知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

阻害要因の判断基準時

2009-10-31 22:39:06 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10377
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(2) 判断
 上記で認定したところによれば,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,動物において,不妊や乳腺炎や肝機能障害との関係が知られ,人間への同様の影響が指摘されていたものである一方,用量を適切に考慮すれば癌にも奏功するなど,人間の種々の疾患に対して有用な生理作用を奏するものとして使用し得るという知見があったものと認められる。また,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,文献A8〔甲4〕の記載からみて,大豆に含まれている成分であり,本件出願前からヒトが日常的に摂取してきたものである。

 これらの事情を総合すれば,本件出願当時,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,大量に摂取した場合はさておき,大豆から日常的に摂取する程度の量を摂取する限りにおいては,当業者は,人体に対して悪影響を与えるものと理解していないと解するのが自然である。したがって,本件出願当時,原告が主張するような阻害要因が存在したとすることはできない

特に取引の実情を考慮して類似するとした事例

2009-10-31 22:28:37 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10071
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

・・・
エ 取引の実情等について
 前記(1)に認定したとおり,原告は,平成6年ころから,長年にわたって,引用商標中の「優肌」を含む商標(「優肌シリーズ」,「優肌」,「優肌絆」,「優肌包帯」,「ゆうきばん/優肌絆」,「優肌パミロール」,「優肌パーミエイド」等)を,原告の製造に係る商品(医療用粘着テープ,医療用粘着フィルム,医療用包帯等の商品)の包装箱に継続的に使用し,また,雑誌等の宣伝広告媒体に掲載していること,絆創膏等の商品について,複数のメーカーが存在するが,各メーカーは,例えば,ニチバンは「スキナゲート」,祐徳薬品工業は「ユートク」,スリーエムヘルスケアは「マイクロポア」の各商標を有して,互いに異なった商標を使用していること等の事情に照らすと,「肌優」が本件商標の指定商品に使用されると,取引者,需要者は,同一の出所に由来するものと誤認する可能性があるという意味で「優肌」と類似する商標と理解するというべきである。

オ 小括
 以上のとおり,取引の実情を考慮して,本件商標と引用商標とを対比すると,観念及び外観において類似する。本件商標と引用商標がいずれも造語であり,特に本件商標については,複数の称呼が生じ得ることにかんがみると,本件商標と引用商標の類否を判断するに当たり,本件において称呼を重視するのは妥当とはいえない

 本件商標に係る指定商品のうち,ばんそうこう,包帯,創傷被覆材が引用商標の指定商品と同一であり,その他の指定商品が引用商標の指定商品と類似することは当事者間に争いがない。

 そうすると,本件商標は,引用商標とその指定商品が同一又は類似する。

必須の構成を発明特定事項から削除した分割出願

2009-10-31 22:08:44 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成21(行ケ)10049
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(分割出願の要件の認定判断の誤り)
 原告は,分割出願に際して本件原出願明細書から削除された構成である「本件連結材」は,細断機の作動時にも非作動時(揺動側壁の開放時)にも,細断機として必要な剛性を確保する上で不可欠な構成要素ではなく,その削除は,新たな技術的意義を追加するものでもないし,当業者であれば,本件原出願明細書において「本件連結材」を有しない発明が記載され,又は「本件連結材」が任意の付加的事項であることが記載されているのも同然であると理解することができるから,本件分割出願は,もとの出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内においてしたものであり,分割出願の要件を充足する,よって,分割出願の要件を欠くとした審決は,分割出願の要件に係る認定判断を誤ったものであり,違法なものとして取り消されるべきである旨主張する。
 しかし,原告の上記主張は,以下に述べるとおり,理由がない。

(1) 事実認定
 本件原出願明細書(甲2)の【特許請求の範囲】においては,出願に係る細断機が「左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材」を有する構成が記載されている。また,本件原出願明細書の【発明の詳細な説明】においても,
「【発明の目的】本発明は,メンテナンスが行ないやすく,且つ,部品点数を少なくしつつも剛性の大きな(強度の高い)細断機を提供することを目的とするものである。」(段落【0002】)
と記載されるとともに,
「【発明の効果】・・・請求項1の発明によれば,前後の揺動側壁が開くので,メンテナンスが行ないやすい。また,2本の支持軸と1本の連結材で左右の固定側壁を連結するので,細断機の剛性を大きくすることが出来る。更に,2本の支持軸が,揺動側壁の枢軸と左右の固定側壁を連結する連結材とを兼ねているので,部品点数を少なくしてコスト低減を図ることが出来る。」(段落【0004】)
と記載されている
。さらに,【発明の実施の形態】を説明した【図3】,【図5】及び【図7】においても,「本件連結材」が明確に示されている(別紙「本件原出願明細書図面」【図3】,【図5】及び【図7】の符号12参照)。

(2) 判断
 以上のとおり,本件原出願明細書には,発明の目的を「メンテナンスが行ないやすく,且つ,部品点数を少なくしつつも剛性の大きな(強度の高い)細断機を提供すること」とし,具体的には「前後の揺動側壁が開くので,メンテナンスが行ないやすい。」,また,「2本の支持軸と1本の連結材で左右の固定側壁を連結するので,細断機の剛性を大きくすることが出来る。」,更に,「2本の支持軸が,揺動側壁の枢軸と左右の固定側壁を連結する連結材とを兼ねているので,部品点数を少なくしてコスト低減を図ることが出来る。」発明が記載,開示されている。
 そうすると,「左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材」(本件連結材)は,細断機の剛性を大きくするという発明の解決課題を達成するための必須の構成であり,本件原出願明細書には,同構成を有する発明のみが開示されており,同構成を具備しない発明についての記載,開示は全くなく,また,自明であるともいえない

 したがって,本件原出願明細書の特許請求の範囲に記載された,「左右の固定側壁の上部前部に渡し止められた連結材」との記載部分を本件原出願明細書の「特許請求の範囲」の記載から削除したことは,細断機の剛性確保に関して,新たな技術的意義を実質的に追加することを意味するから,本件分割出願は,もとの出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内においてしたものではなく,分割出願の要件を満たしていないから,不適法である。

特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨

2009-10-31 20:09:27 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10486
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1) 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨について
 特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。

 「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権のすべての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。
 そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,一般の開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせるため,そのような不都合を解消させて,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。

 政令で定められた薬事法の承認等は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。
 しかし,特許法は,特許権者が,許可を得ようとしなかった期間も含めて,特許発明を実施することができなかったすべての期間(ただし,5年の限度以内である。)について,存続期間延長の算定の基礎とするのではなく,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった期間,すなわち,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間に限って,存続期間延長の対象としている

 以上によれば,「その特許発明の実施をすることができない期間」とは,「政令で定める処分」を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から,当該「政令で定める処分」が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味すると解すべきである(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日・民集53巻7号1270頁参照)。

 以下,上記の趣旨を前提として,本件米国臨床試験等の実施期間が,特許法67条2項所定の薬事法14条7項の承認を受けることが必要であるために,「その特許発明の実施をすることができない期間」に該当するか否かを判断する。
・・・

次の判決も同趣旨。
平成20(行ケ)10487

商標法50条1項の「使用」の意義

2009-10-25 16:20:20 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10216
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

 標章の「使用」に当たる行為について規定する法2条3項2号に法改正によって「輸出」が追加されたのは,経済のグローバル化の進展により,模倣品問題が国際化・深刻化してきたことにかんがみ,国内の製造や譲渡の段階で差し止めることができない場合でも,輸出者が判明した場合には,権利者が輸出の段階で差止めなどの措置を講ずることを可能とするためであり,主として商標権の侵害の場面が想定されている
・・・
 したがって,「輸出」は不使用取消しの場面における商標の「使用」には該当しないというべきであり,仮に,本件において被告主張の輸出の事実が認められるとしても,当該事実から本件商標について法50条にいう使用を認めた本件審決の判断は誤りというべきである


第4 当裁判所の判断
・・・
(1) 不使用取消審判における「使用」の意義
 法50条1項は,継続して3年以上日本国内において指定商品についての登録商標の使用がされていないときに,当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる旨を規定し,同条2項は,不使用取消審判においては,商標権者等が使用の事実を証明しない限り商標登録の取消しを免れない旨を規定しているが,法は,標章の「使用」に当たる行為についても法2条3項各号をもって定義しているところ,同項2号によると,「商品又は商品の包装の標章を付したものを譲渡し,引き渡し,譲渡若しくは引渡しのために展示し,輸出し,輸入し,又は電気通信回線を通じて提供する行為」は標章の「使用」に当たると規定されている

 法50条に規定されている不使用取消審判の制度は,本来商標の使用によって蓄積された信用に対して与えられる商標法上の保護を,長期間にわたって使用されていない商標に与えたままにしておくことは,国民一般の利益を不当に侵害し,かつ,その存在により権利者以外の商標使用希望者の商標の選択の余地を狭めることとなるため,そのような商標登録を取り消すための制度であると解される。
 そして,この制度の適切な運用により,長期間使用されていない登録商標が取り消され,登録商標に対する信頼が相対的に確保されるのであり,これは商標を保護して商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図るという法の目的に合致するものであり,不使用取消審判の場面における「使用」の概念を法2条3項各号において定義されているものと別異に理解すべき理由はない

 この点について,原告は,法2条3項2号に規定する標章の使用に当たる行為に「輸出」が加えられたのが法改正(判決注:平成18年法律第55号による改正をいう。)によるものであることから,法改正前には使用に当たらなかった輸出については,法改正後も使用に当たらないと解すべきであるとの趣旨の主張をするが,少なくとも法改正後の現在においては上記のとおりに解されるべきものであるから,原告の主張を採用することはできない。

平成21(行ケ)10217も同趣旨

引用例から構成は組み上がっても動機付けがないとした事例

2009-10-25 15:25:40 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10398
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣


(1) 化粧用シート部材にWJ加工をするとの構成に係る解決課題
・・・
ウ したがって,本件各発明において,個々の化粧用パック材にWJ加工を施すことにより解決すべき主たる課題は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちの防止にあったということができる

エ そして,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちを防止することが,本件出願当時の当業者にとって自明又は周知の課題であったと認めるに足りる証拠はなく,・・・,本件出願当時の当業者は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちを防止することを解決課題として認識していなかったものと認めるのが相当である。

 ・・・

(2) 化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離される各層(各部材)にWJ加工を施す動機付け
 ・・・
イ上記引用例の記載によると,・・・,引用例には,積層構造体として形成された単位コットンから各層を剥離した際に生じる毛羽立ちを防止するため,各層にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆はない。
・・・

ウ そして,その他,本件全証拠によっても,化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離される各層(各シート部材)にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆のある刊行物(本件出願前に頒布されたもの)が存在するものと認めることはできない

(3) 本件審決の判断の当否
 上記(1)及び(2)のとおり,化粧用パック材にWJ加工を施すとの本件各発明の構成は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽立ちの防止を主たる解決課題として採用されたものであるところ,同課題が本件出願当時の当業者にとっての自明又は周知の課題であったということはできず,また,引用例を含め,化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離される各層(各シート部材)にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆のある刊行物(本件出願前に頒布されたもの)は存在しないのであるから,仮に,本件審決が判断したとおり,引用発明に周知事項1及び2を適用して各層(化粧用シート部材)の側縁部近傍を圧着手段により剥離可能に接合するとともに,各層を化粧用パック材として使用することが,本件出願当時の当業者において容易になし得ることであったとしても,また,引用発明の単位コットン(化粧用パッティング材)がWJ加工を施したものであることを考慮しても,これらから当然に,各層を1枚ごとに剥離可能としてパック材として使用する際にその使用形態に合わせて各層にWJ加工を施すことについてまで,本件出願当時の当業者において必要に応じ適宜なし得ることであったということはできず,その他,引用発明の各層にWJ加工を施すことが本件出願当時の当業者において必要に応じ適宜なし得たものと認めるに足りる証拠はないから,相違点1に係る各構成のうち化粧用パック材にWJ加工を施すとの構成についての本件審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。

 

本件明細書の記載内容の認定に本件特許出願後の文献も参照した事例

2009-10-24 22:33:27 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10475
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)について
(1) トロイダル型無段変速機の境界潤滑領域における運転状況原告は,本件審決がトロイダル型無段変速機が境界潤滑領域で通常運転されないと認定したとし,それが誤りであると主張する
・・・

(ウ) 上記(ア)によると,「境界潤滑」とは,油膜を挟んだ二面間における,潤滑の状態をいうものである。なお,トロイダル型無段変速機が境界潤滑状態になるのであれば,転動面同士は,局部的に金属接触することになる。
・・・

(イ) 以上によると,本件特許出願当時,トラクションドライブにおいて,駆動側と従動側の転動面同士が直接金属接触を起こすと耐久性に問題が生じることから,トラクションドライブは,高圧下でガラス転移し固化する性質があるトラクションオイルを用い,駆動面と従動面の間にオイルを閉じ込め,油膜が破断されない状態が維持され実用的に使用できる範囲である線形領域(弾性領域,直線領域)において主に動力を伝達することにより,金属接触が生じないようにされた構成となっていたものと認められる。

 なお,このことは,本件特許出願後に発行された以下の文献の記載からも裏付けられる
a 本件特許出願直後に概説書として発行された田中裕久「トロイダルCVT」(平成12年7月株式会社コロナ社発行。甲8の2,甲10の7)には,「・・・。」(1頁1行~2頁1行)との記載がある。
b 平成14年に公開された特開2002-257217号公報においても,トロイダル型無段変速機では,金属接触を行わずに動力伝達を行うものとされている(甲17の3参照)。
・・・

(3) 本件発明の実施可能要件の充足性
ア 原告は,トロイダル型無段変速機は境界潤滑状態でも運転され,表面粗さの大小はトラクション係数の大小に相応することは,当業者の技術的な常識であるから,本件発明は,単に,接触面の周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数よりも大きくなるように,接触面の表面粗さを設定するだけで実施できるから,実施可能要件を充足すると主張する。

 しかしながら,前記(1)(2)のとおり,本件特許出願時に,トロイダル型無段変速機が境界潤滑状態で使用されていたものとは認められず,表面粗さの大小がトラクション係数に相応するとはいえないから,原告の主張は理由がない。また,仮に,境界潤滑状態で使用されるような,通常のトロイダル型無段変速機とは異なるタイプの装置を対象としたものであるならば,そのような内容が明細書に明らかにされている必要があるが,本件明細書にはその点の記載がない

イ したがって,いずれにしても,本件発明について,発明の詳細な説明に当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明されているということはできないから,本件特許は,法36条4項に規定する要件を満たしていないものである。

商標法4条1項8号における「含む」の意義

2009-10-24 21:56:22 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10074
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

・・・
(2) 事案に鑑み,法4条1項8号における「含む」の意義の観点から,審決の当否について判断する(取消事由2)。

ア 本件商標の内容は,前記のとおりであり,文字部分「INTELLASSET」のうち冒頭の5文字は被告の略称である「INTEL」と同一であるから,本件商標は物理的には被告略称を含んでいることになる。
 しかし,法4条1項8号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名な略称等を含む商標はその他人の承諾を得ているものを除き商標登録を受けることができないと規定した趣旨は,人の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護すること,すなわち,人(法人等の団体を含む)は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがない利益を保護することにあるところ(最高裁平成17年7月22日第二小法廷判決・裁判集民事217号595頁),問題となる商標に他人の略称等が存在すると客観的に把握できず,当該他人を想起,連想できないのであれば,他人の人格的利益が毀損されるおそれはないと考えられる
 そうすると,他人の氏名や略称等を「含む」商標に該当するかどうかを判断するに当たっては,単に物理的に「含む」状態をもって足りるとするのではなく,その部分が他人の略称等として客観的に把握され,当該他人を想起・連想させるものであることを要すると解すべきである。

イ かかる見地からみると,本件商標は,前記のとおり図形部分と「INTELLASSET」の文字部分から成るものであるところ,図形部分は青い縁取りのある正方形内の中央に欧文字の「I」を白色で表し,「I」の文字の背景には全体として青色と白色とが混ざり合った色彩が施されており,・・・ことに照らすと,「INTELLASSET」の文字部分は外観上一体として把握されるとみるのが自然である上,「INTELLASSET」が日本においてなじみのない語であり,一見して造語と理解されるものであって,特定の読み方や観念を生じないと解される(本件商標中の図形部分を考慮しても同様である。)。
 したがって,被告の略称である「INTEL」は,文字列の中に埋没して客観的に把握されず,被告を想起・連想させるものではないと認めるのが相当である。

 そうすると,本件商標は物理的には被告の略称である「INTEL」を包含するものの,「他人の氏名・・・の著名な略称を含む商標」(法4条1項8号)には当たらないというべきであり,原告主張の取消事由2は理由がある。

1個の商標から2個以上の呼称,観念を生じる場合の類否判断

2009-10-18 09:18:20 | 商標法
事件番号 平成21(ネ)10031
事件名 商標権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成21年10月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

2 商標の類否
(1) 判断基準
 商標法37条1号は,「指定商品…についての登録商標に類似する商標の使用…」を商標権の侵害とみなす旨規定するところ,商標の類否は,同一又は類似の商品に使用された商標が外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものであるが,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準というにすぎない。したがって,上記3点において綿密な観察によれば個別的には類似しない商標であっても,具体的な取引状況いかんによっては類似する場合があるし,他方,上記3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違するか,取引の実情によって出所を混同するおそれが認められないものについては,類似しないというべきものである(最高裁平成3年(オ)第1805号平成4年9月22日第三小法廷判決・裁判集民事165号407頁,最高裁平成6年(オ)第1102号平成9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。

 しかるところ,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものである(最高裁昭和37年(オ)第953号昭和38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号平成5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号平成20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
・・・

(3) 本件商標と被控訴人各標章との類否
 ・・・
 このように,被控訴人各標章は,「Agatha」と「Naomi」の2つの語から構成され,それぞれの冒頭は大文字であり,2つの語の間には空白があることにもかんがみると,被控訴人各標章の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとまでいうことはできない。そして,上記アのとおり,アクセサリーの分野において「AGATHA」が周知性を有し,取引者,需要者に対し商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えることに照らすと,被控訴人各標章からは,「Agatha Naomi」という一連の称呼・観念が生じるとしても,それだけでなく,「Agatha」という称呼・観念も生じ得るものと解するのが相当である。
 ・・・

 そこで,被控訴人各標章中の「Agatha」と本件商標「AGATHA」とを対比すると,まず,「Agatha」からは,「アガタ」又は「アガサ」の称呼が生じ,本件商標「AGATHA」の称呼である「アガタ」と同一又は類似である。また,「Agatha」からは,アクセサリーの分野で周知性を有する控訴人又は控訴人の製造販売に係るアクセサリー,宝飾品の観念が生じ得るから,本件商標「AGATHA」と観念においても同一である。

 被控訴人各標章中の「Agatha」の文字は一部が小文字であったり大文字に装飾が施されており,必ずしも本件商標と外観において類似するとはいえないものの,「Agatha」がアクセサリーや宝飾品に使用されるときは,称呼及び観念が同一又は類似であることに照らすと,デパートにおける販売とインターネットを通じた通信販売という販売方法の相違を考慮してもなお,被控訴人各標章中の「Agatha」は,周知の「AGATHA」との出所を誤認混同するおそれがあるといわざるを得ず,両者は,全体として類似といわざるを得ない。

エ そして,1個の商標から2個以上の呼称,観念を生じる場合には,その1つの称呼,観念が登録商標と類似するときは,それぞれの商標は類似すると解すべきである(前掲最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決参照)。よって,被控訴人各標章から生じる称呼,観念の1つである「Agatha」と本件商標「AGATHA」とが類似する以上,被控訴人各標章と本件商標は,類似するものといわざるを得ない。

著作権法114条3項にいう「受けるべき金銭の額」

2009-10-13 06:52:29 | 著作権法
事件番号 平成21(ネ)10042
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成21年09月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(1) 著作権法114条3項にいう「受けるべき金銭の額」
 著作権法114条3項は,著作権者は故意又は過失によりその著作権を侵害した者に対し,その著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として,その賠償を請求することができることを定めるところ,同項は,著作権者が受ける通常の使用料相当額を最低限の損害賠償額として保証する趣旨の規定である。
 そして,同項の著作権の行使につき「受けるべき金銭の額」との文言は,平成12年法律第56号による改正前の同法114条3項における「通常受けるべき金銭の額」との文言が改正されたものであり,同改正の趣旨は,同項の使用料相当額の認定に当たっては,一般的相場にとらわれることなく,当事者間の具体的事情を考慮して妥当な使用料額を認定することができるようにする,というものであると解される

(2) 本件における事情
・・・

(3) 本件各映画の著作権の使用料相当額
 上記(2)イのとおり,使用料率の一般的な相場として,現実の販売価格の20%又は25%とされていることからすると,一般に現実の販売価格よりも高額であると考えられる表示小売価格を基準とする場合には,使用料は使用料率についての相場を適用する場合よりも実質的に高額となる。
 しかしながら,本件各映画については,上記(2)ア(エ)のとおり,控訴人とジェネオンとの間の本件基本契約及び本件個別契約によって,・・・,DVD1本当たり●円を使用料とすることが合意されていたのであり,しかも,この合意が独占的,かつ,排他的な許諾を前提とするものであったのであるから,少なくとも本件各映画については,著作権者である控訴人が,同条件を下回る条件において,第三者に対して使用を許諾することは想定できないというべきである。

 そうすると,本件各映画の著作権の使用料相当額について,表示小売価格よりも廉価で販売されることを想定して,使用料相当額の算定の基準を変動させるべき理由はないというべきであるから,・・・と算定すべきである。

(4) 被控訴人の主張について
 被控訴人は,本件DVDの現実の販売価格が1000円であったと主張して,したがって,著作権法114条3項の規定を適用して被控訴人が控訴人に対して賠償すべき損害金の額を算定する場合にも,当該販売価格を基準に損害金の額が算定されるべきものであるかのようにいうが,控訴人において,正規の取引において,前記認定の使用料を得べかりしものであった以上,その使用料を基準に著作権法114条3項の規定を適用することに問題はなく,仮に正規の取引においては,その実施料を当該取引の実情に応じて減額するようなことがあったとしても,著作権侵害に係る輸入・販売行為が行われた本件において,前記認定の実施料を下回る損害金の額しか賠償を求め得ないというべき事情はなく,被控訴人の主張は失当というほかない。

 さらに,被控訴人は,本件DVDを購入するのは,高額な前記表示価格が設定されたままでは本件DVDを購入し得ない消費者であるから,結局のところ,控訴人に損害は生じていないようにも主張するが,仮にそのような事情が認められるとしても,被控訴人による本件DVDの輸入・販売行為が著作権侵害に当たるものである以上,控訴人が受けるべき金銭の額に相当する額を損害金として賠償すべきは当然であって,この点の被控訴人の主張も失当といわざるを得ない。

団体の著作名義の表示と自然人が著作者である旨の実名の表示がある映画の存続期間

2009-10-10 19:49:19 | 最高裁判決
事件番号 平成20(受)889
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成21年10月08日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 宮川光治
裁判官 甲斐中辰夫、涌井紀夫、櫻井龍子、金築誠志

(2) 旧法の下において,独創性を有する映画の著作物の著作権の存続期間については,旧法3~6条,9条の規定が適用される(旧法22条ノ3)。
 旧法3条は,著作者が自然人であることを前提として,当該著作者の死亡の時点を基準にその著作物の著作権の存続期間を定めることとしている。
 しかし,無名又は変名で公表された著作物については,著作者が何人であるかを一般世人が知り得ず,著作者の死亡の時点を基準にその著作権の存続期間を定めると,結局は存続期間が不分明となり,社会公共の利益,法的安定性を害するおそれがある。著作者が自然人であるのに団体の著作名義をもって公表されたため,著作者たる自然人が何人であるかを知り得ない著作物についても,同様である。そこで,旧法5条,6条は,社会公共の利益,法的安定性を確保する見地から,これらの著作物の著作権の存続期間については,例外的に発行又は興行の時を基準にこれを定めることとし,著作物の公表を基準として定められた存続期間内に著作者が実名で登録を受けたときは,著作者の死亡の時点を把握し得ることになることから,原則どおり,著作者の死亡の時点を基準にこれを定めることとしたもの(旧法5条ただし書参照)と解される

 そうすると,著作者が自然人である著作物の旧法による著作権の存続期間については,当該自然人が著作者である旨がその実名をもって表示され,当該著作物が公表された場合には,それにより当該著作者の死亡の時点を把握することができる以上,仮に団体の著作名義の表示があったとしても,旧法6条ではなく旧法3条が適用され,上記時点を基準に定められると解するのが相当である

 これを本件についてみるに,本件各映画は,自然人であるチャップリンを著作者とする独創性を有する著作物であるところ,上記事実関係によれば,本件各映画には,それぞれチャップリンの原作に基づき同人が監督等をしたことが表示されているというのであるから,本件各映画は,自然人であるチャップリンが著作者である旨が実名をもって表示されて公表されたものとして,その旧法による著作権の存続期間については,旧法6条ではなく,旧法3条1項が適用されるというべきである。団体を著作者とする旨の登録がされていることや映画の映像上団体が著作権者である旨が表示されていることは,上記結論を左右しない。

*旧法:昭和45年法律第48号による改正前の著作権法
原審はここ

映画製作会社が著作者として表示された映画の著作者

2009-10-10 19:48:51 | 最高裁判決
事件番号 平成20(受)889
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成21年10月08日
裁判所名 最高裁判所第一小法廷
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 宮川光治
裁判官 甲斐中辰夫、涌井紀夫、櫻井龍子、金築誠志

3(1) 旧法の下において,著作物とは,精神的創作活動の所産たる思想感情が外部に顕出されたものを意味すると解される。そして,映画は,脚本家,監督,演出者,俳優,撮影や録音等の技術者など多数の者が関与して創り出される総合著作物であるから,旧法の下における映画の著作物の著作者については,その全体的形成に創作的に寄与した者がだれであるかを基準として判断すべきであって,映画の著作物であるという一事をもって,その著作者が映画製作者のみであると解するのは相当ではない。また,旧法の下において,実際に創作活動をした自然人ではなく,団体が著作者となる場合があり得るとしても,映画の著作物につき,旧法6条によって,著作者として表示された映画製作会社がその著作者となることが帰結されるものでもない。同条は,その文言,規定の置かれた位置にかんがみ,飽くまで著作権の存続期間に関する規定と解すべきであり,団体が著作者とされるための要件及びその効果を定めたものと解する余地はない

 これを本件についてみるに,上記事実関係によれば,本件各映画については,チャップリンがその全体的形成に創作的に寄与したというのであり,チャップリン以外にこれに関与した者の存在はうかがわれないから,チャップリンがその著作者であることは明らかである。

*旧法:昭和45年法律第48号による改正前の著作権法
原審はここ

出願人の意図と除くクレームの解釈

2009-10-04 19:44:56 | 特許法36条6項
事件番号 平成20(行ケ)10041
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

第5 当裁判所の判断
1 特許法36条6項1,2号に関する判断の誤り(取消事由1)について

 当裁判所は,本願補正発明は,特許法36条6項1,2号に規定する要件を満たしておらず,本件補正却下決定に誤りはないとした審決に誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 本願補正発明の特許法36条6項1,2号充足性
ア 研磨しうる弾性体の意味
(ア) 本件補正後の請求項1には,「研磨しうる弾性体」との文言があるが,その定義や説明はなく,本件補正後の請求項1の記載からは,その意味は明らかではない。また,本件補正後の明細書(以下「本願補正明細書」という。)にも,「研磨しうる弾性体」の定義に当たる記載はなく,それに関する説明の記載もない。そこで,出願時(原出願の出願時)の技術常識を参酌してその意味を明らかにする必要がある
・・・

イ 研磨しうる弾性体でない金属板又は合成樹脂板等の意味
 本件補正後の請求項1の記載によれば,本願補正発明の「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」は,そのうちから「研磨しうる弾性体」が除かれている。前記アのとおり,「一般的な固体の物質」は「研磨しうる弾性体」としての性質を有するから,「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」から「研磨しうる弾性体」即ち「一般的な固体の物質」を除いた後に,どのような性質のものが残るかを想定することは困難である

 したがって,本願補正発明の「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」の意味は明確でない。
 そして,前記ア(ア)のとおり,「研磨しうる弾性体」について,本件補正後の請求項1,本願補正明細書に定義や説明の記載はないし,「研磨しうる弾性体」でない「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」のいずれについても,本件補正後の請求項1,本願補正明細書に定義や説明の記載はない。

ウ 特許法36条6項1,2号充足性
 そうすると,本願補正発明は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでないから,特許法36条6項1号を充足せず,また,特許を受けようとする発明が明確でないから,同項2号を充足しない。
 したがって,本願補正発明は,特許法36条6項1,2号に規定する要件を満たしていないから,本件補正却下決定に誤りはなく,本件補正却下決定に誤りがないとした審決の判断に誤りはない。

(2) 原告の主張に対して
 これに対し,原告は,本願補正発明は,除くクレームであり,除くクレームにおいて,引用発明を除くために挿入された用語は,引用発明の記載された特許公報等で使用されたとおりの内容のものとして理解すべきであるとして,大合議判決の判示を引用する。そして,本願補正発明の「研磨しうる弾性体」の語は,特公平3-74380号公報(甲7)記載の発明を除くために挿入されたものであるから,甲7の特許請求の範囲に記載された「研磨しうる弾性体」を意味するものであり,その意味は明確であり,本願補正発明にいう「研磨しうる弾性体」でない「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」の意味も,明確であると主張する

 しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。
 すなわち,本願補正発明が特許法36条6項1,2号の要件を充足するか否かは,本件補正後の特許請求の範囲の記載及び本願補正明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて判断されるべきである原告(出願人)が,本願補正発明から甲7記載の発明を除く意図で,「研磨しうる弾性体」の語を用いたものであったとしても,本願補正発明における,「研磨しうる弾性体」の語が甲7記載のとおりの技術内容を有するものと理解すべき根拠はない
したがって,この点において,原告の主張は,理由がない。

周知技術の適用を阻害する要因を認めた事例

2009-10-04 19:04:38 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10431
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

イ また,引用発明に周知例の技術を適用するに当たっては,以下のとおり,その適用を阻害する要因が存在するともいえる。

 すなわち,引用発明においては,細長いほぼ直線状の導電体の周囲に同軸的に円筒形のスリーブを配置し,その円筒形スリーブと嵌合するように環状コイルが配置され,環状コイルがほぼ直線状の導電体の周囲を取り囲むという構成を採用しているのに対し,周知例の技術では1次コイルと2次コイルが平面的に対向するように配置されており,引用発明と周知例の技術は,構造を異にしている
 そして,導電体と環状コイルとからなる,引用発明のトランスの構成に,上記周知例に記載されたトランスの構成を適用する場合,2次コイルである環状コイルは,直線状の導電体に直交する仮想的な平面上に,前記導電体を囲むように配置されることが必要となる。
 しかし,周知例に記載されたトランスは,平面状コイルを形成した絶縁基板を積層するものであり,平面上の1次コイルと2次コイルは,互いに平行な基板面上に形成され,引用発明の導電体と環状コイルの配置関係と,周知例に記載されたトランスにおける1次コイルと2次コイルの配置は,構造上の相違が存することから,引用発明に周知例の構成を適用することには,困難性があるというべきである。

 また,引用発明に周知例に記載された技術を適用することを想定した場合,まず,引用発明においてはほぼ直線状の導電体とすることにより導電体によるインピーダンスの発生が抑制されているのに対し,引用発明の導電体に対応する周知例の1次コイルは渦巻状であって導体長が長く,それ自体がインピーダンスとして働く余地があり,この点でも引用発明に周知例の技術を適用しようとするに当たっての阻害要因となる。

 さらに,引用発明においては,電力メーター用電流感知トランスジューサーとして,需要家に供給される電力の正確な測定ということが技術的課題とされ,そのために,環状コイルに作用する外因性磁場による悪影響の排除という課題が存在するのに対して,周知例の技術においては,専ら1次コイルと2次コイルの磁気結合の強化ということが技術的課題とされていて,外部磁界による磁気干渉は,格別考慮する必要がない点において,引用発明に周知例の技術を適用しようとするに当たっての阻害要因となり得る。

 以上のとおり,引用発明に周知例の技術を適用することには,課題の共通性や動機付けがなく,また,その適用には阻害要因があるというべきであるから,当業者が引用発明に周知例の技術を適用して本願発明に至ることが容易であったということはできない。

周知技術を適用する動機付けを否定した事例

2009-10-04 18:56:34 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10431
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 このように,引用刊行物に記載された技術的事項は,2次コイルとして,環状コイルを用いることを前提としたものであって,引用刊行物には,相互インダクタンス電流トランスジューサーの2次コイルを環状コイル以外のものとする可能性を示唆する記載はない。引用発明は,電流感知トランスジューサーの従来技術を前提としながら,環状コイルにおけるシンメトリー構造の実現という課題を,環状コイルを多重層構造とすることによって解決しようとしたものである

 引用発明と本願発明は,課題解決の前提が異なるから,引用発明の解決課題からは,コイルを多層基板上に形成するための動機付けは生じないものといえる。

 なお,引用刊行物には,相互インダクタンス電流トランスジューサーを小型化するという課題も記載されているが,環状コイルを前提としたものであって,本願発明における小型化とは,その解決課題において共通するものではない。

 以上のとおり,引用発明には,環状コイルに代えて,多層基板上に形成されたプリントコイルによりトランスを構成する前記周知技術を適用する解決課題や動機は存在しないというべきであり,したがって,当業者が本願発明の相違点2に係る構成を想到することが容易であったとはいえない。