知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

法36条6項1号と同条4項1号の違い

2010-01-31 22:26:23 | 特許法36条6項
事件番号 平成21(行ケ)10033
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年01月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

3 審決の理由の当否について
(1) 審決は,本願について,「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載の範囲を対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを判断したのではなく,要するに,特許明細書の「発明の詳細な説明」には,フリバンセリン類の性欲障害治療用薬剤としての「有用性を裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度」の記載がされていないことのみを理由として,法36条6項1号所定の要件を満たしていないとするものである

 しかし,「発明の詳細な説明」に「有用性を裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度」の記載がされていない限り,法36条6項1号所定の要件を満たさないことを肯定するに足りる論拠は述べられていないというべきである。

ア 審決は,その理由中において,「医薬についての用途発明においては,一般に,有効成分の物質名,化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に有効量,投与方法,製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても,それだけでは当業者が当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから,特許を受けようとする発明が,発明の詳細な説明に記載したものであるというためには,発明の詳細な説明において,薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をすることにより,その用途の有用性が裏付けられている必要があ(る)」(審決書2頁22行~29行)と述べている。同部分は,法36条4項1号の要件充足性を判断する前提との関係では,同号の趣旨に照らし,妥当する場合があることは否定できない

 すなわち,法36条4項1号は,特許を受けることによって独占権を得るためには,第三者に対し,発明が解決しようとする課題,解決手段,その他の発明の技術上の意義を理解するために必要な情報を開示し,発明を実施するための明確でかつ十分な情報を提供することが必要であるとの観点から,これに必要と認められる事項を「発明の詳細な説明」に記載すべき旨を課した規定である。
 そして,一般に,医薬品の用途発明が認められる我が国の特許法の下においては,「発明の詳細な説明」の記載に,用途の有用性を客観的に検証する過程が明らかにされることが,多くの場合に妥当すると解すべきであって,検証過程を明らかにするためには,医薬品と用途との関連性を示したデータによることが,最も有効,適切かつ合理的な方法であるといえるから,そのようなデータが記載されていないときには,その発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとされる場合は多いといえるであろう

 しかし,審決が,法36条6項1号の要件充足性との関係で,「発明の詳細な説明において,薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をすることにより,その用途の有用性が裏付けられている必要があ(る)」と述べている部分は,特段の事情のない限り,薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をすることが,必要不可欠な条件(要件)ということはできない。

 法36条6項1号は,前記のとおり,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比して,「特許請求の範囲」の記載が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲を超えるような広範な範囲にまで独占権を付与することを防止する趣旨で設けられた規定である。
 そうすると,「発明の詳細な説明」の記載内容に関する解釈の手法は,同規定の趣旨に照らして,「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲のものであるか否かを判断するのに,必要かつ合目的的な解釈手法によるべきであって,特段の事情のない限りは,「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるというべきである

商標法3条1項6号の趣旨

2010-01-31 22:05:28 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10270
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年01月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(1) 商標法3条1項6号の趣旨
 商標法は,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もつて産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」ものであるところ(同法1条),商標の本質は,自己の業務に係る商品又は役務と識別するための標識として機能することにあり,この自他商品の識別標識としての機能から,出所表示機能,品質保証機能及び広告宣伝機能等が生じるものである。

 同法3条1項6号が,「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」を商標登録の要件を欠くと規定するのは,同項1号ないし5号に例示されるような,識別力のない商標は,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに,一般的に使用される標章であって,自他商品の識別力を欠くために,商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである。

英語以外の外国語出願の分割出願は外国語出願の規定を類推適用されるか

2010-01-31 21:39:42 | Weblog
事件番号 平成21(行ウ)358
事件名 裁決取消等請求事件
裁判年月日 平成22年01月26日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

(1) 原告の主張
・・・
英語以外の言語による外国語特許出願を原出願とする分割出願の場合には,それが日本語による特許出願であっても,誤訳訂正を認めるべき必要性があり,他方で,特許法は,日本語による特許出願でありながら,誤訳訂正が必要になる場面を想定していなかったものといえるから,特許法184条の12第2項,17条の2第2項の類推適用により,上記分割出願における誤訳訂正は許されるというべきである
・・・

第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件処分における判断の誤りの有無)について
・・・

 このように特許法17条の2第2項,184条の12第2項が誤訳訂正書の提出手続を設けた趣旨は,外国語書面出願及び外国語特許出願においては,通常は,外国語書面出願の外国語書面又は外国語特許出願の明細書等とこれらの翻訳文との記載内容は一致していることから,翻訳文の記載を基準として補正の可否を判断すれば足りるが,この基準を貫くと,当該翻訳文に誤訳があった場合に当該誤訳を訂正する補正を行おうとすると,そのような補正は,通常,翻訳文に記載された事項の範囲を超えるものとして許されないこととなり,不合理であることによるものと解される

 そして,上記のように特許法17条の2第2項,184条の12第2項は,外国語書面出願及び外国語特許出願の場合における補正の範囲についての特別な取扱いに対応した手続として誤訳訂正書の提出の手続を定めたものと解されること,特許法は,外国語書面出願及び外国語特許出願以外の特許出願については,そのような手続の定めを置いていないことにかんがみれば,特許法において,誤訳の訂正を目的とした補正の手続として誤訳訂正書の提出が認められる特許出願は,外国語書面出願及び外国語特許出願に限るものと解するのが相当である。

 以上の解釈を前提に本件について検討するに,本件分割出願は,外国語特許出願である本件原出願をもとの特許出願とする分割出願であるが,本件分割出願の願書には日本語による明細書等が添付されたものであるから(前記第2の1(1)ア,(2)ア),日本語による特許出願であって,外国語書面出願又は外国語特許出願のいずれにも当たらないことは明らかである。

 したがって,原告がした本件分割出願の明細書についての本件誤訳訂正書の提出に係る手続は,特許法上根拠のない不適法な手続であって,その補正をすることができないものであるから,これを却下した本件処分の判断に誤りはないものと認められる。

用途発明のサポート要件

2010-01-24 20:46:18 | 特許法36条6項
事件番号 平成21(行ケ)10134
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年01月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

カ この点に関し,本件審決は,本願明細書の発明の詳細な説明には,(活性酸素によって誘発される)生活習慣病(の予防)に対する効果の有無及び当該効果とヒドロキシラジカル消去活性などの抗酸化作用の大小との対応関係(例えば,どの程度の抗酸化作用を有していれば,生活習慣病(の予防)に対する効果を有するとするのかなど)に係る記載又はそれらを示唆する記載はないと説示する。

 しかしながら,本願明細書には,本件補正発明の組成物が活性酸素によって誘発される生活習慣病の予防に対して効果を有することを当業者が認識することができる記載があることは上記のとおりであり,また,新請求項1には,どの程度の抗酸化作用を有していれば生活習慣病(の予防)に対する効果を有するかなどの生活習慣病の予防に対する効果とヒドロキシラジカル消去活性などの抗酸化作用の大小との対応関係についてまで記載されておらず,このような対応関係について発明の詳細な説明中に記載されている必要があると解されるものでもない

 また,本件審決は,疾病(の予防)に対する効果の有無を論じる場合,生体に対する薬理的又は臨床的な検証を要することが当業者に自明であるところ,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,同検証に係る記載又はそれを示唆する記載はないから,新請求項1について,本願明細書の発明の詳細な説明はサポート要件を満たすということができないとも説示する

 しかしながら,医薬についての用途発明において,疾病の予防に対する効果の有無を論ずる場合,たとえ生体に対する薬理的又は臨床的な検証の記載又は示唆がないとしても,生体を用いない実験において,どのような化合物等をどのような実験方法において適用し,どのような結果が得られたのか,その適用方法が特許請求の範囲の記載における医薬の用途とどのような関連性があるのかが明らかにされているならば,公開された発明について権利を請求するものとして,特許法36条6項1号に適合するものということができるところ,上記ウのとおりの本願明細書の実施例1や図1の記載,本願発明の抗酸化作用を有する組成物は,極めて強力なヒドロキシラジカル消去活性からなる抗酸化作用を有するもので,活性酸素によって誘発される老化や動脈硬化等の種々の生活習慣病の予防に極めて好適であることなどの記載によると,同号で求められる要件を満たしているものということができる。

 したがって,本件審決の上記判断は,いずれも誤りである。


(一読後のメモ)
 審決は対応関係の記載がない(前の指摘)とするのに対し、『新請求項1には,どの程度の抗酸化作用を有していれば生活習慣病(の予防)に対する効果を有するかなどの生活習慣病の予防に対する効果とヒドロキシラジカル消去活性などの抗酸化作用の大小との対応関係についてまで記載されておらず,このような対応関係について発明の詳細な説明中に記載されている必要ががあると解されるものでもない』としている。この判示はクレームが具体的対応関係に言及していなければ、サポート要件を満たすためには明細書に具体的対応関係の記載は求められないとのものである。
 明細書に課題を解決できると認識できる記載があるかという要件を離れた議論になっており、どのように理解するのか私の中でもう一考必要である。


新規な課題を見いだした場合の技術常識の適用

2010-01-24 19:23:55 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10276
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年01月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

 また,原告は,「セボフルランのルイス酸による分解」という技術的課題を解決するために,ルイス塩基によりルイス酸の反応を抑制するという技術常識に引用発明の水を他の「ルイス塩基」に置換することは極めて容易である旨主張する

 しかしながら,上記技術的課題自体が本件発明以前には知られていなかった新規なものであったと認められる。
 すなわち,本件明細書の段落【0003】には,「特定のフルオロエーテルは,1種類もしくはそれ以上のルイス酸が存在すると,フッ化水素酸等の潜在的に毒性を有する化学物質を含む幾つかの産物に分解することが明らかになった。」と記載されており,これは,本件特許の発明者らによってはじめて,上記技術的課題が発見されたことを意味しているものと解されるところ,前記認定のとおり,本件特許の優先日以前には「セボフルランのルイス酸による分解」という技術課題は公知でなかったのであるから,仮に,原告が主張するように,ルイス酸の反応を抑制するためにルイス塩基を使用することが技術常識であったとしても,上記技術的課題を知らなかった当業者が本件発明を容易に想到し得ると認めるとはできない

<同一判決中の判示>
新規な課題を見いだした場合の技術常識の参酌

新規な課題を見いだした場合の技術常識の参酌

2010-01-24 19:16:23 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10276
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年01月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

(イ) この点に関し,被告らは,前記第4の2(2) ア(オ) のとおり,本件明細書の記載に当業者の技術常識を加味すれば,本件特許が特段の過度の試験をするまでもなく容易に実施可能であると主張する

 しかしながら,セボフルランのルイス酸による分解という事象については,前述のとおり,本件特許の優先日当時,当業者はセボフルランのルイス酸による分解という現象そのものを理解していなかったのであるから,そもそも加味すべき「当業者の技術常識」と呼べるものは当時存在していなかったというほかない

 したがって,当業者が,どのような化合物がセボフルランを分解する「ルイス酸」に該当するかについて,実験を繰り返すことなく,その内容を具体的に理解することは非常に困難であったといわざるを得ない。

分割要件を満足しないとした事例

2010-01-24 19:08:28 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成20(行ケ)10276
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年01月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

(2) 取消事由1(分割要件についての判断の誤り)について
ア本件発明1の構成要件(D)の「被覆」について
(ア) 本件発明1の構成要件(D)の「被覆」は,前記(1) の明細書の記載を考慮すれば,あくまでも容器内壁が「フルオロエーテル組成物」によって被覆状態になったということを意味する

 ところで,「被覆」という用語は,一般的な技術用語として捉えると,本件発明の実施例3及び7のような,液状物質で一時的に覆われた「被覆」状態だけでなく,塗料を塗布し,乾燥ないし硬化して恒常的な塗膜とした「被覆」や,予め形成されたシートを貼り付けた「被覆」も包含するものと認められるところ,本件発明では,本件明細書中に「被覆」の具体的な説明や定義もないから,「ルイス酸抑制剤」から形成される「被覆」には,上述のような広範な「被覆」が包含されることとなる

 ところが,前記第3の1(1) ア(イ) において原告が主張するように,原出願明細書等に「被覆」という用語が記載されている箇所は,実施例3に関する段落【0040】及び実施例7に関する段落【0056】だけである。

 このうち,段落【0040】には,・・・,本件発明に係る「被覆」には該当しない実施例というべきであり,本件発明とは関係がないというほかない。

 また,段落【0056】には,・・・,この段落【0056】の記載を前提としても,「被覆」の態様は回転機に2時間掛けるという特殊な態様に限定されている上,「ガラス容器」以外の容器の内壁に「水」以外のルイス酸抑制剤を被覆することは何ら開示されていない。

 このように,段落【0040】及び【0056】に記載されているのはルイス酸抑制剤の一例としての「水」であり,しかも,いずれの場合もセボフルランに溶解していることが前提とされているのであるから,当業者が,出願時の技術常識に照らして,セボフルランに溶解していない水以外のルイス酸抑制剤で容器の内壁を「被覆」することでセボフルランの分解を抑制できるという技術的事項がそこに記載されているのと同然であると理解できるとはいえない

 したがって,原出願明細書等に,「水飽和セボフルランを入れて,ボトルを回転機に約2時間掛けること」という態様の「被覆」以外に,ルイス酸抑制剤の量に応じて,適宜変更可能な各種の態様を含む広い上位概念としての「被覆」が実質的に記載されているとはいえない

 以上のとおり,原出願明細書等には,構成要件(D),すなわち,「該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程」は記載されておらず,その記載から自明であるともいえないから,分割要件を満足するとした審決の判断は誤りである。

出願人(当業者)の合理性を尊重した特許請求の範囲の解釈とリパーゼ判決

2010-01-17 12:19:23 | 特許法70条
事件番号 平成20(行ケ)10235
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年01月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

エ 被告は,最高裁平成3年3月8日判決(いわゆるリパーゼ事件判決)を引用して,請求項1の後段の「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧」について,それが誤記であるとしても,それは同判決が判示するような「一見して誤記であることが明らかな場合」には当たらないと主張し,また,誤記ではないとしても,「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない」場合にも当たらないと主張するので,念のために,所論の判例との関係につき付言することとする。

 上記判示のとおり,本件発明の請求項1の文言は,前段では,組成物の物質の名称が特定の数値(重量パーセント)とともに記載され,後段では,特定の温度における特定の数値の蒸気圧が記載されており,それぞれの用語自体としては疑義を生じる余地のない明瞭なものであるが,組成物の発明であるから,構成としては前段の記載で必要かつ十分であるのに,後者は,さらにこれを限定しているようにも見えるものの,真実,要件ないし権利の範囲として更に付された限定であるとすれば,その帰結するところ,権利範囲が極めて限定され,特許として有用性がほとんどない組成物となり,極限的な,いわば点でしか成立しない構成の発明であるという不可思議な理解に,当業者であれば容易に想到することが必定である。
 そうすると,本件発明の請求項1の記載に接した当業者は,前段と後段との関係,特に後段の意味内容を理解するために,明細書の関係部分の記載を直ちに参照しようとするはずである

 そうであってみれば,本件発明の請求項1の記載に接した当業者は,後段の「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する」の記載に接し,その技術的な意義を一義的に明確に理解することができないため,明細書の記載を参照する必要に迫られ,これを参照した結果,その意味内容を上記判示のように理解するに至るものということができる。

 したがって,本件発明の請求項1の解釈に当たって明細書の記載を参照することは許され,上記の判断には,所論のような,判例の趣旨に反するところはなく,被告のこの点に関する主張は採用することができない。

特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」

2010-01-11 20:46:33 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10110
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年12月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

2 取消事由1(甲1刊行物が外国頒布刊行物であるとの認定の誤り)について
(1) 原告らは,台湾における実用新案の出願書類写しである甲1刊行物は特許法29条1項3号の「頒布された刊行物」に当たらず,審決がこれを引用例に供したことは誤りである旨主張する
ので,まずこの点について検討する。
 特許法29条1項3号にいう「頒布された刊行物」とは,公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書,図画その他これに類する情報伝達媒体であって,頒布されたものを意味する(最高裁昭和55年7月4日第二小法廷判決・民集34巻4号570頁,同昭和61年7月17日第一小法廷判決・民集40巻5号961頁参照)。

 そこでこれを本件についてみると,甲1の1(・・・。)・甲1の2(・・・),・・・及び弁論の全趣旨によれば,甲1刊行物は,Aが台湾において昭和63年〔1988年〕5月20日に出願(申請)した実用新案(申請案77204725号,以下「本件実用新案」という。)の出願書類として,1991年(平成3年)5月21日に台湾において公告された公告本の写しであるところ,上記公告日である1991年(平成3年)5月21日当時における台湾特許法(1986年〔昭和61年〕12月24日改正・公布された専利法)においては,その30条に,審査を経て,拒絶すべきでないと認める発明特許は,審定書を明細書,図面と共に公告すべき旨,同39条に,公告した特許案件は,審定書,明細書又は模型若しくは見本等を特許局又はその他適切な場所に6か月間陳列して公開閲覧に供さなければならない旨,同110条に,上記各規定を実用新案に準用する旨がそれぞれ規定されており,上記公告本は上記各規定に基づき本件実用新案を公告に供するために用いられたものであることが認められる(訳文による)。

 一方,本件特許の出願日である平成6年1月17日当時において,台湾特許局では,実務上,既に公告された専利案及び実用新案については,公告期間中であるか公告期間満了後であるかにかかわらず,公告に供された審定書,明細書等を公開しており,何人もこれらを閲覧,書き写し又はコピーすることを申請することができたことが認められる。

 そして,上記のようにして閲覧・謄写の対象となる明細書等は,専利法施行細則(1981年〔昭和56年〕10月2日改正のもの。甲16)10条が出願時に明細書等につき同内容の書類を3部提出すべき旨を定めており,かつ,現に閲覧・謄写に供された甲1刊行物にはその冒頭に「公告本」との表示(特許局が押印したと推認される)がなされていることからすれば,閲覧,謄写の対象となった明細書等の複製物(3部のうちの1部を閲覧等用に備え置いたもの)と認めるのが相当である。

 そうすると,本件実用新案に係る前記「公告本」(甲1刊行物はその写し)は,一般公衆による閲覧,複写の可能な状態におかれた外国特許局備え付けの明細書原本の複製物と認められるから,特許法29条1項3号の外国において「頒布された刊行物」に該当すると認められる。

平成21年12月24日 知的財産高等裁判所 平成21(ネ)10004 も同趣旨

技術的に周知技術を適用できない主引用例

2010-01-11 20:31:13 | 特許法29条2項
事件番号 平成21(行ケ)10132
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年12月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


(オ) 乙1(・・・),乙3(・・・)及び乙4(・・・)には,鋳造,鍛造を経て,金属製品を製作する際に,鋳造物に設けられた穴などを含む鋳造物の形及び寸法を最終製品の形及び寸法に近いものとすることは,本件優先日当時(・・・)知られていたことが認められる。また,乙5(・・・)及び乙6(・・・)によれば,鋳造の精度を高めるなどして,鋳造のみで最終製品の形及び寸法とすることも,本件優先日当時(・・・)知られていたことが認められる。

 しかし,引用発明は,上記のとおり,そもそも鋳造物の形状を最終製品の形状(寸法を含む)と同じものとすることは想定されていないことからすると,当業者が,上記の周知技術を引用発明に適用することを容易に想到するとも考えられない

(カ) したがって,「鋳造プレフォームの穴を,得られる最終部分に必要な形状に合致するものとすることに格別の困難性はない。」(7頁14行~15行)とした審決の判断には,誤りがあるというべきであり,作用効果の点について判断するまでもなく,取消事由1は理由がある。

副引用例の認定の誤り(具体的な手段としての相違)

2010-01-11 19:35:20 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10425
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年12月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣


 引用発明において,・・・,その構成を実現する具体的な方法として,呼吸の状態を検知する手段として排気弁又は吸気弁(以下「排気弁等」という。)の動きを検知するとの構成(以下「本件発明の検知の構成」という。)を採用することまでが同当業者において容易に想到し得たものであるか否かについて判断することとする。

(1) 引用例4について
 ・・・
 そうすると,本件発明の検知の構成が,消費電力の増加を抑制するために呼吸連動制御の構成を採用する前提として,呼吸の状態(排気又は吸気)を検知し,これにより,呼吸に連動したブロワー送風の切替えを行うものであるのに対し,引用例4の検知の構成は,無呼吸症候群の病状をモニターするなどするため,呼吸の状態(呼吸停止の有無)を検知するものの,これを単にデータとして取得するのみであり,これによって呼吸に連動したブロワー送風の切替えその他の呼吸に連動した何らかの制御を行うものではないから,引用例4の検知の構成は,その作用及び機能の点において,本件発明の検知の構成と大きく異なるものであるし,また,その解決課題の点においても,呼吸連動制御の構成と大きく異なるものであるというべきである。
・・・

(2) 乙21公報について
・・・
 しかしながら,上記記載によると,乙21公報の検知の構成は,設定した時間内の電気パルスの数を数えることにより呼気の有無・数を検知するものであって,呼吸(排気及び吸気)がなされた時点における呼吸動作そのものを検知するものではないし,乙21公報の人工呼吸補助装置における送気も,通常になされている吸気の補助のために行われるものではなく,呼吸停止時における強制的な送気を行うものである。また,同人工呼吸補助装置における排気弁(呼気バルブ)と引用発明の排気弁とは,明らかにその構造を異にするものである。
・・・
(7) 設計的事項性について
 ・・・,本件発明の検知の構成は,面体内の圧力(圧力の状態)を直接検知する手段をより具体化したものであるところ,上記(1)ないし(6)のとおり,引用例4及び乙21公報を除き,排気弁等の動き(開閉)を検知するとの構成を具体的に開示する刊行物は見当たらず,また,引用例4の検知の構成及び乙21公報の検知の構成についても,引用発明において,呼吸連動制御の構成を採用し得ると仮定しても,本件出願当時の当業者において,その構成を実現する具体的な方法として,本件発明の検知の構成に容易に想到することができたものとは認められないのであるから,被告らが主張するとおり,呼吸の状態を検知するために面体内の圧力を直接検知することが本件出願当時の当業者において容易になし得たものであったとしても,その具体的な手段として本件発明の検知の構成を採用することについてまで,これが当業者の通常の創作能力の範囲内のものであり,設計的事項であると認めることは到底できないというべきであり,その他,そのように認めるに足りる証拠はない。