知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

先願明細書に記載されているに等しい事項

2013-08-25 21:31:32 | 特許法29条の2
事件番号  平成25(行ケ)10022
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日 平成25年08月09日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 設樂隆一、裁判官 西理香,神谷厚毅
特許法29条の2

(4) 一応の相違点に関する判断について
ア 前記(2)に認定した先願発明の内容及び先願発明における求職クライアント信用評価情報の内容に照らすと,先願発明においても,求職クライアント信用評価情報記憶部には記憶容量の限りがあること,及び,古い求職クライアント信用評価情報は現実性を失い価値が無くなるため常にデータを新鮮にする必要があることが認められる。そうすると,先願発明においてこれらに対処することは,先願明細書に明示されていなくても当然に行われるものであるといえ,先願発明に本件周知技術を付加し,あらかじめ設定された蓄積期間が経過した古い求職クライアント信用評価情報を削除し,常にデータを新鮮なものとする構成とすることは,先願明細書に記載されているに等しい事項といえる。

イ そして,本願発明と上記ア認定の先願発明に本件周知技術を付加した構成とを対比すると,
・・・

ウ 以上によれば,本願発明と先願発明との一応の相違点に係る構成は,先願発明に上記周知技術を単に付加した程度のものであり,かつ,新たな作用効果を奏するものでもない。したがって,本願発明と先願発明とは実質的に同一であるとした審決の判断の結論に誤りがあるとはいえない。
・・・

オ 原告らは,先願発明に何ら記載も示唆もない本件周知技術を先願発明に足し合わせることによって,本願発明と同一であるという帰結を導くことは特許法29条の2に該当するかどうかを判断する際には許されない旨主張する。
しかし,前記(4)アに認定したところによれば,原告らの上記主張を採用することはできない

先願発明が本件特許の特許請求の範囲に含まれる実施例と同じものである場合

2012-11-24 22:15:27 | 特許法29条の2
事件番号 平成24(行ケ)10051
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年11月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 芝田俊文、裁判官 西理香,知野明
特許法29条の2

イ 原告は,審決は,本件特許発明1の実施例1,2と先願当初明細書の実施例1とが同じものであると認定しているが,仮に,実施例どおしが同じであるとしても,それをもって本件特許発明1が先願発明と同一の発明であると結論付けることはできないと主張する。

 しかし,先願発明が本件特許の特許請求の範囲に含まれる実施例と同じものであれば,先願発明が本件特許の特許請求の範囲に含まれることは当然であり,この場合,本件特許発明1は先願発明と同一の発明であるということができる。

文言解釈では一致する請求項の用語を、発明の詳細な説明の記載を参酌して解釈し相違するとした事例

2012-03-10 10:50:58 | 特許法29条の2
事件番号 平成23(行ケ)10241
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1) 審決は,本願補正発明における「電力需給線路」に,先願発明の「送配電線網」は含まれるものと認定し,本願補正発明と先願発明に相違点は認められず,本願補正発明は特許法29条の2の規定により特許を受けることができないと判断して,本件補正を却下した。しかし,以下のとおり,審決の認定,判断は誤りである。
 ・・・
 本願補正発明における「電力需給線路」は,・・・,請求項1の記載のみでは,その技術的意義が明確ではないから,発明の詳細な説明の記載を参酌することとする。
 補正明細書の記載によれば,「従来の電力系統」とは,図8が示すような,大規模発電所を頂点とし需要家を裾野とする「放射状系統」を基本とする広域かつ大規模な単一システムをいうこと,従来の電力系統では,・・・損失が多く,また,従来の電力系統との連係を前提とした系統連系型分散発電システムは,・・・大規模発電所を構築しにくいとの課題があり,これを解決するため,本願補正発明は,従来の電力系統に拠らない電力システムの提供を目的としていること(・・・),本願補正発明は,自立し,疎結合した各電力需給家が,少なくとも各1つの発電機器,蓄電機器及び電力消費機器と,電力需給制御機器とを備え,それぞれの電力需給制御機器において電力需給線路により相互接続されてなる電力システムであること,・・・が認められる。
 以上によれば,特許請求の範囲の請求項1記載の「電力需給線路」は,従来の電力系統に拠らない電力システムを構成し,各「電力需給家」が備える「電力需給制御機器」を接続するものであり,各「電力需給家」において,電力の不足,余剰が生じた場合には,「電力需給制御機器」がこれを判断して電力を「受け取り」又は「渡し」,電流・電圧等の整合を行うが,「電力需給線路」を介して電力の移動が行われるものであることが認められる。
 すなわち,本願補正発明における「電力需給線路」は,「従来の電力系統に拠らない」【0006】ことを目的とするものであって,図8(従来の電力系統)が示すような,大規模発電所を頂点とし需要家を裾野とする「放射状系統」を基本とする広域かつ大規模な単一システムを前提とする電力設備は含まず,各「電力需給家」が備える「電力需給制御機器」を接続するものであるから,「電力需給線路」は,「従来の電力系統」とは異なるとともに,電圧等の整合を行うための構成を含んでいないと解するのが相当である。
 そうすると,本願補正発明における,電力需給家の複数が夫々の電力需給制御機器を相互接続するための「電力需給線路」は,「従来の電力系統」(図8が示すような,大規模発電所を頂点とし需要家を裾野とする「放射状系統」を基本とする広域かつ大規模な単一システムを前提とする電力設備)を排除しているものと解すべきである。
 ・・・
 以上によれば,本願補正発明の「電力需給線路」は,従来の電力系統でないとともに「電力需給制御装置」とも区別されているのであって,電圧等の整合を行うための構成を含んでいないのに対して,先願発明における「送配電線網」は,従来の電力系統として変電所等の電圧等の整合を行うための構成を示すにとどまり,これを超える構成を示すものではないから,両者が相当するということはできない

自明の課題と顕著な効果の不存在から設計事項を認定した事例

2012-02-05 20:36:16 | 特許法29条の2
事件番号 平成23(行ケ)10109
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年01月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 そうすると,先願発明においては,本願発明における「巻上機」の重量がどの程度であるのかが具体的に示されていないものの,乙3(乙4)や乙5と同じエレベータの技術分野に属するものであるから,前記の一般的な技術的課題は,自明の課題として内在しており,かかる一般的な技術的課題に基づいて,定格荷重との関係において駆動モータを軽量化するという課題が存在するものと認められる。

 ここで,本願発明における「巻上機は,その重量は最高でもエレベータの定格荷重の重量の1/5である」ことの技術的意義について検討するに,本願明細書(甲4~6,9,12)に,本願発明において,「巻上機は,その重量は最高でもエレベータの定格荷重の重量の1/5である」とする構成を採用することによる格別顕著な作用について根拠となる記載は見当たらず,むしろ,その構成に関する記載としては,「巻上機及び支持装置の重量」は「定格荷重」のそれぞれ約1/5,約1/6,約1/8,約1/10あるいは,「巻上機の重量」は「定格荷重」のそれぞれ約1/7,約1/10というような適宜の重量をとり得ることが示されており,また,「巻上機の重量」が「定格荷重」の1/5であることは直接示されておらず,また,それが1/5を超えることにより作用効果に顕著な差異が生じることも示されていない

 そうすると,本願発明における「巻上機は,その重量は最高でもエレベータの定格荷重の重量の1/5である」とする構成は,その重量が低ければ低いほど好ましいという意味でしかなく,また,当該重量が1/5を超えてはならないというものでもないとみるのが自然であり,そこに格別技術的意義は見出せない
 そして,前記のとおり,先願発明においても,一般的な技術的課題に基づいて,定格荷重との関係において駆動モータを軽量化するという課題が存在するものと認められるのであるから,本願発明のように格別技術的意義の存在しない「巻上機の重量」を「定格荷重」の最高でも1/5とすることを選択することは,単なる設計上の事項でしかないというべきである。

構成の意義を明細書の記載から認定して引用発明と対比した事例

2011-03-07 22:01:19 | 特許法29条の2
事件番号 平成22(行ケ)10299
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1) 本件明細書の記載
本件明細書(甲19)には,「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」との構成に関して,以下の記載がある。
 ・・・
 このように,本件発明1の上記実施例は,「給水管配設空間部」を「カバー部材」により覆うことにより,全体として平面的に形成され,見栄えが非常に良くなるとの効果を生じるとするものである。すなわち,「カバー部材」を用いずに「給水管配設空間部」のような空隙を生じさせた場合には,全体として平面的に形成されず,見栄えが悪くなると解される。
以上のとおり,「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」ことの意義は,全体として平面的に形成され,見栄えが非常に良くなることを意味しているものといえる。本件明細書には,同記載部分を除いて,「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」ことの意義に関する記載はない。
 ・・・
3 相違点1の実質的同一性に係る判断
 上記によれば,本件発明1における植栽マットを「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」との構成の技術的意味は,給水管配設用空間部22を形成し得るような「空隙」が生じないというものであって,植栽設備が全体として平面的に形成され,その見栄えが非常に良くなるとするものである。
他方,甲2-1発明の緑化構造も,雑然としたイメージを排除して花壇のような美しい景観を造り出すように載置するものであって,本件発明1の植栽設備と同様の美観上の効果を有するものであることに照らせば,甲2-1発明の緑化構造は,本件発明1の「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」との構成を備えるものであるといえる
 そうすると,相違点1(「空隙を生じることなく複数敷き詰め(る)」との限定の有無)は実質的な相違点に当たらず,本件発明 1 と,甲2-1 発明とは同一の発明であり,特許法29条の2の規定に違反して特許されたものとして本件発明1及び2の特許がいずれも無効である旨判断した第2次審決には誤りがないということができる。

原審

「公知技術」を安易に参酌した先願明細書等の記載の補充

2009-11-15 22:00:33 | 特許法29条の2
事件番号 平成20(行ケ)10483
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年11月11日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

 ・・・
(4) 他方で,「先願発明」の化合物については,先願明細書等の【化5】,【化16】で示された一般式に,抽象的には包含されるとしても,先願明細書等において,その構造につき具体的に記載されてはいない
 そして,上記【化5】【化16】に関しては,複数の化合物の組み合わせを表現したものにすぎず,ある化合物が明細書等において開示されているというためには,たとえ表の中であっても,具体的な構造(「先願発明」の化合物に関しては,メチル基を置換基として有する具体的構造)が特定して開示される必要があるというべきである。

 なお,被告は,「同族列に所属する一連の化合物は,化学的性質が極めてよく似ていて,すべての化合物に共通の官能基に基づく同一の反応を示すから,化合物No.II-10 と『先願発明』の化合物も実質的に同視できる」旨主張するとともに,特許公報(乙4,5)の記載により,上記主張を補強している。

 しかし,前記1(3) ウのとおり,化学大辞典(乙3)において,同族列として脂肪族飽和炭化水素のメタン,エタンや,芳香族炭化水素のベンゼン,トルエン,飽和脂肪酸のギ酸,酢酸などを例示しているが,これらの分子量の小さな化合物相互の関係と,本件での化合物No.II-10 と「先願発明」化合物のような分子量の大きな化合物相互の関係について,同一に扱ってよいかは不明というべきである。
 また,前記1(3) エ,オからすれば,乙4,5で開示された,それぞれ同族列の関係にある各化合物の化学的性質(有機EL素子としての性質を含む。)が類似していることが認められるが,これが直ちに,化合物No.II-10 と「先願発明」化合物の関係にも適用できるか明らかではない上,特許法29条2項の進歩性を判断する場合であれば格別,同法29条の2第1項により先願発明との同一性を判断するに当たっては,化合物双方が同族列の関係にあることをもって,一方の化合物の記載により他方の化合物が「記載されているに等しい」と解するのは相当ではない(前述のとおり,一般に化学物質発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり,試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識するところであるからである。)。

 このほか,被告は,「正孔注入輸送を司る本質的部位が分子中のN-フェニル基であること」は技術常識であって,同事実と先願明細書等の記載からすれば,「フェニル基を導入してビフェニル基にすることでπ共役系が広がり,キャリア移動に有利になり,正孔注入輸送能にも非常に優れる」旨主張している。
 確かに,前記1(3) ア,イのとおり,「正孔注入輸送を司る本質的部位が分子中のN-フェニル基である」旨の被告の主張に整合する文献(乙1,2)が存在するほか,先願明細書等には「分子中にN-フェニル基等の正孔注入輸送単位を多く含み,R 1 ~R4にフェニル基を導入してビフェニル基にすることでπ共役系が広がり,キャリア移動に有利になり,正孔注入輸送能にも非常に優れる」旨の記載がある(【0058】)。

 しかし,前述のとおり,特許法29条の2第1項による先願発明との同一性の判断は,同法29条2項の進歩性の判断とは異なるから,上記のような「公知技術」を安易に参酌して先願明細書等の記載を補充するのは相当ではなく,メチル基の有無を捨象して化合物No.II-10 と「先願発明」化合物を同視し,「先願発明」化合物が先願明細書等に実質的に記載されていたとみることは相当ではない

特許法29条の2への抗弁と特許法36条6項1号

2008-11-09 11:26:48 | 特許法29条の2
事件番号 平成20(行ケ)10126
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(3) なお,被告は,原告が先願明細書には*A*の実施例がないから先願明細書にはこれが記載されているとすることはできないと主張することは,原告自ら,本願補正発明が「発明の詳細な説明」に記載されたものでなく,特許法36条6項1号に違反しているということを認めることになる,と主張するが,特許法29条の2の適用に当たって先願明細書にどのような発明が記載されているかの認定と本願が特許法36条6項1号に適合するかどうかの判断は異なるものであって,先願明細書に*A*が記載されていないことから直ちに本願が特許法36条6項1号に適合しないものとなるということはない
(ブログ編者注:*A*には、電気化学的活物質の組成式が入る。)

先願とその優先権基礎出願との記載事項の違いの評価事例

2008-01-06 10:27:15 | 特許法29条の2
事件番号 平成18(行ケ)10449
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年12月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

『3 審決の理由等
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,
① 本願発明は,出願1及び出願2との関係において,適法な優先権主張の出願とはいずれも認められないから,国内優先の利益を享受できず,現実の出願日である平成7年11月29日が基準日となる。
特願平8-530899号(国際公開第97/11920号,優先権主張日:平成7年9月28日,甲6。以下,「先願」という。)は,適法な優先権主張の出願であるから,先願の出願日は,優先権主張の基礎となる出願(特願平7-276760号,出願日:平成7年9月28日,甲7。以下,「優先権基礎出願」という。)の出願日である平成7年9月28日となる。
本願発明と,優先権基礎出願の願書に最初に添付した明細書に記載された発明とを対比すると,両者の発明は実質同一であるから,特許法29条の2の規定により特許を受けることができない
というものである。
そして,原告は,本件訴訟において,審決の上記判断中,①は争わず,②及び③を争っている。』

『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(先願の優先権主張を適法とした誤り)について
当裁判所は,先願発明は,優先権基礎出願明細書に記載されているということができないから,本願との関係で,先願発明を特許法29条の2所定の発明として同条の規定を適用することはできないと判断する。
 その理由は,以下のとおりである。
 ・・・
(2) 検討
 優先権基礎出願先願について,各特許請求の範囲(請求項1)の記載を対比すると,
CaO含有量については,前者が「0~10.0%」であるのに対し,後者が「0~8.0%」であり,
SrO含有量については,前者が「0~10.0%」であるのに対し,後者が「0.1~10.0%」であり,
いずれも,先願における含有量は,優先権基礎出願における含有量の範囲に含まれる

 このうち,SrO含有量については,優先権基礎出願明細書に「好ましくは0.1~10.0%である」との記載があることに照らすならば, 「0.1~10.0%」の含有量については,優先権基礎出願明細書に開示されているとみることができる。

しかし,CaO含有量については,優先権基礎出願明細書には ,「10.0%より多いと,ガラスの耐バッファードフッ酸性が著しく悪化するため好ましくない」と記載され,同記載部分によれば,優先権基礎出願明細書においては,「10.0%」なる数値に上限としての技術的意義を有するものとして開示されているといえるが,「0~8.0%」の範囲の数値については,何ら技術的な意味を示唆する記載はない
そして,優先権基礎出願明細書の実施例及び比較例によればCaOの含有量は,2.1~7.5%の範囲にあることが示されており,CaOを「8.0%」含有させたガラス組成物についての開示はない
 そうすると,優先権基礎出願明細書には「8%」を上限とする「0~8%」のCaO含有量範囲について,何らかの技術的意義を示した記述はないと理解するのが自然である。
 以上によれば,先願発明は,優先権基礎出願明細書に記載されているということはできない。』

『(3) 被告の主張について
ア 被告は,ガラス組成物は,誤差が生ずることは避けられず,特定の数値で規定することが難しく,ある程度の幅を持った概数値で論じられざるを得ない分野であること(乙2,乙3)に鑑みれば,先願明細書に記載されたCaO含有量「0~8.0%」は,優先権基礎出願明細書に実施例に最大値「7.5%」の記載があることに照らすと,同数値は,概数として「8.0%」の値を示したものと理解できるから,優先権基礎出願明細書の記載から自明な事項であると主張する。
 しかし,被告の上記主張は,以下のとおり失当である。

 すなわち,乙2には,「成分の安定性:大量生産のガラスでは製品の物理的・化学的性質の安定や機械成形の安定性が望まれるため,製品のガラス組成において各成分は一般に0.05%以内の範囲で一定でなければならない」(282頁7~9行)と記載され,乙3には,第4・3表(31頁)に,ガラス原料を配合した場合の誤差として,CaO成分については「0.008%」という小さい数値が例示されている。

 そうすると,ガラス技術分野において,ガラス組成物の含有量が「ある程度の幅を持った概数の値」で示さざるを得ないとしても,その幅は,せいぜい「0.05%」のような小さな程度をいうのであって,「7.5%」の概数として「8.0%」まで包含するような大きさであるとは,到底認められない

イ また,被告は,先願明細書の記載は,優先権基礎出願明細書における実施例の「7.5%」を考慮し「0~10.0%」を「0~8.0%」まで単に減縮したものであるとも主張する。
 しかし,被告の上記主張も失当である。

 すなわち,優先権基礎出願明細書には,ガラス組成物の組成範囲が記載されているだけであって,組成範囲の誤差に関する記載はなく,また,CaO含有量が「7.5%」を超える具体例も記載されていない
そして,ガラス分野における「7.5%」の含有量が「8.0%」まで包含するものでないことは上記アで説示したとおりである。

 そうすると,数値的には,「0~10.0%」を減縮すれば,「0~8.0%」になり得るとしても,優先権基礎出願明細書において上限値の「10.0%」を「8.0%」という特定の数値に変更する理由が見当たらないから「0~8.0%」は, 「0~10.0%」を単に減縮したものであるとは認められない。』

技術常識を参酌した請求項及び引用例の認定をした事例

2007-12-07 06:54:26 | 特許法29条の2
事件番号 平成19(行ケ)10022
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『第3 当事者の主張
・・・
(2) 発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1ないし11から成るが,そのうち請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりである。
「【請求項1】pH感応性分散剤を配合し,顔料が分散されている第1のインクでプリント媒体上にプリントし,
次に,前記第1のインクの分散された顔料を前記プリント媒体上で析出させるのに適切なpHの第2のインクでプリントし,第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすることで,
第1及び第2のインクの境界において1つの色が他の色へ侵入する二色間におけるにじみを減少させることを特徴とするインクジェット・プリント方法。」』

『第4 当裁判所の判断
・・・
(3) そこで検討するに,本願発明と先願発明が前記第3の1(3)イの〈一致点〉及び〈一応の相違点〉のとおり一致ないし一応相違することは当事者間に争いがなく,これによれば,先願発明におけるpH値を異にする組成からなる顔料系及び染料系インクの使用という課題解決手段の点及び被記録材上で両インクが交わることによって顔料系インクが凝集し,被記録材表面に固着するという作用効果の点については,実質的にみて本願発明と差異がないと理解できるものの,両インクを同一地点に着弾させるという先願発明の課題解決手段は,本願発明における両インクを隣接させる方法と同一であるとはいえない

 しかし,先願発明におけるカラー画像(上記(2)ア(キ))の記録を実施した場合,通常,当該カラー画像は黒色領域とカラー領域との混交により形成されるものであるから,その形成過程において,顔料系ブラックインクと染料系カラーインクとを同一地点に着弾させる場合だけでなく,顔料系ブラックインクの着弾地点と異なる地点に染料系カラーインクを着弾させる場合があり,そのカラー画像の内容によっては,両インクが隣接して着弾され,その結果両インクの接触に至ることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識に照らして自明の事項である。そして,顔料系ブラックインクと染料系カラーインクの両インクが上記のように接触した場合,必然的に顔料系インクが凝集し,被記録材表面に固着するという作用効果が得られることは,上記の先願発明の作用効果に照らして明らかである。

 以上のとおり,当業者の技術常識を参酌すれば,「第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすること」は先願明細書に記載されているに等しい事項であると認められ,このことに,先願発明に関する上記課題,課題解決手段,作用効果を併せ考慮すれば,「第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすることで,第1及び第2のインクの境界において1つの色が他の色へ侵入する二色間におけるにじみを減少させる」という発明を把握することができる
 そうすると,このような発明と本願発明は実質的に同一であるということができるから,本願発明は特許法29条の2の規定により,特許を受けることができないというべきである。』

『イ 次に原告は,本願発明は第1のインクと第2のインクとの間に境界が生ずるように第1及び第2のインク領域をプリントすることを前提とするものであり,第1のインクと第2のインクが重複することは予定されていないから,本願発明が第2のインクを第1のインクの一部と同一地点に着弾させる発明を含んでいるとの審決の認定は誤りである旨,また,仮に,本願発明において,インクが重複する態様は排除されていないと解したとしても,その重なり合いはごく一部にすぎないのに対し,先願発明は顔料系ブラックインク(第1のインク)のプリント領域全面について重なり合いを有する点で,両者の態様は全く異なる旨主張する

しかし,前記(3)に述べたところから明らかなとおり,先願明細書の記載に加えて当業者の技術常識を参酌することにより把握される発明と本願発明とが実質同一であることは,第1のインクと第2のインクが隣接し,かつ,これらが接触することで第1のインクが凝集するという本願発明の技術的特徴を前者が有していることから認められるのであって,このことは,両インクを同一地点に着弾させる(両インクが重複する)という先願発明の課題解決手段を本願発明が備えているか否かにより左右されるものではない。したがって,その余を検討するまでもなく,原告の上記主張は理由がない。』

『ウ さらに原告は,本願発明における「色と色の境目」とは,「第1のインクの色」と「第2のインクの色」の境目を意図しているものと考えるべきであって,「第1のインクの色と第2のインクの色の混色」と「第2のインクの色」との境目も包含されるとの被告の解釈は誤りである旨主張する

 しかし,前記(1)イに述べたとおり,本願発明は,異なる色領域が隣接する場合,これらの色領域を生成するインク同士が接触するとにじみが発生することから,これを抑制するため,異なる色領域を生成する各インクの組成につき,一方をpH感応性着色剤を含むもの,他方を適切なpHの他のインクとし,これらが異なる色領域の境界において接触することで,一方のインクが凝集,固着するという技術的特徴を有するものであるから,
 このような本願発明の技術的特徴を踏まえれば,「第1及び第2のインクの境界」とは,接触により着色剤が不溶化(着色剤が溶液から析出)するという特定の組成を有するインク同士の境界を指すものと解すべきであるし, 「色と色の境目」とは,接触により着色剤が不溶化(着色剤の溶液からの析出)するという特定の組成を含有するインクにより生成される色領域が隣接する場合の境目を指すものと解すべきである。』


特許請求の範囲の記載の同一性の判断事例

2007-12-01 12:18:45 | 特許法29条の2
事件番号 平成19(行ケ)10057
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『(4) 審決の取消事由
・・・
ほとんどの技術的評価がそうであるように,ある効果が生じるか生じないかを論じる場合は,その効果が享受できる(利用できる)程度に大きいか否かで判断すべきであって,もし生じてもそれが無視できる程度に小さい場合は,それは生じたといわないのが通常である(もっとも,その関心の程度に応じて,微量でも認識すべき場合のあることは,もちろんである。)。
この点,本願発明は,積極的に,「免疫応答を起こさせるタンパク質またはペプチド」として,積極的に利用できる程度の免疫応答を起こさせることを意味しているものである。』

『第4 当裁判所の判断
・・・
先願明細書に記載された発明は,本願発明の構成をすべて備えていると認められるから,本願発明は,先願明細書に記載された発明と同一である。
・・・
ウ 以上の記載のうち,本願発明である請求項1の記載(上記イ(ア))によれば,本願発明においては,トランスフォーメーションするための仲介物に付着させるべきポリ核酸配列が含んでいる遺伝子は,それが脊椎動物組織細胞中で発現した場合に,当該脊椎動物に免疫応答を起こさせるタンパク質又はペプチドである免疫源をコードするものであること,すなわち,当該遺伝子の特性として,免疫応答を起こす能力があることを必要としつつ,かつ,それで足りるものとされているのであるから,当該遺伝子について,免疫応答の程度は問題とならないものといわざるを得ない
・・・
実施例の記載その他において,免疫応答の程度に関する実証的なデータが見当たらないことからすれば,本願発明の構成上,遺伝子に免疫応答の能力ばかりでなく,それが一定程度のものであることが必須の構成であるとまでは解することができない。

 なお,上記イ(ア)のとおり,請求項1には「免疫応答」のほかに「免疫源」との語も使用されているが,本願明細書の発明の詳細な説明には,「免疫源」の用語は記載がないから,本願発明における「免疫源」は,特別な意味はなく,請求の範囲の直前の「脊椎動物に免疫応答を起こさせる」を言い換えただけのものと認められ,これが免疫応答の程度を殊更に限定するものでないことは明らかである。』

「先願」(29条の2)が公開後に取り下げられた場合の「先願」の優先権の効果

2007-08-04 12:43:14 | 特許法29条の2
事件番号 平成1(行ケ)123
裁判年月日 平成2年07月19日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
(裁判官 竹田稔 春日民雄 岩田嘉彦)

『先願は、昭和五二年(一九七七年)二月一六日、一九七六年二月一七日イタリー国においてなされた特許出願に基づくパリ条約による優先権を主張してわが国に特許出願されたものであって、特許出願の日から七年以内に出願審査の請求がなかったので、昭和五九年二月一六日の経過によってその特許出願は取り下げたものとみなされたものであること、審決は、本願発明は、その出願日前の特許出願であって、その出願後に公開された先願明細書に記載された発明(先願発明)と同一であるから特許法第二九条の二第一項の規定により特許を受けることができないとしたものであること、は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証によれば、先願は昭和五二年九月二八日に出願公開されたことが認められる
 原告は、審決は、特許法の適用を誤った結果、同法第二九条の二第一項の規定により本願発明と審決にいう先願発明が同一であると誤って判断したものである旨主張し、その理由として、
「①元来取下げとは、何らかの法律行為がなされた後に、それがなされなかった当初の法律状態に復する行為をいうのであるから、少なくとも法律上は、その始めにさかのぼってその効果を生じるのが本来の性質である。また、特許法第二九条の二第一項の規定も「当該特許出願の日前の他の特許出願」の明細書の記載をもって当該出願の拒絶理由とする点において、同様にいわゆる先願を拒絶理由とする同法第三九条の規定に比較して、実質的にはその拡大であるから、たとえ同条第五項のような規定がなくても、同様の法理の適用あるいは類推適用があると解すべきである。
 ②仮に、先願について特許法第二九条の二第一項の規定を適用することが容認され、それが優先権主張を伴う出願であるため第一国出願の日を援用することができるとしても、右援用が許される根拠は、優先権を定めたパリ条約第四条の要請によるものであるところ、優先権享受の本体である出願が撤回され、これにより何らの権利も利益も生じる見込みが皆無となったにかかわらず他人の権利、権能の障害事由としてのみ残存することを容認するがごときことは、およそ優先権制度の目的を逸脱し、法の理念に反することは明らかである。
 ③優先権主張の実体上及び手続上の要件の審査権限は、専ら審査官、審判官にあると解すべきところ、先願についての出願関係書類は廃棄され、先願について優先権主張が特許法第四三条所定の手続を履践しており、その内容がわが国の願書に最初に添付された明細書及び図面の記載(すなわち公開公報により一般に公開された内容)と一致していることを確認できない
。」等を挙げている。』

『 そこで、まず特許出願の取下げについて検討すると、特許出願は、特許権の付与(特許査定)を求めて特許庁長官に対し願書を提出する行為であり、特許出願の取下げは、その要求を撤回する行為である。そして、法律行為その他法律要件の効力は、それがなされたときから以前にさかのぼらないのが原則であり、遡及効が認められるのは、特に法律に規定のある場合に限られるから、特許出願の取下げについても、その効力は法律に特別の規定のない限り、取下げがなされたときから将来に向かって生じるというべきであって、このことは出願人が自らの積極的意思により出願を取り下げるか、法律の擬制によって取り下げとみなされるかによって差異はない。
 この点について特許法の規定を見ると、同法第三九条第五項には、「特許出願又は実用新案登録出願が取下げられ、又は無効にされたときは、その特許出願又は実用新案登録出願は、前四項の規定の適用については、初めからなかったものとみなす。」旨規定されており、出願公告の効力に関する同法第五二条第三項にも、出願公告後に特許出願が取り下げられた場合につき同条第一項の権利は初めから生じなかったものとみなす旨の規定が設けられているが、同法第二九条の二第一項の規定の適用については、「当該特許出願の日前の他の特許出願」が取り下げられた場合につき、右取下げの遡及効を認める規定は設けられていない
 したがって、特許法第二九条の二第一項に規定する「当該特許出願の日前の他の特許出願」が当該特許出願後に出願公開されたときは、その後に右出願公開された出願が取り下げられたとしても、その取下げの効力が出願公開前にさかのぼり同項の適用が排除されることにはならないというべきである
 特許法第三九条は、一発明一特許の原則から、二重特許の成立を排除する趣旨のもとに規定されたものであり、同条第五項は、いわゆる先願が取り下げられた以上、二重特許の成立する可能性が消滅しているから、その取下げの遡及効を認めたものであって、同法第二九条の二とはその規定の趣旨を異にする。なるほど、同法第二九条の二の規定は、いわゆる先願の範囲の拡大ともいわれ、当該特許出願に先行する特許出願の存在を理由として後願が拒絶される点ではその趣旨を含んでいることは否定し難いが、同時に右先行出願が出願公告又は出願公開されることを要件とし、その公開内容によって後願を排除する点において、同法第二九条の規定する公知文献の拡大ともいうべきものを含んでいるから、公開時にその特許出願が正当な手続により係属している限り、爾後の手続により何らの影響も受けないとするのが制度の本来の趣旨に合致する
しかも、同法第二九条の二の規定が設けられたのは、出願審査制度の導入と同時であり、いわゆる先願について出願審査請求がなされるか否か等により後願の処理が影響され、後願の妥当かつ迅速な処理が不可能となることがないようにすることをも配慮して立法されたものと理解できることと合わせ考察すれば、同法第三九条第五項に取下げの遡及効を認めた規定が設けられているからといって、同法第二九条の二第一項の適用について、右規定を類推適用する余地はない、というべきである
 そして、優先権主張を伴う特許出願については、これを後願との関係で見た場合、その明細書又は図面に記載された範囲全部に特許請求の範囲記載の発明と同じ先願としての地位の基準日、すなわち後願排除の基準日を与えられるというべきであり、したがって、特許法第二六条及びパリ条約第四条B項の規定に照らし、その基準日は優先権主張日(第一国出願日)であると解するのが相当であり、優先権主張は特許出願に伴うものである以上、特許出願の取下げの効力につき優先権主張の効力を特許出願と別個独立に取り扱うべき理由も法律上の根拠も存しない(優先権主張を伴う特許出願の取下げの効力を判示のように解することはパリ条約第四条の趣旨に反するものではない。)から、その特許出願が出願公開後に取り下げられても、優先権主張の効果だけが出願公開前にさかのぼって消滅し同法第二九条の二第一項の適用を排除することにはならない、というべきである
 これを本件についてみると、先願は、昭和五二年(一九七七年)二月一六日、一九七六年二月一七日イタリー国においてなされた特許出願に基づくパリ条約による優先権を主張してわが国に特許出願されたものであって、昭和五二年九月二八日に出願公開されたことは前述のとおりであるから、先願は昭和五一年一〇月二日に出願された本件出願に対して先願たる地位を有するものであり、その後先願について特許出願から七年以内に出願審査の請求がなかったので、昭和五九年二月一六日の経過によってその特許出願が取り下げたものとみなされたことは、特許法第二九条の二第一項の規定の適用の妨げとなるものではない。』

先願発明との同一性の判断

2007-04-03 06:47:27 | 特許法29条の2
事件番号 平成18(行ケ)10324
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年03月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 篠原勝美
条文:特許法29条の2


『1 取消事由(先願発明の認定の誤り)について
(1) 審決は,先願明細書には,「家具,吊り戸棚等の開き戸付き収納装置に設けられ,地震時に開き戸の開放を規制する開き戸の閉止装置であって,前記収納装置本体に上下動可能に設けられた係止体と,地震の揺れによって動作して前記係止体の動きを上動不能に阻止する阻止手段(球体37)と,前記開き戸に支持され前記開き戸の開閉に際して前記係止体の動きが阻止されたときにのみ前記係止体が係止可能な状態になって前記開き戸の開放度を若干開く程度に規制する規制手段とを備えている開き戸の閉止装置を用いた地震時に開き戸の開放を規制する方法。」(審決謄本6頁第3段落)との先願発明が記載されているとした上,「先願発明の『地震の揺れによって』『前記開き戸の開放度を若干開く程度に規制する』ところの『地震時に開き戸の開放を規制する方法』は,本件発明1の『地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法』に相当するといえる。」(同13頁第4段落)と認定したのに対し,原告は,先願明細書には,本件発明1の「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法」に相当する構成は記載されておらず,本件発明1と先願発明とが実質的に同一であるとはいえない旨主張する。


( 2) 本件発明1は,「地震時に扉等がばたつくロック状態となる方法」に係る発明であり,その特許請求の範囲には,「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において」との記載があるところ,「扉等がばたつくロック状態」について,これを限定する格別の記載は見当たらない。
 一般的な用語例に従うと,「ロック」とは,「錠をおろすこと。鍵をかけること。錠。」(広辞苑第5版)とされ,扉についていえば,「ロック状態」とは,鍵をかけるなどして開かない状態をいうと解される。また,「ばたつく」とは,「ばたばたする。騒がしく動きまわる。じたばたする。」(同)などの意味を有する。そうすると,「扉等がばたつくロック状態」とは,「扉等がばたばたした状態にありながら,かつ,鍵をかけるなどして開かない状態」であると,一応理解することができる。しかし,その内容が一義的に理解されるとは,直ちに断定し難いところである。したがって,本件発明1が,これらの語のみで,特許請求の範囲が一義的に発明として特定されるのかは明らかではない

(3) 本件明細書(甲8)には,以下の記載がある。
・・・

( 6) そこで,先願明細書の上記記載に基づき,先願発明について検討すると,先願発明は,・・・,特別な解除動作を行わなくとも,平常時と同じ状態,すなわち,開き戸が自由に開閉する状態に復帰する(同カ)ものであることが理解できる。そして,先願明細書の段落【0027】の記載(同カ)は,先願発明における一連の動作を記載した,段落【0025】の
記載(同エ)及び段落【0026】の記載(同オ)と一体となって,地震終了時の状態について,一般的に説明したものであると認められる。

 先願明細書には,・・・,地震時において,扉の開閉は,球体37の存在によって規制されると記載されていることは明確であり,地震時における弾性片43の弾性力について,扉の開閉に影響を及ぼす作用効果についての記載や示唆はない。その他,先願明細書において,弾性片43の弾性力について,上記の下限を定めた以外に,その程度を示唆する記載は認められない。
 したがって,先願明細書において,弾性片43の弾性力について,通常時において,開き戸が自由に開閉するとの効果を有することを超えて,地震時における,その作用効果が記載されているとまでは認められない

 そうすると,先願明細書の記載に照らせば,先願発明は,地震時において,蓋39の下面と係止体38の鍔部38bの上面との間に球体37が嵌まり込んで載置されていることから,係止体38の上動が阻止されるため,開き戸32の開放度が若干開く程度に規制されるものではあるが,若干開く程度といえる範囲においては,開き戸の動きを規制するものはなく,開き戸は往復動可能であると認めるのが相当である

 一方,前記(4)のとおり,本件発明1における「扉等がばたつくロック状態」とは,「扉等が,ロック位置からそれ以上開く方向への動きが封殺されるが,ロック位置から閉じる方向については,開く方向及び閉じる方向の動きが許容され,往復動可能となるロック状態」をいうものと,一応解釈することができる。
 そして,本件明細書の実施例(図19,20)においては,地震時に扉の開く程度について,扉の厚みの1.5倍弱程度のものが示され,先願明細書の図1において,地震時に扉の開く程度について,扉の厚みの1.5倍弱程度のものが示されていることからすると,本件発明1における地震時に扉が往復動可能に開く程度は,先願発明における地震時に扉が往復動可能に開く程度を含むものであると認められる。』

相違点が実質的な相違点かどうかの判断手法

2007-04-01 19:36:08 | 特許法29条の2
事件番号 平成18(行ケ)10296
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年03月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官飯村敏明

『 原告は,本願発明においては,「選択セルとして指定されるセルの少なくとも2つの列」が,選択セル以外のセルを含まないと解すべきであるのに対し,先願発明においては,選択セルのみならず分離用セルを含んでいるから,両者はこの点において異なり,これに反する審決の認定には誤りがある旨主張する。
・・・
 先願発明に係る図面(図1)には,分離用トランジスタが用いられている態様が示されているけれども,先願明細書の全体の記載からすれば,セル間干渉による電流差の減少を防止するとの課題に照らして,その解決手段として,選択用トランジスタにコア注入を行って高VTH状態とすることも当然に示唆されているということができる。以上のとおりであるから,先願明細書に開示された発明の内容としては,分離用トランジスタを設けることが,必須の構成であるとすることはできない。
(3) 以上によれば,先願明細書の図1に記載された先願発明の具体的な態様において,Y個の行とX個の列に配列されたトランジスタセルのアレー以外に,分離用トランジスタを有することは,先願発明の内容を理解する上で,付加的な構成にすぎないというべきであるから,これをもって本願発明との実質的な相違点ということはできない。』

『 原告は,本願発明において,2つの選択線を隣接して配置する構成を採用したことは,単なる周知技術の付加ではない旨主張し,これに反する審決の認定判断には誤りがある旨主張する。
・・・
不揮発性半導体メモリにおいて,互いに隔てた領域に配置されたトランジスタに比べて,隣接した領域に配置されたトランジスタの方がその特性が揃えやすく,互いに隣接した領域にトランジスタを配置させることは技術常識であるといえるから,メモリセルを2つの選択線により選択する場合には,2つの選択線をメモリセルを挟んで配置する方法(先願発明)か,2つの選択線を隣接して配置する方法(本願発明)のいずれかを用いることが自然である。なお,甲4の第3図,乙1の図6,乙2の第6図に示されるように,不揮発性半導体メモリにおいて2つの選択線を隣接して配置することは,ごく普通に行われていることであるといえる

 そうすると,先願明細書,図1には,メモリセルの2つの選択線は,メモリセルを挟んで配置させている態様のみが示されているけれども,先願発明の内容としては,2つの選択線を隣接して配置する方法を除外しているものではないと理解するのが相当である

(2)  以上のとおり,本願発明において,メモリセルを2つの選択線で選択する場合に,2つの選択線を隣接して配置するとの構成は,先願発明の技術的範囲に含まれるとみるべきであり,当業者が必要により適宜選択すべき技術的事項にすぎず(本願明細書における図4の従来技術や,甲4の第3図の実施例として,2つの選択線を隣接して配置することが,何らの説明もなく記載されていることも,上記の判断の裏付となる。),また,選択線を隣接して配置したことによる格別顕著な効果もない。したがって,本願発明において,2つの選択線を隣接して配置する構成を採用したことは,本願発明と先願発明との相違点ということはできない。』

特許法29条の2のクレーム解釈

2006-12-03 22:24:36 | 特許法29条の2
事件番号 平成18(行ケ)10110
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年11月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一


『訂正審判請求書添付の訂正明細書のもの(下線部分が訂正箇所)
【請求項1】
 画像形成に用いた画像形成装置を特定するために,少なくとも画像形成装置ごとに割り当てられた情報を含んだ符号化パターンである2次元ビットマップ情報を該装置内で発生する手段と,
選択的に,入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する付加手段と,
 前記付加手段からの信号に基づき記録媒体上に画像を形成する手段とを有し
 前記付加手段は,
a)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する場合,前記入力画像信号に前記符号化パターンの一部を付加した信号と付加しない信号とを局所的に切り替えて出力することによって前記2次元ビットマップ情報を示す前記符号化パターンを前記入力画像信号に付加し,
b)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加しない場合,前記入力画像信号をそのまま出力する,
 ことを特徴とする画像形成装置。』


『(3) 原告は,符号化とは,「ある情報を別の表現体系へ対応づける」ことであり,処理の実態は変換であって,符号化パターンは,記号等とは異なる次元の情報であり,これにより,その作用効果にも差が生じるものであって,先願発明には,訂正発明の「2次元ビットマップ情報を該装置内で発生する手段」がないと主張する。
しかしながら,符号とは,一般に,記号の一形態を意味するものと理解されるものであって,このことは,「符号」が,「〔1〕・・・〔2〕情報を表現するための記号の配列。コードという。一般に0と1の記号が使われる。・・・」(オーム社発行の「情報技術用語大辞典」(甲8)),「情報を表現する通報の集合に対し,あらかじめ約束された規則に従って対応付けられた記号列(符号語)の集合。
各記号列は1次元的に記号を連ねて構成される。符号を構成する個々の記号列を符号語という。・・・」(電子通信用語辞典(甲9))と定義されていることからも明らかである。そして,原告の主張する作用効果の差は,符号として記号を用いる際に,予め約束された規則によって,符号として用いる記号にどの程度の秘匿性や暗号性を持たせるかということに帰するのであって,当業者が必要に応じて適宜決めればよい技術的な設計事項にすぎない。』


『,この記載によれば,先願発明は,CPUが画像メモリ内の画像データを加工しているということができる。
しかしながら,先願発明でも,上記(3)のとおり,繰返し出力の周期に対応して,記号を重ねる位置を特定し,記号を重ねる場合には,記号の2次元ビットマップ情報に基づき,局所的に切り替えて,記号を重ねるための信号を出力しているのであり,また,上記1(2)のとおり,画像メモリの出力信号が,レーザドライバに送られて半導体レーザを駆動し,印刷出力を行っているのである。
このように,先願発明は,局所的に切り替えて加工した画像データを最終的に印刷出力しているのであるから,CPU1170と画像メモリ1116からなる構成により,訂正発明の「a)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する場合,前記入力画像信号に前記符号化パターンの一部を付加した信号と付加しない信号とを局所的に切り替えて出力することによって前記2次元ビットマップ情報を示す前記符号化パターンを前記入力画像信号に付加し,b)前記入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加しない場合,前記入力画像信号をそのまま出力する」との処理を行っていると解される。そして,訂正発明の付加手段が,まず,局所的に切り替えて画像メモリ内で加工を行い,その局所的に切り替えて加工された画像データを記録媒体に出力するという先願発明の構成を,排除することまでは特定していない。』


同一の事項を異なる表現で特定した場合

2006-11-08 21:56:08 | 特許法29条の2
事件番号 平成18(行ケ)10075
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成18年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 中野哲弘

『本願発明1において,サブフィールド数を9個とし,輝度重みを1,2,4,8,16,32,48,64,80とした場合には,先願発明における図1の第1組の実施例と同一の輝度表現となるものである。
 これに照らせば,このような同一の輝度表現を,本願発明1では「最も輝度重みの大きいサブフィールドがオフとなる組み合わせを表示させ」ると特定するのに対し,先願発明では「上位の変化が少ない」と特定したものというべきであり,同一の輝度表現を異なった表現を用いて特定したに過ぎないと解するのが相当である。』