管理性)を否定する被告らの上記各主張は採用できない。』

特許請求の範囲の明確性を欠く用語の解釈の事例

2008-06-15 11:31:39 | 特許法17条の2
事件番号 平成19(行ケ)10110
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月11日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正の適否の判断の誤り)について
(1) 本件補正は,特許請求の範囲の請求項1について,補正前の「それら(判決注:支持部材に属する「天井部,対向側面及び前面」)が仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」との記載を,「それら(判決注:上記補正前の記載と同じ。)が骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載にする補正を含むものである

 しかるところ,審決は,上記部分の補正につき,「支持部材により力を集中させる対象として,仙骨の『上方部分』と『上部分』が並列的に記載されているのであるから,『上部分』が仙骨上の何れかの部分を意味するとしても『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえず,また,『上部分』が仙骨の上下方向の中央よりも上の部分を意味するとしても『上方部分』がそれと同じ部分を意味すると考えるのは不自然であるから,やはり『上方部分』は仙骨上ではないそれよりも上方の部分を意味すると考えざるをえない。」と判断した。
 すなわち,審決は,「骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上」との記載を,骨盤内の腰骨稜間にあり,かつ,仙骨上ではない仙骨よりも上方の部分(例として,骨盤内の腰骨稜間に存在する腰椎脊椎骨を挙げている。)を意味するものと捉え,このことを前提として,本件補正が,特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当せず,かつ,その余の補正の目的に当たるものでもないと判断したものである

(2) そこで,検討するに,一般に「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分という意味で普通に用いられることは確かである。しかし,「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨そのものの一部であって,その上下方向の中央より上の部分という意味で用いられることも頻繁にあり,上記「仙骨の上方部分」との文言のみでは,そのいずれを意味するのか,一義的に明らかではないといわざるを得ない
 もっとも,この点につき,審決は,上記部分の補正において,「上方部分」との文言と「上部分」との文言が並列的に記載されており,このうち「上部分」との文言が,「仙骨上の何れかの部分」ないし「仙骨の上下方向の中央よりも上の部分」を意味するとすれば,「上方部分」との文言が同じ部分を意味するのは不自然であるとして,このことを,「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分であると解する根拠としている。

 しかしながら,上記部分の補正に係る,「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載は,「上方部分」に付加された「上」との文言と「上部分」に付加された「に沿って」との文言とが対応して用いられていると考えられるから,「『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上に力を集中させる』又は『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上部分に沿って力を集中させる』」という趣旨であると考えることができ,そうであれば, 「上方部分」及び「上部分」が,それ自体は同じ部分(仙骨そのものの一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)を意味するとしても,力を集中させる対象である部位としては,前者は,仙骨自体を,後者は,仙骨の近傍をそれぞれ意味するものと理解することができるから,上記両表現が意味するところは異なることとなって,格別不自然ということはできない(なお,原告は,「上部分」が「上方部分」の誤記であると主張するところ,そうであれば,このことはより明確であるが,仮に,「上部分」が「上方部分」の誤記であるとは認められないとしても,上記のように考えることの妨げとはならない。)。
したがって,「上部分」との文言が,「仙骨上の何れかの部分」ないし「仙骨の上下方向の中央よりも上の部分」を意味するとすれば,「上方部分」との文言が同じ部分を意味するのは不自然であるとして,「仙骨の上方部分」との文言が,仙骨を含まない,それよりも上方の部分であるとする審決の判断は,直ちに是認できるものではない

(3) そこで,発明の詳細な説明の記載を参酌するに,・・・
 ・・・
 そうすると,かかる発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,請求項1についての上記(2)の部分の補正に係る「それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方部分上又は上部分に沿って力を集中させる」との記載は,
「『それらが骨盤内の腰骨稜間の仙骨の上方領域(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)に力を集中させる』又は『それらが骨盤内の腰骨稜間の上記仙骨の上方領域に沿って力を集中させる』」という趣旨であるものと,
 すなわち,「仙骨の上方部分」も仙骨の「上部分」も,ともに仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分を意味するものと理解されることは明らかである

 他方,上記部分の補正に係る補正前の記載は,「それらが仙骨上又は仙骨に沿って力を集中させる」というものであり,この記載も同様に,「『それらが仙骨上に力を集中させる』又は『それらが仙骨に沿って力を集中させる』」との趣旨であると考えることができるから,補正後の記載は,力を集中させる部位を,「仙骨上」から「仙骨の上方部分(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)上」に,又は「仙骨に沿った」部位から「仙骨の上部分(仙骨自体の一部であって,その上下方向の中央よりも上の部分)に沿った」部位に,それぞれ限定したものであり,したがって,この部分の補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものというべきである。

 そうすると,審決が,上記「上方部分」が,仙骨上ではない,それよりも上方の部分を意味すると解し,これを前提として,本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当しないと判断したことは,誤りであって,本件補正は,審決の示した理由によっては,これを却下することはできないものといわざるを得ない。』