知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

予備的判断は義務づけられているか

2008-04-08 06:48:47 | 要旨変更・新規事項の追加
事件番号 平成19(行ケ)10294
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年03月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『( 4) 原告は,特許庁が,平成14年5月21日付けの最後の拒絶理由通知において進歩性を否定しなかったにもかかわらず,その後発明の進歩性を否定する主張をすることを問題とするのであるが,これは,特許庁が,補正について,特許法17条の2第3項に違反すると判断した場合でも,その他に,特許法29条についての拒絶理由があると示さなければ,その後,特許法29条を理由として特許出願の拒絶をしてはならない旨の主張と解される
これは,結局,特許庁は,補正について,特許法17条の2第3項に違反すると判断した場合でも,その判断が誤りである可能性を考慮して,補正後の発明について特許法29条の拒絶理由があると考えるなら,そのことを拒絶理由通知,拒絶査定で示すべきであり,そのような手続を経なければ,その後,特許法29条の拒絶理由に基づいて拒絶してはならないというものである。

 しかし,特許法17条の2第3項に違反した補正がされれば,そのことのみによって特許出願は拒絶査定されるのであるから,特許庁は自らの判断が誤りであることを前提として予備的に特許法29条の判断をしなければならないとまではいえない。また,特許請求の範囲について. 特許法17条の2第3項に違反した補正がされた場合には,特許法29条の判断の基礎となる発明が補正前と異なることから,上記のように必ず特許法29条について予備的に判断しなければならないとすると,新たな審査を要する場合も多いのであり,このことを考慮すると,特許法17条の2第3項に違反する補正がされたと判断する場合に特許庁は自らの判断が誤りであることを前提として必ず予備的に特許法29条の判断をしなければならないとすることが合理的であるとはいえない。

 確かに,本件のように,補正について判断した審決が取り消されて審理が再開されたが,再開後の審理において前回とは異なる理由により出願が拒絶されるような場合,出願人は,時間的,手間的な負担等を負うこととなるのであるが,前記のような法の構造等に照らせば,特許庁が,補正が特許法17条の2第3項に違反すると判断した場合でも,その判断が誤りである可能性を考慮して,補正後の発明について特許法29条の拒絶理由があると考えるなら,そのことを拒絶理由通知,拒絶査定で示すべきであるとは認められず,原告主張の,出願からの経過年数や手続的負担は,この判断を何ら左右するものではない。』

明細書から自明の範囲を周知技術で証明する場合

2006-12-24 19:37:00 | 要旨変更・新規事項の追加
事件番号 平成18(ネ)10056
事件名 損害賠償等請求控訴事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

『 控訴人は,テレホンカードシステムと対比した上,本件出願当初明細書に開示された発明のうち「記憶」に関しては,前払いの額が記憶される場所を,使用者の手元のテレホンカードではなく,電話システム内の「特別交換局」とした点が,発明の本質であり,その額の「支払」と「記憶」の時間的前後関係は,発明の本質に何ら関係しないと主張し,さらに,本件出願当初明細書に接した当業者であれば,本件出願1に係る優先権主張日(昭和61年1月13日)当時,広範に普及していたテレホンカードシステムとの比較において,同明細書に記載された発明を理解することは当然であるとも主張する。しかしながら,本件出願当初明細書には,テレホンカードシステムの技術を参酌して発明を理解すべきであるとする記載も示唆もなく,そもそも,テレホンカードないしテレホンカードシステムについては何らの記載もない。そうすると,たとえ,本件出願1に係る優先権主張日当時,テレホンカードシステム自体が周知であり,あるいは普及していたとしても,テレホンカードの技術を背景として,あるいはそれと対比して,本件出願当初明細書に記載された発明を理解すべきものであると考える理由はなく,そうであれば,控訴人の主張するように,クレジット額が記憶される場所を,電話システム内の「特別交換局」とし,クレジットの確認及びクレジットの残額に応じて相手先と接続したり遮断したりする制御を,特別交換局にさせるようにしたことが,同発明の本質であり,クレジット額の「支払」と「記憶」の時間的前後関係は,発明の本質に何ら関係しないことが,本件出願当初明細書の記載から直ちに読み取れるものということはできない。
すなわち,明細書又は図面の記載から見て,ある事項が自明であるというためには,ある周知技術を前提とすれば,当業者が,明細書又は図面の記載から,当該事項を容易に理解認識できるというだけでなく,たとえ周知技術であろうと,明細書又は図面の記載を,当該技術と結び付けて理解しようとするための契機(示唆)が必要であると解すべきである。しかるところ,テレホンカードシステムは,電話利用のために,磁気カード読み取り機能を有する専用の公衆電話機しか使用できないシステムであるから,「前払い電話通話のためいずれの電話機でも使用できるようにした方法が提供される」(本件出願当初明細書24頁8~9行)という効果を奏する本件出願当初明細書記載の発明とテレホンカードシステムとの間には本質的な相違があるというべきであり,たとえ,両者とも前払い方式の課金システムを伴うものであっても,そのことのみによって,かかる示唆があるということはできない。』
そうすると,本件出願当初明細書に,テレホンカードないしテレホンカードシステムについて何らの記載もない以上,テレホンカードの技術を背景として,あるいはそれと対比して,本件出願当初明細書記載の発明を理解する契機はないといわざるを得ない。
を得ない。

次の二つも同趣旨。

事件番号 平成17(行ケ)10832
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

『すなわち,明細書又は図面の記載から見て,ある事項が自明であるというためには,ある周知技術を前提とすれば,当業者が,明細書又は図面の記載から,当該事項を容易に理解認識できるというだけでなく,たとえ周知技術であろうと,明細書又は図面の記載を,当該技術と結び付けて理解しようとするための契機(示唆)が必要であると解すべきである。しかるところ,テレホンカードシステムは,電話利用のために,磁気カード読み取り機能を有する専用の公衆電話機しか使用できないシステムであるから,「どのような電話機でも使用できる」原出願に係る発明との間には本質的な相違があるというべきであり,たとえ,前払い方式の課金システムを伴うものであっても,そのことのみによって,かかる示唆があるということはできない。そうすると,原出願の当初明細書に,テレホンカードないしテレホンカードシステムについて何らの記載もない以上,テレホンカードの技術を背景として,あるいはそれと対比して,原出願に係る発明を理解する契機はないといわざるを得ない。』

事件番号 平成17(行ケ)10831
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年12月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

記載されているものから自明な構成とは

2006-03-26 22:04:12 | 要旨変更・新規事項の追加
◆H15. 7. 1 東京高裁 平成14(行ケ)3 特許権 行政訴訟事件
特許法53条1項

(注目点)
 願書に最初に添付した明細書又は図面から自明である事項とは

(判示)
 原告は,本件補正書において補正した事項は,当初明細書の請求項1,2中の「等」及び「など」の語によって,すべて記載されていると解すべきである,と主張する。

 しかしながら,補正が認められるか否かの判断において問題とされる「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」とは,願書に最初に添付した明細書又は図面に現実に記載されているか,記載されていなくとも,現実に記載されているものから自明であるかいずれかの事項に限られるというべきである。

 そして,そこで現実に記載されたものから自明な事項であるというためには,現実には記載がなくとも,現実に記載されたものに接した当業者であれば,だれもが,その事項がそこに記載されているのと同然であると理解するような事項であるといえなければならず,その事項について説明を受ければ簡単に分かる,という程度のものでは,自明ということはできないというべきである。

明細書に下位概念が記載されたときの上位概念のクレーム(新規事項の追加)

2006-02-28 20:38:19 | 要旨変更・新規事項の追加
事件番号 平成17(行ケ)10367
裁判年月日 平成18年02月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

◆H18. 2.27 知財高裁 平成17(行ケ)10367 特許権 行政訴訟事件
条文:平成15年法第47号による改正前の特許法120条の4第
3項が準用する特許法126条2項(訂正)


【概要】
 原告は,特許明細書の「タイミングベルト」のみが示されているときに、特許請求の範囲においてこれを「ベルト」として記載することができるかどうかが争われた事例。
 特許査定時の明細書には、「タイミングベルト」がベルト一般であること意味することを示唆する記載や、「タイミングベルト」との記載がベルトの例示にすぎないことを示す記載は存在しないことから、本件訂正は特許明細書に開示されていない新規事項を含むものとなった。
 
【争点1】
 特許明細書のタイミングベルトは、本件発明の最良の形態として記載されているにすぎないものであるか、
 そして、最良の形態として明細書に下位概念のものが記載されているとすれば、その明細書にはその下位概念を包含する上位概念の発明が全く開示されていないことにはならないから、新規事項の追加にならないか、
 
【争点2】
 射出装置の技術分野において可動プレートを進退させるための駆動装置の動力伝達装置として、タイミングベルト以外のものが使用できないとの技術常識は存在せず、当業者であれば、本件発明が動力伝達装置の構成としてベルトを備えた構成の射出装置であると認識し得るから、新規事項の追加にならないか、

 
【判示1】
 特許明細書の他の記載又は図面を参照しても、駆動プーリーと従動プーリーとの間に張設されるのがタイミングベルトの上位概念としてのベルトであることを示す記載や、タイミングベルトがベルトの最良の形態又は一例にすぎないことを示す記載は存在しない。
 したがって,本件発明に係る特許明細書において、駆動装置の動力伝達装置として開示されているのはタイミングベルトであると認められ、本件訂正は特許明細書に開示されていない新規の事項を含むものである。


【判示2】
 「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」かどうかは、明細書又は図面の記載に基づいて定められるべきであり、仮に可動プレートを進退させるための駆動装置の動力伝達装置としてタイミングベルト以外のベルトが使用可能であるとしても、その事実をもって本件発明に係る特許明細書に動力伝達装置としてベルトが開示されていると認められるものではない。

 
【結論】
 本件発明に係る特許明細書においてタイミングベルトの上位概念であるベルトが開示されているということはできない。

(感想)
 裁判所の判断は、このような判断で統一されているようだ。
  

検討済みが立証も、記載はなし

2006-02-26 16:51:37 | 要旨変更・新規事項の追加
◆H14.12.12 東京高裁 平成13(行ケ)294 特許権 行政訴訟事件

(特定事例での説明のみで、問題の一般化した不等式も記載無し)
『当初発明では,この不等式を導き出すに当たり,「現像ローラーのシャフトの最大撓みW1」を,材料を特定しない一般式を基に検討するのではなく,ステンレス鋼の縦弾性係数を用いて算出しており,ステンレス鋼以外の材料については,W1を算出し,「W1<2×W2」が成立するかどうかについての検討をしていないことは,前記のとおりである。したがって,ステンレス鋼以外のシャフト材の縦弾性係数を用いた式で,シャフトの半径rがどのような不等式で表される値になるのかは記載されていないのである。』

(検討はされていたと立証しても、記載されていない事実は変わらない。)
『現像装置に使用される通常のシャフト材一般について,補正後の不等式により,適切なシャフトの半径rが算出しうることが実際に検証されていたとしても(付言するに,そうであると認めるに足りる証拠はない。),その事実は,現に補正後の不等式が記載されていないという事実を,解消し得るものではない。』

(当初明細書の記載に基づき,補正後の不等式が自明ということはできない。)
『当初明細書の記載から,シャフト材をステンレス鋼からそれ以外の一般に用いられる材料に変更した場合に,シャフトの半径rを規定する不等式において,当初の不等式において前提となっているステンレス鋼の縦弾性係数の数値を,ステンレス鋼以外の具体的な材料の縦弾性係数の数値あるいは一般的にEsと変更して変形しただけで,現像ローラーと潜像担持体の良好な圧接状態を保つことができる条件を示すことが,本件出願当時当業者にとって自明であった,ということはできない。すなわち,当初明細書の記載に基づき,補正後の不等式が自明ということはできない。』

(感想)
 当初明細書から自明であるかどうかを、挙証責任を原告(出願人)に負わせて検討している。検討していることが立証されても、記載されて(いるに等しく)なければならないとするのは、通説どおりで、そして、それは、もっとも合理的であると思う。