知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

商標の「使用」とは

2010-11-28 22:02:35 | 商標法
事件番号 平成20(ワ)34852
事件名 商標権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成22年11月25日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

1 争点1(本件商標権の侵害行為の有無)について
 商標の本質は,当該商標を使用された結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの(商標法3条2項)として機能すること,すなわち,商品又は役務の出所を表示し,識別する標識として機能することにあると解されるから,商標がこのような出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているといえない場合には,形式的には同法2条3項各号に掲げる行為に該当するとしても,当該行為は,商標の「使用」に当たらないと解するのが相当である。

 ・・・

(イ) 前記(ア)の認定事実と前記(1)及び(2)イの認定事実を総合すれば,被告チラシ5に接した学習塾の需要者である生徒及びその保護者においては,被告標章5の「塾なのに家庭教師」の語は,別紙5のウェブページにおける「TKGの特色」の標章及びその下の「塾なのに家庭教師,それがTKG」の標章,集団塾の長所及び短所と家庭教師の長所及び短所を対比した説明文(前記(ア)b)などの他の記載部分と相俟って,学習塾であるにもかかわらず,自分で選んだ講師から家庭教師のような個別指導が受けられるなど,集団塾の長所と家庭教師の長所を組み合わせた学習指導の役務を提供していることを端的に記述した宣伝文句であると認識し,他方で,その役務の出所については,画面左上部に表示された「TKG」の標章(前記(ア)a)から想起し,「塾なのに家庭教師」の語から想起するものではないものと認められる。
 ・・・

 そうすると,被告標章5が被告ウェブサイトにおいて役務の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから,被告ウェブサイトにおける被告標章5の使用は,本来の商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。

認定した複数の相違点に重複する構成要素が含まれている場合

2010-11-28 21:26:40 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10072
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

・・・また,本件審決は,相違点2として評価した事項と実質的に同一の事項を相違点3としても評価していることになり,これは,実質的に同一の事項を本件発明1の進歩性を肯定する要素として二重に評価するものであって,不当な判断であると主張する。

(イ) しかしなから,発明の進歩性の判断において,判断対象となる発明と引用発明との間に複数の相違点が認定された場合において,仮にこれらの相違点に重複する構成要素が含まれていたとしても,各相違点ごとにその容易想到性の有無が適切に判断される限り,各相違点に重複する構成要素が含まれていることによって進歩性の判断に誤りが生ずるものではないから,複数の相違点において重複する構成要素が含まれていることのみをもって,当該進歩性の判断が違法となるものではない

引用例2の周知技術への置き換えを特許法157条の趣旨にも反するとした事例

2010-11-28 21:17:50 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10191
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

・・・引用発明1における短波長レーザであるエキシマレーザは,アルミニウムに対する反射率が低い波長域である,波長0.8μm付近の発光スペクトルを持たない上に,半導体レーザとは異なる種類のレーザである(乙2,3)。このようなエキシマレーザを,「・・・0.8μm付近の発光スペクトルをもつ半導体レーザ」という,種類の異なる短波長レーザに置き換える点の容易想到性を判断するに際し,引用例2に代えて周知技術で置き換えるという理由の差替えを,審判段階ではなく,訴訟段階に至ってから特許庁の側が行うことは,審決に理由を付することを義務づけた特許法157条の趣旨にも反するものであり,許されないといわざるを得ない。

 なお,審決取消訴訟において,審判の手続で審理判断された刊行物記載の発明との対比における進歩性の有無を認定して審決の適法,違法を判断するにあたり,審判の手続には現れていなかった資料に基づき当業者の特許出願当時における技術常識を認定し,これによって同発明の持つ意義を明らかにすることは許されるとしても(最高裁昭和54年(行ツ)第2号同55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照),刊行物記載の発明と公知技術との組合せにより容易に発明できたという理由を,技術常識の名の下に刊行物記載の発明から容易に発明できたという理由に差し替えることが許されるとまで解することはできない

類似品や模倣品の存在によっても立体的形状自体の自他商品識別力は失われないとした事例

2010-11-28 20:45:55 | 商標法
事件番号 平成22(行ケ)10169
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(ウ) 被告は,上記イ(キ) に関し,取引の実情において,他社の類似する形状の包装用容器が多数存在すること,それにもかかわらず,原告が他社の類似容器の存在に対し適切な処置を講じてこなかったことを問題視する。

 しかし,市場に類似の立体的形状の商品が出回る理由として,通常は,先行する商品の立体的形状が優れている結果,先行商品の販売の直後からその模倣品が数多く市場に出回ることが多いと認められるところ,取引者及び需要者がそれらの商品を先行商品の類似品若しくは模倣品と認識し,市場において先行商品と類似品若しくは模倣品との区別が認識されている限り,先行商品の立体的形状自体の自他商品識別力は類似品や模倣品の存在によって失われることはないというべきである。

 そして,本件においては,前記認定のとおり,原告商品「ヤクルト」は,乳酸菌飲料の市場における先駆的商品であり,著名なデザイナーにデザインを依頼し,最初に本件容器の立体的形状を乳酸菌飲料に使用したものであり,現在市場に出回っている容器の立体的形状が類似する商品はその後に登場したものであると認められること,数多くの類似品の存在にもかかわらず,本件容器の立体的形状に接した需要者のほとんどはその形状から「ヤクルト」を想起する,という調査結果が存するのであるから本件においては,市場における形状の独占性を過剰に考慮する必要はないというべきである。

類似品や模倣品の存在によっても立体的形状自体の自他商品識別力は失われないとした事例

2010-11-28 20:45:55 | 商標法
事件番号 平成22(行ケ)10169
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(ウ) 被告は,上記イ(キ) に関し,取引の実情において,他社の類似する形状の包装用容器が多数存在すること,それにもかかわらず,原告が他社の類似容器の存在に対し適切な処置を講じてこなかったことを問題視する。

 しかし,市場に類似の立体的形状の商品が出回る理由として,通常は,先行する商品の立体的形状が優れている結果,先行商品の販売の直後からその模倣品が数多く市場に出回ることが多いと認められるところ,取引者及び需要者がそれらの商品を先行商品の類似品若しくは模倣品と認識し,市場において先行商品と類似品若しくは模倣品との区別が認識されている限り,先行商品の立体的形状自体の自他商品識別力は類似品や模倣品の存在によって失われることはないというべきである。

 そして,本件においては,前記認定のとおり,原告商品「ヤクルト」は,乳酸菌飲料の市場における先駆的商品であり,著名なデザイナーにデザインを依頼し,最初に本件容器の立体的形状を乳酸菌飲料に使用したものであり,現在市場に出回っている容器の立体的形状が類似する商品はその後に登場したものであると認められること,数多くの類似品の存在にもかかわらず,本件容器の立体的形状に接した需要者のほとんどはその形状から「ヤクルト」を想起する,という調査結果が存するのであるから,本件においては,市場における形状の独占性を過剰に考慮する必要はないというべきである。

立体商標に商標法3条2項の適用を肯定した事例

2010-11-28 20:22:30 | 商標法
事件番号 平成22(行ケ)10169
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(2)ア ところで,商標法3条2項は,「前項第3号から第5号までに該当する商標であっても,使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては,同項の規定にかかわらず,商標登録を受けることができる」旨規定している。したがって,本願商標のように,「その形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」であって同法3条1項3号に該当する場合であっても,「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる」に至ったときは,商標登録が許されることになる。

 そして,本願商標のような立体的形状を有する商標(立体商標)につき商標法3条2項の適用が肯定されるためには,使用された立体的形状がその形状自体及び使用された商品の分野において出願商標の立体的形状及び指定商品とでいずれも共通であるほか,出願人による相当長期間にわたる使用の結果,使用された立体的形状が同種の商品の形状から区別し得る程度に周知となり,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるに至っていることが必要と解される。
 この場合,立体的形状を有する使用商品にその出所である企業等の名称や文字商標等が付されていたとしても,そのことのみで上記立体的形状について同法3条2項の適用を否定すべきではなく,上記文字商標等を捨象して残された立体的形状に注目して,独自の自他商品識別力を獲得するに至っているかどうかを判断すべきである。

・・・

ウ 以上によれば,本件容器を使用した原告商品は,本願商標と同一の乳酸菌飲料であり,また同商品は,・・・,特に,本件容器の立体的形状を需要者に強く印象付ける広告方法が採られ,発売開始以来40年以上も容器の形状を変更することなく販売が継続され,その間,本件容器と類似の形状を有する数多くの乳酸菌飲料が市場に出回っているにもかかわらず,最近のアンケート調査においても,98%以上の需要者が本件容器を見て「ヤクルト」を想起すると回答している点等を総合勘案すれば,平成20年9月3日に出願された本願商標については,審決がなされた平成22年4月12日の時点では,本件容器の立体的形状は,需要者によって原告商品を他社商品との間で識別する指標として認識されていたというべきである。

 そして,原告商品に使用されている本件容器には,・・・原告の著名な商標である「ヤクルト」の文字商標が大きく記載されているが,上記のとおり,平成20年及び同21年の各アンケート調査によれば,本件容器の立体的形状のみを提示された回答者のほとんどが原告商品「ヤクルト」を想起すると回答していること,容器に記載された商品名が明らかに異なるにもかかわらず,本件容器の立体的形状と酷似する商品を「ヤクルトのそっくりさん」と認識している需要者が存在していること等からすれば,本件容器の立体的形状は,本件容器に付された平面商標や図柄と同等あるいはそれ以上に需要者の目に付きやすく,需要者に強い印象を与えるものと認められるから,本件容器の立体的形状はそれ自体独立して自他商品識別力を獲得していると認めるのが相当である。

商標法7条の2第1項柱書きの趣旨

2010-11-28 10:04:28 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10433
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(7条の2第1項の解釈の誤り)について
(1) 原告は,・・・,地域団体商標(7条の2)の制度は地域振興等を目的として創設されたもので,3条2項の登録要件を緩和したものであるから,7条の2第1項にいう「使用をされた結果自己又はその構成員に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識された」は,需要者において,当該商標が使用された商品ないし役務が,誰の業務に係るものか全く判然としないものではないという意味で,一定の団体又はその構成員の業務に係るものであることが広く認識されていれば足り,当該商標から生産・提供される地域(産地)の識別ができる程度であれば十分であって,特定の者である出願人又はその構成員の業務に係る商品ないし役務に係るものであることまで広く認識されている必要はない,というものである。

(2) 7条の2が定める地域団体商標の制度が設けられたのは,・・・,これらの不都合を解消して上記のとおりの地域の名称と商品ないし役務の名称等からなる文字商標の登録を許容して,地域の産品等についての事業者の信用の維持等を実現する趣旨のものである。

 そして,1項柱書で,当該「商標が使用をされた結果自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」ことが要求されているのは,上記のとおり地域の名称と商品ないし役務の名称等からなる文字商標である地域団体商標の登録をすると,構成員でない第三者による自由な商標(表示,名称)の使用が制限されることになるので,かかる制限をしてまでも保護に値する程にまで,出願人たる団体の信用が蓄積されている商標であるか否かを峻別するためであり,あるいは構成員でない第三者による便乗使用のおそれが生じ得る程度に,出願人たる団体の信用が蓄積されている商標であるか否かを峻別するためであると解することができる。

 この点,1項柱書にいう,「商標が使用をされた結果自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」こととの要件につき,原告は,前記(1)のとおり主張する。

 なるほど,3条2項で同条1項各号で登録できないとされている商標が,使用により登録が認められるとしても,「何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」との要件,すなわち識別力を発揮できるまでの程度の要件を充たさなければならないのに対し,7条の2第1項柱書では,使用により「自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」との要件を充たすことを要件としており,前記の地域団体商標の立法経緯を踏まえてみると,後者の要件は前者の要件を緩やかにしたものと解するのが相当ということになる。

 しかし,この要件緩和は,識別力の程度(需要者の広がりないし範囲と,質的なものすなわち認知度)についてのものであり,当然のことながら,構成員の業務との結び付きでも足りるとした点において3条2項よりも登録が認められる範囲が広くなったのは別としても,後者の登録要件について,需要者(及び取引者)からの当該商標と特定の団体又はその構成員の業務に係る商品ないし役務との結び付きの認識の要件まで緩和したものではない

 この登録要件は法律の解釈上導かれるものであり,立法経過や立法趣旨にも反するものではない。

引用例の組み合わせの阻害要因を認めた事例

2010-11-21 23:05:14 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10104
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

そうすると,一般的に,金属イオン封鎖剤を含む洗浄剤組成物を硬表面の洗浄のための有効成分として用いることとし,その際に引用発明1に引用発明2を組み合わせて引用発明1の金属イオン封鎖剤に水酸化ナトリウムを加えることまでは当業者にとって容易に想到し得るとしても,引用発明1の金属イオン封鎖剤組成物にとって必須の組成物でないとされるグリコール酸ナトリウムを含んだまま,これに水酸化ナトリウムを加えるのは,引用例1にグリコール酸ナトリウムを生成する反応式(2)の反応が起こらないようにする必要があると記載されているのであるから,阻害要因があるといわざるを得ず,その阻害要因が解消されない限り,そもそも引用発明1に引用発明2を組み合わせる動機付けもないというべきであって,その組合せが当業者にとって容易想到であったということはできない。

周知例を技術水準・経験則等で補足した事例

2010-11-20 07:43:36 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10048
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(7) 原告の主張について
 以上に対して,原告は,本件周知例には水平方向の力に抵抗できることが記載されていないから,そこに記載された発明が耐力壁ではないし,開口を有するパネルが耐力壁とはなり得ない旨を主張する。

 しかしながら,本件周知例に記載の発明は,主として鉛直方向の力の支持を念頭に置いているとはいえるものの,本件周知例には耐力壁となり得ることや,そのために他の補強材を含んでもよい旨が記載されている
 しかも,前記のとおり,本件の出願当時,枠組に構造用合板を張ったものが耐力壁として用いられることは,一般的な文献にも記載があり,2×4工法における耐力壁に開口を設けることを記載し,その際には強度(水平方向の力に対するものを含む。)に留意すべきことを指摘する特許出願も公開されていたほか,経験則に照らしても,上記の構造を有する耐力壁の強度は,枠組の部材及び構造用合板の材質,厚さ及び使用形態により自由に設定できることは,明らかであるから,本件周知例に記載の発明が水平方向の力に対する強度も確保していることもまた,明らかである。

多くの公知技術を組合せる場合の主たる引用例変更についての手続違背の判断

2010-11-17 22:54:52 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10068
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月08日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

7 取消事由5(手続違背)について
(1) 原告は,審決において新たに8つの文献が周知例として追加された,あるいは,審決と拒絶査定とで主たる公知文献が異なっていたにもかかわらず,原告に意見書を提出する機会が与えられなかったことは,手続違背に当たると主張する

(2) 平成5年法律第26号による改正前の特許法159条2項,50条は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する。その趣旨は,審判官が新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,出願人に対してその理由を通知をすることによって,意見書の提出及び補正の機会を与えることにあるから,拒絶査定不服審判手続において拒絶理由を通知しないことが手続上違法となるか否かは,手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,拒絶理由の通知をしなかったことが出願人(審判請求人)の上記の機会を奪う結果となるか否かの観点から判断すべきである

(3) これを本件についてみるに,なるほど,拒絶査定には,拒絶理由通知書にて引用されていなかった引用例(以下「本件引用例」という。)が挙げられている。
 すなわち,拒絶理由通知書では,当時の請求項1及び2の発明と特開平3-235116号公報記載の発明とを対比して容易想到性判断をし,拒絶査定でもこの判断枠組みは維持されつつ,本件引用例が引用文献の一つとして付加された

 原告はこの拒絶査定に対し,請求項を一つに絞り,前記第2,2の下線部分を付加する補正をするとともに拒絶査定不服の審判請求をした。その請求書で原告は・・・,「(4)本願発明と引用発明の対比」の項において,本件引用例の構成を中心にして,上記補正により付加された「第3の表示手段」と対比主張し,この主張をもって審判請求が成り立つべき理由の中心に据え,さらに,「本願発明の特有の構成である,現況調査手段,電話発信手段及び通話中手段を同時に備える」構成との関係についても付加しているが,その根拠については抽象的な理由を述べるにとどまっている。
 審決は,この審判請求書に基づいてなされたものであり,上記付加された補正部分の構成の容易想到性の判断が審判で審理されるべき中心点であることを念頭に置いて本願発明の容易想到性を判断していたであろうことは,上記の経緯から推認されるところである。

 なるほど,拒絶査定が引用している拒絶理由通知での引用公知文献と,審決で引用した主たる公知文献(本件引用例)とは異なっているが,本件引用例(甲10)は拒絶査定でも挙げられており,審判請求書で原告が主張として中心に据えたのは,本件引用例と対比しての本願発明(特に上記補正で付加された構成について)の進歩性であった経緯にかんがみると,原告は審判請求時において,本願発明の容易想到性判断で対比されているのは本件引用例であったことを十分に認識していたものといえるのであるから,本件引用例を対比すべき主たる公知文献として本願発明の容易想到性判断をするに際して,改めて拒絶理由を通知しなかったとしても,原告にとって意見書の提出や補正の機会が奪われたということはできず,審判手続には,平成5年法律第26号による改正前の特許法159条2項が準用する同法50条に違反する手続違背があったとすることはできない

 さらにいえば,審決は,本件引用例との対比において本願発明との間に相違点を8点認定している。このことは,審決が本件引用例を形式上主たる公知文献としたとはいえ,本願発明が多くの公知技術の組合せによって容易に推考し得たものであることを念頭に置いて判断したものということができるのであり,実質的な判断枠組みは拒絶査定から変化がなく,審判請求とともに補正がされたのに伴い,視点を変えて判断し直したと評価するのが相当である。

 また,原告は,審決において8つの周知例が付加された点についても主張しているが,これは本願発明が多くの技術を組み合わせた発明であることによるものであるし,上記説示のとおり,審決における実質的な判断枠組みは拒絶査定から変化がないものと評価すべきであるから,原告の上記主張も手続違背を裏付けるものとしては採用することができない。

商標法4条1項7号と同項15号,19号の各規定の関係

2010-11-17 22:30:57 | 商標法
事件番号 平成22(行ケ)10040
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月08日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

4 商標法4条1項7号の登録障害事由の有無について
(1) 商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」の該当の有無を判断するに際し,当該商標の構成に,非道徳的,卑わい,差別的,矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字,図形等を含まない場合においては,同項15号,19号の各規定が置かれている趣旨に照らすと,単に,他人の業務に係る商品や役務と混同を生ずるおそれがあるか,あるいは,他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって,不正の目的をもって使用をするものであるかが問われるときには,15号,19号に規定された各要件を充足するか否かによって,4条1項所定の障害事由の成否を検討すべきであって,そのような事実関係が存在することのみをもって7号の障害事由に該当すると解するのは相当とはいえない

(2) 7号に関する原告の主張は,要するに,本件各商標は,日本国内又は海外で著名であったラルフ・ローレンの「POLO」の著名性に便乗し,日本の消費者を誤認させ,不当な利益を上げることを目的として登録・保持されているものであるから,公序良俗違反に該当するというものである。不正競争防止法違反など原告が他に挙げる観点も,要するにこのような主張に帰するものである(・・・)。

 このような原告の主張は,まさに上記15号又は19号が規律する商標登録障害事由であって,これらの要件の充足の有無により15号又は19号の障害事由の成否を判断すべきであるから,原告主張の事実関係をもって,7号の障害事由に該当すると解するのは相当ではない

 後記5及び6で説示する内容に照らすと,本件各商標が15号又は19号の要件を充足しているとはいえず,登録時においても現在においても,公序良俗に反するような事情の存在を認めることはできず,7号の障害事由該当を根拠とする商標法46条1項1号又は5号の無効理由があるということはできない。

パブリシティ権の「専ら」について-写真と記事の分量比を考慮した事例

2010-11-14 22:02:47 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)4331
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成22年10月21日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

1 争点1(原告のパブリシティ権侵害の有無)について
(1) パブリシティ権の意義
 人は,著名人であるか否かにかかわらず,人格権の一部として,その氏名を他人に冒用されたり,みだりにその容ぼう等を撮影されたり,自己の容ぼう等が撮影された写真をみだりに公表されたりしない権利を有する最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁,同昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁,同平成17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2428頁参照。)。
 また,・・・,著名人の氏名,肖像は,顧客誘引力を有し,経済的利益,価値を生み出すものであるということができるのであり,著名人は,人格権に由来する権利として,このような経済的利益,価値を排他的に支配する権利(以下「パブリシティ権」という。)を有すると解するのが相当である。
 他方,著名人は,・・・社会の正当な関心事の対象となりやすいものである。そのため,著名人は,その著名人としての活動等が雑誌,新聞,テレビ等のマスメディアによって批判,論評,紹介等の対象となることや,そのような紹介記事等の一部として自らの写真が掲載されることについて,言論,出版,報道等の表現の自由の保障という観点から,これを容認しなければならない場合があるといえる。そして,そのような紹介記事等を掲載した雑誌等の販売に当たって当該芸能人等の顧客吸引力が反映される場合があるとしても,上記の観点から,著名人はこれを容認せざるを得ない場合がある

 以上の点を考慮すると,著名人の氏名,肖像を使用する行為が当該著名人のパブリシティ権を侵害する不法行為を構成するか否かは,その使用行為の目的,方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して,その使用行為が当該著名人の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものであるといえるか否かによって判断するのが相当である。

 なお,上記の基準は,出版等につき顧客吸引力の利用以外の目的がわずかでもあれば,「専ら」に当たらないとしてパブリシティ権侵害とされることがないことを意味するものではなく,顧客吸引力の利用以外の目的があったとしても,そのほとんどの目的が著名人の氏名,肖像による顧客吸引力を利用するものであるような場合においては,上記の事情を総合的に判断した結果,「専ら」顧客吸引力の利用を目的とするものであるとしてパブリシティ権侵害とされることがあり得るというべきである。
 上記解釈を前提として,被告らが本件雑誌を出版,販売した行為が原告のパブリシティ権を侵害するものか否かについて,検討する。

・・・
(4) 以上のとおり,本件雑誌は,その表表紙の見出しの主要部分として原告の氏名が用いられてこれが大書され,表表紙及び裏表紙には,原告の顔写真や上半身,全身の写真が,ほぼ全面にわたって多数掲載され(・・・),原告の氏名及び肖像写真を利用して,購入者の視覚に訴える構成となっている(・・・)。
 また,本件雑誌の本文部分も,原告の写真が見開き2ページの全面(・・・)又は1ページの全面(・・・)若しくはほぼ全面(・・・)にわたって掲載され,記事部分がない(・・・),又は,記事部分がページの上部,下部等にわずかしかない(・・・)ページが大半(・・・)を占めている(・・・)。そして,証拠(甲1)によれば,これらの原告写真は,原告一人を被写体とし,又は,原告を被写体の中心として,原告の顔や上半身,全身をクローズ・アップで撮影したものであり,原告の肖像を独立して鑑賞の対象とすることができるものであると認められる。
 これに加えて,前記のとおり原告の氏名及び肖像は強い顧客吸引力を有すること,本件雑誌が上質の光沢紙を使用したカラーグラビア印刷の雑誌であることなどを併せ考えると,本件雑誌において,その人気ぶりが一種の社会現象となっている原告の本件来日時の芸能活動を紹介するという一面があったことは否定されないとしても,本件雑誌のように表紙及び本文の大部分において,原告の顔や上半身等の写真をページの全面又はほぼ全面にわたって掲載するような態様での原告写真の使用は,原告の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものと認められ,原告のパブリシティ権を侵害するものというべきである(・・・)。

 一方,本件雑誌中の,原告の写真よりも記事部分の方が多くを占めているページ(・・・)(・・・),原告の写真の他に共演者等の写真が掲載され,記事部分も相当程度を占めているページ(・・・)(・・・)に原告の写真を掲載したことや,原告の姿がごく小さくしか写っておらず,原告の肖像を独立して鑑賞の対象とすることができるものとはいえない写真(・・・)を掲載したことについては,原告の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものとまでは認め難いから,パブリシティ権を侵害したとは認められない